diary

past log


2025.12.26 (Fri.)

『大カプコン展』(→2025.5.31)が東京にやってきたよ!ということで、CREATIVE MUSEUM TOKYOに行ってきた。
展示は基本的には大阪のときと一緒だが、会場はやや狭め。とりあえず大阪で注目しなかった部分について写真を貼る。

  
L: 『バルガス』のポスター。1984年5月、すべてはここから始まったのだ。
C: 『戦場の狼』と『魔界村』。  R:『1943』と『ストリートファイター』。

 北米版『MEGAMAN』のカートリッジ。まったく別のゲームにしか見えない。

あらためて「ドット絵時代の創意工夫」に着目する。ロックマンの描き方については大阪のログ(→2025.5.31)を参照。
そのときにきちんとクローズアップしなかった色数制限についてお勉強。3色のパレットを用意してドット絵を描くのだが、
ロックマンの顔と体で別のパレットを使っている。全体ではパレット4つまでしか使えないので、残りは2つとなってしまう。
そのパレットも輪郭の黒と目などで白の2色を優先するので、実質的に敵キャラは1色で塗っている感じになるわけだ。
まったく違和感なく遊んでいたが、きちんと立体感が出たデザインになっているということだ。これは職人芸すぎる。

  
L: 1画面は横256ドット×縦240ドットで、タイル状のパーツを配置して背景をつくる。それと別にキャラクターの層がある。
C: 3色のパレットを4つ用意し、うち2つをロックマンにあてる。残りのパレット2つと合わせた12色でキャラクターを表現。
R: 敵キャラクターに使われているパレット。こうして見ると白と黒以外のほぼ1色で塗っている感じ。凄まじい職人芸である。

ドット絵の話が終わっちゃうとモチベーションがダダ下がりになってしまうのが面倒くさいおっさん全開で申し訳ないが、
これはもうしょうがないのである。内容は大阪のときとほぼ同じだったので、そっちのログを参照されたし(→2025.5.31)。

 
L: プロジェクションマッピングの3Dモデルは春麗もあったので、今回はきちんと撮影しておいたよ。
R: 「モンスターハンター 超立体図鑑」は要するに、画面上に存在するキャラクターの影を投影しているってことみたい。

最後の「FINAL ROUND 受け継がれるカプコンらしさ」では、大阪にはなかった作品があったので撮影しておく。
90年代半ばから現代に通じる「カプコンらしさ」が確立されたように思うが、格闘ゲームのマッチョ表現が影響大な感触。

  
L: 『ロックマンX』。SFCということで気合い十分。  C: 『ストリートファイターZERO』。この頃になると興味ないなあ。
R: 『ヴァンパイア』よりモリガン様をクローズアップしてみる。ああモリガンかなり好きさ! ぐちゃぐちゃにされたいさ!

さて、大いに興奮したのが『ファイナルファイト』のデザイン画である。企画段階の絵はだいぶラフだったようで、
知っている完成した絵との違いがかなり興味深い。アクションもパターンを意識したつくり方がなされているのがわかる。

  
L: 『ファイナルファイト』のタイトル画面。  C: 囚われたジェシカ。  R: 元絵はかなり濃ゆい顔で少々びっくり。

  
L: キャラクターセレクトの絵もだいぶ違う。ガイなんて謎の修正が入って無精ヒゲのおっさんではないか。
C: コーディのアクション。懐かしいシルエット。  R: 宙返りのアクションも絵をそのまま回転させているわけだ。

  
L,C: ハガーの絵は独特なシルエットが本当に面白い。よくこういうキャラクターを思いついたものだと感心する。
R: ハガーのさまざまなアクション。ハガーは特に上半身の動きに力が入っているようだ。カプコンマッチョの源流か?

  
L: ガイの回転蹴り。  C: ポイズン/ロキシー。実はニューハーフという設定には、さすがアメリカと震えたぜ。
R: めちゃくちゃ丁寧に描かれていて見応えのあるダムド。プレイヤーが最初に戦うボスだから力が入っているのか。

最後にさまざまなゲームから少しずつコラージュするような感じでまとめ。『キャプテンコマンドー』のアメコミ調が、
そんなのあったなーと懐かしい。企画書とデザイン画は永遠に見ていられるので、他のゲームもどんどん出してほしい。

 
L: 『キャプテンコマンドー』。  R: 『CAPCOM Friendly Club』創刊のイラスト。

以上でおしまいである。大阪から名古屋、鳥取と巡回しているうちにグッズがだんだんと充実してきているようで、
今回はロックマン関連のものをちょいと購入。どうせなら『大ロックマン展』をやってくれればええんよね。
そして東京ならではなのが、ミュージアムに併設されているカフェのコラボメニュー。せっかくなのでいただいた。
「ロックマンvsイエローデビル カレー」である。よく考えたらこういうコラボカフェで注文するの、初めてかもしれない。
で、お味のほどは独特のスパイシーさがあるものの、ゲームのイエローデビルほど辛口ではないのであった。

 分裂するイエローデビルのパーツを唐揚げで表現。考えた人に敬意を表していただいた。

年末とはいえ平日だったからか、思っていたよりずっと空いていた。『大ロックマン展』ならもっと混むんでないかい?



2025.12.24 (Wed.)

クリスマスにはシャケを食う!

緊急保護者会お疲れ様でした。ひとこと言わせてくれ! みんな被害者!


2025.12.23 (Tue.)

今シーズンのアニメは本当にひどくて、まあ僕がテキトーにピックアップしているせいかもしれないが、
それにしても本当にひどくて、見ていて心の底から時間のムダだなあと呆れてしまうものばっかりである。
特に設定から話の筋までクソ・オヴ・クソなのが、もうタイトルからして悪ふざけでしかないのだが、
『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』。
むしろどれだけひどいんだろうと興味本位のヒドいもの見たさで見てみたら、本当にとことんヒドかったわけでして。
いったいどういう性格をしていたらこういう話を書いたりこういう話を好んだりするのやら。疑問しかない。

しかし冷静になってみると、このアニメ、まさに声優さんの腕の見せどころなのである。
とことんヒドいキャラクターだからこそ、それに合わせて演じきる。とことんヒドい話だからこそ、それに合わせて演じきる。
そういう目で見てみると、一周まわって面白くなってくる。最低な作品も、演じる側としては最高のやり甲斐となるわけだ。


2025.12.22 (Mon.)

『ニュー・シネマ・パラダイス』。20年前にDVDで見たとき(そっちは完全版)の感想はこちら(→2005.10.21)。

意地悪く言えばこの映画は「映画おたくの自己弁護の究極形」ではあるのだが、狂えるものがあるということは、
幸せなことなのである。極限まで狂うことができた者が手にする栄光で物語を締めるのは正しいので、文句はない。
田舎と恋愛は決意を鈍らせる。それもまた真実である。だから文句はない。相変わらず尺は長くも端的だなあと思う。

そんな具合にこの映画はいろいろストレートなのである。そしてエンニオ=モリコーネの音楽といい、
ラテン系のおっさんたちの演技といい、やっぱり全力のストレートで殴ってくる。素直にノックアウトされればよいのだ。


2025.12.21 (Sun.)

昨年(→2024.12.22)に引き続き、リョーシさんが上京してのM-1グランプリ鑑賞会である。
が、せっかく集まるのだからその前にも何かやろうぜということで(M-1を予選から見るのは疲れるのでナシで)、
意見を集約したところ国立競技場(→2023.9.24)で開催中のリアル脱出ゲーム「国立競技場からの脱出」に決定。
(マサルは「『果てしなきスカーレット』を観てなんとか褒めて好意的な感想を言い合う遊び」を提案したが却下。)
そしてみやもりの娘さんがぜひ脱出したいということで参加、マサルは用事があったのを思いだして不参加、
結局おっさん3人+娘さんの4人でチャレンジとなった。なお、リョーシさんはこの手のゲームは初めての模様。
「隈研吾の国立競技場からの脱出でザハ案に戻る!」とか言いながらゲームスタートするわれわれ(言うのは主に僕)。
僕はイヴェントスタッフで食いつないだ時期があるので、 スタッフの皆さんお疲れ様です、とひたすら思うのであった。

  
L: スタート地点はVIPエリアだと。障子が海外の勘違いした和風っぽさ満載。  C: 1階スタンドから眺めるトラックとフィールド。
R: リアル脱出ゲームは「クリスマスワンダーランド 2025in国立競技場」の一環で、北側にはSASUKEの「そり立つ壁」があった。

さて謎解き開始。僕は暗号系の問題には強い方と自負しているが(有名人のサイン色紙の解読をさんざんやらされるのだ)、
それ以上にそそっかしい性格であるため、渡されたアイテムをまず吟味するという習慣がない。そして注意事項も読まない。
そういう人の話を聞かないタイプは結局詰まるようにできているのである。解ける問題と解けない問題の落差が激しくて。

  
L: まずは1階コンコースで情報収集。その後、スタンドに出て大型ヴィジョンの映像を見て答える問題も。おじさん目が悪いの。
C: スタンドに着席して謎解き。注意事項を守って座らないとわからない問題があり、落ち着きのない僕は苦戦するのであった。
R: 謎解きだけでなく、国立競技場のふだん入れない箇所を見ることができるのが売りなのだ。バックヤードは楽しいねえ。

  
L: 室内練習場では椅子取りゲーム的に「だるまさんがころんだ」で謎解き。動いてしまうと審判のホイッスルが鳴らされる。
C,R: かわいくてどっちの写真にするか選べなかったので2枚とも貼っちゃう。娘さんが楽しそうで何よりですよホントに。

 バックヤードたーのしー!

みやもりの娘さんは謎解きに慣れているようで、猛スピードで解読したり絶対的に詰まって悶えたりしている僕を尻目に、
着実なペースで解き進める。こちらはもう、頭やわらかいなーと感心するしかない。そしてみやもりは完全に娘さん任せで、
テキトーさに磨きがかかっている印象である。まあそれはそれで子どもの自主性を重んじる理想的な父親像なのは確かだが。
一方で謎解きにまったく慣れていないリョーシさんは苦戦。やっぱり謎解きゲームには特有の文法があると思うのである。

  
L: 再び謎解きポイント。当方、やはり暗号解読問題はスイスイ解けるが、アイテムが絡むと轟沈。みやもりの娘さん頭やわこいね。
C: メインエントランス(ANDONホール)。照明は隈研吾によるデザインだとさ。  R: 謎解きに取り組む親子の麗しい姿。

メインエントランスの謎をクリアすると選手控室へ移動。制限時間は2分だが、中を見学できる貴重な機会ということで、
まずは激写から入る私なのであった。正解数で次の体験が少々変わるのだが、慣れないリョーシさんは1問落としてしまい、
ウォームアップエリアでのPKゲームがサッカーボールではなくラグビーボールになってしまった。厳しいハンデですなあ。

  
L: 選手控室では制限時間2分間の2択クイズ。  C: 選手控室内の洗面・浴室。  R: クイズに解答中のお三方。

 全員無事にゴールを決めてメインエントランスに戻る。

メインエントランスでもう一度謎を解くといよいよラストミッション。国立競技場のトラックに出て10分間で4つ謎を解く。
遠くにあるヒントの方がわかりやすいという工夫があるのだが、これが実は次の問題のヒントにもなっていてなるほどと。
テキトーに素早く済ませようとする僕は謎解き特有の文法にしっかり引っかかるのであった。何度やっても学ばないねえ。
正解を聞いた後だと「問題文はまあそういう表現になるかあ」と理解はできるのだが、ノーヒントだとなかなかつらい。
ここが謎解きへの慣れがいちばん出る部分だと思う。そんなわけで僕とリョーシさんがトラック上で悶えまくっている間に、
みやもり親子は脱出に成功。まあ最後の最後で暗号解読してちょっと貢献できたから僕は満足である。おめでとう!

  
L: 最後は10分間で4つの謎を解くのだが、ついに国立競技場のトラックに出る。すっかり空が暗くなっちゃったね。
C: 脱出成功の証明書をもらう娘さん。よかったよかった。  R: ゴール地点で記念に撮影なのだ。お疲れ様でした。

 
L: 妖しいお店の写真みたいになっちゃっている敗者その1。  R: 非常に態度の悪い敗者その2。

思いのほか時間がかかってしまい、少々慌て気味で現地解散。楽しゅうございました。またみんなで遊びましょう。

独身コンビはJRを素早く乗り換えて渋谷へ移動。日曜の渋谷の人混みに大いに閉口しつつ東急フードショーに突撃し、
リョーシさんが用意してくれたデパート商品券でデパ地下グルメを買い込む。ふだんスーパーの値引き惣菜ばかりだと、
デパ地下グルメが旨そうでたまらん。僕はとにかくデパ地下おこわが食いたくてたまらなかったので、ゲットしてむせび泣く。
4人分の弁当を買って揚げ物を買い足すと、急いで東横線に乗ってレンタル会議室のある学芸大学へと向かうのであった。

会場に一番乗りしたのはえんだうさんで、さっそくTVをつけてM-1グランプリ鑑賞会がスタート。前置きが長いおかげで、
マサルも無事に到着できた。これで独身カルテットが集結である。日本の少子高齢化を全力で促進してすいませんね。
そして目の前に広がるのは、他人の金で用意されたゴージャスな晩メシ。マサルは「これ最高ですね!」と繰り返す。
(僕は午前中に映画を観たので、そのときに買い込んでおいたポップコーンを提供。謎解き中もずっと持ち歩いていた。)

  
L: 今年もレンタル会議室を借りて鑑賞会である。後ろの真空ジェシカ・川北氏がたいへん絶妙な映り具合なのだ。
C: マサルも登場してQRコード兄弟(→2025.11.82025.12.8)が無事に爆誕。(どっちも撮影はえんだうさん)
R: デパ地下弁当&揚げ物(+オレのポップコーン)を前に興奮を隠せないわれわれ。他人の金で食うメシは旨い!

弁当を食べ終わったタイミングで漫才が始まる。今年の採点は以下のとおりとなったのであった。

  みやもり びゅく仙 マサル リョーシ ニシマッキー えんだう
ヤーレンズ 94 90 89 92 95 93
めぞん 88 84 92 90 91 91
カナメストーン 84 79 88 86 85 89
エバース 96 90 93 91 97 95
真空ジェシカ 91 87 87 88 92 90
ヨネダ2000 92 79 83 88 85 91
たくろう 91 85 88 85 92 88
ドンデコルテ 89 90 92 94 96 92
豪快キャプテン 87 84 88 91 88 90
ママタルト 85 80 85 89 87 88
★決勝 エバース ドンデコルテ ドンデコルテ ドンデコルテ ドンデコルテ ドンデコルテ

では、びゅくびゅくネットワーク(われわれのSMS)上の感想をピックアップしてまとめてみる。

みやもりは、ヤーレンズは楢原氏がオカマ?キャラを脱却して見やすくなったとのこと。
エバースは点数高くしておけばよかったと。たくろうはなだぎ武、カナメストーンはMOROHAはチラつくそうだ。
2回見るとドンデコルテとヨネダ2000が面白さアップ(のような気がする)だとさ。
われわれの中でドンデコルテが圧勝したのは、ネタが世代+知的レヴェル的にわれわれにドンピシャだった、との指摘。

マサルは「やはり優勝はドンデコルテだと思う!」としつつ「たくろう、けなしすぎるのも良くないよ! 老害ムーブ!」と、
僕を窘めるのであった。すいませんね、当方ここんとこ毎年イライラしてて。

リョーシさんは、決勝にも点をつけるならドンデコルテ94、エバース90、たくろう91という評価になるそうだ。
たくろうのネタはボクシング団体名を出しておいて階級が違うところに違和感があってボケが頭に入らなかったとのこと。
なお、リョーシさんは去年から推しのドンデコルテ(→2024.12.22)のネタに1本目も2本目も泣くほど大笑いしていたよ。

ニシマッキーは、ドンデコルテとたくろうは今年取れなかったら来年は慣れられて面白さが落ちて無理だろう、とのこと。
エバースは来年がんばってほしいと。M-1は当日の爆発力(客ウケ)を審査員も見ていて、連続で出たからといっても、
優勝しやすくはないと指摘。ドンデコルテの面白さがわかったので、賞レースにこだわりすぎず露出増を期待とのこと。

では僕の感想。今年はヤーレンズに基準として90点をつけたら、全体的に低くなってしまった。予選はやや不発の大会。
僕にとって90点以上は特別で、それこそこないだの「THE MANZAI」レヴェルの漫才のためにとっておきたいのである。
決勝はドンデコルテとエバースで本当に迷いに迷ったけど、エバースは来年も見てえという理由でドンデコルテに1票。
たくろうの優勝はまったく理解ができない。無茶振りはハライチと同系統で、つまらなくはないが優勝するほどではない。
最近のM-1は優勝候補レヴェルの実力者が参加を辞退しているが、たくろうが優勝しちゃう現状を見るとなんだか納得。
自分たちの強みをきちんと理解しているコンビであれば、M-1の不安定なくせに影響の大きすぎる評価は迷惑なだけだろう。
ニシマッキーは「爆発力」と表現しているが、僕はそんなもん会場の客が催眠商法に引っかかっているだけだと思っていて、
審査員も自分で判断ができずそれに乗っかってしまっていて、みんなで布団買って喜んでいるようにしか見えないのだ。
決勝戦に進出する9組は香盤表を意識して選ばれているが、予選も決勝も登場順は劇場の舞台と違ってほぼ運任せである。
客側はその不確定要素に惑わされることなく、面白さをきちんと評価できるだけの落ち着きや知性が必要でしょう、と思う。


2025.12.20 (Sat.)

没後45年ということでヒッチコックの特集上映をやっているので観てきたよ。トリを飾るのは『サイコ』(→2005.10.27)。

ヒッチコックは過大評価ではないか、と思いはじめている僕だが(→2025.12.14)、『サイコ』はやはりまあ名作だろう。
絶対的に凄いのは3点で、ソール=バスのオープニングと、バーナード=ハーマンの音楽と、締め方の上手さ。そのおかげ。
ストーリーテリングは正直やっぱり下手。ところがこの作品については、その「先の読めなさ」が効果的に作用している。
逆を言えばヒッチコックは、どうなる?どうなる?という観客の興味を引っ張るサスペンスが巧み、ということになる。

テーマは当時としては斬新すぎるもので、今では広く理解されている事象だから、間違いなくそこは評価すべきポイントだ。
でもヒッチコックの進め方は、物語のテーマ(目的)に対してサスペンスという手段が主張しすぎる感じがしてしまう。
バランスよく釣り合わないのだ。『サイコ』はそのバランスの悪さすら全体の不安感に寄与していて、うまくハマったなと。

でもやっぱり、この作品はデザインと音楽が完璧に融合したオープニングに尽きるんだよなあ。



2025.12.18 (Thu.)

『大怪獣ガメラ』。角川シネマ有楽町で「昭和ガメラ映画祭」をやっていたのだが、スケジュールがことごとく合わず、
なんとか観ることができたのが最終日のシリーズ第一作目だけ。まあ元祖の作品を映画館で観られるのはありがたいのだ。
恥ずかしながら僕は今回がガメラ初体験ということで、期待で大いに胸を膨らませつつ席に着くのであった。

東宝の偉大なる『ゴジラ』(→2014.7.11)の公開が1954年。以来、特撮の分野は円谷英二(→2023.12.24)の独擅場。
そこに『ゴジラ』から遅れること11年、永田ラッパ率いる大映が全力で怪獣映画をやろうと企画されたのがガメラである。
実際、『大怪獣ガメラ』の特撮からはかなりの気合いを感じる。このアングルはかっこいい!と思う場面が多々あり、
モノクロなのも迫力という面でプラス。一方で見えてはいけない線が見えてしまっている場面もあり、差が激しい印象。
特撮と同様に気になってしまうのは、今となっては昭和感満載な、背景となる空間の細部。当時のモダンがいとおしい。

気合いの特撮とは対照的に、ストーリーは雑そのもの。ツッコミどころが多くてガメラ並みにひっくり返ってしまいそう。
そもそもガメラが何をしたいのかぜんぜんわからず観ていて悩むが、まあ怪獣だからそんなもんかと開き直るしかない。
主演の船越英二がセリフを不自然に区切るのも、どうしても気になってしまう。上官に殴られるぞ(→2025.8.6)。
そして持ち味を発揮する左卜全がさすが。脳内で勝手に『老人と子供のポルカ』が流れだすのであった。

いいかげんすぎるストーリーからすると、この映画が大ヒットしたという事実が不思議でならない。
でも特撮で納得のいく映像をつくるためにものすごく努力しているのは伝わってくる。ヒットの理由はそこなのかなと思う。
フィクションを現実にする努力の価値は永遠なのだ。おそらく、試行錯誤している特撮の現場をドキュメンタリーにしたら、
それがいちばん面白い作品になるはずだ。ゴジラ先輩の背中を追いつつ奮闘するスタッフの映画。そっちをぜひ観たい。


2025.12.17 (Wed.)

『ダーク・スター』。ジョン=カーペンター監督の伝説のデビュー作とのこと。
後に『エイリアン』(→2020.5.5)の脚本を書くダン=オバノンと組んだ、予算6万ドルのSF映画。

最初、この映画が何をしたいのかわからず当惑。SFなのはいいとして、SFという枠で何をやりたいのか。
ホラーなのか、ヒューマンドラマなのか、風刺なのか。方向性がわからず観ていて困る時間がだいぶ続いたが、
明らかにビーチボールなエイリアンが出てきてようやく、やりたいのがコメディなのだとわかったのであった。
それなら最初からそうわかるようにやってくれないと、時間がもったいない。コメディなのにテンポが悪いのが難点だ。
「我思う故に我あり」とか「光あれ」とか、終盤には切れ味の鋭いギャグがどんどん出てくるのにもったいない。
序盤からもっと振り切ったバカバカしさを詰め込んでいれば、作品の評価は飛躍的に高まったと思うのだが。
やたらとマジメなコンピューターとか、変に自我を持った20号爆弾とか、匂いが漂ってくるほどに男くさい宇宙船とか、
独特な世界観は一見の価値ありか。その独特さをもうちょっと転がせばギャグがあふれ出したはず。もったいない。



2025.12.14 (Sun.)

没後45年ということでヒッチコックの特集上映をやっているので観てきたよ。第2弾は『めまい』(→2005.7.21)。

つまらん話は20年経ってもやっぱりつまらんのであった。ヒッチコックはおそらく、ミステリ/ホラーと見せかけて、
そこからの悲劇にもっていく意外性を狙っているのだろう。でもやっていることが極端だから客はついていけない。
ラストの雑さもひどい。先週の『裏窓』もそうだったが(→2025.12.5)、ヒッチコックはストーリーテリングがヘタクソ。
主人公をめぐる一人称視点と、客が強いられる三人称視点の区別がついていないのだ。正直、最低に近いレヴェルである。

オープニングのCGとカメラワークしか褒めるところがない。ヒッチコックは過大評価ではないか、と思いはじめている。


2025.12.13 (Sat.)

来年2月で閉店が決まっているマルイシティ横浜で『いのまたむつみ回顧展』を開催中なので歯医者のついでに見てきたよ。
アニメファンでもなければラノベファンでもないしゲームもやらないので正直これまでお世話になることはなかったが、
いい機会なので勉強させてもらおうと興味津々で会場に乗り込む。が、土日は日時指定のチケットを事前購入という罠。
その場でスマホで手続きしようとしてもネット接続が悪い悪い。どうにかすぐ次の時間帯で入場できたからよかったけど。
でも物販より先に作品を鑑賞する場合、会計用の袋を持って見てまわる仕組みは大いに疑問なのであった。おかしくね?

では感想。今回は特に手描きの作品を展示することにこだわったそうだが、やはり現物の説得力は凄まじいものがある。
フランス製・100%コットンのアルシュ紙に水彩で描いているのだが、同じ色の濃淡で塗り分けるセンスに圧倒される。
また油絵ベースなのか、あえて表面に凹凸つくるなどの工夫も印象的。アニメーターとしてキャリアをスタートしたからか、
あえて背景を空白にして、あるいは濃淡でボケを演出し、キャラクターに焦点を絞ってインパクトを与える作風が効いている。
展示は『プラレス3四郎』『幻夢戦記レダ』から始まり、昭和から平成に入っていくあの1980年代の懐かしい匂いでいっぱい。
特にレダの陽子はいかにも80年代の美少女キャラクターの王道。90年代には『サイバーフォーミュラ』のイラストが出てきて、
典型的なキャラ絵である以上にもともとの絵としての上手さが全開となってくる印象。少し斜めのアングルなどで窺える。
この90年代に確立された切れ味がすごくて、線画に色が入ったものはすごく締まって見える。やはりアニメーターだからか。
仕事しすぎな気もするが、時代の要請に的確に応えている作品群は見応えがある。手描きの愉悦を存分に味わうのであった。
特徴としてはやはり女の子の目がデカいのだが、決してそれだけではないのもわかる。作品によって使い分けているようで、
正統派のアニメ系美少女を求められる機会が多かったので、結果的にそういう絵が多くなっている、ということだろう。
真正面からだとデカい目が離れる傾向はあるが、日本のカワイイ文化の主流に連なった正統性をあらためて理解した。

  
L: 入口の看板を撮影したものをトリミング。こちらは『幻夢戦記レダ』。いやー80年代の美少女キャラクターの王道だわー。
C: 『Moon&Rose』。  R: 初公開だという『Papillon』。入場特典でこのイラストのクリアファイルをもらったよ。

さて、『ドラゴンクエスト』関連では、鳥山明のキャラクターデザインをいのまたむつみが再解釈しているのがまた面白い。
特にマーニャとミネアの美人さんな仕上がりにはさすがと唸ってしまった。しかしキャラクターデザインの仕事が多いためか、
オリジナルキャラのグッズが弱いのが切ないところ。森本美由紀(→2023.6.4)やマツオヒロミ(→2024.4.29)みたいに、
つくれば絶対に需要はあるはずなのだが。平成という時代を切り開いた、正統派アニメ系美少女の王道中の王道なのだから。


2025.12.12 (Fri.)

サントリー美術館『NEGORO 根来 ─ 赤と黒のうるし』。大阪市立美術館からの巡回展である。

公式サイトによると「根來寺で生産された朱漆塗漆器を『根来塗』、根來寺内で生産された漆器の様式を継承した漆器、
または黒漆に朱漆を重ね塗りする技法そのものを『根来』と称しています」とのこと。これだと「根来塗」は過去形となる。
でも紀州漆器協同組合のサイトでは、根来寺(→2023.2.18)の僧侶がつくった什器を起源とする塗物が「根来塗」とのこと。
黒漆で下塗りしてから表面に朱塗りを施したが、未熟練の僧侶がつくったため、使っていると朱塗りが摩滅して黒漆が露出。
でもそれがかえって趣深いということで人気になった。やがて1585(天正13)年、豊臣秀吉が根来寺に攻め込むと、
逃げた僧侶が全国に散って漆器の技術を伝えた。そうして朱塗りの漆器に対する「根来」という呼び方が定着したそうだ。

残念なことに、以上の経緯がすっきりわかる内容ではなかった。わりとただ漆器を並べるだけの内容に終始していた。
展示されていたものは国指定重要文化財クラスのものがゴロゴロしており、見応えはある。仏具や寺の食事関連の什器が多く、
時期としては鎌倉末期から室町時代が多い。漆器が彫刻に頼れない工芸であるからか、シンプルで大胆な装飾性が面白い。
そうして先達の手法が固まったところで、江戸時代から安定して生産されてきたのか、今も残る美品が増えてきた模様。
そんなわけで、歴史的に朱塗りの漆器がどのように珍重されてきたかは窺える内容。でも肝心の根来の定義が曖昧なせいで、
各品がいわゆる「根来塗」の中で、どのように位置づけられるのかがわからない。まだまだ研究の余地があるってことか。


2025.12.11 (Thu.)

ガイナックスの破産整理が終わったというニュース。破産から1年半(→2024.6.7)、ついに完全消滅である。

さて今回話題になっているのは、旧経営陣に対する庵野氏からの直接的な批判。読んでいてたいへんつらい。
個人的には特に山賀氏が庵野氏からここまで厳しいコメントで絶縁宣言されてしまったのはショックである。
島本和彦『アオイホノオ』(→2024.1.30)でガイナックス側の話がさっぱり出なくなったのも、この件の影響だろうか。
「描けない」山賀氏がどのようにリヴェンジしたのかたいへん気になっていたのだが、詳細を知ることができないうえに、
庵野氏に対してやらかした不義理の方ばっかりが注目されてしまって本当に残念。もう作品を素直に楽しめない……。
なんせ山賀氏はあの『トップをねらえ!』(→2012.12.7)の脚本担当だし(後半は庵野氏のやりたい放題だったらしいが)、
『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』でも脚本を書いている。「ポケ戦」はプラモもさんざんつくったし、
わざわざCDを借りてテーマ曲の『いつか空に届いて』をiPodに入れているくらいに好きな作品なのだ。がっくりだよ。

機会があればあらためて『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(→2010.7.11)を見て、ガイナックスに思いを馳せたいものだ。



2025.12.9 (Tue.)

昨日の夜に青森県東方沖で地震が発生、最大震度が6強で津波もあったということで、深夜のTVは大騒ぎなのであった。
仕事があるからいつまでもニュースを見て起きているわけにもいかないので、日付が変わってから切り上げて寝たけど、
そんな自分の姿勢に「豊かで安全な都会から衰退する地方の災害を眺めている構図」を感じて少々自己嫌悪になる。
そしてまたもうひとつ、「こういった地震をいつまで他人ごとという感触で見ていられるのかな」という思いもある。
自らすすんで苦行に走ることで被災者と同じように苦しみを共有して理解した気分になろうとは思わないけど、
なんかこう、もうちょっと、痛みに対して敏感でありたいとは思う。自分で気づかないうちに傲慢になっていないか、と思う。


2025.12.8 (Mon.)

前にログで紹介した(→2025.11.8)、マサル考案のQRコードTシャツ(⇒こちら)が届いたよ。

 ちゃんとUnited AthleのTシャツで感心。

よく考えたらこれ、自分でデザインしたTシャツを自分で買えるってことか。一点物としては、悪くない値段だ。
それなら三味線抱えるマサル(→2007.5.4)のTシャツつくりたいんだけど。姉歯祭りの公式Tシャツにしようぜ。



2025.12.6 (Sat.)

三井記念美術館の『国宝 熊野御幸記と藤原定家の書 ―茶道具・かるた・歌仙絵とともに―』を見てきたのでレヴュー。

今回の主人公は藤原定家。ご存知のとおり『小倉百人一首』の撰者であり、書の世界でも人気者(→2025.2.3)。
定家は18歳の1180(治承4)年から74歳の1235(嘉禎元)年まで56年間にわたって日記をつけており(『明月記』)、
このうち1201(建仁元)年に後鳥羽上皇の熊野参詣に随行した部分が『熊野御幸記(ごこうき)』となっている。
定家に私淑した小堀遠州関連のアイテムも展示しつつ、三井家に伝わった定家の書をたっぷりと公開。

  
L: 今回も展示室4は撮影OK。まずは定家の画像から。伝 藤原信実『藤原定家画像 和歌色紙形』。
C: 照高院宮道晃法親王『藤原定家像 道晃法親王自画賛』。  R: 土佐光芳『藤原定家像』。

私的な日記ということで、『熊野御幸記』はだいぶメモ書き感が強い。用意した紙が途中で足りなくなってしまい、
裏側にまわって記録をつけていたとのこと。定家はもともと病弱だったが、旅行中に体調を崩して苦労したらしい。

  
L: 藤原定家『熊野御幸記』の冒頭。  C: 中盤。  R: 端っこ。定家40歳の書としての規準作だそうだ。

関連して後鳥羽上皇の書や、三井記念美術館では初公開となる『大嘗会巻』も展示。歴史上の人物の筆跡が目の前にある、
というのはなんとも不思議な気分である。しかし定家の書は鎌倉時代の人だからか、やはりちょっとゴツい印象がする。
平安らしいかなもいけるのだが、メモ書きのような場面での書を見ると貴族の時代の字という感じはあまりしない。

  
L: 後鳥羽上皇『後鳥羽院和歌懐紙「花有歓色」』。1200(正治2)年に書かれたもの。承久の乱まであと21年。
C,R: 藤原定家『大嘗会巻』。藤原実資の日記『小右記』から、1012(長和元)年の大嘗会の記録を写したもの。

  
L:『百人一首かるた』。絵は山口素絢、文字は鈴木内匠。  C: 天智天皇と持統天皇。  R: 姫が並んで壮観である。

 定家に私淑した小堀遠州『小堀遠州筆消息(堀式部宛)』。

正面ケースには円山応挙の『若松図屏風』。応挙はさまざまな松図を描いているが、ここで描かれているのはだいぶ幼い松で、
応挙の松図としては比較的珍しいそうだ。正月をまたぐ企画展ということで縁起のよいこのチョイスとなったのだろう。

  
L: 円山応挙『若松図屏風』。  C: 左隻。  R: 右隻。

 左隻の松の一部をクローズアップ。

小堀遠州もクローズアップするのはいいが、モダンな挽家字形(→2024.5.21)が撮影できないのは残念でございますね。


2025.12.5 (Fri.)

没後45年ということでヒッチコックの特集上映をやっているので観てきたよ。第1弾は『裏窓』(→2005.7.8)。

20年前(!)のログではかなり好意的に書いているけど、あらためて映画館で観てみると、そこまで傑作ではないなと。
暗転がやたらと多いし、犯人側の行動と主人公側の行動が噛み合わないので、ストーリーテリングに正直だいぶ難がある。
設定は変則的な安楽椅子探偵だが、そのわりには謎解きが雑なのだ。舞台空間の限定は面白いけど、効果としてイマイチ。
基本的にはグレース=ケリーを堪能する映画である。改心した悪役令嬢みたいなグレース=ケリーに翻弄されたいのだ。

ご近所の皆さんのキャラクターがいいので、むしろそっちを強調する方が物語が魅力的になったのではないか。
われわれがスクリーン越しに映画を観ているのと同様、ジェームズ=ステュアートはレンズ越しにご近所を眺めている。
つまり主体と客体が隔絶しているわけだ。主体に影響を与える存在は、グレース=ケリーとステラおばさんだけ。
この構造をぶち破って客体が主体側に入り込んでこない限り、生きたドラマにはならないのではないか。そう思えた。
クライマックスでは犯人が部屋に入ってくるが、そこでのやりとりももっさりしており迫力不足。まだまだ練る余地がある。

結局、物語の締め方が巧いので評価がやたらと高くなっている気がする。まずジェームズ=ステュアートのギプスを映し、
彼が寝たのを確かめたグレース=ケリーが雪山の本からファッション雑誌に持ち替える、このコンボが絶妙ってだけでは。


2025.12.4 (Thu.)

本屋に行ったらW.ギブスンの『カウント・ゼロ』と『モナリザ・オーヴァドライヴ』の文庫が復刊していてびっくり。
ここに来てスプロール三部作(→2005.1.82005.1.142005.1.26)が新版となって出て、盛り上がっているみたいで。
さらに来年には『クローム襲撃』(→2005.4.14)も続くそうで。そうなるとあらためて読み直したいなあと思えてくる。
あの世界観をあの文体をあの量を読むんだったら、一気にいかないといけない。毎朝ちまちまではスピード感がないのだ。
没入(ジャック・イン)しないとつまんないのである。来年どこかで用(や)ってやろうじゃないの。楽しみが増えたぜ。


2025.12.3 (Wed.)

泉屋博古館東京でやっている『もてなす美―能と茶のつどい』を見てきたのでレヴュー。
住友コレクションの能装束は100点ほどあるそうで、今回はなんと19年ぶりの公開となるそうだ。
撮影OKなのは展示室1のみだが、それでも十分すぎるほどに能の恐ろしい世界が窺える充実した内容なのであった。

 『白色尉(はくしきじょう)』。能面楽しい(→2024.1.202024.5.122025.9.7)。

先月には国立歴史民俗博物館で着物の世界を堪能したが(→2025.11.17)、こちらも粋を凝らした装飾のオンパレード。
まずは厚板。もともと厚板とは中国から輸入した厚手の織物のことで、厚い板を芯として畳まれていたことに由来する。
室町時代に大名が私貿易によって中国裂を手に入れ、これを能役者に与えてつくらせた装束を厚板と呼ぶようになった。
厚板は武将・神・鬼神など男性的なシテ(主役)を演じる際に用いられ、雲や龍など強さを感じさせる文様が好まれた。

  
L: 『白紫段海松貝四菱唐花丸模様厚板』。  C: 紫地には四ツ目菱と唐花。  R: 白地には海松貝と海老。刺繍が凄い。

 
L: 『紅萌黄段花菱亀甲繫桐波丸模様厚板』。  R: 綾地を紅と萌黄で染め分けて花菱亀甲紋を散りばめ、桐と波の丸を刺繍。

 
L: 『茶地変蜀江模様厚板』。  R: 蜀江模様は八角形と四角形を組み合わせたもので、その中に刺繍で龍を入れている。

 
L:『紅白浅葱段松原霞波模様縫箔』。  R: 繻子地を紅・浅葱・白に染め分け、浅葱の段には銀の摺箔で波を描く。

唐織もやはり中国から由来する名前が付いているが、こちらは厚板とは対照的に女性や風雅な武将の役が使用するため、
蝶・草花・扇など華やかな文様が好まれた。そのようにデザインが多様化したのは江戸時代以降のことだそうだ。
厚板も唐織も表着(うわぎ)の下に着込む着付(きつけ)として用いられる装束であり、袖は小袖となっている。
どれも染め分けのグラデーションが見事で、もう何がどうなっているのやら。技術の粋とは恐ろしい世界である。

 
L: 『紅地牡丹蝶方勝模様唐織』。  R: 紅綾地に牡丹・蝶・方勝を色違いで規則的に並べている。

  
L: 『紅地二重菱繫蝶花熨斗模様唐織』。  C: 綾地に平金糸で唐花入りの二重菱を施し、菊と燕子花の花熨斗と蝶を刺繍。
R: 『紅茶段卍字繫鉄線藤模様唐織』。平金糸で卍字繫を施し、紅地の部分には藤、茶地の部分には鉄線を刺繍している。

 
L: 『紅白萌黄段青海波笹梅枝垂桜模様唐織』。  R: 綾地に平金糸で青海波、色糸で梅と枝垂桜を表現している。

 
L: 『紅白萌黄段菊唐草菊波模様唐織』。  R: 染め分けの技術に圧倒される。刺繍も法則性を持ったデザインとなっている。

狩衣はいちばん上に着る装束である表着の一種。もともとはその名のとおり鷹狩りなどで用いられた衣装であり、
動きやすいことから平安時代以降の公家の普段着となった。確かに蹴鞠のときに着ているイメージがあるような。
明治以降は神職の衣装でおなじみ。能では男役に用いられ、裏地のある袷(あわせ)、ない単(ひとえ)の区別がある。
袷は神など威厳のある役、単は優雅な貴人などの役に用いられる。柄が単色となる分、シンプルな文様が際立つ。

  
L: 『紺地若松笹模様袷狩衣』。紺繻子地に平金糸で若松と笹をあしらっている。紺に金色が実に締まって映える。
C: 笹をクローズアップ。ドット絵の世界だ。  R: 『紫地霞若松模様袷狩衣』。こちらは紫繻子地に霞と若松。

  
L: 『白地松青海波模様袷狩衣』。  C: 白繻子地の全体に平金糸で青海波をあしらい、ところどころに松の木を配置。
R: 『萌黄地枝垂柳模様単狩衣』。こちらは袷ではなく、裏地をつけない単仕立てとなっているので少し透けている。

  
L: 『紺地桐鳳凰模様袷狩衣』。こちらは綾織の生地で仕立ててある。  C: 平金糸による桐と鳳凰。うーんドット絵。
R: 『紺地唐花七宝繋模様袷法被』。紺繻子地に平金糸と黄・薄紫の色糸を織り込んであり、唐花入りの七宝繫としている。

袖なしで羽織る側次(そばつぎ)、法被とセットで穿く袴の半切も展示されており、能装束の奥の深さに目が眩む。
果てしなき模様のデザインに圧倒されて言葉がない。そしてそれを実現するドット絵のセンスがまた凄まじい。
芸術性あふれる布製品というとインドの綿製品もすばらしかったが(→2023.4.152023.10.222025.9.28)、
能装束の多様な意匠と手法もまた格別なものがある(大奥の歌舞伎衣装もフォトジェニックだった →2025.9.7)。

  
L: 『萌黄地亀甲繋向鶴菱模様側次』。  C: 『紅地山道龍丸模様半切』。  R: 『紺地唐花立鼓雲菱千切模様半切』。

 平金糸による金襴で描かれた柄を拡大。見事なドット絵でございますね。

保存状態が全体的によくてうれしい。展示室2には1921(大正10)年に住友春翠が新調した能装束があり、今も色鮮やか。
展示の後半は春翠の茶道具をクローズアップ。春翠は自分がいいと思ったものをかなり柔軟に茶会の席で披露したようで、
殷代の青銅器(花入とした →2023.2.23)から当時最高の職人による新作まで、実に多彩なラインナップなのであった。
個人的に惹かれたのは香合で、かわいいし巧みだし、見ていて本当に楽しい。香合だけの展覧会もあったら面白そうだ。

 ホールには中国・清代に乳白色の玉でつくられた『白玉簋形香炉』。

能装束に茶道具と、見蕩れてしまう名品が目白押し。しかし「春翠はおいくら出したのか」と考えてしまうと冷や汗が出る。


2025.12.2 (Tue.)

えらく評判がいいようなので、『落下の王国』4Kデジタルリマスター版を観てみた。2008年公開のファンタジー映画。

景色に話が負けている。肝心の話がつまらなけりゃ、どんなにきれいな場所で撮ってもダメなのだ。
結局のところロケありきで、目的と手段を履き違えているのである。映像として美しくても、本質をはずれた作品は醜い。


2025.12.1 (Mon.)

いつも書いているようにミステリは嫌いなのだが(→2005.8.242006.3.312006.5.192008.12.52012.7.102025.7.4)、
綾辻行人『十角館の殺人』がたいへんな傑作という評判を聞いていたので、素直な心で読んでみたのであった。
なんでも世間では、すべてがひっくり返る「あの1行」が衝撃的とのこと。どこで出てくるのかワクワクしつつ読む。

結論から言うとですね、きちんと面白かったです。まあ面白かったというか、よくつくったなあと感心する気持ちか。
ほとんど嫌悪感を抱かなかったのは、内容が犯罪と謎解きというミステリの目的にきちんと収まっているからだと思う。
よけいな社会的な事象を抱え込まず、純粋なミステリの娯楽として割り切っている分、現実を歪める要素が少ないのがいい。
ただ、僕にあまりにもミステリのセンスが欠けているせいで、ミステリ大好きっ子の皆様が受けたほどの衝撃は得られず。
そりゃあ無理もないのだ。アガサとポウとエラリイの名前は知っているけど作品は読んだことない、そんな程度なんだから。
ヴァン=ダインについても20個の規則を設定した人、という認識でしかない。それ以外は、そういう作家がいるんだなーと。
「江南(かわみなみ)」さんが「コナン」になるのはわかるが、「守須(もりす)」で「モーリス=ルブラン」が出てこない。
今回、感想をネットでチェックする中で、『名探偵コナン』の毛利蘭がモーリス=ルブランだと初めて知ったくらいでして。
そんな程度の人間には、この作品をきちんと楽しむ資格はないのである。世の中、知識のない奴が悪いのである。

というわけで、「あの1行」についても僕の反応は「……誤植?」という実にお粗末なものなのであった。
エピローグで出てくる壜についても完全に忘れていて、戻って戻ってプロローグまで戻ってやっと思いだす、そんな脳みそ。
自分は本当にミステリに興味がないのだ、ということを思い知らされた。おーすごいすごい、程度の感動で申し訳ない。
一点、ミステリ研究会のその他のモブメンバーに知られないように仲良し集団だけで出かけるのがいちばん大変じゃねえか、
そういう思いがないことはないけど、些事を突っつくのは野暮な気もするのである。まあ作者さんはお疲れ様でした。

さて先日の芸術鑑賞的なイヴェント後に学年の先生方で飲み会があり、そのお店にテーブルマジックをする方がいた。
目の前で披露されるマジックに「おおー」となったのだが、学生時代にテーブルマジックを見破る修行をした先生がいて、
タネがことごとくわかるとのこと。で、相手がタネをわかってしまった場合にはチップをもらわない慣習があるとのこと。
それを聞いて僕は、実はマジックに素直にだまされる方が幸せなんじゃないかと思った。「おおー」とチップをあげる方が、
テーブルマジックにかけてきた努力に正当な対価を支払う方が、実際にはみんな幸せなんじゃないのと思ったのである。

この作品について、ミステリ界の常識がないと100%楽しめない点をマニアのタコツボだと批判することは可能だろう。
でもそこは素直に「おーすごいすごい」でいいと思ったわけだ。ミステリ界の常識がなくても十分だまされて納得できるので。
われながら丸くなったもんですかね。まあもはやミステリとの相性を改善する気のない、半ば諦めの境地とも言えそうだが。


diary 2025.11.

index