diary

past log


2020.1.1 (Wed.)

谷川ニコ『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』のレヴュー。わざわざ正月から書く価値あり、と。

モテない女性、いわゆる「喪女」の黒木智子(通称もこっち)が主人公。序盤はひたすら、もこっちの苦闘が続く。
しかし高校2年の修学旅行が転機となり、現16巻の時点ではいろんな女子たちから引っ張りだこになっとるやんけ。
このマンガを課題図書として僕に与えてくれた潤平くんは、そこから二次創作の百合に目覚めてしまった模様。……え?
それって実は、オレが10年以上前に格闘していた世界なのよね。その界隈とは今は完全に切れてしまっているのだが、
ワカメとかナカガキさんとかハセガワさんとかふぐさんとか、今も大切にしているつながりをもたらしてくれたわけで。
界隈を離れて久しいとはいえ、牧野と羽賀が転入してきたときは衝撃だったなあ。みんなで卒アル鑑賞会をやったもんよ。

閑話休題、序盤のもこっちの苦闘ぶりは、どう受け止めればよいのか、なかなか難しいのが正直なところだった。
自分の価値観と世間とのズレという問題は、誰しもが少なからず抱えていることだ。自虐として笑っていいのかどうか。
まあ結局はもこっちの卑屈さが元凶なので、それがよくないということで素直に笑えばいいのだろう。切ないねえ。
2年生に上がる5巻まで、登場する主要キャラは弟と従姉妹と優ちゃんくらいなもの。それでよくもたせたなあと感心する。

もこっちは修学旅行でクラスのあぶれ者を集めた班の班長となり、物語は動き出す(この8巻の表紙を潤平は激賞している)。
実は1巻の喪5「モテないし宿る」からすでに萌芽は見えるのだが、もこっちを取り巻く周囲の人々は基本的に優しい。
序盤ではその厚意を素直に受け取れなかったり間が悪かったりで発生してしまうズレ、そこへの共感がポイントだったが、
不器用ながらも他者への認識を深めていくことで、それまでもこっちと読者に見えていた景色が徐々に変わっていく。
侮蔑の対象だったモブキャラクターが、名前を持ったキャラクターへと変化していくことで、その事実が表現されるのだ。
これはかなり斬新な手法であるし、世界の広がり方として極めてリアリティのある表現だ。モブ一人として雑にしない、
そんな作者のキャラへの愛の深さがなせるわざなのかもしれないが、1年次の雌伏から狙ってやっていたらとんでもない。

そうやってもこっちの成長を描く一方で、実は周囲の面々も成長している。むしろ、周囲の成長の方を強く感じるほどだ。
最初はだいたい、もこっちを「得体の知れないやつ」と否定的に認識するが、それぞれの速度で彼女を受け入れていく。
未知を既知にしていく過程で、それぞれのキャラクターたちの成長が感じられるのだ。ここにこのマンガの快感がある。
そもそも人間、どこか平均値からズレた面があるから個性が生まれる。そのズレを面白がり肯定することで友情となる。
そうしてお互いのズレを個性(=character)として受け入れることで集団としての幅が広がり、魅力が増していく。
この物語は黒木智子が世界を受容する物語である以上に、世界が黒木智子を受容することで輝いていく、そういう話だ。
修学旅行はそのきっかけであり、物語は構造をゆっくりと裏返しにしていきながら、各キャラクターの成長を描いていく。
面白いのは、序盤とは正反対で、もこっち抜きで話が成立するようになった点だ。もこっち、ついにここまで来たか、と。
そして謹慎中のもこっちを案ずる面々は、もはやもこっちと同等、あるいはそれ以上に世間とのズレを抱える面々なのだ。
モブが黒木智子という鏡を通して困った個性を与えられ、キャラクターとなる。そうして世界は居心地の良さを増す。

みんながもこっちに不思議と惹かれてしまうのは、無理もないことなのかもしれない。なぜなら黒木智子その人こそ、
最も厳しく自己と向き合い、最も厳しく世間と向き合い、最も孤独に耐え、それでも逃げなかった強さを持つ人だから。
もちろん単純に、「もこっちは中二病男子の視点を持つ女子だから、それがほかにない魅力として女子高生を蠱惑する」
という見方もできる。しかし、誰もが持つ自己と世間とのズレの問題に最も真摯に立ち向かってきた彼女だからこそ、
キャラクターや読者みんなが魅了されてしまうのだ。「得体の知れないやつ」としての黒木智子は、パンドラの箱なのだ。
開けることなく無難に過ごすもよし、興味本位で開けてしまうもよし、意図せず事故で開いてしまうかもしれない。
そしてパンドラの箱から出てきたもこっちは、意識するのを避けてきた「世間とズレている自分の価値観」そのものだ。
1年次には読者にひたすら突きつけてきたものを、修学旅行以降は各キャラクターたちに突きつけていくというわけだ。
もこっちを肯定することは、恥ずかしいありのままの自分を肯定することそのものである。それが成長へとつながるのだ。

各キャラクターはそのままでも魅力的だが、もこっちに接する態度によって、さらに魅力が加速している。
さっきも書いたが、黒木智子とは自分の弱さを写す鏡そのもの。彼女にさらけ出したその弱さをどのように肯定するか、
それぞれのキャラクターによってさまざまな化学反応が生まれる仕組みなのだ。いちばん困るのが田村ゆりで、
正統派美少女なのにどんどん発達障害的な要素が追加される。信頼感が増すほどにヤンデレへと近づく。でもかわいい。
「鏡」としてのもこっちに最も意識的なのが根元陽菜。敬意と対抗心が入り混じった感情は、誰もが共感できるものだ。
このマンガに独特な空気をもたらしているのは内笑美莉。絶対的にモブな外見を修正することなく貫きとおしつつ、
それでいてもこっちにどんどん引き込まれて後戻りができなくなってしまったキャラクター。異形であり異様だが、
彼女にもたっぷり感情移入できてしまうのがまた面白い。個人的にはもこっちの「蠱惑」を言語化してほしいところだが。
そして圧倒的な包容力を持つ加藤明日香。今後彼女がどのような弱みをもこっちに披露するのか、非常に楽しみである。
以上、この4名ともこっちが形成するカップリングが爆裂している模様。触媒となるもこっちの設定はやはり絶妙で、
精神的には中二病男子の特性を持ち、身体的には貧相な女性ということで、性的な要素が欠如した存在となっている。
だからこそわれわれは、相手の肯定という純粋な愛情を軸にした成長物語を、緩やかに楽しむことができるのだろう。
このマンガは、関係性の質よりも量を広げていくだけで楽しめる、稀有なマンガだ。もこっちよ、広く浅くモテてゆけ。

ちなみに爆笑したのは、オーミーソーシールーと大乱闘ガチンコブラザーズとオススメの卓球マンガが稲中であるところ。


diary 2019.12.

index