アメリカのベネズエラ侵攻にはたまげた。一気にマドゥロ拘束までもっていくとは、あまりにも手際がよすぎるような。
ちなみに当方、年末の地理総合の授業でちょうど南米の回があり、ベネズエラ情勢は昨年のノーベル平和賞の件も含めて、
けっこうきっちり教えております。しかしそれにしても時事ネタがドンピシャになってびっくり。生徒はどう反応するかな。◇
渋滞覚悟で11時発の新宿行きバスに乗り込んだのだが、なんと定刻どおりに到着。絶対に渋滞にハマるだろうと予想して、
気合いを入れて『ニューロマンサー』(→2005.1.8)の読み直しをやろうとしていたのだが、結局1/3も読めなかった。
まあおかげでこうして日記を書く余裕ができたのはありがたいけど。今年は積極的に読書をしていきたいですなあ。
バヒさんと晩メシをいただくのである。一人だと入りづらいという中央通りの燻製屋に突撃するのであった。
いろいろ注文したのだが燻製が出てくるのがなかなか遅く、その分だけ酒が進む展開に。燻製は主食系が課題ですなあ。
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L: ピート臭を効かせたビールに各種燻製をいただく。燻製は四半世紀前にいろいろ自作したっけ(→2001.8.16/2001.12.1)。
C: 気まぐれ燻製セット。盛大な煙に包まれて登場。 R: ピザを頬張るバヒさん。燻製だけだと主食系が弱いのでこれは助かった。なんだかんだでそれなりに食ったので、2軒目はバヒさんに連れられてバーへ。入ったら店内はほぼ真っ暗でびっくり。
しかしこれは提供される酒にスポットライトが当たるように、という工夫。劇場型のバーとでも表現すべきか、実にオサレ。
昨年8月にサントリー白州蒸溜所を見学した影響で(→2025.8.17)、当方、バヒさんとともにウイスキーをいただいた。
どうも今日は燻製からウイスキーまで強烈にスモーキー。でもそれもまた楽しい経験である。勉強になるなあ。
こんな具合に酒にスポットライトが当たる感じに。オシャレすぎんか。
この店で凄いのはトイレとのことで、デジカメ持参で突撃したらそこにはバラの浮いたバスタブ。言葉を失ってしまった。
棚には特製ラベルの酒が並ぶが、たいへん見事な古谷三敏ガチ勢。飯田は飲み屋だらけの街だが、それにしてもこれは凄い。
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L: これは、いったい、何と言えばよいのやら……。 C: 反対側にはミュシャ風の絵。 R: これはガチ。凄い。というわけで今回もバヒさんにはいろいろ楽しませてもらった。毎回尖った店を見つけて教えてくれてありがたい。
なおバヒさんは今度は北海道に行きてえということなので、またじっくりプランを練りましょう。楽しみにしております。
7日まで全話無料ということで、今さらながら久保帯人『BLEACH』を読破したよ!
たいへん読みづらいマンガである。しかも全74巻あって、後半たいへんダレる、という話をどこからか聞いていたのだが、
すでに16〜17巻の辺りで飽きてしまった。それでも読んでおかねばという義務感で踏ん張ったが、正直つらかった。
一世を風靡したジャンプバトルマンガの一角という扱いになっているが、こんなに長く連載が許された理由がわからない。まずこのマンガに最も強い影響を与えた先行作品は、間違いなく『幽☆遊☆白書』(→2008.7.25/2011.10.31)だろう。
もちろん他の多くのマンガにも影響を与えたが、特に『BLEACH』は設定・能力・キャラクターのタッチで影響が強い。
しかし『幽☆遊☆白書』が全19巻のヴォリュームにまとまっているのに対し、『BLEACH』は上述のとおり全74巻。
(まあ長いのは『BLEACH』だけじゃなくて『ONE PIECE』も『NARUTO』もそうで、ジャンプのダラダラ展開が定着した、
その代表例のひとつと見なせる。『シティーハンター』の簡潔さ(→2005.1.27/2025.12.25)は遠くなりにけり。)
結局のところこのマンガ、『幽☆遊☆白書』のやっとることをほぼ同じ構造で(いい意味で)中二病たっぷりに再現しつつ、
終わらない『ONE PIECE』の裏で『NARUTO』(→2019.7.22)と一緒に引き延ばしていただけなんじゃないかと感じる。
だからどうにも全体的に既視感がある。そして他のマンガと比べ、『BLEACH』が発明した新たな機軸がないのである。結論としてはこのマンガ、キャラクターの人間ドラマをやりたいのではなくて、「すごい能力」を出したいだけなのだ。
作者のプライオリティは「すごい能力」を考えることにあり、面白い話をつくることが二の次になってしまっている。
しかもその能力が話の面白さにつながっていない。読んでいて、「すごい能力」と「話を面白く磨きあげる能力」は別物だ、
という真理を74巻にわたって延々と突きつけられた。また、「すごい能力」を出すために、登場人物がやたらと増えていく。
結果、一人ひとりへの愛が薄まってしまう。キャラクター(character)とは性格・特性・個性という意味を持つ単語だが、
その生きている部分(→2009.2.19)よりも「すごい能力」を優先するため、活躍しきれない登場人物が多くなってしまう。
逆説的だが『BLEACH』は生き残る敵が多いことで、かえってキャラクターが供養されずに中途半端に放置されてしまい、
見せ場を失ったキャラクターだらけになっている。同時進行のバトルも多すぎて、1バトルあたりの価値が安くなっている。もうひとつ問題なのが、読者の裏をかくことを志向する点だ(これは『NARUTO』と同じ問題点である →2019.7.22)。
おかげでバトルは冗長になり、謎解きという形で言い訳が一気に来る。そうすることで全体のリズムがどんどん悪くなり、
読者がカタルシスを得られる間隔が間延びする。しかも大風呂敷を広げたわりには、後づけの理由が薄っぺらい。
裏をかくことが前提となってしまっているので、登場人物のセリフがいちいち、僕(=作者)の伏線すごいでしょ、
という響き方をしてしまう。藍染にしろユーハバッハにしろ、ボスのセリフの言い訳がましさがひどいことになっている。がんばって全74巻を読んだので、『BLEACH』がどういうマンガなのかはよくわかった。でも二度と読み返すことはないわな。
今年も写真の整理と電子版のマンガばっかり読んでいる正月で申し訳ございません。100%怠惰というわけではないのだが。
昨年は西へ東へ旅行しまくってお金も日記も実に大変な一年だった。今年は昨年ほどは激しくならないはずなので、
なんとか旅行がおさまる方向へと持っていきたい。でもいちばん優れた「学び」は、やっぱり旅行で得られるんだよなあ。