というわけで高校卒業30周年記念の同窓会である。みんな真人間なので正直行くのに億劫な気持ちもあるのだが、
むしろ行って真人間の皆様の感覚を学んでおかないといけないという意識の方が強いので参加するわけでございまして。
わがC組はテーブルが2ヶ所に分かれるくらいのメンツが集まって、みんな元気そうで何よりなのであった。
他クラスはぜんぜんわからんけどC組のみんなは即わかるわけで、なんだかんだクラスの絆は強いもんだと実感。
しかし高校公式の同窓会が15年ぶりだとは(→2013.1.2)。つい5年くらい前のことだと思っていたのでびっくりだ。
(C組単独の同窓会は6年前にやったが(→2019.1.2)それとは別という認識はあり、どちらも時間が圧縮されていた。)
日記のせいか僕はふつうの人とは違う時間の感覚で生きているとは自覚しているが、それにしてもこれは衝撃だった。
![]()
![]()
L: 担任だったシンカイ先生のスピーチ。なかなかのヴォリュームなところに……
C: ハーモニカの演奏が始まりC組全員ずっこける。しかもきちんと上手いんでやんの。
R: 校歌斉唱。歌詞が出たけど伊那郡の「郡」の字が違うぞコラ、とツッコミを入れる当方。先生の希望(演歌歌いてえ)により、C組は全員公式2次会をスルーしてカラオケに突撃するのであった。
そしてカラオケ屋ではなんと、歌よりもまず先生の手品が始まるというフリーダムぶり。一段落してから演歌を熱唱。
その後はみんなも高校時代のレパートリーを披露するのであった。……僕? 僕は『あの鐘を鳴らすのはあなた』ですよ。
あとはタカマサ氏からがんばっている話を聞いたので、ぜひ力になりたいなあと。全力で応援させてもらいますよ。
![]()
L: 手品を披露するシンカイ先生。 R: 演歌を熱唱するシンカイ先生。お元気すぎて何よりでございます。先生は来年喜寿を迎えるということで、それを祝う会が設定されたのであった。楽しみに待たせていただきます。
※後日画像の追加があります
この3連休の中日に高校の卒業30周年記念同窓会が開催されるということで、行かないのも根暗な話なので、出席することに。
でも直接実家に帰るのはつまらないので夜行バスで名古屋まで行き、動きまわってから夜に飯田に到着するプランを立てた。
当初は根尾谷断層の写真を撮るつもりだったが、現存する国宝の源氏物語絵巻を徳川美術館で全点公開中ということで、
せっかくなのできちんと見ておくことにしたのである。開館30分前に現地に着いたらさすがになかなかの行列なのであった。
![]()
L: 徳川美術館のある徳川園の黒門口。 R: 徳川美術館。これは後で撮影したもので、着いたときには蛇腹状の行列ができていた。本来なら10時開館なのだが、9時45分過ぎから入場開始となったのがありがたい。まずは常設展で分散させる仕組みで、
書院飾りのコーナー以外は撮影可能。細かく見ていくとキリがないので、重要文化財だけ押さえていく雑な鑑賞スタイル。
![]()
![]()
L: 銀溜白糸威具足。サントリー美術館『徳川美術館展 尾張徳川家の至宝』で見たやつだ(→2024.8.26)。
C: 唐物茶壺 銘 松花(国指定重要文化財)。 R: 刀 折返銘 備中国住次直(国指定重要文化財)。個人的にはやっぱり能面が面白い(→2024.1.20/2025.5.28/2025.9.7)。2つしか展示されていなかったのが残念。
わざわざ館内に能舞台を再現しているくらいだから、きっと能面コレクションも充実しているのだろうと思うのだが。
![]()
L: 能面 姥。「高砂」では媼の面として用いられる。 R: 能面 慈童。少年の姿を借りた精霊を表した面で、観世流で用いられる。
![]()
![]()
L: 名古屋城二の丸殿付属の能舞台を復元。左は紫地秋草に紫地秋草に蝶文長絹、右は紺地飛雲・巴文金襴袷狩衣。
C: 紅地柴垣に桐・秋草文唐織。唐織は色糸や金銀糸を交えて文様を表しており、最も絢爛豪華な能装束とのこと。
R: 白・納戸細格子と茶・花色・黄・赤・白横縞腰替熨斗目。腰替は腰の辺りで柄の印象が変わるものを指す。名品コレクション展示室の最後は、源氏物語絵巻の企画展に合わせてか、源氏物語関連の特集となっていた。
特に文化財には指定されていないようだが、17世紀のわりにはやたらと保存状態が良くて驚いた。さすがである。
![]()
![]()
L: 源氏物語画帖より「桐壺」。絵は土佐光則。 C: 同じく「若紫」。 R: 同じく「夢浮橋」。
源氏物語蒔絵箔箱。人物を描かず『源氏物語』の場面を表す「留守模様」とのこと。
蓬左文庫展示室では尾張徳川家の家臣団についての展示(撮影NG)。美術品だけでなく博物館的な展示も押さえている。
廊下を歩いて本館展示室へ向かうと、いよいよ国宝・源氏物語絵巻である。徳川美術館の開館90周年記念ということで、
五島美術館から借り、断簡も借り、現存するものを集められるだけ集めて展示するという大変ありがたい企画なのだ。
最前列で鑑賞したい人は本館展示室の入口前で待機列に並ぶ仕組みとなっている。せっかくなので僕も素直に最後尾に。
展示室に入ると仕切りがあって、源氏物語絵巻を間近で見るには並ぶしかないのであった。おとなしく並んで大正解。感想としては、とにかく絵が素朴。絵巻物の最盛期は、実は鎌倉時代なのである(→2023.11.11)。
武士が政治を支配するようになると、権力を持っていた過去を回顧するかのように、貴族の宮廷文化がさらに成熟する。
国宝の源氏物語絵巻はそれ以前の平安時代末期に制作されたもので、その分だけ素朴な仕上がりとなっている。
しかしこれを手本としてその後の絵巻物が発展していったと考えると、「これが元祖か!」という感動がある。
色落ちや剥落などがあって状態は決してよくないが、ややくすんでいる色合いがしっくりくる印象もある。
絵が素朴であるのとは対照的に、詞書の文字は流麗そのものであり、たっぷり装飾がなされている紙も美しい。
平安時代には三筆や三蹟がいたように書の芸術が先にあり、絵が洗練されてくるのはやや遅れてのことなのだと実感。
しかし明らかに複数の筆跡があり、絵にも複数の筆致がある。衣装などの模様にこだわる人とそうでない人がいて、
顔を白く塗ったり塗らなかったりと異なる作風が見られる。完成するまでに複雑な経緯があったような感触がする。
展示室の中央では復元模写が展示されていて、比較して見られるのはありがたい。でも本物の素朴さの方が魅力的だった。鑑賞を終えると徳川園に寄ってみる。しかし庭園としてはつかみどころがなく、たいへんイマイチなのであった。
しっかりアスファルト舗装されているのが気に入らない。入園料が300円する意味がわからない。無料でいいレヴェル。
![]()
![]()
L: 徳川園の園内はこんな感じ。 アスファルト舗装が気に入らない。 C: 大曽根の滝。モミジの葉が邪魔。 R: 芝生広場。
![]()
![]()
L: 菖蒲田。 C: 中心となっている龍仙湖。 R: 西側の飛び石。
![]()
![]()
L: 亀島。これは確かに亀だ。 C: 紅葉の具合はまずまず。 R: 大曽根側から見た龍仙湖。左に観仙楼。
![]()
![]()
![]()
L: デカい鯉がいっぱいいるのであった。 C: 北西端の牡丹園。 R: 見頃は4月の中・下旬とのこと。天気がよかったけど源氏物語絵巻の鑑賞にそれなりのエネルギーをとられてしまったので、おとなしく日記を書いて過ごす。
予定より早めにバスに乗り込んで飯田へ帰るのであった。明るいうちにバスに乗って帰るのはずいぶん久々な気がする。◇
晩メシはバヒサシさんに誘われており、料理が旨いというオススメの居酒屋へ。全国各地のワンカップ酒が置いてあって、
気ままに飲んでいくわれわれなのであった。特に最後に食ったラーメンが具材の味付けを深く計算している逸品で、
『ラーメン発見伝』(→2024.1.19/2024.3.18/2024.5.15)を読んで以降、作り手の意図を考えるようになってしまった僕は、
コレはこういう意図じゃねえか、アレはああいう意図じゃねえか、とウンチクを語るのであった。まあ酔っ払いですんで。
![]()
![]()
L: 舌鼓を打つバヒさん。 C: 蕎麦だしラーメン。 R: ラーメンをいただくバヒさん。おいしゅうございましたね。その後はバヒさんの部屋でウイスキーの試飲会。僕がサントリー白州蒸溜所の土産で買ったウイスキー(→2025.8.17)を、
ありがたく試飲させてもらう。バヒさんの言うとおり、白州12年よりも白州蒸溜所限定のウイスキーの方が強烈に旨かった。
飲めない自分でも鼻に残る香りを楽しめてしまうのである。これは毎晩ペロペロ舐めてもいいのではないか、と思えるほど。
ウイスキーって、飲むよりもまず香りを楽しむものなんですね。
その後はバヒさんオススメのコーヒー・グアテマラをいただく。こちらも同じく鼻に残る香りを楽しむものなのだと実感。
違いのわかる男の趣味を楽しんでいますなあ、と尊敬の念を抱くのであった。ちなみにバヒさんはマサルの大ファンなので、
話題の大半はなぜマサルがモテないのかという疑問について。まーそりゃアレだ、モテない方が楽しいからだよきっと。
circo氏から成田山の御守を頼まれており、国立歴史民俗博物館で面白そうな企画をやっているので、ちょいと行ってきた。
![]()
![]()
L: 本日も大盛況の成田山表参道。外国人観光客ももちろん多いが、それ以上に日本人の参拝客がいっぱいなのであった。
C: 山門。「七五三」の看板を見て真人間の皆様の行動様式に気がつくダメ人間。 R: 本堂。しかしいつ来ても大人気だ。お参りして御守を無事に頂戴すると、せっかくなのでおみくじを引いてみることにした。そしたら見事に凶が出た。
ここ最近はメンタル面がやや落ち気味で、「やらなくてはいけないこと」よりは「やっておきたいこと」に追われており、
質の高い仕上がりを求めて自分を追い込む傾向があったのだが、凶が出たことでむしろ気分がすっきりした感じである。
ああ、底を打った、と。しかし書いてある内容がことごとく悪くて笑えてくる。記念に財布に入れて持ち帰ってしまったよ。
しばらく面白がれそうだ。「恋愛─これから新しく始めるのは凶。」って、実はもう始まってたらOKなんですかねドキドキ。
凶。喜び事は期待できない、待ち人来ない、訴訟は負けになる、縁談ととのいがたい、etc。
昼メシ食って佐倉に移動すると国立歴史民俗博物館へ。企画展はかなり面白かったので、明日以降の分できちんと書きます。
歯医者のお世話になるのであった。前の遠い職場の通勤途中にある歯医者なので行くのは手間がかかるのだが、
腕のいい歯医者には遠くであってもお世話になりたいものなのだ。今回は前半戦なのだが、しっかり処置してもらえた。いったん自由が丘まで戻ってから、二子玉川の「ソラシドエア Presents グリーンスカイフェスタ2025」に行ってみる。
さまざまな自治体が九州・沖縄の各地からやってきて名産品を販売。活気があってたいへんよろしいのであった。
実は長崎からの帰りにソラシドエアの機内販売で、あまりにもデザインを気に入ってしまってタンブラーを購入したのだ。
今回、ソラシドエアのブースにあれば予備としてもう1個買っちゃったかもしれなかったが、残念ながら売っておらず。
こちらがそのタンブラー。職場で愛用しております。
そんな具合にのん気な午後を過ごすと、あとはひたすらテストづくり。おかげで日記がものすごい不調だが、仕方ない。
石垣島の100ml泡盛を飲んだ勢いでテストをつくろうと思ったら1ミリも進まなかったでござる。
諸事情(→2025.10.27)により授業が忙しくなり、テストづくりが忙しくなり、なかなか精神的な余裕がない状況である。
そろそろ年末の帰省についても考えなくてはいけないのだが、帯状疱疹以来どうも守りに入っている自分がいると感じる。
がんばって動いても天気に翻弄されてメンタルを削られたら(→2025.11.1/2025.11.2/2025.11.3)、と思ってしまうのだ。
行きたいところはあるけど踏ん切りがつかない、という状態。歳のせいとは思いたくないのだが、それも含めて停滞中。
しかし今年になって、なんでこんな急にクマが人を襲うようになったのやら。毎日ニュースで聞くとは、明らかにおかしい。
ひと気のないクソ田舎も平然と歩きまわるような旅をしている自分には(→2025.7.19)、まったく他人ごとではないのだ。
北海道のヒグマがヤバいのは周知の事実だが(→2013.7.22/2019.9.16)、本州のツキノワグマがこんなに暴れるとは想定外。
これではまるでモンスターに戦々恐々とする異世界マンガと変わらない生活ではないか。いったいどうしてしまったのか。
雨で調子が上がらないので、わりと近所の五島美術館へ。『古染付と祥瑞―愛しの青―』ということで自分には必修課題。
まず古染付と祥瑞、それぞれの定義について。どちらも17世紀前半に中国の景徳鎮でつくられた陶磁器である。
古染付はやや沈んだ色調の青で描かれており、素朴さが残る。初期伊万里(→2023.3.16)の先輩格と言えそうな印象だが、
さすがに古染付の方がまだ洗練されている。日本からの注文もかなりあったようで、織部好みなんかの桃山文化を反映して、
あえて形を歪ませるなどの大胆な造形が特徴である。のびやかな発想の器が多く、気取らない感じがなんとも心地よい。中間的な移行期を経て現れるのが祥瑞(しょんずい)。幾何学的な文様や縁起のいい吉祥文様を特徴としているが、
それらが鮮やかな青によって緻密に描かれている点が最大の魅力。また造形も文様に応じた工夫がなされている物が多い。
香合や茶碗を中心に繊細で完成度が高く、個人的にはドストライク。祥瑞は明確に日本からの発注でつくられており、
茶の湯で使われる品々が生産されていた。特に小堀遠州は祥瑞を珍重していたそうだ(「綺麗さび」→2024.5.21)。
しかし明清交替の混乱と清の海禁令の影響で輸入できなくなってしまい、代わりに有田焼が発展したのはご存知のとおり。
こちらも伊万里/有田の先輩格となっており、特に古九谷様式の時期には祥瑞を参考にした「祥瑞手」という作風が現れた。
東京国立博物館の祥瑞茄子香合が展示されていた。2年前の写真(→2023.4.15)を再掲載。
今回は全国の美術館から名品をたっぷり集めており、かなりの見応え。おかげで古染付と祥瑞についての理解が深まった。
金がないのについつい図録を買ってしまったではないか。でも本当に充実した内容だったので、悔いはまったくないのだ。
宮本常一『忘れられた日本人』。西岡は「つねかず」だけど、宮本は「つねいち」。
大学時代に読むべしと言われていた気がするのだが、この歳になるまでスルーしていたという体たらく。お恥ずかしい。
で、実際に読んでみると凄まじく面白い。こんな凄まじく面白い本を読まないで生きてきたことを強く後悔しているしだい。近世から近代へと社会が大きく変化するわけだが、地方での生活にはタイムラグがあり、緩やかに変わっていく。
そんな状況を背景に、村人、女性、漂泊民といったさまざまな人々の言葉を記録していく。それが前半の構成。
(変質する社会に対する敬意と諦念の混じった記録では、レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』も重要だ。→2010.3.17)
後半になると大きく変化する時代の中で、地域での生活を切り開いていった人々に特に焦点を当てる内容となる。
やはり「世間師」の概念が興味深い。近代以前にもとんでもない旅をしている人々がいたのは、個人的には共感できる。
彼らは地元に戻って知識を共有するのだが、そこで文字を知らない者と知る者の間で姿勢に差が出る指摘もまた面白い。
民俗学とは彼らの思考/志向/嗜好の延長線上にあり、それは好奇心という人間性に直結しているものなのだろう。
僕もcirco氏もそっち側の人間であること(⇒circo camera)、自分の中に刻み込まれたDNAを再確認した気分だ。ただ、宮本常一の時代にはまだ農業が身近にあった。だから「百姓としての知」が前近代の共通言語として機能した。
「忘れられた日本人」というタイトルが示しているとおり、現代はずいぶん遠いところまで来てしまったと思う。
そして貧しいからこそ目を向けることのできた(また強いられた)「豊かさ」を、ずいぶん切り捨てて来てしまったとも思う。
時間のスパンが加速度的に短くなり続けている使い捨ての現代に、民俗学として記録する価値のあるものはどれだけあるのか。
どんな時代でも変わらない人間性をあぶりだすために記録はなされるはずであり、そのあらゆる対象に貴賤はないはずなのだ。
しかし、娯楽や情報があふれて細分化している現代は、過去のそれらほどには面白がることができないように思えてしまう。
過去の人々が拙くとも自力で見つけていたのに対し、現代のものはすべてが「お客さん向け」であるように感じられるのだ。
貧しくても生産する社会から、消費に躍起になる社会への変化。僕の感情は、ノスタルジックなものでしかないのだろうか。
世界一日記を書きやすい洗足のドトールが2月で閉店ですと! これは驚天動地の事態なのであります! 日記ピンチ!
隣のクリーニング店も閉店するというので、洗足駅じたいが再開発となるのか。万物流転じゃのう、としみじみ。
昨日の北陸新幹線をもってJRの乗りつぶしを完了したわけだが、正直なところあまり感慨はない。
もともと鉄ちゃんではないわけで、自分にとって乗りつぶしとは、あくまで「行っておきたい場所」の目安だったのである。
そこに行く手段があるから乗っておく、それだけ。鉄道は交通の手段にすぎず、それ自体が目的になることは決してない。
それに、ボケッとしているうちに廃線になってしまい乗りそびれた路線が存在する以上、目標はずっと未達成のままなのだ。
(旅が本格化してからはなんとか廃線前に乗るようにしたのだが、岩泉線は結局ダメだった。これはいまだに悔しい。)
まあでもこれで、「ぜひ乗っておかなくちゃ」という強迫観念からしばらく解放されることになるのはありたがい。
本当にそれくらい。自分の中で「行ったことがある」という形で一定のケリをつけた、それだけ。幸せなことではあるけどね。
「乗りつぶしオンライン」で制覇を確認。おめでとうございますって出るのね。