diary 2008.1.

diary 2008.2.


2008.1.31 (Thu.)

本日より、英語の勉強が新たな段階に入った。
次から次へとカリキュラムを用意してくれるおかげで、一向に「慣れる」ヒマがない。
つまりマンネリに陥ることがない。つねに新しいことに順応させられて、充実している反面すごく疲れる。

それにしても、英語を教える合間のちょっとした時間にネイティヴが日本語を勉強しているの見ると、こっちも燃えてくる。
もちろん生徒のほうにも勉強するぞ!という雰囲気が強く漂っていて、教室全体が完全に1つのベクトルを向いている。
そういう環境にいることだけでもプラスになるような気がする。負けないようにがんばらねばいかんね。


2008.1.30 (Wed.)

この日はプロバイダの都合でネットがつなげなくって右往左往した。
というのも、この週末に旅に出ようか悩んでいて、ネットがつなげないと情報収集がまったくできなくなるので。
天気はどうなんだ。行き先はどこにすべきか。スケジュールにムリはないか。交通・宿泊の予約は取れそうなのか。
これらすべての調整が何ひとつできなくなるのだ。いつもの行動がいかに便利さに支えられていたのかを実感する。
とりあえず地図帳を眺めながら行き先の候補をしぼっていく。あと経済的な面も予想を立てていく。
ネットだと具体的なプランを立てることと面白そうな場所についての知識を得ることが同時にできるが、それができない。
昔はみんなこうだったんだ、と思いつつ、テキトーなところで切り上げて寝る。


2008.1.29 (Tue.)

昨年、ロックマンが20周年ということで(→2007.11.18)、それを記念してアレンジヴァージョンのCDが発売された。
まあ、当然のごとく買うわけである。CDは「Rock Arrange Ver.」と「Techno Arrange Ver.」の2種類である。
それぞれについて思ったことを書いてみることにしよう。

まずは「Techno Arrange Ver.」から。ふつうにトランスである。以上。
もうこれで感想が終わってしまうくらいに、完全に予想どおりのデキなのである。
トランスのアレンジ技術を持っている人が原曲をそのままトランスに落とし込んだ、ホントにそれだけの曲ばかりだ。
心なしかロックマン2からの選曲が多いので、アレンジャーは多少はこだわりを持っている人だとは思うのだが、
そのこだわりがトランスという方法論にとどまらないレベルでは発揮されておらず、物足りなさにつながっている。
でも、ロックマン5のスターマンのアレンジは、原曲の持っている雰囲気とうまくマッチしている点は評価しておきたい。

対する「Rock Arrange Ver.」は、これまたふつうにエレキギターでメロディを弾いたつくりである。
が、コンピューターの原曲を人間がまったく別の音で演奏するせいなのか、こちらのほうがアレンジに面白みがある。
逆説的に、ロックマンのBGMはどれもそのままで十分美しく聴き応えがあるということがしっかりわかるわけだ。
だからロックマンのメロディの絶対性を純粋に楽しむことになるという点で、僕はこちらのCDのほうが好きだ。
特に良かったのはロックマン3のシャドーマンのアレンジ。原曲の、ファミコンにしてはかなり前衛的な部分を
うまくロックという枠でまとめている。キーボード主体のサビと、メリハリをつけた構成も良い。
そして何より感動したのはボス・メドレー中のロックマン3部分。僕はロックマン3のボスを「おどろおどろしい曲」と思っていた。
しかしアレンジでは、緊張感たっぷりの文句のつけようのない仕上がりに生まれ変わっている。原曲を完璧に消化している。
「ああなるほど、本来はこうなるはずだったんだ!」そう思わせるデキなのだ。アレンジとしてこれ以上の褒め言葉はあるまい。
まあその一方では、ロックマン3ではボスを倒して武器を装備する曲も収録されていて、
ロックマン3は実はロック向きのBGMが揃っていたんだなあ、とも思うのであった。

名曲中の名曲として知られるロックマン2のワイリー1・2面BGMは、さすがにどちらのCDにも収録されている。
この曲はもう、メロディがアンタッチャブルな領域にいってしまっているので、どうアレンジしようと100点はつけられないと思う。
それにしても、このロックマンアレンジ祭りはそれ自体が楽しい。定期的にジャンル不問でいろんな曲をアレンジしてほしい。
また、自分ならどうするか考えるのも楽しい。畏れ多くてロックマン2には手がつけられないと思う。となるとロックマン3だ。
ベースをバリバリ効かせてワイリー1・2面を原曲に忠実にいくか、それともハードマン、タップマン、ジェミニマンあたりでいくか。
もちろんニードルマンも捨てがたい。実に困った。オレはどんだけロックマン原理主義者なんだよ、って話である。


2008.1.28 (Mon.)

世間ではPerfumeに対する注目がずいぶんと集まってきている。
日記に書いてきたが、僕はcapsule(正確にいうと『FRUITS CLiPPER』以降)を支持している(→2006.9.62007.5.28)。
そんなわけでこのたび、中田ヤスタカがプロデュースしているPerfumeもチェックしてみたのだ。
それで思ったことを正直に書いてみたいと思う。

ところで僕がPerfumeを初めて目にしたのは、忘れもしない、去年のM-1グランプリの予選の日(→2007.9.9)のことだ。
渋谷のカラオケ屋で練習を繰り返していた僕らは、休憩の間、何をするということもなくディスプレイ画面を見つめていた。
そしたらアイドルというにはちと歳のいってる、微妙な位置にいるっぽい3人組が関根麻里のインタビューを受けていた。
当然のように、マサルとはなんとなく「この中のどれが一番マシ?」なんて会話を交わすわけだが、どうにも困る。
どれも僕にはチェンジアップで、バットを振ったら内野ゴロ、おあつらえむきのゲッツーコースなのがミエミエなのだ。
結局そのときは、首を傾げつつショートカットを「ショートカットだから」という理由で苦し紛れに選んだ気がする。
そしたらプロデュースしてるのがcapsuleの中田ヤスタカというんで驚いたのであった。

さていざシングル『ポリリズム』を借りてきて聴いてみると、まあそこまで騒ぐほどのものではない、といった感じである。
メロディははっきり言って魅力的ではないし、インスト畑出身の自分には、ヒロイン3人を立てないといけない分だけ、
ヴォーカルのつぶし方が中途半端に感じられる(YMOの『ビハインド・ザ・マスク』に慣れきっているせいかもしれないけど)。
とにかく、ファンが熱狂する理由がまったくつかめないのだ。インストに非常に近い位置にありながら、インストではない。
そういう存在に対する評価軸を持っていないのは確かなのだが、やはり僕には理解ができない。

それでもワカメはPerfumeをブログで猛プッシュしていて、僕は日ごろからワカメの選球眼には敬意を抱いているわけで、
今度はベスト盤を借りてきて聴いてみた。でも感想はほぼ同じ。『FRUITS CLiPPER』の続きという印象の曲が多く、
capsuleのオマケって感じで楽しめはした。でもそれ以上の何か、要するにPerfumeならではの魅力は僕には届かなかった。
ただ、『エレクトロ・ワールド』のデキは頭ひとつ抜けていて、これは素直にすばらしい曲だと思っている。
でもその理由は「ベースがステキ」というのが大部分なのである。3人のパフォーマンスに特別やられたということはないのだ。
PVも見た。でもやっぱり、わからないのである。

結論としては、僕はPerfumeについては是々非々というか、特別に支持をする気にはなれない。
たっぷりと下積みを経験した人たちが注目を浴びるのは好ましいことだ。でもそれを理由にゲタを履かせる気はない。
t.A.T.u.のときには「(偉いのは)むしろトレヴァー=ホーンだろ」と思っていたわけだけど(→2003.3.27)、それと同じ感じだ。
capsuleでもっとインストに近い攻撃的な曲を聴いているほうがいいや、というのが僕の正直な気持ちである。

ワカメのブログではPerfumeの3人が表現する世界観、またその表現する力についての賛辞が目立つ。
よく考えてみると、僕はそもそも音楽というものを「1曲1曲パッケージされた世界」として捉えたことがないのに気がついた。
僕は音楽を、単純に「感情」だと思っている。喜怒哀楽、あるいはそれ以外の、また複数がブレンドされた、感情。
心の奥の衝動が叫びになり(叫びは人間の声だけとは限らない。楽器を経ることもある)、音が紡がれる(→2007.2.26)。
(実際に僕はiPodの中に、喜怒哀楽で選んだプレイリストをつくっている。そのときの気分でシャッフル再生するのだ。)
僕にとって音楽は物質になる前、原子だ。いろんな音楽が集まり分子ができ、聴き手の生活の中で物質となる。
そういう捉え方をしているのだ。だから1曲を「世界」と捉える視点が存在していないのである。
曲が自分の感情の波長にフィットしたとき、いいな、と単純に思うだけなのだ。言い換えると、
僕にとっての音楽とは時間軸の周りを泳いでいる線で、その波形が感情の波形と重なれば好みになるわけだ。
まあそういう人間には、Perfumeの描く世界観は理解できなくて当然なのかもしれない。
3次元の立体が2次元では面積の変化する平面になり、1次元では長さの変化する直線としか把握されないのと同じだ。
そんなわけで残念ながら僕にはPerfumeが理解できませんでした。まあ、みっともなくズルく勝ち馬に乗るよりはいいでしょ?


2008.1.27 (Sun.)

天気も良かったし、サイクリングに出かける。iPodでPerfumeを再生しつつ、快調に飛ばしていく。
途中の東京駅でちょっとした用事を済ませると、そのまま例のごとく秋葉原へと行ってみる。
昼メシを食って大通りの歩行者天国を眺める。日の光をいっぱいに浴びて、人々がワンサカと行き交う。
実に穏やかな休日の午後である。平和だなあ、と思う。

ヨドバシカメラに行ってみる。本屋で立ち読みをしたり、iPodを眺めたりして過ごす。
あてもなくいろんな売り場をフラフラしていたら、フォントを売っているのが目に入った。
「いいなあヒラギノ。オレ将来金持ちになったら、パソコンのフォントをヒラギノにしよう!」と心に決める。
(Macではヒラギノが標準になっている。その関係でiPodなんかもヒラギノのゴシック体が使われている。カッコイイ。)

その後は新宿に移動して日記を書く。いいかげんリハビリをしていかないといけないのだ。
レビュー系にはまだ手をつけていないけど、どーでもいい日常の分はチョコチョコと書けたので上等。
そして英会話の勉強3時間コースである。今日は異常に調子が良く、今までのスランプがウソのようにスイスイ進む。
休日ということもあるし、昼間に来たことで気分転換ができたみたい。実に充実した時間だった。

帰りに新大久保で行きつけの丼屋に行ったら、「1月いっぱいで閉店します」と貼り紙が。
休日に勉強した後、ここで海鮮丼を食うのが楽しみだったのに……。確かに客がほとんどいなかったとはいえ、切ない。
お世話になったお礼がわりにちょこっといいメニューを注文。噛みしめて食う。
帰り際、店の人と「残念ですね」なんて軽い会話をするのであった。

冴えない毎日に辟易としていてそれを日記にダラダラ書いているんだけど、今日はいい日だったな、と思う。
なんでもないどうでもいい日だったけど、それがとてもいい感触だった。ほっ。


2008.1.26 (Sat.)

岡田ジャパンのデビュー戦となるサッカー日本代表×チリ代表の試合をテレビ観戦。
去年まで甲府の監督だった大木さんが代表のコーチに招聘されたわけで、
その影響がどう出てくるのか楽しみに見る。甲府のショートパスサッカーはもはや国是なのじゃ!

で、見ているとチリがふつうに強い。ビエルサ監督はかつてアルゼンチン代表を率いていたキレ者とのことで、
日本が本来やりたいことを逆にやられている印象がなんとなくしたのであった。
前半9分のパスワーク以外は日本の攻撃で「おおっ」という場面がなかった。切ない。
まあそんな一朝一夕で甲府みたいなことができるようにはならねえよなあ、と思いつつ見た。
結果はスコアレスドロー。終わってみればなんだか納得である。

代表という場で甲府のような果敢なサッカー、それもずっとハイレベルなサッカー、が見られる日は、
ホントに来るんだろうか。でも僕らシロートにはその日が来ることを信じることしかできないのだ。
一度決めたからには、どんな困難があろうとその意志を貫いてほしいと思う。初志貫徹でお願いします。


2008.1.25 (Fri.)

今週は「必死すぎた」一週間だったかなあ、と思う。
一生懸命にやるのはいいのだが、それに対する必死な姿勢が表に出すぎた。
以前にも友人から「必死すぎ」と言われたことがあるが(→2007.9.1)、それがまったく改善されていない感じ。
もうちょっと軽やかに、スマートにできないのかね、と自分でも思う。まだまだカッコ悪い。
今年はもっとカッコよくできるようになりたいものだ。

家に帰ったら大学から通知が来ていた。前回の試験の結果、無事に単位を取得することができた。
これで予定していた「教職に関する科目」も「教科に関する科目」もほぼ埋まった。あとは実習と演習のみになった。
そういうわけで、いま取り組んでいる2つの課題が完全に「最後のテスト課題」になる。
長かったリポートとテストの日々も、もう終わろうとしているのだ。でも、感慨にひたっているヒマなどない。
毎日英語の勉強で手いっぱいだし、重要なのは単位取得ではなく、その先のことなのだ。
まあそれでもとりあえず、明日はちょろっと気の利いたメシでも食って気合を入れなおすかな、と思う。

中学からの友人であるバヒさんから、同じく中学からの友人・まる氏に子どもが生まれる件について電話がきた。
僕とバヒさんのモテないコンビ(失礼)にとっては別次元の話だ。素直に受け入れるけど、どこか感触が鈍い。
そして僕はもう、一人のオトナとしてどう対処すればいいのかがわからない。テキトーなことを口走っていたら、
「あんたは何も変わっていないよ!」と、良くも悪くも、といったトーンで言われたのであった。
対するバヒさんは、もはや浮世のあれこれを突き抜けてしまっていた印象。軽く悟っておられた。
僕は他者に対する想像力がまったく乏しい人間だということもあって、バヒさんの立場というものを理解できていない。
なので、バヒさんの行き着いた結論を肯定・尊重することしかできない。
まあとりあえず、一度きちんと話す場を持とうじゃないか、ということになったのであった。ニンともカンとも。


2008.1.24 (Thu.)

寒いぞこんちくしょー


2008.1.23 (Wed.)

仕事中、突如として「大阪へ行きたい病」にかかる。
特に何かイベントがあるというわけでもないのだが、なんだか無性に大阪が恋しい。
たぶん東京とは違う大都会という非日常を味わいたくってしょうがなくなったのだと思う。
それで息抜きついでにGoogleの地図で大阪界隈をつらつら見て過ごしたりなんかする。

大阪には去年の2月に行っていて(→2007.2.122007.2.14)、そのときにあちこち行っているので、
正直なところ、大阪に行ったところであまり新鮮味のある行動ができるわけではない。
でもここんところ県庁所在地めぐりで「県庁に行かねばならない!」という義務感に縛られていた気もするので、
そういう制約などが一切ない気ままな旅行もしてみたい。淡路島とかなんとなく行ってみたいし。
だけど本格的に行くとなると金がかかる。春には山陰旅行を企んでいるわけで、
あまり大掛かりな旅行はしたくないけど、でも大阪に行くとなるともうそれだけで十分大掛かりなのだ。

うーんと腕組みしつつ悩んだ挙句、大阪に行くのはあきらめることにする。
やはり去年と同じ時期に行くというのは芸がない。また別の季節にしよう、と思ってガマンする。
とはいえやっぱり、日常生活でストレスはたまる一方。
どうにかしてガス抜きせんともたないぞ、と溜め息ばかりの毎日である。


2008.1.22 (Tue.)

日記に対するモチベーションが異常に落ちている今日このごろ。
原因はハッキリしているけど、それを表に出したところで問題が解決するわけではないので書かない。
まあアレだ、僕が受けたことを同じように他人にリレーしないように気をつけるしかないのだ。

昨年末のラッシュで見事に2007年の分を書き上げたわけだが、ここへきてこの停滞で、
おかげで日記の日付が現実に追いつく瞬間がまた遠のいてしまっている。
自分のための備忘録(と友人たちへの近況報告)でしかないので、そんなに必死になることもないのだが、
まあ今の自分があえいでいる現状を鮮明に記録・記憶しておきたいと思っているわけで、
そのためにはきちんとやっとかんといかんよな、という責任感だけははたらいている。
スタンスも、内容も、すべてがビミョーだなあと思いつつ、最低限のメモだけは残しておく。
まあいつかなんとかなるだろう。


2008.1.21 (Mon.)

木尾士目『げんしけん』。マンガ喫茶で読んだ。

「現代視覚文化研究会」というサークルに出入りするオタクな人々を描いた作品である。
うーむなるほど、とまず思わされたのは本棚の描写。背景でいっぱいに詰まった本棚をしっかりと描ききっていて、
そういう“環境”づくりにきちんと力を入れているところが、この作品のマジメさの現れであると思う。
大学でオタクデビューをする笹原、幼馴染みのオタク・高坂と付き合う一般人女性の春日部あたりが軸。
そこに典型的なオタクの先輩である斑目・田中・久我山といった面々が絡んでくる。後に女性部員が増えてくる。
初代会長の持っている妙なリアリティ(あーこんな仙人っぽいオタクいそうだわーという感じ)が変に印象的だ。

オレたちは2次元しか愛せない!というオタクたちが、春日部をはじめ大野ら現実の女性とやりとりをしていく中で、
ごくごく自然と女性に惹かれていくさまが描かれる。やっぱ女の子ってのは絶対的にリアルなんだよな。
で、いまだにモテずに社会の底辺でひがみ狼を続けている自分としては、どうもなあ……という気持ちが最後まで残った。
同じオタク集団を描いたマンガなら僕は『究極超人あ~る』(→2005.1.15)の方が比べ物にならないくらい好きだ。
『あ~る』には恋愛という要素はほとんどなく、ただひたすらいいかげんな連中がいいかげんな論理で
いいかげんに華々しく暴れる様子だけが描かれていて、いかにも少年マンガなのだが、やはりそっちのほうがいい。
なんなんだろうか、「お前は現実を拒否している!」と言われれば「そうかもしれない。……うーん、きっとそうかも」
そう答えるであろう僕なのだが、そういう部分を自覚していてもやっぱり、『あ~る』の方がずーっと好きなのだ。

『げんしけん』はオタクに対してマトモな社会復帰(「きちんと恋愛して生きようね」)を促すマンガではない。
むしろ単純に、こういう状況・考え方の人たちの自然な恋愛を等身大で描いたらどうなる、というそれだけの話だと思う。
ホントにただそれだけ。テレビドラマでいろんな場所・状況を舞台に恋愛ドラマがつくられているのとまったく同じで、
その舞台をオタクな大学サークルにしただけのことなのだ。悪意があるわけでなく、きわめてプレーンに舞台を選んで。
だからオタク側からの『げんしけん』に対する見方ってのは、すべてが的はずれになる可能性が高い。
このマンガは、純粋に、たとえば月9なんかのドラマとまったく同じ質感のものなのだ。
実は僕がこのマンガの登場人物でいちばん感情移入していたのは、笹原ではなく斑目だった。最後までモテないから。
斑目がモテないことに、実は意味がない。運が悪かっただけ。ドラマで最後までモテない脇役とまったく一緒の存在。
つまり斑目がモテないことは、オタクがモテないことのリアリティではなく、妙にそういう運のないヤツというリアリティなのだ。
(朽木の嫌われ方と対比すればその点がハッキリすると思う。朽木と違い、斑目はまだまだ「ふつうの人」なのだ。)
この辺を勘違いしないようにしなければ、『げんしけん』の構造をきちんとつかんだことにならないと思う。
そんでもってこの点が、僕に『あ~る』ほど面白く感じられなかった理由でもあると思う。
『あ~る』は少年マンガな無茶が展開されるが、『げんしけん』は徹底してリアルな恋愛ドラマだ。
リアルな恋愛ドラマな分だけ、そういう作品に対しての評価軸がはたらく。
他人のノロケ話を聞かされたってオレが報われるわけじゃないんだからさ!と思ってしまう僕には、向かない。
自分がモテる番をガマンして待っている人間に対して、「あなたがモテないのは運が悪いから」と言われても。
毒にも薬にもならないよ。

あと、朽木の行動を見て、大学時代に実際に「ここはリハビリサークルじゃねえんだぞ!」って叫んだことを思い出した。

ところで腐女子にとってはこの僕の日記とか、いろいろ妄想のネタになったりするんだろうか。
沖縄旅行記(→2007.7.21)なんか見て「やっぱ松×宮ってガチじゃん。びゅく仙の誘い受けなんだきっと」とか、
「松×岩だとびゅく仙はぜったいツンデレに決まってる」みたいなことを勝手に妄想されたりしているんだろうか。
世の中って恐ろしいですね。


2008.1.20 (Sun.)

髪の毛をカットしてもらう。
カットの料金はどんどん値上げがされていて、けっこうバカにならない金額となっている。
ブサイク軍の自分としては、ここの予算を削減するとオシマイ、という意識があるので意地で死守している。
もともとコンスタントに洋服を買うことがない人間なので、自分の外見について定期的に支出がある、
という状態について正直言って違和感がある。でもだからこそ、守らなければならないのだ。
今年は経済的に究極的にキツい年になるわけだが、そんな中でどうカット予算をひねり出すか。
これはけっこう個人的には大きな問題である。


2008.1.19 (Sat.)

東京都現代美術館「SPACE FOR YOUR FUTURE展」を観に行く。
コスプレした沢尻エリカがポスターに起用されていて気合が入っているのはいいのだが、
期間がいつからいつまでなのかが恐ろしくわかりづらく、ほぼギリギリでの鑑賞になったのであった。
現美に来るのはずいぶんと久しぶりだ。当然のごとく常設展との合同チケットを学生料金で買って中に入る。

タイトル「SPACE FOR YOUR FUTURE」が示すとおり、展示の狙いは未来を提案する空間、ということになる。
面倒くさいので結論から先に書いちゃうけど、この狙いは完全にハズレ、看板倒れな作品のオンパレードだった。
というのは、空間へのこだわりというよりはあくまで各出品者のやりたい放題という作品の多さが目立ったから。
もうひとつのキーワードである未来についてもホントにそう?と疑問が残る。現在を表現した作品ばかりに感じた。
なんというか、「空間」にしても「未来」にしても、その言葉の意味を考え抜いた末にできた作品ってのがなかった。
出品者のほぼ全員が、いま自分が取り組んでいるモチーフの最新作を出してきただけで、新鮮味に欠けていた。
これは僕個人の捉え方になるんだけど、「未来」って言葉にはポジであれネガであれ、物語性が混じってくるものだ。
その物語をいかに空間を通して現実化させるかって課題だと思うんだけど、ぜんぜんそれがみられなかった。

いちばん面白かったのはアトリウムに巨大な金属板張りの風船を浮かべた作品『四角いふうせん』。
金属がまだ「未来」のイメージを保っているところにマッシヴな空間を実現したわけだから、この作品はよろしい。
単純なこと、大きなことが持つ純粋な面白さという点からも、この展覧会のテーマを抜きにして評価できる。
あとは手術で使うメスで白い紙を地図に見えるように切り抜いた作品が、その手間を想像させて圧倒された。
基本的にはちょぼちょぼと面白い要素を持っているのに一皮剥けきれていない作品と、どうしょうもないのがほとんど。
ポスターにも使われていた『100 ERIKAS』も、ただの人気女優を使ったコスプレごっこにしか見えない。
僕にはどうしてもウォーホルの『10のリズ』のしょうもない二番煎じに思えてしょうがなかったということもある。
唯一面白かったのは沢尻エリカがおばあちゃんに扮していた写真で(ほかはみんな時間に無関心な写真ばかりだった)、
それなら今の吉永小百合でも使って時間軸も空間軸も吹っ飛ばした作品にするほうが面白いんじゃねーの、と思った。

さてお次は常設展である。現美の常設展は何度観ても飽きない。
そしたらあまりに久しぶりに来たせいか、大幅な展示の入れ替えがあって驚いた。
前から展示されている作品も、新たに展示される作品も、どちらも面白い。
新たな作品ではとんでもなくリアルな人形のデキに驚いた。至近距離で見ても本物の人間に見える。
あとは会田誠の日本と韓国の女子高生が旗持って焼け跡に立っている作品があって、さすがは現美、と思った。

ところで今、現美では岡本太郎の壁画『明日の神話』の特別展示をやっている。なんと自由に撮影可能らしい。
実際に見てみたけど、デカいしやりたい放題だしで、まあ確かに芸術は爆発なんだな、と思うのであった。
本人にしかあずかり知らない物語が芸術家の頭の中にはあって、それを強烈なエネルギーで現実の世界に転写する。
そういう回路の純度の高さを体験できる作品ということでなるほどね、と思った。
(それにしてもオリックス・バファローズが岡本太郎デザインの猛牛マークを使っていないのがさびしい。
 いやむしろ「近鉄バファローズ」のイメージが強烈すぎて使えないのかもしれない。権利の問題などもあるだろうし。
 あの猛牛マークは絶対にこの世の中から消してほしくないんだけどなあ。)


2008.1.18 (Fri.)

いわゆる「黒人」の先生には独特のリズムがあると思う。
短く切る単語、長く延ばす単語がはっきりしていて、その組み合わせのテンポが非常に明快だ。
かつてドラムスを習っているときに先生が「黒人は歩き方からしてリズムが刻まれている」と言っていたが、
それはふだんのしゃべり方についても言えると思う。どんな些細な行動にも、リズムが貫かれている。
対照的に日本人は歩いてもしゃべっても、どうしても平坦というかベタッとしてしまうところがある。
テープの音声をマネしてみても、繰り返していくうちにだんだん抑揚がなくなっていって平板になってしまう。
日本人を長くやっていると、どうしても口の動き、口の筋肉の動き方が日本語向きなものに固定されていくと思う。
しかしそれだけでなく、リズム感についても日本的なものにだいぶ縛られてしまっている面もまた大きい。
そのダブルパンチをちまちまと克服していかねばらならないわけで、これは「慣れ」の問題だけに難しい。

仕事で言語学に関する原稿を扱ったときに「なるほどねー」と思ったのが、モーラという概念。
言語の中の“音”に注目していくと、音節という概念にたどり着く。英語でいうところのsyllableである。
たとえば今、パソコンのキーをたたいてこの文章を書いているわけだけど、このローマ字入力はいい例になる。
「たとえば」と入力する場合、「ta」で「た」が出て、「to」で「と」が出て、「e」で「え」が出て、「ba」で「ば」が出る。
このように日本語の音節は、母音(V)と子音+母音(CV)によって構成されている。
しかし英語では上記の2つに加え、母音+子音(VC)と子音+母音+子音(CVC)というパターンもある。
日本語では必ず最後に母音を入れるため、たとえば「クッキング(cooking)」では最後の「ぐ」に母音を入れて発音する。
でも英語だと「クキン」と書き表す方が的確になる(「ン」の種類が3種類あって、それを英語話者は聞き分ける)。
日本語では最後の「ぐ」が独立した音節として存在し、「くっ」「きん」「ぐ」で3音節となる(英語は「coo」「king」で2音節)。
ところが実際に日本語のリズムをとりながら「クッキング」と言ってみると、「く」「っ」「き」「ん」「ぐ」となり、
音のかたまりを5つとして認識することが多いはずである。この区切り方こそ、モーラなのだ。

モーラの定義をWikipediaで見てみると、「日本語学では一般に『拍(はく)』と言われる」とある。
さらに、「日本語に特徴的なのは長音『ー』、促音『ッ』、撥音『ン』を1モーラとしている~」と書かれている。
このモーラが、日本語の平板さをもたらす原因だと思う。日本語は音節ではなくモーラのリズムを重視する言語なのだ。
典型的なのは「五・七・五」などのいわゆる七五調で、これは音節の数ではなく、モーラの数をカウントするものだ。
当然、音節言語とモーラ言語の間に優劣の差は存在しない。恣意的に違った体系になっている、それだけのことだ。
しかしモーラに慣れきっている人間が音節の世界に馴染むには、身体のリズムを根底から変えないといけないので、
非常に難しいのである。解決策としては長時間音節漬けになることしかないと思われる。
つまり、実際に英語圏に行って長期的に生活をしないことには身につかないだろうな、というわけである。

日本語のモーラの問題は根深い。頭でわかっていても体ができない、当たり前のことから抜け出すのは本当に難しい。
(日本語が平坦・平板と書いたけど、関西弁はそうでもない。それが関西人特有のリズム・センスにつながるのだろう。)


2008.1.17 (Thu.)

引き続き実家にあったマンガレビュー。

浅倉涼/くつぎけんいち『ガード・ドッグ』。やはり僕が高校生のときにヤンジャンで連載してたマンガである。
今読むと、序盤の話の粗っぽさったらない。主人公の豪徳寺光がトラブルに巻き込まれていくわけだが、
そこの背景・設定にリアリティがまったくないのだ。主人公ではなく、作者側のご都合主義が炸裂していて、
ああそうだ、一昔前の少年マンガはこんなふうに作者のサジ加減で世界が動いていたわーと思うのであった。
(豪徳寺はヤクザで、組長が刑務所にいる間に組を守るため、警備会社の社長兼ボディガードになっているという設定。)
でも中盤以降は、編集部サイドからカツが入れられたのかもしれないが、その点がまずまず改善されてくる。
それを象徴する存在がライバルのヤクザのボス・梶野で、梶野が出ているうちはどうも話にムリがあったのだが、
梶野の存在がいつのまにかどこかへと消えてしまうと、話がスムーズになるのである。

まあこのマンガは話がどーこーというよりは、くつぎけんいちのイラストチックな絵を堪能すべき作品なんだろうけど、
話が進んでいくにつれ、デカくてガサツだが優しくて強い豪徳寺光というキャラクターが非常に頼もしく思えてくる。
むしろ豪徳寺の魅力によって話がシェイプされていったと見る方が妥当かもしれない。
仲間たちのやりとりで楽しませる男子向けのマンガとは異なり、豪徳寺ひとりの魅力で引っぱる、珍しいタイプの作品だ。
「覚醒が遅すぎた作品」と言えるかもしれない。豪徳寺の魅力をフルに生かした話の展開ができるようになった頃には、
作者たちの体力が完全になくなってしまって連載終了。もうちょっと早くに目覚めていれば、という惜しいマンガである。


2008.1.16 (Wed.)

実家で久々に読んだマンガのレビューでも書いておくかー。

高橋ゆたか『ボンボン坂高校演劇部』。このマンガが連載されていた期間は僕の高校在学期間とほぼ一緒。
演劇部のヒロインに一目惚れしてしまった美少年・正太郎が、ホモで変態だが演技の天才であるヒロミ部長に狙われる、
典型的なジャンプのドタバタマンガである。ヒロインの真琴さんがボブカットで当時は非常に興奮しとりました。

まあ、今となっては非常に牧歌的でいいマンガだなあ、と思う。
ギャグもだいたい作者定番のユルユルな様式ができあがっちゃっているのだが、のんびりとそれを楽しむことができる。
毎回ヒロミ部長や困った登場人物たちが何かしらのトラブルを起こすが、困ったもんだあっはっはーという感じで終始する。
大半の話が一話完結で、何話か連続してシリーズになることはめったにない。とにかくユルユルなのである。
演劇部の先輩たちはほとんど最後まで名前が出されないままだし、何より主人公であるはずの正太郎について、
詳しい設定が明らかになるのが連載期間の中盤以降になってから、といういい加減さである。
でもそういうところが全体を通して独特な時間の流れ方というかゆったりした感じというか、
尖ったところの一切ない雰囲気づくりにつながっていて、むしろ新鮮さすら感じさせる要因になっている。

そして単行本に収録されているおまけマンガの『わん!わん!クンクン』も、非常にいい味を出している。
これまた本編同様にユルユルなやりとりが展開される4コママンガで、相乗効果でのんびりした時間を味わうことができる。
積極的な娯楽というよりは、のんびりぼーっと穏やかに時間を過ごすのにいいマンガだと思う。
なんというか、ほかのマンガにはない独特な安らぎというか楽しみというか、そういう居心地の良さがあるんだよなあ。


2008.1.15 (Tue.)

英語で野球についての表現をやったのだが、これがもう全然わからん。
いちおう野球は好きで、メジャーリーグにも興味があって、まあそこそこに知識は持っているはずなのに、
でも英語での表現となるとまるっきりわからない。お恥ずかしい。
しかも状況説明をするためか一文がわりと長めで、それを聞き取ってしゃべるというのが非常にキツい。
この後にはアメフトの表現というレッスンが登場する。アメフトについてもそこそこ知識を持っているわけで、
知っているはずなのにぜんぜんできないという苦しみがしばらく続くことになる。耐えるしかないのか。


2008.1.14 (Mon.)

aとtheの違い、単数と複数の違い、これらは受験英語でも初歩の初歩である。
塾講師時代にはついこないだまでランドセルを背負っていた連中に「間違えるとなまはげが来るぞー!」と言いつつ
徹底的に基礎を仕込んでいたわけだが、実際にそれを反射的にしゃべる訓練をしてみると、これが本当にできない。
まずaとtheの聞き分けができない。どっちも弱めに発音されるものなので、微妙な子音が混じっているかわからないのだ。
さらには所有格との区別もつかない。弱く短く発音されたourは、思っているよりもかなりわかりづらい単語なのだ。
こっちからしゃべってみても、ついついaのつもりがthe、theのつもりがaが口をついて出てしまうことも多い。困った。
そして単数形と複数形の違いも、なかなか思うようにいかないのである。
そもそも日本語に両者を区別する概念は希薄である。だから漫然としゃべっていくと単数を前提にすることになり、
いざ名詞を口に出してみると、「あれ……?」となってしまうことがとても多い。そしてそのたびつっこまれる。
結局、英語をしゃべる人は言葉を口から出す前の段階で、単数か複数かを判断しているのである。
その領域に達さない限りは、この問題は解決できないと思われる。英語で物事を考える枠組みがないといけないのだ。

紙に書いたりそれぞれの単語を強調してしゃべっていったりすれば簡単にできるようなことも、
自然な流れの中で反射的にスムーズにこなすということは本当に難しいのである。
(サッカーでセットプレーで点を取れても、なかなか流れの中で得点できない日本代表に近い感覚があるかも?)
そんなわけで、今は顕著にスランプに陥っている。原因はわかっているのに解決するのが難しい。本当に困る。


2008.1.13 (Sun.)

会社の皆さんと歌舞伎を観に行く。隼町の国立劇場に現地集合ということで、当然自転車。
最寄り駅のよくわからない場所に行くときは、地下鉄よりも自転車の方が楽だ。
最高裁判所の裏にあるってことを知っていればそれで十分なんだから。

 新春の国立劇場。

おととしまで会社におられた方がまとめ役。寒い中、和服に身を包んでいてなかなかかっこいい。
お客さんは和装の人がけっこう多く、なるほどそうやって新年の感触を確かめるってのもアリだな、と思った。
入口近くには富司純子がいた。僕は女優さんの顔の判別ができないのでそんなのに気づくはずもない。
でも「富司純子って誰なのかいまいちよくわかんないんですけど」という同僚の人の言葉に対して、
「『フラガール』のお母さん役ですよ」と即答できてしまう辺りが元クイズ研究会というかなんというか。
(夫の尾上菊五郎と息子の尾上菊之助が出演しているからいたわけだ。Wikipediaで調べて初めて知った。)

席はそれほどいいわけではないのだが、舞台にわりと近くて満足(でもいちばん端っこ……)。
かつて幼少期に永谷園のCMでお馴染みだった定式幕に、「ああオレは歌舞伎を観に来ているんだ」と思う。
そうなのだ。僕は齢三十にして歌舞伎を観るのは初めてなのである。
今まで特に観るチャンスがなくそのまま過ごしていたのだが、会社でお誘いがあって二つ返事で参加を決めた。
小劇場演劇には慣れているけど、日本の伝統芸能はどんな具合なのか。
それを体験したくって、この日をかなり楽しみにしていたのである。

さてここで、今回の演目についてちょこっと書いておこう。
タイトルは『小町村芝居正月(こまちむらしばいのしょうがつ)』。初演は寛政元年(1789)で、それ以来の再演となる。
というのもこの作品は、毎年新しくつくることが原則となっている「顔見世(かおみせ)狂言」だからである。
顔見世とは、かつて毎年11月(芝居の世界では11月が正月みたいなものだったそうだ)に行われていた興行で、
その後一年間にわたる劇場専属の役者を披露するという重要なものだったのだ。
で、そういう性質の演目であるせいか、『小町村芝居正月』はストーリー的にはけっこうムチャクチャ。
物語は平安時代初期、惟喬親王と惟仁親王(後の清和天皇)という二人の皇子の皇位継承をめぐる争いから始まる。
その混乱に乗じて大伴黒主が皇位を狙い、小野小町と深草少将がそれを阻止しようとする、というのが基本線。
ところがどっこい、黒主から逃れて京を離れた小町と少将は東国に下るのだが、下った先はなぜか花のお江戸。
しかもそこで二人は獣肉の料理屋の夫婦となっており、人間の姿となった小女郎狐と重婚しそうになる始末。
でも最後には小女郎狐の助力を得て、二人は追っ手をかわしながら京に戻ってくるということで、
今のわれわれの感覚からすれば「話に脈絡なさすぎ!」ということになること必至なのだ。
でも歌舞伎に慣れている人にはそんなのどうでもいいことらしい。要は歌舞伎の時間を楽しめればそれでいいようだ。
郷に入っては郷に従えということで、僕もストーリー展開をあれこれ考えることなく観ることにするのであった。
(ちなみに菊五郎が深草少将と大伴黒主の二役を演じる。善玉のヒーローと悪玉の親分を両方演じるとは……。)

幕が上がって歌舞伎が始まる。しかし、まず何を言ってるのかがわからない。
独特のしゃべり方もさることながら、古文の時間に勉強したような古語の響きが非常に目立っている。
会場では無線による解説(美術館にもある、機械による解説)が用意されているほどなのだ。
でもまあとりあえず知っている単語とわかりやすい動きとで内容はどうにか理解できるレベル。何事もガマンなのだ。
ちなみに狂言はもっとこれがキツいらしい。通を気取るには地道な経験が必要なのである。

上記のように、話について順を追って書いていっても意味がないので、観ていて気づいたことをとりとめもなく書いてみる。
まず、この作品は全五幕なのだが、見事なまでにこの5つの部分にはつながりがない。ワンシーン×5といった構成なのだ。
顔見世ということも大きいと思うが、全体の物語の中にあるヤマ場を5つ選び出して並べた印象になっている。
ブツ切りになっている間の部分は観客側でそれぞれ補完してくださいって感じで、完全にほったらかし。これはすごい。
おかげでいいとこどりが徹底されて、いつでもクライマックスが味わえるのだ。もはやDVDのチャプターすっ飛ばし感覚である。
そしてネタバレになるが、ラストは「黒主をこれから倒すぞ!」ってところで終わる。まるでジャンプの打ち切りのマンガみたい。
これはつまり、主要な役者たちが一堂に会したところで終わるわけで、やっぱりこれも顔見世だからなのだろう。
ストーリーについてさらにいうと、平安初期が空間を移動することで江戸時代になってしまうという無茶があるわけだが、
よく考えればこの作品が初演されたのは江戸時代なのだ。つまり、平安時代から「現在」に舞台が移ったことになる。
これもやはり顔見世って要素が大きいだろうが、役者が過去と現在の両方を演じるという、
一粒で二度のおいしさが実現されているのだ。その辺の発想の自由さというのは、現代社会ではなかなか見られない。
平安時代に栄えていた京から、「現在」栄えている江戸へ。大胆な時間の移動も、それほど不自然に感じられないのだ。
舞台美術については、とにかく派手。小劇場演劇が言葉と役者の身体で勝負する側面が強いのに対し(←やや偏見)、
歌舞伎では舞台を大規模に動かすことで観客の注目を集める印象。花道も制度として完成されているし。
そうやって、小劇場演劇のように空間を観客の想像力の中だけで変化させるのではなく、
空間を現実に派手に動かしてしまう点は印象深かった(舞台が大掛かりに変化するとそれに対して拍手が起こる)。
役者については、いかにも歌舞伎な化粧を施しているのは一部の重要人物のみ。端役は素面である。
だから役者の素顔という個性は消されているが、誰に注目すればいいかはすぐにわかる仕組みになっている。
そしてその動きはきわめて人形劇に近い。日常の自然な身体の動きではなく、まるで操り人形のような動きをする。
どうやら日本の伝統芸能の身体感覚は、現代のわれわれの身体感覚とはまったく異なっているようで、興味深い。
しかし端役はかなりアクロバットな動きで魅せる場面もけっこう多く、主役たちの演技と好対照をなしている。
最後に、劇中のセリフについて。上記のように古文の匂いが非常に強い歌舞伎のセリフなのだが、
ところどころで完全なウケ狙いに走ってくる。典型的なのは、流行語大賞にノミネートされた言葉。
「どげんかせんといかん!」「どんだけぇ~」「そんなの関係ねえ!」ぜんぶ出てきた。そんでもって観客爆笑。
この笑いのツボの感覚は、以前に浅草で落語を聴いたときにお年寄りが笑っていたコントと同じだ(→2005.9.17)。
まったく前衛的ではないのだが、お約束という要素を大いに盛り込み笑いをとる。
なるほどこれを繰り返してきたから歌舞伎という伝統芸能はいまだに続いているんだなあ、と妙に感心した。

ところで偶然、この日の公演を元内閣総理大臣であるところの小泉純一郎が観に来ていた。
最後の第五幕に入る前の休憩で妙に客席がザワついていたのはそのせいだったのだ。
生で見る小泉元首相の顔は日本人離れしていて、「うわー、Dr.マシリトそっくり!」と声が漏れてしまった。
まあそういう状況を踏まえたうえで、舞台からは「われら、黒主様のチルドレン」なんてセリフが飛び出し、
やっぱり観客席は爆笑と拍手なのであった。歌舞伎ってこういうもんなんだなあ、とあらためて思った。
(会社の先輩は、このセリフを出したいがために小泉来場を客席にそれとなくリークしておいたんじゃないかって疑っていた。)

結論。新春の歌舞伎を観に行くってのは、正月であることを確かめる感覚になるわけで、悪くない感触だった。
現代社会にはほかにもさまざまな娯楽がたくさんある中で、歌舞伎が好みに合うかどうかというと正直そんなでもないが、
「こういうものもあるんだ」「日本の伝統ってこんなんだったのかー」という発見ができるという点で、とても興味深い。
新年早々、非常に面白い経験をさせてもらって実に満足なのであった。

さて歌舞伎鑑賞が終わった後は、ホテルの喫茶店でしばらくダベり、それからベトナム料理店へと移動する。
僕はベトナム料理をきちんと食べるのは初めてで、けっこうドキドキするのであった。
「マツシマさんはパクチー大丈夫?」と訊かれるが、パクチーがなんだかわからない。
でも好き嫌いのない子なので「たぶん平気です」と返答。そしたら出てきたパクチーとは、香菜(コリアンダー)のことだった。
超平気。つーかむしろ大好き。近所の担々麺屋で入っていたらラッキーって思うくらい好き。
そんなわけでベトナム料理はおいしくいただけたのであった。やはり異国の料理をきちんと食べるのはそれだけで面白い。
調子に乗って、ニョクマム(魚醤)を小皿に数滴垂らして舐めてみる。塩っ気の強さに驚く。
いつか本場で現地の人に混じって定食屋で食ってみたいなあと、ベトナムビールで真っ赤な顔になりながら思ったとさ。


2008.1.12 (Sat.)

風呂に入りながら音楽聴いていたらふと思いついたこと。
音楽を著作権に保護されている範囲でコピーして楽しむという行為は、
私的に二次創作することと共通する構造を持っているんじゃないか。
コピーコントロールCDなんかの失敗は、どうもその点と関係しているように思える。

そもそも音楽ってのはカヴァーが可能な点に、二次創作の可能性が開かれている。
作品というものは一般的に、受け手のもとにわたった瞬間に、作り手だけでなく、受け手のものにもなるものだ。
録音した音楽を再生するタイミングは受け手に委ねられる。そこに受け手の自由がある。
いつどんな場面で再生するか。どんな形で再生するか。そこには受け手なりの表現というものが溶け込んでいる。
受け手の自由を拘束する行為が受け入れられるはずがないわけで、
保護すべき著作権を守ることと受け手の自由をジャマすることの間のズレが、
コピーコントロールCDをめぐる混乱の背景にあったような気がする。

カヴァー、二次創作、オマージュ、著作権。考えれば考えるほどワケがわからなくなってくるので今日はこの辺でおしまい。


2008.1.11 (Fri.)

相も変わらず、冴えない毎日である。
飯田橋のカフェで朝飯を食いながら勉強・読書、午前中は仕事で一日中椅子に座りっぱなし。
昼休みはだいたい神楽坂界隈まで自転車で行って、やっぱり昼飯を食いながら勉強・読書。
そして午後も同じように椅子に座りっぱなしで仕事。たまにゲラのやりとりで外出することもなくはない。
会社は17時でキッチリ終わるようになったので、そこから地下鉄で新宿のはずれに移動。
途中で朝のうちにコンビニで買っておいた菓子パン1個を頬張って空腹にならないようにしておくと、英語の勉強。
自習とネイティヴによる確認という「修行」としか形容しようのない3時間を過ごすと、電車に乗って帰宅。
帰るとだいたい『ウィニングイレブン2008』で気晴らし。4-3-3もしくは4-4-2でショートパスをつなぎまくる。
そうして炊いておいた晩飯食って風呂に入る。最近はヘッドフォンで音楽を聴きながら風呂に入る。
あとは寝るだけ。ネットのニュースにサラッと目を通して就寝。だいたいはそんな感じで一日が終わる。

というわけで、見事なまでにストレスを発散する場所がない生活をしている。
やんなきゃいけないことはいっぱいあるけど(日記とか通信の最後のリポート書きとかその他もろもろ)、
なかなか重い腰が上がらない。それで目先のウィイレに走ってしまうというパターンになっている。
たまに大掛かりなストレス発散法として、旅行に出かける。気が済むまで知らない街を歩いて歩いて歩き倒す。
(そういう話を正月に実家でしたら、潤平から「最近のアニキはOL化している!」と指摘された。
 友人との旅行に英会話、風呂で息抜き……確かにOLっぽい。うまいこと言うなあ、と妙に感心してしまった。)
そうやって大小のガス抜きをやりくりしながら、どうにかなんとか毎日過ごしている。

今でもやっぱり、塾講師時代はよかったなあ、なんて思う。
というのも、「ストレスの発散」なんてことを考える必要がなかったからだ。
生徒の相手をすることは、もちろん仕事ではあるんだけど、「仕事」というビジネスライクな響きとは違う“何か”があった。
教える立場にいながら、こっちも生徒からもらっている、という循環。その“何か”をどれだけ大切にできるかで、
「マツシマ先生は必ずまた教育の現場に戻ってきます(→2004.7.2)」そう言われるかどうかが決まってくると思う。
あのときに築いた人間関係を断ち切らざるをえなかったことが、しょうがないとはいえ、本当に今でも悔しい。

塾講師時代にさんざん僕が言ってたことは、「今の状況を楽しめ」ということで、
これはもうそのまま、今の自分に降りかかってくる言葉だ。因果応報、時はめぐって舞い戻る。
とても楽しめるような状況じゃなくっても、それでも、今を楽しめ。前向きに。


2008.1.10 (Thu.)

正月に実家に帰ったとき、よさこいについての話になった。
そのときに話し忘れた、高知と札幌、両者の「よさこい(YOSAKOI)」の差について少し書きつけておく。
(「よさこい(YOSAKOI)」に関する過去ログはこちらを参照。→2005.7.92005.10.2

たいていの人は、両者の最大の差は高知が「よさこい節」、札幌が「ソーラン節」をバックに流すことだと考えるだろう。
でも僕はそれよりも、踊る場所の方に大きな差があると考えている。

高知のよさこい祭りと札幌のYOSAKOIソーラン祭りの違いをルールの面から見てみると、
1チームの踊り子を150人以下とし、鳴子を手に持たなければならないなど、共通している点が多い。
よさこいのよさこい節も、YOSAKOIソーラン祭りのソーラン節も、フレーズが入っていればあとはアレンジが自由。
ただ、YOSAKOIソーラン祭りには「演舞時間は1回あたり4分30秒まで」という制限時間が設定されている。
高知の方にこのルールは明記されていない。

そして高知のよさこいには、「鳴子を手に持って前進する踊りの振付けを基本とする。」というルールが規定されている。
さらに「競演場においてはスタート地点からファイナル地点まで連続して踊り続けること。」とある。
つまり、高知のよさこいは、“ストリート系”なのである。踊る場所は道路上のみに限られていて、
そこを前へ前へと進み続けなければいけないのだ。演じ手は観客と同じ高さに位置しており、距離も近い。
要するに観客から演じ手へと転じやすい環境となっている。
(ただし中央公園競演場にだけはステージが存在しており、演じ手はストリートとステージの二手に分かれる。)

それでは札幌のYOSAKOIソーラン祭りはどうかというと、こちらは3つの形式に分けられている。
地方車を先頭にして前進する「パレード形式」、進まずに固定して踊る「ステージ形式」、
道路上で演じるのだが前へは進まずに固定して踊る「静止型パレード形式」である。
いわば高知が基本的に「パレード形式」のみなのと対照的に、札幌では舞台での「ステージ形式」を重視している。
ここに、両者の最大の違いがあると僕は考えるのだ。
しかも札幌では、パレード形式は1演舞(4分30秒以内)で100m前進する踊りとするように決められていて、
いってみればこれは道路を100mに区切ったステージとみなしているということである。

実際に両者の演技がどの程度異なった仕上がりとなるのかは、これはそれぞれの参加団体しだいである。
が、前進しなければならないよさこいの場合、演じ手の「正面」は前進する方向となるのが自然である。
つまり道の脇から眺める観客からは、つねに横、感覚的には斜め横からの視線を投げかけられることになる。
したがって、パフォーマンスは前進運動を意識した連続性をもって展開されることになる。
端的に言えば、前の人と後ろの人が同じ動きをしながらも、そこの微妙な差異により表現をつくり出す、
そういう要素を持った踊りが多くなるものと考えられる。いわば「直線的・連続的」なパフォーマンスとなるだろう。
もちろん、その「連続性」とは、演じ手と観客の間にも波及するものである。よさこいの演じ手と観客は連動する。

しかし静止するYOSAKOIソーランの場合には、「正面」は連の“側面”、“長い方の辺”となることが多くなるだろう。
観客の視線は離れた位置から、そして上から投げかけられる。演じ手の正面と観客の正面がぶつかり合う。
そしてパフォーマンスは「面的・非連続的」なものとなる。隣の人との明確な対比を強調することで表現が生まれる。
そこにあるのは、演じ手を冷静に見つめる視線である。それぞれの踊りは明確に作品として扱われ、鑑賞の対象となる。
そうなると、高知のよさこいに見られるような“ストリート性”はまったく欠けることになる。
ここにおいて、高知のよさこいと札幌のYOSAKOIソーランの間の差異はまったく埋めがたいものとなるのだ。

ちょっとよくない表現になるけど、よさこいの“ストリート性”、衝動や逸脱への近さ、巻き込まれそうになる“危うさ”と、
YOSAKOIソーランの作品性、どこかフィクションじみた身体と視線の乖離、理性で完全に管理された中での“欲望”と、
どっちの要素を好むのか、ということだと思う。どっちが優れているとかそういうことではなく。
ものすごく大げさでものすごく大ざっぱな分け方になるけど、よさこいは前近代、YOSAKOIソーランは近代って感じか。
よさこいが南国の街で生まれたことや、学校(パノプティコン的な空間)などで生徒が踊るケースが増えていること、
あるいは埼玉の朝霞・坂戸といった郊外の街で母親たちが踊ること、そういった背景にあることを探るのは、
きわめて社会学的に奥の深いテーマである。もし僕が一橋の博士課程にいたら、このことを扱ったかもしれない。


2008.1.9 (Wed.)

真木悠介『時間の比較社会学』。大学時代の課題図書なのだが、きちんと読んだのはこれが初めてという有様。

われわれが自明のものとしている時間に対する感覚、それは実は絶対的なものではない、ということからはじまる。
時間は直線的に流れており、生はその中の一瞬にすぎず、虚しいものである――われわれはそういう感覚に陥りがちだ。
しかしこれは近代の生み出した感覚であり、それを前向きに乗り越えよう、という問題意識からスタートするのだ。

筆者は歴史的・地理的な事実の提示により、時間についての4つの類型を提示する。
まずは、人間をとりまく自然の中に内在し、生活の質とのかかわりで認識される原始共同体の「反復的な時間」である。
この場合、時間はひとつの共同体の内部でのみ通用するものだ。例としてスーダンのヌアー族の牛時計が提示される。
牛時計では、すべてが牛を基準に動くことになる。牛を外に出す時間、搾乳の時間、牛舎の掃除の時間、などである。
一年間も農作業を基準に把握されている。一年より長い期間については、共同体内でのできごとを基準とする。
ここでは時間が相対的な尺度となっていない。むしろ生活の中に尺度があり、その結果として時間がある、といえる。
次は、市民社会の誕生と相対的な尺度である貨幣の影響で数量的なものと認識された、ヘレニズムの「円環的な時間」。
この段階ではもはや自分の部族だけでは生活できない。複数の都市国家が交易を行うために相対的な尺度が必要だ。
また都市国家は法による統治という概念を導入し、ひとりひとりの人間を市民という存在に定義することとなった。
そうして財や労働力を交換可能なものとする考え方が広がることにより、無限の循環から円環のイメージが定着していく。
さてそれとは対照的に、迫害されるユダヤ人たちは苦難からの救済を求める中で、終末論の世界観を持つようになった。
ここには現在の反復への明確な否定がある。不可逆に直進するもの、というヘブライズムの「線分的な時間」が生まれる。
苦難に満ちた現在の先には希望に満ちた未来がなければならない。そうなると始まりと終わりが意識されて、線分となる。
また、苦難を計測する尺度などあるわけがないので、時間は量的ではなく質的なものとなる。
最後はキリスト教や市民社会や貨幣経済やユークリッド空間などが混じり合ってできる近代の「直線的な時間」である。
カトリックが共同体を前提とするのに対し、プロテスタントは神と対峙する個人に焦点を当てる。近代的な自我の形成だ。
面白いのは多声音楽が関与している点。ハーモニーは歌い手を複数のパートに分けることを必要とする。
複数のパートをコントロールするために、全音符を基準にした量的な時間を記述する技術が確立される。
そのような経緯から近代は自然にとらわれずに数量化された時間という感覚を完成させ、またその中で純度を高めていく。
これは今、われわれが自明としている時間感覚である。さらには時間が絶対的な存在として君臨している、主客の転倒。

では近代以前に日本人はどんな時間感覚を持っていたのかというと、それについてもたっぷりとページが割かれている。
古代日本における時間は、昼と夜という2つの世界が対立しつつ反復するものだった。これは原始社会に共通するものだ。
(そのため、明け方と夕暮れは2つの世界の間にある亀裂であり、危機として認識されていたそうだ。)
月と日はそのまま、月の満ち欠けと太陽の出入りからきているが、年とは「稔(とし)」、つまり稲の実りから来ている言葉だ。
そしてほかの原始社会と同じく、比較的長期的な自然のもたらす時間と短期的な生活の時間の二重構造を生きていた。
そこに日本初の時間意識の表現者・柿本人麻呂が現れる。それまでの文学には時間の表現がほとんどなかったが、
人麻呂は時間を不可逆的なものとして歌を詠む。背景にあるのは壬申の乱以降明確になる古代天皇制のイデオロギー。
自然とともにあった政治は、律令制という官僚の政治へと姿を変える。天皇を頂点に人間が世界を支配する発想となる。
天智天皇が漏剋(水時計)をつくったのは非常に象徴的だ。そうして自然から離れて人間が管理する時間が定着した。
天皇を指す「聖(ひじり)」とは「日領り」、つまり「時を支配する者」という意味であり、現人神により神話が再編成される。
大化の改新以降年号が制定されたのも、この流れに沿う(また古事記や日本書紀といった歴史書の編纂もそうだろう)。
そして租庸調や防人といった制度を通して、地方の共同体は律令国家のシステムに組み込まれていく。
この律令国家を象徴するのが大伴家持。家持の歌では人間は自然や共同体から引き離され、個・主体として自立する。
平安時代・古今集の時代になると、まず暦の存在が前提となり、その枠の中で自然の美を認識するようになる。
さらに本歌取り・掛詞などの技巧が発達し、現実世界の対象よりも言語そのものへの焦点の移行が目立つようになる。
ここにおいて日本人は、自然との共生という関係から完全に脱却し、自然を離れた位置から客観視するようになったのだ。
在原業平・小野小町は、そのように客観的なものとなった時間と老いていく身体との関係性、時間の恐怖を歌に詠んだ。
そうやって日本人は近代的な時間の感覚を受け入れる準備を進めてきたことが示される。

以上、本の内容をかなり乱暴にまとめてみたわけだが、とにかくとんでもない知識量から事例が紹介されていて圧倒される。
近代の時間がどのように形成されたか、その性質はどのようなものかが何度も繰り返し説明されており、
モダニズムの抱える問題点が時間という観点からはっきりと描き出されているのだ。これは非常に勉強になる。
しかし、ではそれをいかにして前向きに乗り越えていくかの記述は少なく、その方向性をぼんやり示して終わっている。
「モダニズムに対する斬新な角度からの説明書」で終わっているのである。冒頭に堂々と問題意識を掲げているのに。
まあ確かに解決法はひとつではないだろうし、それぞれの個人によって試行錯誤されるべきなのは事実だが、
それにしてもここまでやっているんならもうちょっと踏み込んでみてくださいよ、という気持ちもある。読者は贅沢なのだ。
とにかく凄い本なのは間違いない。ここまで広い視野で克明に、抽象的極まりない対象を描き出すことは、ふつうできない。
「説明書」と表現したわけだけど、こうも見事に説明されてしまうと、いやはや参りました。となってしまうのである。


2008.1.8 (Tue.)

vegetableの発音がうまくできない。「ge」の音がうまく本場モンの音にならないのだ。
パツ金美人のジル姉さんにチェックしてもらうと毎回つっかかる。何度か「ge」を発音してオーケーをもらっても、
そのときの唇と舌のカタチなんてすぐに忘れてしまうので、また最初からやり直し、となる。

正直なところ、まさかこんなところでつまずくとは……という単語が意外と多くて困る。
どこまでが正しくてどこからが間違いかなんて言語学的に恣意的な問題だから、
できるようになるにはその恣意性に慣れるしかないのである。結局は練習量なのだ。
限られた時間の中で最大限の成果を目指すって大変だわ、と痛感する今日このごろ。


2008.1.7 (Mon.)

仕事始めなのである。年末にやっていた仕事の続きを淡々とこなしていく。
いつもと同じように仕事場でゲラと格闘していると、昨日まで正月休みだったのがウソのようだ。
何事もなかったように、自分の体が見事に日常の一コマにピタリとおさまってしまう。

「仕事場」という空間は、その建築的構成・置いてある物・使う人の三者が互いにはたらきかけあって、
独特の匂いというか雰囲気がつくり出されるものである。そしてそれが制度化する。権力論っぽいが。
僕が今まで関係してきた「仕事場」は、幼少期の父親の仕事部屋を除けば主に3つである。
まずは大学院時代の研究室。ここの雰囲気はかつての実家の父親の仕事部屋に雰囲気がよく似ていて、
むしろ「秘密基地」と形容したほうがいいような印象である。大学らしい自由さが空間をかたちづくっていた。
その次は塾。典型的な塾の事務室と教室、あとは人がふたり入ると身動きがとれない休憩室くらいしかなかったが、
講師にしても生徒にしてもストレートなやる気が充満していたので狭くても居心地は良く思っていた。
目的が特化していた教室なんかは完全に、乗組員と信頼関係を保って飛んでいく宇宙船みたいに思えたものだ。
で、今の仕事場。就職活動で初めて来たときには衝撃を受けた。ごくふつうの会社のオフィスなんだけど、
その波風の立たなさがショックだった。開いているように見せかけているけど実は閉じている、
外光を窓からしっかり採り入れているんだけど、それに直接触れることが許されない感じというか。
研究室はそのカラーを保つことで空間を閉じて、塾の教室は物理的な狭さを利用して生徒のベクトルを揃える。
しかしいわゆる会社のオフィスでは、ある程度の広さ・快適さを用意することで、
会社員の内側・心理的な側面にコードを守ることを要請している。言い換えればそれがオトナのふるまい、なので ある。
会社のオフィスはハプニングの要素を空間側も利用者側も徹底してそぎ落とす共犯関係で成り立っているのだ。
「こ、これはつまんねえ!」と愕然としたものだ。こんなシケた場所で面白いモノをつくれるはずがねーじゃん、
中身の濃い時間を過ごすことができるわけなんてねーじゃん、とその後の時間の退屈さを想像して血の気が退いた。
そしてそれは想像以上に想像どおりだったのだが、これ以上書くとグチ以外の何物でもなくなるのでここらでストップ。

僕にとって一番理想の「仕事場」は、第9回一橋オープンのときの部室にほかならない(→2006.7.14)。
混沌と整頓のちょうど中間にあって、仲間が入れ代わり立ち代わりで自分の仕事をこなしていく場所。
過去をそっくりそのままなぞることなどできやしないが、その経験をもとに現状を良くしていくことはいくらでもできる。
もう一度、そういう「仕事場」にめぐりあうことができるようにがんばるとしよう。
本当に居心地の良い空間は、与えられるものではなく、自分でつくるものなのだ。


2008.1.6 (Sun.)

ぷらっとラゾーナ川崎プラザへ行ってみた。川崎駅から直接つながっているので電車で行けば楽チンなのだが、
僕はいつも自転車で行動しているので、いつも行かない西口のラゾーナは初上陸になるのであった。

さて実際に中に入ってみて思ったのは「ららぽーと豊洲に雰囲気がそっくりだー」ということ(→2006.10.72006.11.12)。
両側に店が並んでいる廊下をぐるっと歩いていく感覚はまったく一緒。こういうのが流行りなのかな、と思ったが、
実はららぽーとと同じく三井不動産が出資していたのであった。テナントの中身もなんとなく似ている。
(もともと東芝の工場だったので東芝も出資している。堀川町ということで、つまりここはコンサドーレ札幌の発祥の地だ。)

建物のデザインはかなり特殊だ。商業施設を詰め込んだ高層の建物を北側に配置し、その目の前に広場をつくる。
そして広場を低層の建物でぐるっと囲んでしまう。うまいこと太陽光線を採り込んでいて、ものすごく開放感があるのだ。
雨の日にはかなり悲しいことになってしまうのかもしれないが、晴れているときには非常に気持ちの良い場所になる。
最上階の5階のデッキから広場を眺めると、かなり独特の空間体験になる。
デパートなど商業施設の屋上から下を眺めるということは、ふつうではありえないことだ。想像することすらない。
ところがここではそれができてしまう。川崎駅周辺の背の高いビルに囲まれつつ、しかししっかり日の光を浴びて、
おもちゃのような広場と商業施設、そして芝生などを眺めることができる。ガラスを隔てることなく、そのままで。
冬は寒いから大変だが、日差しの心地よい季節にはかなり居心地がよさそうだ。これは面白い、と感心。

川崎駅周辺は最近非常に活発である。駅ビルの「川崎BE」、隣の「川崎ルフロン」に加え、
「川崎DICE」、「ラ・チッタデッラ」など元気のいい施設が多い。さいか屋、岡田屋モアーズもがんばっている。
ヒマな日にデジカメ持ってぜんぶ行ってみてそれぞれの違いをチェックしてみるかな、
つくられた年代によって空間的な特徴とかハッキリしていたらかなり都市社会学的で面白いな、なんて考える。
いつになるかわからないけど、日記でそのことをきちんと書けたらいいな、と思うのであった。


2008.1.5 (Sat.)

東京に帰ってきたけどまったくもってダメダメ。実家での大いなる堕落ぶりを引きずって過ごす。


2008.1.4 (Fri.)

教育実習の手続きをするため、母校である中学校へ行く。
大学時代に高校で教育実習をしたときにはある意味「特待生」扱いだったので、
実は前もって高校へ顔を出して手続きをすることなく、実習本番に突入したのであった。
(常識では考えられないこと。僕が実習に行く前の年から「来年はすげえのが来るぞ」って話になってたとか。)
しかしさすがにそんなムチャが通用するわけないので、このたびは規則に従って内諾を得に行ったのである。

教頭先生が対応してくださったのだが、話をしているうちに、僕が入学する前年まで母校におられたことが判明。
それで懐かしの先生方についてのトークが妙に盛り上がる。こういうとき、記憶力に自信があると助かる。
まあそんなわけで、イレギュラーな「学生」だけどまったく問題なく受け入れてもらえることになり、
ほっとして学校をあとにする。久々にガッチガチに緊張した。

夜、家族で『のだめカンタービレ』のドラマを見る。
ベッキーのターニャっぷりにまず感動。そして片平さんのアリキリ石井にも「やられたー」と脱帽。
「これが片平のジャンプかー!」とうなりながら画面を見つめるのであった。あと孫Ruiの母親が片桐はいりだったり、
このドラマのキャスティングは本当にズルいなあと思う(もちろん褒め言葉)。
全体的に原作への敬意がしっかりと感じられるつくりになっているので、見ていて安心感があるのがいい。


2008.1.3 (Thu.)

伊那までピザを食らいに行くのであった。潤平が東京に戻ったので家族3人なのであった。

  
L: 中央アルプス、雪をかぶった駒ヶ岳(木曽駒ヶ岳/西駒ヶ岳)。  C: 南アルプス、雪をかぶった仙丈ヶ岳。
R: ベルディのピザである。ウホ~ッ

飯田に戻ると、メガネを新調するべくそのまま郊外へ出かける。
ふだん外ではハードとソフトのコンタクトを使い分けているのだが、家の中で使っているメガネがもう限界。
10年近く使っているのでボロボロで、いいかげん新しくすることにしたのである。
で、価格破壊をうたっている店に行ってみる。特にデザインにこだわりがあるわけではないので、
最近の流行っぽい、ツルの部分だけが太くなっている感じのやつを選ぶ。
フチがレンズの上にだけついているやつは「ハートで感じる英文法」の大西先生風で笑えたので却下なのであった。
さて、この店では国内の有名メーカーのレンズを使わず、韓国製にすることで価格を抑えているようだ。
耐久性などの性能に問題がなけりゃ別にそんな部分にこだわりなどないので、ハイハイなるほどねと納得。

家に帰ってくるとテレビでライスボウルの中継を見る。当然、判官びいきで学生チーム(今年は関西学院大)を応援。
1月3日のライスボウルというのは、僕にとっては正月最大の風物詩である。これを見ないと新しい年って気がしない。
今年のライスボウルは変な(?)ゲームで、前半は社会人・松下電工がやりたい放題。かなりの点差がついた。
しかし後半は見事に学生・関学が盛り返して、あと一歩で奇跡の逆転というところまで詰め寄る。
でも最後、関学の守備が崩壊して松下電工の勝ち。52-38なんて、どれだけ大味なゲームなんだ。

僕が幼稚園児のときには父親であるcirco氏がアメフト大好きで、よくテレビ中継を見ていた、そんな記憶がある。
それから20年以上経って、知らないうちに僕も同じようにアメフトのテレビ中継を見ている。
遺伝だねえ、と思いつつ、やっぱりcirco氏と同じように学生チームのチャンスとピンチに一喜一憂して声を出すのであった。


2008.1.2 (Wed.)

午前3時まで家族で議論をした。以下、そのトピックを覚えている限りで抜粋。録音しときゃよかったわ。

▼人間の身体の延長線上を想像力で描いたものとしての妖怪論
▼建築の定義=屋根を架ける勇気(重力への反抗)+移動しないこと
▼スピードと議論の成長の関係性、議論している時間自体が持つ価値
 (議論を加速させる「無責任」な禅問答と、議論のスピードを0にしてしまう結論、どちらを求めるか。議論の進化論?)
▼都市と祝祭、Jリーグ、スポーツの身体、よさこいから創作ダンスへ
▼健全な身体とは何か、江戸期における時間とモダニズムの時間
▼徒弟制度と個人の名前
▼人間の行動原理は「美」を求めることじゃないのか
▼究極は説教を一切しないジジイになることである
▼動物は身体を変化させて環境に適応するが、人間は環境を変化させることで適応する+集団・社会性と言語
▼研究と称して旅行をすると工学的な成果は出なくてもやる気は出るよね
▼ コミュニケーションは他者とつながろうという意欲の文化だ、コミュニケーションの不可能性・不完全性が物語を生む
▼資本主義の先にある消費のスピードとパロディ・ダジャレの肯定と否定
 (脈絡のなさが生み出す笑い、不条理の笑いをどう捉えるか。不条理には距離感のバランスがある?)

あれこれと話していく中で、ここんところの僕と潤平の間にある齟齬の原因が、
どうやら生まれた順番にあるらしい、という話になってくる。そう考えると論理的にスムーズなことが多いのだ。
僕は完全に「長男体質」とも呼べる考え方で、とにかくどんな些細なことについても責任感を背負い込んでしまう。
対照的に潤平はすでに自分に先行する存在がいる地点から世界を眺める。結果、「無責任」の利点を知ることになる。
(カギカッコ付きの「無責任」。責任感の自在なコントロールと表現する方が的確だけど、面倒くさいのでこの表現で。)
僕の考え方は、客観的に見ればガッチガチのモダニズムである。自分が責任を持つことで未来を明るくしよう、という発想。
たとえるなら、縦軸。深層へと潜って真理を探ることで(帰納)、今度は未来へその真理を延長していく(演繹)スタイル。
言い換えれば、より緻密なコードの体系を編み上げることを美学とする考え方、と表現できるだろう。
ただ、これは「結論」に向けてひた走る、いわばタナトスの引力に反応して「終わる」ことを求めるということでもある。
そんな僕と違い、潤平は完全にポストモダンだ。対話の関係性を構築・継続することを最優先にする(と僕は解釈した)。
たとえるなら、横軸。表層を無限に泳ぎ、その泳ぐ速度を問題とする。個人の相異をすっ飛ばす関係じたいに注目する。
言い換えれば、固定されているコードを切り離すことで無限の可能性を解放しようとする考え方、と表現できるだろう。
宇宙速度的な無限の逃避をひたすら繰り返す。したがって、きわめて資本主義的な姿勢だなあ、と思うのもまた確かだ。

現代は、ポストモダンの時代である。いろいろ議論もあるが、少なくともモダニズムがかなり古びたものであるのは確かだ。
そういうわけで、議論の方向はだいたい、モダニズムどっぷりな僕が直面している問題の客観的な整理という感じになった。

もともと僕は自分の身体を基準として物事を考えすぎ、自分の身体をヨリシロとしてしか世界を眺められない弱みがある。
端的にいえば自己中心的ということだ。どのようなケースに対してもつねに、自分との対比で距離を測り、判断を下す。
好意的に表現すれば、「ブレることのない自分の軸を持っている」ということになるのかもしれないが、
その軸からなかなか自由に離れることができない。どうにも極端なのだ。
人間誰しも、自分からは「見えていない」部分については想像力を補って、現実として扱わないといけない。
そこの想像力のはたらかせ方が1つのパターン(自分を基準にするやり方)しかない、というのが目下の問題である。
自分との対比でつねに距離を測るのではなく、もう少し客観的な尺度を持たないといけない、というわけだ。

家族からは日記のスタンスについて、自分のことにこだわりすぎているという指摘が寄せられた。
まあこれは今に限ったことではなく、昔っからそうなので、またかよ(まだ不十分かいなオレ)という感覚である。
何度も書いているが、この日記は僕という人間の脳みその情報空間へのコピーである。
他者に対して主張するという要素には非常に乏しく、きわめて内向きな備忘録としてやっている。
しかしだからといって変化を求めないというのもつまらない話なわけで、やはり書く以上はよりよいものを目指したい。
個人の経験の記録を割り切って書き続けるとしても、自分以外の価値観がまた並行していることを自覚せんといかん。
本質だとか構造にこだわるのもいいが、それがあくまで自分ひとりの身体を触媒にしたものであること、
他者の身体を触媒にしたヴァリアントが並行して無数に存在していることを自覚せんといかん、といったところである。
自分の痛みを世界の痛みとして読み換えて受け止める精神は誠実だが、実は客観的な効果はほぼゼロである。
それなら最終的に、この日記の内容・経験を抽出して一般化したものを提示する機会を持つことはしないといけない。
(その点において太宰治や三島由紀夫は天才なのだ、ということになるわけだ。)

まあ議論をしている間も、オヤジや潤平が言っていることについて僕はすべて、
自分の中に持っている語彙にいちいち置き換えて消化しないと理解できないのである。
自分の身体を経由させないとその言葉を理解することができないので、その点からすでにハンデを感じる。
改善したいのであれば、地道に根気よくやっていくしかない。

オヤジからは「結局自信がないんでしょ」と言われた。それはまあそのとおりだ。

さて、午前3時までの議論の結果、僕は今後考えていくであろう問題を3つ、ここに明記することにした。
これらの問題がどういったカタチで発露していくのか、あるいは抱え込んだままで終わってしまうのか、それはわからない。
けれども、こういったことを問題意識として持っています、と宣言をすることで、他者からヒントをもらい、
論理的なストーリーを自分なりに組み上げ、何かしら成果を残したいという意欲はつねに持っている。

1. 情報空間における身体性のゆくえ、位相の変化
マクルーハンを読んだりiPodに感動したりいろいろしてきたわけだけど、最終的なところにあるのは「身体」だ。
人間の身体は情報の運び手という役割をますます強く担うようになってきている。
そういう状況の中で、物理的に存在している身体の側が、情報に対して何をフィードバックしているのか。
身体にできること、身体から始まって情報を革新すること、そういった身体の可能性について考えていきたい。
まあ要するに、体を動かして運動することは、僕らの社会だとか人生だとかにどういう好影響を与えるか、って話だ。
具体的には、スポーツ、祭りの踊り、ドラムスなどがその手段として思いついているけど、まだうまくまとまっていない。

2. 生物学的な観点をふまえたうえでの性別の概念のゆくえ、さらには生命の概念のゆくえ
現状は、性別の概念が更新されつつあるその真っ只中にある(以前僕はマサルと話して、「性別が融ける」と表現した)。
当たり前のことだが、性別についての概念は、生命についての概念と分かちがたく結びついている。
深海で生きるワケのわからん生物、高温下を硫黄で生きる微生物、さらには地球などの惑星や恒星について調べると、
実は生命ってのはもっと多様なものではないか、と思わされる。僕らは生命を人類のパターンに限定して考えていないか。
性別について科学的・社会学的に考えていったその先に、生命のカタチがもっともっと客観的に見えてくる気がしている。

なお、1.のテーマと2.のテーマはかなり近いところにある(「遺伝子」「可塑的な身体」などがキーワードの一例)。念のため。
しかし3.についてはちょっと特殊というか、そんなに壮大ではないレベルとなっている。といってもまだまだ十分壮大なのだが。

3. 日本人はいかにして近代を「日本化」したか(∽日本人はいかにして仏教を「日本化」したか)
いつからか、近代というシステムが地球上を席巻するようになった。近代は資本主義やその他もろもろと結びつき、
自己を強烈に再生産する仕組みをほぼ完璧につくりあげている状況になっている。
日本に近代が導入されたのは明治時代。以後、日本は近代システムの優等生としてふるまい続けている。
しかしよく見てみると、日本が近代を受容しただけではなく、実は日本が近代を自分向けに改良した点がいくつかある。
つまりは「日本の近代化」と並行して、「近代の日本化」が行われていたのだ。その両輪がかみ合って、今の日本がある。
近代を都合よく咀嚼して日本化していったプロセス、そこに注目をすることで、日本という存在の本質が客観的に見える。
以前にオヤジとは、日本が仏教を取り入れた際の動きがこれとパラレルに扱える可能性を持っている、という話になった。
その辺の動きを追いかけることで、ひとつの成果を残したいと強く思っている。
なお、近代化については「学校」と「役所」という2つの公的機関を具体的な対象として狙っている。
(この2つを切り口とすることで、その先にある「都市」そして「社会」へと視野が広がっていく、というつもりでいるのだ。)
僕が教員志望であり全国各地の役所をめぐり歩いているのは、これが理由でもある。

▼役所と学校の建築から、日本における「近代」を検証するための覚書
 #1: 070412  #2: 070417  #3: 070418  #4: 070419   #5: 070423  #6: 070424

この3つは今後僕がたぶん一生かけて取り組んでいくテーマなので、参考文献があったらぜひ教えてほしい。
薦められたものはなんとかして時間を見つけて絶対に読むので、ぜひ紹介してほしいのだ。
文献でなくて映画でもいいしマンガでもいいし、とにかくなんでもいい。
(僕は本当に、先行研究を探すのが絶望的にヘタクソなのだ。それで大学時代も大学院時代も本当に損をしている。)
とにかく、視野の狭い僕にできるだけたくさんのチャンスを与えてほしい。他力本願に思われそうだけど、お願いだ。


2008.1.1 (Tue.)

今年の正月は冬景色なのであった。

日記について自分向けの覚え書きをしておく。

  正しい文章を書くことよりも、相手の誤読を的確に予測することが重要である


diary 2007.12.

diary 2008

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