ネタがないので、ちょっと考えたことをメモ程度に記しておく。
部活では、ボールを持てる1年生たちが2年生たちを翻弄。でも2年生たちがあまり悔しそうじゃないのが信じられない。
年下連中にやられても、なぜか彼らは淡々としているのである。自分だったら悔しくて絶対に熱くなると思うのだが。最近の傾向として全体的に言えることは、子どもたちは自分にとって都合の悪い結果は無視して済ませて、
そのうち時間が経ってみんなが忘れたらラッキー、なかったことになる、そういう自己中心的な感覚を持っていると思う。
自分の弱点や失敗を直視することをせず、ひたすら現実から逃げる。また、それを親が簡単に許容してしまうのだ。
そうして甘やかされて育った子どもは根拠のない自信を持つようになる。この低レヴェルな自信がまた成長を阻害する。もっとひどい場合、平然と嘘をついてそれが通ればラッキー、という感覚の子どももいる。親が恥知らずだとそうなる。
善悪ではなく、損得で物事を判断する。嘘をついてでも自分が得することを最優先する。お前ら自民党かよ、って感じ。
(それを実感したのは前任校。子どももそういう面があったが、親はもっとひどかった。都会は人を狂わせるのか。)
これは人間性がそうとう劣化した深刻な症状であると思うのだが。なんか日本全体がそういう方向に劣化している。
リポートが2つ一気に返ってきて、どちらも合格でほっとする。肝心の試験に向けて、無事に挑戦権を確保できた。
しかし冷静に考えると、2つのリポートを同時に書くのは、かなりアクロバットなことだと思う。しかも科目は憲法だ。
単位取得の必要性が発覚してから地道に努力してきたが、あらためてログを読み返すと、自分で自分に感心してしまうぜ。
(つらかったなあ。→2017.10.23/2017.10.24/2017.11.5/2017.11.8/2017.11.9/2017.11.11/2017.11.12/2017.11.13)
おかげでいろいろ自信がついた。特にマネジメント能力については、とことん鍛えられた。成長した実感があるもんね。あとは試験だけど、これがなかなかつらいのよね。試験本番まで、わずか10日ちょっと。それまでできることをする。
過去問と向き合い、対策レジュメをつくり、憲法の条文番号を覚える。今までの努力を台無しにするわけにはいかない。
……いいだろう、これまでの総決算だ。通信の大学で勉強してきた経験、その総決算だ。すべてにけりをつけてやるぜ。
年末の帰省の予定を考える。今月はお勉強一色なので、なんとかストレスを解消したいところである。
長野県南部に実家がある以上、どうしても最後は名古屋から北上する形で帰省することが多くなるわけだが、
今回は遠江でやり残したことを押さえつつ、三河もしっかり押さえつつ、そこから直接実家に帰るルートを考えてみた。
つまり、名古屋まで行かない。いつもならフラフラと名古屋に吸い寄せられてしまうところを、我慢するのである。
その分だけ地方都市を味わう度合いは濃くなるのではないかと思う。じっくりじっくり、旅をしてやるのだ。グフフ。
20時間睡眠のご利益は半端なく、一日中ギンギン状態で過ごしたのであった。昼間にまったく眠気がないって最高だな!
しかし眠さもあって、私の記憶はここから急激にトーンダウンしてしまうのであった。いやもう、何がどうだったか。
いちおう歩いてはいるものの、実態としては無意識で右足と左足を交互に出しているだけって感じ。ロボット状態。
四ツ谷の次の記憶が真っ暗な代々木公園での休憩なので(3年生からやたら長い棒状の飴をもらった気がする)、
赤坂御用地の脇を抜けて神宮外苑を通り、原宿駅のところから代々木公園に入ったのではないかと思う。たぶん。
で、休憩が終わったら表参道をまっすぐ行って南青山も突っ切ったと思う。根津美術館前で左折して橋を渡って、
気がついたら青山墓地のど真ん中を歩いていて驚いた。しかもきちんと丑の刻に通るように設定しやがって。
どんだけ壮大な肝試しだよ! 生徒たちはあまりピンときていない様子だったが、こっちはもう怖くてたまんねえよ!その後は六本木ヒルズから麻布十番へと、去年まで働いていたエリアのど真ん中を行く。うーん、懐かしい。
そうして赤羽橋経由で港区立芝公園に到着。ここでは生徒の父兄が温かいスープをご馳走してくれて助かった。
新橋経由で築地に出る。築地市場の辺りで空が明るくなりはじめた気がするが、方角もよくわからんまま歩く。
ひどい場合には明らかに寝ながら歩いている状態で、声をかけられて「おお!」と目が覚める始末である。
おかげでそこから木場公園までどういうルートで行ったのかサッパリわからんのだが、豊洲橋は渡った気がする。というわけで、ラストは頭ん中がグチャグチャになりながらゴール。とにかく腹が減ったので神保町で蕎麦食った、
その記憶はある。しかし家に着いた瞬間にはベッドにぶっ倒れていた。反動で20時間睡眠だよ。マジだよ。
地域の行事で、夜通し歩くというものがあって、異動初年度だし純粋な興味もあったので、言われるがままに参加。
今年が10回目の記念大会とのこと。おかげで例年より長めのコースとなっているらしい。まあ、がんばるしかない。学校の体育館に集合して開会式となるのだが、まあこれが長い長い。地域のお偉いさんや議員なんかがひたすら挨拶で、
一向に出発する気配がないじゃねえかと思うのであった。誰のための行事なのか、目的と手段が入れ替わっているような。そんな具合に小一時間待たされた末、ようやく出発。まずはひたすら西へと進み、隅田川を渡って日本橋エリアに入る。
浜町から人形町へと横断していき、八重洲北口方面から東京駅を抜ける。皇居にたどり着くと、和田倉噴水公園で休憩。
夜の東京は確かに新鮮ではあるのだが、それ以上に純粋に、これまであまり馴染みのなかった地域を歩くことが楽しい。
むしろ昼に歩いてみたかったと思う。夜だからとカメラを持って来なかったが、やはり撮っておくべきだったと反省。反時計回りに皇居の周りを歩いて北の丸へ。夜の日本武道館と田安門もなかなか見応えがあった。靖国神社で小休憩。
家庭の都合でここで撤退する先生もいたが、まだまだ夜は長いのである。そのまま外濠公園に沿って進んでいくが、
夜だと土や木々が強調されて千代田区とは思えない雰囲気だ。市ヶ谷駅で対岸に移っても、そのまま外濠沿いに南下。
そして四ツ谷駅の手前にある広場で再度休憩。おにぎりを頂戴する。しかしまだまだ夜は長いのだ。ウエー (つづく)
「ハマスタレジェンドマッチ」が、他球団ファンでもたいへんほっこりする内容だったことについて書いておかねば。
ネットニュースで今年DeNAがやるエキシビションマッチが豪華な内容で面白そうだ、というのはわかっていた。
しかしいざその試合内容が記事として上がってくると、これは本当にすごいことをやったんだな!と感心するばかりだ。
大洋ホエールズ/横浜ベイスターズが伝統的にヴェテラン選手に冷たいというのはプロ野球ファンには周知の事実で、
僕が最も衝撃を受けたのは1993年のオフに高木豊や屋鋪らが大量解雇された事件。屋鋪好きだったんだけどなあ。
その後も主力選手をケンカ別れで放出すること数知れず。それでいて優勝は1960年と1998年のたった2回だけ。
ヤクルトも90年代を除けば弱小だが、僕の感覚ではその下を行く、セ・リーグ一番の弱小チームという印象なのだ。
そういうチームがOB・現役によるエキシビションマッチをきちんと開催するということ自体が、まず偉業なのである。しかも、メンバーがすごい。TEAM YOKOHAMAの投手が平松政次、齊藤明雄、遠藤一彦、欠端光則、有働克也。
野手が土井淳、辻恭彦、松原誠、山下大輔、高木豊、中塚政幸、高木由一、屋鋪要、しかもポンセまでいるとは!
ホエールズとか関係なく、プロ野球が好きならもうヨダレが止まらなくなる面々なのだ。監督が中畑清なのがさすが。
対するTEAM 1998は1998年の優勝メンバー中心で、監督は権藤博。投手が佐々木主浩、野村弘樹、五十嵐英樹、
島田直也、川村丈夫、三浦大輔、野手が谷繁元信、畠山準、進藤達哉、中根仁、佐伯貴弘、鈴木尚典。
いやいやいやこれはこれは。大洋ホエールズ/横浜ベイスターズがいかに名選手を擁したチームだったかがわかる。
試合内容も威厳ありパフォーマンスありの非常に楽しいもので、OBも選手もファンも大いに満足したそうだ。
単なるファン感謝イヴェントで終わらず、地上波で中継してほしかったという声があがるほどの大成功となった。横浜DeNAベイスターズは今年もAクラス入りし、CSでも広島を破って日本シリーズまで突っ走ってみせた(→2017.11.4)。
さすがにソフトバンクの壁は厚かったが、チームは明らかに以前とは違う姿に生まれ変わっている。球団全体が変わった。
本当にいい意味で、最も頭の柔らかい球団になった。だからこういうイヴェントを企画し、成功させることもできる。
今回のDeNAがすごいのは、チームだけでなくプロ野球のファン全員が望むエキシビションマッチの形を提示したことだ。
ここまでやればみんなが満足できる、そういう12球団で共有できるモデルを本当に実現してみせたことなのだ。
この意義は計り知れない。今後プロ野球の歴史を振り返ってみたときに、今回の「ハマスタレジェンドマッチ」は、
良い方向への絶大なターニングポイントとなるのではないか。それくらいの偉業をやってのけたと思うのである。
弱小ヤクルトのファンとしては、エキシビションマッチの面でもDeNAに先行されちゃってうらやましくってたまらない。
でもそれだけじゃなくて、新しい次元を切り開いたことに対して素直に尊敬の念を抱いている。これは本当にすごいよ。
雨の予報だったので、遠出をせずに試験対策のレジュメづくりに勤しむ。手を動かして頭を整理しようというわけだ。
いざやってみたら調子が悪くてなかなか進まなかったが、悪いなりに意地で要点を押さえることはできたかなと思う。
調子が悪いときにどれだけできるかが本当の実力だ。その最低ラインを引き上げないといけないのだ。
そういう意味では、今日はまずまずだったかな。前向きに捉えておこうと思う。
進路教育の担当になっているのだが、これがなかなか難しい。昨今の教育現場では新自由主義が猛威を振るっており、
ひどい場合には自治体レヴェルでその価値観を押し付けてくる。いわゆる「改革」に熱心な自治体ほど、その傾向が強い。
非常に簡単にまとめると、新自由主義的進路教育は、大企業の従順なサラリーマンを育成するのが目的なのである。
だから、そこからはずれる要素の芽を徹底的につぶそうとする。結果、文化や芸術に対する当たりが非常に厳しくなる。
利潤だけを追求して生きるエコノミックアニマル製造装置といった趣。動物だから教養なんてない。利潤への本能だけ。
そんな進路教育の性質ときちんと格闘し、自分なりの哲学を考えている頭のいい教員を、残念ながら僕は見たことがない。
大半の教員は思考停止して、上が押し付ける新自由主義的教育政策を長いものに巻かれる式に受け入れてしまっている。というわけで、僕が進路教育において新自由主義的なものを受け入れることは絶対にありえない。そこは絶対に譲れない。
しかし何かしらやらなければならないのである。とりあえず、向き不向きの自覚と苦手の克服を目標にやってみるかなと。
「職業としてやりたいこと」とは言わないまでも、「これならできそう」をいくつか見つけて絞り込めればいいのでは。
そしてそれらの傾向が読めれば、しめたものである。さらに、そのために「避けて通れないこと」まで考えさせたい。
僕がやるとどうしても、話がある程度抽象的になる。でも、抽象的に考えられることを強みにしてしまえばいいのだ。
なかなか調子が上向かないぜオイ。
クソ寒い。
今月のサッカー観戦がまだである。リポート地獄にハマっている間に、J2が最終節を迎えてしまったではないか。
一段落ついたところでぜひ観に行かなくてはいけないが、気になるカードが2つあって、どっちにするか大いに迷う。
ひとつは、「東京V×徳島」。評価の高いスペイン人監督どうしの試合で、これは絶対に締まった内容になるはず。
順位も東京Vが6位で徳島が5位。どちらもJ1昇格プレーオフの出場権をめぐって少しの油断もできない状況である。
そしてもうひとつが、「千葉×横浜C」。千葉のエスナイデル監督はアルゼンチン出身だがスペインでの経験が長い。
しかしその経歴以上に轟いているのが、サッカーの内容が実に変態的だという噂。ハイラインハイプレスだそうだが、
僕が信頼するサッカーブログの表現を借りると、「揺り籠から墓場までハイライン」「5年でハイラインの高さを2倍に」
「光速を超えたハイラインは止まって見える」「きみがハイラインをおいしいといったから今日はハイライン記念日」
というくらいにとんでもない内容らしいのだ。ちなみにそのサッカーブログでは、エスナイデル監督に対しては、
「J2を巨大な核実験場に変えてしまったマッドサイエンティスト」というコメントがついている。どんだけだよ。
とはいえ最近はバランスを重視するようになり6連勝。このまま一気にプレーオフに滑り込むのか、大いに注目される。
結局、前日までどっちに行くか悩んでいたのだが、やはり千葉のハイラインを見ないで今年は終われないだろう、
ということでフクアリに決定。帰りには最近オープンした東急ハンズ千葉店に寄っちゃうもんね。ギリギリまで迷っていたこともあり、今回はアウェイコーナー自由席というちょっとマニアックな箇所での観戦。
見え方としてはすぐお隣のアウェイ自由席とそこまで変わらない感じで、微妙に損した気分になってしまう位置だった。
さて試合が始まると、とにかく千葉の蛍光イエローが眩しい。なぜにこんなにキンキンな色なのか。相手を幻惑するのか。
最終節だけあってスタジアムは8割以上埋まっている状態。蛍光イエローのおかげで光の加減がよくわからなかった。さて試合が始まると、いきなり横浜FCが先制する。千葉のハイラインは最近になって落ち着きを見せたって話なのに、
初見の自分からすればやっぱり驚くほどラインが高い。呆れていたら、その裏に出たボールを横浜FCが奪い切り、
クロスからオウンゴールを誘発。最終節なのに結局ハイラインが原因で失点しとるやんけ、とツッコまずにはいられない。
L: 千葉はいきなりのオウンゴール。開始1分、噂以上にラインが高いなあと思ったらボールを奪われて失点。
C: 千葉のラインがどれくらい高いか撮ってみた。攻撃時、DFが全員センターラインを越えて広がっております。
R: 相手は当然、広大なディフェンスラインの裏を狙ってくるわけで。やべええええ!!と慌てて戻るシーン。しかし千葉はハイラインをやめようとしない。まあここまで6連勝で来ているし、いつもどおりにやればいいのだ。
見ていると、感じとしては、かつて田坂監督時代の大分が3-4-3のカゴで攻めた感じに少し似ている(→2011.7.31)。
もちろん田坂大分はハイライン戦術ではない。でもピッチ内に選手を分散配置し、距離感を保ちながら全体が連動する、
そういう「カゴ」のようなサッカーという印象が似ている。距離感が保たれているのでつねに誰かがコースを切るし、
奪えばすぐパスコースをつくれる。ただ、千葉の場合はそれを徹底して相手陣内だけでやろうとしているというわけだ。
そしてボールホルダーに近い選手1名が猛烈なプレスをかける。そこから出る苦し紛れのパスを別の選手が狙う。
つまり、千葉のハイラインは網目の狭いカゴを実現するための第一歩というわけだ。理論的にはわかるけどリスキーだ。
L: 千葉の攻撃。ワイドに構えているので、左サイドからの突破に対してニアとファーがたっぷり揃っている状況。
C: もう一枚。これはハーフウェイラインの左側から右サイドに大きく展開するシーン。攻撃の種類が豊富なのだ。
R: 30分、右サイドの町田が角度のないところからシュートを決める。角度がなさすぎて肝心の町田が写っていない。もうひとつ千葉のハイラインの特徴には、縦方向を圧縮している分だけ横方向には余裕ができる、という点がある。
つまり、つねに逆サイドギリギリに人が張っている。千葉の狭い網目につられて相手も狭く守っている反対側には、
通常ではありえないほど広大なスペースがある。そこを豪快なサイドチェンジがガンガン突いていくのである。
(ちなみに大木監督時代の甲府が展開した戦術「クローズ」は、狭いサイドだけでパスをつないで逆サイドを完全無視。)
そしてもともと狭いエリアに多く人を配置しているので、クロスが上がれば3~4人くらいがゴール前に飛び込んでいく。
これも理論的にはわかるのだが、実行するのは難しい。でも今年の千葉は選手の食事を見直したそうで、よく走れている。
前半30分、町田のゴールはその攻撃が結実したものだ。右サイドでボールを受けた町田はクロスと見せかけて、
GKのニアを抜くシュートを放つ。それも、きちんとGKの手前でバウンドするように撃っているのがすごい。
L: 千葉はボールホルダーに対してガンガン前からプレスをかける。 C: GKに対しても本気でボールを奪いに行く。
R: 後半に入っても千葉のラインは高い。DF同士でつないで……とか、そういう発想はない。ひたすらサイドから縦に入れる。プレスが容赦ない、それはどうしてもファウルの多い展開ということになってしまう。千葉はどうにもファウルが多い。
ただ、それが守備側には格別の脅威を与えているのもまた確かだ。ハイラインをやるにはハイプレスが必要なのだ。
見ていて、「ああこれは僕が初任校でやっていたランバージャック・フットボール(→2012.4.8)じゃん」と思い当たる。
ずーっと相手陣内でサッカーをやっていれば点を取られない!という無茶な理論を展開していたのだが、これはまさにそれ。
攻撃は最大の防御。しかしこれをプロのレヴェルで、しかもJ1への昇格を賭けるレヴェルでやるというのはすごい度胸だ。
L: カズ登場。しかし圧倒的な運動量を誇る千葉が相手ではどうにもならんかった。最終節なので出た感じが否めない……。
C: アディショナルタイム2分、CKからCB近藤がヘディングでゴール。千葉のプレーオフ出場を決める一発となった。
R: 大興奮の千葉ベンチ。やるべきことをやって7連勝でプレーオフ出場権をもぎ取ったわけだから、そりゃあ燃えるわな。そしてアディショナルタイム、CKのチャンスを得た千葉は、中央からスルスルとCB近藤が入り込んでヘッド。
これが決まって劇的な勝利を挙げた。それまで辛抱強くラインを統率し続けた近藤には最高のプレゼントとなった。
試合終了、味スタでは東京Vが徳島を下して5位となり、勝ち点3をもぎ取った千葉が徳島に代わって6位に滑り込んだ。
まさかの7連勝でプレーオフ進出を決めた千葉のみなさんは大喜び。J2ならではの面白さを心底実感できる試合だった。
それにしても、千葉のサッカーは確かに危なっかしいが、はっきりとしたカラーを持っているので応援しがいがある。
「走るサッカー」「危険なサッカー」という言葉だけで考えれば、オシムのサッカーを受け継ぐに足るのかもしれない。◇
蘇我から足早に千葉駅まで戻ると、東急ハンズの千葉店へ突撃する。駅ビルのペリエ千葉の6階にあるのだが、
他のテナントとの関係か、売り場の形が非常に独特である。でも面積はかなり広くて、扱う商品の種類も豊富。
工具系も一定の量を確保しており「ハンズらしさ」は保たれていると思う。チーバくんでワンコーナーあるのはさすが。
ワンフロアの店舗ということで川崎に似た感触はあるが、千葉の方が広い分だけ品揃えが緻密であると感じる。
とはいえ、ワンフロアはどうしてもあっさり感が漂うものである。階をまたぐことでできる区切りは意外と大きいみたい。
同じ6階にあるくまざわ書店・タリーズと連帯した空間は、魅力が満載。休日をこのフロアだけで過ごせそう。
そういえば長崎のJ1自動昇格について書かなければいけなかった。1週間経ってから書くのもなんなんだが、忙しくて。
今年の長崎ほどジェットコースターなクラブはなかったのではないか。開幕前の2月に経営危機が表面化すると、
翌月には地元企業のジャパネットたかたが支援を表明。しかし経営・運営の実態はあまりにもひどかったようで、
本業での社長業を引退したはずの高田明氏が長崎の社長に就任するというウルトラC。これには本当に驚いた。
そこからトントン拍子どころではない大躍進で、2位でフィニッシュ。日本サッカー史上屈指のシンデレラストーリーだ。
この大逆転劇をもたらした原動力は間違いなく高田社長で、そのポジティヴさがすべてをいい方向にひっくり返した。
聞くところによると、高田社長はアウェイゲームにも足を運んで相手サポといろいろ話して情報収集していたそうで、
さすがだわ、と感心するしかない。経営者が立派な人ならば自ずと結果は出る、という最高の例を示してくれたと思う。そしてもうひとつ、長崎について書いておきたいことがある。それは、今年で3年目を迎えた平和祈念ユニフォームだ。
夏場のホームゲームを中心に着用するのだが、今年の平和祈念ユニフォームはものすごく美しくて、圧倒された。
単純にデザインとしてもよくできているが、平和を祈るメッセージの強さを見事に増幅する仕上がりとなっている。
今まで見たユニの中で最も美しい!と断言してもいいほど。そしてこれを超えるデザインはもうないだろう、とも思う。
ニュース記事で一目見た瞬間に気に入って、買おうかかなり迷ったのだが、長崎サポというわけでもないし、
値段も値段なので、結局買わなかった。でも今は、買わなかったことを心の底から後悔している。大失敗だった。
もうこれから毎年ずっとこのデザインにしてくれませんかね。今年の1回こっきりじゃ本当にもったいない美しさだよ。
声優の鶴ひろみが亡くなるとは……。僕にとってはやっぱり『GS美神』(→2006.1.3)の美神令子ですなあ。
『ドラゴンボール』には思い入れがないので。ドキンちゃんも印象的だったけどね。しかし、ただただショックだ…。『GS美神』は僕が高校生のときの作品で、アニメ自体もかなり楽しかったけど、何がいちばんいい話かって、
出演者たちがみんなで旅行に行っちゃうくらい仲が良かったという話。そういう雰囲気の良さって、やはり作品に出る。
僕はそのおすそ分けをもらっていたわけだが、中心にいた人が亡くなったというんだから、よけいに喪失感が強い。
面白おかしい高校生活の一部分が削り取られてしまった感覚である。本当に楽しい時間を、ありがとうございました。
テスト期間なので本日は休みをとって、教員免許の申請に必要な証明書を出してもらうために一橋大学に行った。
僕が入学してから、恐ろしいことにもう20年である。その間、国立駅から大学までの姿は大きく変化してしまった。
しかし大学構内に入ってからはまったく変化していない。これからも変化しないままで行くんだろうな、なんて思う。それにしても、だ。僕がこの大学で(たぶん)それなりに優秀な学生としてバリバリ勉強していたことが、
なんだか幻のように思えてしまった。大学がまったく変わっていない分、僕自身の変化がどうにも受け入れがたくて。
今ではすっかりしょぼくれた毎日である。どこか不完全燃焼な気分を抱え続けて、それに耐えながら暮らしている。
オレは本当に、この名門・一橋大学で学生をやっていた若者だったのか……? そんな思いすら、頭の中をよぎる。渋い表情で西生協に入る。食堂でメシを食おうと思ったら、入口のところですれ違ったのは……なんとわが師匠だった。
先生も一瞬で僕のことを思い出したようで、その場でお互いに「え、え、えええー!!」となってしまったではないか。
もうひたすら、音信不通状態だった不義理を謝るのであった。とりあえずメールで近況を報告しますと約束して別れる。
いや、僕が一橋大学の学生だったことを証明する究極の存在に、こんな絶妙なタイミングで再会してしまうとは。
ウルトラ不肖の弟子であることが、とにかく申し訳なくて恥ずかしい。でも直にお会いできて心の底からうれしいし。
うれしはずかし朝ではないけど帰りの中央線の中でも、ひたすら「あああああ」と悶えて過ごしたのであった。というわけで、ドロップアウトしつつもなんとかメシは食えています。研究というより力任せの趣味を今も押し通し、
のらりくらりとやっております。成果をいつかきちんと形にしないといけませんよね。はい、が、がんばります……。
テストだったが、やはり忙しい状況でつくると変なミスが入る。致命的なものではなかったけど、悔しい。
◇
午後は研修ということで区役所隣のホールにみんなで出かける。内容は二部制で、前半は研究の発表、後半は講演会。
しかしその講演会は、某NHKの某ガッテン番組の元ディレクターによるもので、なぜかダイエットがメインなのであった。
教員たる者、メタボにならずにがんばれや、ということなのだろうか。それなら給食のカロリーをなんとかしてくれ。講演が終わって、とりあえず体重計を買う決意を固めるのであった。周りの皆さんもそんな話ばっかり。恥ずかしい!
区内の学校で授業見学の案内が来て、その中に近くの工業高校でやる社会の授業もあって、こりゃ面白そうだと。
それで校長にお願いしてみたら二つ返事でOKが出たので、ウキウキしながら出張して見学させていただいたのであった。内容は日本史なので専門外ではあるのだが、工業高校という場所はもちろん、生徒たちもどんな感じなのか興味津々。
中に入ると高校なだけあって、中学校よりもしっかり無骨な雰囲気。そもそも中学校が掲示物にかなり気を遣っていて、
カワイイ系の工夫を凝らしたりなんかしちゃったりしてさ。高校にはあまりそういうのがないので、空間があっさりだ。
生徒たちはみんな、こちらにきっちり挨拶をして礼儀正しい。歴史ある工業高校界の名門校ということもあるが、
ここまでちゃんとした生徒ばかりとは思わなかった。マンガやドラマなんかとはぜんぜん違うなあ、と恐縮しきり。さて肝心の授業は戦後すぐの日本が舞台。首相・吉田茂が主張する単独講和か、東大総長・南原繁が主張する全面講和か。
(南原に対する吉田の「曲学阿世の徒」発言が有名。学を曲げ、世に阿(おもね)る。さすがに教養あるねえ。)
両者の主張をみていくことで、サンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約へと至る流れをつかむというわけだ。
決して社会科が得意科目とは言えないであろう生徒たちだが、みんなかなり真剣に授業に取り組んでいたのが印象的。
単純に現在に至る流れを正解とせず、当時の感覚を想像させて当事者意識を持たせる点は、ものすごく参考になった。
思想・信条は自由だが、そのために知っておかねばならない知識が当然あるわけで、それを自然に教えていたと思う。学校の姿、生徒の姿、当事者意識を持たせる授業。いろんな面で勉強になってありがたかったです。高校は楽しいなあ!
残ったリポートもう1本を仕上げる。多少気が乗らない部分もあったが、やらないと間に合わないのでやるしかない。
やはり人間、締め切りがないとやらないものなのだ。そうやって無理くり頭を動かしていくうちにだんだん集中してきて、
あとはゴールまで一直線という状態に入っていく。脇目を振らず、とにかく書けるだけ書いていくことが大事なのである。しかしだいたいの場合、2000字という制限をオーヴァーしてしまうのだ。いったん書き上げたら、今度は削る時間。
絶対に削れない部分が9割ほどを占める中、慎重に削っていく。まるで化石のクリーニングのような作業である。
Wordの字数カウントと手書き原稿の違いを考慮して、1950字を目処に削る。必然的に何度も読み返すことになるので、
字数が1950を下回ったところでオシマイ!とする。これ以上削れねえよ、となればそれでもう完成なのである。
課題に対する自分の受け止め方、つまり「学生に何を理解させたいのか」の設定が間違っていればどうしょうもないが、
それはコメントが返ってこないとわからないことだ。現状で削れるだけ削ったとなれば、それが今のゴールなのだ。やってみるとわかるのだが、この最後の「削る/削らない」の部分がまた強烈に勉強になるのである。
というのも、「削る/削らない」の判断基準は当然、「学生に何を理解させたいのか」の設定=課題の本質、だ。
つまり、学生は判断を繰り返すことで、課題の本質について深く深く考えざるをえない仕組みになっている。
この「削る/削らない」の判断を繰り返させること自体が出題者の意図なのだ。よくできているもんだ、と感心する。
朝から昼から夕方から夜まで延々とリポートを書きまくる。夜の『シン・ゴジラ』も音だけ聴きながら手書き清書。
おかげで2つあるうちの1個目が完了した。この土日がヤマ場だったので、まあだいたい予定どおりのペースである。
それにしても今回は、「リポート1」「リポート2」「テスト作成」と手間のかかるタスクが完全に3つ重なっているが、
おかげで「どれをどこまでにやるか、いつやればいいか」を逆算して動く訓練にはなった。本当に計画的に動いたもんな。
エヴァでリツコが言った「大丈夫、1秒近く余裕があるわ」が、今ならわかる。まさにそういう気持ちでやっとります。
参考文献のチェックのため、なぜか北区にある図書館に出かける。区立レヴェルの図書館だとそこにしかないので。
行ってみたら図書館というよりは、公民館の図書スペースをちょっと立派にした感じ。でも目的の本はちゃんとあった。
課題と関係のある部分をチェックして、毎度おなじみコレクション作業。これでインプットはひととおり終わった。帰りは東十条の商店街をふらふらしながら駅へ向かう。JRなのにどこか私鉄っぽい活気があり、住んだら面白そうな街だ。
お勉強が一段落ついたら、23区の神社めぐりをしながらいろんな駅前をまわってみたいものだ。そう思った秋晴れの午後。
サッカー・日本×ブラジルをテレビ観戦。国内開催ではなく海外遠征の試合ということで、注目せざるをえない。
しかも相手はただのブラジルではない。地獄のような南米予選をぶっちぎりトップで勝ち抜いたブラジルなのだ。
ハリルホジッチは本田・香川・岡崎を招集しなかったことでいろいろ言われているが、まあとにかく見るしかない。始まってすぐにイヤんなってしまった。わかっちゃいたことだが、まずボールを止める技術が違いすぎるのである。
どんなにつないでも絶対に失わないブラジルと、どこかでミスしてしまう日本。その差は残酷なほど歴然としている。
原因は「ボールの持ち方」ってことだろう。ミクロレヴェルでの正しいボールの持ち方が、できる/できないの差。
(ボールの持ち方の基本は、相手から遠い方の足でボールを持つこと。トラップから何から、すべてに関わる話。)
ブラジルはどんなにプレスを受けても正確にボールを扱える。これはつねにボールを正しく持てているからだ。
前任校でコーチに教えてもらったおかげでその差がわかる。日本はここを本当にいい加減に済ませちゃうんだよなあ。日本は早々にPKで失点。ビデオ判定もあったけど、まああれだけ押し込まれりゃ文句言えないわな、ってところか。
さらにクリアミスからマルセロのミドルで2失点目を喫する。これもやはり押し込まれている状況からの失点。
ブラジルにいいように押し込まれる日本の姿は、なんだか中学生の弱いチームを見るようである。本当にそっくり。
3点目もそうで、ブラジルはきちんと逆サイドに振って決める。逆サイドがガラ空きとか、まるで中学生なのである。というわけで、槙野の得点とかもうどうでもいいので(結局セットプレーでないと得点の匂いがしなかった)、
どうすりゃいいのかを自分なりに考えてみる。ブラジルとはっきり差を感じたのは以下の3点。
1、予測。「J1とJ2の差は予測にある」と以前に何度か書いたことがあるが(→2015.7.15/2016.7.31/2017.4.1)、
世界とJ1の間にはさらに予測についての大きな差が広がっている。ブラジルの選手はすべてを予測できている。
少なくとも3手先を見てプレーしていたもんね。それが「正しいボールの持ち方」へとつながっていくわけで。
また、予測のレヴェルが高いからボールを奪えるし、つなげる。前に走らせる予測したパスの美しいこと美しいこと。
2、距離感。これはまず、ボールを持たないときのポジショニング。守備時なら、いかに速くプレスに行くか。
世界レヴェルは球際で急に速くなる。日本の選手が「大丈夫だろう」と思う距離は、実は大丈夫ではないのだ。
ここの差でセカンドボールをぜんぶ拾われることになる。日本のリズムは一定なのでボールをかっさらわれるのね。
攻撃時なら、いかにパスコースをつくるか。ボールの持ち方にも関わるが、味方には届くが相手の足は届かない、
ブラジルはそういう場所にきちんとパスを出している。ボールの受け方の感覚が細かいから、それができるのだ。
日本の選手がセンチでプレーしているなら、ブラジルの選手はミリでプレーしている。そのミリの差で届かないのだ。
3、ディフェンスの文化。サッカーには確実に、「絶対にやっちゃいけないヤバいプレー」というものが存在する。
それがきちんとわかっているということが、「サッカーを知っている」ということになるのである。
これは守備的なポジションほどはっきりと現れるものなので、特にDFで経験が要求されることにつながる。
ブラジルはセットプレーでは失点してしまったが(槙野の得点ね)、流れの中で「ヤバいプレー」は一切やっていない。
対する日本はピンチの場面で、ここでそっちの足でそういうふうに蹴っちゃいかんでしょ!というプレーが多かった。
たとえば野球の場合、日本にはディフェンスの文化があるのだ。野球での「ヤバいプレー」は、簡単にわかるでしょう。
ボールカウント、アウトカウント、ランナーの状況で求められるプレーの違いが、われわれにはある程度きちんとわかる。
同じことがサッカーにも言える。「ヤバいプレー」をする状況に追い込まれない動き、その感覚がディフェンスの文化だ。ボールを持つ技術で負け、ボールを持たないときのポジショニングで負け、ボールに向かう速さで負ける。
これはもう、無理である。どうにもならん。育成年代からコツコツとサッカーの常識を組み上げていくしかない。
それでもブラジルに学んだのか、終盤の日本はダイレクトでつないでシュートまでもっていき、可能性は感じさせた。
世界相手にはそれしかないぞ。すべての判断を速くするサッカー。プレーの正解不正解を経験で積み上げるしかない。
今日も都立中央図書館。参考文献のリストにある本を片っ端から借りて、課題に関係する箇所を読み込んでいく。
ただ読むだけではない。文章を丸ごとパソコンに打ち込んでいき、後でプリントアウトできるようにするのだ。
これをコピーで済ませるのはオススメできない。一字一句確認しながら自分の手元に引き込んでいくことが大事だ。
通信での勉強は、ただテキストを読むだけでは足りない。こうして図書館にこもって数冊の参考文献に目を通し、
重要だと予測される部分を自分のコレクションとしてしまう。で、プリントアウトしたものは通勤電車の中で読む。
赤ペンで線を引きながら、各文献で共通している内容を探っていく。つまりは、「構造」を見出そうというわけだ。
それぞれの本が同じことをいろんな角度からさまざまな表現で述べている、その事実を体験することが大切なのだ。
そうすることで、何がどれだけ重要なのか、その力加減が見えてくる。すると課題について出題者の意図が見えてくる。
「ああ、そういうことを理解させたかったのか」がわかる。通信での自力の勉強は、ひたすらその繰り返しなのだ。
そんな具合に、自分から好きこのんで学ぶという、勉強本来の姿を日々強烈に突きつけられているのであります。
英語の研究授業を見学してから都立中央図書館へ。しかしまあ、また仕事帰りにここに通うことになるとはね……。
閉館する21時まで参考文献の海にどっぷり浸かる。自分の脳みそを法学向けにシェイプしていく作業に没頭する。
東京オリンピックに向けての活動の一環で、女子バレーボールの全日本の選手だった方がバレー部を指導した。
ちらっと覗いてみたのだが、もう体型が違うもんね。等身が別次元で、同じ人間なのかと思ってしまうほど。それにしても一流選手の指導はさすがなのだ。なんというか、教え方が自動的にわかっている感じである。
自分と同レヴェルの一流選手だけでなく、子どもにも粘り強く指導できるからすごいもんだわ、と感心するのであった。
最近の部活はスペースに入るわずかな動きを面倒くさがらないし、守備が粘り強くなったので、見ていて面白い。
ボールの持ち方やターンの方向にも改善の兆しがみられ、ストレスを感じない。サッカーの細部をわかってきた感じ。
つねに前を向いてボールを受けること。前任校でコーチがこだわっていたその重要性が、ようやく自分にもわかってきた。
こっちで生徒ができるようになって、それを再確認できている。生徒の成長で自分も成長させてもらっております。
都立中央図書館でひたすら参考文献の読み込み。2つのリポートを同時並行でやっているからぜんぜん時間が足りないよ。
日本シリーズ、横浜に3連敗からの4連勝を期待していたのだが……。非常に残念である。
圧倒的な戦力のソフトバンクに立ち向かう横浜は1992年のヤクルト(→2004.9.26)のごとし、なんて感情で見ていた。
実際に初戦で大敗し、僅差のゲームを続けながらも3連敗までいったときには、こりゃやっぱダメだわ、と思った。
しかしそこからの粘りは見事だった。ルーキー濵口の好投も第5戦の二度の逆転劇も、本当に見応えのある内容だった。
それだけに、第6戦のここで延長サヨナラで力尽きてしまったのは……やはり地力の差は大きかったということか。しかし他球団ファンながら、横浜の選手たちの成長は見ていて楽しかった。CSでの戦いぶりは本当にすばらしかった。
そういう意味では、CSってのは優勝チームに限らない選手の成長という点で、ものすごく有意義な制度なのかもと思った。
部活での公式戦は練習試合とは比べ物にならないほど選手を成長させるものだが、同じことがCSについても言えそうだ。
短期決戦の真剣勝負を経験できるという点で、CSがプロ野球選手の底上げをしている説、きちんと評価すべきだなあ。
勉強を進めなくてはいけないのだが、なかなか思うように進まない。根性でテキストを読破したが、それ以降はサッパリ。
気がついたら部屋の片付けに没頭していたのであった。おかげでゴミ袋まるまる5つ分の整理ができたから上々と言えよう。
今回は目に見える部分はまったく変化していないが、収納部分をしっかり整理したのが革命的なのである。
無印でキャスター付きの新たな棚まで買ってしまったので、有効活用してすっきりした生活を送りたいものだ。
どうやら奨学金を完済したらしい。もうそんな歳かよ……、という感想しかないわ 。
サントリー美術館『天下を治めた絵師 狩野元信』。狩野派の2代目にして繁栄の基礎を築いた狩野元信を扱う。
これは面白いところを衝いてきたなあ!と思う。戦国時代から江戸時代にかけて長く日本画の保守本流だった狩野派。
しかし関係者がいっぱいいるし、保守本流すぎて特徴がよくわからないしで、実はあまりきちんと理解できていない。
そんな自分にとっては絶好の勉強の機会なのである。しっかり鑑賞して、自分の中で手がかりをつくりたいと思う。
(参考に、群馬県立近代美術館で見た『探幽3兄弟展-狩野探幽・尚信・安信-』のログはこちら →2014.5.11)先行する雪舟あたりの活動を考えるとしっくりくるのだが、当時の日本は明から禅宗の影響をバリバリ受けていて、
中国伝統の水墨画を日本化していく過程にあった。元信のすごいところは「楷書・行書・草書」といった書体に倣って、
「真体・行体・草体」という形で水墨画の表現技法を様式化してしまった点だ。そうして大量発注に対応したのである。
しかもそれだけに留まらず、土佐派を研究してやまと絵にも進出してしまう。町人たちには絵付けした扇が大人気。
元信は純粋な芸術家としての才能を、実業家としての才能で、並ぶ者のないところまで増幅した人物というわけだ。
「狩野家は是、漢にして和を兼ぬる者なり」という言葉があるそうだが、なるほどまさにそれが狩野派なのだ。展示されている絵を見ていくのに、「真体・行体・草体」の画体分類は、確かに非常にわかりやすい。
真体は馬遠と夏珪、行体は牧谿、草体は玉澗とのこと。緻密な真体に幽玄な草体(行体はその中間)と、
多彩な様式の使い分けは本当にお見事。芸術でありながらきちんと商品でもある、その高度な融合ぶりが面白い。
しかもそれだけでなく繊細なやまと絵までやっちゃうんだから、なんでもできすぎだ。そりゃ保守本流になるわと納得。元信の前に「元ネタ」となる中国の作品がいくつか用意されていたのだが、どこかアジア的なゴチャッとした感じがある。
(これは中国の陶磁器を見ても思うことだ。柄が冴えなくて、しかも盛り過ぎに感じられる。→2013.6.16)
しかし元信はそれを日本人好みに整理していったのだ。優れたセンスで「間」を様式化していったように思う。
そうか、日本は「間」の国だなと、元信の作品を見て思った。様式化と、間の取り方。そこが元信の凄味なのだ。
つまりは、デザイン。芸術と商品の融合としても、様式という整理方法にしても、集団による製作にしても、デザイン。
狩野派とはデザイナー集団だったわけだ。でも一人ひとりにはきちんと芸術家としての意地がビシビシ湧いて出ている。
おかげで狩野派がどんな存在なのか、感覚的につかめた。本当に勉強になるいい展覧会だった。ありがたやありがたや。