戸田での倉庫研修が本日をもって終了した。
朝早く家を出て、電車を乗り継ぎ、やたらとほこりっぽい長い道を歩いて倉庫に行き、本を運びまくる毎日。
10時半と15時にはきっちり30分の休憩が入るので、実はそんなに苦しい肉体労働、というわけではない。
ただ、異常にほこりっぽくって、すぐに軍手が真っ黒になるのは、致し方ないとはいえ、正直勘弁してほしかった。ここでの一番の経験は、本来ならほとんど接点がなかったはずのおじいちゃんたちと話す機会が持てたことだ。
お互いにどんな話題にすればいいのか困ったこともあったけど、一緒にいるうちにけっこうどうでもよくなって、
スポーツ新聞を回し読みしたり地元の話をしているうちに、ぐんぐん距離が縮まっていった。
今までは、おじいちゃんたちからは子ども扱いされることが多かった。年齢差はいつまで経っても縮まらないから当然だろう。
しかし、職場で会うおじいちゃんたちは、僕たちのことを「さん」付けで呼んだ。完全に、大人として扱っていたわけだ。
そんなの社会人としては当たり前のことなんだろうけど、どこか甘えのある僕には、それがちょっと衝撃的だった。
いろいろとやりとりする中で身をもって学んだことは、非常に多い。
自分の中できちんとしっかり消化して、それを言葉にして、誰かのヒントとして送り出すことができるようにしたい。◇
FREITAGを購入した。246沿い、駒沢大学駅近くの自転車グッズ店で見つけたものだ。
見た瞬間、「あ、モンドリアンの『コンポジション』だ」と思って、これにした。
いざ物をいろいろ入れてみると、驚くほど入る。これは便利に使えそうだ。
けっこう値段はしたけど、それに見合った活躍をしてくれそう。あちこちに連れてってやるぞー。
朝、出勤するとき、駅のホームへと下りる階段で、なぜか左足首をひねってしまった。
慣れていない靴というわけでもないし、特別焦っていたわけでもない。気分や調子が悪かったわけでもない。
ただ、なぜかそのときに限って、身体がうまく動かなかっただけなのだ。それで、左足首をひどくひねった。
電車に乗っている間も、まったく痛みが退かない。それどころか、かなり腫れてきているような気がする。
歩くのもけっこうしんどいんだけど、だからってまったく動けないわけではないので、そのまま倉庫に向かう。
ウンザリするほど長い駅からの道も、今日はいつも以上にキツい。でも、ペースを落とさずに歩く。
倉庫では足を引きずっていたので、「おい、どうかしたのかい」と声をかけられる。「大丈夫っす」と返事する。
正直痛くってたまらないが、仕事ができなくなるほどではない。動けるうちは動いておかないといけない、という意識だ。
それに、明日で倉庫作業が終わるわけで、できるだけ“いつもどおり”ですごしたい、という気持ちが強い。後になってわかったのだが、捻挫の度合いは意外とひどかったようだ。
僕には「無理をする」という感覚があまりないのだが、これは「無理をする」部類に入るレヴェルだったらしい。
自分の身体について、これほどまで鈍感だとは思わなかった。いろいろとショックだ。
潤平に勧められて、FREITAG(⇒公式サイト)というものを買ってみようかと思い立った。
これはスイス発のバッグで、一部の建築学生の間では爆発的な人気になっているというものだ。
なんでも西ヨーロッパを走るトラックの幌をリサイクルしてつくってあり、丈夫で防水性も高くて便利なのだそうだ。
面白いのは、幌をトリミングしてつくるので、同じデザインのバッグはこの世にふたつと存在しない、という点。
だから自分のバッグは自分しか持っていない、いわばアイデンティティの体現となるわけだ。東京でFREITAGを扱っている店は今のところ4つしかないという。
それぞれに足を運んで、気に入ったデザインのものを買え、とメールで潤平は言う。
英語ができればネットで通販もできるそうだが、自信がないので店をまわってみるよと返信した。そんなわけで、とりあえずここ2~3日、会社帰りにあちこちに寄ってみてお気に入りを探すことにする。
吉田秋生『櫻の園』。映画の方は感想を書いたが(→2003.11.6)、マンガはまだなので、いいかげん書くことにする。
……といっても、書くべきことはすべて、中原俊による解説で書かれてしまっている。これを超えることは不可能だ。
それくらい、もうとにかく完璧な解説である。こちらの出る幕がない。困った。
しょうがないので、中身のないことをダラダラと書いていく。本の帯なんかには到底使えない、僕なりのオススメの言葉だ。「月の裏側」とか「The other side of the moon」みたいな言葉がこの世には存在する。
(ピンク・フロイドはそれをアルバムの名前にしていて、『狂気』という邦題がつけられている。が、それはとりあえず関係ない。)僕ら男の視点から見える女の子ってのは、実はその半分しか見えてなくって、裏側がどうなっているのかはわからない。
正確に言うと、わからないのではない。わかろうとしていないだけなのだ。見ようと思っているけど、見ないでいる。
そうして、月の裏側を僕ら男は幻想で埋め立てているところがある。ウサギさんがおモチをついてるよ、的なファンタジーで。
本物の月の裏側を撮影した写真を見ると、「海」が広がる表側とは対照的で、けっこうでっかいクレーターがいくつもあった。
女の子も同じとは単純に言いたくないが、そういう“リアル”すぎる光景は見ないで済ませたい、それが臆病な男の心理だ。この『櫻の園』というマンガは、実に美しく月の裏側を描いているように思える。
単純な男には見えないリアルな月の姿を、4つのカメラで、立体的に投影してみせる。
クレーターもあるさ、だって女の子だもん。そういうソフトタッチな着地点を僕らに示してくれている、と臆病な男は思うのだ。
物語を通して表も裏もぐるりと一周してまわり終えたとき、男は無力感を覚えるだろう。
ファンタジーを組み上げることの徒労感、リアルな光景の持つ説得力。
そこからどんな一歩を踏み出すのかは、男の器量しだいだ。この作品で特筆すべきは、全体を流れる詩的というか、上品な雰囲気だろう。決して安易に描写しない。
ヒロインのフィルターを通し、その身に起こる事柄をオブラートに包んで伝える。その光景は、男に安心感を与えてくれる。
たとえそれが小さくても自分にとっては大きな一歩を踏み出して月面に着陸した男たちは、
その過酷な環境に参ってしまうかもしれない。しかし、『櫻の園』で描かれた女の子たちを思い出せば、
1/6の重力でうまくやりぬくルールの存在に気がつくことができるだろう。男にとって都合のいい解釈ばかりしてしまったが、不器用な僕にはそうとしか読むことができない。
勘のいい男子なら、もっとマトモな読み方ができるだろう。女の子なら別次元の鋭い解釈をしてくれるかもしれない。
僕としては、とにかく、男に読んでほしいマンガだ。
今日も同期会の続きである。といっても、用事がある人がいたりなんやかんやで、2日目は1日目以上にダラダラになる。
だいたい、寝転がってマンガ読んでメシ食い出て、気が向けば家に戻ってまたマンガ。そんなもんだ。
でも、そういうダラダラしたものをみんなでする、という感覚がいいのだ。ひとりだとつまんないけど、みんなとならアリだ。
気の置けない仲間と気の置けない時間を過ごすということがどんなにありがたいことか。こっそり、じっくり味わう。
グダグダ同期会。今回はマサルと話しているうちに、わりと突発的に集まることになった。
いつもどおり居酒屋に行って酒飲んで、カラオケに行ってそれぞれ思い思いに歌う。
デジカメをcirco氏からもらったので(→2005.3.11)、そのときの様子を撮ってみたのが以下の写真。
で、酒を買い込んで僕の家に集まって、懐かしの映像を見たりオススメのDVDを見るなどして過ごす。
特に今回は僕のバチェラーパーティ(といっても結婚とかそんなんじゃなくって、自由人じゃなくなるってことで)である。
僕はわざわざ『バチェラー』を用意したのだが、まあ洋モノ好きはひとりとしていなかったので、反応は鈍いまま終了。
(最終的にはみやもりが引き取ったのだが、あの無茶なアイテムをどう使ったのか気になるところだ。)考えてみれば、僕らは大学の卒業旅行も国立の部室だったわけで、やってることはそのときとあまり変わらない。
(あのときにはモー娘。ドンジャラがあって、みんなで打(ぶ)っていたわけだが、それも盗まれてしまって、もうない。)
時間は年単位で過ぎてしまったわけだが、あのときとまったく同じ空気が味わえる機会は本当に貴重だ。
あー楽しい。
給料をもらう。ウチの会社は社長の趣味なんだそうで、現金手渡しである。
午前中に茶封筒に入った給料をもらったのだが、どうにも扱いに慣れない。
とりあえず家まで持って帰って、中身を広げて眺めてみる。お札はすべて新紙幣のピン札である。
塾のときに比べるとはるかに多いが、そんなにもらっているわけでもない。自分でほっぺたにビンタしてみるが、つまらない。
これだけの大金(というほどでもないんだけど)が家に存在している、というのは初めてのことだ。
困ったなーと頭をぽりぽり掻く。これからは、慣れないことに、慣れていかなくてはいけないのである。
新人の相棒が大学の卒業式につき、本日は単独作業。
ひとりだからどうということはないが、じーちゃんたちの中にひとり放り込まれる、というのもなかなかスリリングだ。
ドラムスを教えてもらってたたくのは、今日が最後になる。
今までにやった曲をおさらいするように1時間ほどたたいた後で教えてもらう、というのが先月までのやり方だった。
MDに録音しておいたものをインナータイプのイヤフォンで聞きながらたたく。これが、決まった儀式になっていた。
でも今月は昼間に仕事があったわけで、それができなかった。
そして来月からは本社勤務になるので、いったんドラムスを休むことにしたのだ。最近たたいていて一番面白いのは、意外だと思われるかもれしれないが、Deep Purpleの『Smoke on the Water』だ。
世間ではギターのリフが超ウルトラスーパー有名なわけだが、ドラムスの視点で見ると、16ビートと8ビートの交差がいい。
さらにサビでは右手が4拍になるわけで、隙間をつくらない演奏というものを目指すのが、とても面白いのだ。
そんな中でどう変化をつけていくべきか、なんて考えていると、無限に音楽の世界が広がっているのが垣間見える。The Policeの『Roxane』もスチュアート=コープランドの想像力にまいりながらたたいた。
The Square(T-SQUARE)の『Dans Sa Chamble』は、3連符の2拍目でハイハットを開けるクセがついていた。
自然と「おっしゃれー」という動きができるようになってくると、すごくうれしいものだ。音楽の喜びにもいろんな種類がある。これからはそう自由にドラムスをたたけなくなってしまうわけだが、日常生活のペースが固まってきたら、またはじめるつもりだ。
それまでの分をたたき溜めしておくように、心をこめてたたく。
そういえばこの日記はもう5年目になるのに、一切「びゅく仙」という名前の由来を説明していなかったことに気がついた。
HQS関係者なら知っていると思うけど、それ以外の人にはサッパリだと思うので、この際きちんと書いてみることにする。僕の名前は「仙太郎」という古式ゆかしそうな名前だが、これは家が代々「仙吉」という名前を襲名していたことによる。
曽祖父が最後の「仙吉」で、本名を「後藤智明(ちあき)」といったのだが、婿養子に入って「松島仙吉」となった。
(だから飯田高校の卒業者名簿を見ると、両方の名前が載っている(※当時は飯田中学)。
4代揃って同じ高校ってのも、なかなか面白い事態かもしれない。まあ、どうでもいいことではあるんだけど。)
祖父は「堅治」、父は「正幸」。で、僕が生まれる少し前に曽祖父が亡くなり、僕にその名前の一文字がくっついた。
長男なので単純に「太郎」だったのが、仙+太郎で「仙太郎」。これが僕の名の由来である。さて、それが「びゅく仙」になるまでには、もうひとひねりを必要とする。
高校時代にクラスメイトから『ぴくぴく仙太郎』というマンガがある、と聞かされた。
この「仙太郎」は、主人公が飼っているウサギの名前だ(祖父の名前をウサギにつけた、という設定)。
僕は直接このマンガを読んだことはないが、このマンガの存在が後に大きな影響になるとは、このときは思いもしなかった。大学に入るとHQS(一橋大学クイズ研究会)で岩崎マサルという男に出会った。「びゅく仙」の名づけ親は、コイツである。
2年生の夏合宿だったと思うのだが、清瀬市かどっかを通っている行きのバスの車内、マサルと話していたときのこと。
話題はなんだか忘れたが、急にマサルが『ぴくぴく仙太郎』の話をしだして、それからいきなり大声で言った。
「マツシマくんは……びゅくびゅく仙太郎やね。あはは、ええやん! これええやん! びゅくびゅく仙太郎、ええやん!」
名案を思いついたときのマサルは手がつけられない。5分ぐらい余韻にひたって、ひたすらその快感を味わうクセがあるのだ。
結局そのバスの中では、マサルはずっと「びゅくびゅく仙太郎ええやん」を繰り返していた。
バカバカしいものが大好きな僕も、内心「うわーアホでいいわー」なんて思っていた。それが運の尽きだったのである。合宿から帰ってくると、マサルはさらに磨きがかかった。
「びゅくびゅく仙太郎」をさらに進化させて「びゅくびゅく腺太郎」という名称を思いついてしまったのだ。略して「びゅく腺」。
つまりまあ、そういう、びゅくびゅくするものを分泌する腺ということで、シモの度合いが急激に高まったのだ。
さすがにそれはイヤなので、「びゅく仙」と表記することで手を打った。以来、僕の通称として定着することになる。
ただ、正式な表記としては「びゅくびゅく仙太郎」もしくは「びゅく腺」であるらしい。これはマサルの定義による。
だからあくまで「びゅく仙」というのは簡易表記でしかないらしい。僕は「腺」よりはマシ、ということで認めてしまっているのだ。
今ではすっかり定着してしまって、他の名称が思いつかないところまできてしまっている。ハンドルネームってのはなんというか、難しいというか、面白いというか、テキトーであるというか、微妙なモンだなあと思う。
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』。
(ちなみにHQS時代、先輩が「赤頭巾ちゃんつかまえて!」と誤答した伝説がある。これはなかなか衝撃的だった。)作者の本名は福田健二という。福田氏は本名でデビューした作家だが、この作品ではそれを伏せて、
主人公の名前である「庄司薫」を名乗った。それで芥川賞をとったのでこっちの名前が有名になっている。
まあ要するに、主人公の名前をペンネームにして書いた一人称の小説。なかなか複雑な仕掛けとなっているわけだ。1969年、都立日比谷高校に通う主人公は、東大が入試を中止した影響で宙ぶらりんな日々を送っている。
そういう大きな災難から左足の爪がはがれたという小さな災難まで、主人公をヴィヴィッドな状況が取り巻いている。
多感で勉強熱心で実直な主人公が、自分の立ち位置を見つめつつ、未来に向けてどう足を踏み出すべきか考える、
そういう小説。かなり乱暴にまとめるとそんなところだと思うが、もし間違っていたら申し訳ない。この小説では、かつての日比谷高校という(あまりに特殊な)環境や1969年という時代背景が重要な意味を帯びている。
コンテンポラリーに発表された小説なのだが、いま見ると少しも惑わされずにきちんと時代を切り取っていることに驚かされる。
しかも、文体はきわめて平易というか自然なしゃべり口調で、当時の利発な高校生が考えている(いたであろう)ことを、
一語も余さずにしっかりと書きつけているのだ。なかなか世の中そう単純にいかない、そういう現実を突きつけられていて、
それでも軽い足取りを失わずに自分なりに前を向いて生きていくこと、そんな思考回路が見事に表現されている。数学的に言えば、人間誰しも、生きていくうえでどんなことにでも適用できる解の公式を探している。
さらには、人類全体で使える公式を探したくなる。ところがその公式は、どうも個人個人によって微妙に異なっているようだ。
自分の公式の仮説を他人に適用するどころか、うまく説明することすらできない。
しょうがないから、それぞれの解の公式どうし、どうやって折り合いをつけていくかが焦点になっていく。
また、自分の中での公式をつねに更新してヴァージョンアップする必要もある。人間たちはそんな状況で生きているわけだ。
そうして出てくる疑問や難しさに、若き主人公たちは真正面から取り組んでいる。
それが1969年の語彙で語られている、というのがこの作品なのだ。
歳をとった人からすれば「大したことねーよ、そんなもん」ということになってしまうかもしれないが、当事者たちは真剣だ。
その真剣さがどれだけ意義のあることのなのか、それを高校生の「庄司薫」が代表して世間に訴えたということなのだ。文庫の一番最後にある「四半世紀たってのあとがき」を読めばわかるが、作者はそうとうに「わかって」いる。
わかっているけど、「それを言ってはおしまい」「言ってはならない」わけだ。これは何もイジワルしているわけじゃない。
作者は、若い人たちはそれぞれ自分なりにそれを見つけなさいよ、という側から優しく読者を見つめているのだ。
それは誰もが自分ひとりだけの問題として苦しんで、まあなんとか折り合いをつけたり解決したりして、生きているんだぞ、と。
僕は今さらその真っ只中にいるわけで(本質的に人間ってのはいつまでも真っ只中なんじゃないかって気もしているが)、
恥ずかしながら10年遅れて当時の高校生たちと同じ状況にあるわけで、「そっか、そうなんだね」とちょっと心が休まる思い。すごく抽象的な書き方になってしまったが、この作品はそういう本来とんでもなく抽象的なことを、
ひたすら1969年の具体というレヴェルで描いている。言うのは簡単だが、これをやるのは、冷静さと熱さを同時に持って、
一歩踏み込んだり一歩退いたりしながら書かないといけない。ふつうの能力では到底できない。
それを(見た目では)あっさりやってのけているわけで、「それをやられちゃおしまいだ」と思っているしだい。
塾で歓送迎会があった。2年前には歓迎される側だったが、今度は送られる側。
戸越公園の行きつけの店で飲む。相変わらず、学生の空気と社会人の空気が混じった、独特の感触だ。
仲のよい数学の先生と雑談をしたり、新しくやってきた先生方とよそよそしく会話したり。
特に、新人の先生の歳を聞いて悲しくなる。こうしてどんどん下から突き上げてくるのに、自分はぷらぷら。
かといってジタバタするのも、きちんとしたタイミングでしなきゃムダなわけで、その難しさを考えて少しへこんだ。初めて知ったのだが、先生がなかなか生徒の成績を伸ばせないでいると、校長は面談をして活を入れていたらしい。
僕は活を入れられたことが一度もなかったので、まあ、この辺は誇れることだったのかなあ、と思わないでもない。
あとは「いつ復帰するんですか」と冗談まじりにいろんな先生から言われたことか。
ぶっちゃけ、僕もわりとあっさり復帰しそうな気がなんとなくしていなくもないので(われながら微妙な表現だなァ)、
「そんときはぜひお願いします」と笑ってかわした。そんな具合に時間は過ぎていった。日付が変わるくらいに、校長とがっちり握手して、席を立った。
もうあんまり見ることはないだろう深夜の戸越の空を眺めて、「オレは幸せな環境で働いていたんだよなあ」とつぶやいた。
僕はどこへ行くんだろうか、その先には今より充実した毎日があるんだろうか、不安が大きくなっていく。
でも逃げるわけにはいかないのだ。ペダルをしっかり踏みしめて、こぎだした。
NHKスペシャル『ケータイ短歌 空を飛ぶコトバたち…』。直接この番組を見ながらリアルタイムで感想を書いてみる。
言葉を操るということは、実際にはきわめてシヴィアな作業だ。
スポーツ選手が身体を美しくコントロールするのと同様に、言葉を美しくコントロールするのには才能(と努力)が要る。
NHK教育で朝っぱらにやっている短歌や俳句の番組を見ると、そのあまりのシヴィアさに卒倒しそうになる。
鋭い選者の場合、単語や切れ字の選択がどれほどギリギリの駆け引きなのかを痛いほどに教えてくれる。一方で、言葉を操るということは、身体のフィットネスと同様に、メンタルの負荷を発散させる効果も持っている。
ネットにおけるログは匿名性というより無名性が焦点だと思う。無名の書き手が自由に表現できる、という場になっている。
ハンドルネームやペンネームで責任の所在を軽くし、思うがままに言葉をつむいでいく。無名だから、どんなことでもできる。
(この点について、鴻上尚史『プロパガンダ・デイドリーム』(→2002.4.14)の「あとがきにかえて」が参考になる。
そこでは「(発散=)表出」と「(責任ある)表現」とを明確に区別し、両者の一致を目指すことが大切だ、と論じている。)『ケータイ短歌』では、この無名性が重要なポイントになっている。
飾らない直接的な表現と、誰でも作者の立場と入れ替われるという点が、現代において共感を呼ぶカギになっている。
ギリギリの駆け引きはそこには存在しない。もっとカジュアルに自分の中にあるものを、言葉というカタチで提示する娯楽だ。
芸術があまりにシヴィアになりすぎて、行き場のなくなってしまった中途半端な才能たちは、どこで満足を得ればいいのか?
──これは、現代社会において実は非常に大きな問題になっていると僕は考える(ワークショップ、住民参加、etc.)。
メンタルの負荷を発散するためには、外に向けて発表すればいい。でも自己満足で終わることなく、
きちんと作品を他者に評価してもらいたい。……そこで、ネットが「いつでも逃げられる発表場所」として登場する。
永遠にプロになれないタコツボ、あるいはプロの定義を揺さぶる震源地、という危険性をはらみながら。もうひとつ、ケータイであること、について考えてみる。
ケータイにおける「メモ」という言葉は、それまでの「メモ」とは意味合いがちがってくる。
まず、痕跡・筆跡が残る腕の筋肉の運動/50音が各行ごとにルーレットで登場する指先の振動、というレヴェル。
あと、ケータイの場合には、かつてでは考えられないほど簡単に、ささいなことを記録する意欲がわいてくるはずだ。
(実際、僕はケータイのメモにキーワードを記録することで、後で緻密な関西旅行の日記を書き上げることができた。)
だから日常におけるきわめて細やかな心理の動きを、誰もが生々しく記述できるようになるという可能性を持っている。「無名作者の発表場所」と「ケータイ」がクロスするケータイ短歌の世界は、確かに新しい可能性を切り開くものだと思う。
ただやはり、前述の文章でも鴻上が指摘しているように、どうしても巧いものが拙いものを淘汰する流れは発生するだろう。
実際に番組で紹介された作品をみるに、言葉のコントロールが劇的なものと平板なものとの差がどうしても気になった。
巧いものは脚光を浴びるし、拙いものはマイナー落ちを(直接的にではないにせよ)通告されることになる。
そうなった場合、中途半端な才能の行き場はさらに削られることになってしまう。結局は、その繰り返しになる。
つまり、それが摂理なのだ。それが「社会」というものの永遠に変わらない側面であり構造なのだろう。
だから一番必要とされているのは、拙いものを根気よく巧くしていこうという意欲を湧き立たせるシステムづくりである。
それはケータイだろうがネットだろうがリアルだろうが、共通のことだ。才能は無限に救済され続けるものであってほしい。
今年は花粉症がものすごくつらくて、倉庫でひたすら鼻をかんでばかりいる。
じーちゃんたちは顔をぐちゃぐちゃにして苦しむ僕の姿を見て「すごいねー」と笑っている。僕の花粉症の症状は変なのだ。というのも、毎年なるわけじゃなくて、ひどい年だけ症状が出る。
しかも、花粉の量が一定の水準を超えると急に出る。それまで全然だったのが、いきなり重症になるのだ。
ある意味でバロメーターにはなる。その日の天気によって、また時間帯によって症状にものすごい波が出るから。
が、こっちとしては治った気になっていたらいきなりグシグシで、もうたまったもんじゃないのだ。
自分でも信じられないけど、でも本当にこういう症例が存在する。他にそんな人がいるのか、ちょっと気になる。で、しょうがないので、ティッシュを丸めて鼻に突っ込んで倉庫で作業を続ける。
それを見たじーちゃんたちは、「おお、すごいねえ」とまた笑う。
まあ僕としては、笑っていただけるのであれば、それがどんなカタチであれ幸いでございます。
M.マクルーハン『メディア論』。『グーテンベルクの銀河系』(→2004.12.17)の次の作品だが、意外と間が空いてしまった。
まず、この本は原文で読まないと威力が半減する。漢字混じりではなく、アルファベットだけで書かれていないとダメなのだ。
図もなくフォントの大きさがずーっと均一のアルファベットの羅列。その体験こそが、マクルーハンの言いたいことだ。それ以外にも「ホット」と「クール」の使い方など、日本人(というか自分)に誤解を招きそうな表現が多いことが気になった。
マクルーハンは「ホット」と「クール」を相対的に、さまざまなメディアに対する形容詞として柔軟に使い分けるのだが、
われわれは「ホット」と「クール」を絶対的な形容詞として使い、各メディアをどちらか一方にカテゴライズしたがると思う。
だからたとえば、ラジオについて、さっきは「ホット」だったのにいつのまにか「クール」、みたいな現象が起きるのだ。
ここでひとつ、x軸とy軸でまとめた平面上の図で各メディアの位置関係を示せばわかりやすいのだが、
そこはマクルーハンもグーテンベルク世界の住人だから、結局わかりにくいままで終わってしまった。
世間も相当誤解していると思うし、自分だってかなり誤解している感触がある。誰かなんとかしてほしい。さて、それでも、本文でのマクルーハンの主張をくんで、この本の内容について考えてみる。
ヨーロッパ人に比べてわれわれ日本人の方が、テレビなどの新しいメディア(原著は1964年出版)に対応できる、らしい。
すると上のような意見が出てくるのは、それは英語圏の読者よりもちょっと先を進んでいるからと、まあ考えられなくもない。
各民族のメディアの捉え方の例が出てくるが、これが面白い。映画の登場人物が、カメラがパンして画面から消えるとする。
僕らはそんなの気にしないけど、彼/彼女が画面の外で何をしているのか気になってしょうがない民族がいるというのだ。
なるほどと思う。そういういろんな視点をもった人たちの大きな運動として考えると、メディア論は非常に奥が深いのだ。
しかもマクルーハンは「メディアはメッセージである(=メディアの革新にともなって人間の身体像も革新されていく)」と言う。
インターネット社会を横目で見つつ、僕らはこれからどこへ行くのかのんびり考えると、なかなか果てしなく想像力が膨らむ。英語圏のマクルーハンはメディアの特性について論じる手掛かりをつくった、そのレヴェルで満足している印象がある。
実際、各メディアを時代の流れに沿って「ホット」「クール」という単一の評価軸で論じるのは単純だが、危険な匂いもする。
マクルーハンがとっているのは単純な分だけ威力のある分析手法で、だからこそ、その単純化が怖く感じられる。
必要なのは、ここから議論を発展されていく努力だ。決して、これで終わり、ではないのだ。
「人間というのは、待っている間はとても長く感じるものです」という言葉をいまだに覚えている。
これは昔やっていたアニメ、『平成天才バカボン』でバカボンのパパが永六輔のマネをしたときのセリフだ。
なんでそんな細かいことを覚えているのか自分でもわからないんだけど、ホントそうだなあ、と最近思う。
そして、その待っているものが訪れたときの喜びは、なんとも形容しがたいものがある。
自分は単純だなあと思うんだけど、その単純さを素直に喜べる今の自分はけっこうな幸せモンだ。
じーちゃんたちの会話が、なかなか凄い。
「ジェネレーションギャップ」という言葉について、この間まで僕はそれを中学生との間で感じたり感じなかったりしていたけど、
前の職場を定年退職して再雇用になったおじいちゃんたちの会話は、正真正銘のギャップを感じさせてくれて興味深い。いちばん凄かったのが、『笑点』の司会は誰か、という話題で、これはもうどう考えても三遊亭圓楽がふつうだと思うのだが、
彼らにとって『笑点』の司会といえば、まず三波伸介なのだ。そのうえで「その前は談志だったっけなー」なんて言っている。
そんなものはクイズ知識だと思っていたので、現実にそんな会話が成立するなんて驚いた。
さらに、彼らにとっては『君の名は』がトレンディなドラマだったのだ。「そうそう、菊田一夫の」なんて相槌を打っている。
真知子巻きや数寄屋橋は、僕らの世代では少々マニアックな知識でしかないけど、それが現役の常識になっている。考えてみれば明治維新以降、特に戦後は猛スピードで情報が更新されてきた。
その結果、同じ時代を生きているのにギャップがある、という状況が生まれたわけである。
もしかしたら江戸時代以前にはジェネレーションギャップってのは今ほど大胆な形では存在しなかったのかもしれない。
でも現代は、情報を更新することで利潤が生まれる。そうして経済が成り立っている。だから、ギャップは広がる一方だ。
おじいちゃんたちの青春と、今の僕らのそれとが、本来性質は同じだろうけど共有できないものになってしまっている、
そういうのが、ちょっともったいない気がした。
しっかり休まないと月曜はもたない!
ちょっとだけ油断して遅くまで起きていただけで、カラダが重くってしょうがない。まるっきり動けない。
ペース配分を知り尽くしているおじーちゃんたちがヒョイヒョイと仕事をこなしていくのに対し、
まだまだ若いはずの僕はほとんどグロッキー。とりあえず、今夜はしっかり疲れをとろうと思った。
振り返るととてつもなく長い一週間だったように思う。
ワカメが上京してラーメン食べてメールのやりとりをして倉庫で働いてcirco氏からデジカメもらっただけなのだが、
そういう人とのやりとりが充実していた分、この一週間は特別に長かったように感じるのだ。
同じ一週間でも「濃い一週間」と「薄い一週間」があって、決まったパターンにハマっているほど「薄くなる」気がする。
来月以降は、わりと決まったパターンで働いていくことになる。どうか、「濃い」毎週を過ごしたい。
さとう珠緒
↑この日の日記メモには、「さとう珠緒」とだけしか書いてなかった。
当時なんでそんなことを書いたのか、もうさっぱり思い出せないやープンプン。
さとう珠緒のブリッコキャラは徹底していてあっぱれだ、とかそんなことだったっけか。
なんにしても、「さとう珠緒」とだけしか書いてない日って、シュールかつミステリアスでドキドキするね!
circo氏が来た。新宿で潤平をまじえて3人でメシを食う。
circo氏から、デジカメをもらった。なんでも年賀ハガキのお年玉くじで当たったのだという。
正直あんまり使う機会がないと思うんだけど、もらえるものはもらっておく。家に帰ってからいろいろといじってみる。設定を一番細かいやつにすると、すごくきれいに撮れる。
そのかわり8枚くらいしか撮れない。さすがにここまで細かいのを撮る機会なんて思いつかない。
16MBのメモリーカードがついている。僕が初めてパソコンに触った頃のメディアであるフロッピー(5インチ)との差にため息。
そんな具合に、しばらく文明の利器をいろいろとこねくりまわしてウホウホ言ってた。思えば潤平は昔っからデジカメに関して非常に積極的で、日記でもすごく上手に活用している。
circo氏も毎日サイトのトップ写真を替えている。タイトルからして「circo camera」だし(⇒こちら)。
つまりは家族の男3人の中では僕だけズボラで手を出してこなかった領域なのだ、デジカメというのは。
なんでだろう、と考えてみたんだけど、画像の加工に凝ると時間がかかりすぎる、というのがとりあえずの結論。
あとは風景にしても何にしても、ぜんぶ記憶して文章でアウトプットする習慣ができており(去年の関西旅行 →2004.8.5)、
特にデジカメで思い出を残す必要がない、というのもある。まあ、他者のことをあまり考えていないのかもしれない。3年前の夏から秋にかけては、やっぱりcirco氏からもらったカメラ(いちおう、ニコンのF)を背中にしょって、
東京都内のすべての市役所を自転車でまわって写真で撮る、ということをしていた。
このときに写真という世界の難しさ、奥の深さをイヤというほど痛感して、以来シャッターを切る機会が激減した。
部屋の中にはそのニコンFが埃をかぶって鎮座しているわけで、そのことを考えるとデジカメとの使い分けも難しい。まあとりあえずは面倒くさいことをいろいろと考えるんじゃなくて、気の向くままにシャッターを切ってみるべきなのだろう。
そういうのにデジカメってのはとてもいい道具だ。いろいろやっていくうちに見えてくるものがあるはずだ、と思う。
毎年春が来るたびに三寒四温という言葉を実感しているのだが、今年は特にそれが印象強い。
理由は、倉庫にある。倉庫は本当に寒い。鉄とコンクリートで組み立てられたスカスカの空間は、
気温が低ければ何を使おうとあったまることがない。だから純粋な寒さをとっておいたような場所になってしまう。
しかしながら気温が上がると、それに応じてずいぶんとすごしやすくなるのだ。
太陽が当たらないから、基本的には冷たい空間である。寒い日にはもう、笑えてくるくらい本当に寒い。
しかしそんな中でも、寒さの質の違いが何種類かあることに気がつくようになるのだ。
刺すような寒さ、ゆっくりやる気を脇腹から奪う寒さ、空気の粒を実感させるようなうっすらとした寒さ。
そのような、なかなか一言じゃ表現できないような寒さをいろいろ繰り返しながら、春へと近づいていく。倉庫という空間が持っている独特のものに圧倒というか、感心させられるというか、そういう毎日なんだけど、
また今日も新しいものをひとつ発見させられた。こういう新鮮な体験を忘れないようにしないといけない。
ラーメン紀行の最終日。どうしても二郎には連れて行かないといかんだろ、ということで新宿歌舞伎町の二郎へ。
個人的には目黒の二郎の方が二郎っぽい(変な表現だけど、ジロリアンならわかってくれるはず)と思うのだが、
目黒店が休みだったしワカメがハセガワ氏の家に泊まっていることも考えて、新宿という選択肢になったのだ。知っている人は知ってのとおり、二郎は極太麺に脂がたっぷりのスープという極めて男くさい世界である。
トッピングはニンニクとキャベツ・もやしがたっぷりなのがいい。それを力づくで食べていくのだ。
人によってはまったく受け付けないのでちょっと心配だったのだが、ワカメもハセガワ氏も「うまかった」と言っていた。
喜んでくれたようなのでよかったよかった、と一安心。こうして、ラーメンづくしの夜は終わったのである。後日、ラーメンばかり食いすぎてグロッキー状態だったワカメからメールが届いた。
「一番うまいラーメンは、ラーメンばっかりで気持ち悪くなったところで最後に食べたトンカツ。」とのこと。
なんじゃそりゃー!
ラーメン紀行の2日目、本日のターゲットは二子玉川の鮎ラーメンだ。
午後9時開店ということで、それまでにワカメとハセガワ氏は高田の馬場でもう1食しておくという。すげえ気力だ。
僕はその間、早めに駅に着いておいて、のんびりと読書。何かいいサイズの本はないかな、と思って本屋を物色したら、
庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』が平積みになっていたので、買ってみた。で、それをつらつらと読む。ふたりと合流したときには、ワカメはぐったりしていた。ミスドの席で突っ伏してうなっている。
なんでも高田馬場で出てきたラーメンの量が半端でなかったそうで、それでこんなになってしまった、とのこと。
とはいえこっちは空腹でたまんないので、早く行こうぜ、とせかす。「まだもうちょっと~」とうなるワカメ。結局ワカメは鮎ラーメンを食べることができなかった。鮎の焼きおにぎりというメニューがあって、それを頬張る。
僕とハセガワ氏は鮎ラーメンをいただく。とても上品な塩味に、あぶった鮎が一切れ入っているというラーメンで、
完全に女性をターゲットにしている感じの味。でももちろん、男にだっておいしい。スープの味が極めて繊細。
ふつう塩系のラーメンはあんまり味のヴァリエーションがないイメージがあるんだけど、
この鮎ラーメンは鮎をかじることで味にアクセントがつくし、スープだけ飲んでもクセがなくて楽しめる。
なるほどこれは確かにおいしいや、と感心しながらペロリとぜんぶいただいた。食えなかったワカメは残念でした。
去年の関西旅行でお世話になった、いつもMessengerでの話し相手である男、通称「ワカメ」が上京してきた。
なんでも「東京のうまいラーメンが食いてえ」とのことで、ここんとこ僕はそのリサーチを兼ねていろいろ食べまわっていたのだ。
ワカメは学生なので、同じ学生であるメッセ仲間のハセガワ氏(調布市在住)が昼間のお相手をする。
で、僕は倉庫作業が終わった夜に、彼を案内する役を仰せつかったのだ。恵比寿駅で集合して、ベッカーズでしばらくダベる。
話の内容は中学生の修学旅行的なこと、と書けば、察しのいい人はわかるでしょう。ズバリそういうことだ。そんなわけで、ラーメン紀行1日目。「有名だからぜひ行きたい」ということで、九十九ラーメンに行った。
3人で奥の席につくと、揃って限定の「元祖マルキュー味噌チーズラーメン」を注文する。
いざ食べてみると、確かに味噌とチーズがマッチして、新しい味になっている。文明開化的な味、と思えた。
味噌を多めに麺をからめるのと、チーズを多めに麺をからめるのとで、味に変化がつくのが面白い。
ネギなどの薬味を自分で好きに足していけるのもいい。いろいろ試しながら、最後の一滴まで飲み干す。僕はけっこうおいしくいただいたのだが、ワカメとハセガワ氏は昼間もラーメンだったせいでスープに苦戦していた。
確かにラーメンをハシゴしていると、チーズ&味噌のスープは重くてつらいだろうなあと納得。おいしいんだけど。
あと2日、ラーメンラーメンである。たまにはそんなのもいいよね。
『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』。全26話のペイ・パー・ビュー。
深夜に日テレで再放送していたころからチェックはしていたが、今回、あらためてDVDをすべて見た。
ぜんぶについて書こうとするとまとまらないし、そういうことは他のサイトでやっているだろうから、
個人的に引っかかった話を中心に、とりとめもなく書いてみたい。僕がこのシリーズを初めて見たのは、深夜に放送されていた第2話「暴走の証明」だった。
とにかく絵がきれいで、アニメくささがそんなに感じられなかったので、「はぁー」なんてため息をつきながら見ていた。
話の内容も、機械の身体と宗教だったり軍と警察の境界線だったりということで、その感覚の鋭さに舌を巻くしかなかった。
だからその後もちょくちょくチェックはしていたのだが、笑い男の話になると急につまらなくなった気がして、
それでいつのまにか深夜の放送は終わっていた、という感覚だったのを覚えている。で、このたびDVDを借りてきて、最初からきっちりじっくり見ていったわけだ。
TVではけっこうカットされた話も多いようで、これはきちんとDVDの方を見ておかないとけない作品なのは間違いない。第10話「密林航路にうってつけの日」。犯罪の内容がきわめて残酷なのだが、それは無視できない、ありうる話だ。
生きたまま皮を剥ぎ、その痛みをレコーディングするという狂気に対して9課がそれを食い止めようとする話なのだが、
電脳化と義体というメディアが浸透した世界では、そういうねじれた感覚が出てくるのは否定できないだろう。
物語は軍人だったバトーの葛藤と絡む形で進んでいく。軍人の身体、一般人の身体、リアルな身体。
未来において、痛みという「悲しい・つらい」マイナスの感覚がリアルな身体に強く降りかかる光景は、
(リアルな身体だけが痛みという悲しさ・つらさというマイナスを受け止めている光景は、)
脳波・パルス・プログラムに対して身体が被虐の対象になることを告げられているようで、複雑な気分になる。第13話「≠テロリスト」。オチは説明不足だし、ちょっと無理があるかなという気がしないでもない。
しかしこの話は9課の面々がそれぞれの実力を存分に発揮していく軍事アクションとして、かなり力を入れて描かれている。
テロと警察(軍)のガチンコ対決。純粋にアクションものとして見た場合、この話が最高峰であると思う。
スタッフも、一話くらいアクションを徹底した回を入れないとな、という思惑でつくったのがなんとなくわかる。第17話「未完成ラブロマンスの真相」。『COWBOY BEBOP』の「Wild Horses」のレヴューでも書いたが(→2005.1.21)、
僕は伏線を張りまくって回収しまくって最後にぴたりとプラスマイナスゼロに収める話が大好きだ。
この回はまさにそれで、何から何までバッチリキマっていて、見終わって思わず拍手していた。総括すると、公安9課(攻殻機動隊)ってのは限りなく軍隊に近い、でも警察の組織であるわけで、
これはフーコーっぽく、近代化としての軍隊と規律・訓練で再構成された身体の関係性を考えてみると、
ものすごく的確な位置の設定であると思う。軍事的な経験というものが最強の身体をつくり出す、という主張を感じる。
義体に代表されるように身体観が変化していても、それが軍事により洗練されるという構図は変わっていない。
この点については、もっとしっかり考えていかないといけないように思う。非常に奥が深そうだ。
(ところでバトーは運慶の金剛力士像からつくったキャラなんじゃないかと思う。あの義眼がそのイメージを思わせるのだ。)あと、笑い男について。個人的には笑い男はいまひとつで、純粋に一話完結の刑事ドラマの方が好みだった。
確かにオリジナルの存在しないコピーというのは、現代社会においてゆっくりと目立ってきている現象だと思う。
絶対に盛り込むべきことで、それは正しいと思うのだが、ちょっともったいぶりすぎかな、という気がした。好みの問題だけど。一話一話にものすごく鋭い感覚が詰め込まれていて、ひとつとして「よけいな」回がない。
タチコマも、9課の人間たちが人間の側から機械に接近するのに対し、機械の側から人間に接近する役割を持っている。
なんというか、娯楽としてこんなレベルのバカ高い作品をつくられたら、僕らはどうすればいいのだろう。
絶望的な気分になるんだけど、やっぱり面白くて、参りました、となってしまう。困った。
今日は卒塾式である。正確にはもう講師でない僕も呼ばれて、中3の連中とともに食べたり飲んだりするイベント。
『IQサプリ』や『サルジエ』系のバラエティ向けパズル的クイズをやって、オトナげなくガンガン答えたりする。
もちろんフリートークの時間もあったのだが、なんとなく感慨が深くって、気の利いた話ができなかった。
まああとは数学の先生のキャラが大爆裂して腹がよじれるほど笑った。やはり笑いとはキャラによるものなのか。
最後はビンゴで盛り上がり、僕は筆箱をもらった。どうすればいいのか、けっこう処遇に悩む賞品だ。片付けを手伝って帰る。生徒も先生方もそんなこと全然思ってないんだけど、僕の方で勝手に疎外感をおぼえた。
もうここには来ない人間なのだ、という思いが強くなってしまって、居場所がないように勝手に思って、少し切なかった。
自分でも損な性格だとは思う。甘えられないというか、自分から枠をつくってその中におさまってしまうというか。
生徒にもらったクッキーをかじりながら、もっと積極性を持っていかないとな、と反省してみる。卒塾式の前に、ちょいと時間をもらってじっくり話した。
なんのことはない、ただ話しただけ。なんだけど、たっぷりと中身のつまった時間だった。
時間ってのは不思議なもので、自分の気分や相手が誰かという要素によって、千差万別に変化する。
同じ気分で同じ相手でも、日によって流れが早かったり遅かったり、それは過ごしてみるまでわからない。
僕がこれまで過ごしてきた時間というのはわりと一様で、単純明快なものばかりだった。
だからいろんな種類の時間があることを教えてくれた人には、とても感謝をしている。
やっと週末へ、という気持ちだ。塾でもキツい生活サイクルというのはあったが、この疲れはそれとは違う種類だ。
塾の場合には教えながら体力を回復するような側面もあった。生徒に負けないように無意識にがんばっていたわけだ。
でも倉庫の作業は、直接的に相手から何かを吸収する、という要素が圧倒的に少ない。だから、ただ疲れる。
「今日は○曜日だから、週末まであとこれぐらいかー」なんてセリフが毎日口から出ている。5回仕事をする日を過ごせば、2回休みの日が来る。そういうルーティンというのは、今までの僕にはなかった。
親は自分で設計事務所を設立して完全に自分のペースで仕事をしていたし(今にしてみればそれは理想形に近いかも)、
塾講師の仕事は規則的だったり不規則だったりで、特に週末を意識することはない生活だった。
そんなわけでまずは、平日が5連発で存在して2連休、というリズムに慣れることに精一杯になりそうだ。
(じゃあ学校生活はどうだったんだ、とツッコミが入りそうだったけど、やっぱり勉強と仕事は違うと思う。
仕事は勉強になるけど、勉強は仕事にならない。勉強だけでは、なんかやっぱり、疲れは出ないのだ。
そういう意味では、僕は勉強の延長線上で塾講師をしていたことは否めないなあ。それはそれで誇りではあるが。)こういう生活がずっと続いていくと思うと、正直、ちょっとゾッとする。今までが自由すぎたのは事実なんだけど。
かといって、じゃあ週末に仕事して平日に休めばいいじゃん、というわけにはいかないわけで、なんと言えばいいのか、
何をどうすれば自分がいちばん満足できるのか、きちんと考えながらやっていかないといけない。
賢く立ち振る舞わないといけないのだ。今まで鈍かった分、大変だけど、ボクがんばる。
倉庫の作業とロジスティクスについて。
このサイトの名前は、「logistics 443013」という。今後いろいろとやらかしていくうえでの備忘録といった位置づけなのだが、
わざわざそんな名前をつけたのは、前方への「攻撃」が前提としてあり、攻める姿勢を支える根拠に、という願いがある。で、この「ロジスティクス」という言葉、一般ではむしろ物流戦略のニュアンスで使われることが多い(→2004.12.3)。
倉庫というのはまさにその現場なわけで、現実に機能しているロジスティクスの側面を見ると、非常に興味深いのである。
もっとも戸田の倉庫は原始的というか手作業感覚あふれるもので、カタカナ言葉から連想されるような斬新さはない。
でもやっぱり、方法論というかテクニックというか、そういう面でなるほどと思わされることはけっこうある。具体的には……と書こうと思ったのだが、日記を5ヶ月放置していたら、すっかりその細部を忘れてしまった。
しっかりと覚えているのは、ひたすら軍手で本の束を抱えて台車で運んだ記憶しかない。あとはカヴァー替えの作業。
それでも、そういう地道な作業が無数に集まって商品の大きな流れにつながっていくわけで、
寒さに耐えつつ汗をかきながらその一端にいたことを考えると、なかなか感慨深い。今までまったく経験したことのない世界である。なんとか、いい勉強にしておきたい。
倉庫の作業は意外と疲れる。帰りの電車でしっかり眠ってしまう。
家に戻って、なんとなく手持ち無沙汰で、本棚からマンガを引っぱり出して読んでみる。◇
田丸浩史『スペースアルプス伝説』。もともとは『アルプス伝説』として「少年キャプテン」に連載。
しかしながら作者急病だったり雑誌が廃刊になったりで、1800円のスペシャル本として復活したマンガだ。田丸浩史の最大の特徴といえば、その言語感覚だと思う。細かいところで、おかしいのだ。
知らず知らずのうちに染みついていて、チャットや掲示板への書き込みでけっこう使っている気がする。
というか、そういう方向に応用が利く言語感覚なのだ。ネットで人をおちょくるときに最適である。
あとムダにマッチョになるのも大きな特徴だろう。キャラの勢いを表現するのに体格を変化させるというのは斬新だ。
ヒトコマだけとんでもなくムキムキでたっぷり陰影をつけてあるのに、次のコマで超おざなりに描かれる。
基本的にはその2点から繰り広げるパワーで笑いをとっているマンガである。高校のワンゲル部が舞台で、空手でラブコメでメタルでやりたい放題という、ストーリーもへったくれもないマンガ。
でもその分、これ描いている今が楽しけりゃいーやーみたいな適度な脱力感があり、読んでいて気楽になれる。
頭の悪い中高大の学生は、いろいろマネして変な目で見られないように気をつけましょう。
ちなみに僕は、もう手遅れ。(大空に笑顔でキメ!)
入社式の後、いきなりすぐに戸田にある倉庫に連行された。
ウチの会社(僕もついにそんな言葉を使う立場になったのか……)は戸田公園に倉庫を持っていて、そこで研修である。
ルーキーは僕を含めて4人いるのだが、とりあえず2-2に分かれて、僕は倉庫組に当たったというわけだ。倉庫ではおじいちゃん5名とおばあちゃん(というには若い)1名、計6名の先輩方が働いている。
とりあえず今は大学のスタートに備えて出庫作業の一番忙しい時期ということで、ワケもわからないまま必死で手伝い。
言われるままに台車を動かし、エレベーターに乗り込み、積んである大量の本の束を載せて、下におろす。
それから1階奥にある本棚に下ろしてきた本を詰め込んで、また指示に従って台車と一緒にエレベーターに乗る。本はだいたい10冊か15冊で1セットになっていて、紙でぐるっと巻いてある。このひとかたまりを「束(たば)」と呼ぶ。
台車に載せるときにはテクニックがある。「5本積み」「7本積み」「11本積み」などだ。
標準的な「7本積み」を説明しよう。本の表紙はふつう縦長である。これをその方向のまま、横に4つ並べる。
今度は本を横に倒すと、横長の状態になる。それを、さっき4つ並べた本の上の部分にくっつけるように、横に3つ並べる。
こうすると、7冊の本が4バック3ボランチのような状態で、ほぼぴっちり長方形になる。これが「7本積み」の基礎だ。
本の束を7本(束は「本」と数えるらしい)並べて、8本目からはその上に乗せていく。ただし今度は3バック4ボランチにする。
そうして交互にすることで崩れにくくなる。なお、「5本積み」は3バック2ボランチ、「11本積み」は4バック4ボランチ3トップ下。
本の山からいくつか束を持っていく際には、当然、残りのストックがどれだけあるかチェックしないといけない。
そのときには10の段や15の段の掛け算が必要になる(束単位で持っていくので)。暗算の繰り返しで頭が疲れる。休み時間、ソファに寄りかかってケータイをチェックする。留守電のメッセージが入っていた。
「合格しました。」
ほっとする。喜んだ声が聞けたことに安心する。そして、なにかがひとつ変わった気もして、複雑な気持ちにもなる。
でもまあとにかく、本当によかった。休みが終わると慣れない作業に戻るが、僕の口元はきっと緩んでいたに違いない。今まではだいたい、3月ってのは動きがあんまりなくって緩慢で、それが心地よく思えたのだが、
今年の3月はのっけから激しい。オレは振り落とされないぞ、と、ちょっと気合を入れてみる。