diary 2019.9.

diary 2019.10.


2019.9.29 (Sun.)

しっかり寝て体力回復に努める日曜日なのであった。いやー、よく寝た。でも髪も切ったしリフレッシュできたよ。



2019.9.25 (Wed.)

毎月恒例のサッカー観戦、今月は天皇杯ラウンド16・浦和×Honda FCである。そりゃもうこのカードしかないでしょう!

  
L: 浦和美園駅から埼玉スタジアムまで約1.5km。この微妙な距離が面倒くさい。レッズを誇る展示は興味深いけど。
C: 夜の埼スタ。レッズの赤で照らしているのが面白いが……天皇杯は中立地開催のはずでは? Hondaも赤だからいいのか。
R: メインスタンドから眺める埼スタのピッチ。この角度で観戦するのは天皇杯ならではなのである。新鮮である。

今回ははっきりとHonda FCを応援。ホンダは埼玉県に研究施設があるらしく、そこに勤務している皆さまに加え、
本拠地・浜松からのサポーターも集まって万全の応援態勢である。入口で大量の応援グッズを無料でバンバン配っており、
僕も是非にと頂戴したのであった。浦和に負けない勢いとグッズの物量に、大企業の凄さを実感させられるのであった。

  
L: ホンダの応援グッズ。上がビブスで、下がタオルマフラー。さらにウチワが2つである。大企業ってすごいね。
C: Honda FCのゴール裏。やはり社員が中心なんだろうけど、楽しそうに応援しているのが非常に印象的だった。
R: 選手入場時に掲げられた横断幕。ホンダでなきゃ掲げられんもんな。これが実現したらめちゃくちゃかっこいい。

単純なカテゴリでいえば、浦和は国内最高峰のJ1で、Honda FCが属するのは4部相当となるJFLである。
しかし浦和は公式戦9戦勝利なしで降格危機がチラつく状況であり、対照的にHonda FCは4月を最後に負けがない。
天皇杯も札幌や徳島を倒しての16強である。いわゆる「ジャイアントキリング」の可能性はそれなりにあるのだ。

 浦和の「組長」こと大槻監督。個性的なキャラクターの監督は大好きだ。

試合が始まると、浦和は杉本を中心に高い技術を見せる。対するHondaもまったく臆することなくボールをつなぐ。
Hondaの試合を観るのは3年前の天皇杯・盛岡戦以来だが(→2016.9.22)、当時と同じく勇気あるパスサッカーである。
それをJ1の雄・浦和相手にも繰り広げる。さすがに途中で引っかかってしまうことが多いが、まったくひるむことがない。
浦和はACLやリーグ戦との兼ね合いもあって若手中心のメンバーだが、J1らしい「隙を見せたらやられる」鋭さは健在。
それを体を張ってHondaが止める、膠着しつつも息詰まる展開で前半の45分が経過した。浦和サポは大ブーイング。

  
L: 最前列の席だったので目の前で迫力ある戦いを見ることができた。Hondaのサブの選手も見つめる中、熱戦が展開される。
C: 右サイドでボールを持つHondaのMF佐々木と、ボールを受けようとするFW古橋。古橋のボレーは本当に惜しかった。
R: 得点シーン、速いクロスを出す佐々木。この直後、GKの目の前に入ったMF富田が先制点を決める。大興奮ですよ。

後半に入るとHonda FCの攻撃がより鋭さを増す。浦和は相変わらず一瞬の鋭さを見せるサッカーだったのに対し、
Hondaは愚直なパスサッカーと体を張った守備のリズムが馴染んできて、ゆっくりと試合を支配する感触を深めていく。
68分にはマウリシオの小さいクリアを古橋が右足での直接ボレーでゴールを狙うが、ギリギリのところではずれる。
しかしこれが得点の匂いの端緒だったと思う。最後まで運動量の落ちないHonda FCは全体で攻め上がった83分、
こぼれたボールを右サイドのMF佐々木がペナルティエリア内に運んで速いクロスを出し、中央のMF富田が決める。
「格上」である浦和からついに得点を奪ったことで、Honda FC側のスタンドは大興奮のるつぼと化したのであった。
さらにその4分後には、パスをつないで右サイドに出たボールにMF佐々木が追いつく。再びドリブルで抜け出すと、
ゴールに迫って注意を惹きつけてパスを出し、最後はFW原田が滑り込みながらゴールを奪った。実に大きい2点目だ。

  
L: Hondaの2点目。右サイドを抜け出したMF佐々木が1対1に勝利する。  C: そのままドリブル。そしてFW原田がゴール前へ。
R: 最後はクロスに滑り込んだFW原田が押し込む。古橋に替わって入った原田はひときわ小さい選手だが、見事に試合を決めた。

これで勝負の大勢は決まった感じだが、油断はまったくできない。相手はJ1の浦和であり、ホースタジアムである。
浦和がPKを得ると同時に示されたアディショナルタイムは5分。Honda FCのサポーターたちは固唾を飲んで選手たちを見守る。
しかしHondaは杉本のPKをきちんと研究していたようで、GK白坂がガッチリつかんで得点を与えない。これで試合は決まった。
その後もチャンスをまったく与えずHonda FCが見事に逃げ切った。振り返ってみれば、完勝と言っていい内容である。
サポーターたちは「そうはいっても相手はJ1、しかも浦和だから」という不安な気持ちで90分を過ごしていたのだが、
一切ひるまないで戦い抜いた選手たちの姿勢は本当に素晴らしかった。純粋に胸がすくサッカーを見せてもらいました。

  
L: アディショナルタイム、GK白坂が杉本のPKをしっかり止める。こうして試合はHonda FCの完勝という形で終わった。
C: 歓喜のHonda FCサポーター。本当にいいものを見せてもらいました。  R: Honda FCの選手たち。最高にかっこいい。

相手がどんなに強かろうと卑屈にならず、自分たちの信じていることをやりきる。90分間体を張って守り、全力で走る。
これだけ心を震わせるサッカーを観たのはいつ以来だろうか。Honda FCには絶対に天皇杯をつかんでもらいたい。
そして堂々とACLの舞台に乗り込んでもらいたい。もちろん、HondaJetに乗って。選手は分乗しないとダメなのね。


2019.9.24 (Tue.)

ホラホラ、これが僕の骨だ。

拡大すると……

しっかりヒビが入っとるやないかーい!


2019.9.23 (Mon.)

朝6時の朝食に間に合うように起きる。昨夜遅くに雨が降ったようで、残念ながら山には雲がしっかり残っている。
昨日の燧ヶ岳が最高のコンディションだったこともあって、ガックリした気持ちが増幅されるが、まあしょうがない。
とりあえずは栄養をしっかり補給して勝負に備えるよりないのだ。意識してご飯と味噌汁をおかわりする。

 朝食。やる気出るね!

ガイド地図によれば、山ノ鼻から至仏山山頂までは2時間半を要する見込み。そこから下って鳩待峠までも2時間弱。
予定しているバスの時刻から逆算しても、それなりの余裕はある。とはいえ天候は悪くなっていくことが予想され、
のんびり構えているわけにもいかない。7時半には登山口に入れるように支度を整えて、礼を言って外に出る。
昨日の日記でも書いたとおり台風17号が近づいてくるそうで、天気は悪くなっても良くなることはないだろう。
2週間前の台風15号のことを考えると、無事に尾瀬に来れたことだけでも僥倖。さっさと至仏山をクリアしてしまおう。

  
L: 山小屋からすぐの研究見本園入口。ここを通過することで至仏山への登山口に至る。  C: 山が見えないやん。
R: 至仏山の登山口に到着。このタイミングだけちょっと日が差した。案内板には「鎖場」とか書いてあるぞ……。

7時半きっかりに登山口を通過。昨日の燧ヶ岳・御池ルートもなかなかだったが、至仏山の山ノ鼻ルートそれ以上に、
最短距離を駆け上がるルートである。あまりにも一気の上りが激しいので、環境保全のため下ることが禁止されている。
その一方通行の上りも晴れていれば問題が少ないのだろうが、雨の影響で登山道が濡れている。これが厄介なのだ。
至仏山の山体は蛇紋岩という岩でできていて、これがとにかく滑りやすい。もちろん事前にその情報は仕入れていたが、
いざ実際に登ってみたら、濡れた蛇紋岩は100%滑るのである。足を乗せる箇所をいちいち工夫して登る必要がある。

  
L: 登山スタート。さっそく蛇紋岩の洗礼を受ける。本当にいちいち滑るので、精神的にも肉体的にも疲れる。
C: 蛇紋岩はその組成の影響で、特殊な植物群となりやすいそうだ。森林限界が通常よりも低くなるとのこと。
R: 山ノ鼻から山頂までの中間地点の少し手前までは、どうにか尾瀬ヶ原を見ることができた。やっぱり絶景だね。

8時半少し前に、中間地点の表示がある地点に到達。尾瀬ヶ原が1400mで至仏山が2228m、したがって中間は1814m。
そういう単純計算が成立するくらい、山ノ鼻からの登山道は直線的な上りなのである。確かに森林限界は越えたが、
ガスって視界はよくないし緑の勢いもまったく衰えていない。イマイチ実感が湧かないまま進むと、鎖場のお出まし。

  
L: 中間地点の表示。  C: 確かに低木ばかりとなったが、蛇紋岩のつらい登山道が続くことに変わりはない。
R: 鎖場である。どちらかというと大股で登る行為じたいが大変で、そこまで厳しい難所という感じではなかった。

さらに登るといよいよ植物の背丈が低くなり、岩と緑が混じった開けた光景の中を歩いていくことになる。
天気が良ければ尾瀬ヶ原をスッキリ見渡すことができるだろうが、霧の中に消えていく最後の姿を味わう破目に。
しかしコースは木製の階段がきちんと整備されていて、快調に上がっていくことができる。整備した人に感謝である。
ところが困ったことに、風はどんどん強くなってくる。それまでは周囲の木々が守ってくれる効果が絶大だったが、
階段上で体がむき出しになっていると煽られて少しふらついてしまうほど。いや正直、この状況は本当に怖い。
至仏山の山頂手前には高天ヶ原という高山植物の名所があるそうなのだが、それがどこだかまったくわからない。
おそらく今いる場所が高天ヶ原なのだろうが、台風仕込みの強烈な風を全身に受けて先の見えない階段を上るだけ。
僕にとってはただただKnockin' on Heaven's Doorって心境でしかない。まさに天国への階段を上っている感じ。
もはや「至仏山」という名前すらも皮肉めいたものとして響く(実際は「渋ッ沢」という沢の名に由来している)。
今年は富士山頂でなかなかの極限状態(→2019.8.21)を経験したことで、度胸がついていたからどうにかなった。

  
L: 霞んで消えていく尾瀬ヶ原。  C: 行く手にはうっすらと山頂っぽいものが見えてはいるが、遠い……。
R: 強風に晒されながら頂上を目指す。見えなくなる尾瀬、滑る蛇紋岩、そして階段。Knockin' on Heaven's Doorってやつだ。

生きた心地がまったくしないけれども、引き下がるわけにはいかないのだ。勇気を振り絞って階段を上がっていく。
しかし登りきったと思っても、霧の向こうにうっすらと次の峰の影が現れる。それが延々と繰り返されるのである。
尾根が広いので強風を受けても足元には余裕があるのが救いだ。でもそのほかには、ポジティヴな要素がない。
やがて階段が終わり、荒涼とした大地に放り出された。目の前には、やはり次の峰の影がある。またしても、か。
何度も何度も裏切られながらも歩き続けること15分。岩場の上に不自然な四角柱がちょこんと乗っていた。
風でふらつきながらゆっくりと近づいていくと、その四角柱に「至仏山頂」という文字が刻まれているのが見えた。
あまりにもさりげない。でも、ついに成し遂げたのだ。周りには誰もいないのをいいことに、大声で叫んだ。
こんな状況で、オレは登りきったぞと。時刻は9時37分。悪条件にも負けず、ガイド地図を上回るペースで、登った。
いや、速いペースで登ることなど何の自慢にもならないことは重々承知している。でもこの後に余裕ができるのだ。
昨日と違って急かされることなく、無事に帰ることだけに集中できる。そのことのうれしさといったらない。

  
L: 階段が終わって遮るものが何もない中、強風の直撃を受けながら頂上を目指す。あの峰にもまた裏切られるのか……?
C: あまりにもあっけないゴール。ついにたどり着いたのだ。  R: 至仏山の最高峰部分。まあ全然落ち着けませんが。

昨日の燧ヶ岳と同じように、頂上でヴィダーインゼリーをいただく。やっぱり旨い。今日は特に誇らしい味だ。
至仏山の山頂には二等三角点があるので撮影。山頂の標柱には尾瀬の地図があったが視界はほぼゼロで役に立たず。

 
L: 二等三角点「至仏山」。  R: 標柱のてっぺんにある地図。晴れてりゃよかったんだけどねえ……。

とにかく風が強くて、頂上に滞在するのは5分が限界だった。さっき書いたとおり山ノ鼻ルートは一方通行なので、
半円状に尾根筋で迂回して鳩待峠へ向かって下山する。山頂は遮るものが何もなかったが、こちらは岩陰を進むため、
あの強風をまともに受けないで済むのが本当にありがたい。ただ、下りだけに、滑る蛇紋岩の怖さは桁違いである。
一瞬たりとも気を抜くことなく、一歩一歩注意して下りていく。そうしてしばらくすると、また登りとなる。
そう、鳩待峠ルートの途中には2162mの小至仏山があるのだ。さすがにこの状況で、下りて登ってはつらい……。

  
L: 至仏山の山頂を後にする。下りはじめると道の片側が岩か植物になるので、強風に晒されないで済むのは助かる。
C: しかし蛇紋岩の厄介さはさらに増す。どこに足を置いて下っていくか、頭を使い続ける。まあそれはそれで面白いが。
R: 単純な下りにはなっておらず、小至仏山に向かって登りとなる。山頂を抜けた帰りなので精神的に楽なのが救い。

小至仏山を抜ける際、鳩待峠ルートでやってきた60歳くらいの夫婦とすれ違う。この天候の中、すごいなあと。
長らく自分一人だけ非日常の世界に放り込まれたような錯覚に陥っていたのだが、やはり登山客はいるものなのだ。
自分が同じくらいの歳になったとき、果たしてそれだけの勇敢さを持ち合わせているだろうか。少し考えた。
とはいえ油断ならない道が延々と続くので、すぐに目の前の困難さに集中する。一歩一歩、確実にゴールへ向かう。

  
L: 小至仏山の山頂。登山道中のピークって感じで、のんびりできるほど広い場所ではなかったなあ。
C: 下山のつらさを味わってもらえるであろう写真。ここにある岩、すべてが滑る。誇張ではなくすべてが滑る。
R: 蛇紋岩をクローズアップ。確かに蛇のような模様が入っている。非常にもろくて風化しやすい特性もある。

蛇紋岩だらけの岩場を抜けると、木製の階段が現れる。さらに進むとそれが木道となる。高低差は少なくなり、
緩やかな起伏をひたすらに歩いていくルートとなる。昨日の燧ヶ岳からの下山もそうだったが、ここからが長い。
かえって距離感がつかめなくなるくらいに、前へ前へと延々と進んでいくことになる。もし天気が良ければ、
側面から尾瀬ヶ原の絶景を眺めることになるのだろう。木道の形状から、そういう予感がある。しかし視界はゼロだ。
見えないものを見ようとしたってしょうがない。今の自分にできることは、集中して鳩待峠へ向かうことだけだ。

10時40分過ぎ。木道で滑って転んだ。中には古くなっている木道もあるのだろうか、やたらと滑る木道がある。
転んだ際に左膝半月板の内側と右太ももの外側を木道にひどく強く打ち付けてしまった。しばらく茫然とする。
いや、これはマズい。昨日の白砂峠の経験から、なんとなく「木道は安全だ」という意識を持っていたのだが、
今朝の雨のせいか決してそんなことはないようだ。気を引き締めていかないとケガするぞ、と思って立ち上がると、
今度はかなり慎重に歩きだす。……が、次の瞬間、再び転んだ。そしてこれが致命的なものとなってしまった。
下りの角度がついた木道で、体はすべり落ちようとする。しかし右手の人差し指が植物の蔓か何かに引っかかった。
全体重が人差し指の先にかかるが、蔓は切れない。実際には、どうやら蔓ではなくワイヤーか何かだったようだ。
圧倒的な痛みが指先の一点に集中し、熱を感じる。もし手袋をしていなかったら、指先をもっていかれたかもしれない。
それほどの衝撃だった。体が止まって慌てて右手人先指の先を見る。変な曲がり方はしていなかったが、感覚はない。
3年前の鳥海山での右足首捻挫(→2016.7.30)と同じ後悔がこみ上げてくる。これは……やってしまった!
蛇紋岩ではなく木道で転ぶとは……。決して油断していたわけではない。むしろ、油断しないようにと気を引き締めた、
次の瞬間に不幸に襲われたことが問題なのだ。つまりそれは、避けることが不可能な事故だったことを意味する。
自力ではどうにもならない運命ってやつだ。傾向もなければ対策もない不幸。これをただ受け入れるしかないなんて!
だが、こういうときこそ切り替えが大事なのだ。リュックのショルダーストラップに右手親指を引っ掛けて右手を固定。
そうして人差し指を立て、心臓よりも高い位置にする。これでいちおう「RICE」の「E(elevation、挙上)」は確保した。
「R(rest、安静)」も「I(icing、冷却)」も不可能だが、手袋を脱がないことで「C(compression、圧迫)」とする。
あとはできるだけ早くこの状況を脱することだ。足元に気をつけながら、黙々と下山することに集中する。

  
L: ケガした現場はこんな感じの濡れた木道。でもあれだけ激しく滑る木道は、あの1ヶ所だけだった。本当に運が悪い!
C: ケガした直後、痛む右手で撮影したオヤマ沢田代。  R: 木道と土の道が交互に現れる鳩待峠ルート。無心で下る。

11時45分、鳩待峠に出た。この時点で僕は右手のケガを「ひどい捻挫」と認識していたので、そんなに慌てることなく、
昼飯に山菜そばをいただいたり、日本酒「水芭蕉」のソフトクリームをいただいたりしてバスの時間を待っていた。
30分ほどそうしていたら大粒の雨が降りだして、至仏山付近で降られなくてよかった……と心底思ったくらいだ。
自分のことよりもすれ違った登山客の方を心配していたくらいで。でも実際はそんな悠長なケースじゃなかったんだが。

  
L: 鳩待峠に出た。規模の大きい土産物屋・食堂があって、登山客に混じって外国人観光客の姿も。なかなかの賑わい。
C: 至仏山への登山道入口を振り返る。ここからぐるっと山頂まで行くのは、木道のトラウマ抜きでもつらいと思う。
R: 日本酒「水芭蕉」のソフトクリーム。花豆のソフトも人気。右手が不自由で撮るのが大変だったがよくそんな余裕あったな。

大雨の鳩待峠からジャンボタクシーで戸倉まで行くと、帰りのバスをひとつ早い便に変更させてもらう。
そうして1時間ほどの滞在時間をつくると、バスターミナルからほど近いところにある尾瀬ぷらり館という施設へ。
こちらには規模が小さいものの温泉があるので、絶対に浸かることに決めていたのだ。右手のケガとか関係ねえ。
水面から人差し指だけ出して、ぬるめのお湯にしっかり浸かる。おかげで心理的には落ち着くことができた。
施設を出ると、バスターミナル近くを探索。酒屋でアイスを売っていたので、飲み物と一緒にパピコを買った。
タオル越しにパピコで右手を挟んで冷やす。これでいちおう、「RICE」のすべてが成立したことになるのではないか。

 
L: 尾瀬ぷらり館。温泉施設を充実させればもっと賑わうような気はするのだが。非常にもったいない印象。
R: 新宿行きのバスである尾瀬号が到着。東京は本当にバスでどこにでも行けるなあと思うのであった。

新宿行きのバス・尾瀬号がやってきたので乗り込む。列に並んでいるときにはけっこうな乗客の数に思えたが、
いざ乗ってみると席には余裕があってありがたかった。途中のSA休憩でパピコを買い直し、再び冷やして過ごす。
しかし東京に近くにつれて週末の渋滞に巻き込まれ、さらに高速から川越駅までわざわざ往復するのがまた手間で、
予定より大幅に遅れて新宿に着いたのであった。家に帰ると人差し指を保冷剤で挟んで寝る。まいったなあ……。


2019.9.22 (Sun.)

アナウンスで起こされると、尾瀬夜行の乗客は一斉にゾロゾロと移動。時間の感覚もよくわからないまま、
会津高原尾瀬口駅の駅舎を抜けて停車しているバスに分乗する。ぜんぶで3台だったか、とにかく乗り込む。
全員が乗り終えて落ち着いたところで、記念品のピンバッジと昭和っぽいフニャッとしたワッペンをもらう。
そして4時20分にバスは出発し、当然僕はぐっすり。そして御池に着く直前に目が覚めた。便利な体である。

予定の5時50分より早くバスは到着。バスが出発したときには真っ暗だったが、もう空はだいぶ明るくなっている。
バスを降りるとトイレに寄り、ゆっくりメシを食いつつ頭を覚醒させていく。さらに沼山峠へと向かうバスを見送ると、
登山靴の準備を始める。焦ることはまったくないので、ひとつひとつのプロセスを丁寧にやっていくのだ。
それにしてもいい天気である。台風17号が近づいてくるというニュースが信じられないくらいの快晴だ。

  
L: 乗ってきたバス。この後、バスは沼山峠へと向かう。僕はここ御池から直接、燧ヶ岳を目指すのだ。
C: 山の駅 御池。反対側に駐車場があり、その端が燧ヶ岳への登山口。  R: それでは燧ヶ岳へ行くぜ!

6時22分、燧ヶ岳への登山を開始。最初のうちは遊歩道といった感触で爽やかな朝の空気を味わっていたのだが、
尾瀬ヶ原へまわり込むルートから分かれると、しっかり容赦のない登山道になる。燧ヶ岳の登山ルートは複数あるが、
御池からだと最短距離で一気に駆け上がる形になる。容赦ない登山道で当たり前なのだ。わかっちゃいるけど、つらい。
野比のび太が宣った「平らな山ならいいんだけど…」という言葉が頭の中をぐるぐる。心底同意しつつも足を動かす。

  
L: 御池の登山口を入ってすぐは、このような整備された道。  C: 燧ヶ岳へと向かう分岐に入ると荒っぽい感じに。
R: そしてすぐに石をグイグイ上がっていく完全なる登山道となる。まっすぐ頂上を目指すルートなので当たり前だが。

30分ほど無我夢中で進んでいくと、いきなり開けた場所に出る。広沢田代といい、御池ルートのご褒美ポイントだ。
こんな山の中に尾瀬らしい湿原ポイントがあるのか、と驚きながら通過する。天気がいいから最高に気持ちがいい。

 
L: 30分ほど進むと、突然開けた場所に出る。広沢田代である。  R: こういう湿地帯を「田代」と呼ぶのね。

さてそもそも、なぜ尾瀬なのか。いや、尾瀬にはずっと行ってみたかったのである。それこそ小学校のときだったか、
『夏の思い出』を聴いて以来、一度は訪れてみたいと思っていたのだ。しかし一人旅で行くのもなあ……と躊躇し、
いつか行きたいいつか行きたいと思いつつ市役所めぐりを優先していたわけで。クイ研の連中も乗らないだろうし。
でも、いいかげんなんとかしよう! 一人でもいいじゃないか!と開き直り、今年ついに一念発起したのである。
そうなると、とことんまでやってやろうじゃねえか!と気合いが入る。尾瀬にただ行くだけじゃつまらない。
百名山が2つあるんだから、両方とも制覇してやろうじゃねえか! 1泊2日で山小屋に泊まって登ろうじゃねえか!
そういうわけ。別に登山が好きってわけじゃないんだけどね。尾瀬に燧ヶ岳と至仏山があるから、登る。それだけ。

  
L: 7時30分、5合目を通過。こんな地味な表示とは。  C: 少し進むと絶景を味わえる。これは会津駒ヶ岳方面かな?
R: 視線を右へ移すとさっき通った広沢田代が見える。けっこう遠くまで来たもんだなあと徒歩の力に驚かされる。

御池ルートのもうひとつのご褒美ポイント・熊沢田代に到着。ここまで来ると燧ヶ岳の山頂が視界に入る。
その見事な姿といったら! これは実際に登ってみないとわからないだろうけど、登山の苦労が報われる光景だ。

  
L: 熊沢田代に到着。行く手にはいよいよ燧ヶ岳の山頂が現れる。天気がよくて本当によかった。最高の絶景だ。
C: なだらかな上りの途中には休憩スポットもあるよ。  R: 少し登ったところから熊沢田代を振り返る。これまた美しい。

熊沢田代を抜けるとまたしても登山道らしい登山道。木々が茂って行く手が見えない中、一歩一歩上がっていく。
いま何合目なのか気になることは気になるが、そんなものがわかったところでやることは何ひとつ変わらないのだ。
それなら無心で足を動かすしかない。登山の魅力と怖さは、退路を断たれたところで本気を出して勝負する点だと思う。

  
L: 再び地味な山道へ。  C: 木道がむしろ土を止めている感じ。重力の感覚がおかしくなりそうだ。  R: いよいよ9合目。

9合目近くまで来ると、背の高い木々がなくなって頭上がだいぶ明るくなる。この雰囲気で頂上の近さを感じる。
周囲が明るくなれば自然と足取りも力強いものとなる。あとは勢いで一気に頂上まで突き破っていくまでだ。
そして9合目から15分ほど歩き続けて、ついに頂上にたどり着いた。石でつくられた祠が置いてあるのがいかにもだ。

  
L: 燧ヶ岳・俎嵓。祠があると頂上って感じだねえ。  C: 尾瀬沼を見下ろす。  R: 隣の柴安嵓。実はこっちが最高峰。

遠くから見てわかるように、燧ヶ岳には複数の峰がある。僕がいま到達したのは俎嵓(まないたぐら)で、2346m。
すぐ西隣の柴安嵓(しばやすぐら)はそれより10m高い2356mで、そっちが最高峰なのだ。泣く泣く西へと歩きだす。
せっかくここまで位置エネルギーを貯め込んだというのに、それをわざわざ消費してからまた登るということがつらい。

  
L: 鞍部から眺める柴安嵓。ここからまた登る作業になるのが切なくってたまらん。  C: 振り返って俎嵓。
R: 勢いにまかせて夢中で登っていったら、気がついたら柴安嵓のてっぺんにいた。覚悟を決めた勢いってすごい。

鞍部の「登るために下る」という逆説は、わかっちゃいるけど、当事者にとっては本当につらいものであります。
それでも俎嵓を登った余勢で突撃したら、わりとすぐになんとかなった。山頂付近は自動的にテンションが上がるね。
柴安嵓にはすでに数人の登山客がいたのだが、燧ヶ岳の最高峰ということで、みんな満足そうな表情をして休んでいた。
なお、燧ヶ岳の柴安嵓は東北地方で最も標高の高い山で、北海道にもここより高い山はない(最高峰は旭岳の2291m)。
山頂の西側は土と岩の混じった緩やかな坂状となっていて、その端からは尾瀬ヶ原を一望できる。その奥には至仏山。
ただただ雄大な景色である。そして山に囲まれた中にある尾瀬の湿原が奇跡的な存在であることを実感する。

  
L: 振り返って俎嵓。  C: 柴安嵓の最高峰部分。  R: 柴安嵓から眺める尾瀬、そして至仏山。言葉を失う絶景だった。

しばらく景色を味わって過ごすと、下山するべく俎嵓に戻る。これがもう、本当に泣ける。また登るのよ、俎嵓に。
で、俎嵓の頂上から南側に分岐するルートで下山する。下山ルートの最初、つまり長英新道のラスト部分はけっこう急。
こちらからアプローチする登山客は多く、譲り合いつつ注意しながら岩場を下りていく。なかなか大変だったかな。

 
L: 俎嵓に戻って下山開始。また上って下る切なさよ。こちらは長英新道ルートだが、頂上付近は意外と急な岩場。
R: 8合目地点から俎嵓を振り返る。さっきまであのてっぺんにいたと思うと、ちょっと不思議な気分である。

登山の登りはつらいけど勢い100%で上がるので、そっちに集中して、時間の経過にはだいぶ鈍感になると思う。
しかし下山では冷静になって足元に注意し続けることもあり、登りよりもやたらと時間がかかる印象になるのである。
もうとにかく、下山する時間が長くて長くて。木々がどんどん茂って視界も悪くなるのでつまらなくなるし。
同じような景色が延々と続いて飽きてくるけど時間はそんなに経っていない、ひたすらそんな感覚が続いてつらい。

俎嵓を後にしてから1時間45分ほどして、やっと別の景色を目にした。鬱蒼と茂る緑の真ん中に木道、尾瀬らしい光景。
多少の高低差はあるが、とにかくこれで下山という作業からは解放された。軽やかな足取りで木道を東へ進んでいき、
尾瀬沼の南東端にある売店を目指すことにする。とにかく今は水分が欲しい。疲れを癒す甘い飲み物が欲しいのだ!
ほどなくして長蔵小屋に到着。脇の売店では500mlのペットボトル400円という価格にさすがに多少は躊躇したものの、
喉が乾くと判断力が落ちることは経験上わかっているので、おいしくいただいた。ここで昼食のおにぎりも食べる。

  
L: 尾瀬沼の南東にある長蔵小屋の売店。  C: 長蔵小屋。  R: 長蔵小屋の近くから眺めた尾瀬沼と燧ヶ岳。

本日最大のターゲットである燧ヶ岳を攻略したので、あとは遅くない時間に予約してある山小屋まで行けばいい。
尾瀬沼から西へ出るには、南北2つのルートがある。北側は、さっきここまで来るのに歩いてきたルートだ。
尾瀬夜行の車内でゲットしたパンフレットによると、南側ルートには何ヶ所か撮影スポットがあるようだ。
このまま北側ルートを引き返すのもつまんないし、距離は少しあるけど南側で行こう!と決めて歩きだす。
しかし実際のところこれがなかなかとんでもないルートで、序盤は木道がきちんと整備されていたものの、
尾瀬沼山荘を越えた辺りから明らかに登山と変わらないルートとなる。木道も荒れ果てたものが非常に多い。
また尾瀬沼方面に視界が開けている場所もかなり限られている。パンフレットに完全にだまされた。

  
L: 最初のうちは木道が整備されているが……。  C: 尾瀬沼越しに燧ヶ岳を眺める。まあこれは確かにいい景色だ。
R: 尾瀬沼の南ルートはやがて土の道となり、さらに荒廃した木道が連発するようになる。コンディションはかなりひどい。

沼尻の休憩所にたどり着いたときには、体力的にも精神的にもかなり消耗した状態になってしまった。
おかげで500mlをもう1本。しかしここからがまた大変なのだ。尾瀬沼から尾瀬ヶ原に出るには白砂峠を通過する。
もうだまされねえぞ!という心境でスタートすると、最初のうちは田代に木道という平和な光景だったのだが、
案の定、木道は終わって登山とさして変わらない緑の中での上下運動が始まった。総合的には下りではあるが、
下ったら下ったで明日の至仏山における位置エネルギーの必要量が増えることになるのである。もう泣きたい。

  
L: 沼尻休憩所。だいぶ曇ってきてしまった。  C: 白砂田代。この辺は非常にのどかでいいのだが、そうはいかない。
R: やはり山道になってしまうのであった。ここからは半ば登山道となる。尾瀬沼南ルートで疲れた身にはただただつらい。

沼尻休憩所を後にしたのが13時少し前。できれば15時台に山ノ鼻にある山小屋に到着したいので、急ぐしかない。
地図の情報では、沼尻から白砂峠を通過して見晴まで行くには2時間弱となっている。その後で尾瀬ヶ原を抜けるので、
これはけっこう厳しいペースである。それもこれもぜんぶ尾瀬沼南ルートが悪い(いちおう1時間で抜けてはいるが)。
とにかく、無理のない範囲でスピードを意識しながら西へと急ぐ。峠を越えた終盤は木道の整備がきちんとしており、
おかげで一気にペースを上げることができた。森を抜けて見晴に出たら、時計の表示は13時50分となっていた。
まさか1時間を切って白砂峠を抜けることができるとは思っていなかったので、これはうれしい誤算である。

  
L,C: 途中には水の豊富な箇所も。  R: 白砂峠の西側はきちんと整備された木道。早歩きで一気に抜けていく。

見晴は尾瀬で最も多くの山小屋がひしめいている都会である。しかしここで休んでいる暇はないのだ。
なんといってもここからが、いわゆる尾瀬らしい尾瀬。そりゃもう、ある程度余裕を持って歩きたいではないか。
呼吸を整えると、いざ木道へと一歩を踏みだす。行く手には明日のターゲットである至仏山がそびえているが、
そこに至るまでの道は遥かに長い。派手な起伏がないことだけが救いである。やはり早歩きで突き進んでいく。

  
L: 見晴に到着。尾瀬の山小屋が集まっている都会だ。  C: 西端から振り返る。本当はのんびり休憩したかったけどね。
R: 見晴からいよいよ尾瀬ヶ原へ。行く先に見えるのが至仏山。目指す山小屋はその麓。……果てしないなあ。

地図によれば、見晴から山ノ鼻までは2時間かかるという。黙々と歩いていくが、景色はほとんど変わらない。
茶色がかった緑色の草原をただただまっすぐ歩くのみ。右手に山並み、左手にも山並み。盆地だなあ、と。
そうは言っても、行く手にある林がだんだんと近づいてきて、見晴を出て15分ほどでその中へと入り込んだ。
沼尻川が流れるこの場所には竜宮という地名がついていて、福島県と群馬県の県境となっている。東北と関東の境だ。

  
L: 福島県から群馬県へ。それすなわち、東北地方から関東地方へということ。  C: 群馬側に入って振り返る。
R: 県境を流れる沼尻川。高原の川とは思えないゆったりとした流れで、「龍宮」の地名に違わぬ優雅さである。

竜宮を越えると木道に休憩ベンチや迂回ルートなどの遊び心が見られるようになる。福島県よりも群馬県の方が、
尾瀬の観光に力を入れているということなのだろうか。明らかに群馬県側の木道の方が金がかかっているのである。

  
L: 竜宮を越えて群馬県側の木道を行く。至仏山が少し近づいてきたかな。  C: 群馬県側はベンチがあるなど散策向き。
R: 中にはこんな感じで2方向に分かれる木道もある。わざわざ回り道をして楽しむ要素があるのは素敵なことだ。

とはいえ、茶色がかった緑色の草原をひたすら突っ切る行為に変わりはない。延々と歩く行為に飽きてくる。
尾瀬はさまざまな花が咲いているのを楽しむ場所であるはずだが、9月下旬というのは明らかに盛りを過ぎている。
まあ「だから空いているだろ」という予測をもとに、この時期に尾瀬を訪れることを決めた自分が悪いのだが。
夏でもなければ秋でもない中途半端な時期の尾瀬は、ただただ茫洋と広がる草原を突っ切るだけの場所なのだった。

  
L: 左向け左。  C: 右向け右。茫洋と草原が広がる光景は、なんだかサヴァンナ(サヴァナ)にいるような気分になる。
R: 回れ右して後ろを振り返ると、燧ヶ岳が僕を見守っているのであった。午前中にはあの頂上にいたんだよな。すげえな。

ここは、9月の高原の湿原であるはずだ。だが、視界いっぱいの草とあちこちで突っ立っている白樺を見ていると、
なんだかアフリカのサヴァンナ(サヴァナ)にいるような気分になってしまうのである。きっとこんなんだろう、と。
足元を見れば木道によって現実に引き戻されるのだが、視線を遠くにやればアフリカを想う妄想に駆られる。

  
L: 西へ進んでいくと、池だか沼だかが目立つようになる。こうなれば9月でも尾瀬らしい景観と言えるだろう。
C: 水面を見ると小さい蓮の葉っぱがあってかわいい。  R: 木道を更新するための材木なんかが置いてある箇所も。

さあ、至仏山が近づいてきた。急ぎ足で進んでいくが、最後の最後がなかなか遠い。白砂峠は高速で抜けきったが、
高低差のない尾瀬ヶ原の木道は、がんばって急いでもガイド地図どおりにしっかりと時間がかかるのである。
曇り空とはいえ、だんだんと暗くなってきたような気がする。『水滸伝』の神行太保・戴宗の気分で突き進む。

  
L: 尾瀬ヶ原では動物をあまり見かけなかった。池だか沼だかでカモがいるのを見たぐらいか。虫も少なかったなあ。
C: いよいよ至仏山が近づいてきた。が、まだまだ道のりは長そうだ。  R: 木道脇、クマ除けのベル。いるのか……。

雲に呑まれつつある至仏山の麓、鬱蒼とした森がもう目の前、というところで木道は左に曲がる。その先には山小屋。
ついに山ノ鼻にたどり着いたのだ。時刻は15時半の少し前で、これなら上々だ。暗くなる前に無事に着いてよかった。

  
L: それではここで突然ですが、9月の尾瀬の花々をご紹介。まずはいきなり猛毒のオクトリカブト。本当に兜・烏帽子っぽい形だ。
C: ミヤマアキノキリンソウ。  R: エゾリンドウ。木道脇にいるのはこいつで、登山道の脇にいるのはオヤマリンドウとのこと。

  
L: ヒツジグサ。小さくてかわいい。  C: 山小屋のすぐ近くにあったコマユミの実。濃いピンク色でこれまたかわいい。
R: 今回お世話になった至仏山荘。やはり狙いどおり9月は閑散期のようで、一部屋をひとりで独占させてもらえた。

富士登山の際に山小屋に泊まった経験はあるが、それ以外の山で山小屋に泊まるのは初めてである。
しかし人里にある旅館とそんなに大きな違いはなく、さすがは人気の尾瀬だなあと感心するのであった。
なんせWi-Fiが飛んでおりますので。おかげで日記がしっかり進みましたことよ。ありがたいことです。

  
L: 山小屋の部屋の様子。ふつうの旅館と大差ない。  C: 入口側を振り返る。相部屋だと少々つらいかな。
R: 晩ご飯をいただく。豚汁が旨くておかわりしたのであった。他人の炊いたメシがいちばん旨いと思う。

消灯時刻に素直に就寝。明日は至仏山である。とにかく少しでも体力を回復させて臨まないといけないのだ。


2019.9.21 (Sat.)

午前中はパソコンのDVDプレーヤー部分がおかしいことを確認。修理で済ませたいが、買い替えどきなのか?と悩む。

午後はサッカー部の合同練習。練習を眺めていて思うのは、人数が多いのはいいものだなあ、ということ。
なんというか、人がいるだけで活気が違う。逆を言うと、ふだんは知らずしらずのうちに縮こまっているのである。
でもこればかりはどうにもならない。なんとかして合同練習の機会を積極的につくっていかないとなあ、と思う。

夜になって浅草へ。いよいよ長年の野望だった「尾瀬夜行で尾瀬に行く」という作戦を実行するときが来た!
尾瀬夜行の出発時刻は23時55分。少し早めに着いたので、コンビニで食料や水分を追加しつつ改札時刻を待つ。
そうして23時30分になると、意気揚々と改札を抜け、リバティの車内に入る。席を確保して、即おやすみなさい。

  
L: 夜の浅草駅。そういえば大阪には難波駅があるけど(建て替えた梅田は認めねえ)、東京で風情のある私鉄駅ってここだけね。
C: 尾瀬夜行として走るリバティ。つづりは「Revaty」で「Liberty」ではない。  R: 車内はこんな感じ。ではおやすみなさい。

気がついたら会津高原尾瀬口駅に着いていたみたい。そのまま列車内で再び4時ごろまで眠りこけるのであった。


2019.9.20 (Fri.)

出張で都立高校受験についての説明会に参加する。今年度から変わった点でかなり影響が大きそうなのが、
携帯電話の持ち込みがOKとなった点である(当然ながら使用はダメ。持ってくるだけならOKって話)。
僕は「ふーん、そうなの」程度の反応だったけど、きちんと考えられる人たちは付随する問題を理解していて、
受験生にはどのように対応させるかをあれこれ想定しているのであった。自分の想像力の欠如ぶりを痛感したなあ。


2019.9.19 (Thu.)

サッカー部の顧問会である。今回は秋季大会、いわゆる新人戦のくじ引きが主な目的であるのだが、
まず最初に行われたのが今シーズンのルール改正の説明。これがかなり細かくて、自信をなくしてしまうレヴェル。
こちとら主審としてのスキルが一向に上がらないというのに、さらにややこしい改正が入って、もうどうにもなりません。

さて肝心のくじ引き。今回は合同チームで臨むので、責任がいつもの2倍である。しょうがないので開き直ってカードを引くが、
いいのか悪いのかよくわからん結果に。そもそも秋季大会は新チームになるので、強い弱いがまだはっきりしていないのだ。
まあ最悪ではないし、きちんと勝てばふだん戦えない区内最強チームと戦えるしで、興味深いのは確かだ。がんばりましょ。


2019.9.18 (Wed.)

新しいアンブロのバッグ(リュックタイプ)を受領する。容量37リットルということだが、思った以上にでけえ。

これは昨日の話題の続きとなるが、部活で使っているバッグがもうさすがにボロボロなのである。
で、思えば旅行などで使っているFREITAGたちも、もうこれ以上無理させたくないレヴェルになってきているので、
思いきって部活用のバッグをあらゆることに使えるものにしてしまおう、と発想の転換をして新調したのである。
今回、FREITAGは最初から選択肢に入っていなかった。というのも、FREITAGはもったいないという意識が強すぎるのだ。
もっと気兼ねなくあれこれ使えるやつを、ということで部活バッグを新たに買ったわけで。乱暴に使うつもりはないが、
使っているときに細かいことを気にしなくていいのは大きい。ただ、大は小を兼ねると言うにはちょっとデカい。

以前、大和神社で頂戴した交通安全シールを側面に貼り付けてみる。戦艦大和のシルエットが描かれているやつだ。
アンブロの菱形マークとマッチしているし、これで自分のバッグという目印になるし、と思っていたのだが、
遠くから見ると黒地に金の菱形は、なんかこう、いわゆる「代紋」っぽい感じがしますね……。これは誤算だわ。


2019.9.17 (Tue.)

消費税増税ということを意識していないでもないのだが、いろいろ故障と買い替えが進んでいる状況である。
物が壊れるときは一気に来る、とは前に日記で書いたことがあるが(→2016.11.23)、またその波が来ているのだ。

まず最優先でどうにかしたのが登山ウェア。さすがにケツが破れたままではどうにもならず(→2019.8.21)、
いい機会だからと上下で新調。けっこうそれなりのお値段にしたのは、もう今後買い替えないつもりだからだ。

さらにスマホ、イヤフォンが厳しい状況。スマホは来年の1月までなんとしてももたせないといけないのだが、
福知山でコケた影響が大きく(→2019.7.27)、そこに液晶を傷めてしまって、画面の半分くらいがブラックアウト。
正直、メールもSMSも非常に難しい。こんなんであと3ヶ月以上やっていけるのか。不安しかないがしょうがない。
イヤフォンは保証期間内での交換が認められたのでほっと一安心。でもしばらく音楽なしの生活となる。しょんぼり。

あとは洗濯機やコンポもだましだまし使っている状況と言えそうだ。洗濯機なんか引っ越して以来だからそうとう長い。
できるだけ物を大切にして生活してはいるものの、限界はある。なんとかこの波を乗り越えたいところだが……。



2019.9.13 (Fri.)

今回のテストの採点作業を終える。きちんとしているやつは、ちゃんと勉強しはじめている感じがはっきりわかる。
そういう意味でいいテストがつくれたかなと思う。一方で、ふだん得意にしているグループはイマイチ伸びなかった。
高得点は取りづらい問題だったかもしれない。まあ、兜の緒を締めさせるには実に好都合な内容だったということか。
結果、平均点は前回とあまり変わらず。それにしても僕のテストは、気持ち悪いくらい平均点が50点前後に収まる。
前に平均点が一年間を通して49点から51点の間に完全に収まったことがあったが(→2011.11.22)、今年もそのペース。
不思議。


2019.9.12 (Thu.)

テストである。そんでもって午後には出張。おかげでほかの先生方が休暇を取った中、僕だけ残る形になったので、
なんだか罰ゲーム的な感じで職員室に取り残されるのであった。それはそれで新鮮だ、と面白がりつつ採点を進める。
そして15時前には出張に出かける。帰りはきっちり定時ということで、一日中妙な開放感をおぼえて過ごしたのであった。


2019.9.11 (Wed.)

テスト問題、最終的にデバッグが完了したけど、今回は変に疲れた。台風をめぐる混乱はやっぱり影を落としたなあ。


2019.9.10 (Tue.)

テストが大まかに完成したけど、先日の台風の件で微妙な動揺があるのは否めない。
なんというか、細部まで仕掛けを潜ませるところまで行かず、わりと単純な問題で済ませてしまった感じ。
したがって難易度としてはそんなに高くない仕上がりである。まあそれはそれでいいや、と開き直っております。



2019.9.2 (Mon.)

ようやく! 2017年5月分の日記を書ききってreferenceにまとめることができた。
ただでさえ遅かった日記の更新だが、最近はいよいよもって絶望的な状態となってしまっている。
これはひとえに夏休みの部活と研修と採用試験の影響である。……旅行の影響もある、かな。……『艦これ』はそんなでもない。
まあとにかく、長らく日記に集中できる状況ではなかったのだ。そして今週と来週はテストづくりが待っている。つらい。

お気に入りは、5月10日の「日本全国に幽霊が出る――ゴールデンウィークに浮かれる幽霊である」(→2017.5.10)。
本文中にもあるように共産党宣言をパロディしているわけだが、実はそれだけではないのだ。
「日本全国」ということで、バラクーダの『日本全国酒飲み音頭』をリスペクトし、「ドサクサ」という言葉を使っているのだ。
こちとらちゃんとそこまで考えて書いているのだ。でもそんなの読む方は気づかないのだ。無駄な労力なのだ。
まあそんな具合に日記のあちこちでいろいろやってますが、気づいたら笑ってやってくださいまし。


2019.9.1 (Sun.)

試合なので意地で朝の4時に起きたのだが、体調がかなり悪い。全身を撫でられているような悪寒が全開である。
前も書いたが僕の場合、のどの痛みから悪寒を経て本格的な風邪へと移行していく。いきなり第2段階というわけだ。
ただ、第1段階を踏んでいないので、悪寒にさえ耐えればいいという考え方もできる。それで根性で学校へと向かう。
集合時刻の30分前にきっちり到着するが、とにかく体は重いし悪寒がつらいし、歯を食いしばって引率開始。

いつも試合会場がやたらと遠いのがネックなのだが、今日は本当につらかった。息も絶え絶えでやっと到着した感じ。
準備を進めつつ、座って直射日光を浴びながら他校の試合を観戦することで布団の中で寝ているのと同じ状態をつくる。
昼に近づくにつれしっかりと炎天下になっていくが、僕だけ長袖長ズボン。体をあたためるには好都合と開き直る。
それにしても、部活の試合が続くと必ず体調を崩す。今回は夏休み明け一週間の疲れとのセットで一気に来た。

肝心の試合は、都大会出場が義務づけられている感じの強豪が相手。正直なところ勝つ方法は相手の食中毒くらいだが、
強い相手ときちんと戦うことは何よりも勉強になるので、それはそれとしてバッチコイである。生徒も同じ心境である。
特にウチの連合軍はここまで力任せにぶん殴るような試合ばかりなので、不利な状況で粘る経験はたいへん参考になる。
いざ試合が始まると、前半は出会い頭の一発だけに抑えてよくがんばったのだが、炎天下での後半で力負け。
ちなみに相手はメンバーを前半と後半で総取っ替えしてくる横綱相撲っぷりで、0-7というスコアで終えたのであった。
とは言っても、贔屓目なしに、体がついていかなくなってもハートは60分やりきっているサッカーを見せてくれた。
非常にいい経験が積めた試合だったと思う。死にそうになりながらも引率する甲斐のある内容だったので、ヨシ。

学校に戻って解散してから家にたどり着くと即、12時間近く眠る。どうにか無理なく動けるまで回復することに成功。


diary 2019.8.

diary 2019

index