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2020.9.27 (Sun.)

今日も今日とて日記三昧。

ここ最近の日記が「中学校ヤダ」「英語ヤダ」「高校うらやましい」「地理やりたい」ばっかりで、
だいぶメンタルが弱っているなあと自分でも思う。我慢できていたものが、堪えきれなくなってきている。
逆に考えて、なぜここまでいちおうは我慢できていたのかと振り返ってみると、それは「特別扱い」にあると思う。
僕は異動してきた各学校において、どこでも3年ほどの時間をかけて「マツシマ先生の説得力」を築いてきたのだ。
「この人の言っていることはきちんと聞いておかないとヤバい」という説得力を誰に対しても浸透させることで、
自分の周りに「特別扱い」をさせるようにしてきたのだ。そうして自分がやりやすい環境をつくってきたのである。
この「特別扱い」というのは大袈裟なものではなく、言い換えると「個性を理解させたうえで納得してもらう」もので、
実は誰でもやっていることだ。ただ、その浸透スピードには個人差があり、頭のいい人ほど受け入れるのが早い。
相手の頭の良さがわかるのもその人の頭の良さのうち、なのだ。その阿吽の呼吸が前任校にはあったなあ、と思う。
しかし現状ではそれがなかなかうまくいっていない。生徒に対しては下級生を中心に浸透しはじめている感触はあるが。
それでイライラが募っているわけである。中学校で英語だと、なかなか浸透スピードが遅くて。異動1年目の宿命かねえ?


2020.9.26 (Sat.)

授業見学なのだ。今日も都立高校の進学校で、内容は漢文。中島敦『名人伝』(→2015.7.14)の元ネタ「紀昌貫虱」だ。
(ややこしいが、「紀昌貫虱」は初学者向け教科書の『蒙求』に収録されたもので、エピソード自体は『列子』が元祖。
 もちろん中島敦は『列子』を参考にしており、『名人伝』は『列子』に収録された2つの話を編集してつくられたのだ。)
最初に受身形についての復習テストがあって、僕もやってみたのだが、いやあスッパリ忘れてしまっていて格好悪い。
音読を交えて漢文の文法を学んでいくスタイルはやはり学問の王道だなあと思う。でも日本語の勉強でもあるんだよな。
後半は李白の『秋浦歌』を自分なりにアレンジして身近に感じよう、という内容。生徒たちの作品は、悪くはないが、
もうちょっとできるだろ、進学校の意地を見せてくださいよ、といった感じか。偉そうなことを言ってすみません。
自分がやったらどうせ「中学校はもうたくさん、高校の方がいい」にしかならないもんね。すっかりワンパターンだわ。
授業が終わった後は先生と軽く話す。高校いいですねえと、もうほとんどグチを聞いてもらうカウンセリング状態。
せっかくだから漢文についてもっと話せりゃよかったなあと反省しております。でも本当にありがとうございました。

午後はサッカー部の新人戦が予定されていたのだが、雨天中止という連絡が入る。それでもいちおう職場に顔を出して、
そこからワークのチェックや読解パワーポイントの作成をやっていたら19時近くになってしまった。ニンともカンとも。


2020.9.25 (Fri.)

今日は感情のコントロールができずに本当にご迷惑をおかけしました。テスト採点とワークのチェックで、
いろいろと思うところがありまして。それを上手くコントロールして出せればよかったのだが、僕が未熟で。
声を荒げたとかそういうのとむしろ逆で、静かに怒ったのだが、なかなか話がまとまらなかった。整理できなかった。
こういうところはなかなか成長しないなあと反省しております。なんというのか、僕は怒り方が上手くないんですよ。
叱り方についてはそれなりにできている自信はあるけど、感情を絡めた怒り方がまだまだ。とはいえ生徒たちはみんな、
きちんと聴いていて偉かったのが救い。まあ今後の結果につながらなかったら意味がないんだけどね。うーん、すまん。

おまけに夕方には英検でトラブル。僕がやらかしたわけではないのでよかったけど、しっかりメンタルを削られたわぁ。
なんでよけいな英検なんかに苦しめられなきゃいかんのだろ。中学校であること、英語であること。両方が本当につらい。


2020.9.24 (Thu.)

教育実習生が打ち合わせにやってきた。来週は運動会ウィークであるとともに、教育実習がスタートする週なのだ。

いろいろ細かい話をしている担当の先生と実習生のやりとりを見ているうちに、自分の教育実習を思い出す。
2回目の中学校の方(→2008.5.262008.6.13)ではなく、大学4年のときに高校でやった方である(→2008.3.12)。
さすがに中学校の方では僕を知る人もいなかったし、もともと細かいことで有名な中学校だったしで通常メニューだった。
「私立大学の通信教育でがんばっているサラリーマン」という扱いで、ちょっと歳食ったふつうの人という扱いだった。
しかし高校でやった教育実習では当時僕を知る先生ばっかりで、「今度面白いのが来るぞ」なんて予告もあったそうで。
「できるよな」「ええまあ」で、始まって2日目にはすでに授業をやっていたし。振り返ると完全なる特別扱いだった。
つまりはそれだけ実力を認められていたわけだ。柔軟な高校ではあるが、特別扱いされて当然だったよなあ、と思う。
今年は研修で高校の授業を見学させてもらっているが、僕の当時の授業がそれらに劣っているとはまったく思わない。
やっぱり中学校は僕には合わないし、高校レヴェルでないと実力がぜんぜん発揮できないわと、ため息をつくのであった。


2020.9.23 (Wed.)

4連休が明けて久しぶりのシャバだぜ。そして今日は中間テストなのである。休みを取った先生が多かったこともあり、
ひたすらテスト監督。今年についてはテスト作成の責もないし、ハイハイいいですよ〜んと喜んで受け入れております。

テスト監督をやっているとよくあるのが、生徒が鉛筆やら消しゴムやらを落としてしまうことである。
そういうときは不正行為がないように、こちらが拾ってあげるわけだ。冬場なんかはお肌が乾燥するのでやたら落とす。
で、今日は最初っから最後まで、誰も何も落とさないで終了したテストがあった。これは教員生活で初めてかもしれない。
なんだか完全試合をやった投手のような気分になるのであった。バックの守りがあるからピッチャーはがんばれるぜ。



2020.9.18 (Fri.)

本日も研修という名目での授業見学。都立の進学校の中でもかなりの人気を誇る外苑前のあの高校である。
教室の後ろの方でプリントを見ながら待機していたのだが、入ってきた生徒たちは見事に陽キャばっかり(当社比)。
自分の高校時代はどんなんだったっけなあ、この集団の中にいたとしたら馴染めたんかなあ、と思うのであった。
まあどうせ25年前と同じように我が道を行っていたような気がしてならないが。当時は気楽なものだった。

それはさておき授業である。世界史で、4回の中東戦争を通したパレスチナ/イスラエルの動向がテーマ。
それこそ僕が高校生のときにラビン首相が暗殺されていて、それが歴史の流れの一部となっている。時間の経過を感じる。
世界史は得意科目ではなかったが、前に座っている現役高校生どもに負けるつもりなんてさらさらないのだ。
「負けねえぞう」と思いつつ授業を聴くことに没頭。高校の社会科は本当に楽しいなあ、と至福の時間を過ごした。

場所が場所なので、帰りにヤクルトスワローズの公式グッズを売っているショップに寄って、いろいろ物色する。
しかしなかなか欲しいものがない。前にも書いたが、僕はヤクルトの黄緑色を認めない宗派なので(→2017.6.13)、
そうなると欲しいグッズが激減してしまうのだ(許される黄緑色はカンフーバットの右側だけだ)。これにはまいった。
現役選手の背番号入りグッズについてもあまり興味がない。基本的に僕は昔っからDD(誰でも大好き)なので、
特定の選手へのこだわりというものがない。92年メンバーもみんな好きで、強いて言うなら荒木と古田ってくらいか。
店内でかなり長い時間粘っていたのだが、結局「ボール君」が横に刺繍されたキャップとつば九郎の小さい人形、
この2点のみのお買い上げとなったのであった。よく考えたらオレ、そもそもつば九郎に特に興味がないんだよなあ。
どっちかというと、つば九郎よりもボール君の方が好きなくらいでして(ミスター・メットも好き →2008.5.10)。
懐古主義的で申し訳ないけど、92年関連のグッズがあれば財布の紐がはずれて無制限に買ってしまうはずなのだ。
レジェンド関連のグッズが何か欲しかったなあ。歴史を振り返る何かしらのグッズは、あってもいいと思うんだけどな。

夜は焼肉。コロナの影響がまだまだある状況なので詳しくは書けないが、ふだんがんばっているメンバーで集まった。
9月になってようやくなのである。じっくりいろいろ話せてようやく落ち着いた感じ。肉も猛烈おいしゅうございました。


2020.9.17 (Thu.)

「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」で『ロックマン2』がリヴァイヴァルっぽい。
いや、その証拠となる話は身近なところの2例(みやもり娘・美術の先生の息子さん)しかないのだが、
話を聞いていると若い世代にもロックマンがきちんと浸透しているようで。お兄さんはうれしくってたまらないよ。

『ロックマン2』のすばらしさをこの日記できちんと書いたことがあったっけ? あまり記憶がないなあと思いつつ、
過去ログをチェックしてみたら、BGMを中心にいちおう言及はしているって感じ(→2002.10.302007.7.11)。
まあ確かに、BGMについては実際に音源を聴きながら偉そうにあれこれ書けばいいのでやりやすい。
でもゲームの内容となると、これはもう本物をプレーするのが一番。百聞は一見に如かず、ログよりは動画だよね。
だから日記であれこれ書く気はないのである。文字でいちいち書き出すのはキリがなくて手に負えないわけでして。
まあいずれ、みやもり家で娘さんと一緒に『ロックマン2』(同時にストIIも)攻略大会をやるであろうから、
そのときにまたきちんと書けるといいかなあと思っております。あ、練習の時間だ!(江頭2:50っぽく終わる)


2020.9.16 (Wed.)

岸部シローが亡くなったが、ドラマ『西遊記』で共演した堺正章・西田敏行からコメントが出るのがすごいなあと思う。
調べてみたら、1978年の放映なのだ。40年以上前のドラマなのに、共演者のコメントが求められる点がまず驚きだ。
そしてきちんと、(一般大衆が期待していたとおりに)ふたりから哀悼のコメントが出る。冷静に考えるとこれは驚きだ。
僕は1歳なので当時のことを知らない。昔を振り返る番組で映像が出て、ドラマ『西遊記』を知識として認識した世代だ。
だから岸部シローといえば、沙悟浄か『よいこっち』でマッスル北村に「自らワイドショーの主役、ダァ〜!!」と言われた、
その2択なのである。そこまで深く、あのドラマは孫悟空・猪八戒・沙悟浄のトリオとして3人を固定させていたのだ。

古くは南総里見八犬伝や真田十勇士なんかもそうかもしれないが、決められた枠とそれを構成するメンバーについて、
こっち側が信じていたくなる絆ってのがあるわけだ。YMOなんかもそうだろう。これはアイドル的なものだと思うのね。
アイドルに対する幻想と同じで、グループに対する幻想がある。確固たる彼らならではの特別な絆が存在していてほしい、
そういう種類の幻想。組織とはつねに新陳代謝するものだからこそ、永遠に語る対象となってほしい瞬間があるものだ。
今回、岸部シローが亡くなったことで可視化されたのが、ドラマ『西遊記』にまつわる絆、ということになる。
孫悟空・猪八戒・沙悟浄は原作により永遠に固定化されているトリオだが、堺正章・西田敏行・岸部シローのトリオも、
それに準じて固定化された。そしてそのトリオの間にあるものを、視聴者は絆と解釈した。今回、それが履行されたのだ。
40年以上の時間をものともせず、大衆はトリオの絆という幻想を求め、ふたりはそれにしっかりと応えてみせたわけだ。
なんと美しい物語か、と思う。ドラマ『西遊記』のすばらしさを、40年以上の時を超えて、現実として示したのだから。

そこまで視聴者を魅了したドラマである彼らの『西遊記』を、ぜひこの目できちんと見てみたいと思った。
そもそもが、キャラクターを女性にすることで作品の持つ可能性を大幅に広げてみせた手法の元祖と言える存在である。
「絶対的な魅力を持つ女性を支える頼れる男たち」という構図は、実は男にも女にも都合のいい関係性なのである。
その点を見事に発掘してみせただけでもドラマ『西遊記』には圧倒的な価値がある。社会学的な視点から、ぜひ見たい。


2020.9.15 (Tue.)

クレーム対応の研修、2回目。言っちゃあ悪いが前回の研修は退屈極まりない内容で、得るものも少なかった。
それでアンケートに「お前らがロールプレイをやって見せろ(意訳)」と書いたら、それに近い内容に修正してきた。
受講者と講師の間でのロールプレイである。これがまた自分から挑戦する受講者がけっこういて、そのことにも驚いた。
そして展開されるロールプレイが迫真すぎて、いやあ興味深かった。1回目とは打って変わって、勉強になりました。


2020.9.14 (Mon.)

10月にある第2回英検の準備をしているのだが、コロナの影響もあって本当に大変なことになっている。
混乱の原因は、第1回の合格発表日が第2回の申し込み締め切り日よりも遅い点。英検協会の頭の悪さにはほとほと呆れる。
今年度異動した区では準会場受検をやり、しかも3年生は公費で受検するため、現場は完全にしっちゃかめっちゃかだ。
合格しているかどうかわからない中で一次免除やらダブル受検やらの手続き、しかもそれが公費と私費とに分かれている。
英語科としては、大迷惑なんて言葉が生易しいくらいの苦行である。なんで英検を押し付けられなきゃいかんのだ?
おまけに今年は秋に移った運動会の前日という悲惨さ。英検なんて学校が関わる必要のないものなのにね。ふざけてる。


2020.9.13 (Sun.)

日記を書き終えて昼にいったん家に戻ると、やたらめったら暗い。室内照明がないと支障をきたすレヴェルだ。
空き地となっていた隣(→2019.11.24)についに新たな家が建設中であり、わがベランダはほぼ封鎖されてしまった。
いや、まさかここまで日照権が激しく侵害されることになるとは。怒りを通り越して虚脱感でいっぱいである。


2020.9.12 (Sat.)

本日は午後まである土曜授業。本当に今週はキツかった。終わって駅の改札を抜けたら急に脱力した感じ。
階段を一段上り下りするのにいちいち時間がかかって、オレはこんなに疲れていたのか……と愕然としたほどだ。

絶対的に気楽に過ごしてやるぜと、こないだ錦糸町で買っておいた伊佐美をロックでチビチビといただきつつ、
テレビでやっている『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(→2016.3.9)を見る。合わない人は合わないだろうが、
この映画は見れば見るほどよくできているなあと思う。パターン豊富なアクションや爆発の美しさはもちろんのこと、
アクション以外の部分でもセリフが上手い。そりゃあ映画館で迫力をフルに味わう方がいい作品なのは間違いないが、
「おーやっとるやっとる」という酔っ払いの気軽さで楽しめるのもすばらしい。XX染色体の優位を描いた作品だよなあ。

それにしても伊佐美はたいへん旨い。単なるエタノールではなく芋がきちんとかぐわしい。けっこうリーズナブルだし。
とりあえず芋焼酎はもうこれだけ飲んでいればいいんじゃないか、3Mとか知らなくていいや、という領域にある。
酒は苦手なはずなのだが、伊佐美は別格ですなあ。心の底から「おいしい」と思える数少ない酒ですよ。


2020.9.11 (Fri.)

Go To キャンペーン緩和で東京が対象に追加される動き、とのことだが、旅行に行っていいんですか?
僕はひねくれ者なのでキャンペーンに乗っかる気はさらさらないが、心置きなく旅行に行けるかどうかは重要なのだ。
旅先でもマスクをつけるのは別に構わないが、旅行中ずっと申し訳ない気持ちで動きまわるのは勘弁なのだ。
3月末に大分に行ったときには、どこも「かかってないなら別にいいです」的な対応で大いに楽しませてもらったが、
そういう感覚で応じてもらえるのかどうか。もしふつうに迎えてもらえるのであれば、ありがたいんだけど(←行く気)。


2020.9.10 (Thu.)

学芸大を出てる先生って、やっぱり学校運営面ですげえなと思った。仕組みへの理解度が格段に深い。

あともうひとつ、つねづね思っているのは、早稲田の先生にハズレなしってこと。一度大ハズレに遭遇しかけたが、
僕は直接一緒に働いていないのでノーカン。そうなると本当に尊敬できる先生ばっかりなのである。めちゃくちゃ高打率。

あとの大学は人それぞれ。まあハズレ教員なんてほとんどいなかったけどね、あいつの出身大学聞いときゃよかったな。


2020.9.9 (Wed.)

つけ麺って、そんなに旨いか?

いや、僕だってつけ麺を食べないわけではないのだ。一時期ハマってけっこうな頻度で食っていたこともある。
しかし冷静に考えてみて、僕にとってつけ麺とは「太麺でコムギ食ってやるぜ!」というときのファーストチョイス、
それくらいなものなのである。まあそういう気分になることもよくあって、いろいろな場所でいろいろ食ったが、
結局のところ、魚介豚骨に魚粉混ぜて喜んでいるだけではないのか?と、最近になってそんな気がしてきたのだ。
別にそんなのは好みの問題だから文句を言う方がおかしいのだが、私は今一度問いたい。つけ麺って、そんなに旨いか?


2020.9.8 (Tue.)

週末の練習試合でふと思ったのだが、クラウゼヴィッツの『戦争論』をサッカーに応用しようというやつはいないのか。
単純に、攻撃と防御の関係なんかは、攻守の切り替えを理論的に考えるのに役立ちそうな気がするのだが。
またクラブ運営においては、戦略の5つの要素(精神的要素・物理的要素・数学的要素・地理的要素・統計的要素) が、
特にGMと監督が一体的に動くためにかなり参考になりそう。すでにやっているけど、表に出てきていないだけかなあ?


2020.9.7 (Mon.)

天気がおかしすぎるって! いきなりの豪雨で、うかつに外に出られない生活となってしまっている。

ここ最近の東京アメッシュでは、雨雲が東(南東)から来るパターンがみられて、大いに不思議だった。
天気は西から変化するのが常識であり、実際、東京アメッシュをいつ見ても雨雲は西からやってきていた。
それで考えてみた結果、思い当たったのが九州に向かって北上中の台風10号。こいつが右回りで渦を巻いているので、
南東から雨雲が吸い寄せられていると思われる。この台風、そんなに規模が大きいのかよ……と呆れるしかない。
九州はこないだの梅雨でもズタボロにやられており、今度はまた台風。被害が少ないことを心より祈っております。


2020.9.6 (Sun.)

買ったよ、『Number』の将棋特集。藤井二冠だけでなく現在強い棋士の皆様、さらにはかつての強豪まで、
できるだけ広いレンジで記事をまとめた内容であり、初の将棋特集としてバランスのよい仕上がりになっている。
しかし今回の誌面に登場しない魅力的な棋士がまだまだたっぷり控えているので、続編を期待したいところだ。

英語の動詞「play」が対象とする範囲はなかなか興味深い。野球やサッカーといったスポーツがまずそうで、
これは「game」と対応している、と僕は説明している。「game」=「試合」であれば、それは「play」の範囲だと。
しかし柔道や空手といった格闘技に「play」は使わない(「do」を使う)。生きるか死ぬかの真剣勝負は別モノなのだ。
またよくあるミスで、「ski」「skate」「swim」「dance」はそれ自体が動詞であり、これも「play」の範囲ではない。
純粋な身体運動は「play」ではないのである。あくまで他者と繰り広げる試合が存在しなければ「play」ではないのだ。
海外でゲームがeスポーツとして日本よりも広く認知されているのは、「play」という動詞の範囲に起因するものだろう。

さて今回の『Number』では将棋の駒の動きをスポーツに例える記事も目立ったが、棋士のアスリート性も押さえていた。
思えばスポーツの試合には頭脳的な要素がつきものである。身体能力だけで勝てるほど甘いものではないはずだ。
単純に考えて、その身体能力と頭脳の比率を極限まで頭脳に振ったとき、将棋がスポーツに組み込まれる瞬間が来る。
しかしそもそもプロの将棋は体力勝負である。名人戦にいたっては持ち時間が各9時間。頭脳を動かし続けるための体力、
これが何よりも求められるのだ。将棋とは、頭を動かすための持久力という意味で、間違いなくスポーツなのである。
将棋の「play」と野球やサッカーの「play」の間には、実は僕らが考えているほどの差はないのだろう。

もうひとつ、いやふたつ、「play」には重要な意味がある。日本語でいう、「遊ぶ」と「演奏する」である。
上で述べたように、柔道や空手といった格闘技は「遊ぶ」とはかけ離れた概念で、英語では「do」と表現するよりない。
ボクシングやフェンシングにしても、「box(拳)+ing」と「fence(柵→守る)+ing」で、そのまま動名詞である。
格闘技の試合に使う単語は「match(相手と釣り合う)」であり、「game」そして「play」とは概念が異なるのだ。
(なお、サッカーの公式な大会では「match」という単語が使われる。「game」とは一線を引いているのだ。)
つまり、「play」には真剣勝負である以前にまず、相手との掛け合いを楽しむという要素が本質的に入っている。
その相手とは、対戦相手であり、同じバンドの仲間であり、観客だ。ハイレヴェルな真剣勝負を演じれば演じるほど、
それは後世に伝説的なパフォーマンスとして、劇的なドラマとして、深く記憶されることになる(→2020.2.11)。
将棋の場合、2名の棋士の共同作業として、しっかりと棋譜が残る。アドリブの楽譜が残されるようなものだ。
もしかしたら、「play」という動詞の持つ広い意味を最も的確につかむことができる対象は、将棋なのかもしれない。


2020.9.5 (Sat.)

しかしまあ、ネットニュースのコメントを見ていると石破に対するボロクソな批判がすごいことすごいこと。
そういうときこそ、逆説を見抜く目を持ちたいと思うわけです。どうして石破だと都合が悪い人の声が大きいの、と。
僕の想定する答えはシンプルで、そんなもん、これまで溜め込んできた安倍の悪事が露わになるからだろ、であります。
みんなで「共犯者」である官房長官の菅を担いで、ほとぼりが冷めるのを待つわけでしょう。しょうもないもんです。
僕の中では三権分立の破壊に異を唱える者が出てこなかった時点で、自民党は誰がリーダーでももうダメですんで、
日本はどんどん沈んでいくなあと暗澹たる気持ちでおります。政治を「イメージ」で判断する国民が多すぎですわ。
河野太郎とか頭シンプルすぎるぜ。オヤジがハト派だったからって逆張りに必死じゃあ、ちょっと底が浅くないか。
ツイッターでブロックしまくりなのも情けない。気に入らない相手を遮断するのは、政治家として器が小さすぎるぜ。
次の「自称保守」の神輿に乗るべく必死になっているあたり、見ていて滑稽で仕方がない。本物の保守は死んだな。

そして相変わらずのマスコミ批判。情報を選択するのは受け手であり、送り手への批判は言論の自由を否定すること。
自分と違う意見を言うやつは気に入らないとか、お前は戦前の日本を生きているのか?と。批判の言葉に品もないし。
つまり、マスコミを批判する人は民主主義に向いていないってことである。なんでも人のせいにするタイプの人だね。
マスコミなんて本質的にしょうもなくって当たり前なんだから、文句を言っても無駄なのよ。「話半分」でいかなきゃ。


2020.9.4 (Fri.)

とっても歴史があってノーベル生理学・医学賞の受賞者がかつて教師として勤務していた工業高校へ授業見学に行く。
今年度は各種の研修が課せられており、他校種の授業を見学しなければならないのだ(全6回)。それはいいけど、
幼稚園だの小学校だのは苦痛でしかないので、ぜんぶ高校で固めてやった。そしたら高校がうらやましくてもう!

まったく馴染みのない工業高校である。今回お邪魔したのは建築科。いちおう建築士の家に育ったわけで、
どんなことをやってんのか見てやろうという、単なる興味本位で選んだのである。研修というより、もう、社会学。
4~6時間目ぶっ通しの実習ということで、午後の5時間目からお邪魔したのだが、これが本当に面白かったなあ。
大きめの実習室で実際に鉄筋を組んで、コンクリートを流し込むベニヤの型枠をセットする、という内容。
4時間目で鉄筋、5時間目で型枠、6時間目で解体片付け。最初のうちは何がなんだかわからなかったのだが、
用意していただいた資料を読み込みながら事態を理解すると、作業を見ているだけで面白くってたまらない。
中学生のときに技術の時間、バヒさんと組んで50ccエンジンをバラしたことがあったのだが、そのときを思い出した。
他の生徒が必死で格闘する中、僕とバヒさんはホイホイ作業。みんながバラした頃には観察も済ませ組み直し終えていた。
工業高校の生徒たちはそんな僕らと同じかそれ以上に手際がいい。指示なんかなくても自主的に協力してどんどん動く。
後で先生に訊いたら、生徒たちがハイペースで動くようにわざと内容をぎっちり詰めているそうだ。でもそれで、
彼らが集中して全力のパフォーマンスが出せるようになっている。これは示唆に富んでいるなあと大いに感動した。
また、実習には上級職長というヴェテランの方が指導に入るのだが、生徒たちが必死に作業をしている間、
資材を整理したり掃除したりと動きやすい環境づくりを黙々とやってらっしゃる。本当に仕事できる人の動きを見た。
マジメな話、全中学生に見学させたい。学ぶところが多すぎて。先生が見学するだけじゃもったいない内容だよ。
なお、2年生は吉村順三の「軽井沢の山荘(森の中の家)」(→2016.8.13)の上半分を1/2で実際につくるんだって。
もうたまらない話じゃないか。基本的には現場系なんだろうけど、意匠についてもきちんとやる。選ぶ例がいいよなあ。
さらに先生からは求人票のコピーを見せてもらったのだが、まあピンキリとは思うが、ピンは本当にピンなのだ。
一橋大学に入学したからって就職できるかわからないような企業がズラリ。優秀な職人は引く手数多なのである。
僕は工業高校に対する偏見は少ない方だと自負していたが、実際に凄みを見せつけられて本当にまいりました。

その後、一緒に見学していた先生(中学校の技術科の先生と専門学校の先生)と建築科の職員室に案内されたが、
中に入ってびっくり。部屋の中にいきなり和室と縁側があるのだ。マンガかよ!とツッコミを入れざるをえない。
軒下には流しそうめんで使う竹が置いてあるし。高校って本当にいいなあ、と心底うらやましくなった。現状が悔しい。
で、縁側に座ってパピコをいただきながら先生の話を聞く。するとさらに盛り上がってきて、ペンをつくりましょう!と。
木材を旋盤加工で丸く削って木軸のボールペンにするのである。中身のセットは東急ハンズでも売っているそうだ。
先生は手際よくサクラを切って棒をつくる。これを長さを測ってノコギリで2つに切るところからのスタートである。
専門の皆様の後について、僕もドリルで穴を開け、ボンドを塗った金具を穴の中にはめ込んで、旋盤にかける。
角をとるのは先生がやってくださるが、適度なきりたんぽ状態になったところからは自分の仕事。夢中で削っていく。
「デザインセンスがわかりますよ」なんて言葉にプレッシャーを感じつつ、なんとか要領をつかんで粘るのであった。
形ができあがると、ヤスリをかけて蜜蝋ワックスで仕上げ。勉強になっただけでなく、こんなサーヴィスまで……。
感謝の言葉がいくらあっても足りないです。工業高校サイコー! 先生も生徒も一生懸命で、本当に素敵な場所だわ。

 こんなんできました。本当はもっとそろばんみたいな蛇腹にしたかったけど、難しくて。

その後は15分ほど歩いて前任校へ。せっかく近所まで来たので顔を出しておこうと。3月31日(→2020.3.31)以来だよ。
そしたら部活の真っ最中で職員室がもぬけの殻でやんの。校内各所を動きまわってご挨拶。皆さんお変わりなくて何より。
帰りは錦糸町に寄って買い物&食事。久しぶりにアルバカレーをいただいた。しかし錦糸町近辺は、なんというか、
しっくりくるなあと。僕は3年間でいい具合に馴染んでいたのだ、と思った。総合的に最高に幸せな一日でありました。


2020.9.3 (Thu.)

夕方から夜にかけて、時間割の大修正事件が発生。メインではないが、僕にも責任が15~20%ほどあったので(当社比)、
その大混乱が収まるまで神妙な顔をして(当社比)粛々と仕事をして待つ。いや本当にご迷惑をおかけしました。
原因はいろいろあるのだが、先日のマサルの言葉「なんでも自分にとって都合よく解釈している」が該当する事例、
そう認識しております。やっぱり「なんとかなるだろう」という無責任な楽観視がいけないのだ。あらためて反省である。
僕は今までいっぱい怒られてきて、怒られることがそんなに怖くなくて、むしろ「いい勉強」くらいに思っているのだが、
世の中にはそうでない人もいるわけで。しかも僕は「いい勉強」というわりには実際にはあまり学んでいなかったわけで、
さすがにこれはいかんと痛感したしだいであります。責任が15~20%(当社比)で済んでいるうちに改善しなければ。

しかしまあ、こういうときに人間の度量が出るなあとも思いましたね。思いどおりにならず不機嫌になって投げ出す人、
ポジティヴな要素を見つけて困難を引き受ける人、こりゃ面白いと調整作業を楽しむ人、人それぞれでございます。
自分はどういう人間でありたいか、あらためて考えさせられました。窮地でこそ余裕を持てる人になりたいものです。


2020.9.2 (Wed.)

本当にゲリラな豪雨である。おかげでグラウンドが使えなくなって部活はナシに。でもパワポ作成に追われるのよね。
最近は長文読解というか文法解析をパワーポイントでやっております。見る方はわかりやすくても、つくるのマジ大変。


2020.9.1 (Tue.)

最近、スタンプに凝っている。生徒の健康管理カードやノートのチェックなど、一工夫あると面白い場面が多くて。
個人的には「こどものかお」という会社のスタンプが一癖あって楽しい。東急ハンズに行くと必ず探してしまうね。

さて、そんな僕にとって最大のヒットはこれである。

 

熨斗をつけて返すスタンプということで、きったねえ字や間違いだらけのノートに対して皮肉を込めて押してやるのだ。


diary 2020.8.

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