diary 2016.10.

diary 2016.11.


2016.10.31 (Mon.)

合唱発表会の振替休業日ということで、本当に久々の平日休みである。ひっひっひ、どうしてくれよう。
……しかし何をするかはずっと前にすでに決めてあるのだ。いいかげん、絶対に、行かなくちゃいけない場所がある。
それは、東京都庭園美術館こと旧朝香宮邸である。行かなくちゃいけないと思いつつ十ウン年も経ってしまった。
建物の一般公開があるのが秋だけで、しかも自由に撮影できるのは平日だけ。意外と制約が多いのである。
で、今年こそは!と満を持して自転車で乗り付けたわけである。雨にならなくて本当によかった。

しかし、せっかく目黒駅の向こう側に行くのであれば、目黒通りの途中にある大鳥神社に寄らないわけにもいくまい。
目黒通りを自転車で走るのは本当に久しぶりで、新しい建物にかなり新陳代謝していて驚いた。世間は動いているなあ。
そんなこんなで大鳥神社に着いたものの、さすがに山手通りは朝から車がいっぱい。すっきり撮影させてくれない。

  
L: 山手通り越しに眺める大鳥神社。目黒通りに左折しようとする車の列がぜんぜん途切れないんでやんの。
C: 鳥居をくぐって境内。堂々たる雰囲気である。  R: 拝殿を見上げる。さすがになかなか見事なつくりだ。

「大鳥」というと和泉国一宮の大鳥大社(→2012.2.242014.11.8)を思い出す。直接の勧請関係はないようだが、
やはり日本武尊の白鳥伝説にちなむ歴史を持つ神社だ。もともとは最初の神様のひとりである国常立尊を祀っていたが、
後に日本武尊を主祭神とし、妻の弟橘媛命も合祀した。なお、御守を頂戴しようとしたが、社務所が開いていなかった。
どうやら平日はお休みのようだ。「御朱印はやっていません」という貼り紙もあったし、なかなかとっつきにくい神社だ。

  
L: 末社の目黒稲荷神社ごと本殿を眺める。  C: 境内の様子。  R: 向かい側には神楽殿がある。

目黒駅周辺で朝ご飯をいただくと、いよいよ東京都庭園美術館に突撃だ。開館5分前に着いたらすでに5人ぐらいいて、
順に並んでチケットを買う。900円也。庭園だけなら(旧朝香宮邸の外観だけを見るのであれば)、100円で済む模様。

  
L: 東京都庭園美術館の入口。自転車で簡単に来ることができる場所なのに、中に入るのが初めてでスイマセン。
C: チケット売り場も旧朝香宮邸を意識したデザインとなっているのね。  R: 緑の中を抜けると旧朝香宮邸が登場!

旧朝香宮邸の何がすごいのかというと、日本におけるアール・デコの究極的な存在であるということ。
アール・デコといえば旧朝香宮邸、旧朝香宮邸といえばアール・デコなのだ。真っ先に旧朝香宮邸の名前が出る。
(海外ではニューヨークのクライスラー・ビル(→2008.5.11)がとにかく有名。マンハッタンの女王だぜ。)
「1925年様式」という別名から察することができるが、アール・デコはわりと短命で微妙な存在である。
アール・ヌーヴォーからモダニズムへと20世紀美術が動いていく中で、両者をつなぐ役割だけを果たした感じ。
世紀末の流れを汲んだ曲線的なおどろおどろしさを含んだアール・ヌーヴォーに対し、アール・デコは幾何学的。
しかし同時に植物をモチーフにして単純化するような価値観も含んでおり、そこがヌーヴォーと少し重なるわけだ。
その後、装飾じたいを否定するモダニズムが広がる中で、アール・デコはヌーヴォーと一緒に捨てられた印象である。
日本人の美的感覚とアール・デコは非常に相性が良かったため、全国各地にアール・デコ的価値観の装飾は残っている。
しかし旧朝香宮邸ほど金をかけて徹底した事例はない。ゆえに旧朝香宮邸は日本のアール・デコ総本家と言えるのだ。

  
L: 車止めが異様に目立っている。このモダニズム一歩手前のバランス感覚がやはり非常に独特である。
C: 車止めの前には狛犬がいた。  R: 向かって右は子持ちだけど、よく見たら左右どっちも吽形じゃねえか!

まずは建物の外観の写真を貼り付けてみる。旧朝香宮邸の竣工は1933年。設計は宮内省内匠寮(権藤要吉)、
ただし内装はフランス人芸術家のアンリ=ラパンが担当している。まあ要するに、本場仕込みのアール・デコってわけ。

  
L: 新館側から見たところ。玄関のちょうど反対側。  C: まわり込むと灯籠があるぞ!?  R: 食堂の外側。

外観については、かなり簡素であると感じる。まったく装飾が施されていないわけではないが、かなりおとなしい。
1933年というと時期的には鉄筋コンクリート建築によってアール・デコ的価値観がすでに展開されていたわけだが、
(関東大震災を契機に鉄筋コンクリートで建てられた、いわゆる「復興小学校」の事例が特に有名である)
それらと比べても正直もっさりしているというか、イマイチ垢抜けていないような印象を受けてしまう。
F.L.ライトの旧山邑家住宅(ヨドコウ迎賓館、→2012.2.26)なんかとはかなりの差を感じてしまうではないか。

  
L: 庭に面するテラス部分。  C: 距離をとって眺めた西側。  R: こちらは旧朝香宮邸の裏にある庭園美術館の新館。

外観からは旧朝香宮邸の偉大さがイマイチ感じられないなあと思いつつ、玄関から建物の中に入ろうとしたら、
いきなり足元のタイルの模様に圧倒された。吊るしてある照明の模様も凝りに凝っている。この時点でもうノックアウト。
受付を済ませて正面が一段低いトイレっぽい空間なのだが、もうそこのタイルからして面白い。そしてホールへ出ると、
そこからさまざまな部屋を見ていくことになるのだが、内装のこだわりが今までに見たことのない徹底ぶりなのだ。
装飾性がやはりアール・ヌーヴォーっぽさを漂わせているのだが、あの独特の嫌味さというか暗さというかがない。
全体的に軽めに抑えられているが、しかし装飾が空間を埋め尽くしている。いや、デザインが部屋を埋め尽くしている。

  
L: 玄関。外観で油断していたら、いきなりコレですよ。  C: ホールの奥から入口方面を振り返ったところ。
R: マントルピース周辺。装飾性はアール・ヌーヴォーを思わせるが、デザインとして軽い。これがアール・デコか!

さっき例に挙げたF.L.ライトの旧山邑家住宅ではライト個人の価値観が炸裂していたが(→2012.2.26)、
こちらはあくまで時代に即した感触が確かにある。装飾が否定される直前の、最後の装飾性が思う存分展開されている。
とにかく目に入ってくるものすべてがデザインなのである。例えが非常に変だが、耳なし芳一状態というか何というか。
内部空間がデザインで埋め尽くされていると書いたが、それらは偶然の産物ではなく、すべて意図して設計されている。
ロラン=バルトは日本を「表徴の帝国」と言ったけど、旧朝香宮邸はデザインの帝国なのだ。デザインに囲まれている!

  
L: 大食堂。  C: 壁面がエラいことになっている。  R: マントルピース部もデザインだらけ。

2階に上がるが、階段がまたすごいことになっている。アール・デコについて「最後の装飾」とさっき書いたが、
つまり、なんでもアリなのである。近代以前の価値観も受け継いでいるし、アール・ヌーヴォーも受け継いでいるし、
それでいて幾何学的な新しいこともやってのけている。アール・デコというのはまさに、装飾の総決算なのだ。
粉飾決算じゃないよ! 装飾としてやれることをぜんぶ受け止めてしまうだけの度量がある。度量がありすぎる。
だからこそ次の一手は強烈に装飾性を否定するモダニズム、インターナショナルスタイルだったわけだ。
上下左右前後すべて360°がデザインで埋め尽くされている旧朝香宮邸は、その事実を僕らに突き付けてくる。

  
L: 第一階段の装飾が本当に見事。もう言葉がないよ。  C: 第一階段を上がったホールを振り返ったところ。
R: 殿下居間。こちらはオーソドクスな「豪華な部屋」という印象。アール・デコはこれも受け容れるのだ。

1階がパブリックな用途だったのに対し、2階はプライヴェイトな用途となっている。しかしそれだけにまたすごい。
特に衝撃的だったのが書斎である。単なる角部屋ではなく、円形の空間となっているのだ。この発想はなかった!
円形にすることで、どことなく屋根裏っぽさ、秘密基地っぽさが生まれる。これは絶対に居心地がいいに決まっている。

  
L: 書斎。この発想は本当に衝撃的だった。  C: ヴェランダ。床の市松模様がまた素敵。  R: 第一浴室。

廊下を挟んで北側には、夏場に涼むためにつくられたという、中庭を望む北の間がある。中庭はイマイチだが、
北の間はやっぱりタイルをはじめとする内装がしっかり凝っていて独特。こういう用途の空間は初めて見た気がする。

  
L: 北の間。  C: タイルを中心に眺める。  R: 中庭はやや暗ったいのが残念。まあ北側にあるからしょうがないけど。

あと思ったのは、空間の要所要所にアーチを配していること。単純に四角形の出入口とするのではなく、
わざと上を円くしたアーチにすることで、それだけでデザイン性を持たせつつ、空間の区切りを意識させる。

  
L: 妃殿下居間。  C: 廊下。左側の明るいところが北の間。  R: 第二階段。姫宮側は中2階の高さなのだ。

なお、企画展の会場となっている部屋は暗いところでの展示だったので、内装の様子はよくわからず。
1階は1階であちこちで日本語の音声を流していて、何度かいきなり声がしてドキッとさせられた。
なんだかよくわからないフランス人の品のない展示で旧朝香宮邸の印象を悪くするのはやめてほしい。

  
L: 姫宮寝室。置いてある椅子がアール・デコですな。  C: 姫宮居間。床のつくりがもう違いますもん。
R: 第二階段を下りきったところ。丸窓の装飾がまたいかにもなアール・デコ。どこへ行ってもデザインだらけ。

以上でひととおり部屋の写真は貼り付けた。では、ここからは気になった細部のデザインを特集していくのだ。
まずは床のタイルの模様から。タイル張りになっている箇所はそれほど多くないが、必ず凝ったつくりになっていた。

  
L: 1階、トイレっぽい箇所のタイル。  C: 次室のタイル。おーこりゃアール・デコじゃ。  R: 2階バルコニー。

続いて、純粋に装飾をピックアップ。旧朝香宮邸はとにかく細かいところにいちいち装飾が付いているのだ。
植物をモチーフにしつつもアール・ヌーヴォーほどしつこくないのがアール・デコ。その良さが満載なのだ。

  
L: 第一階段の有名な装飾を裏側から見上げたところ。ショップで売っている栞にもこのデザインが採用されている。
C: 植物がモチーフなんだけどスッキリ。それがいい。  R: これは幾何学的形態。こういうのをいちいち付ける。

しかし旧朝香宮邸で最も多種多様なデザインの面白さを感じさせてくれるのは、ラジエーターのカヴァーだろう。
これが本当に秀逸なのだ。部屋ごとに異なるデザインとなっているのだが、ここに凝るセンスにもう脱帽である。

  
L: ちょっとクライスラー・ビルっぽい?  C: こいつすごいです。見づらくって申し訳ない。すごいです。
R: 妃殿下居間にあるやつなんだけど、幾何学的形態でありつつ花のデザインになっている。これもいい。

  
L,C: ショップで売っているトートバッグはこのデザインを採用。  R: 青海波なんだけど波間を鳥が飛んでいる。すごい!

  
L: これも単純な網目ではなく波模様なのだ。床の六角形の板目にも注目。  C: 波と百合の花で市松模様にしている。
R: これはアール・ヌーヴォー的なデザイン。でもそれを受け容れるところにアール・デコの面白さがあるんだよね。

最後は照明をクローズアップ。キリがないので特徴的だった3つの例を挙げてみる。どれも面白くってたまらん。

  
L: アール・デコの典型のようなシャンデリア。天井に刻まれているジグザグ模様にも注目。これまたアール・デコ。
C: 円をつないでつないでこの形。  R: 何コレ、超かわいいんですけど。これ売ったらバカ売れだと思うんですけど。

というわけで、旧朝香宮邸は噂以上にとんでもない建築なのであった。外観はおとなしいのに、中は異空間だよ。
目に入るものすべてがデザインで、その場にいるだけで眩暈がするほどにデザインセンスが刺激され続ける。
「東京都庭園美術館」という看板には偽りありだね。もう「東京都デザイン美術館」にして展示を特化しちまえよ。



2016.10.3 (Mon.)

月曜からまあオレも生徒も体が重くてよ。がんばっちゃいるんだけど、どうにも体がついてこない。
やはり平日はみっちり仕事で週末に真剣勝負が入っちゃうと、体を休める暇がまったくなくって疲れがとれない。
自分ではふだんどおりのつもりでも、体は正直なものだと思う。人生、メリハリが大事なのねとあらためて実感。


2016.10.2 (Sun.)

というわけで本日はいよいよ試験である。朝のうちに会場周辺のカフェに陣取り、朝メシを食いつつ最終チェック。
パソコンにまとめたレジュメをルーズリーフに書き出して手で覚えようとしたのだが、途中で手が疲れてやめた。
この後、さんざん手を動かすことを考えると、キーワードの確認だけで済ませる方が賢いと気がついたってわけだ。

そうして実際に出た問題は、過去問による対策が効いたり効かなかったり、まあ感覚的には8割近い感じで対応できた。
あとの2割については運を天に任せるしかあるまい。もっともらしいでっち上げがどれだけ功を奏するか、だ。
しかし、きちんと手間をかけてリポートを書くこと、テキストの内容を要領よくレジュメにまとめる作業をやること、
この2つは本当に重要なことだと実感した。人間、アウトプットすることでインプットが整理されるのが面白い。
結局、試験ってそのためにあるわけだ。真剣にアウトプットするってことが理解を深めるってことなんですなあ!


2016.10.1 (Sat.)

お勉強の試験対策でいろいろまとめる作業をやっております。

まずは過去問をグループ化して整理する。傾向というか問題の方向性をKJ法的に無理やりなんとかラベリングしていき、
それらについてテキストの記述内容を簡略化してレジュメの形でまとめる。今回は教育学系のテストばっかりになるので、
概要なんて覚えるもんじゃない。キーワードを絞って記憶しておき、必要になったらそれらをつなげていく方式。
言ってみれば、出そうな概念を種に圧縮しておいて、出題された内容に応じて選んで発芽させる、そういう感じだ。
どうせ教育学なんて聞こえのよい中身のない概念ばかりが横行しているので、脳内圧縮解凍で十分に事足りるのだ。

もともとレジュメづくりは得意なのである。大学時代(文系)にはゼミでやるので当たり前に思っていたのだが、
大学院時代の研究室(理系)にはあまりそういう文化はなかったようで、ずいぶんと重宝されたもんだったわい。
誰かに習ったわけじゃないけどスイスイできる、というのはまあ便利なものである。本質を見抜くのは得意なのでね。


diary 2016.9.

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