diary

past log


2022.5.8 (Sun.)

夢のようなGWの日々も今日で最後である。期間中に軽い買い物はしたが、見事にどこにも出かけないで過ごした。
レーニンは「勉強して、勉強して、勉強しろ」と言ったそうで、オシムは「走って、走って、走れ」と言った。
こうなると自分はもう完全に「日記書いて、日記書いて、日記を書け」である。それでもまだ膨大な負債が横たわる。
収穫としては、いくら旅行をしても、いくら作品に触れても、それを日記でまとめなけりゃきちんと締まらない、
そういう感覚が当たり前のものになってきたことか。つねに感性と頭を働かせる習慣はできてきたかなと思う。
あとはその精度を上げていくことが重要なのだ。勉強して、走って、日記を書く。ひたすらその繰り返しですなあ。


2022.5.7 (Sat.)

今日も今日とて日記であります。髪の毛切ったり御守の整理をしたりもしているんだけど、あとはひたすら日記。
想定していたよりも進みが悪くて苦しみながらも、今日は相馬へ行ったときの分(→2019.4.7)をどうにか書き終えた。
苦しんだ分、けっこう社会学していると思う。理想は、和辻哲郎『風土』の感性なのだ(→2008.12.28)。がんばるのだ。


2022.5.6 (Fri.)

GW中の平日である本日は校外学習なのであります。こどもの国で高校1年生のお相手。
字面だけ見るとなんか矛盾している気もするが、そういうものらしいので納得しておくのである。
ちなみに生徒から「先生、こどもの国の主権を持っているのは誰ですか?」と質問があったので、
「あー東急東急」と答える私なのであった(本当は「社会福祉法人こどもの国協会」が正解)。

もともと弾薬庫だったことは知っていたが、実際にこどもの国に来るのは初めてで、すべてが新鮮。
基本的には子どもを遊ばせる公園なのだなと認識。神奈川県民の皆様にはかなり評判がいいようだ。
本日はサッカー場を借りきっており、午前中は各種レクリエーション。ウチのクラスは整列するのは抜群に早いが、
お人好しすぎて勝負には弱いのであった。うすうすわかっちゃいたが、はっきり形になって見えた感じである。
教員が出題する自分についての○×クイズがあり、「オレは『ドラえもん』の単行本を45巻ぜんぶ持っている」
という問題を出題したのだが(正解は○)、間違えたのは勝負に出た2人だけですぜ。オレ、そんなにわかりやすい?

カラスがメロンパンを奪って飛んでいくトラブルもあったものの、無事に校外学習は終了。お疲れ様でした。
溝の口の無印良品で買い物をして帰る。家に荷物を置くと、カフェに行って日記を書いて晩メシ。うーん、GW。


2022.5.5 (Thu.)

うおおおお日記が好調すぎてテストづくりに入れねー! でも日記は中身が濃すぎてぜんぜん進まねー!
ゴールデンウィーク最高! 人混みはイヤだけどずっと休みって最高! 働きたくない! 現実に戻りたくない!


2022.5.4 (Wed.)

今日は日記と部屋の片付けというかゴミ選別作業に撤するのであった。
抜群に天気のいい日に出かけることなく作業をする背徳感よ。世間が浮かれているときにどこにも行かず、
断固たる決意でもって自分のやるべきことをやる。たまにはそんな日があってもいいじゃないか(コロナ対策もある)。

そしたら夜になって、大木さん率いる熊本がJ2で無敗の首位・横浜FCに土をつけた、というニュースを見つけた。
三ツ沢での試合だったのに、まったく気づかずに見逃してしまっていた……。あああああ! しまったああああ!
いや、今月は完全に信州ダービーのことしか頭になかった。また熊本が近場に来るときに行けばいいかと思うが、
期待して行くと大木さんのチームはいいところなく負けちゃうんだよなあ。うーん、これは悔しい。全力でがっくりだよ。


2022.5.3 (Tue.)

朝から晩まで日記を書いたり写真の調整をしたりで本当に一日ずっと日記関連の作業をしていたのだが、
GWということでさすがにちょっともったいない、という気持ちも正直ある。でも日記の負債についての申し訳なさで、
まとまった時間がとれるときに書きまくらなくては!という気持ちの方が強い。はい、罪悪感を原動力に書いてます。


2022.5.2 (Mon.)

イヴィツァ=オシムが亡くなった。

僕がどれくらいオシムすげーと尊敬していたかはこの辺(→2006.6.242014.6.222020.10.28)を見てもらうとして、
(日記では書いていなかったが、サッカー部顧問として、オシム率いる千葉の練習を収録したDVDを買っている。
 あと実際にオシムの多色ビブス練習をやってみて「頭がクルクルパー状態」になったこともあったっけ(→2013.2.27)。
 そういえば日本代表監督に就任して最初の代表メンバーに北海道出身の山瀬と沖縄出身の我那覇を招集し、
 日本全国の選手を見ているぞ、というメッセージを送ってみせたのも、個人的にはかなり衝撃的だった。)
そりゃもうショックである。まあ純粋な衝撃度で言えば日本代表監督在任中に倒れたとき(→2007.11.16)が最大だが。
最近は体調を崩していたという話もあったし(ネットに出る電話インタヴュー記事には必ず目を通していたのだ)、
その日が来るだろうという覚悟もうっすらしていたが、こんなに早く訃報を聞くことになるとは思わなかった。

いちばん悔しいのは、オシムが指揮する千葉の試合を観戦できなかったことだ。スタジアム観戦はもちろん、
テレビ観戦すら1試合もしていない。当時はJリーグを観る習慣がなく、月イチ観戦はサッカー部顧問になってから。
そうしていろんな試合を観ていく中で、オシム時代の千葉の試合がある種の「伝説」として存在感を増していったのだ。
「賢く走る」「危険なサッカー」をこの目で確かめることができなかった、それが悔しくて悔しくてたまらない。
オシム率いる日本代表が南アフリカW杯で躍動すると信じていたから、僕はそれでいいやと完全に油断していたのだ。

ネットに上がっているダイジェスト動画を見てみた。空いているスペースにどんどん選手が入り込んでいくのが特徴で、
ダイレクトプレーで相手より先に動いて主導権を握ることを好むようだ。また、3人目の動きで点を取るシーンが目立つ。
全体的にボールへの反応が早く、「技術で上回るというよりは判断で上回るサッカー」とまとめることができそうだ。
味方がボールを奪った瞬間には周囲が切り替えて動き出しており、考えながら走るサッカーが確かに実現されている。
一方で、出入りが激しいというか、けっこう失点しているところは少し気になる部分だ。守備の構築は苦手だったのか。
あらためて、90分を通しての駆け引きをぜひ見たかったと思う。「伝説」を日常にしていた人たちがうらやましい。

知性をもってサッカーを語るオシムが亡くなった喪失感は、頼れる父を失ったということか(→2010.2.32015.10.21)。
かつてオシムは日本のサッカーの「日本化」を掲げた。それはおそらく、「自立」を意味する言葉であるだろう。
オシムがいなくとも自らの力でサッカーを進化させること。まさに今が自立するときなのだ。ありがとうございました。


2022.5.1 (Sun.)

午前中は荷物の受け取りと御守の撮影。毎度おなじみ録画しておいた『タモリ倶楽部』を見ながらの撮影で、
うっかり発売開始時刻を忘れていたが、信州ダービーのチケットを無事に確保することができた。よかったよかった。
これにより今月の長野旅行が確定したため、GWの後半はテストづくりに専念しなければならない状況となった。
本当は倒れるまで日記を書きまくりたかったのだが、そちらはよくて通常ペースになりそう。すいませんね。


diary 2022.4.

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