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2019.8.21 (Wed.)

ご来光目的の皆様は午前2時前には起きて、各々出発したようである。しかしわれわれは6年前に済ませているので、
日の出の時刻である4時57分ギリギリまであたたかいお布団の中で過ごすのである。で、宿のすぐ外で見ようと。
登山客が出発すれば出発するほど寝床は広くなっていく。気圧のせいで頭と眼球が少し痛いのは気になるが、
時間とともに快適になっていく寝床を満喫するのであった。おかげで最後の1時間をぐっすり眠れて、これが効いた。
ちなみに宿での会話は中国語が非常に目立っていた。寝床の隣の客も中国人だったし。あとロシア語も聞こえたな。

4時ぐらいに起きると、昨日のうちにもらった弁当を取り出して朝食である。宿はすでにわりと閑散としつつある。
荷物を整理してトイレに行って落ち着くと、鏡がないけど使い捨てのレンズを根性で入れる。雨対策ということで、
メガネは避けておこうというわけだ。日の出5分前に準備が完了し、いざ登山靴を履いて宿の方に礼を言って外へ出る。
……案の定、見事な霧である。太陽が出たのかどうかもわからない。とにかく午前5時、頂上に向かって歩きだす。

  
L: 朝食。八合五勺で他人のつくったメシが食えるだけありがたい。  C: 印象・日の出って感じにもなりませんよ。
R: でもまあ午前5時になったし、出発なのである。雨こそ降っていないが、まったく先の見えない霧の中を行く。

出発してわりとすぐに鳥居が現れた。九合目……にしてはずいぶんと近いなあと思う。が、どうも実際にそうみたいで、
壊れかけている木造の祠の脇には「九合目 迎久須志神社」という立て札があった。しかしそこに中身はない。
吉田ルートの九合目にはかつて山小屋があったようだが、今は完全に崩壊してしまっている。なんとも切ない光景だ。

 
L: われわれがとりたててパワフルなわけでもないのだが、かなりあっさりと九合目らしき鳥居に到着。
R: 少し登っていったら迎久須志神社だという木造の祠があった。なんだか非常にもったいないなあと思う。

九合目の遺物群を後にして30分弱、行列にぶつかる。よく見るとその先にはうっすらと鳥居があるような気がする。
感覚的にそこが久須志神社つまり吉田ルートの頂上だとわかるが、この状況では素直には喜ぶことはできないのだ。
そう、思い出すのは須走ルートでのラスト200mだ(→2012.7.15)。最後の最後、何が起きるかはわからない。

それでも行列の後について5分ほどで、ついにその鳥居をくぐることができた。見覚えのある光景、久須志神社だ。
参拝客でごった返す中、「御守! 御守!」とはしゃぎつつ僕も突入。バヒさんはあたたかく見守ってくれたとさ。
前回の富士登山で富士山本宮浅間神社奥宮の御守は1体だけ頂戴したのだが、久須志神社では頂戴しなかった。
前も書いたが「久須志」とは「薬師」なので、もしかしたら神仏習合系の要素が御守にあるかも、とチェック開始。
しかし、置いてある御守はすべて富士山本宮浅間神社の富士山頂版なのであった。確認できたのはよかった。
バヒさんは神社でおみくじを引く習慣があるようで、大吉を引き当てて大喜びしていたよ。強運ですなあ。

  
L: 吉田ルートの頂上である久須志神社の鳥居をくぐる。八合五勺までのヨタヨタぶりを思うとずいぶん快調なラストだ。
C: 久須志神社(後で撮影したので人がいない)。吉田ルートのゴールということで、奥宮と差をつけていないのだろう。
R: 社殿の中ではこんな感じで御守が置いてあるのだ。種類は非常に多いが、どれも富士山本宮浅間神社の富士山頂版。

久須志神社周辺は富士山頂で最も都会なだけあって、登山客でごった返している。僕は金剛杖のてっぺんに「2019」、
そしてもう場所がないので、あろうことかいちばん下に「頂上之印」の焼印を押してもらった。ま、しょうがない。
頂上に着いたので一休みして、バヒさんにプレゼントの贈呈式。艦これの艦娘では夕雲が気に入ったようなので、
夕雲の薄くて高い本を贈呈したのであった。なかなか珍しいんですよ、夕雲の薄い本って。本気で喜んでたなあ。
なお、薄い本を包んでいるビニールは富士山頂でも膨らんでいなかったとさ。密封されてないから当たり前か。
ちなみに前回調査から6年経った今回も、頂上にくまモンはいなかったモン。ブームも少し落ち着いたモンね。

 
L: 久須志神社周辺は富士山頂で最も都会な場所である。山小屋の中に入るのに行列ができていたもんなあ。
R: 日本で最も高いところにある自動販売機。ペットボトル飲料が500円で缶入り飲料が400円となっている。

われわれが久須志神社だけで満足できるはずがないのである。富士宮ルートにある富士山本宮浅間神社奥宮の御守も、
きちんとチェックしなければいけないのだ。というわけで、濃霧と強風にけっこうビビりながらも移動を開始する。
前回を思い出すと、お鉢巡りでいちばん怖かったのはここの箇所だ(→2013.8.7)。とにかく高くて狭くて怖かった。
でもここまで来ておいて、行かないなんてことはありえない。覚悟を決めて一歩一歩進んでいくしかないのである。
……ところが、だ。15分ほど起伏を進んでいったら、うっすらと見覚えのある景色が見えてきた。富士宮ルートだ。
どうやら濃霧と強風に耐えながら歩いているうちに、高くて狭くて怖い場所は通り過ぎていたようなのだ。
前回は下の方が見えていたから怖かったけど、今回は霧でほとんど視界がないから怖さを感じる要素がなかった、
という結論に至ったのであった。恐怖心ってのは面白いものだ。気づかないってことは幸せでもあるんだなあと。

 前回のお鉢巡りでいちばん怖かったと思われる箇所。見えないと怖くない、という結論に。

思いのほか(といってもかなり厳しめの想定をしていただけで、実際は濃霧も強風もそれなりに手強い)すんなりと、
富士宮ルートの頂上にたどり着いてしまった。何が驚いたって、登山客の少なさである。吉田ルートの賑わいに対し、
こちらは人が数えるほどしかいない。なんでこんなに差があるのかなあ?とバヒさんと一緒に首を傾げつつも、
富士山本宮浅間神社の奥宮に参拝する。やはり久須志神社での読みどおり、御守のラインナップは両者とも同じ。
こちらでも富士山頂版の御守をいくつか押さえ、久須志神社と並べて2つめの刻印を金剛杖に打ってもらう。

  
L: 富士山本宮浅間神社の奥宮。こちらが存在するので富士宮ルートは「表口」を名乗っているのである。
C: 鳥居をくぐって社殿。  R: 中で御守が置かれている様子。ラインナップは久須志神社と同じとなっている。

御守マニアとしてはこれで目的を達成したのである。バヒさんはここでもおみくじを引いて、またも大吉。
富士山頂で大吉を連発するとは豪運である。その後は前回お世話になった頂上富士館の中に入って一休みする。
そしたら外に出ている人が少数派なだけで、中は登山客でほぼいっぱいだった。なんか月面基地みたいだったね。

 
L: 頂上富士館と登山客。霧で視界が限られているせいもあって、なんだか月面旅行をしているような感覚に。
R: 中で一休みするわれわれ。バヒサシさんは富士山頂にあるポケモンジムでなんだかいろいろやっていたのであった。

さて、奥宮まで来たらやっぱり剣ヶ峰まで制覇したくなるのが人情というもの。濃霧と強風で怖いけど、
もう勢いで行っちゃうしかないのである。とはいえ本当に霧が深くて、剣ヶ峰のある方向がぜんぜんわからない。
とりあえず足跡をたどっていこう、と名探偵ぶりを発揮しながら進んでいくと登山客とすれ違ったので正解だなと。
やがて見覚えのある坂道がうっすらと見えてきた。剣ヶ峰はそのちょっとの高さで、確実に酸素が薄れている。
苦しいー!と悲鳴をあげつつどうにか到達。6年前には行列ができていたけど、今回は僕とバヒさんふたりだけだ。
せっかくの剣ヶ峰、濃霧と強風に負けることなくそこにたどり着く勇気を持っていることを誇りつつ写真を撮る。

 
L: うっすらと見える剣ヶ峰。文字どおり頂点を極めるまで、あと少しだ。  R: 剣ヶ峰である。二等三角点があるよ。

勇気があればなんとかなるもんだなあ、としみじみ実感するわれわれなのであった。写真じゃわからないけど、
風はもう本当に強くて、ほかの登山客の皆さんが怖気付くのもしょうがないと思う。諦める方がふつうなのだろう。
でも、少しの勇気と好奇心で、そこのちょっとハードルを乗り越えることができるかどうかが決定的な差なのだ。
僕らにはそれがあった、という事実が大きな自信につながった。今回の登頂は、前回よりもずっと誇らしいのだ。

 
L: サムズアップなバヒさん。  R: そうは言っても高いところで強風は怖い僕。自分でもよく耐えたと思うわ。

さて、剣ヶ峰まで来たらやっぱりお鉢巡りをして帰るしかないではないか。もう半分ほど回っているのだ。
前回の記憶だと北西側の方は大して怖いところはなかったはずなので、剣ヶ峰を制覇した勢いもあって、
気合い十分で歩きだす。しかし剣ヶ峰からしばらく行ったところが、今回の最大の難所なのであった。
特に名前がついているわけではないようだが、まったく遮るものがない尾根になっている箇所があり、
そこで風速何mだか想像もつかない強風が外から火口側へと横殴りで吹きつけてくる。凄まじかった。
濃霧で下が見えないのと剣ヶ峰をクリアしたテンションでどうにか乗り切ることができたが、
かかんで進まずにはいられないくらいの横風だった。風を遮る岩があるところまで着いたときには、
思わず「助かったぁー」と声が漏れてしまったよ。久須志神社が見えると、本当に誇らしい気持ちになった。

 
L: 吹きっさらしの尾根で横殴りの凄まじい強風の中を行くのは本当に怖かった。かがんで進まずにはいられなかった。
R: 久須志神社に戻ってきたときは本当に充実感があったなあ。だいぶ精神的に鍛えられたお鉢巡りとなったのであった。

本当に激しい強風の中でお鉢巡りで、やろうと思えばやりきれるもんだなあと思うのであった。
途中で何組かの登山客とすれ違ったが、極限とまでは言わないが「日常生活では体験できない厳しい状況」を、
みんなくぐり抜けてお鉢巡りをやりきっているわけである。そういう誇りをもとにした連帯感を持てること、
さっきも書いたけど悪条件に負けることのない十分な勇気と好奇心を証明できたことが、何よりうれしい。
金剛杖に刻まれた焼印は、この勇気と好奇心の証明となることで、かけがえのない意味を持つのである。

せっかくなので一周記念に久須志神社で奥宮のお札をもらい、下山を開始する。名残惜しいがもういいや、と。
下りは酸素の心配をしなくていいのがありがたい。登りと使う筋肉が違うし、体力的に苦しい場面もあるが、
息苦しさで動きが悪くなるという要素がないのでストレスの要因がひとつ減ることになる。それが大きいのだ。
九合目を抜けた辺りで天気は急に落ち着いた感じになり、風にも霧にも悩まされることはなくなった。
そうなれば適宜休みを挟みながら淡々と下っていくのみである。吉田ルートは登山道と下山道が別になっていて、
下山道は狭苦しい登山道とは正反対の広々とした砂の道だ。ただ、振り返ってみると勾配はかなり急である。
つまり帰りは楽になるように設定されているということで、それもまた吉田ルートの売りなのだろう。

  
L: ある程度下りてくると天気はかなり落ち着いた感じに。結局、富士山ってだいたいの日は頂上付近が悪天候ってことね。
C: 吉田ルートの下山道は、登山道とはまったく正反対で広くて余裕のある砂の道。ただ、勾配はかなり急である。
R: 下山道はブルドーザーの道にもなっているようで、物資を運ぶキャラピラー車とすれ違った。いやはや、大変だ。

八合目の辺りに吉田ルートと須走ルートの分岐点がある。間違えないように注意しながら左に曲がって山小屋で休憩。
下山道では珍しい山小屋で焼印をお願いしたのだが、押せるところがないですねと言われた。僕もそこまで来たか。

  
L: 吉田ルート(左)と須走ルート(右)の分岐点。これを間違うと大変なことになるのでかなりの勢いで注意を呼びかけている。
C: 雲の間で市街地が見えたので撮影。右が富士吉田市で左が富士河口湖町。山梨らしい密度の高い街という感じだ。
R: 下山中に横から見えた、登山道の山小屋2つ。やっぱり山小屋どうしの距離が近いなあ、とあらためて実感する。

下れば下るほど植生がだいぶ元気になってくるので、それでゴールの近さを実感しつつ進んでいく。
が、やはりなかなか遠い。七合目のトイレでつづら折りは終わり、あとはひたすらまっすぐな下り坂となる。
でもこれがけっこう急勾配だし延々と続くしで、ラストシーンを猛烈に引き伸ばされているような感覚になる。
実際、下山道は登山道からだいぶ離れているのである。適度に休みを挟みつつ、我慢強く下っていく。

 いちばん勾配が急だった箇所を下りきって振り返る。

やがて六合目の安全指導センターに着いた。ここからも長いのは昨日の経験でわかってはいるが、
それでも明確に終わりが見えたことで心の底から安心した。これでようやく心理的な余裕が出てきた。
しかしそうなると、どうしても気になって仕方がないことがある。実は昨日、大股で岩を登った際に、
ズボンの股が破れてしまったのだ。7年前の須走以来、今まですべての登山で穿いてきたズボンだが、
ついに寿命が来てしまった。とはいえ山の中ではどうにもならないので、僕はパンツを露出させながら、
富士山頂を極めたというわけだ。ここまでは必死だったのでそんなのどうでもよかったのだが、
いざホッとすると、後ろにいる人の視線がすごく気になる。早く着替えたくってたまらなかったなあ。

富士スバルライン五合目の入口に戻ると、喜ぶ間もなくすぐに建物の裏で登山靴を脱いで着替える。
これでようやく落ち着いたのであった。時刻は10時半を過ぎたところで、メシを食ってお土産を見ることに。
バヒさんが「カレーを食いたい」と言ったので僕も無性にカレーを食いたくなり、レストハウスに飛び込む。
ちょうどこれからランチタイムの混雑に突入する直前、といういいタイミングでカレーにありつけた。

 富士山噴火カツカレー。平常の世界で食べるメシの味は沁みたねえ。

余裕を持って帰りのバスは15時発を予約していたのだが、13時半発に変更ができた。バヒさんとお土産を見て、
外国人に大人気という日本酒味のキットカットをふたりでかじりつつ、しばらくダベると現地解散する。
本当にお疲れ様でした。素敵な富士登山をありがとう。バスで去るバヒさんを見送ると、しばらく呆けて過ごす。
13時半、新宿行きのバスが出発するが、往路と違って僕はあまり眠れなかった。静かに興奮が続いていた感じ。
バスの中でも電車の中でも、倒れないように僕は金剛杖をずっと握っていたのだが、その凹凸が誇らしかった。
ちょうど手に馴染む凹凸を指先で感じるたび、お鉢巡りでの誇りが蘇る。それはどこまでも心地よい感触だった。


2019.8.20 (Tue.)

富士登山である! やると決めたからにはやってやるのだ! 朝起きると着々と荷物を整え、8時過ぎに家を出る。
……と、駅へ向かう途中で気がついた。今日は平日、そしてこの時間。絶対に出勤ラッシュとぶつかるのである。
これから富士山に登るんですと言わんばかりの金剛杖に、登山靴の入った袋をぶら下げて。もちろん背中にはバッグ。
まあ結局は足元にバッグと袋を収めて金剛杖に巻きつくように立ってやり過ごしたのだが、これだけで疲れた。
電車内には弓を持っている弓道部員もいて、これを毎日やるのは大変だなあ……と心底感心したのであった。

バスタ新宿からスバルライン経由で富士山五合目まで直行するバスがあるので、そいつのお世話になる。
乗客の半分かちょっと多いくらいが外国人。みんな登る気満々の恰好である。僕の隣はラフなネオナチ風だった。
新宿を出発した次の瞬間には気を失い、起きたときにはスバルラインのつづら折りをウニウニ進んでいた。
到着すると、夜行バスと大して変わらないボンヤリ具合で外に出る。気圧のせいもあってか、あくびが止まらない。

  
L: 富士スバルラインの富士山五合目。平日とは思えない賑わいぶりで、やたらめったら外国人観光客が多い。
C: 下段のバス駐車場を見下ろす。さすがに五合目なので、重々しい雲より高い位置にいるのがわかる。
R: 休憩スペースから見上げる富士山。山頂には雲がかかっている。これからあそこに行くんだけど大丈夫かよ。

しばらくそんな具合のまま呆けていたのだが、バヒさんから電話が入り、無事に合流できたのでひと安心。
まずは昼メシを食おう!ということでレストハウスに入る。前回の静岡県・富士宮口(→2013.8.6)に比べると、
こちらの山梨側はずいぶん観光色が強い。平日で外国人観光客の比率が高いせいで、その印象がよけいに強い。
考えてみれば、ここは新宿から容易にアクセスできるし、五合目なので天気も平地とは明らかに雰囲気が違う。
つまり本格的に富士山に登る余裕はないが、富士山的なるものを経験したい人々にとってちょうどいい場所なのだ。
なるほどねと納得しつつ観光地的な「富士山ラーメン」をいただく。ふつうに旨い醤油ラーメンでございました。

  
L: バヒサシさんは「富士山そば」。  C: 僕は「富士山ラーメン」。  R: 海苔にはこのようなプリントが。

さて今回の富士登山、御守マニアの僕としては当然、できるだけ多くの御守を収集するチャンスなのである。
というわけで、昼メシを食べ終わるとレストハウスの間に鎮座する冨士山小御嶽神社にいざ参拝。そして御守頂戴。

  
L: レストハウスの間にある冨士山小御嶽神社の参道。こりゃ鳥居がなかったらわからん。ジャパネスクで外国人には人気。
C: 進んでいくと確かに立派な神社の雰囲気に。  R: 冨士山小御嶽神社。後ろには建物がなかったのでこれが本殿か。

面白いのはこの神社、磐長姫命(イワナガヒメ)を祀っているのだ。富士山の祭神といえば、コノハナサクヤヒメ。
これは駿河の富士山本宮浅間神社でも甲斐のさまざまな浅間神社でも共通している(→2014.10.122015.12.19)。
そんなコノハナサクヤヒメの姉がイワナガヒメ。しかし醜かったイワナガヒメはニニギに選ばれることはなく、
そのせいで人間の寿命は神々ほど長いものではなくなったというバナナ型神話でおなじみである(→2016.7.24)。
わざわざ姉の方を祀るとは珍しいなあ、と思いつつ参拝(コノハナサクヤヒメのその後はこちらを参照 →2016.2.26)。

 
L: 御守はかなり充実している。外国人観光客にはいい土産になるよなあ。  R: 脇にある日本武尊社。

さっそく御守ゲットでいい気分になっていると、富士山をきれいにする運動をしている人から声をかけられた。
よくわからんけど富士山を汚す気もないので言われるがままに撮影され、グッズとビニール袋をもらったのであった。
まあとにかく、ひととおりの準備ができた感じでいざスタート。われわれの「富士スバルライン五合目」とは、
厳密にはいわゆる「吉田口」とは違うのだが、六合目辺りから吉田ルートと合流することになるようだ。
……しかし、それまでが長い! 富士宮ルートが最短距離で一気に上がる感じなのに対し、こっちは助走が長い。
途中で下りになっている箇所まであって、「位置エネルギーがもったいない!」と文句を言う始末である。

  
L: 出発記念によくわからんけど一発。  C: それではいざ、富士登山開始である。  R: こんな感じの道を延々と行く。

林の中を抜ける箇所もあるのだが、基本的には広くて砂の一本道を延々と歩く。そういえば金を払ってないなあ、
なんて話をしていたら、六合目にあるという安全指導センターに到着。ここで協力金を支払うというわけだ。
なるほど、ラフな恰好の外国人観光客は富士登山が本格化する前にここで引き返すという仕組みでもあるのか、
なんて納得するのであった。さて本格的に登りはじめると、やはり思っていた以上に酸素不足がデカい。
われわれは体重の増加による肉体的ダメージを危惧していたが、そんなものは酸素の薄さに比べりゃ大したことない。
六合目の時点ですでに、息苦しさを感じながら歩を進める。ときどき立ち止まって深呼吸して慣れていくしかない。

  
L: 六合目、安全指導センター。1000円(以上)をここで支払って、いよいよ本格的に富士登山モードとなる仕組みだ。
C: 抜けるといよいよ登山開始なのだ。それにしても、上の方の天気が非常に気になる。雨だけは勘弁してほしい。
R: 吉田ルートの最大の特徴は、山小屋ラッシュだろう。見るからに連発して建っているのがよくわかる。

6年前もやたらと息苦しかった記憶はあるのだが、実際にその状況に置かれる現実はやはり厳しいものがある。
やっぱり酸素が薄いなー!と言いつつ登るが、もう少し早く五合目に来て体を慣らしておくべきだったかとも思う。
今回はカロリーメイトだのヴィダーインゼリーだのアミノバイタルなど元気になれるアイテムを満載しての挑戦だが、
いちばん肝心なところがウッカリだったということか。喉元過ぎればなんとやらである。まあしょうがないけど。

なんとかがんばって1時間ほど登り、最初の山小屋がある七合目の地点に到着。お楽しみの焼印タイムである。
失敗した須走ルート、前回の富士宮ルートの焼印がすでにあって、その反対側に吉田ルートのものを押してもらう。
……が、どうも気になるのが山小屋の近さだ。須走でも富士宮でも山小屋は「n合目」「本n合目」ごとにあって、
焼印を入れてもらうのがいい目印になっていた。しかし吉田ルートは山小屋がn合目とまったく対応しておらず、
七合目から本八合目までになんと13もの山小屋がひしめいているのである。小銭がものすごい勢いで飛んでいく。

 山小屋ラッシュすなわち焼印ラッシュに戸惑うわれわれ。小銭が飛んでいく。

おかげで早々にバヒさんの金剛杖は「これ以上焼印を入れられません」とお断りされる状態となってしまった。
そして僕の方も須走と富士宮の反対側だけでは足りなくなり、登れば登るほど下へ下へと焼印が下がっていく。
われわれの金剛杖を見た登山客が「うわっ、南米のサッカー選手のタトゥーみたい」と呟いたのが聞こえた。

  
L: 今回は登っていく際のコンディションは非常によかった。最後に雨に降られた前回よりも好調(→2013.8.6)。
C: 吉田ルートは登山道が狭くて山小屋どうしが近いので、山小屋手前で混雑が発生するのが気になるところである。
R: 八合目にて焼印を押してもらうわれわれ。バヒさんの金剛杖はついに限界を迎え、僕の方もだいぶ厳しい状況に。

さて今回の富士登山、事前の天気予報では雨の中を登る可能性があったのだが、いざ登ってみたら非常に快調。
まるで僕たちのところだけスポットライトが当たっているがごとく、落ち着いた状況の中で登ることができた。
ただ、登れば登るほど薄くなる酸素にはさんざん苦しめられた。そしてもうひとつのストレスといえるのが、
吉田ルートの登山道が狭めであること。山小屋どうしの間隔が短くて登山道が狭いため、渋滞気味になりやすい。
自分たちのペースをキープできない時間が続くのは、ちょっとつらい。ペースは落ちても上げられないのだ。

  
L,C: 八合目から先は登山道の様子がガラリと変わる。植生は一気に減り、道は赤い砂利となって幅が広くなるのだ。
R: 眼下の景色。われわれはいいコンディションで登れているけど、下は雨かもなあ、なんて話しながら一休み。

七合目の山小屋エリアを抜けて八合目に入ると登山道の様子が変わり、ストレスはだいぶ解消される。
しかし酸素はさらに薄くなり、何歩か一気に登ると必ず簡単に息が切れる。詰まり気味から解放されたはいいが、
やはりそこでのストレスもボディブローのようにじわじわ効いている感じ。明らかにヨタヨタしながら登っていく。

  
L: 八合目エリアにある山小屋・元祖室に到着。そしたら大きな鳥居に御朱印集めの女性参拝者が列をつくっていた。
C: 手前にあるのが冨士山天拝宮。調べてみたら教派神道・扶桑教の施設とのこと。いちおう参拝はしたけどよくわからん。
R: 御守もあった。種類によって色違いというタイプである。ふつうの神社と変わらない感じでやっておりましたが。

われわれが本日泊まる予定の宿は、八合五勺ということで吉田ルートでは最も高い位置にある山小屋である。
酸素が薄くてあまりにヨタヨタだったので、途中で気合いのドーピング。ヴィダーインゼリーがもう超旨いの。
貧すれば鈍するということか、ペースがガクンと落ちているときは、自分からはなかなか気づかないものだ。
ある程度先に場所を決めておいて、強制的に栄養を摂る方がいいのかもしれない。いやあ、キツかった。

 八合五勺にある本日の宿(左上)まであともう一息! でもこれが大変なのよ。

どうにか本当に18時のギリギリ直前に宿にすべり込んだ。暗くなる前にゴールできたが、けっこう危なかった。
金剛杖を預けた際、宿の若いお兄さんが焼印だらけなのを見てさんざん「シブい」と言っていたのだが、
そういう言語感覚で受け止めるものなのかーと思った。いや、わかるんだけど、「シブい」って表現になるのかと。

  
L: 今回の寝床。当たり前だが、ウナギになった気分であります。  C: 晩ご飯はハンバーグとサラダだぜイエイ。
R: バヒさんに言われて夜景を撮ってみたのだが、雲が広がっているしデジカメではこれぐらいが限界。

バヒさんは途中で買ったビールを呷り、さっさと工事現場的な音を出しながらご就寝。僕は酸素の薄さもあって、
寝たり起きたりを繰り返しながらどうにか最低限の睡眠時間を確保した感じ。横になって寝られただけマシかな。


diary 2019.7.

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