diary 2001.9.

diary 2001.10.


2001.9.30 (Sun.)

東京都美術館のイームズ展が最終日なので行く。

腹が減ってはなんとやら、上野に着いてまずメシを食うことに。ドトールがあった。
丸井の本屋で偶然『pen』のバックナンバーを見つけたのでバウハウス特集の号を買う。
そしてそれを読みつつミラノサンドにかじりつく。

広々とした自由通路で公園口へ。上野公園では、なんとなく人の流れが都美術館に向かっている感じ。

都美術館に着くと、そこには長い行列。当日チケットを買うため、自分もそれに加わる。
チケットを買ってさらに、入場するまでに長い列。美術館でこれだけの人ごみは初めて。
中も人でいっぱいなんだろな、とクラクラする。最終日、しかも日曜に来るんじゃなかった。
そして予想通り、中に入っても信じられないような人の数。もういやだーと泣きたくなる。

客はほとんど映像の展示に夢中で肝心の椅子を見ていない。それなら来るな!と思う。
それに都美術館は照明の強弱がきつすぎる。いくら展示のデザインを凝ってもぶち壊しだ。
そしてなんといっても、実際に座れるイームズの椅子が少なすぎる。
エッフェルのプラスチック・サイドチェアが20脚程度並べられているだけ。
しかもそれは壁に映し出された映像を見るついで。暗がりの中で。

3年前に武蔵野美術大学の椅子コレクションをすべて座りつぶした僕としては、このイームズ展は大いに不満。
ただ流行だからやってみただけ、という印象。都美術館が悪いのか、都美術館に来る客がヘボいのか。


2001.9.29 (Sat.)

FUJIYAMAに挑戦する元気もなく帰る。

家に戻ってから『シャイニング娘。』の載っている雑誌を買う。なかなかよろしいでんな。


2001.9.28 (Fri.)

たっぷり寝たおかげで調子は最高。かなりの集中力で午後のゼミを切り抜けた。

夕食はバーベキュー。人数が多いのでスキを見て食べる。

夜は酒飲んでカラオケ。金色に脱色したワキ毛を見せつつGacktの『Vanilla』を歌う。
研究室の皆さんはちょっと引いてましたとさ。


2001.9.27 (Thu.)

研究室の合宿。場所は河口湖。総勢19名という大人数。
5台の車に分乗して中央道を行く。河口湖インターでFUJIYAMAの迫力に圧倒される。

到着するとさっそくゼミ。終わると夕食を食べるために街に出る。
が、ゼミが白熱して長引いたため、ほうとうを食べることはできず。結局バーミヤンに。

コテージに戻って露天風呂へ。河口湖を見下ろす景色が非常に良さそう。夜だったのでよくわかんなかったが。

その後は酒を飲んで騒いで寝る。


2001.9.26 (Wed.)

明日から研究室の合宿なので、その準備。
準備している間にネットで野球をチェック。ヤフーとアソボウズが提携していてリアルタイムで状況がわかる。
世の中どんどん便利になるなあ、なんて思っていたらヤクルトが勝った。中日、ナイスアシスト。
巨人が負けてくれたのでM6。ありがたやありがたや。
それにしてもとんでもないのは近鉄。代打逆転サヨナラ満塁ホームランで優勝を決めるとは。
なんだか神がかっているような印象を受ける。日本シリーズまでこのミラクルを持ち越さないことを祈る。

で、帰ってきてから合宿のネタのためにワキ毛を金色に脱色。われながら頭が悪い……。
それにしてもブリーチ塗ると毛穴がピチピチ痛いのな! 敏感な部分だから刺激が強いのなんの。
本来ならば右のワキを白、左のワキを赤に染めて『ミニモニ。ジャンケンぴょん!』を踊りたいところなのだが、
コンペのチームからはずれて頭がおかしくなったと思われたらそれはそれで困るので断念。
体育会系の方はぜひお試しください。


2001.9.25 (Tue.)

国立病院サイトコンペ、中間発表会。
どのチームも模型をつくってあり、それだけで圧倒されてしまう。
そのせいか意見交換・講評も長引いて、結局4時間の長丁場となった。
現場から離れて頭を冷やしたことで、アイデアを空間におとしていくやり方が本当に少しだけだが見えてきた。
それにしても徹夜明けであれだけ集中して話を聞けるとは。みんな体力ありすぎ。


2001.9.24 (Mon.)

巨人がムカつく。ヤクルトを3タテ、おまけに桑田が大活躍。1.5ゲーム差。気分は最低。


2001.9.23 (Sun.)

僕のパソコンのHDは2分割されている。CドライブとDドライブ。
Cドライブの方は外部音源をマスタリングする都合上(CDつくったりMP3にしたり)、ある程度の余裕がほしい。
そんなわけで壁紙や音楽などの個人的なデータはほとんどDドライブの方に持ってきてある。
日ごろ壁紙の素材などをビットマップで収集し、好みの音楽を次々とMP3データ化しているのだが、
使用領域が7GBにいっこうに到達しない。ちなみに未使用領域は26GBをゆうに超える。
考えてみればゲームは数えるほどしか入ってない(なんとエロゲーはひとつもない……僕も変わったなあ)し、
容量を食うプログラムは一切入っていないわけで、えらくストイックなパソコンだなあなんて思っている今日このごろ。


2001.9.22 (Sat.)

マサルを除く熱海ロマンで打ち合わせ。

まず晩メシを食い、潤平は『ファミコンアッシュ』のミックスダウン。
僕と奥田君はその間やることがないので、僕の家で『モーニング娘。ライブレボリューション21春』を見て過ごす。
その後、潤平が合流して『ファミコンアッシュ』とライヴでやる曲を詰め込んだCDをつくる。

『ファミコンアッシュ』は、詞・曲ともにレベルが高い。自分に自信が持てなくなる今日このごろ。


2001.9.21 (Fri.)

ほぼ一日中作曲。

たとえばスポーツであれば、身のこなしをいかに思うようにコントロールできるかが能力の差となる。
ときには自分の想像以上の動きができることがあるかもしれない。
レベルの高い動きはきまって、身体の描く軌跡が美しい。

作曲も似たようなもんで、美しい音の軌跡をいかにコントロールできるかが勝負であるのではないか。
実際にはそんな簡単に言い切れるものではないとわかっているが、今日鍵盤を触っていてそんな気がした。

それにしても思い通りにつくっていくのは本当に難しい。
メロディラインを優先させるとコードがわからなくなるし、途中でその陳腐さに嫌気がさす。
そうかといってコードでつくると主旋律が乗らない。構成もブツ切りになってしまう。
ふだん何気なく聴いているくだらないJ-POPに追いつけない悔しさ。まだまだ修行が足りないな。

詰まったときはMDに録音して中断する。外出したときや寝る前にウォークマンで聴きまくるのだ。
そしてイメージを固めておいて、調子の良いときに一気に仕上げればいい。

そんなわけで気分転換に『モンティ・パイソン』を見る。最高に面白いっす。


2001.9.20 (Thu.)

研究室の先輩の博士論文発表会。会場はものすごい真剣さに包まれていた。博士の重みを垣間見た気分になる。

その後研究室で飲み会。「こんな研究室イヤだ」キャラが定着しかける。
それはそれで居場所があるわけで、ありがたいことだと思う。実際にはイヤだということはないです、念のため。

緑ヶ丘のちゃんこ料理屋に移動して2次会。
あれだけ研究室に迷惑をかけておいてそれでも相手してくれるので皆さん優しいなあ、と思う。

日本酒をぐいぐい飲んだので頭痛。大岡山まで移動したところでリタイア。もっと強くなりたいわ……。


2001.9.19 (Wed.)

午前中、借りていた『紙屋町さくらホテル』を読み終える。読んでいる途中、移動演劇隊の実際の話を思い出した。
なんつーか、物語を創る能力というのがうらやましい。ストーリーを創作する能力。

秋葉原へ行く。DVDを買う。『モンティ・パイソン vol.1』と『モーニング娘。ライブレボリューション21春』のふたつ。
組み合わせがいかにも熱海ロマンっぽい。っていうか、どっちも重要な資料なのですよ。

家に帰ってさっそく見る。
『モンティ・パイソン』はやっぱり面白い。頭の構造がマトモとは思えないようなギャグが、抜群の構成で繰り広げられる。
芸人の揚げ足を取って喜んだりテロップでごまかしたりする今の日本のバラエティ番組は本当に陳腐でいかん。
セリフを噛んで自己満足してる『笑う犬』みたいなコントなんか二度と見る気になんないよ。

次は『モーニング娘。ライブレボリューション21春』。こちらは大阪公演を収録したものだが、
その横浜公演(→2001.4.8)を奥長恵太郎さんたちと見ているのでちょっとグッときた。
カメラワークもけっこう工夫しているし、4期メンバーの4人が好きな人なら納得できるデキだろう。

このふたつでしばらく楽しめそう。欲しいDVDを挙げていったらキリがないなあ。


2001.9.18 (Tue.)

いつまでもひきこもっているわけにはいかないので、研究室に顔を出す。
そしたら研究室のHPづくりを手伝うように頼まれた。論文の梗概をデジカメで写していく仕事。
先輩方にはいつも気を遣わせてばかりだ。本当に申し訳ないであります。


2001.9.17 (Mon.)

一橋祭参加責任者会議に出席するため一橋大学に行く。
タケカワさんと待ち合わせて委員会の話を聞く。卒業生だというのに……。
配られたタイムテーブルを見たら熱海ロマンの出番は全企画のトップでやんの。
Hate crimeさんは全企画のラストということで最初と最後を九羅漢堂が押さえた格好である。
一番最初ということで、まあどうなることやら……。少し心配。


2001.9.16 (Sun.)

朝、起きてすぐに『天空のレストラン ハロプロver.』で遊ぶ。
このゲームにおける僕の目的はただひとつ、吉澤ひとみをギャルソンに雇って味噌料理を持たせることである。
今回も優しい後輩のおかげで目標は達成。試合に負けて勝負に勝ったとはまさにこのことよ。
それにしてもモノポリーってのは革命的によくできたゲームなんだなあ、と思った。

昼飯をモスバーガーで食べて解散。
今回、仲間と会って一緒に騒いで思ったのは、毎日大変なのはみんな同じということ。
新しい生活ではみんなそれぞれ不安を抱えているものだったんだ。苦しいのは自分だけじゃなかった。
そんな中で久々に羽目をはずして大きな気分転換ができた。本当に楽しい時間だった。

夜、一橋祭パンフに載せる広告をつくるため潤平が来た。
電話して紹介文をマサルと考えたんだけど、とんでもないアイデアがすごい勢いで出てくる。
なんとかこの勢いで一橋祭まで持っていきたいもんです。もちろん2ndアルバムにもね。


2001.9.15 (Sat.)

HQSのミニOB会。渋谷でCD返したり電車の乗り継ぎに苦労したりしてたら遅刻してしまい、大ブーイング。
そしてそれとともに「やくみつる」と皆から言われてしまう。金髪・ヒゲ・眼鏡とはいえ、そんなに似ているのか?

企画ではエンタテインメント色の強いクイズを楽しませていただいた。
幹部は夏合宿が終わった直後でネタがないだろうに、本当によく考えてくれたと思う。
個人的には7種類のガムの味を見分ける「利きガム対決」に全問正解したのがうれしかった。
最後の女性部長であらせられたツカダさんも全問正解だったが、これにはたまげた。日ごろ噛んでいるのかなあ。

企画終了後には飲み会。社会人になった仲間のグチ大会になると思いきや、前向きでおバカな話が多かった。
今年に入って参加した飲み会では会社や恋愛などのグチしか聞いてなかったので、もう本当に楽しかった。
やっぱ飲み会はこうでないと。後ろ向きになるような話題なんてもうたくさん。

そのままカラオケにハシゴ。モー娘。大好きな連中と一部屋を独占し、ハロプロの曲をひたすら絶叫。踊りつき。
『ミニモニ。テレフォンリンリンリン!』に始まり『LOVE涙色』やら『ザ☆ピ~ス!』やらどんどん歌っていく。
途中で大正琴を抱えたマサルが合流。部屋の中はライヴ会場以上のテンションで訳がわからない状態に。
モー娘。・タンポポ・プッチモニも怒涛のごとくこなし、あか・黄・青と三・7・10のシャッフルユニットも歌う。
しまいには『ガタメキラ』までリクエスト。全員ノドをぶっつぶして声色が変わっていた。

狂乱の宴の後は、キョンビニに寄ってから部室に移動してモー娘。ドンジャラをヒサブリにたしなむ。
あんまり成績は冴えなかったけど、ちゃんとプッチモニを和了ったのでよしとする。

夜食。ほぼ半年ぶりにスタ丼を食す。学部時代の主食はやっぱり相変わらずの味とヴォリュームだった。

満腹になったところで現HQS会長・ラビー邸へ。マサルとミニモニ&後藤真希のビデオを見て興奮。
特にマサルは「うたばん」でロッカーに入る矢口に猛烈に感動し、「矢口たまらん」を連発していた。

みんな寝たころ、マサルの大正琴をいじらせてもらう。ギターのフレットをピアノをもとにした配列のボタンで押す構造。
うまくすればピアノとギターの両方の勉強になるかもしれない。なんとしてもマサルにはマスターしてもらいたい。


2001.9.14 (Fri.)

潤平と奥沢で練習。久々にドラムスをたたく。熱海ロマンのレパートリーをひととおりやってみる。
一応、どれも特に大きな問題もなくこなせた。まあこんなとこでつまずいてるわけにいかないから当然だけど。
やはり日ごろたたいていないと、なめらかなタムづかいができない。どうしてもスネアのフィルに偏ってしまう。
タムをうまく挟めるかどうかが、上手い人とそうでない人の差としてハッキリ現れるのだろう。


2001.9.13 (Thu.)

風呂に入っていたら、ふとアイデアが浮かんできた。あがってからMIDIでカタチにしてみたのだが、どうにも変だ。
マサルの大正琴を加えた4人編成によるインストゥルメンタル、というコンセプトからして間違っているのかも。
潤平にうまくアレンジしてもらってごまかそう、と思った。


2001.9.12 (Wed.)

TVの流す映像の種類が増えている。1回目の突撃なんかよく録れたもんだ、と感心する。
湾岸戦争のときにメディアと戦争の関係が盛んに議論されたが、今回はその上をいく映像ばかりであると思う。
日常が非日常に取り込まれていく様子がきわめて挑戦的に描かれてしまったのだから。
もちろん具体レベルでも抽象レベルでも、その背景にある事実が大きな意味を与えている/与えていく。
テロなのか、戦争なのか。高まるナショナリズムを再生産するのか。国家という制度は解体していくのか。

渋谷へ買い物に行く。ハチ公前の喧騒の中、文字のニュースが遠い海の向こうの惨劇を抑揚なく伝える。
台風の去った後の空は、どこまでも透明な青さ。ツタヤの店先からピンク色の風船が2つ飛んでいった。
鮮やかな色を描き出す日差しの中、青い空に吸い込まれていくピンクの風船。楽天的な風景は妙にリアルだった。


2001.9.11 (Tue.)

『トリックスター』のオープニングに使われていたBGMが気になってしょうがない。ネットで検索してみることにする。
予備知識はまったくなかったのだが、ネットってのはすごいもんだ。1時間ぐらいで見つけることができた。
The Presidents of The United States of Americaの『Video Killed The Radio Star』。The Bugglesのカヴァー。

その後、台風がおさまったのでツタヤに行く。熱海の資料を借りたついでにセルCDの棚を見る。
あった。経済的にキツイのだが、結局衝動買い。まあ洋楽指向に弾みをつけるためだ、惜しくはない。
家に帰って聴いてみる。なかなかよい。元ネタのThe Bugglesの方もちゃんと借りたので聴いてみる。
Presidents~はBugglesの曲を3人編成でかなり丁寧なアレンジをしている。ぜひ演奏してみたい、と思った。

夜、『ファミコンアッシュ』のプログラミングを聴かせてもらうために潤平宅へ。
その後、レディオスターいいねえ、演劇面白いねえ、という話をしながら晩飯を一緒に食べる。

ぼーっとニュースを見ていたらとんでもない事件が勃発。現実にこんな筋書きのテロが成立するなんて!
TVにかじりついて情報を浴びる。2機目が激突、崩れる両方の世界貿易センタービル。国防総省も火を吹いた。
信じられない。めちゃくちゃだ。考えられる最悪の(あるいは完全に戦略が機能した)事態が同じ時間に起きている。
まるで新しい戦争のカタチを示唆するような。建築・都市・国家への挑戦。けれん。確信犯。ローカル/グローバル。
都市社会学・国際社会学・建築史……。どこから切り取ってみてもあまりに衝撃の大きい事実。
この事件は何を意味しているのか。どのように読まれていくのか。何かが表面化した瞬間を見た。

The Presidents of The United States of America、そんな名前のバンドのCDを買った日にこんな事件。
あまりに皮肉だ。


2001.9.10 (Mon.)

マサルの引っ越し祝い壁紙をつくっていると潤平が来た。一緒に2回目の世界一団『トリックスター』を観るのだ。

台風が近づく中、池袋へ。軽く腹ごしらえして整理券をもらっておき、ジュンク堂書店で暇をつぶす。
開演30分前に劇場に移動、少し並んでから中に入る。やっぱり狭い。
正面の1列目(最終公演のためか、さらに前には臨時の座布団席が用意されていた)に陣取る。
あまりにも舞台が近くて、こっちが照れてしまいそうだ。実際、始まったら僕は照れて見てた。2回目だし。

プログラムは「巨人」「キリン」。やっぱりオープニングがめちゃくちゃ格好良い。たまらん。
「巨人」は2回目ということで、純粋な観客というよりは“お手並み拝見” といった心構えになってしまう。
その分、ライヴのための勉強になったといえば、まあなったのだけど。
「キリン」はやはり、カウボーイが大暴れして面白かった。ドアが壊れたアクシデントも上手くアドリブで切り抜ける。
圧倒されながら最後まで突っ走った感じ。11月の公演が非常に楽しみだ。

潤平とおもしれえ~と反芻しながらメシを食い、帰る。


2001.9.9 (Sun.)

寝る前、たまに徹底的に音楽を聴きたくなることがある。それが来た。
たぶんNHK『青春のポップス』で、つのだ☆ひろ・そうる透・真矢・西城秀樹がドラムスをたたいていたせい。

そんなわけで久しぶりにクィーンを聴いた。丁寧に聴いた。
『Bohemian Rhapsody』は全然好きじゃないはずなのに、改めて聴きなおすと面白かった。
そういえば学部時代、ゼミで先生が「なにかブレイクスルーになるものが欲しいよね」と言った瞬間から、
まるでスイッチが入ったように、無性に『Breakthru』を聴きたくなった日があった。
結局その日はゼミそっちのけで頭の中をずっとその曲が流れてたっけ。家に帰って急いで聴いた記憶が蘇る。

基礎知識・一般教養としての洋楽が絶対的に足りない。もっと古典を聴かなくちゃ。


2001.9.8 (Sat.)

劇団☆世界一団の『トリックスター』を観に池袋へ。開場時間の13時半より少し早めに到着。
会場はシアターグリーンなのだが、その周辺の南池袋には処刑場の匂いが残っている気がした。
中に入ると……狭い。舞台がめちゃくちゃ近く、手を伸ばせば届くんじゃないかと思うくらい。
でも舞台と客席の間には、演る人間と観る人間の絶対的な壁があるのだ……。

ちゃんとしたいわゆる“小劇場演劇”を観るのは初めて。ドキドキしながら開演を待つ。
以前読んだ佐藤郁哉『現代演劇のフィールドワーク』で、一応、周辺知識は身につけたつもりである。

で、照明が落ちてオープニングムービーがスタート。
舞台と客席の間に黒いガーゼ状の薄い幕があって、そこに映画のように映し出される。
劇場全体にうっすらとスモークがたいてあり、客席の上を光線が踊る。音楽もいい。めちゃくちゃ格好良い。

最初は演劇独特の「間」に違和感があったが、10分もすると慣れてきて世界に引き込まれる。
交差する3つのストーリーのうち2つを毎回上演するプログラム。僕が観たのは「巨人」と「出口」。
説明ゼリフがないため展開がつかみづらい箇所も少しあったが、存分に楽しむことができた。
魅力的なキャラクターを観客の頭の中で一気に組み立てさせたのが勝因だろう。

やっぱり演劇を観るクセをつけないといかん、と思いつつ、ベーグルを買って池袋をあとにする。

夜、潤平から電話がかかってきた。潤平は今日夜のプログラム「キリン」「出口」を観たそうだ。
「キリン」は登場するキャラのひとり、カウボーイが大暴れしてめちゃくちゃ面白かったらしい。
結局、あさっての最終公演が「巨人」「キリン」なので一緒に観に行く約束をした。


2001.9.7 (Fri.)

高校生クイズ選手権を見る。
まあなんつーか、アレだ、真剣勝負の醍醐味をもっと演出せんといかんということ。
「クイズ選手権」と言うからにはクイズをしないといけません。偽善な川柳をつくって喜んどっちゃいかんのです。
早押しクイズの真剣勝負をマニア受けレベルで終わらせているってのは、つまり演出がヘタなんですよ。
高校生の真剣勝負をエンタテインメントにしてこそ、プロのテレビ屋さんじゃないんですかね。
ところどころキラリと光るシーンがあっただけに、本当にもったいなくってしょうがない。


2001.9.6 (Thu.)

洗足池にある図書館に行く。熱海ロマンのレゲエ新曲の資料を探すため。
引越して半年近くになるというのに区立図書館に行くのは初めてという体たらく。情けない。

目的の本の近所に戯曲コーナーを発見した。こういうものを読むという経験があまりなかったので挑戦することに。
とりあえず、卒論でちょこっとだけ触れた新国立劇場のこけら落し公演だった井上ひさし『紙屋町さくらホテル』を借りる。
物語をつくる能力のある人が本当にうらやましい今日このごろ。


2001.9.5 (Wed.)

国立病院サイトコンペでM1チームから離れることが正式に決まる。


2001.9.4 (Tue.)

一日中ヘコむ。何もする気が起きなくて、半日以上睡眠。寝ていれば苦しまなくて済む、はずだから。


2001.9.3 (Mon.)

日記の内容、またその公開について抗議を受ける。
ハタチ過ぎてこういうトラブルを起こしたことに自分で自分が情けなくなる。もう本当、ダメだなあ……とつくづく思う。


2001.9.2 (Sun.)

午後3時ごろまでマサルとまったり。その後は本を読んだりして過ごす。


2001.9.1 (Sat.)

夜、マサルが大岡山に到着。歌舞伎町の火災とは無関係だったようだ。

まず一緒に晩飯を食う。すると研究室の先輩とバッタリ隣り合わせに。これ以上いづらくなるとマズイので、
「おいマサル、絶対に変な話題振るんじゃねえぞ!」
と釘を刺したところ、さっそく
「マツシマくん、モーニング娘。の新メンバーをどう思う?」
と訊いてきた。内心コノヤローと思いつつ、
「新垣は要らないね!」

で、潤平が合流して僕の家へ。モー娘。新メンバーオーディションのビデオを見る。やっぱり新垣の悪口大会。

10時ごろに場所をファミレスに移して熱海ロマンの会議。
議題は、1. 一橋祭ライヴについて、2. 一橋祭ライヴの宣伝プロジェクトについて、3. 熱海ロマン2ndアルバムについて。
一時はかなり白熱してライヴ中止の危機まで勃発するが、なんとか回避して話は一気に進んだ。
今回の一橋祭ライヴは“ロックスピリット”を前面に押し出した内容になる模様。ただしマサルの解釈によるロック。
2ndアルバムについても、ペースは遅いものの着々と計画ができてきて、それなりに見通しが立ってきた。
この秋をうまいこと乗り切って勢いをつけたいものだ。

翌朝6時に解散して僕はマサルと自宅へ戻る。


diary 2001.8.

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