diary 2001.5.

diary 2001.6.


2001.5.31 (Thu.)

夜、高校の後輩であるmound氏と話し合い。ディナーショウの演出についてだ。
ビデオを使った演出、うまくいけばものすごく大きな武器になる。なんとしてもいいものをつくっていきたいものだ。


2001.5.30 (Wed.)

ネットに掲載されている、とある小説があまりに面白く、完全にハマってしまう。
正直最初は素人のものだとナメていたのだが、デキの良いものはかなりウキウキして読めてしまう。
チンタラした日常生活を送っていると、たまに「物語/ストーリー」が欲しくなることがある。
そんなときはビデオを借りてやり過ごすのがいつものパターンなのだが、このテの小説もなかなか悪くないことがわかった。
タダだしな。おそるべし、ネット小説。


2001.5.29 (Tue.)

蒲田へ行く。ディナーショウの材料を買うためだ。西口にはユザワヤがいっぱいあるので、かたっぱしから材料を見ていく。
しかしなかなか「これは!」と思うようなものはなく、少し焦る。
手芸売り場に到着してフェルトなどを見ていくうちになんとかアイデアがまとまってくきたのでようやく購入。
まさかこの年になって手芸をやることになるとは……。

ユザワヤをひととおり見た後、東急蒲田駅のビルに入る。
婦人服売り場をうろついていたら、ディナーショウのオープニングで必要だったものを運良く発見。購入する。

昨日と比べるとかなり成果があったが、おかげで早くも仕送りが底をつく。シャレにならない事態だ。


2001.5.28 (Mon.)

午後、授業が終わってから渋谷へ。小道具で使う素材を買うためだ。気合を入れて東急ハンズへ行く。
が、着いてみると売り切れていたり最初からなかったりで、欲しかった材料はほとんどなかった。
まったくといっていいほど収穫がなく、途方に暮れる。こんなんでほんとにディナーショウに間に合うのかなあ……。


2001.5.27 (Sun.)

プリンタを接続。CD生産を再開。カゼで記憶をところどころ飛ばしつつ、作業を進める。


2001.5.26 (Sat.)

26日に日付が変わるころ、高校時代の友人・トシユキ氏&丸山氏がウチに来た。
もうひとりバヒサシさんという強烈なヤツがいるのだが、そいつが入社試験で上京したので集まったとのこと。
僕は熱海ディナーショウの打ち合わせで会えなかったのだが、ついでということで僕の家にふたりが来たのだ。

カゼが治ってなくてきつかったが相手をする。
モーニング娘。のPVを見たり、「辻スペシャル(中澤卒業記念スペシャル)」のビデオを見たりして過ごす。
「なあなあ、誰と結婚したい?」
「いきなりそんなこと言われても……。」
「よっすぃーは俺がとったから禁止な。誰?」
「じゃあ、この人(と言ってなっちを指す)。」
「お前は誰と結婚したい?」
「うーん…。」
「なんだよ、はっきりしねえなあ!」
といった会話が繰り広げられる。紆余曲折を経て、トシユキ:旧市井派、丸山:安倍派に決定。

すっかり徹夜に弱くなった我々、昼に起きて自由が丘へメシを食いに出る。
自由が丘はマリー・クレール通り祭りやらで人出がいっぱいだった。
お代わり自由のステーキ屋で腹いっぱいになって、トシユキ氏と別れる。
その後は丸山氏と鯛焼きを食べて解散。久々の鯛焼きはおいしゅうございました。


2001.5.25 (Fri.)

恵比寿でディナーショウの打ち合わせ。
タケカワさんに連れられ、潤平・奥田くんと一緒にクライムレーベルさんの入っているビルへ。
スーツ姿の大学生風の人がいっぱいで、「オレたちイイトコへの就職目指してがんばってるぜ」って感じがしてビビる。
(でも内心は、恵比寿でこんな贅沢をしてて、頓挫する予感がプンプンするなあ、と思った。ここだけの話。)

事務所の中で打ち合わせがスタート。
今回のディナーショウのマネジメントはすべてクライムさんにお任せしている。
その分われわれ熱海ロマンはパフォーマンスに集中できるというわけ。
しかしながらお金がからんでいるだけに、細かい点まできっちりと話し合いをする必要があるのだ。
また、僕らの提案したムチャな企画案をいかに実現していくかの調整も必要。
そんなわけでしらみつぶしにチェックを入れていく。
面白かったのは、話し合いを進めていく中で演出のアイデアが出てきたこと。
オープニングをどうするのかいまいちこれといった案がなかったのだが、
この日の話し合いで路線が決まった。予想外の収穫。

打ち合わせが終わった後、3人で九十九ラーメンに行く。
相席した外人のオヤジが「うまいもんだ」など、慣れた日本語を連発。
熱海ロマンの面々はそのオヤジの一挙手一投足に興味津々だったが、恥ずかしくて声をかけられず。
うーん、ウィーアーシャイボーイズ。


2001.5.24 (Thu.)

ひたすらライヴのための脚本を書いていく。
実はここのところ睡眠時間が一定しない不規則な生活を送っていたので夏カゼになってしまい、
パソコンのキーボードをたたいている間もうっすらとした頭痛がしてキツい。

午後には社会学を専門にする研究室のゼミに参加したのだが、疲れが一気に出てものすごく眠かった。
なんとか地獄の90分に耐えると、家に帰って再び脚本づくり。
作業が終わったのは『モー。たいへんでした』が終わった午後8時だった。

そしてすぐに潤平・奥田くんと打ち合わせ。脚本は本当にギリギリのタイミングで間に合ったのだ。
みんなで松屋に行った後、潤平宅にて脚本のチェック。
いろんな意見が聞けたほか、新曲の踊りについても話ができて充実した話し合いだった。


2001.5.23 (Wed.)

教員免許申請の関係で一橋大学に行く。
免許をもらうためには母校での単位取得を証明してもらわないといけないからだ。
大学に着いて事務室に入るとなんか暗い。いきなり停電していたのだ。

その後、かつてお世話になったクイズ研究会の部室に行く。
が、停電のうえに誰もいないのでひとりさびしくクイズの本を読んで過ごす。
その後東校舎で活動をしていたことを知り、後輩たちと合流する。
昨年の新入生はゼロだったが、今年はそこそこいる模様。よかったよかった。
後輩たちのクイズをする姿を見ているうちに、連日の疲れが出て居眠り。すいませんでした。

値段は高いが量が多くておいしいロージナ茶房で晩飯を食べる。ここのシシリアン・スパゲティは最高だ。
大勢でのんびりダベって過ごす夜は懐かしかった。いいなあ、サークルって。


2001.5.22 (Tue.)

火曜日は研究室のゼミである。
今回は僕らM1が出番ということで、こないだ書いた卒論の発表をした。
公共建築の設計者選定がテーマなのだが、それに対するツッコミがなかなか厳しい。
特に住民参加をキーワードにしながらも消化しきれてない点に対するツッコミが激しかった。
今の研究室は住民参加のまちづくりに非常に熱心なので、2年間勉強あるのみだ。

深夜、潤平宅でジャケットの打ち合わせ。SABEさんのイラストに色を塗ったものを見せてもらう。
さらに熱海ロマンのロゴやタイトルの「熱海ロマソ」を、ふたりで相談しながら入れていく。
その出来栄えは、自分で言うのもナンだが本当にキレイだ。これなら冗談抜きでジャケ買い続出間違いないだろう。


2001.5.21 (Mon.)

町内の水道管工事が3週目に突入。したがって昼間の断水も3週目である。
本来なら先週の金曜で終わる予定だったので、公共工事のいいかげんさに怒りを覚える。


2001.5.20 (Sun.)

ここんとこ、けっこう体力的にキツイ日が続いた。のんびりと過ごして体力回復をはかる。

朝は熱海HP引越し準備。メールアドレスの設定を終わらせる。
昼はドトールで読書。課題の本をじっくりと読んでいく。
夕は再びネットをつなぎ、熱海HPのネタを手直しする。

そして夜、潤平と合流して熱海HPのアップ作業。
日付が変わるまでにやらなくちゃ、ということであわてて進めていく。作業が終わったのは23時58分だった。
その後潤平宅に移動して、ジャケット写真等について打ち合わせ。
スケジュールもキツイが金銭面もキツイ。「パトロンとマネージャーがいればなあ……」と2人で話すが、
それを実現するためには本格的にデビューせにゃならん。困ったもんです。


2001.5.19 (Sat.)

朝8時集合でCDジャケットに使う写真を撮る予定だったが、昨日の疲れもあってマサルと一緒に遅刻。
わざわざ男爵 デ イーノ?さんに撮影してもらうというのに、本当に申し訳なかった。すいませんでした。

東工大クラブハウス棟にて4人お揃いのカンフースーツに着替える。
天気が抜群に良かったので、そこの中庭~ベランダで撮影をすることにした。

奥田くん所有の「モーニング娘。ドンジャラ」を机の上に広げる。
そう、あのYMOの名盤である『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』のジャケットのパロディなのだ。
4人で卓を囲んで真剣にドンジャラを始める。その姿をイーノさんが撮ってくれるとういわけ。
奥田くんによると、保田とオールマイティだけで和了るのは「保一色(ポーイーソー)」というそうだ。
そのすばらしいネーミングセンスに脱帽。

  
L: 背景の街がめちゃくちゃきれい。  C: 真剣にドンジャラをやっているの図。  R: 壁紙をつくってみました。

集合写真を撮った後は、個人でポーズをつけて撮影。いざやってみるとこういうのは恥ずかしい。
予想通りマサルはいろんなポーズで大暴れだった。

撮影終了後、マックにて演出会議。時間がないにしては比較的充実した話し合いができた。
次の話し合いまでに最終演出案を完成させることで合意して解散。

午後になって、マサルはツタヤで借りたビデオを僕の家で見る。ディナーショウのネタ探しなのだ。
その間、僕は電子メールの設定に追われる。熱海HP正式オープンまで日がない。必死で準備を進めていく。

15時にマサルと別れ、渋谷に向かう。CD-Rのレーベルを印刷するプリンタを買うためだ。
天気予報では夕立が降ると言っていたので急いで電車に乗り、ブツを買って、再び電車に乗り込む。
が、あと1駅というところでついに大粒の雨が降り出した。重くて大きい荷物を抱えながら、商店街を小走りで帰る。
個人的に夕立が降ったときのアスファルトの匂いは好きなのだが、そんなのん気なことを考えている余裕はない。
なんとか家にたどり着いたら、さらに雨は激しくなった。

雨が止むと涼しい夜になった。もう夏はすぐそこですよ。


2001.5.18 (Fri.)

夕方、本来だったらビッチリ入っていた予定がすべてキャンセルになったので、研究室でネット。
その間、潤平に池袋ハンズへ残りのカンフースーツを買い物に行ってもらっていたので首尾はどうだったかメールすると、
池袋にも新宿にもないとのこと。横浜ハンズにはあるそうなので買いに行ってくれとの指令を受ける。

横浜ハンズはA・Bの2つの建物が段違いになっていて、中2階が連続する印象。
渋谷はA・B・Cの3つの建物が段違いになっているけど、それが2つになっているというわけ。
品揃えはコンパクトにまとまっていながらもそれなりに充実していてあなどれない。
カンフースーツは潤平が電話で買い押さえておいたので、店の人に出してもらって任務完了。

本当だったらのんびりと横浜の街を歩きたかったのだが、疲れがピークに達したので何もしないで帰る。

深夜、マサルが来た。毎週土曜は熱海ロマン会議なので、寝坊を防ぐために僕の家に泊り込むことになったのだ。
そして予想通り、潤平もまじえて熱海ロマン公式HPの引越しについて話し合いが始まってしまった。体力が限界なのに。
マサル・潤平は引越し記念のネタを仕込み始める。半分思考停止状態でつきあう。そして知らないうちに寝てしまった。


2001.5.17 (Thu.)

池袋ハンズへ買い物に行く。熱海ロマンの新コスチューム・カンフースーツを買うためだ。
ベーグルでも買って帰って午後はのんびり読書でもするかな、と思っていたらなんとハンズが臨時休業。
ただ昼飯を食いに行っただけなのと変わらないではないか。
それでもミルクセーキの自販機を見つけたのは不幸中の幸い。

新宿ハンズへ行ってみる。と、その前にせっかく新宿に来たんだからということで東京都庁に行く。
都庁は卒論執筆のために通った思い出の場所なのだが、この日の目的は教員免許の申請。
第二庁舎の28階に行き、書類をもらう。大学に単位の確認にいく必要があり、けっこう手続きは面倒くさそうだ。
で、新宿ハンズにてカンフースーツを2つ購入する。あと2つ必要だ。こうなったら覚悟を決めるしかない。

渋谷ハンズに到着。目的のデザインのカンフースーツは1つしかなかった。
ジャケット撮影に使うので、明日中にもう1着を用意しないといけない。けっこう旗色が悪い。
しかしどうしょうもないので、とりあえず撤退。潤平に相談し、明日池袋に行ってもらうことにする。


2001.5.16 (Wed.)

卒論の聞き取り調査でお世話になった前川事務所に、潤平と一緒に卒論の感想を聞きに行く。
雨の中、四ツ谷駅に到着。ドトールで作戦を練りつつ潤平と建築/社会学論議。
適当に時間をつぶしたところで事務所の2階で所長の方のお話をうかがう。

もともと僕は建築のコンペ(コンペティション)をテーマにして卒論を書こうと思っていたのだが、
やってるうちに公共建築の設計者選定に素人の市民がどう関わっていけるのか?という方向にテーマがずれた。
そのきっかけを与えてくれたのがこの所長さんなのである。しかしその聞き取りをしたのが、提出〆切の2週間前。
つまり僕は実質2週間で卒論を書いたことになる。それだけにクオリティが低くて感想を聞くのが本当に恥ずかしい。

で、いざ真剣勝負スタート。所長さんは卒論の内容を下敷きに、いろいろと参考になる話をしてくれる。
やっぱり2週間でやっただけあってデキは不十分だが、それなりに方向性は示せているという評価で一安心。
ただ、所長さんの満足するだけのクオリティにするには修士の2年でも足りない。博士課程に行かないと無理だ。
僕は絶対に博士課程には行きたくないのだが、所長さんといい学部時代の恩師といい、
当然僕は博士課程に進学するものとして話をすすめるので困る。
潤平は熱海ロマン的に進学してほしいようだ。ヒー。

まあそんなわけで、本気で勉強しようと思えばいくらでもできるよ、ということでお開き。

夕方近くになって雨があがった。すると急にどうしても『行け!稲中卓球部』の8巻を読みたくなった。
自由が丘・学芸大学をさまよって探したのだがどうしても見つからない。旗の台のツタヤでようやく発見。
帰ってから疲れがドッと出て、晩飯食わずに眠りこける。

夜、そのせいで眠れないでいたら潤平からメール。デジカメをやりとりする関係から急遽潤平宅へ。
そして空が明るくなるまで熱海ロマンについて話し合う。


2001.5.15 (Tue.)

本来、学部の3年生でやっているゼミに、ウチの研究室の4年生とM1(大学院修士1年)が参加することに。
土浦にある総合病院のゾーニング計画案についてコンペをするというのだ。
こちとら卒論のテーマがコンペ(正確には公共建築の設計者選定法)だったわけだし、
都市計画方面の知識を得るために理系の大学院に進学したわけだし、ということで、
今年度になってから初めて、本格的な正念場を迎える気分である。
とりあえず今月末からプロジェクトがスタートする。期限は9月ごろまで。
熱海ロマンとの兼業がキツそうだが、さらにやりがいのある毎日になりそうな気がする。


2001.5.14 (Mon.)

授業中も内職して小道具のアイデアをまとめる。
メンバー(特にマサル)がライヴでやってみたいことは、けっこう無茶なものが多い。
しかしそこをなんとかやりくりして、カタチにしていく作業が面白い。
また一見すると単純だが、実際にはけっこう複雑な装置になっているものが要求されることもザラだ。
それをどれだけ高いクオリティで実現できるかが勝負の分かれ目なのである。
もっともそのことにこだわるあまり、いつも金欠に苦しんでいるんだけど。


2001.5.13 (Sun.)

非常に良い天気。ディナーショウで使う小道具を見るために外出する。
今度のライヴでは前回よりもずっと多くの小道具を使う予定だ。5月中にできるだけ準備を進めておかなければならない。

まず地下鉄に乗って御徒町へ。アメ横を1.5往復してアイテムの値段を見ていく。
けっこうな人出だったが、最高に混んでいるというほどではない。テキトーに歩き回ってから上野駅に行く。

上野からは池袋に移動。次の目的地は東急ハンズ。渋谷にはないものを探すのだ。
パーティグッズ売り場を中心に歩きまわって必要なものをチェックしていく。
ひとつひとつはそんなに高くなくても、あれやこれやと買っていくとけっこうな値段になってしまう。
CDの収益とディナーショウの収益で黒字にできるのか。本当に自信がなくなってきた。

東武の地下でベーグルを買って帰る。そういえば前に潤平が、
「自分の好きな人と同じものを食べたり身に着けたりして満足する。これこそ本物のフェティシズムだね。」
なんて言ってたっけな。
でも、よっすぃー抜きで純粋にベーグルはうまいと思うんだけどなあ。


2001.5.12 (Sat.)

マサルと打ち合わせ……なのだが、今日も遅刻。今年に入ってマサルが遅刻しなかったことは一度もない。
マサルはこの後にも用事があるということで、今日は長く話し合えないというのに。自覚がないのか。
ツタヤで借りておいたライヴ参考用のビデオを見ている間も、ただ時間は過ぎていく。
結局マサルがこっちに来たのは、予定を3時間オーバーした夕方だった。
いつもの申し訳なさそうな愛想笑いも、もはやこっちの神経を逆なでする材料にしかならない。もう限界だ。
そんなわけで一悶着あったのだが、潤平からの電話で救われる。僕もマサルも頭を冷やしつつ潤平宅に移動する。

潤平宅で、前にミスドでまとめた演出案をマサルに読んでもらう。これに対するツッコミをもとに、改良案を出していく。
たたき台があるおかげでだいぶ具体的な方向で話が進む。幸いなことに、短いながらも充実した議論ができた。
新しく出たアイデアを来週の話し合いまでにまとめておくのは僕の仕事。
今夜はCD生産はお休みだ。シコシコと2回目の企画書を組み立てていく。


2001.5.11 (Fri.)

夜になって潤平・奥田くんと打ち合わせ。マサルがいないので、必然的に演出手順の確認などが議題の中心になる。
それ以外では、今度のライヴで初めてやる曲について自分の担当楽器について打ち合わせ。
それぞれの曲の基本的なことはぼちぼち決まってきてはいるのだが、
全体を通してとなるとまだまだ調整すべきところが多い。
明日はマサルとの打ち合わせなので、一気に演出を決めたいところだ。


2001.5.10 (Thu.)

CD-Rとパソコンの相性が悪かったせいで『熱海ロマソ』の生産に入れないでいたのだが、
性能の良いやつと替えてもらったので早速焼いてみた。まったくエラーが出ない。ものすごく調子が良い。

銀行振込による予約注文の方も順調。1人で何枚も予約してくださる人もいて、期待をヒシヒシと感じる。
仮設HPだってかなりのペースでお客さんが来てくださっている。早くもカウンタ500を突破しそうな勢いだ。

大学2年のときにマサルと気まぐれで始めた熱海ロマン。こんな大げさなことになるなんて、まったく予想していなかった。
そして今後、どうなっていくんだろう。さらに予想外の事態になるのだろうか。
でもそれはこれからの努力しだい。現状に満足なんかしていないで、ひたすらやるしかないんだ。


2001.5.9 (Wed.)

夜、潤平が突然僕の部屋にやってきた。建築学科の課題が一段落ついたので気晴らしに来たようだ。
そんなわけでこないだ買っておいたPS版の『ロックマン2』攻略大会がスタート。
このゲームは小学生当時、本当に死ぬほどハマったゲームなのだ。もうあれから13年も経ってしまった。
プレーしながら昔話に花が咲く。グラフィックや音楽に圧倒された経験、ボスキャラ応募の思い出。
すべてがつい昨日のことのように思える。そしてこのことは今の僕らの基礎になっている。

グラフィックや音楽、ストーリーが豪華絢爛な最近のゲームについていけない身としては、
かつて流行したゲームが移植されていて、安い値段で思う存分遊べるというのは本当にありがたい。
もっと欲を言えば、ファミコンのほか、ちょうど10年くらい前のアーケードゲームも積極的に移植してほしい。
たとえばカプコンのCPシステム1。ものすごい名作がゴロゴロしてる。
『ストライダー飛竜』が続編とカップリングで発売されたときなんか狂喜乱舞したもんなあ。
まだ移植されていない名作を挙げていくとキリがない。
『ロストワールド』、『エリア88』、『ファイナルファイト』、『1941』、『U.S.NAVY』、『クイズ・カプコンワールド2』……。
放っておくのはあまりにもったいない。あ~あ、こいつらで思いっきり遊びたいなあ。

金がなくてPSの『キャプテンコマンドー』を買えないでいたら店から消えてしまった。いまだに悔しい。


2001.5.8 (Tue.)

今日も今日とてウソゆず棒の強化作業。渋谷のハンズには模型売り場があるからポリパテも置いてあるのだ。
一心不乱にパテをこねて塗りたくっていくのだが、おかげで部屋の中が一日中パテくさい。
小さいころからプラモをつくりまくっていたから僕は平気だが、慣れてない人はきっと気持ち悪くなるだろう。

TVを見ながら作業をしていたのだが、ふと面白いことに気がついた。
たとえば裏筋の部分にパテを塗っているときに、TVのニュースで小泉純一郎が演説していたとする。
すると、作業が終わってから乾いた裏筋の部分を触ったとき、頭の中にパッとしゃべる小泉首相の像が浮かぶのだ。
ドラマを見ていたときに作業していた部分を触ると、そのストーリーを無意識のうちに反芻してしまう。
ある意味、僕はパテと一緒に自分の記憶をウソゆず棒に塗りこんでいるのだ。
これは過ごした時間がカタチとして実体化しているということなのかもしれない。面白い。


2001.5.7 (Mon.)

ウソゆず棒の強化作業に入る。タミヤのポリパテを全体に塗っていくのである。
前回のライヴでは布クラフトテープの上に直接サーフェイサーと塗料を吹き付けたので表面がボロボロに崩れてしまった。
今回はちゃんと色を塗るためにも、キッチリと強化作業をやっておく必要があるのだ。
まず棒の表面にパテを薄く塗っておいて、乾いてから本格的に固めていく。凹凸の激しい部分がちょっと塗りづらい。
あらかじめ用意しておいた2.5本を丸ごと使っても、全体の半分程度しか終わらない。

しょうがないのでポリパテを買いに街に出る。
まずは自由が丘。模型屋を探して駅周辺を歩いたのだが、まったくその気配がない。
こうなりゃハンズだ、と環八を走って二子玉川へ行くことに。多摩堤通りは歩道がないのでけっこう怖い。
二子玉川ハンズのパテ売り場に到着するが、ポリパテは見つからない。店の人に聞いたら取り扱っていないとのこと。
向かいの高島屋にももちろんなかった。まるっきりの無駄足だ。二子玉川、なんと使えない街。
でもベーグル&ベーグルは改札の向かいにあった。池袋東武のそれよりもずっとオシャレだ。
ベーグルは食べたいけどわざわざ環八を走って来るのは面倒くさい。二子玉川、ほんと困った街。


2001.5.6 (Sun.)

今日は同じ洗足でもドトールだ。ドトールというと国立時代、ひたすら論文執筆のために通った経験がある。
セットメニューをたのんでコーヒーをすすりながら読書。

今読んでいるのは『現代演劇のフィールドワーク』。
暴走族の参与観察で知られている、一橋大学・佐藤郁哉教授の本だ。
80年代に全盛を誇った小劇場演劇を中心に、芸術・文化産業をめぐる歴史/現状がこの本には描かれている。
けっこう分厚くて、行政・経済・演劇界のさまざまな動きを扱った豪華な内容になっている。よく調べたもんだ。
公共建築と文化行政についての部分は卒論のテーマと少し重なっていたこともあってかなりのめりこんだ。
そしてなんといっても小劇場演劇の成長戦略については、紹介される事例が熱海ロマンのそれと少しだぶっているので、
読んでいてかなりリアリティを感じてしまう。今後どうしていけばいいのか、非常に参考になることが多い。

2時間ほど居座ってから帰る。とっても贅沢な休日の午後だった。


2001.5.5 (Sat.)

昨日のアイデアをまとめる作業に入る。洗足のミスドでドーナツを食べながらルーズリーフに演出案を書きとめていく。
ここのミスドはジュークボックスが置いてあったりして、店内がいかにもアメリカっぽくデザインされている。
自然光も多めに入ってくる設計になっているので、なかなか居心地が良い。
ただ、やっぱり明るくて落ち着かない雰囲気なので独りで来るのはちょっとさびしい。今度マサルを連れてこよう。
1時間くらいかけてルーズリーフ5枚分のアイデアを書き終える。

家に帰ってからはルーズリーフのアイデアをパソコンに打ち込んでいく作業。
昨日の日記にも書いたが、一度やったことをもう1回やるのは本当に難しい。うまく新機軸を盛り込まないといけない。
そのためには4人そろっての話し合いが不可欠だ。次は絶対に4人一緒に会う必要がある。
そして一気に演出を正式決定して、早く演奏の練習・小道具づくりに進んでおかないとスケジュールがきつい。
2ヶ月なんてあっという間だ。


2001.5.4 (Fri.)

熱海ロマン・ディナーショウに向けての話し合いである。
しかしながらマサルは寝坊して午後に合流とのこと。まあ、会社は本当に忙しいようだ。
しょうがないので午前中は潤平・奥田くんと曲順を中心に演出のアイデアを練る。
モニターがどこまで使えるのかによって演出がガラリと変わるので、あらゆる状況に対応する必要がある。
そんなわけでやることいっぱい若干消化不良のまま、一旦解散する。

午後になりマサルが到着。とりあえず僕と2人でブレーンストーミングを始めるが、これといったアイデアが出ない。
困っていたところに潤平から「ウチでSABEさんのジャケット見ない?」というメール。2人で移動。
マサルはSABEさんのジャケットに感動。そして今度は3人で話し合い。しかしなかなか進展しない。
前のライヴを踏襲しつつ新しいものをつくる……続編をつくる難しさを実感する。

潤平に授業の課題がある関係で、マサルと僕の2人でアイデアを練ることに。
マサルと2人で松屋に行き、マックにハシゴしたら偶然潤平と合流。結局そのまま3人で会議。
とりあえずダベっているうちにアイデアが出るかも、と昔のTV番組の話で盛り上がる。
と、そのうちにマサルからアイデアが出てきだしたので必死でメモしていく。
こういったアイデアの欠片をまとめるのが僕の仕事なのだ。なおもマサルからはアイデアが出てくる。
10時まで粘ったら、一応ひととおりの企画が打てる程度に数が集まった。
明日はこれをもとに全体の計画を組んでいくことになる。がんばらねば。


2001.5.3 (Thu.)

SABEさんが仕事の都合で札幌からやってきた。
これはチャンスということで、潤平宅で『熱海ロマソ』のジャケットを描いてもらう。
本来あーしてくれ、こーしてくれ、と注文を出すべき僕らが完全にお任せという感じでいたので、
SABEさんはイメージを練るのにけっこう苦労されていたようだった。すいません。
それでもいろいろと話をしているうちにアイデアが固まってきて、翌朝までには完成。
プロの仕上げた原稿はものすごくキレイだ。これならジャケットにダマされて買ってくれる人続出だろう。
本物の漫画家さんが絵を描く現場を目にすることができて、ものすごく貴重な経験だった。


2001.5.2 (Wed.)

係の仕事があって、午後はずっと研究室で待機。
本を読みながら過ごしていたのだが、見事に途中で爆睡してしまった。
これも午前3時まで潤平と「なかよし」のモー娘。マンガを読んでいたせいだ。
完全に生活のサイクルが狂ってしまった。


2001.5.1 (Tue.)

熱海ロマンのライヴでは多くの小道具が必要になる。
そんなわけで午後、ディナーショウに向けてアイデアを練るため渋谷ハンズに行く。

マツシマ家の人間にはモノをつくることに関して特別な血が流れている。
僕の場合、モノをつくるときにはまず最初にだいたい完成品のイメージが頭の中にできていて、
材料を見ているうちにどうすればそれができるのかが自然と見えてくる。それに従ってつくっていけばいい。
これはある意味、設計図を無意識のうちに描いていると言えるのだが、もうちょっと直感的というか、職人的なものだ。
材料をさわっているうちにモノをつくる順序がわかるということ。

そんな具合でハンズでブラブラしているうちに、今回つくるモノの具体的なイメージができてきた。
あとは金銭的な問題だけだ。

帰ってからは、晩飯を食べるのも忘れてウソゆず棒(御神体)の再製作。
新聞紙をちぎって布クラフトテープで固めていくのは前といっしょ。
黙々と作業して、午前3時までにはほぼ完成した。自分でもこの造形能力にはホレボレする。


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