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2018.9.14 (Fri.)

テスト2日目ということで、僕は鎌倉遠足の下見に出かけるのであった。本来ならレンタサイクルで走りまわるのだが、
雨なので非常につらい下見となるのであった。天気さえよければ極限まであちこち見てまわりたかったのに……。

とはいえ、まずは仕事をきちんとこなさなければならないのだ。鎌倉に着くとすぐに市役所へ行って地図をもらう。
学年全員分なのでけっこうかさばるが、雨に濡れないようにしなければならない。後でコインロッカーに突っ込んだ。
さらに分庁舎にある防災方面のセクションで、津波のハザードマップと避難関連のマップを確保。仕事しとるねえ。

お次は小町通り経由で鶴岡八幡宮へ。今回は鶴岡八幡宮のみをチェックポイントとするので、その場所を探す。
あとはトイレ等の確認。さらにせっかくなので国宝館にお邪魔して展示内容を押さえておく。右半分が仏像で、
左半分が国宝の特別展。硯箱と太刀、弓矢が国宝ということで、これがさすがの迫力。これは見ないと損だろう。
おやつの許可よりも国宝館見学の義務化をすべきだった、と後悔。修学旅行のことを考えてもそうすべきだった……。

いったん小町通りに戻って早めのメシ。とりあえず生しらす丼を食っておけばいいだろうということでいただくと、
八幡宮東側のシブいお寺を歩いてまわる。距離感をつかんでおきたかったのと、純粋に久々に行ってみたかったのと。
前回訪れたのがなんと8年前ということで(→2010.11.27)、きちんと参拝するのはけっこう久しぶりなのだ。

  
L: 杉本寺。やはりいいものはいいのだ。  C: 苔の石段。  R: 本堂。鎌倉は少し湿っているくらいがしっくりくる。

続いて報国寺。雨でもやはり庭園は人気だったが、隙をみて、ひと気のない写真を撮影してみる。
雨でよけいに侘び寂びが強調されている感じだ。それにしても報国寺に御守がないのは残念だった。

  
L: 庭園のスタート部分。奥の明かりは抹茶がいただける休耕庵。  C, R: これは侘び寂びそのもの。

  
L: 竹林を抜けるとこんな感じ。  C: 奥のやぐら。8年前(→2010.11.27)もこの構図で撮ったな。  R: 枯山水庭園。

さらに浄妙寺(→2010.11.27)にも行く。全体的にきれいだが、強烈な特徴があるわけではないなあとあらためて実感。
面白かったのは、淡島明神の御守があること(女性向けと英語の説明もあった)。どういう経緯で祀ったのか不思議だ。

  
L: 浄妙寺の入口。  C: 境内を行く。  R: 奥にある喜泉庵の庭園を覗き込む。抹茶をいただけば正面から見放題だが。

あとは南東部の拝観無料のお寺を巡回する。見学予定に組み込んでいる班があるのだが、見所ないなあと再確認。
この辺りで時間を消費するなら鎌倉国宝館に行ってほしいものだが。小町通りでおやつとか許可しなきゃよかった。
最後に八雲神社で御守を頂戴すると、市役所前まで戻って例の横山隆一おしゃれスタバ(→2010.12.11)で一休み。
こないだの日記で「遊びじゃねえんだよ!」とキレていた私ですが(→2018.9.5)、クソまじめに仕事して、
本当に疲れたの。ここは素直におやつを摂取させていただきたい。生徒も同じようにがんばるなら許せるがなあ、と。

 フクちゃんリスペクトがきちんと貫かれているのである。すげえな。

以上で鎌倉遠足の下見は終了である。当日きちんと晴れるといいのだが。自他ともに日頃の行いを良くしていかないと。


2018.9.13 (Thu.)

テストの採点を終えて、森美術館でやっている『建築の日本展』に行ってきたよ。

結論から言っちゃうと、対象が広いだけに実に散漫な内容だった。これはしょうがないことなんだけどね。
全体の展示は日本建築のキーワードと思しき9つのセクションに分けられているのだが、必然性は感じない。
はっきり言って、紹介したい建築がまず先にあって、それらを並べていく根拠は後付けではないかと思う。
外国人の来場者がいっぱいいて、そういう人たちが日本建築の構造をなんとなくつかんだ気になるにはいいだろう。
しかし現在進行形の建築家も出てくる以上、彼らへの配慮がまず第一義としてあるように感じた。建築史的ではない。
これを言い換えると、モダニズムを特別視しないでポストモダンにつなげる展示をやろうとしている感じがする。
日本のモダニズム建築は世界的に見ても頂点を極めきった存在感を放っており、これは建築史的に絶対に無視できない。
この完成されてしまったモダニズムへのアンチテーゼを東工大辺りがやりだして建築の価値観が変化した歴史があり、
(それについて住宅建築のジャンルからはっきり描き出そうとしていたのが、昨年の東京国立近代美術館でやっていた、
 『日本の家 1945年以降の建築と暮らし』だろう。東工大関係者の建築は見るに耐えなかった。→2017.10.22)
良く言えば、この価値観の断絶を肯定的に乗り越えようという展示だと言える。悪く言えば、建築史ごと無視している。

正直なところ、この断絶の大きさをどう捉えるかで、現在進行形の建築に対する態度が決まるように思うのである。
で、森ビル的には現在進行形の建築を否定することなどありえないから、断絶を9種類のレトリックで隠そうとする。
その結果、確かに日本建築を表面的に舐めることはできる展示になっているが、それだけ。深みにはまるで欠けている。
だから建築というよりは、商品のカタログのような感触である。見てくれのいいものを揃えた、いいとこどり。
すごく雰囲気の軽い品評会のような展示だった。しかしそれは、(皮肉的にだが)建築の真実をまた衝いてもいる。
現代社会は高度な消費社会である。この社会においては、建築も消費の対象でしかない。建築様式は商品化され、
名建築は引用元のカタログとなって並ぶ。さっき冒頭で内容を「散漫」と書いたが、散漫ということは体系の否定だ。
建築史という体系の否定、その結果である。だから消費社会化を示しているという意味では、絶妙な内容でもある。
これはまた冒頭で書いたように、しょうがないことなのだ。建築とは本質的に、社会に寄り添うものだから。
歴史という邪魔な重みを忘れて、軽い素材で消費社会のスピードに負けない軽やかさでつくる。それが現代だ。
展示を見ていて思ったのは、現在進行形の建築は、意識高い系のみなさんの所有物だな、ということ。
もっともらしい理由づけの言葉が並び、(モダニズムから見れば)奇を衒いつつ、新しい形態が市場に放たれる。
おそらくモダニズムはもはや、現在進行形の建築家から見れば、意味をなさないカテゴリーとなっているのだろう。
意味はすべて、いま建設中の建築に、いま設計中の図面の中にしかない。竣工したその時点で「古いもの」となる。
これからの建築家たちは、延々とその繰り返しをやっていくことになるのだ。ついていける人は意識の高い人。
次の消費をより強く喚起できる建築が評価される。「売る建築」が「売れる建築」となる。今はそういう時代なのだ。
以上述べたような建築の現在地が生々しく陳列されている、という点では、なかなか正直な展示となっていた。

僕が老荘思想を引きずっているモダニズム大好き意識低いっ子であるせいで、皮肉っぽく響いてしまっていると思う。
しかし「散漫」であるおかげで、日本建築をめぐる切れ味鋭い輝きを持った部分をけっこう多く知ることができて、
大きな収穫を感じた箇所はけっこう多かった。以下、箇条書きっぽくその箇所を挙げていってみたい。
まず磯崎新の渋谷計画。磯崎というとブサイクな建築ばかりのイメージだったが、これは素直に美しくて驚いた。
また菊竹清訓の東光園(→2013.8.20)は、独特な構造をわかりやすく示した模型があって感動した。
あらためて振り返ってみると、メタボリズムはとんでもない可能性とエネルギーを持った建築運動だったと思う。
二川幸夫の『日本の民家』も視点が鋭い。20歳そこそこでこんなことができちゃうんだからイヤんなっちゃう。
行列に並んで待庵の再現模型にも入ってみた。お茶会の記憶を頼りに(→2011.11.20)それっぽい動作をしてみたが、
何をやるにもピッタリとギリギリなサイズ。さすが利休、これは密談が進む広さだなあと大いに感心したのであった。
そして今回、いちばん勉強になったのが、寝殿造の模型である。平面図をそのまま模型に起こしたものだが、
よく考えたら絵巻物や部屋の断面を見ることはあっても、上から寝殿造を丸ごと覗き込んだことなどなかったのだ。
見ると、中心の母屋を庇で囲ったものがひとつのユニットとして成立し、それが横へと二次元的に拡張していく。
つまり独立したそれぞれのユニットが、渡り廊下を通して次々とつながっていくような感じになっているのである。
城などにある御殿の感覚が、ようやくつかめた感じがした。限られた土地で垂直に階を増やす現代と真逆の発想だ。
もうひとつ圧倒されたのが、丹下健三自邸の巨大な模型。ピロティで持ち上げているのがさっきの母屋と庇という感じ。
最後に伊東忠太の手帳。何から何まで精密に描かれており、ずっと見ていられるほどの美しさなのだ。すごかった。

というわけで、レヴューを書いているこっちも散漫ながら、展示を見て考えたことはぜんぶ出しきったぜよ。


2018.9.12 (Wed.)

テストをどうにかつくり終えたぜ。報告したら英語科のほかの先生から拍手を頂戴しちゃったよ。毎回ホントに大変。


2018.9.11 (Tue.)

テスト用の長文に苦労する。2年生の長文は制約が多くて本当に大変なのだ。元ネタになるものがほとんどないのに、
文の長さをある程度は確保しないといけない。おかげで自力でつくらなくちゃいけない部分がけっこう出てくるのだ。
この作業がある分だけ、絶対に英語は他教科よりも手間がかかる。一刻も早く英語から離れたいと思いつつ粘る。


2018.9.10 (Mon.)

旅行の疲れが抜けていないのか、今日はとにかく体が重くて困った。月曜からコレは、本当にマズい。



2018.9.5 (Wed.)

鎌倉遠足のコースづくりを続行中だが、案の定、連中のプランはどうにも遊び中心になっていて、かなりムカつく。
こう言っちゃアレだけど、女性の先生が多いとどうしても、質実剛健で文化財漬けという遠足にはならないようで。
僕なんかは旅行記を見ればわかるように、おやつ食う暇があったらひとつでも多くの寺社をまわりたい性質なのだが、
女性の皆様は文化財よりもおやつが重要なようで、おやつを許可しちゃったらガキどもの興味が完全にそっちに集中。
もう、時間の使い方がおかしいのである。もはや寺へ行くのが昼食やおやつのための調整にしか見えないくらい。
コースに許可を出す責任者であるところの私は、プランが出るたび「遊びじゃねえんだよ!」とキレておるわけです。
中にはちゃんと文化財への興味をベースに考えている班もあるんだけどね、なんかどうもちょっと納得いかない気味。


2018.9.4 (Tue.)

台風21号が25年ぶりの勢いで本州に直撃しようという中、3年生たちは修学旅行に出発したのであった。
行き先はもちろん奈良・京都で、台風上等と言わんばかりの気合いである。今夜を乗り越えればいいもんね。
それはそれで非常に思い出深い旅行になること間違いなしだ。楽しんだモン勝ちなのである。

さてその影響で、本日は4連続でALTの授業を担当することに。午後は鎌倉遠足のコース決め作業・第1回。
久しぶりにフルスロットルな一日だったが、ALTの授業をはじめとして申し分のない充実した内容になったのでヨシ。
ただ、鎌倉遠足の方は伝統ある寺よりも昼食やおやつに夢中な生徒がほとんどで、不安を感じなくもない。
杉本寺とか報国寺とかシブい寺をまわれとは言わないが、もうちょっと正統派な興味の持ち方をしてもらわんと。



2018.9.2 (Sun.)

青春18きっぷを使い切るチャンスということで、お出かけ。晴天モードと雨天モードを用意しておいたのだが、
残念ながら本日は雨が降ると予想されたため、雨天モードでゴー。主に栃木県へ、御守頂戴の旅に出るのだ。
すでに一度行ったことのある神社の御守を頂戴し直す旅。それで雨天でもOKという判断なのである。

昨日話題に出たせいか、やってしまいましたよ二度寝。それでも初志を貫徹して、まずはいきなり日光へ。
最初から雨天モードと決めていたとはいえ、またしても曇天の下で日光を訪れるのは、さすがにかなり悔しい。
通算4回目だけど、4回とも「日光で太陽を見たことがない」となってしまった。まあ雨は降らなかったけどね。
(今までの記録はこんな感じ。記録はどこまで延びるのか? →2008.12.142014.10.12015.6.29
素早くバスから降りるとすぐに日光二荒山神社を参拝。神橋の御守を頂戴して本日最初のタスクを完了する。
その後は大猷院の御守を頂戴していなかったため、こちらも参拝。帰りもバスで、要領よく動くことができた。

宇都宮に戻ると、徒歩で宇都宮二荒山神社へ。市街地の中心にこれだけ規模の大きい丘と神社があるというのは、
これはやはりさすが一宮の風格だ!とあらためて思いつつ参拝。今回はせっかくなので厄除御守も頂戴してみた。

駅前でテキトーに餃子を食べてレモン牛乳を飲むと、烏山線に乗り込む。烏山の八雲神社を再訪問するのだ。
前回は栃木県北部の市役所をガンガン攻めた中での訪問だったが、神社は鳥居を撮影した程度(→2013.7.20)。
山あげ祭りで知られる神社だからきちんと参拝しないとな、ということでの再訪問である。写真もきちんと撮る。

  
L: 那須烏山市役所の隣に鎮座する八雲神社。  C: 境内。うーん、人がいそうにないですな……。  R: 拝殿。

後で山あげ会館に寄って確認したのだが、八雲神社は神職さんが常駐していないとのこと。御守を頂戴するには、
正月が最大のチャンスらしい。山あげ祭りのときに頂戴できるといいのだが。近いうちになんとかしたいものだ。

  
L: 本殿を覗き込んだら覆屋。  C: 隣には市神社。山あげ会館にはこちらの御守がある。  R: 神輿舎は大谷石ですか。

しょんぼりしながら烏山線を戻る。これは時間的にも精神的にもなかなかキツい往復なのであった。
それでも気を取り直して宇都宮線を南下し、小山で下車。次の目標は須賀神社だ。7年前に訪れたが(→2011.1.5)、
きちんと参拝したという記憶があんまりない。年始モードだったせいで、神社本来の姿が見られなかったからか。
宇都宮を出発してから小山駅を出るまではかなり強い雨が降っていたのだが、神社へ向かう途中でスパッとやんだ。
なんだかんだで悪運が強いなあと思っている間に神社に到着。あらためて訪れると、記憶以上に大きい神社だった。

  
L: 県道265号からスタートする参道。  C: 一の鳥居。  R: 国道4号を挟んだ向こう側が須賀神社の境内。

参道から本殿まで見事に一直線となっているのが印象的だ。街中にあってここまできれいにまっすぐなのは珍しいと思う。
隋神門と拝殿がけっこう対照的で、隋神門は軒を広くとっているのに対し、拝殿は肩をすぼめたようなどこか窮屈な印象。
そして本殿を覗き込んだら、これがまたわかりづらい。なんとも独特な造りをしているなあ、と思うのであった。
御守は境内の隣にある須賀神社会館で頂戴できる。小山が「開運のまち」ということで、開運御守も頂戴しておいた。

  
L: 隋神門。  C: 拝殿。隋神門とは対照的に、軒にまったく余裕がない。  R: 本殿。奥まっていてよく見えない。

最後は小山から水戸線ですぐの結城にある健田須賀神社。7年前に寄るだけ寄っている(→2011.1.10)。
社務所が閉まる直前ギリギリセーフのタイミングで参拝に成功。そしたらこちらの御守がたいへんヴァリエーション豊か。
結城紬による御守はもちろんのこと、結城晴朝の「御手杵の槍」にちなんだ勝負開運御守などいろいろあって、
そういうこだわりは嬉しいんだけど、御朱印と違って収集にたいへんお金がかかるわけです。最後にドカンと来たねえ。

  
L: 健田須賀神社の境内入口。  C: 横参道で、右を向いたらこちらの拝殿。  R: 奥の本殿。

最初は写真一切なしで経過だけ書いていくつもりだったけど、なかなかそうもいかない。前の日記が粗いんだよなあ。
まあとにかく、予定していた神社をぜんぶまわることができてよかった。凝った御守に出会えるのは楽しくてたまらん。


2018.9.1 (Sat.)

シード権大会の決勝トーナメント・1回戦。リーグ戦2位通過のわれわれは別リーグを1位通過した学校と当たるわけで、
苦戦が予想される。それで相手チームのリーグ戦のスコアを調べてみたら、12-0と16-0という圧倒的な破壊力でやんの。
そんな相手に8人でどうしろってんだよ、とコーチと頭を抱えつつも練習に励み、腹を括っていざ決戦なのであった。
引退した3年生も3人、応援に来てくれて、そのままみんなでベンチ入り(マネージャー扱いでOK)。総力戦である。

とにかくしっかり守ってカウンターという弱者の定石を徹底する。これはコーチにとっては屈辱の采配らしかったが、
「そんなもん、夢見たってしょうがねえだろ」とすっきり割り切れる僕はそれだけオトナになったということなのか。
ただ、サイドバック裏へ大きくボールを出しつつ「判断を速くして最後のところは少ないタッチで回してシュートを狙う」、
そう指示する辺りは僕にだって意地のある部分だ。人数の少ないチームが点を取るには、こぼれ球への反応が一番だ。

ところが試合が始まると、しばらくきっちり守っていたウチの生徒たちの頭上をきれいな弧が抜けていってズドン。
引いて守るのを崩しづらいと見るとミドルを積極的に撃ってくる相手の方が一枚も二枚も上手だった。いやあ、強いわ。
さらにもう一発、不用意なファウルで与えたFKから直接ズドン。相手を褒めるしかないシュートがどんどん決まる。
ヴァイタルエリアでボールホルダーを自由にさせないというタスクが急遽増えたおかげでこちらの守備はいっぱいいっぱい。
すると相手は守備のギャップを突いて縦パスを出し、そこにダイレクトで飛び込ませるというシュートを狙いだす。
もはやすっかり試合というより練習メニューのような感じである。DFを余らせて攻撃する人数を調整しているんだもん。
後半は相手が積極的に選手交代を行ったため、ある程度はこちらがボールを持てるようになる。部員が多くていいなあ。
でもこっちはせっかくボールを持ってもなかなか思い切って前に蹴り出せない。ふだんやってないからピンとこないのだ。
相手GKが前に出ていたところに早めにシュートを撃って一矢報いるのがやっと。1-9で、2桁失点はなんとか回避した。

 
L: 挨拶を終えてベンチに戻ってくる私(生徒の顔には修正をかけております)。撮ってくれた生徒会長ありがとう。
R: この後で審判をやるのでこの恰好。しかしこうして見ると、きちんとサッカーをやっている人のように見えるから不思議。

これで新人戦へ向けてのシード権大会は終了である。8人である程度は戦えることを証明できたとは思うが、
人数が足りないだけに、個々のサッカーセンスをもっともっと磨かないとどうにもならないこともよくわかった。
攻守の切り替えと、それに伴うラインの上げ下げがいちばんの課題かなあ。結局は運動量ってことになるのか。

さて、夜は上京してきたリョーシさんを迎えてみんなで飲む。今回は残念ながらみやもりとニシマッキーが欠席。
まずは先月も会った僕とリョーシさんで先行して合流。御茶ノ水のスタ丼屋でミニスタをいただくのであった。
というのも、リョーシさんがスタ丼屋の唐揚げに大いなる関心を示したため。ミニスタじゃないとキツかろう、と。
「鬼盛りすたみな唐揚げ皿」を4個ずつ分けて食ったのだが、案の定、ミニスタにしておいて大正解でしたな。
唐揚げ自体は、まあふつう。もっとしょっぱいと予想していたが、そんなでもない。竜田揚げ風で好みは分かれるね。

その後は前回の姉歯(→2018.7.8)と同様、飯田橋へ。何もそんなに喜び勇んで飯田橋でなくてもいいはずなのだが、
究極的に交通の便がいいうえに、土日の奇跡的な空き具合はやはり魅力的なのである。バカ話をし放題だもんな。
やがてえんだう、そしてマサルも合流してありとあらゆる話題をダベり尽くすのであった。いや話題が広い広い。
で、次回までの宿題として、今までお世話になった女優さんでベストイレヴンもしくはベストナインをつくれってことに。
ちゃんとポジションまで考えろよ、と。ちなみにマサルはもはや女優ではなく、企画のタイトルでやるレヴェルだってさ。


diary 2018.8.

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