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2025.8.11 (Mon.)

3時起きである。工事現場的イビキでおなじみのバヒさんはすばやく起きて準備を始めるが、CPAPの僕は大混乱。
これってバヒさんは眠りが浅いからすぐ動けるけど、こっちは深い分だけメダパニなんだよなと思うが、混乱は収まらない。
それでも荷物をまとめると、連泊で部屋に物を置いたままにできなかったら地獄だったなあ、と言いつつなんとか出発する。
荒川登山口行きのバスは第1便が5時発なので、1時間前の4時に着けばいいだろうとざっくり決めたのだがこれがビンゴで、
きっちり第1便を確保できた。本人の代わりに荷物を置いて順番を明らかにするスタイル。発車15分くらい前に列に戻る。

 朝4時半の駐車場。奥がバス乗客の待機場である。しっかり雨が降っている。

バスは出発すると屋久島の奥へとどんどん入っていく。真っ暗なのでよくわからないが、カーヴでけっこう左右に揺られる。
しかし当然、気がつけばぐっすり。30分ほどで荒川登山口に到着するが、まだまだ薄暗い。トイレで用を済ませていざ出発。

 いちおう撮ってみた荒川登山口。ここからトロッコの森林軌道を延々と歩いていくのだ。

縄文杉へのルートは宮之浦岳登山とほぼ一緒。最後のところで分岐して縄文杉へ、という感じになるようだ。
前半戦は約8.5kmのトロッコの森林軌道をひたすら歩いていく。わずかな上りになっているが、ほとんど平坦と言える印象。

  
L: こんな感じの道を行く。  C: 川を渡るのはいいが、手すりがないとはどういうことかと憤る私。  R: うーん森林軌道。

  
L: 途中で小杉谷集落の跡地に入る。  C: 右手が小杉谷小・中学校の跡地。  R: 小杉谷製品事業所跡の碑。屋久杉の断面だ。

 高いところに怯えながらポーズをとる私。

森林軌道が奥へ入っていくにつれ、大きめの杉が目立つようになってくる。三代杉、仁王杉など名のついた杉も登場するが、
そうでない杉も苔が生していてさすがの迫力。杉は針葉樹なので、ある程度寒冷な気候の方が育ちやすいと思うのだが、
これだけ亜熱帯な環境で大きく育ったものがたくさんあるのは驚異的である。屋久島は海から2000m近い山が直接生えている、
そんな地形だから成立するのだろう。実際、屋久島は杉が自生する最南端とのこと(中国南部の山岳地帯にもあるらしいが)。

  
L: だいたいずーっとこんな感じである。  C: 途中のトイレ。周囲は休憩ポイントにもなっているようだ。
R: 三代杉。初代の倒木の上に二代目が育ち、それが伐採された切株の上に三代目が育ってこの姿になったとのこと。

  
L: いかにも屋久島的な光景。  C: 途中で見かけた沢。なかなかの渓谷美。  R: 仁王杉(阿形)。吽形は2000年に倒れた。

 仁王杉(阿形)ということでポーズをとる私。やっとること6年前と変わらんね(→2019.1.27)。

大株歩道入口に到着したのが7時半ごろ。橋を渡ったところにトイレがあるのでここで最後の用を足しておき、
いざ山道へと入る。のっけからしっかり角度のある階段で、上った先には岩がゴロゴロ。やる気を振り絞って進んでいく。

 大株歩道入口にて。縄文杉を目指して気合いのバヒさんなのであった。

屋久島旅行のために登山靴を新調したのだが(→2025.6.29)、これがたいへん好調。しかしバヒさんは長年の酷使のためか、
登山靴の靴底がすり減ってめくれるトラブルが発生。鹿児島に来てからずっと履いていたのもよろしくなかったのでは?
ほぼ平らな森林軌道から急に完全なる山道に変化したことで、バヒさんは体力的にだいぶ苦しい時間となっていた模様。
僕は先月の小菅山での修行(→2025.7.19)がだいぶ効いており、修験の山に比べればまだまだだぜ!と開き直って登る。
バヒさんは富士登山以来の伝家の宝刀、アミノバイタル(→2013.8.72019.8.20)の連続服用で乗り切るのであった。

  
L: ひたすらこんな感じの山道である。  C: 無数の名もなき杉の脇を抜けていく。  R: それにしても屋久杉の迫力は別格だ。

すれ違った下山客から「もうすぐですよ」と教えてもらったのだが、大株歩道入口からウィルソン株まではなかなかの距離。
たどり着いたときは満足感よりも、これなら縄文杉まであとどれくらいあるんだよ……という不安感の方が強いくらいで。
ウィルソン株は、1590年ごろに豊臣秀吉の命令で京都の方広寺大仏殿を造営するため伐採された、という話がある。
その名前は、大正時代に屋久杉を調査してこの株を紹介したアメリカの植物学者・ウィルソン博士に由来している。

  
L: ウィルソン株。  C: 中に入ると祠があった。  R: 上を見上げる。ハート型に見えるアングルがあるらしいが別にいいや。

ウィルソン株で小休憩を挟んでから出発。途中でプロのガイドさんから「屋久島の湧き水はぜんぶ飲めます」と聞き、
バヒさんは喜んで水を補給するのであった。ふつう生水は飲めないものだが、屋久島の凄さを実感させられたなあ。

  
L: 飲めるぜ、湧き水。降水量の多さできれいな水がどんどん流れてくるわけか。おかげでミネラルをほとんど含まない軟水である。
C: 板張りの休憩スペースを振り返ったところ。帰りは弁当を食べる登山客であふれていた。  R: 沢を徒渉する箇所も若干ある。

  
L,C,R: 本格的な登山が始まると見事な屋久杉があちこちに現れる。名前がついていないけど、どれも本当に立派なのだ。

  
L: デッキの登場に「縄文杉か!?」と思ったら違った。この先にあるのは大王杉。  C: デッキから見る大王杉。
R: 角度を変えて眺めると割れているのがわかる。縄文杉が発見される前はこれが一番の大物だったので「大王」とのこと。

  
L: 屋久杉を見上げる。  C: 枝なのか幹なのか、自然のトンネルとなっている箇所も。  R: 屋久島らしい沢の光景。

 苔だらけの岩をクローズアップ。うーん生命力。

大株歩道入口から山道と格闘すること2時間弱、ついに縄文杉に到着である。展望デッキは南北の2つがあり、
なんとなくまずは北側のデッキから眺めてみる。距離はこちらの方が近いようだが、枝葉の邪魔が入って見づらい。
縄文杉は現在見つかっている中では最大の屋久杉で、樹齢は推定で3000年以上。樹上に10種以上の植物が共生している。

   
L: 縄文杉の展望デッキは南北に分かれている。右へ行くと北側で、左へ行くと南側となる。これとは別に崩壊した階段も。
C: 北側のデッキへと上がっていく。  R:北側から見た縄文杉。それなりの近距離だが、すっきりとは見えないのが残念。

 バヒさんに記念撮影してもらったよ。

お次は南側からである。こちらの方がメジャーな展望デッキであるようで、北側よりも広めにつくられている。
南側のデッキからだと縄文杉が比較的すっきり見られるが、全体が見えるわけではないし、ちょっと遠いのも気になる。
もう少しいろんな角度から眺められるとうれしいのだが、周囲は全体が急斜面な地形なので、これが限界なのだろう。

  
L: こちらが南側の展望デッキ。  C: デッキは南側の方がしっかり広い。  R: 南側から見た縄文杉。

  
L: 拡大して眺める縄文杉。アングルが限られる。  C: さらに先にある展望スペースから見た縄文杉。うーん葉っぱが邪魔。
R: こちらでも記念撮影。南の島に北のTシャツということで、テレビ父さんTシャツ。すれ違う登山客にも人気なのであった。

しばらく観察して過ごすが、アングルが限られている以上、写真を数枚撮って終了とならざるをえないのである。
満足すると、下山を開始する。黙々と岩だらけの山道を下っていくが、増えてきた縄文杉目的の登山客と頻繁にすれ違う。
先んずれば人を制するというが、早め早めに動いて正解だった。混雑ぶりはかなりのもので、長い列にウンザリする場面も。
「登り優先」にこだわる頭の悪いガイドがいるが、長い行列を待つのはかえって頂上側が混乱するのがわからないのか。
しかも体力が弱い人の登りはかなりのスローペースとなって、混乱に拍車がかかる。登りだろうが下りだろうが関係なく、
適度にコミュニケーションをとりつつ、退避スペースを確保できる側が適宜譲ってあげるのが正しい行動であるはずだ。

大株歩道入口に戻ってくると、昼めしタイムである。今回のために用意したバーナー(→2024.8.14)で湯を沸かし、
アルファ米(→2024.8.162024.8.17)のランチをいただいた。2つ食うと、さすがにだいぶ満腹になりますな。
元気になったところで森林軌道を下っていく。しかし靴底がすり減っているバヒさんはさんざんコケまくるのであった。

  
L: 森林軌道は微妙に滑るので復路ではたいへん手間なのであった。こんな感じの道が延々と続いて本当に飽きる。
C: 川を流れる水の勢いが強い。屋久島は雨の島だなあ。  R: ポーズをとるバヒさん。気合いのウミガメTシャツである。

歩いても歩いても森林軌道が終わらない。しだいに飽きてくるが、歩かないことにはどうしょうもないので我慢して歩く。
やがてようやく荒川登山口に到着。縄文杉を後にしてから3時間半以上が経っていた。まあメシにそこそこ時間がかかったが。

 
L: 荒川登山口。  R: 右を見るとトロッコ列車があった。いやしかし森林軌道は長かった。

帰りのバスは15時発。やはり整理券を受け取ると荷物で順番を確保するスタイルで、残りの待ち時間を呆けて過ごす。
やがてだんだんと縄文杉までの往復を終えた人々が集まってきて、荒川登山口はかなりの賑わいとなるのであった。
要領よく帰りのバスに乗り込むが、往路では暗くてわからなかった景色がさすがに豪快。尖った山並みが続いている。
おまけに途中でヤクシマザルたちに遭遇。疲れていたけど一睡もすることなく、車窓の風景を存分に楽しんだ。

 帰りのバスの車窓から。屋久島の山々は険しいが、美しい。

屋久杉自然館に戻るとそのまま空港近くの温泉宿に直行し、日帰り入浴を果たす。最高でございましたな。
いい気分で宮之浦に帰ってくると、予約しておいた居酒屋で早めの晩飯である。レンタカー店で薦められた人気店だ。
昨夜は凄まじいクオリティだったが、こちらもなかなか。屋久島ならではの食材をとことん堪能したのであった。

  
L: 刺身の盛り合わせ。地魚のアオチビキは初めて食ったけど旨かったねえ。他の魚もしっかりおいしゅうございました。
C: トロアジもさすがの旨さなのであった。  R: 魚のお茶漬けで締める。旨かったけど、ヤクシカの茶漬けに挑戦すべきだった。

さて個人的に最も嬉しかったのは、カメノテを食えたことだ。見てくれ(→2023.3.28)に反して旨いとは聞いていたが、
なかなか食べる機会がないままでいた。しかし今回メニューで発見し、脊髄反射的に注文。他の客もみんな注文していた。
出てきたカメノテは、やはりとても食材とは思えないヴィジュアル。店員さんに食い方を習って、いざ実食である。
お手拭きを軽く巻いてから、ピスタチオ気分で爪っぽい殻を割る。かなり脂っぽくて、お手拭きはすぐに汚れてしまう。
そうして爪の反対側の皮をぐるっと剥いで、中身を取り出すのだ。先端は少し砂っぽいザラッとした食感があるものの、
そんなにイヤではない感じ。食べてみると、なるほど確かに甲殻類の味わい。噂どおり、ふつうにおいしいのであった。

  
L: カメノテの塩焼き。これが甲殻類なんだよなあ。  C: 剥いたところ。この右端が可食部。ふつうに旨い。
R: 夢中でカメノテをいただくバヒさん。しかしカメノテが食えることに気がついた先人はすごいと思う。

本日も大いに満足して宿へと戻るのであった。宮之浦岳を諦めることにはなったけど、縄文杉までのことを考えると、
断念せざるをえなかったのは、それはそれで神様のナイスプレーだったのかもしれない。でも充実した一日だった。

 
L: 宮之浦川と屋久島の山々。とんでもない降水量のおかげか、宮之浦川の水はめちゃくちゃきれいなのであった。
R: 隣の島だが、地元牛乳を発見したら飲まずにはいられないのだ。乳脂肪分をしっかり感じられる味わいだった。

すぐ近くにAコープがあるので明日の朝メシなどを買い込む。明日はいよいよ屋久島の最終日だ。最後まで存分に楽しむぜ。


2025.8.10 (Sun.)

【前回までのあらすじ】

バヒサシさんとの長年の夢であった屋久島旅行をお盆のタイミングで企画したものの(→2025.5.4)、8月7日の未明、
鹿児島・熊本が線状降水帯によって大きな被害を受けてしまった。夜行バスで神戸入りしたびゅく仙はそのことを知らず、
翌8日朝の神社参拝中に宿泊予定の宿から「浸水被害で宿泊できません、日当山温泉も水没です」と連絡を受けて愕然とする。
それでもどうにかなるんじゃねえかと楽観視して神戸空港に向かったところ、鹿児島行きの便は欠航となっていたのであった。
振り替えで確保したのは9日夜の便で、びゅく仙は神戸に取り残される。さらに9日に鹿児島から屋久島へ向かう便も欠航に。
一方、バヒさんは8日夜に名古屋に到着し、こちらは予定どおり9日朝に鹿児島入りしたが屋久島へ行くことができないため、
天文館グルメツアーに勤しむのであった。びゅく仙は9日を尼崎でのサイクリングとし、大量の御守とともに鹿児島に移動。
ふたりは23時過ぎの天文館で感動の再会を果たす。鹿児島ラーメンを食って満足すると、それぞれ眠りについたのであった。

昨日のうちにバヒさんが屋久島行きの高速船を予約しておいてくれたので、それに合わせて行動開始である。
予定よりも一日遅れでの屋久島上陸となるため、宮之浦岳を断念して縄文杉までの日帰り往復とし、後ろを合わせる算段。
吉野家で朝牛セット温玉の並をいただくと、高速船の乗船口へ。バヒさんが財布を忘れて走ってコケて腕を擦りむくなど、
ちょっとしたトラブルもあったものの、とにかく屋久島へ行くことができるということでテンションはMAXである。

 高速船は3月に乗って以来(→2025.3.9)。また乗るとは思わんかった。

高速船は2時間で宮之浦港に到着。素早く下船すると、バスではなくタクシーで予約していたレンタカーの店へと向かう。
少しでも早く行動して明日以降の調整をする時間をつくろう、という魂胆である。レンタカー店ではいろいろ情報がもらえ、
特にすばらしかったのが要点をまとめたお手製ガイドブック。これは旅の序盤、本当に重宝した。ありがとうございました。

まず最初に向かったのが、空港からすぐ近くにある屋久島町役場。もちろん、役所マニアである僕の要望なのだ。
かつては屋久島の北半分と口永良部島が上屋久町、南半分が屋久町だったが、2007年に合併して屋久島町となった。
屋久島町役場の竣工は2019年で、設計はアルセッド建築研究所。切妻の瓦屋根4棟が中庭を囲む構成となっている。

  
L: 敷地入口から見た屋久島町役場。  C: 左が議会棟、右がフォーラム棟。この左奥が事務棟、右奥が窓口棟となる。
R: あまりそれっぽい印象はないが、正面玄関はフォーラム棟の平側。このまま直進すると窓口棟に入っていくという形。

  
L: フォーラム棟の妻側。方角的には南東から見たところ。  C: 東側から見た中庭。左が議会棟、奥が事務棟、右が窓口棟。
R: 中庭の南西側から振り返ったところ。左が窓口棟、奥がフォーラム棟、右が議会棟となる。ややこしくって申し訳ない。

 中庭を挟んで北西側から議会棟を見たところ。

  
L: フォーラム棟の軒下。この右側が中庭となる。  C: 北から見たフォーラム棟。  R: 右を向くと窓口棟の裏側。

この日は日曜日だったので、平日である滞在最終日の12日にあらためて中に入ったときの写真を貼り付けておくのだ。
4棟とも切妻屋根だが、中の架構構造はそれぞれ違っているのが売りであるようだ。残念ながら渦巻き状の議会棟には入れず。

  
L: 窓口棟の内部。  C: フォーラム棟の内部。  R: フォーラム棟を反対側から。左奥が窓口棟となる。

心ゆくまで役場の撮影をして満足すると、トビウオの唐揚げを最優先で食いたいというバヒさんの要望を受けて、
レンタカー店でオススメされた店へと直行するのであった。店先で今後の行動プランを練りながら待っていると、
われわれを先頭にすぐに行列ができていったのであった。入店しても次々と客が来て、そのあまりの人気ぶりに驚いた。
なおタクシーの運転手さん情報では、トビウオの唐揚げは地元民の食べ物というよりは観光客相手の料理であるようで、
骨ごとすり身にするのが屋久島では一般的であるようだ。とはいえあっさり白身にポン酢だれでおいしゅうございました。

  
L: というわけでトビウオの唐揚げ定食をいただく。  C: トビウオの唐揚げ。細かい骨があるが、おいしゅうございました。
R: 屋久島で最も食いたかったものを目の前にして満足げなバヒさん。昨日さんざん食ったにもかかわらず食欲は全開である。

昼メシを食って落ち着くと、益救(やく)神社に参拝する。なんせ多禰国の一宮である。一宮巡拝マニアとしては、
絶対に参拝したかった神社なのだ。なお多禰国とは702(大宝2)年から824(天長元)年まで存在した令制国で、
種子島・屋久島・口永良部島など大隅諸島の島々で構成されていた。しかし島ということで案の定、財政が非常に厳しく、
100年ほどで廃止となり大隅国に編入された。益救神社は戦国時代にはほぼ滅亡状態だったそうだが、江戸時代に再興された。
人気の観光地である屋久島を代表する神社であるからか、御守の種類が非常に豊富。僕もバヒさんもかなり散財した。

  
L: 益救神社の入口。  C: 参道が長くて立派である。かなり開放的なのが独特。  R: 1868(慶応4)年に奉納された手水鉢。

  
L: 石段を上って本格的に境内へ。  C: 拝殿。  R: 本殿。社殿は戦争中に爆撃で焼失しており、1954年の再建とのこと。

 
L: 屋久島の形をした絵馬。  R: 参道脇には「益救之水」の自販機。バヒさんは気になっていたが1本200円で手が出ず。

そのまましばらく宮之浦周辺を探索する。バヒさんがウミガメを見たことないということで、屋久島うみがめ館へ。
アカウミガメとアオウミガメが1匹ずつ泳いでいたが、バヒさんは興味津々なのであった。僕は食ったけど(→2011.12.30)。

  
L: アオウミガメ。ウミガメのスープって知ってる?  C: 剥製の展示。左がアオウミガメ、右がアカウミガメ。
R: ウミガメ以外にもさまざまな動物。こちらはヤクシマカブト。ツノが小さくて体が赤っぽいことが特徴とのこと。

見学を終えると港方面へ。さっき上陸したばかりなので戻ってきた格好である。まずは屋久島環境文化村センターへ。
屋久島についての展示があったり映像ホールがあったりという施設なのだが、バヒさんはウミガメのTシャツを気に入り、
即購入したのであった。中国製の北斗の拳パチモンTシャツを喜んで着ていたくせに、オシャレに目覚めたか。

 
L: 屋久島環境文化村センター。誰が設計したのか知らないが、代々木の第二体育館にそっくりだな(→2015.5.10)。
R: エントランス。いちばん手前にはTHE NORTH FACE 屋久島が出店している。そこだけ雰囲気がちょっと違う。

宮之浦港にはターミナル施設が3つほど並んでいるが、いちばん東にあるのが県営フェリー待合所である。
円形と長方形の建物をくっつけた大胆なデザインで、坂本鹿名夫の円形校舎をなんとなく思いだすのであった。
(ちなみにバヒさんは坂本鹿名夫設計の円形校舎が残る浜井場小学校の卒業生である。→2021.10.92023.8.13

  
L: 県営フェリー待合所。設計者は誰なのか気になる。  C: 円形部分を正面から。  R: フェリー屋久島2が停泊中。

県営フェリー待合所の2階には一湊珈琲焙煎所が入っており、喫茶店大好きっ子のバヒさんとコーヒーをいただく。
レコードが流れる店内(というか待合スペースの一角)はくたびれた建物とは別世界。オシャレなものだと感心する。

  
L: 県営フェリー待合所から眺める宮之浦港。  C: 2階に入っている一湊珈琲焙煎所。  R: コーヒーをいただいた。

さて県営フェリー待合所の2階には授乳室もあるのだが、そこには「授乳関係者以外一般の入室を禁じます」という張り紙。
「授乳関係者」という新たな日本語の生成に爆笑する僕なのであった。そんなん、マサルがちょっとエッチな店に行ったら、
それでもう授乳関係者が一丁あがりやん! バヒさんはマサルが大好きなので、「マサルさんは授乳関係者かー」としみじみ。

 授乳関係者とは(哲学)。

宮之浦はだいたいこれくらいでいいかな、ということで南下開始。宮之浦エリアを出ると屋久島大社があるので参拝する。
こちらは隣接する製薬会社・恵命堂の創業者が1977年に創建した神社である。でも訪れたら意外とふつうの神社だった。
僕は標準的な御守を頂戴し、バヒさんは吸盤タイプの交通安全御守を頂戴してレンタカーにくっつけるのであった。

  
L: 県道77号に面する大鳥居から坂を上って屋久島大社。こちらが境内入口。  C: 拝殿。  R: 本殿。

空港の脇を抜けてさらに南下して、安房(あんぼう)の集落に入る。アウトドア用品店でガス缶を購入すると、
ショッピングセンターで明日に向けて水などの買い出し。着実に準備を進めていくわれわれなのであった。

 魚売り場にて。右のトビウオ丸ごともすごいが、左のチビキ(ハチビキ)ぶつ切りも大胆。

明日への準備ということではもうひとつ、屋久杉自然館へ行っておきたい。ここは荒川登山口へ行くバスの発着場所なのだ。
あとやっぱり博物館的な施設で屋久杉についてきちんと勉強すべきだろう、というのもある。入館料は600円である。

  
L: 屋久杉自然館。古市徹雄(乃村工藝社一級建築事務所)の設計で1989年竣工。なお設計者はコンペで選定している。
C: 玄関前に置かれている屋久杉土埋木(腐らず残った株)の前でポーズをとるレイバンな私。  R: 同じくバヒさん。

靴を脱いで中に入る。床は栂のブロックとなっており、木のぬくもりをまず足元から味わう施設となっている。
玄関から入ると「上の階」で、展示はこちらが主体。階段を下りた「下の階」では屋久島の写真コンテストをやっていた。
ただ、建築に凝っている分だけ展示内容は散漫な印象。かえってストーリーが弱くなる典型的なパターン(→2010.8.22)。
面白かったのは実際に紙やすりで屋久杉を削って香りを体験できるコーナーで、甘い香りがしたことにかなり驚いた。

  
L: 屋久杉自然館の中。履き物なしで木の床を歩くのは身体性の観点からしても納得である。地味に興味深い試みだと思う。
C: 縄文杉の紹介。新聞記事は縄文杉発見当時のもので、手前は雪で折れた縄文杉の枝。「いのちの枝」と名前がついている。
R: 旧尾之間庁舎に置かれていた輪切りの屋久杉。屋久杉は成長が遅いので緻密で樹脂分が多く腐りにくく、それで長命だと。

  
L: 屋久杉関連の展示コーナー。  C: 伐採に使われた各種の道具。  R: チェーンソーマンがいたよ。

 音楽を演奏するという巨大なマーブルマシンがあったが、正直よくわからないのであった。

屋久杉自然館手前のヘアピンカーヴにtama cafeという喫茶店があったので寄る。僕は迷わずぽんたんジュースに決めたが、
コーヒーも飲みたいぽんたんジュースも飲みたいバヒさんは大いに悩む。それで結局、両方とも注文したのであった。
「迷ったら両方いただく」というのはマサルの必殺技である。ついにバヒさんがマサルの領域に踏み込んだか。

 ぽんたんジュース。ポンカンとタンカンのブレンド。コーヒーも旨かったってさ。

最後に温泉である。屋久島に温泉は数ヶ所あるが、ぜひ挑戦してみたかったのが海岸にある露天風呂だ。
平内海中温泉は干潮でないと入れなくて、隣の湯泊温泉へ。入口の缶に300円入れて、勝手に脱いで浸かるスタイル。
「ヌシ」と呼びたくなるような人がいて、地元民ならではの話をあれこれ教えてもらうのであった。なかなか勉強になった。

  
L: 湯泊温泉の入口。  C: 入って左手に露天風呂。お湯はぬるめで暑い夏にはありがたい。  R: 周囲はこんな感じである。

ぬるめのお湯でさっぱりして宮之浦へと戻る。しかし屋久島の天気は非常に独特で、雨が降ったと思ったらすぐに止み、
また降りだす、その繰り返し。しかも車でちょっと走れば雨の降り具合がコロコロ変わる。雨雲がきわめて局所的なのだ。
とにかく天候が不安定で、春先の不安定さがもっと短いスパンと狭いエリアで繰り広げられる、そんなイメージである。
林芙美子が『浮雲』という作品で「屋久島は月のうち、三十五日は雨」と書いたそうだが、なるほどと納得してしまう。
雨が一日の中でも実に多様な降り方をするのである。屋久島は一月に35種類の雨が降る、という表現をしてもいいだろう。
しかし屋久島の皆さんはふだん洗濯物をどう干しているのだろう。これほど洗濯物を干すのがたいへんな島は他にあるまい。

宮之浦にある宿にチェックイン。運がいいことに、宮之浦岳を諦めたことで予約が必要になった分を連泊で確保できた。
さらに運がいいことに、この宿を経営しているのがすぐ手前の和食店・海舟で、そちらで晩ご飯をいただけることになった。
そしたらもう出てくる料理出てくる料理どれも旨い。あまりに旨くて止まらないわれわれ、メニューを端から注文する勢い。
屋久島産の焼酎を片っ端からロックで飲むなど凄まじい量を飲み食いしたが、一人5000円ちょっととはどういうことだ!?
思わず「バヒさん……オレ、実は飛行機が落ちて死んでるんじゃないか? ここ天国だよな? いろいろおかしいもん」
などと口走ってしまう僕なのであった。質と量と値段とすべてが完璧で、屋久島に来るまでの苦労がすべて吹っ飛んだ。

  
L: どの料理もめちゃくちゃ旨いので大興奮で記録していくバヒさん。鹿児島に来てから当たりを引き続けている模様。
C: 海老の塩焼。1皿1尾だと思って2つ注文したら1皿2尾だった。しかもとんでもなく旨い。  R: 感動にむせび泣く人。

 ウミガメTシャツに最高の料理でたいへんゴキゲンなバヒさんなのであった。

明日は縄文杉ということで恐怖の3時起きである。でもこれだけ幸せな気分に浸れれば、そんなのへっちゃらなのだ。



2025.8.4 (Mon.)

夏休み中に職員室の大改造があり、盆が明けたら個人の机に自由に物を置けなくなってしまうのだ。
教材研究させないつもりかふざけんな、と静かにキレ散らかしていたのだがどうしょうもない。いや、本当に頭に来る。
しかし一人で抵抗していてもどうにもならないので、撤去する前にどんな本を並べていたのか記録しておくのだ。

  
L: メイン本棚。無印の竹製ラックがいい感じだったのだが。下段の泡波と与那国(花酒)は生徒に見せるためのものですハイ。
C: 上段のラインナップ。授業に直接関係する資料よりも個人で持ってきた本の方が多いのが矜持なのだ。  R: 新書系は下段。

メイン本棚の上段は地理や歴史の参考になる本。下段は新書。最終的なラインナップは以下のとおり。
上段:今森光彦『にっぽんの里山』(→2024.6.19)、『惹かれあう美と創造—陶磁の東西交流』(→2022.12.16)、
『時代を映す錦絵―浮世絵師が描いた幕末・明治―』(→2025.4.27)、『日本の仮面――芸能と祭りの世界』(→2024.5.12)、
『別冊太陽 アイヌ民族』(→2013.7.23)、『南極飯!』(→2025.1.18)、『世界服飾大図鑑』(→2021.8.12)、
ロバート=キャパ『戦争』(→2025.4.17)、『和食』(→2024.2.18)、『Beautiful Japan 吉田初三郎の世界』(→2024.6.9)、
『国立民族学博物館 展示案内』(→2013.9.292025.2.17)、浪人時代の河合塾のテキスト、地理探究の教科書&指導書、
地理の資料集(第一学習社『GEO』)、『地歴高等地図』(超オススメなのだが新カリキュラムで絶版になった)、
歴史総合の教科書&資料集、理数探究基礎の教科書、通信の大学の教科書『国際法』『国際関係論』、
斎藤整『ヨコから見る世界史』『タテから見る世界史』、村瀬哲史『村瀬のゼロからわかる地理B 地誌編/系統地理編』、
『戦後西ドイツのグラフィックデザイン モダニズム再発見』(→2025.4.20)、『道玄坂の商店主が見た渋谷1962-1983』、
『恋し、こがれたインドの染織-世界にはばたいた布たち-』(→2023.10.22)、『データブック オブ・ザ・ワールド』、
『地理統計要覧』、『データが読めると世界はこんなにおもしろい データブック オブ・ザ・ワールド入門』、
『地図で楽しむ本当にすごい神奈川』、地理用語集、蔭山克秀『人物で読み解く倫理』、
『語りあい ひらける世界 みんぱく五十年の歩み』(→2025.2.17)。
下段:旦部幸博『珈琲の世界史』(→2022.6.24)、角山栄『茶の世界史 改版 緑茶の文化と紅茶の社会』(→2022.6.20)、
橋爪大三郎『はじめての構造主義』(→2004.12.1)、橋爪大三郎『戦争の社会学』(→2016.11.28)、
木下是雄『理科系の作文技術』(→2021.5.30)、丸山眞男『日本の思想』(→2022.10.25)、
レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』(→2010.3.17)。隣のDVDの中身は左が『映像の世紀』(→2023.2.12)、
右は『モンティ・パイソン』(→2001.9.192001.11.162009.7.232009.7.242009.8.82020.3.242020.4.23)。
さらに右は授業のスケジュールを記録した手帳で、4月はじまりの沖縄手帳を使っている。

 
L: サブ本棚「おてもと文庫」。無印の段ボールのラックに日焼け対策で布をかけている。 ローテーションで、今は芹沢銈介。
R: 「おてもと文庫」のラインナップは完全に個人の趣味に走った文庫本。いちおう、他人に貸し出せるようにはしている。

「おてもと文庫」の最終的なラインナップは以下のとおり。
橋爪大三郎『世界がわかる宗教社会学入門』(→2006.5.31)、ロラン=バルト『表徴の帝国』(→2008.11.6)、
岡本太郎『太郎写真曼陀羅 岡本太郎の宇宙 別巻』(→2017.6.22022.10.22)、
オルテガ=イ=ガセット『大衆の反逆』(→2021.1.17、ただし岩波文庫版)、
ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(→2008.12.11)、
E.H.カー『危機の二十年――理想と現実』(→2021.2.24)、モーゲンソー『国際政治―権力と平和』(→2022.8.26)、
和辻哲郎『風土 人間学的考察』(→2008.12.28)、三好行雄編『漱石文明論集』、
吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー』(→2004.12.2)、
ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』(→2004.7.1/2024.10.16)、浅田彰『構造と力』(→2004.3.21/2025.6.30)、
藤原正彦『祖国とは国語』(→2009.8.5)、深田久弥『日本百名山』(→2022.9.5)、
宇都宮徹壱『フットボールの犬』(→2012.1.12)、椎名誠『全日本食えばわかる図鑑』(→2007.6.6)、
W.ギブスン『ニューロマンサー』(→2005.1.8)、G.オーウェル『1984』、
ゴールディング『蠅の王』 (→2005.10.252020.8.9)、
長谷川晶一『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(→2021.1.3)、
中島敦『山月記・李陵』(→2024.8.31)、『古伊万里入門』。

以上。しかし職員室に本を持ち込めないとは教員をナメとる。正直、退職を考えたくなるほどバカにされている気分だぜ。



2025.8.1 (Fri.)

『F1/エフワン』。『トップガン マーヴェリック』(→2022.8.9)のスタッフが今度はF1を映画にしたよ。主役はブラピ。
こちらもやはり、「よくつくったなあ偉いなあ」という映画である。本当は映像や音響のいい映画館で観たかったのだが、
条件のいい劇場がぜんぜん見つからない。あんまり人気がないのかなあとションボリするが、客の入りは悪くなかった。

ところどころアメリカ的価値観が差し込まれて理解できずに戸惑うが、全体的には十分満足できる作品なのであった。
本当に面白いのはもちろん実際のレースなのだが(→2012.3.102016.11.21)、フィクションをすごくよく見せている。
レースの展開や迫力のある映像で非常にいい緊張感を持たせることができているので、見応えはかなりのものだ。
タイヤ交換のスピーディさを示すシーンは本当に見せ方が上手くて惚れ惚れする。F1の魅力をしっかり感じられる作品だ。
ただ、ブラピの無鉄砲さと老獪さを強調するためか、マシンを壊すシーンが多めに盛り込まれているのはやりすぎだろう。
彼のダーティな戦いぶりも、実際にはすべて若手を勝たせるため、チームにポイントを取らせるための戦略であることは、
対話の中ではっきりと示してほしいところ。実際に戦略として興味深いけど、そればっかり続けられるとモヤッとする。
だから若手が離脱中に実力で順位を上げていく姿があっさりめなのも残念。ここは観客にとってはスカッとする部分だし、
ヴェテランの活躍を強調することで、対照的に焦る若手の心情をより自然に示すいい材料となったはずなのだ。

全般的に、ストーリーをできるだけ劇的にもっていくためか、副作用として感情に無理が生じているところが気になる。
じっくり仲良くなるべきところをもったいぶってから一気にやっているため、若手やその母親の心情に無理が生じている。
順番が違うのだ。傲慢な若手がクラッシュを経て反省するのはいいが、それが最終戦の前というのは遅すぎるのである。
ブラピは的確なアドヴァイスを出しているうえに必死で救出活動をしている。そこを一度完全スルーしているのは不自然だ。
またラスヴェガスでのブラピのケガも実は不要だ。このケガを若手が一気に歩み寄るきっかけとするのは、極端すぎるだろう。
むしろここをふたりが協力したけどマシンのせいで勝ち切れなかったレースとし、さらに互いの連携を高める展開の方が、
流れとしては自然かつドラマティックになったはずだが。結局、心情に変化をもたらす対話の場面が少なすぎるのである。
というわけで、もっと面白くできただろう!という不満はある。十分に面白いからもっと要求したくなる、そういう気持ち。
IMAXでもう一度観てえです。鬼滅よりもこっちをもっとIMAXでやってよ! むしろ鬼詰(→2020.11.13)をIMAXでやれ!

しかしまあ、この話はブラピだから成り立っている部分は確かにある。まったくイケおじってのはズルいもんだぜ。


diary 2025.7.

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