diary 2017.4.

diary 2017.5.


2017.4.29 (Sat.)

GWのスタートはどこにも行かず、ただひたすらに日記を書いて過ごす。まあそんなもんだ。



2017.4.27 (Thu.)

忙しいと、「やろう、ぶっころしてやる。」のドラえもんを思い出す。けっこうあんな感じ。


2017.4.26 (Wed.)

ゆずレモンを見るたびに「ゆずレモンは譲れんもん」というフレーズが浮かんできて困る。


2017.4.25 (Tue.)

夜中、本当にたまたま『フリースタイルダンジョン』をやっているのを見た。
まず思ったのは、「これは『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の平成口ゲンカ王決定戦ですね」ということ。
もっとも、韻を踏んでいる分だけフリースタイルダンジョンの方が圧倒的に大変なのはよくわかるんだけど。
悪口の言い合いなので基本的には胸クソ悪くなる一方なのだが、すさまじい頭の回転の速さは認めなければなるまい。
その頭の回転の速さをもっと建設的なことに使えないのかな、と思ってしまう私は歳をとってしまったんでしょうか。

むしろ逆説的に、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のバラエティとしての完成度がすごすぎることが実感できる。
なんでこんなこと思いつくんだ!?ということしかやっていない。しかも毎週。贅沢な「祭り」だったなあと思う。


2017.4.24 (Mon.)

サッカーの本質とは、「不条理に耐えること」ではないか。最近、そう考えるようになっている。

日本におけるサッカーの歴史上、いちばんの不条理は「ドーハの悲劇」である。アディショナルタイムでの失点、
あの悲劇をわれわれはただ受け入れるしかなかった。どんなに街中で暴れたって結果は結果で覆らないのである。
その事実に向き合い、捲土重来を期すべくひたすらに努力を続けたことで、日本は今の地位を手にしたのではないか。
繰り返される不条理に耐え抜いてきたからこそ、日本サッカーは着実に歩を進めてきたのだと僕は思うのだ。

印象的だったのは、新潟のビッグスワンで観た試合だ(→2014.10.18)。そもそも新潟という土地は、
とりたててサッカーで有名だったわけではない。しかし毎試合4万人もの観客が入るほどの盛り上がりを見せ、
2004年にJ1に昇格してから10年以上にわたって残留し続けている。エレヴェーターになりそうでならないクラブ、
それがアルビレックス新潟というクラブである(今シーズンは今のところまったく勝てないでいるが……)。
観戦した際のログをそのまま引用する。「サポーターたちの目は確実に肥えていて、その姿勢に大いに感心させられた。
ひとつひとつのプレーに単純に反応することはせず、冷静に戦局を見つめることができている。罵声も一切出ない。
さすがに審判がピッチから去る際にはブーイングが出たが、その程度。これがサッカーが浸透した豊かさか、と思った。
クラブができて日の浅い地方都市では、つねに観客のマナーというものを考えさせられてきたわけだが、
J1昇格から10年が経過した新潟では、高いレヴェルが日常となった豊かさを実感した。うらやましいものである。」
新潟は決して強豪ではない。苦しいシーズンの方が多かったはずだ。しかしサポーターはJ1での戦いを観戦をし続け、
強い相手と粘り強く戦う選手たちの姿をじっと見つめてきた。そうして不条理に耐える姿勢を磨いてきたのではないか。
そしてその結果が、観戦レヴェルの高い観客たちに支えられての10年以上にわたるJ1残留なのだと思う。

そもそもが、サッカーとは手を使うことが許されないスポーツである。これこそが最大の不条理なのだ。
(スポーツは数あれど、身体的制約が前提となっているものはサッカー以外にはちょっと思いつかない。珍しい。)
進化を経て、人間が他の動物と比べて最も繊細に使うことができるようになった部分を使うことができない。
こんな不条理があるだろうか。サッカーは「ミスが前提のスポーツ」と言われるが、それ以上に不条理なスポーツだ。
手を使ってはいけないルールに耐え、審判の誤審に耐え、クラブの敗北に耐え、さらには降格にも耐える。
その前提からして不条理の塊であるようなサッカーは、それゆえに「不条理に耐えること」が本質なのだと考える。
だからある種の諦念というか、不条理に対する割り切りというものが、サッカーを理解する近道なのだと思う。
どんな不条理にも耐えうる精神、それこそがサッカーにおいて最も大切なものではないか。そう思うのである。


2017.4.23 (Sun.)

春季大会、本日の2試合はどちらも2-2で引き分け。ボールに対して競り合わないんだもん、勝ち切れるわけがない。
GKの能力がなまじ高いだけに、相手の攻撃はGKにどうにかしてもらう、という方針が固まってしまっている。
それでこっちのボールになると勢いよく攻め込む。その躍動感は悪くないが、いちいちドリブルで1対1を仕掛け、
相手に奪われてピンチの繰り返しなのである。ゲームの中に戦略がなく、毎回の運任せに終始しているのだ。

生徒たちは顧問がいない状況でも自分たちで練習を進めることはできている、そのこと自体はかなりすごい。
しかしそこは中学生、どうしてもその内容を客観的に修正することは難しいのだ。練習を軌道修正できない。
「できているけど、できていない」というのが実際のところなのである。でも生徒たちは「できている」部分を誇り、
残念ながら「できていない」部分を受け入れない。プライドが邪魔して、結果として小さなまとまり方になっている。
「どう? ぼくたち良い子でしょ」と思っているから成長できない。ある意味、これは最も厳しい状況である。


2017.4.22 (Sat.)

本日は春季大会。30分ほど歩いて区内の学校へ行き、いざ初陣である。
といっても僕は生徒の特性についてほとんど何もわからない状態なので(狭い校庭での練習だけじゃなんとも)、
ほとんどすべてを都選抜のキャプテンにお任せするのであった。彼はケガをしていて今大会には出られないのだ。

で、結果。相手は特に強いというわけでもないのに、本当に守備がボロボロで、2-4で負ける。
初任校でも前任校でも僕はオフェンスマインドの人間だと思っていたが、その僕が呆れ果てるほどに守備ができない。
右SBがボールホルダーを追いかけて左サイドまで行ったときにはもう、頭を抱えてその場にへたり込んでしまった。
もっとも、それは当たり前のことなのだ。部活でひたすら1対1に毛の生えたような練習ばかりやっているのだから、
広いグラウンドでどのようにプレーすべきなのか、きちんと理解できているはずがない。負けるべくして負けたのだ。
これを機に練習で守備意識が向上すりゃいいが……と思うが、自分たちのやりたいことを優先する癖が抜けないうちは、
まともな結果はついてこないだろう。この敗戦から学ぶことのできるチームなのか、じっくり見守るしかない。

午後は都立中央図書館でお勉強。力の限りがんばったので、帰る頃にはヘロヘロよ。充実しているからいいけど。


2017.4.21 (Fri.)

貴重な午後の時間を使っての英語の研修。区というよりはALTの業者が主体で、授業内容の確認をやるのであった。
これが非常にかったるい。業者のカリキュラムはかなり緻密で、ALTの裁量でアレンジできる部分が少ないくらい。
しかし「こういう感じでやりますのでよろしく」というのを、こちらを生徒役にしてバカ丁寧にやってくるのだ。
僕としては「そんなもんはALTにおまかせでええやん、フォローはするけど」というスタイルで十分なので、
無意味なロールプレイに辟易である。最高に無駄な時間を過ごした。業者の仕事アピールに教員を付き合わせんなや。

その後は新たな職場で歓送迎会。前も小規模校だったが、今度の職場はさらに小規模な感じで会が行われた。
それはそれで穏やかで、悪いわけではないのだが、小ぢんまりとしすぎている感触がちょっと寂しい気もする。
あんまり具体的に書くのもアレだけど、女性の比率が高すぎるのである。僕がいちばん若い男ってのがねえ。
まあとにかく雰囲気を壊すことなく地道にやっていければいいので、空気を読むことに徹していきたいです。


2017.4.20 (Thu.)

iPod nanoを買ってしまった。今さら。というのも、英語の授業でいちいちCDを再生・一時停止するのがかったるく、
それならぜんぶiPodにぶち込んでbluetoothスピーカーで再生しちゃえばいいんじゃねえかと前々から思っていたから。
3学年分の教科書やらリスニング問題集やらがnanoの中に収まってしまうというのは、実現すればそうとう便利だ。
それで今回、思い切って投資してみたというわけ。スピーカーはちょっと前に奮発して自分用に買ったやつがあるので、
そいつとつなげてみる。ペアリング作業は少々面倒くさいが、下準備が終わってあれこれ試してみての感触は悪くない。
さあ、どこまでこのシステムを活用できるか。定期テストもこの方式でやっていけると面白いんだけど。


2017.4.19 (Wed.)

前の前の職場でヴェテランの理科の先生が履いており、「それだ!」と思って僕も履くようになったクロックスだが、
ついにパーツが壊れてオシャカになってしまった。底もけっこうすり減っており、まあ確かによく使ったもんなと思う。

しょうがないので新しいものに買い替えようと街に出るが、なかなかしっくりくるものがない。
クロックスと言っても種類は多くて、候補を絞って直営店を当たってみたのだが、小規模すぎて扱っていなかったり、
あっても色がなかなか困った感じだったりで、振り回される破目に。結論から言うと目的のモノは手に入ったのだが、
気がつけば溝の口まで流されておりました。まあ久々に明確な目的のある買い物をして、面白かったからいいけどさ。


2017.4.18 (Tue.)

少しの修正を加えた後、時間割が正式に確定。常人にはハマらないものをハメる能力が認められてしまった。
そんな能力、ほかに応用が利くわけでもないし、ボーナスが出るわけでもないし、ぜんぜんうれしくない。


2017.4.17 (Mon.)

本日はALTと初共演である。性格は基本的には大雑把だが、仕事に対しては真剣さをそれなりに感じる。
何より、日本っぽさを理解しようという姿勢を感じるので、なかなかにやりやすい。合わせやすいのである。
前任校ではどうしょうもなく使えないALTが毎日ベッタリという切ない状況だったが、今回はどうにかなりそう。


2017.4.16 (Sun.)

午前中は日記を書きまくる。午後は部屋の片付けに専念するが、元が散らかりまくっているので全然進まない。
そして晩になってまた日記を書きまくる。天気がいいけど遠出を我慢して、やるべきことをひたすらやる一日。

実は経済学原論でもう1本リポートを出さないといけないことが発覚したのであった。
ホントはそれをやらなきゃいかんのだが、特に期限が決まっているわけではないので日記を優先。
資料はプリントアウトしてあるので、通勤電車の中でもうちょっと理解を深めたいという思惑である。いちおう。
早いところお勉強から解放されたいのだが、焦らず確実に課題をクリアしていきたい。……やれやれである。


2017.4.15 (Sat.)

午後の部活に行く前に、通勤で使う地下鉄を途中下車して、銀座周辺の名建築を撮ってみることにした。
きっかけは、ソニービルである。先月末で営業を終了し、今は解体を待っているという状況である。
ボヤボヤしているわけにはいかねえや!ということで、カメラを持って慌てて銀座に降り立ったしだい。

しかしまずは富士電機の看板でおなじみの東宝ツインタワービルから。DOCOMOMO物件ではないが、
このビルを見るたびに優雅じゃのうと感心するのである。設計は谷口吉郎ということでさすがなのだ。

 
L: 東宝ツインタワービル。1969年竣工。  R: 北東側から見たところ。

ではいよいよ本題のソニービル。僕が中に入ったのは1回だけで、ちょうど1年前のことになる。
潤平が関わった「『YÔKAÏNOSHIMA』シャルル・フレジェ展」が銀座メゾンエルメス フォーラムで開催され、
それをcirco氏と見に行った際に(→2016.4.24)、隣のソニービルでトイレを借りた。か……かっこ悪い!
しかしそのときに、名物であるスキップフロアの面白さを再認識したなあ。渋谷ハンズは地形の問題があるが、
平地の銀座でわざわざ4分割のスキップフロアをやる根性はすごい。挑戦的ないい時代だったなあ、とも思う。

  
L: ソニービル。手前のコア部分の左右で床の高さが違うのがわかる。ちなみに左にあるガラスのビルがエルメス。
C: 角度を変えて、交差点を挟んで斜向かいで撮影。モダンだなあ。構造が複雑だけに、白主体の色がすごく効いている。
R: 北西側から眺める。ソニーだからってわけじゃないけど、結果的に縦置きしたプレステみたいな印象なのよね。

ソニービルは1966年の竣工で、設計は芦原義信。モダニズムの端整さが見事に出ていて、これは本当にかっこいい。
わざわざスキップフロアにする発想が外観にもしっかりリズムとして現れているので、まったく単調ではない。
ふと丹下健三の山梨文化会館を思い出す(→2012.5.6)。確認してみたら、あちらも同じ1966年の竣工だった。
山梨文化会館はメタボリズム的な発想が、結果としてスキップフロアにも似た空間操作手法となっているわけだ。
しかしデザインじたいはソニービルの方が洗練されているように思う。もっとも、あれはあれで十分面白くて好きだが。

  
L: 西側から眺めたところ。  C: 移動して、北東側からコアを中心に眺める。  R: 東側にまわり込む。

やっぱり往年のモダニズム建築には格別なワクワク感があるものだ。その中でも特に、ソニービルは機能的で美しい。
近年とみにモダニズム建築の取り壊しが進んでいるように思うが、どこもランニングコストが限界に来ているのだろう。
公共建築であれば出費に対する市民の同意という文化レヴェルの高さによって維持が可能であるとしても、
民間企業だとどうしてもシヴィアな判断をせざるをえない。これだけの傑作が消えるのは残念だが、うーん……。

 エントランス部分。もうスキップフロアを味わえなくなったのね……。

せっかく銀座に来たので、気を取り直してもうひとつ、DOCOMOMO物件の撮影を試みる。
ソニービルと同じ通りにある銀座四丁目の交差点で、こちらは現役バリバリ衰えることを知らない雰囲気を漂わせる。
日建設計は林昌二の三愛ドリームセンターである。てっぺんの広告はリコーだが(かつては三菱電機で有名だった)、
その創業者である市村清のアイデアを大胆に取り入れたことで、このような建物ができあがったという。
僕は市村清と聞くとまず、佐賀の市村記念体育館を思い出す(→2011.8.7)。あれはずいぶん豪快なデザインで、
市村さんは建築にかなりこだわりのある経営者だったんだなあとあらためて思う。公共建築ではなかなか難しい、
トップダウンならでは、民間企業ならではの名建築というものは確かにあるのだ。さっきのソニービルと同じだが、
結果としては悲喜こもごもというかなんというか。「建築物の『人生』としての幸せ」を考えてしまうなあ。

  
L: 銀座四丁目交差点、和光(北東)側から見た三愛ドリームセンター。  C: 交差点を挟んで撮影。
R: カメラを縦に構えてクローズアップ。竣工は1963年で、実は市村記念体育館と同い年なのであった。

いい天気だったので、三愛ドリームセンターの向かいにある和光も撮影しちゃう。以前ワカメが上京した際、
夜の和光は撮影したことがある(→2009.12.19)。今回はきちんと、正面から、決定打になるような写真を目指す。

 いかがなもんでしょうか。

今回はこんな感じで撮影を終了。都内の名建築をもっともっとチェックしなければ!と反省したのであった。

さて部活。オフサイドラインでの駆け引きどころか、まずディフェンスラインを揃えるという発想がない。
それを指摘しても、生徒は聞く耳をあんまり持たない感じ。やろうとしているのかもしれないが、うまくいかなくて、
結局は慣れている自分たちのやりたいことに流れてしまうのである。自分たちのできている部分だけをやって、
「僕たちはちゃんとやっているんだから褒めてください」という態度なのだ。幼稚すぎてお話になりません。
過保護に育てられている今はそれで良くても、いつかきっと、思いっきり痛い目に遭うだろう。後悔しても遅いぜ。


2017.4.14 (Fri.)

「続日本100名城」が4月6日に発表されていたそうで。1週間以上経ってから初めて知った。

なんだかんだで「日本100名城」は、かなりの制覇率となっている。それを目的に旅程を組んだことだってある。
しかしその反面、実際に訪れてみて「これを入れるか……?」と思ってしまうような城もあることはあるのだ。
さらには、「なんで米子城が入ってねーんだバーカ」と、今も思っている(→2013.8.20)。基準がわからない。
そこで「続日本100名城」である。ラインナップを見てみると、これまたなんだかんだでけっこう訪れている。
しかし狙って押さえていくとなると100名城以上に厳しい。さすがにこれは、旅行の目的とするにはつらすぎる。

「続日本100名城」については、今後もあちこち行く中で運が良ければ寄れるかも、くらいな感じで意識したい。
当方すでに市役所マニアと御守マニアとサッカースタジアムマニアで手一杯なのである。もうこれ以上は無理っす。


2017.4.13 (Thu.)

出張で東陽町へお出かけ。終わってみたらバスに乗っている時間の方が長い、あっさり終わる研修なのであった。
前の区は腹の立つことがやたらと多かったので、これはすばらしいなあと感激する。やっとふつうの区に来れたわ。

帰りに「東陽町に戻ってきたこと」に少しだけ感傷的になってしまった。実は僕は2歳ぐらいのとき、
東陽町のマンションで暮らしていたのだ。そしてこの東陽町にいる時期に潤平が生まれているのである。
細かい記憶なんてもちろんないが、マンション玄関のタイルの模様は今も鮮明に思い出すことができる。
住んでいた7階のフロアの表示も、青い瓦も、さかさまつげのような窓の飾りも、部屋の壁に貼られたぐりとぐらも。
9階の「かーくん」とよく遊んだが、もうその名前の響きしか残っていない。部分だけが強烈に記憶にこびりついている。
40年近い時を経て、僕はその場所に戻ってきた。ただの偶然で何の意味もないだろうけど、それでもなんとなく、
縁あってこの場所を自分の一部と認識することになった事実を、特別なものとして受け止めたいと思ったのだ。


2017.4.12 (Wed.) 

結局、時間割をグレードアップした形で仕上げたのであった。学年会も各種会議もぜんぶ入りましたよ、と。
なんでこんなに上手く仕上がるんだ的な反応がけっこうあちこちであったけど、とことん考え抜いてないだけやんけ。
もっとも、みなさん自分の担当している仕事に集中しすぎていて、時間割に手間暇かける余裕がないとも感じる。
ちょうどいいところにちょうどいいやつが来た、って感じなんだろうなあと思う。便利な小人さん状態ですよ。


2017.4.11 (Tue.)

浅田真央の引退表明を受けて、いろいろ考える。

結局のところ、非常に日本人好みなフィギュアスケーターだったんだな、と思う。
「記録よりも記憶に残る」ってやつだ。それはある種の悲劇性を帯びた表現であり、ロマンの香りを放ち続ける。
ソチのフリー(→2014.2.21)はフィギュアの究極形として、これからも日本人に記憶されていくのだろう。

ものすごく蛇足なんだけど、あえて書いてみる。浅田真央という人に僕は「皇室っぽさ」を感じるのだ。
批判が許されない雰囲気がなんとなくある点(まあそもそも批判する必要性がまったくないわけだが)、
勝負の世界に生きるアスリートではあるものの、妙に穏やかなふわっとした日常性を感じさせる点、などなど。
なんというか、育ちの良さ(→2015.1.26)による生まれながらの攻撃性のなさ、さらには敵の少なさを感じる。
まあフィギュアをやれるのはお金持ちの家に決まっているんだろうけど、それにしても純度の高い穏やかさだ。
思い出すのは潤平から聞いた話で、漫画家のSABEさんが「妹」をテーマにしたマンガを描いていたんだかなんだかで、
「究極の妹」とは結局、皇太子殿下の娘さんだという結論に至るのだが、さすがにそれは描けないわ、ってエピソード。
僕はそれを聞いて、なるほど「究極の妹」=「国民の妹」とは面白い視点だなあ、と大いに感心した記憶がある。
そして浅田真央を見ていると、僕はそのエピソードを思い出すのだ。日本人好みなのは、その悲劇性だけじゃない。
たぶん彼女は「国民の妹」としてわれわれを刺激する天性のモノを持っているのである。偉大ってことですよ。


2017.4.10 (Mon.)

今度の職場でも時間割担当に任命されてしまったではないか。仮の時間割を見せられて、修正できますか?と。
また時間割で苦労するのかと肩を落としつつ、チラッと見てみる。そしたらまさかの学年会が入っていないという、
信じられないクオリティ。しょうがないから修正作業を開始する。修正にあたっては関係各所に声をかけねばならず、
責任の所在がイマイチ不明確。なんというか、もうちょっとチームとしてまとまってほしいのだが……。

部活ではゲームに初参加。ディフェンスの意識が低い中、賢くプレーすることはできたかな、という感触である。
表面的には実直で従順な雰囲気の部員ばかりで、指示を出すのは僕ばかり。おかげであっという間に声が枯れたぜ。


2017.4.9 (Sun.)

本日は通信制の大学の試験日である。前回の試験で当たって砕けた国際法(→2016.12.11)にリヴェンジなのだ。
実は過去問を分析しているうちに、出題の法則がどうにか見つかった。それで過去問6問分の要点を丸暗記して挑む。
フタを開けてみたら……本命の部分とともに、念のためにチェックしておいた周辺の部分も出たのであった。
読み自体はきっちり当たった格好で、暗記した内容を全力で解凍していく。いったい結果はどうなることやら。


2017.4.8 (Sat.)

土曜日の部活である。こちらのサッカー部はキャプテンがたいへん優れた選手で、都の選抜とのこと。
しかしどちらかというと技術よりも気持ちでプレーするタイプで、そこが本当にすばらしいのである。
(もちろん技術も立派なのだが、それ以上に気持ちがこもっている。性格も非の打ち所がないんだよなあ。)
そんな彼が主導して、生徒だけで手順を追ってきちんと練習をできている。これはすごいなあ、と惚れ惚れ。

ただ、そこは中学生。知らず知らずのうちに「自分たちのやりたいことをやる」だけになっているのも事実である。
具体的には、とにかく1対1が基本。グラウンドが狭いのでそうなったのだろう。そして確かに技術は磨かれている。
でもそのせいで、ディフェンス部分が完全に練習のおまけ扱いになっている。オフサイドに対する意識もまるでない。
実際の試合になると通用しないであろう部分が多々あるので、ちょこちょこ声をかけて改善していきたいと思う。


2017.4.7 (Fri.)

入学式と初部活。担当は毎度おなじみサッカー部ということで本格的に彼らの練習を見てみたのだが、
3年生と2年生であまりにも力に差がありすぎる。まず3年生の人数が非常に多く、それだけで1チーム組める。
しかも体格のいい生徒が多い。対照的に2年生は人数はそれなりだが、線が細いのと重量級の両極端。身長もまだまだ。
そしてサッカー部最大の問題は、人数がかなりいるのに校庭が狭すぎること。どうにもならないが、致命的なレヴェル。
初任校も狭かったが、こっちはそんなもんじゃない狭さである。こりゃまた割り切って「クローズ」やりますかね……。


2017.4.6 (Thu.)

始業式である。今度の職場についてはまだいろいろと感触を探っている段階ではあるのだが、
どうにも個人のこだわりの強さから仕事を溜め込む傾向を感じる。つまりは僕と正反対の人が多いなと。
僕はこだわりがないわけではないが、余力とのバランスで妥協できる部分はどんどん妥協していくタイプ(と思う)。
だから「この仕事にはこれ以上のエネルギーを割く価値はないな」と感じると、ハイもうオシマイ、となる。
しかし周りを見回してみると、そういうタイプの人はどうも少なそうな気配。どうバランスをとっていくかなあ。


2017.4.5 (Wed.)

本来ならもちっと早く反応すべきことだったが、梯郁太郎氏が亡くなったということで、きちんと書いておく。

梯郁太郎という名前を聞いて何をした人かわかる人はそんなに多くないだろうが、僕は高校時代を中心に、
DTMやらMIDIやらでたいへんお世話になった方なのである。そう、電子楽器メーカー・ローランドの創業者だ。
もはやすっかり縁遠くなってしまったDTMだが、僕の10代の創作活動のほぼすべては梯氏のおかげでできていた。

1990年代半ばのコンピューターミュージック市場はヤマハかローランドの2択だった。
圧倒的な勢力を持つ王者・ヤマハに対し、新進気鋭のローランドが挑むという構図を、僕は勝手に想像していた。
そしてMIDIに手を出すに当たり、さまざまな音源モジュールの聴き比べを行った結果、僕はローランドを選んだ。
ローランドの方がはるかに洗練されている音を鳴らすことができたからだ。正直、かなりの差があった。
長いものに巻かれることなく信念を持ってやりたいことをやるには、ローランドでなければいけなかった。

最初に選んだのがSC-55mkII(→2009.12.20)。次世代の主力といった位置付けの機種だった。
過去ログにも書いたが、高校の物理班にはMT-32があって、こいつは世間的にも標準的な機種だったが、
そこからもう一歩高いレヴェルで音楽をやるにはSC-55mkIIがうってつけだったのだ。使い倒したねえ。
大学に入ってからはSC-88Proに移行。僕が20代で最も頼りにした楽器である。これはもっと使い倒した。
そしてDAWをやる必要性からSC-D70を使うようになったが、一貫してローランド製品を使い続けた。
DTMをまったくやらなくなってもDAWは健在で、UA-25EX、さらにUA-55と使っている(→2013.1.22)。
20年以上、つまり人生の半分以上をローランドのお世話になり続けているというわけだ。そしてこれからも使う。

もうすっかり創作活動をやらなくなってしまったが、梯氏のおかげで僕は他人にできないことをやれた。
本当はチマチマとDTMを続けるべきだったのかもしれない。でも僕の中には確かな財産が残っているので、
今はそれでいい。そういうことにしておく。青春時代に強烈な相棒を与えてくれて、本当にありがとうございました。


2017.4.4 (Tue.)

異動して2日目、仕事が一気に進み出した感じである。新しい環境だからと様子を探るのも大事だが、
それ以上に大事なのは、まずは一生懸命さを見せること。なんとか食らいついていかねば、とがんばる。


2017.4.3 (Mon.)

校長が熱狂的な千葉サポだった。まあ、共通の話題があるのは歓迎すべきことですね。



2017.4.1 (Sat.)

異動なのでこの春はあんまり派手に動くつもりがなかったのだが、なんにもなしというわけにはいかないのだ。
J1第5節には磐田×清水というカードがある。会場は静岡県小笠山総合運動公園スタジアム、いわゆるエコパだ。
昨年は清水がJ2、その前は磐田がJ2ということで、静岡ダービーの開催は4年ぶり。これは観に行かなければ!

青春18きっぷをかざして横浜駅の改札をくぐり、国際法の対策を練りながら東海道線に揺られる。
三島でいったん下車して始発の浜松行き7時48分発に乗ろうと思ったら、なんとトラブルのあおりで運休とのこと。
どうもこの春は東海道線がなかなか思いどおりに動いてくれねえなあ、とイヤな予感がする(→2017.3.19)。
それで喫茶店でもねえかと北口をウロウロしていたら、遅れていた7時11分発の浜松行きがスタンバイとアナウンス。
慌ててホームに戻って列車に乗り込むと、確認作業を経てその7時11分発は45分遅れで出発したのであった。
結果として、掛川に着いた時刻は僕の当初の予定よりも早くなった。狐につままれた気分とはまさにこのことか。
列車が遅れたおかげで目的地に早く着くっていう経験は初めてじゃないかと思う。不思議なこともあるものだ。

さてそんなわけで掛川である。静岡ダービーのキックオフは15時なので、午前中を有効活用するしかないじゃないか。
しかしこの近辺の市役所はだいたい訪問済みなので、事任八幡宮(→2012.12.24)をもう一度参拝しておくのである。
5年前は冬の日差しがキツすぎて明暗の極端な写真になってしまったので、曇天なりに落ち着いた写真を撮ろうと。
掛川駅の北口から出る小型のバスに揺られて20分ほどで、八幡宮前のバス停で下車。うーん懐かしい。

 往路のバス停は日坂の入口付近にある。目の前に事任八幡宮の奥宮入口。

事任八幡宮を参拝するのはこれが二度目だが、あんまりそういう気がしないのはなぜだろう。3回目くらいな気分。
境内脇の県道には神社らしく赤い歩道橋が架かっているが、5年前はこうじゃなかった気がする。記憶がホント曖昧。
首を傾げつつ石の橋を渡って境内に入ろうとしたところ、そのカーヴのてっぺんで靴の底が滑ってそのまま転んだ。
サッカーのトレーニングシューズはけっこう滑りやすいのである。雨で濡れていたし微妙な苔具合もあってやられた。
左の背中から腰にかけてを強打してその場で悶絶する。さらに転んだ際に変に力が入ったせいで左腕の筋肉も痛い。
結局は大事に至らなかったのだが、なんとも朝からドタバタだなあとしょんぼり。やっぱり雨って嫌いだ。

  
L: 神社らしい色合いで整備された事任八幡宮前の歩道橋。5年前はこうじゃなかった気がするんだけどなあ……。
C: 境内の入口。雨の日には気をつけよう。絶妙なカーヴのせいで直立姿勢のまま転んだ。  R: 境内の様子。

5年前と違って雨がうっすら降っているが、そのおかげか境内はかえってもともとの静謐な感じが強調されている。
さすがは一宮で参拝客は少なくなく、安定したペースでやってくる。落ち着いて写真を撮るのはちょっと大変だった。

  
L: 左に折れて社殿。手前には天然記念物の大楠。  C: 拝殿は一段高いところにあるのだ。  R: 横から眺める。

今回も御守を頂戴したが、5年前には本格的に御守収集をしていなかったのでそんなに気にしていなかった。
あらためてラインナップを見てみると、けっこう種類が豊富である。やっぱりさすがは一宮なのだと実感した。
バスの時刻になり、「ことのまま」に願いが叶うといいですなあ、と思いつつ事任八幡宮を後にするのであった。

  
L: 本殿脇にある御神木の大杉。  C: その反対側から眺めた本殿。  R: 拝殿付近から境内を見下ろしたところ。

掛川駅に戻ると昼ご飯をいただいて袋井駅へ移動。雨の中で旧袋井宿と袋井市役所の撮影をしたのだが、
結局は翌日に晴天の下で撮り直すことができたので省略。まあ、いいロケハンができたと思えば。

静岡県小笠山総合運動公園スタジアム(以下、エコパ)の最寄駅は愛野で、袋井と掛川の間にある。
さっき掛川から袋井に移動した際にも静岡ダービー目当ての乗客ですでにかなりの満員状態だったのだが、
掛川方面に戻る列車も大混雑。改札はボトルネックでしっちゃかめっちゃかだが、18きっぷはすんなり通してもらえた。
やっぱり駅員さんもその辺はわかっているんだなあと感心。それにしてもキックオフ2時間前とは思えない混み合い方だ。

  
L: 愛野駅の駅舎から見下ろす行列。左上の山の中に埋もれている白い物体がエコパ。徒歩で15分ほどの位置になる。
C: エコパへ向かう道にはアート作品が点在している。  R: これとか出オチなんだけど非常に強烈。よく思いつくな。

帰りの超絶混雑ぶりを想像して身震いしつつ、坂を上ってスタジアムへ。やがてエコパがその姿を現した。
スタジアム自体が大きいのと観客が多すぎるのと山の中にあるのとで、泣きたくなるほど撮影しづらい。
それでも初訪問のスタジアムなので、一周しながらがんばってあらゆる角度から撮っていく。大変だったわ。

  
L: 手前の道路越しに眺める静岡県小笠山総合運動公園スタジアム(エコパスタジアム)。2002年W杯では3試合を開催。
C: 正面がどうにもならないのですこし脇にずれて撮影。  R: 側面。屋根は外側から引っ張っている構造なのね。

エコパは一周できるけど、サイドスタンド側に余裕がない。それに比べてバックスタンド側は広大である。
キックオフまで2時間を切っており、入場を開始してしばらく経っているはずなのだが、行列がやたらとすごい。

  
L: 左がアウェイ側サイドスタンド、右がバックスタンド。  C: バックスタンド側は余裕があってよい。  R: 側面。

一周して戻ってくる。今回は磐田のホームゲームなのでサックスブルーのユニフォームがやや優勢なようだが、
清水のオレンジも負けてはいない。サッカー王国・静岡のプライドをビンビン感じながら撮影を進めるのであった。

  
L: エコパアリーナ前から撮ったところ。  C: メインスタンド。  R: 五郎丸ポーズをとるハナ肇がいたよ!

すげえ行列だなあと思いつつ撮影をしていたわけだが、よく考えたら入場する際には自分にも降りかかってくるのだ。
今回は奮発してメインスタンド指定席にしておいたのだが、行列はサイドスタンドの方までしっかりと延びていた。
あまりに長すぎてどこに入る行列だかわからない人が続出していた始末。オレも確信のないまま並んでいたし。
入口から120°くらいあったんじゃないかと思う。結局、手荷物検査の担当が少ないせいで大混乱になっており、
これは明らかに運営側のミス。キックオフに間に合わなかった人もいたという話だからかわいそうである。

 スタジアム前では鷹匠がワシミミズクを飛ばしていた。かわいいのう。

席は前から6列目でたいへんいい具合だったのだが、風の具合によって雨粒がギリギリかかる位置で少し面倒。
あと、真後ろの清水サポがたいへん頭の悪い男で、スマホを口の中に叩き込んで歯を折って黙らせようかと思ったが、
さすがにそれは最終手段なのでやめておいた。それくらい不快だった。オリジナル10のサポならもっとサッカーわかれよ。

  
L: メインスタンド側を眺める。  C: ピッチを眺める。  R: 選手紹介で気勢を揚げる磐田のゴール裏。

さて試合の見どころは、なんといっても中村俊輔。横浜FMからまさかの移籍で磐田に加入し、注目を集めている。
対する清水は大前が抜けたものの、鄭大世が昨季(→2016.10.23)同様、強烈なリーダーシップで引っ張っている。
両チームとも順位は10位前後と調子が上がっていないが、この静岡ダービーをきっかけに浮上したいところだ。
スタジアムのヴォルテージが上がる中、試合球はヘリコプターが持ってくるということで、南側から轟音が。
ヘリの登場は前にも経験があるが(→2015.8.8)、やっぱり強烈な迫力である。しかし雨の日にそれをやられると、
ヘリの起こす猛烈な風がスタジアム全体に水分を撒き散らしてしまうのがなんとも。入場直前いきなりの爆音にも驚いた。
一瞬、テロかと思ってしまったではないか。なんか感覚がズレている感じがする。運営はもうちょっと考えようよ。

  
L: 清水のゴール裏。  C: 試合開始直前に出たフラッグ。この羽のデザイン、よく見るとバブルの匂いがすごく強いね。
R: ヘリがボールを落とす。でもその強烈な風が雨粒を観客席にまで派手に撒き散らすのであった。ピッチ付近の人は大変。

試合が始まると清水がテンポよくボールをつないで磐田のゴールに迫っていく。磐田は押し込まれて苦しい展開となる。
磐田は今季、「繋ぐ」というキャッチフレーズを採用しているのだが、それを実行できているのは明らかに清水の方だ。
ところが先制したのは磐田で、6分に中村俊輔の緩やかな弧を描く意表を突いたFKからDF森下がヘッドで合わせた。
らしくない軌道に清水の選手たちが戸惑っているところを刺したゴールで、喜ぶ磐田イレヴンの雰囲気はかなり良い。
その後もJ1らしい落ち着きを見せて清水がボールを保持するが、GKカミンスキーの好セーヴもあり磐田が守りきる。
やがて37分、今度は左サイドから俊輔のFK。競り合いからこぼれたところをフリーのムサエフが決めて2-0となった。

  
L: 磐田が先制した際の中村俊輔のFK。明らかにふだんとフォームが違う。柔らかいボールはドンピシャでDF森下の頭に。
C: ムサエフの追加点。俊輔のFKからのこぼれ球を冷静に叩き込んだ。外でフリーの状況をつくったらこうなっちゃうよね。
R: ヘディングを競り合う川又。磐田は基本的に川又に当てるところから攻めていくサッカー。存在感は実に大きかった。

磐田の攻撃はとにかく前で張っている川又に当てるというもので、どこが「繋ぐ」やねん!と言いたくなる内容。
しかしそんなただ放り込むサッカーになりそうなところを、俊輔が関わることでガラッと別の味を付ける感じなのだ。
前半は攻められっぱなしだったものの、俊輔のセットプレーをしっかり決め切って少ないチャンスを生かしきる。
真面目にボールをつないで攻める清水にしてみれば、たまったもんじゃない展開だ。しかしこれがJ1のサッカーでもある。

 48分、俊輔のスルーパスを川又が落として最後は川辺。見事な崩しだ!

そして後半が始まってわずか3分、決定的な3点目が磐田に入る。俊輔のスルーパスが前を走る川又の足元に入る。
そう思った瞬間、川又は左足アウトサイドで中へ折り返す。これを川辺が決めて3-0。この崩しは本当に美しかった。
ぜんぜん「繋ぐ」じゃないじゃんと思っていたが、それまで清水が見せていた以上の鮮やかなプレーが出て思わずため息。
試合が始まった当初は明らかに清水の方がいいサッカーだったのだが、中村俊輔という存在がそれをひっくり返した。
俊輔が磐田に移籍した理由、それをこの静岡ダービーという大舞台をいい機会にして最大限に見せつけた、そんな感じ。
エコパは完全に中村俊輔という色に染まってしまった。気がつけばそれはサックスブルーだった、そういう試合だ。
得点こそ6分、37分、48分と比較的早い時間帯に集中していたが、時間が経過するにつれ俊輔の存在感は増すばかり。
守備では確実に清水の攻撃を切り、右サイドだけでなく左サイドにまでも顔を出して清水の隙を衝くパスを出す。
俊輔は明らかに後半の方が多くボールに触っており、そこから完全にゲームを支配していた。俊輔で試合が動いていた。

  
L: 俊輔はもともとドリブラー。相手が接触してもボールを失わず、安全な味方に確実にボールを出す技術がとんでもない。
C: 足の裏を使ってボールをキープしているシーン。俊輔の活躍を支えるのはきわめて高い基本技術だと実感させられた。
R: パスを出す瞬間。スルーパスにサイドチェンジにと、見えているところの違いがすごかった。ボールも全然失わないし。

まあこの日の俊輔のプレーは別格として、やはりJ1の選手は上手いなあと感心させられるプレーが多かった。
J2レヴェルと何が違うって、とにかく「予測」である。観客の想像する一枚上を行くプレーを連発するのである。
将棋なんかと同じだろうけど、相手がこう動くからこうする、という予測が二手も三手も先を行っているのだ。
よくそこまで(未来が)見えているなあというプレーがとにかく多い。この部分は本当にJ2とまったく次元が違う。

  
L: 攻める清水。鄭大世のヘッドを抑えるGKカミンスキー。J1を戦うにあたってカミンスキーがいることはかなり大きい。
C: さらに攻める清水。シュートは枠を逸れるが、跳びながらそれを見送る余裕のあるカミンスキー。すげえなあ。
R: 磐田の選手がボールを掻き出す決定的瞬間。オープンな展開のJ1の試合は技術の高さが堪能できてたまりませんな。

懸命に攻める清水は最後の最後、鄭大世がパスがワンバウンドしたところをトラップで浮かせてオーヴァーヘッド。
このとんでもないゴールが決まって一矢報いたものの、直後に3-1で試合終了。最後の最後まですごいゲームだった。
なお、僕の真後ろにいたクソ野郎は磐田の応援に悪口を言い続け、敗色濃厚になると清水の選手に悪態をつきはじめ、
試合終了前に帰ったせいで最後の鄭大世のゴールを見逃したのであった。ざまーみろ。それにしても疑問なのは、
彼は何を応援しているのか、ということ。自チームの選手を貶めて、じゃあ誰を、何を応援しているの?と不思議に思う。
そういう人間がまとわりつくのは、清水エスパルスというクラブにとっても迷惑だろう。ペルソナ・ノン・グラータだな。

  
L: 94分、鄭大世の自分でトラップしてボールを浮かせてからのオーヴァーヘッドが炸裂。とんでもないものを見た……。
C: 清水のサッカーはスコアほど悪い内容ではなかったが、サポーターは容赦なくブーイング。それがダービーなのだ。
R: こちらは名前のとおりに歓喜のジュビロサポ。締めるべきところを締めての勝利は今後につながりそうだ。

予想したとおりに帰りも大混雑なのであった。愛野駅の駅舎に入る前の段階でけっこうな行列なんだもんなあ。
でも駅の方では対応に慣れており、掛川方面と袋井方面に分けて一方通行の通路を設定することでしっかり対処。
おかげで意外とスムーズに列車に乗り込み、予定よりもずっと早い時間に浜松まで出ることができた。助かった。

 駅舎に入るまでに大行列の愛野駅。ヒー

浜松で晩飯をいただくと、駅のカフェが混んでいたのでさっさと宿に移動してそっちで写真の整理をすることにした。
今回は弁天島のちゃんとした旅館にお安く泊まったのだが、温泉もあって非常に快適でございました。たまらんのう。


diary 2017.3.

diary 2017

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