diary 2010.2.

diary 2010.3.


2010.2.28 (Sun.)

チリ中部で地震が起きて、その津波が日本に来るというニュースでテレビ画面が占領されていた。
地球のまあだいたい裏側くらいからドバーッと波がやってくるわけで、冷静に考えるとこれはすごいことだ。
津波の特徴は波長がとんでもなく長いことで、ちょっとの振幅でもすさまじい量の海水が迫ってくる。
波というよりも海面上昇といった方がしっくりくるような現象で、ニュースの映像を見てあらためてお勉強。
長野県出身にはまったくもって実感のわかない災害なのだが、油断だけはしないように気をつけるのである。


2010.2.27 (Sat.)

テレビを見ればフィギュアスケート女子シングルのニュースばかりである。
職員室でもフィギュアの話題はよく出てくる。僕はフィギュアのどこが面白いのかよくわからないので、
本当に世間はフィギュアが大好きなんだなあ、なんて具合に遠い目で眺めているのみである。
まあたぶん、これはフィギュアの魅力をわかろうという気のない僕が悪いのだとは思う。

さて、ニュースのダイジェスト映像を見ていて思ったことをつらつらと書いてみよう。
まず、キム=ヨナ。切れ長の目を強調した化粧が、いかにもアジア人といった印象である。
はっきり言って、浅田真央よりもはるかに西洋人のオリエンタリズムに訴えかける顔をしている。
ここまで自らがアジア系であることをうまく利用した例は、ちょっと記憶にない。
演技じたいも、柔らかくて、速い。なるほどこれが金なのね、と納得がいく。
対する浅田真央は曲がよくない。重苦しくってスケートの軽快さと噛み合ってなかった。
悪くはないけど戦略的にもっと上手いヤツがいたってことで、結果は妥当なところだろう。

でもフィギュアはほかの競技と違ってエキシビションがあるからなんかいいなあと思う。
スポーツとショーの境界線がものすごく曖昧なフィギュアの本質が端的に現れているように思う。


2010.2.26 (Fri.)

海野凪子/蛇蔵『日本人の知らない日本語2』。
その名のとおり、前に書いた『日本人の知らない日本語』(→2010.2.21)の続編である。

この手の続編はたいてい人気が冷めないうちに慌てて出して内容スッカスカになりがちなのだが、
意外とそんなことはなく、前作同様にしっかりと楽しむことができる。よかったよかった。
印象としてはやや比較文化論方面の内容が強まったかな、と思わなくもないが、
まあそれはそれで勉強になるには違いないので文句はない。あとは文章のコラムが増えた。
全体を通して「お勉強」としての密度はまったく薄まっていないので、前作と変わらない支持があるだろうと思う。

絶対にやってほしくないのは、無理して『3』を急いで出すというようなこと。
出す場合には、じっくり時間と労力をかけて、この今のクオリティを維持して出してほしい。
この本は単なる日本語のお勉強だけでなく、比較文化論に触れることができる、という点が長所なのだ。
これがどちらか一方に偏ってしまうと、急激に魅力を失ってしまうだろう。
(特に登場する外国人のドタバタを扱うだけになってしまうとしたら、これは興ざめだ。)
まあたぶん製作者サイドは日本語じたいへのこだわりを強く持っているだろうから、それは杞憂だろう。
一ファンとして、特に続編を希望することなく、今ある2冊を繰り返し読んでいたい。
もし3冊目が出たらラッキー、それくらいの気分でいるのがいちばんいいと思う。


2010.2.25 (Thu.)

バンクーバーオリンピックにおけるカーリングを総括してみたいと思う。

アメリカ相手の劇的な勝利から始まって、カナダに惜敗、イギリスに圧勝と、前半はものすごい盛り上がりだった。
しかしながらドイツに負けたことで緊張が切れてしまったのか、あとは勝てないまま8位に終わってしまった。
日本中の期待度は4年前とは明らかに異なっており(→2006.2.172006.2.212010.2.182010.2.20)、
当時とはまったく比べ物にならない凄まじいプレッシャーがかかっていたことは想像に難くない。
ふだんはほとんど無視されてしまうマイナースポーツなのに、こういうときだけ注目が集まるわけだから。
そんな状況の中で懸命にプレーを続けたことだけでも、十分評価されてしかるべきだと思うのだ。
メンバーが去就を簡単に決められない事実をひとつとっても、事の大変さがうかがい知れる。
とりあえず今は、この4年間選手たちが不断の努力を続けていたことを素直にねぎらっておきたい。
チーム青森の全力でのプレーが、さらに新たなカーリングのファンを拡大したことは事実なのだから。

ところで、インターネットで配信されるニュースについているコメントを見ていると、その中に
「カーリングはスポーツではない」という愚かな主張がいくつか混じっているのを目にする。
そういう視野の狭い人たちにとって、スポーツというものはどのように定義されているのだろうか。
体を激しく動かすのがスポーツ、という古臭い固定観念に縛られて、それが恥ずかしくないのだろうか。
カーリングで求められるのは高度な戦略性と、何十メートルという遠くにある目標をミリ単位で狙う繊細さだ。
そのミクロの世界での身体のふるまいを、なぜ差別できるのか、僕にはまったく理解ができない。
(まあそういう意味では、僕の嫌いなゴルフもやっぱり立派なスポーツなんだよな。)
体を動かすこと、それだけでは絶対にスポーツになりえない。そこに知性によるコントロールがなければならない。
知性によって体の可能性を最大限にまで高めて勝負することが、スポーツを成り立たせる基礎ではないのか。
数学的に決められたルール(→2009.12.28)に基づき、身体を効率よくコントロールする。
あるいは、身体の演じる奇跡に酔う。スポーツとは、そういう要素を持ったものであると僕は思う。
指先という最も繊細な人間らしい部分の感覚と、戦略。カーリングは実に立派なスポーツなのである。
体さえ激しく動かしていればいいという野蛮人に、このことがわからなくたってしょうがない、というわけだ。


2010.2.24 (Wed.)

本日はテストである。僕自身がそういう生徒だったということもあって、僕のつくる問題はスポーツじみている。
クイズがスポーツとやや似ている面を持っているのと同様に、テストの問題もスポーツに似たところがある。
そういう知的な駆け引きの部分を強調するような内容の問題を出しているつもりなのである。
で、生徒はピッチャーの配球を読むバッターのような感じで問題に取り組むことになるのだ。

今回のテストを総括すると、ゲームとしての英語がわかってきたヤツが出だしたかな、というところ。
いかにイージーミスをせずに要求に応えるか、という面白さをわかってきた生徒が何人か確実にいる。
こうなってテストを楽しめるようになってくると、そいつの成績はまちがいなく伸びる。

しかしながら一方で、壊滅的な状況の生徒も何人かいる。
チョムスキー的に文法の能力がないんじゃないのか、とひどいことを思わなくもないが、
かといってこの現状を放っておくわけにもいかない。急いで対策を講じなければいけない。
とはいえこっちががんばってメニューを考えても、面倒くさがってやってくれないんだよなあ……。


2010.2.23 (Tue.)

『上海バンスキング』のチケットが運よく取れたので、仕事帰りに観た。狙ったわけではないのだが、本日が初日。
この作品、初演が1979年で、上演されると絶大な支持を集め、小劇場演劇としては珍しいロングラン公演がなされた。
大学時代にわれらが先輩・カナタニさんがペーパーで出題した記憶が懐かしい(僕は当然、不正解なのであった)。
その記憶があまりに強烈だったためか、『上海バンスキング』が16年ぶりに再演されるという情報を入手して、
僕は迷わずチケットを取るべく申し込みをしたのであった。そんなにすごい人気があったなら、観なくちゃいかん!と。

舞台はもちろん上海、それも列強各国の租界が乱立していた日中戦争前夜の上海だ。
当然、当時の上海は国際色が非常に豊かで、最先端の音楽だったジャズのクラブも大いに賑わっていた。
物語はそんな上海に、クラリネット奏者・波多野と妻のまどかがやってきたことから始まる。
まどかはパリでホテル経営を学ぶつもりで日本を出たが、波多野の狙いはここ上海でジャズ三昧の生活を送ること。
妻をだまして、ふたりを家に迎えたトランペット奏者・バクマツ(本名は松本、博打好き)と暮らしはじめる。
やがてまどかはショーに出演するようになり、みんなが上海でのジャズ三昧の生活を謳歌する。
(ちなみに「バンス」とはギャラの前借りのこと。バンスをして逃げるという行為をジャズマンたちは繰り返していたという。)
しかし日中戦争が始まり状況は変わる。上海でジャズができなくなって波多野は上海を去り、バクマツは戦争に行く。
その後波多野は日本での苦しい生活から逃げ出して上海に戻るが、そこにも自由はなく、アヘンに手を出してしまう。
戦争が終わったときには波多野は廃人になっており、バクマツも事故死して、部屋にはまどかだけが残される。
そんな感じで上海の虚栄に満ちた賑わいとその夢の跡という悲哀が描かれた作品なのである。

客層はいつもの観劇に比べてかなり高め。それだけ20年くらい前を懐かしがっている人が多いのか、と思う。
そのせいか主要キャストが登場すると拍手が巻き起こる。歌舞伎みたいで、僕には違和感だらけだった。
まどか役は吉田日出子で、『カリキュラマシーン』(→2003.11.52004.6.262004.7.14)が大好きな僕は、
それだけで感動したのだった。演出もやっている串田和美が波多野役だが、いかんせん声が出ていなくて痛々しい。
それ以外も昔ながらのキャストでやっているためか、出演者の年齢層が高い。物語の新鮮さという点では痛い。
演じられている間ずっと、物語を演じる適切な年齢と残酷な時間の経過という問題をずっと考えさせられた。

この作品最大の魅力は、なんといっても演者がジャズの生演奏を披露する点にある。
劇場はそのまま上海のジャズクラブへと変化し、観客は70年前のジャズクラブの客にもなるのだ。
『スウィングガールズ』(→2005.8.10)のコンセプトがそのまま舞台で実行されるようなもので(こっちが元祖だが)、
軽快なスウィング・ジャズが演奏されると客席からはウラのリズムでの手拍子が巻き起こる。
いちばん感心したのは休憩明けの演出で、普段着っぽい演者たちが予告もなく舞台に集まり、
ごく自然にセッションを始める。物語はもう始まっているのか、それともまだ始まっていないのか、わからない。
今が2010年なのか昭和初期なのかわからない。昔の公演を観た客なら、さらに1980年代も重なるだろう。
複数の時代が重なり合う時間に触れたことで、時間を自由に行き来できる演劇の凄みを実感して背筋が震えた。

肝心の物語じたいについて言うと、正直、どこがそんなに魅力的なのか僕にはわからなかった。
上海を舞台にすることで夢のような時間のはかなさ、現実の残酷さを描くことは、実に見事に行われていると思う。
でも記録的なロングラン公演をするほど鮮やかな作品にはどうしても思えないのである。
演出についても特にキレているわけではなく、凝ったことはアヘンのシーンだけ(いきなりでかなり戸惑った)。
舞台から客席までの距離で感動が減っていく「演劇クーロンの法則(→2005.12.8)」を考慮したとしても、
つまらないとは決して言わないが、そこまでこの作品を熱狂的に支持する理由が理解できない。

ラストシーンが終わって幕が下り、再び幕が上がると、演者たちは演奏しながら客席経由で外へ飛び出す。
観客たちはまるでハーメルンの笛吹き男に連れられるようにその後に続いて外へと出る。
演者は劇場のロビーで演奏を続け、それを取り囲むように観客たちは集まる。
(ロビーにアップライトピアノが置いてあったのはそういうことだったのか!と妙に感心してしまった。)
やがて吉田日出子がマイクを手に歌い、観客たちは手拍子でそれに答える。
それはついさっきまで舞台の上に存在していた世界でもなければ、僕らの日常生活の世界のどちらでもなかった。
ひとつの行為が終わった後の穏やかな一体感だけが、そこにあった。それはとても心地のいいものだった。
演者と観客という線引きはあくまで残ってはいるのだが、その線引きを忘れてしまうことのできる時間だった。

振り返ってみて思うのは、『上海バンスキング』は虚しさを実にしっかりと描き出した作品であるということと、
だからといってというか、それだけにというか、物語としての魅力はそれほど感じられなかったということと、
ジャズの生演奏に取り込まれることの心地よさ、特に境界線を忘れた最後の時間の心地よさは格別だということと、
その音楽に関わる部分の魅力で『上海バンスキング』という作品が過大評価されている可能性があるということだ。
具体的に言えば、この夜、「よかったねー」なんて言いながら帰る客がいるとすれば、
その「よかったねー」には生演奏のジャズという音楽によってすべてが覆い隠されてしまったような、
取り返しのつかない癒着が感じられてならないのだ。音楽によって、演劇が丸め込まれてしまったという感覚。
物語を演じるということと、演じられる物語の関係性の隙間に、確実に別のものが挟まっている。
純粋な音楽が不純物として混じっている、そのことになんとなく僕は整理のつかない嫌悪感を覚えた。


2010.2.22 (Mon.)

夜中から昼にかけて、テストの問題を一気につくる。
なぜか今回のテストについてはいつも以上にいつまで経ってもやる気が出てこなくて、
それで結局、貴重な週末を浪費するような過ごし方をしていたのだが、さすがに尻に火がついたのだ。
夜中にカーリングの中継を見ながら一番の難関である長文を練る。練りはじめたら意外とスンナリ。運がいい。
英語の会話文があまり悩むことなくスラスラと出てくる。妙に調子がよくって、かえって怖いくらいだ。
チーム青森がんばれと思いつつ寝る。ちょうど前半の第5エンドまで終わったところである。
本当は最後まで見たいのだが、それをやると翌日もたないのでガマンなのだ。切ない。

さて昼になってからは、学校で内容を整理しながらワープロソフトを使って仕上げていく。
まずざっとつくってプリントアウト。それを推敲しながらアイデアが湧いてくるのにまかせて修正していく。
腰が重かったわりにはいい感じの問題がそろった印象がする。そういうもんなのかもしれんなあ、と思う。
100点満点になるように問題数を調整すると、レイアウトを直して完成。

最後は解答用紙づくりである。こちらはExcelでつくっており、前のデータを加工して進めていく。
すでに雛型ができているので、思っていた以上にスムーズにできた。拍子抜けするほどあっさり完成。
油断は大敵なので細心の注意を払って校正するが、特にミスは見つからない。
念のため明日あらためてチェックして、それから印刷することにする。
それにしても妙にスンナリできた。毎回こうだといいのだが。


2010.2.21 (Sun.)

海野凪子/蛇蔵『日本人の知らない日本語』。ずっと前に立ち読みして「これはいい!」と思ったのだが、
ずいぶん長い間買うのを忘れていて、このたびようやく購入したしだいである。

外国人が通う日本語学校を舞台に、女性講師がさまざまな疑問を浴びせられつつ奮闘するというコミックエッセイ。
わかっているつもりの日本語も、客観的な視点からあらためて問い直されると戸惑ってしまうことが多い。
一見なんでもないことの背景には意外な過去があったり、日本人の当たり前が国際的には少数派だったりと、
見た目は軽いタッチのマンガでありながら、これがものすごく勉強になるのである。
比較文化論にとどまらず、もちろん日本語についての考察も要点を衝いてわかりやすく説明がなされる。
そのバランスが非常に秀逸なのだ。登場する外国人学生たちは、さまざまな理由で日本語をマジメに勉強するが、
面白いのはその熱意ゆえに日本人から見るとズレが生じている点で、それがとってもほほえましい。
(彼らが真剣に日本語を勉強していること、またそんな彼らへの敬意が伝わってくるからこそ、共感できる。)
また、僕らはそこまで日本や日本語について考えたことがあったっけと思うと恥ずかしくなる。
そんなマジメでコミカルな学生たちの姿と日本語についての「忘れられた」知識が絶妙に織り交ぜられて、
驚くほど楽しく、あっさりと、日本語を深く知ることができるようになっているのだ。

それにしても思うのは、この手のマンガがしっかりと評価される点がいかにも日本だなあ、ということ。
単に日本語学校を舞台に外国人が奇妙な行動をとるだけのマンガなんて成立しないし、
日本語の深淵をマンガで解説するというだけのコンセプトだったら絶対にここまで売れることはない。
エンタテインメント性を持たせながら比較文化論を混ぜつつ日本語について深く考えるということで、売れた。
やはり知識を豊かにする内容でなければ、ここまでの支持は得られなかったはずなのだ。
なんだかんだでやっぱり、日本人は勉強することが好きなんだなあ、と思う。


2010.2.20 (Sat.)

今日はあまりに天気が良かったので、自転車にまたがって街へと飛び出した。
テスト前ということで、部活の手伝いも何もない自由な身分なのである。久々の自由を満喫する。

で、家に帰ってテレビをつけるとバンクーバーのハイライト。
カーリングは本日イギリス戦だったのだが、これがとんでもない試合だったのだ。
ハイライトを見ているだけでも鳥肌が立ってくるくらいの超絶好ゲームで(おまけに相手スキップが超美人)、
なんでオレはこの神懸かった試合を生で見なかったんだとひたすら後悔するのであった。
快晴の自由な休日を犠牲にしてでも見るべき試合だった。ハイライトじゃ物足りない。最初から最後まで見たい。
カーリングの試合は長丁場だから再放送してくれないんだろうなあ。でも見たいなあ。困ったなあ。


2010.2.19 (Fri.)

沢木耕太郎『深夜特急』。学校図書館の司書さんから推薦図書を紹介するように頼まれて、
しかも「図書館にある本がいい」ってことなので、図書館に行ってみたら真っ先に目について、これでいいやと即決。
それであらためて読み直してみたのだ。きちんと読むのは山手線の中で(→2007.3.27)以来かもしれない。

もともとこの本は、僕が中学校を卒業するときに、父親であるところのcirco氏から薦められたものだ。
卒業文集か何かに親が文章を書くスペースがあり、確か「もうひとつ、外の世界を知ること」というタイトルで、
circo氏はこの本を僕に紹介してくれたのだ。僕の記憶が確かであれば、そのときの文は、
「君にこの本を贈ろう、だが図書館にあるから借りてくるといい」というような感じで、まあ相変わらずなのだが、
大学に入って国立の本屋で箱詰めの文庫本6冊セットを見つけたので迷わず購入して、以来枕元に置いている。
デリーからロンドンまでバスを乗り継いで旅をしたバックパッカーの記録というか手記というかノンフィクションで、
この手の本は数多くあるが、熱狂的なファンが存在する、いわば「バックパッカーのバイブル」とでもいうべき本だ。

あらためて読みはじめたら、とにかくこれがものすごく面白い。ページをめくる手が止まらないのである。
本は、〈私〉がデリーで「沈澱」している場面から始まる。そこからの脱出を冒頭にもってくることで、
ユーラシア大陸をバスで旅する計画に至った過程を鮮やかに文章の中に盛り込んでくる。非常に巧い。
そうして時間軸を戻し、ストップオーバーで立ち寄った香港・マカオを描くのが第1巻(以下、すべて文庫版)。
その後、タイからマレー半島へと寄り道するのが第2巻。カルカッタからインドに入り、ネパールに寄るのが第3巻。
インドを出てアフガニスタンを抜け、イランに入るのが第4巻。トルコとギリシャ・ペロポネソス半島が第5巻。
最後の第6巻でイタリアから南フランスを経てスペイン・ポルトガルへ行き、パリからロンドンへ。
こうやって書いていくだけでも実に壮大な旅である。

実際に旅の記憶を文章に起こしてみるとわかるのだが、旅というものは強弱あるいは濃淡の繰り返しなのだ。
どうしても描写は強い部分、濃い部分に偏る。それは旅を経験した本人にしかわからない。
(正確に言うと、文章にするまではその本人にもわからない。文章に起こしてみて初めて見えてくるものなのだ。)
だから他者の旅の記憶をなぞるという行為は、どこまでその波に共感・シンクロできるかが鍵となるのだ。
その点、『深夜特急』には不思議なシンクロニシティを感じるのだ。それはきっとみんなそうで、
だからこそ、この本は今もバイブルとして存在しうるのだ。この本には、そういう懐の深さがある。
旅に出ることができないから、その代償行為として旅行記を読むというのは、いちばんやってはいけないというか、
最もみっともない、最も虚しいことだと思う(だって、読み終わると旅に出られない自分が強調されるから)。
でも『深夜特急』にはそういった要素を感じない。あくまで他人の経験を他人のものとして見つめられる感覚がある。
強いて言うなら、プライヴェイト(自分の記憶)とパブリック(他人向け)のバランスが絶妙だということだろう。
他者の経験をそれとして受け止めながら、自分の経験と比較できる。読者がそういう態度になれる文章なのだ。
じっくり読んでみて気がつくのは、とにかく〈私〉の価値観がはっきりと文章の中に現れているということだ。
だからどのような行動をとったのか、あるいは起こった事象をどう受け止めたのか、いちいち納得がいく。
読者は読み終えたとき、〈私〉の経験をあくまで他者の経験として冷静に受け止めながら、
今度は自分オリジナルの旅の経験を味わいたい!という前向きな気持ちになることができるのだろう。

この本についてレビューを書くことは、どうしても「旅とは何ぞや」という哲学的な問いと対峙することになってしまう。
とりあえずここでは、僕の中にうっすらとあるその問いに対する答えをベースにしながら書くことにしたい。
旅をするということは、経験を最も容易に可視化する行為のひとつであると僕は考える。
同じ時間を過ごすにしても、空間的な移動を伴う旅は、自己の経験をより濃密にすることができる。
ずっと同じ場所に留まって過ごすことも、自己の経験となる。が、移動する方が人や物との関わりが生じる分、
それだけ濃密な経験をすることができるということだ。旅はそれをひとつの形式に高めたものだと僕は考える。
もともと人生とは時間軸の旅なのだが、そこに空間軸での旅を行うことで、より濃密な経験を得ることができる。
『深夜特急』において描かれているのは空間軸での旅であるのに違いなのだが、それ以上に深く、
時間軸での旅が刻み込まれている。この点こそ、この作品が支持されている最大の理由だ。
旅をした個人にしかわからない時間軸での変化・成長が、この作品には濃密に、でもそれとなく描かれているのだ。
さっき、旅とは強弱・濃淡の繰り返しで、文章に起こさないとそれは見えてこない、ということを書いた。
ふつうの人間には言語化できない、可視化できない旅のもうひとつの部分つまり「時間軸での経験」が、
この作品にはたっぷりと刻み込まれている。そして、読者たちはその部分の価値に無意識に気づいている。
(だから旅を複素数平面にたとえれば、空間面は実数、時間面は虚数と表現できるかもしれない。)
そういったものが端的に現れているのが第5巻の198ページだ。そこでは、旅を人生にたとえ、
旅の生涯というものを考えている。幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期と旅の変化を読み取り、そして、
どのように旅を終わらせるかについて考えをめぐらすようになる。まさに、この部分にこそ本質がある。
世界のさまざまな地域についてレポートするだけの内容なら、人の参考にはなっても感動させることはできない。
読者を〈私〉と一緒に想像力の旅に連れ出し、そこで現実の旅と同じように時間軸での経験を与えてくれる。
(その最大の要因はまちがいなく、上述のように〈私〉の価値観をはっきりとさせていることである。)
『深夜特急』は空間の経験を描きながらも、それだけに留まらないものを僕たちに残してくれる本なのだ。


2010.2.18 (Thu.)

世間はバンクーバー冬季オリンピックで騒がしいのだが、当方はそれほど盛り上がっていなかった。
まあでも上村愛子がメダルを逃してガックリきているのは事実である。勝たせてやりたかったなあ……。

しかしながら! なんといっても個人的に冬季オリンピックの一番の華は! カーリングだ!!
前回のトリノではワカメとともに超がつくほどのバカハマりをしたわけだが(→2006.2.172006.2.21)、
そのカーリングがついに始まったので、それまでの態度とは一変してすっかりニッポン応援モードである。
残念ながら時差の関係で生中継にかじりつくことはできないのだが、ハイライトはしっかりとチェックしている。
そしたら初戦であるアメリカ戦から実にテレビ的に盛り上がる大接戦。4年経っても面白い!

思えばこの4年間は、なんだかんだでチマチマとチーム青森の動向を気にしていた。
映画の『シムソンズ』だってもちろん見に行ったし(→2006.3.5)、東奥日報の特設ページはブックマークしてある。
そうしていよいよ念願のオリンピックの晴れ舞台がスタートしたのだが、あらためてカーリングの面白さを実感中だ。
現在のチーム青森も4年前に劣らない魅力があるし、何より解説の小林さんが相変わらずのキレ具合でうれしい。
(インターネットをチェックしても、小林さんの解説に対する好意的な評価であふれているのがうれしい。)
4年前の勉強が効いてルールがわかっているので、ひとつひとつのショットをどうみるかがなんとなくわかる。
それで小林さんの解説にうなずきつつ、ナイスショットで一緒に興奮しているという典型的な日本人生活である。

それにしても4年前のことを考えると、メディアもはっきりと「カーリングは面白い種目なんですよ」という態度で、
なおかつ今回初めて興味を持った人にも丁寧に説明している態度が目立ってほほえましい。
前回は前回で、みんなで「面白いよ、これ面白いよ!」という新たな発見を共有するような喜びがあったのだが、
「ねえねえ、面白いでしょ? そうだよね、面白いんだよねー」という一段深まった喜びがあるのがいいのだ。
どうかこの盛り上がりがいい方向に続いていってほしいなあと思う。そうじゃなきゃ意味がない。


2010.2.17 (Wed.)

今日からテスト1週間前ということで、早く帰れるのである。
早く帰ったところで別にどうってことはないのだが、どこかへ行って買い物ができるのは大きい。
そんなわけで本日は渋谷に出て買い物をしたのである。ふだんならそんな体力は残っちゃいないが、
時間的余裕が心理的余裕につながって自転車のペダルを軽やかにこぐのであった。

買ったのはサッカー向けのジャージ。こないだの部活の引率で寒い思いをしたので、
もっとあたたかいやつを買ったのである。それも商品入れ替え寸前のものを激安価格で。
定価のだいたい半額で納得のいく買い物ができたので、非常にいい気分である。


2010.2.16 (Tue.)

家に帰って猛烈に物語を摂取したくなった。僕は酒を飲まないかわりに物語を消費するのだ。
こういうときにいちばん強烈なのは、手塚治虫『火の鳥』である。これほど強い威力の物語はほかにない。
そんなわけで、久々に読んだ『火の鳥 太陽編』について、思いのたけをぶちまけることにする。

潤平は(『火の鳥』の中では)それほど評価していないようなのだが、僕には太陽編が最高傑作である。
まあ『火の鳥』はどれをとっても最高傑作にちがいないのだが、特にその中でもテーマといい構成力といい、
ほかにはない常軌を逸したキレ具合を感じるので、僕としては太陽編がベストの存在なのである。
太陽編のテーマは、宗教と権力。人間の生活を規定する宗教を、権力が利用することで悲劇が生まれる、
その点をきわめて直接的に描き出している。あまりにも直接的すぎるという批判もあるかもしれないが、
マンガというメディアでここまで知的にえぐり出した例を僕はほかに知らない。だから最高傑作だと思っている。
物語は狼の顔を持った青年の姿を通して、外来の仏教と日本の土着の宗教(というか自然信仰)の対立を、
壬申の乱を背景としながら描き出す。それと並行して近未来の日本(作中では2009年)も物語の舞台となる。
その日本は宗教によって地上と地下に二分されており、信仰しない者は地下の暗い世界に押し込められる。
地下の側の殺し屋として動く少年が、宗教団体から火の鳥を奪おうとする姿も描かれている。
2つの物語が相互に干渉しながら展開していくのは、非常に読み応えがある。

読めばわかるので内容についてはあれこれ書かない。
とにかくすげえ!と唸らされた点をいくつか挙げるだけに留めておく。
まず主人公の犬上宿禰という名。滋賀県には犬上郡という地域があり、ここが壬申の乱の舞台のひとつとなった。
ここから狼の顔を持った主人公という発想につながったのかもしれないが、狗族の存在へとうまく接続させて、
中央集権化に利用された仏教と対比する。まったく無理なく物語の設定を組み立てている点がすごい。
物語の展開それ自体では、まさかこの太陽編での霊界戦争が異形編につながるとは思っていなかった。
このあまりにも大胆な構成には、初めて読んだときには唸り声が止まらなかった。
キャラクターでも阿倍比羅夫や壹伎韓国といった、とてつもなくかっこいい人物が出てくるのもいい。
正直、物語が始まった当初から変化して、結果粗くなってしまった部分も少なくはないのだが、
果てしなく自らを強めようとする権力が、信仰という善意を利用した瞬間の醜さ、愚かさ、悲しさ、
そういった人間の側面を残酷なまでに確実に描き出すその迫力には圧倒されるしかないのである。
2つの時間軸を大胆に往復するその構成力もあって、最高の作品に仕上がっている。
まあそういうわけで、僕の中ではこの太陽編が『火の鳥』の中ではベスト。


2010.2.15 (Mon.)

僕のパソコンにはBlu-rayのDVDをとっつけているので、それをきちんと活用しないといけないのである。
というわけで、南の島の映像を集めたBlu-rayのソフトを買ったので、それをだらっと見てみる。
言葉はまったく入らず、ただ延々と音楽と映像が流れるだけ。番組放送終了後のテレビのような感じだ。
しかしそういう内容が好きな僕には、かなりうれしい「ヒット」なソフトだった。
今後も疲れているときなど、のんびり見て癒されることにしよう。


2010.2.14 (Sun.)

本日は代理で部活の引率。わざわざ遠くの場所まで電車で出かけての遠征なのである。
生徒たちのここ一番での精神的な弱さはいまだに健在で、勝てる試合をコロコロ本当によく落とすのである。
またその弱さを自覚していながら、やっぱりどうにもできないでいるのがまたタチが悪い。
でもまあ、結果だけ見ればみんなそれなりにがんばったかなあといったところである。
ただ、照れ隠しなのか単純にひねくれているのか、斜に構えた態度のヤツが多いので素直に褒められない。
もっともそれはまあお互い様かな、という気がしないでもない。難しいものである。


2010.2.13 (Sat.)

天気も悪かったし一日中引きこもり。まあたまにはそんな日もあった方がいいんじゃないっすか。


2010.2.12 (Fri.)

来年度に入学する生徒の保護者ための説明会が夜にあって、その受付をやる。
ウチの学校はかなり規模が小さくっていろいろ困っているのだが(特に今年度は本当に困った)、
説明会の参加者は当初の予想をはるかに上回る盛況ぶりとなったのであった。
というわけで、どうやら来年度の入学者数はなかなかのものになりそうである。

説明会が終わって、一緒に受付の仕事をした先生から寿司をごっつぉになったよ。
ただでさえ緊張するし食い慣れない寿司だしということで、ずっとカチンコチンなのであった。
成長せんなあオレ。


2010.2.11 (Thu.)

部活の面倒見て家に帰ってスカパラのDVDを見る。
『15TH ANNIVERSARY LIVE SINCE DEBUT 2004.10.22 代々木第一体育館』である。
スカパラのライヴDVDは見ているこっちもテンションの上がるものが多いので、期待して再生。

ほかの作品に比べると、気のせいか、妙に画質が粗いような印象を受ける。
しかし音質は変わらない。見事な演奏が次々繰り広げられ、やはりいいなあと思うのであった。
それにしても、アルトサックスの冷牟田がずっと椅子に座りっぱなしなのが切ない。
彼は15年ほど前に事故に遭って足の調子が悪く、療養のためにスカパラを脱退したのだ(→2008.7.18)。
そんなに具合が悪かったのかと、そのことばかりが気になってしょうがなかった。

というわけで、映像として見ると気が散ってしまってなかなか集中できなかったのだが、
純粋に演奏されている曲だけを聴いてみると、やはりクオリティが高い。昔の曲もあって大変よろしい。


2010.2.10 (Wed.)

突然ですが、この日記は「無知を隠さない」をコンセプトにやっております。
この日記をつけることで新たに知ったことが実となっていく、そういう姿勢でやっております。


2010.2.9 (Tue.)

本日は遠足である。下準備についてはすでに先月の日記で書いている(→2010.1.72010.1.232010.1.24)。
天気予報はいい方にはずれ、暑いくらいの陽気なのであった。特に大きなトラブルもなく無事終了。
当初は退屈きわまりない展開を想像していた生徒たちも、実際にやってみたらけっこう楽しかったようで、
歩き疲れたという感想はワンサカ出てきたものの、不平不満は特になかったのであった。よかったよかった。

夜にはお疲れ様会である。先生方はやはり皆さんあちこち旅行で訪れているようで、貴重な話が聞けた。
高校生のとき日本に返還される前の沖縄に行ったという話や、光州事件の頃に韓国に行った話など、
僕には「歴史」となってしまっている事象を生で体験した話があれこれ聞けて、衝撃的だった。
軍事力が目に見える形で自分のすぐ近くに存在しているのを実感したことは、僕にはまだない。
冷戦が終わってそういう力は目に見えない細かさに拡散してテロという形で顕在化するようになっているが、
やはりそれはニュースの画面を通してのことでしかない。そんなことを考えさせられる夜だった。


2010.2.8 (Mon.)

スーパーボウルの中継を見る。といっても最初からぜんぶ見ることができたわけではなく、
今年は気づいたら寝ていたという有様で、最後のところだけちょこっと見た感じである。
対戦したのはコルツとセインツ。コルツは僕が大学に入ってNFLに興味を持ちはじめた頃、
ルーキーだったペイトン=マニングがQB。もはやだいぶ髪が薄くなっており、愕然とするのであった。
(髪の毛の量が少ないQBはスーパーボウルで勝てない、というジンクスがあるのだ……。)
対するセインツはこれまた僕がNFLに興味を持ちはじめた頃にはかなりの弱小チームで、
スーパーボウルに出てくるまでになるとは思っていなかったので、なんだか新鮮な印象である。

試合はどうやらわりと競った展開だったのが、第4Qに入って大きくセインツ有利に傾いたようで、
残り時間3分ぐらいのところでセインツ守備陣がリターンTDを決めて勝負あり。
その後のコルツのギャンブルが止められると、時間が殺されて試合終了。
あと何秒か残っているのにお祭り騒ぎが始まりだすのはアメフト特有の光景で、久しぶりだなあと思いつつ見る。

しかし最近はNFLをぜんぜんチェックできていない。一時期、日本でも多少の盛り上がりがあったのだが、
ここのところヨーロッパサッカーの隆盛に押されてか、いまひとつ存在感が薄くなってしまっている。
NFLは予算の配分に気をつかっているので、弱いチームも賢くマネジメントすればすぐに再建できる。
そういう部分はサッカーに最も欠けている部分で、ぜひともクローズアップして人気につなげてほしいと思う。


2010.2.7 (Sun.)

リョーシさんが上京するというので、集まれるメンツで集まるのであった。
僕は午前中に部活の手伝いがあったので、午後からの参戦だ。急いで電車に乗って葛西臨海公園を目指す。
というのも、今回リョーシさんが行ってみたいところとして挙げたのが、葛西臨海水族園だからだ。
僕としても、気になる施設である。東京駅の京葉線ホームに続く地獄の通路を全速力で駆け抜けるのであった。

葛西臨海公園駅の改札を抜けて、リョーシさんに電話。すると、すでにもう半分くらい見てしまったとのこと。
こっちはこっちで猛烈に腹が減ってきたので、あーもーいいや!と半ばヤケになってメシを優先することを宣言。
それでも海の方に妙な建物があって非常に気になったので、ちょろっと立ち寄ってみた。

 
L: 展望レストハウス・クリスタルビュー。全身ガラス張りにスロープというシンプルさ。
R: 中から眺めた東京湾。西なぎさには橋を渡って歩いていける。行っても何もないが。

その後、駅の方に戻って日高屋のラーメンを食い、ニューデイズでマンガを立ち読む。
メシとマンガのためだけに葛西臨海公園まで来たんかオレ、という気分になるが、まあしょうがない。

やがてリョーシさんとニシマッキーがやってきた。マサルは水族園の売店で買い物中にはぐれたらしい。
しかしすぐに連絡が入り、駅の改札前で無事にマサルとも合流できたのであった。
マサルはウツボのぬいぐるみを買っていたのだが、こいつの腹を押すと「パープー」と音が鳴る。
この音がすべてのやる気をそぐというか、おそらく歴史上最も人間を脱力させる音と言っても過言ではなく、
マサルはやたらめったらパープーと音を鳴らしてわれわれの腰を砕けさせるのであった。
(そしてマサルは水族園に入らなかった僕のために、アナゴ型のボールペンをお土産にくれたよ。)

 
L: ウツボのぬいぐるみを右手に装着してミギー状態で喜ぶマサル。そして『寄生獣』とはかけ離れた音を出す。
R: 電車に乗っている間もこんな具合に吊り革をつかんで喜んでいるのであった。パープー。

「僕、会社で使うパソコンを買わないといけないんよ」とマサルが言い出したので、みんなで秋葉原へ。
マサルには実は、秋葉原の着せ替えメイドカフェに行く、という密かな野望があったようなのだが、
ほかの3人にしてみればそんなものに興味はないので、過半数の賛成が得られずそれはあっさりと否決。

秋葉原に着くとまずは中古のゲームを扱う専門店へ。地理に弱いマサルはともかく、
メンツの中で最も秋葉原を歩きなれているのが自分であるという事実にちょっとへこみつつ道案内。
で、店内ではみんなで懐かしのゲームをあれこれ見てまわる。僕は中古ゲームミュージックCDに夢中。
ちょっといいCDは当然のごとく原価の倍以上の値段がついてしまっているのである。金持ちになりたい。

腹が減ったのでおやつにしようと、みんなで屋台のケバブをかじって一休み。
僕は初めて食べたのだが、確かにしっかり肉を食ってるぜ!という感覚が手軽に味わえるのがうれしい。
しかし秋葉原は多国籍な活気にあふれていて、純粋に社会学的に面白い街だと思う。

いよいよ本題、マサルのパソコン購入ショーである。
マサルが熱心に店員にあれこれ聞いている間、われわれは店内のパソコンをあれこれ見てまわるが、
すぐに飽きてしまって三者三様にポケーッとして過ごす。いやー、やることなかったですなー。
マサルの購入手続きが済むのを待っているのも時間のムダだとようやく気がついたわれわれ、
先にどこか居酒屋に入ってしまうことにした。マサルを店に置いて暗くなってきた秋葉原を横断してヨドバシへ。
昼間に水族園に行ったリョーシさんとニシマッキーは魚が食いたくてたまらないらしく、海鮮系の居酒屋に入る。

30分ほどして手続きを終えたマサルも無事に合流し、あとはいつものくだらないトーク。
『ヒントでピント』を自力でやってみたいという話から、びゅく仙の鉄分がだいぶ濃くなっているという吊るし上げ、
みんなで旅行に行きたいねーという話、『ランク王国』はまだやってんのかなど、次々と話題がすっ飛ぶのであった。
まあそんなわけで、酒の席での無責任なトークをリョーシさんは楽しんでいただけましたでしょうか。
旅行がベストなんだろうけど、どうにか定期的に顔を合わせたいもんでございますな。


2010.2.6 (Sat.)

生まれつき運動神経のいい人にはまったく関係がない話なんだろうけど、僕はそうでないので、
そのような視点から今までの人生を通して運動神経について考えてきたことを書き出してみる。

客観的にみればどうなのかはわからないが、個人的な感覚としては、
僕の運動神経は小学生のときには最悪で、中学に入って大いに改善して、高校時代にはわりといい方になった、
と思っている(「信じている」と書いた方が的確なのかもしれないが、まあとりあえずそう考えている)。
その理由は簡単で、成長するにつれて体の動かし方を頭で理解できるようになったからである。
つまり、どのように体を動かすと好ましい結果が得られるかが、頭でわかるようになってきたということだ。

困ったことに僕は何ごとにおいてもそうで、すべてのことは頭でまず想像しないと何もできない。
頭の中で「このようにコントロールしよう」と結論が出て、はじめて行動に移ることができる。
だから頭で納得できるまでの期間はまるっきりの役立たず状態が続くことになる。
しかしいったん「こうすればいい」という方法論が確立されると、かなりいい結果が得られるようになるのだ。
小学生のときにはその加減がまったくわからなかった。長距離走と水泳だけは体力まかせで得意だったが、
短距離走と球技はまるでお話にならず、ドッジボールはよけまくるけどボールが取れない子だった。
(かといって別に体を動かすのが嫌いなわけではなかった。体育の授業じたいはかなり好きだった。)
やがて中学生になると、少しずつだが運動神経が改善していった。まず、走るのが速くなった。
これは単純に、生まれて15年近く経ってようやく自分の体に慣れてきたという感覚である。
もっとも小さい子どもは自分の体を思うように動かせないことにイラつくことがあるそうなので、
その状態からようやく脱却できてきたということかもしれない。ずいぶんと長いお子様期間である。
とはいえ球技に対する運動神経はまだまだで、授業のバスケットボールでは「読み」だけを武器にして、
運動神経自慢の同級生相手にねちっこい守備をしてかなりイヤがられていたのであった。
で、ボールを奪うとすぐに味方にパス。攻めるときには半分よりちょっと前までで止まっておいて、
カウンターが来たらそのままファーストディフェンダーになって相手の攻撃をディレイさせていた。
(高校時代のバスケの授業はわれながらキレキレで、インターセプトの鬼と化していたのだよホントに。)
サッカーでもボランチの位置から体力まかせで走りまわって相手のパスコースをつぶしてばかりいたなあ。
まあそうやって、ボールの上手い扱いができないので、頭と体力を使ってやりくりをしていた。

さて今年度になって現役の中学生の皆さんに混じってサッカーをやってみたら、
意外とボールを思いどおりにコントロールできるようになっていたのである(その分、体力はしっかり落ちたが)。
スパイクの性能もあるのだけど、とりあえず頭で考えたとおりに体を動かすと、そのとおりにボールが飛ぶ。
これには感動した。歳を重ねて体の動かし方についてしっかりと思考訓練をした結果、
それなりに体をうまく動かせるようになっていたのである。頭での理解がより進んだ感じがするのだ。
野球部に混じってノックを受けてみても、きちんと想像したとおりにこなすことができた。
長年の運動不足により全盛期に比べて基本的な運動能力が大幅に落ちているという問題点はあるが、
少なくとも連中と同年代だった時期、つまり中学生のときよりは確実に上手く動けている自分がいる。
結論。運動神経は、改善できる。地道に体の動かし方を訓練していけば、ある程度困らないレベルには到達する。

うらやましいのは、僕みたいに時間をかけて頭で理解しなくても、反射神経でなんとかなっちゃう人たちである。
本能的に体の上手い動かし方がわかっていて、時には頭で想像した以上のことをこなしてみせる人たちだ。
これはもう、持って生まれたものなのでどうしょうもない。ただ、僕みたいな鈍くてしょうがない人間は、
この絶望的に大きな差を埋めるための努力の方向性をしっかりと認識して、積み重ねていかなくてはいけないのだ。
とりあえずは反復練習で体の上手い動かし方を脳みそにレコーディングし、想像力をめいっぱい働かせてプレーする。
イメージトレーニングというのは本当に重要だと思う。体を動かすヴァリエーションのイメージトレーニング。
来年度からはまたサッカー部の練習が本格化するから、自己の身体への理解をもっと深めて、
もっともっと上手く動ける自分になりたいと思う。あとは純粋な体の性能を早く元に戻さなきゃね。


2010.2.5 (Fri.)

CAPCOMの通販サイトを見ていたらロックマン関連の気になるアルバムを売っていたので買ってみた。
『CHIPTUNED ROCKMAN』というタイトルで、中身はすべてチップチューンの楽曲ばかりである。
最近はすっかりアンテナが貧弱になってしまっているので、そういう世界があるなんて知らなかった。
でもよく考えてみれば、今の世の中、そういう趣味人がいてもまったくはおかしくないのである。
で、そのチップチューンとはつまり、「ファミコンの音源(PSG×3+ノイズ1音)で音楽を鳴らすこと」である。
かつてファミコンのピコピコした音楽に魅せられた人たちがしのぎを削っている世界があるということだ。

当然、ロックマンはもともとファミコンのゲームなので、ロックマンのアレンジをファミコンの音源で鳴らすというのは、
かなり倒錯した状況となる。反訳(外国語への翻訳をさらに元の言語に翻訳し戻すこと)のようなものかもしれない。
僕がゲームミュージックにバカハマりしていた時代は、主流がFM音源からPCM音源に移行しつつある時期で、
限定された技術で制作サイドが聴かせる反面、聴き手が想像力で補完する要素がまだまだ少なからずあった。
その橋渡しの役割を果たしていたのが、CDに収録されたアレンジヴァージョンということになる(→2007.2.24)。
しかしその後、ゲームミュージックは一気に、一般の音楽との垣根を解消していく方向へと動いていく。
(最大の要因は、家庭用ゲームがROMではなくディスクで流通するようになったこと(つまりPlay Stationの普及)。
 これで音楽がリアルタイムに電気的に鳴らすものではなく、録音されているデータを再生するものとなったのだ。)
ところがファミコン世代にとっては、ファミコンに搭載されていたPSG音源は十分に魅力的な楽器であり続けている。
それでチップチューンという価値観が生まれたことは容易に想像がつくし、また納得がいく。

余談だが、僕は熱海ロマンの『ドラゴン、ソケットを買いに行くの巻』は、ファミコンの音源で制作するつもりでいた。
そのためにファミリーベーシックを中古で購入したのだが、外部の媒体にデータのセーブができないことが発覚し、
結局あっさりとあきらめた過去がある。アナログなMTRでレコーディングするのも大きな障害だったし。
そんなこともあって、チップチューンの発想は僕にとってはとても身近なものなのである。

さて、いい加減に本題に入る。『CHIPTUNED ROCKMAN』についてのレビューである。
僕が今まで慣れ親しんできたアレンジヴァージョンの発想としては、構成は原曲に忠実にしておいて、
実際の楽器で演奏するということのメリットを前面に押し出していくというのが定石だった。
(とはいっても実際には、シンセサイザーによる打ち込みでの処理が多かったが。)
しかしチップチューンではそのような前提じたいが存在しなくなる。
そのため必然的に、曲の再構成がより強烈になっていて、これが思っていたよりも面白い。
むしろ既存の音楽にある多種多様なリズムを活用し、ファミコンの音源というステージで再現しているように感じる。
もともとロックマンシリーズの音楽がファミコンの中では極めてレベルが高いこともあり、
どこまで原曲をリスペクトしながら新しいリズムを刻んでいけるかの勝負になっていると思うのである。
変に音色を操作したり複数の曲のいいとこ取りをしたりするよりも、原曲の匂いをしっかり残しながら、
容量不足で原曲から削られたであろう部分を勝手に想像して足している曲の方が聴ける曲が多い。
だから逆に、音色が原曲に近い分だけ、従来の生音アレンジよりもかえって完成度が高まるという可能性は、
十分にあるわけなのだ。もっともその反面、聴き手による好みの差も大きく分かれそうなところもある。
まあとにかく全体を通して凝ったリズムの嵐となっていて、純粋にそれだけでも楽しむことができる。
個人的な好みとしては、もっとロックマン1~3の曲のアレンジを聴いてみたかったのだが、
どうせ僕は原曲至上主義なので、そうなるとそれはそれであまり満足しないだろうって気もする。

制約から抜け出したと思ったら、再び制約のある世界に戻ってその制約を楽しむ。
人間ってのはキリのない生き物である。これもまた、「罰がなければ、逃げるたのしみもない」ということか。


2010.2.4 (Thu.)

本日はALTの本年度最後の授業。内容は、助動詞canについてである。
毎回ALTの先生の授業には(自分も授業を進める立場ながら)感心してしまうのだが、
今回も「いやー、すげえ」と心の中でつぶやきっぱなしなのであった。

生徒の知っている単語を提示してウォーミングアップ。あったまってきたところで文法事項を紹介する。
ぜんぶ英語で説明されても生徒はなんとなくわかってしまう。戸惑うことなどほとんどない。
まあこれは日本語をしゃべれる人が英語で説明する場合にはどうしても受け手に甘えが発生するわけで、
英語を英語で理解しようとする心情は思うように刺激できるものではないという事実もあるのだが、
それにしても生徒はよく食らいついている。食らいつかせる求心力があるんだよな、と毎回思う。
その後は実際にインタヴューでそれぞれ英語を使ってみる。案の定男女で固まりだすので、
僕はひたすら「男どうし女どうしで固まってんじゃねー」と言うのであった。
今年度はこれで最後ということもあってか、ALTは景品として母国カナダのピンバッジなどを用意。
これをめぐっての争奪戦はなかりすさまじく、呆れるよりほかにないのであった。まあでもいい思い出だよな。

怒涛のような4時間が終わり、給食を食べて、ALTは学校をあとにするのであった。
いやー、すばらしいALTと組めて幸せだった。来年度もぜひ勉強させてもらいつつこっちもがんばりたい。


2010.2.3 (Wed.)

世間では貴乃花親方が立候補した相撲協会理事選と小沢一郎の政治資金問題で大騒ぎなのである。
当然、メディアは2つの件を別個のものとして扱っているし、事実別個の件ではあるのだが、
僕にはどっちも同じ根っこを持っている問題にしか思えないのである。
つまり、この2つの問題はどちらも、今なお日本に残る家父長制度が事態を悪化させているのだ。

相撲協会の方については家父長制度がどうのこうのとあれこれ述べるまでもないだろう。
相撲部屋だけでも家父長制度の最たるもので、それがさらに「一門」という集団を形成している。
そういった組織の意思が個人の意思を統率することによって物事が動いていくという仕組み。
こういう権力関係というのは既得権益をバランスよく配分することにかけては非常に性能がいい。
配分する利権が安定的に供給されている静的な状況であるならば、実によくできた制度である。
しかしながら得られる利益の総体が目減りしている状況に転じてしまった場合には、
その状況を改善しようと動くことがなかなかできない。動くということはバランスを欠く瞬間を生む。
その瞬間を許すことができないのである。よって全エネルギーをバランス配分に注ぎ込み続けてしまう。
総論賛成各論反対のまま、時間だけが過ぎていき、利益の総体はさらに減っていく……。

小沢一郎についてはその選挙戦術からして完全に家父長制度である。
資金と方法論が“オヤジ”から与えられるから、それを踏み外さないようにすればいい。
当選した後もそれは同じで、結局オヤジの言うことを聞いていればいい。
で、そのうちに代替わりして新しいオヤジが生まれるが、やることは次の世代もまったく変わらない。
最終的にはオリジナルのないコピーが代々地盤を継承していく構図へと落ち着く。
「襲名」とはそういうことなのだろう、と思わせる要素が田中角栄と小沢一郎の間にはすでにある。
人間つまり個人自身よりも偉い社会的な制度を生み出し、それに従わせることでうまくやるシステム。
すべての変革や創造は時間を経て制度へと帰する。そこには進化もなければ終末もない。
きわめて静的な世界だけが残る。それはオトナな態度である反面、あまりにも鈍感すぎる状況でもある。

僕は家父長制度を、日本人が最終的に克服しなければならない本質的な問題と捉えている。
世界各国、さまざまなお国柄があって中国や韓国やアメリカやロシアやヨーロッパに辟易しているんだけど、
日本の抱えているいちばん困ったお国柄は、間違いなくこの家父長制度である。
どんなものでも静的な連続状態へと押し込めてしまうこの強力な国民性を、発展的に解消しないといけない。

そういう意味では昨年の政権交代劇は、第二次世界大戦の敗戦に匹敵するターニングポイントだった。
大和朝廷の成立、鎌倉幕府軍事政権の成立(御恩と奉公)、明治維新(天皇制という近代の流入)、
実はやっていることがまったく変わっていない。すべて、家父長制度の存続という構図の範疇なのだ。
最大のチャンスだったGHQの統治も、天皇制の存続で家父長制度は継続するという決定がなされた。
これは単純に、マッカーサーによって家父長制度からの卒業がまだ早いと認識されたのだろうと思う。
1945年から地道に民主主義の訓練をして、将来的には家父長制度を脱却してみせなさいよ、と。
それでも懲りずに日本人は左右の社会党の統一を契機に自民党という家父長組織を形成してきたが、
このたびどうにかやっとこさ民主主義らしいことをやってのけたわけである。
(もっとも、勝ったのは家父長制度の権化である小沢一郎の選挙戦略がヒットしたらなのだが……。うーん。)

どうせ革命なんて失敗するものだし、青いガキンチョがオトナに勝てるわけなんてないのだ。
ガキンチョにできることは、息も絶え絶えのジジイの息の根をどうにかムリヤリ止めて、
少しは若くて話のわかるオヤジに代替わりさせることぐらいなのだ。
でも、それすらできなくなることは絶対に避けなければならない。今はちょうど、その臨界点にあると思うのだ。

ここからは蛇足。上記の内容からわかるように、僕自身は天皇制というものについていい感情を持っていない。
理由は日本人を甘やかせるシステム、家父長制度の象徴だからだ。日本人はこいつから卒業しないといけない。
(僕が実際に皇室の皆さんや天皇制バンザイな人々を目にした一般参賀のときのログはこちら。→2009.1.2
ただし、皇室じたいについては僕はどちらかというと「ファン」という立場にある。だって彼ら、がんばっているから。
これ以上同じ人間である皇室の皆さんひとりひとりによけいな負担をかけないためにも、
どうにか天皇制を卒業できるようにしようじゃん、と思う。軽く見積もってあと1000年くらいはかかるだろうけど。
要するに僕の立場は、社会がオトナである現状から、個人がオトナを目指す状況へと成長しようぜ、ということ。
それは逆説的に、成長する自分・個人、コドモの余地を残す自分・個人を積極的に肯定する態度を指す。
個人が自分がまだまだコドモであることを自覚することから、相対的なオトナの要素が取り出せるようになる。
そのオトナの要素を面白おかしく使い分けていける社会こそが、本当に成熟した社会じゃないかと思う。
(だから今の社会におけるオトナ=社会人というのは、僕の感覚からするとひどく柔軟性がないように思える。)
たぶん読んでも何がなんだかさっぱりという人ばっかりだろう(精神的にガキな人間の言い訳に映るだろう)。
運がよければあと10000年くらいでわかってもらえるだろう。


2010.2.2 (Tue.)

夜が明けたらそこは銀世界なのであった。今年の冬はやたら寒くってたまらなかったが、
こうして雪が降ってようやくそれが可視化されて、やっと納得がいったという気分になるのだった。
とはいえ出勤に自転車が使えなくなるし、電車だってまともに動く保証はなくなるし、ありがたくはない。
ほほえましいとは思うのだが、それはそれとして困るぜ、という気持ちもある。オトナである。

「罰がなければ、逃げるたのしみもない」とは、安部公房が『砂の女』の冒頭で書いた言葉だ。
雪が降らないと、冬の寒さも味気ない。……ちょっと違うか。


2010.2.1 (Mon.)

私屋カヲル『こどものじかん』。マサルが僕に「推薦図書」として薦めてきたので読んでみた。

感想は一言で済む。「怖い!!!!!」
このマンガは新任の担任に教え子の小学生が猛烈にアタックを仕掛けてくるという内容なのだが、
現実にそんなふうに迫られたとしたら迷惑でしかない。ただ迷惑なうえに周囲に誤解が広がることを考えると、
これはもう、「怖い!」の一言しかないのである。絶対にこんなシチュエーションにはなりたくない。
そもそも生徒と教師の関係というのは、一対一ではなく多対一なのである(家庭教師は別ね)。
だから生徒どうしのヨコの関係性・影響力というものを、つねに頭の中に置いて動かなくてはならないのだ。
一本の糸を引っぱれば、必ずそれにつられて動く部分がある。そのパワーバランスを考慮しないことはありえない。
ヒロインの「りん」が青木先生に仕掛けてくる行動は、まったくパワーバランスを意識していないものだ。
それをいちいち拾って波風立たないようにやっていくなんて……そんなの絶対無理! 神経もたない!
そういうわけで、このマンガは僕にとっては怪談でしかない。薦めてくれたマサルは残念でした。

……だからって別に、パワーバランスを考えて迫ってくるんなら歓迎!とか、そう言いたいわけではない。ホントだってば!


diary 2010.1.

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