diary 2018.10.

diary 2018.11.


2018.10.23 (Tue.)

誕生日だけど特に何もなく平穏無事に終わるの巻。本当に最初から最後まで標準的な一日だったなあと思う。


2018.10.22 (Mon.)

学習発表会を週末に控えてドタバタ気味である。1学年でドタバタ、3学年でもドタバタ。
幸いなことに今のところわが2学年では大きなトラブルは発生していないが(1・3学年から恨めしそうな視線を感じる)、
明日は我が身なのである。どうせ水面下では何かしらの種がすでに蒔かれているもんだ。そう思って注意して動く。

それにしても、そういうものとはいえ、一気に来たなあとあらためて思う。トラブルってのは連鎖するものなのだ。
たとえば、誰か先生が一人いないような穴が開くと、そこからトラブルが忍び込み、他学年にも一気に広がる。
手薄になった瞬間を狙ったようにやってくるのだ。トラブルってのは本質的にそういうものなんだろうけど、
見事にやられちゃったなあ、と苦笑いで感心してしまうほど鮮やかに面を一本取られてしまった感じである。
こうなりゃもう、いかに傷口を広げないで過ごすか、という方向に切り替えるしかない。神経を使う日々が続く。



2018.10.18 (Thu.)

どうも今週は体が重いなあと。体調こそ崩していないが、これが季節の変わり目ってやつかね、なんて思う。
昔はそんなこと全然気にならなかったんだけどなあ。歳をとったせいで弱っちゃったのかなあ。たいへん切ない。


2018.10.17 (Wed.)

紀伊半島縦断記・十津川突撃編の2日目を書き終える(→2017.7.22)。前回から2週間弱ということで、
やはり書くのに時間がかかる。それでも書かないわけにはいかないのである。地道にやるしかないのだ。



2018.10.14 (Sun.)

もともとは僕の提案でデザインあ展を見に行くつもりだったのだが、めちゃくちゃ大人気で整理券が2時間待ちとか。
さすがにそりゃ無理だ、ということで、マサルの提案でお台場でやっている宝探し万博にチャレンジすることに。
マサルはお台場が珍しいわけでもないだろうに、フジテレビ本社に「『アイドリング!!!』の史跡なんよ!」と感動していたよ。
なお今回、みやもり家は家族で参加。みうらじゅんフェス(→2018.3.18)以来だが、だいぶわれわれに慣れましたな。

 会場はこんな感じなのであった。

13時に最初の謎が送信されて、いざ考えるわれわれ。マサルが快調に方向性を閃いたのでそれをみんなで理由づけし、
指定された場所である潮風公園へと移動する。1stステージはビンゴ形式になっており、「知識」「ひらめき」
「運」「体力」の4項目について、それぞれ4種類の課題が与えられる。これをクリアしてできるビンゴの列の数で、
2ndステージのヒントがより多くもらえるという仕組みだ。クイズ研究会のOBとしてのプライドがあるわれわれ、
さっそく「知識」「ひらめき」に挑戦する。それぞれ問題に取り組み、現地に行かないと確認できないものもあったが、
いちおうはすべての謎は解いた。それでベビーカーを取り囲みつつ移動を開始する。そんな具合は最初は牧歌的だった。

  
L: 最初の謎はマサルがすばやく閃いたのであった。  C: 潮風公園に移動して問題を解きはじめるわれわれ。
R: 序盤はみやもりの娘さんにサイコロを振ってもらうほどの余裕があったのだが。まあこれくらいの方が楽しいよね。

お台場のエリアいっぱいが会場となっており、なかなかの距離を歩かされるのであった。できるだけ無駄なく動いたが、
それでもけっこうな時間がかかってしまう。途中からはみやもり家が待機して、われわれは「みやもり分家」として行動。
さらに1stステージの終盤近くになって時間がなくなり、僕がお台場海浜公園の端から端まで走って戻る破目になった。

そんなこんなでどうにか2ndステージに進んだが、ハンコをくれるオバケたちの前には非常に長い行列ができていた。
全体を通して言えたのは、謎はぜんぶ解かずにできるだけ早く次へ進むのが大事、ということなのであった。しまったなあ。
謎がぜんぶ解けたぜイエーイと喜んでいる場合ではなかったのである。僕の必死の走りも完全に徒労だったもんねえ。
2ndステージの終了時間が迫る中、猛スピードで暗号を解読していったのだが、結局はタイムオーヴァーとなってしまった。
やはり謎解きというゲーム自体にある程度慣れていないとダメだなあ、とマサルと話す。「謎解きの文法」への理解ね。
それにしてもマサルはいつもどおりボロクソに言ってきやがる。正直いろいろ腹が立ったけど、オトナとしてこらえたよ。
人には向き不向きがあるんだから、もう少し穏やかに接してほしいもんだ。まあ、いつでも余裕を持っていたいものです。

その後は水上バスで日の出桟橋まで揺られ、浜松町で反省会。みんな特に運営ぶりに対しては不満はなくって、
感想は「こんなもんだよね」といったところ。提示された問題はすべて解けたから、それなりに満足できたってわけで。
「ぜひ次のステージに進んで、次の問題が知りたかったねえ」というのがみんなに共通した悔しい気持ちである。
みやもりもニシマッキーもTOKYO MYSTERY CIRCUS(→2018.3.42018.4.22)に大いに興味を示してくれたので、
いずれみんなでチャレンジしてみたいと思います。瞬発力だけじゃなくて正確性でもぶっちぎれるようにがんばる。



2018.10.9 (Tue.)

研修で講演会。落語家さんが自分のやっている慈善活動について話すということで少々期待していたのだが、
まったくもって大したことねえなあと。ウチの某ヴェテランの先生の方がずっとずっと面白いじゃないの。
僕は寄席で落語を聴いたことなんて数えるほどしかない人間なので偉そうなことは言えないけど、
落語家ってのも本当にピンキリで、ジジイのくせして下手な落語家も珍しくはないと思っている。
で、今回はそっちだった。お前、慈善活動なんてやってる暇があったら稽古せんかい、と言いたくなったが、
いい歳こいててこの程度ならもうどうにもなんねえな、と思うのであった。これでもメシが食えるもんなのかね。
慈善活動をやるだけの余裕があるほど食えているんなら、落語家ってのも本当に不思議な商売だわ。


2018.10.8 (Mon.)

一日中、呆けながら過ごしつつ、御守の写真を撮ったり画像の整理をしたりと最低限のことはしたつもり。



2018.10.6 (Sat.)

新人戦の1次リーグの第2試合と第3試合。一日に2試合やるにはかなり厳しい暑さなのだが、やるしかない。

朝イチの第2試合では同じくらいのレヴェルと思われる相手に0-2で敗れる。11人に対して8人という不利さもあったが、
それよりもまず、敗因は相手の強い選手をきちんとマークできなかったことだ。きちんと考えてサッカーできなかった。
頭を使って効率よく相手を抑えるのではなく、場当たり的な対応を繰り返し、負けるべくして負けたという感触である。

午後の第3試合の相手は、そこそこ強めの学校が連合を組んだチーム。ウチは人数不足でも独立してやってんだが。
よくがんばって戦ったのだが0-4で敗れる。これは頭を使ってどうこうというより、もう体力的にどうにもならない感じ。
さすがに8人で一日2試合というのは限界を超えていたね。4失点で抑えきったことが誇らしい!というくらいに、
もう見ているこっちがつらくて。気合いとか根性とか、そういう観点においては文句なしにやりきって、本当に偉い。

リーグを1勝2敗で、2次リーグには進めなかった。生徒たちは全力を出して本当によくがんばってくれたのだが、
8人で戦う限界を痛感する結果にもなった。11人いればもっと自由にアイデアを出して戦えるのに。つらいよなあ。
でもこの不利な状況をそのまま受け入れてやりきった君たちは、人間として大きく成長したはず。素直に尊敬しています。


2018.10.5 (Fri.)

referenceに記事を登録していく関係で、日記の旅行記は基本的に古いものから順番に書いていくことにしていた。
しかしそれだと進み具合がなかなかよろしくないのが現実なのである。書きたい旅行と書きづらい旅行があるわけで。
特に最近は日記の負債がのっぴきならないレヴェルまで悪化しており、とにかくひたすら書くしかない状況となっている。

というわけで、ここしばらくは、僕の「書きたい旅行記」を優先して書かせてもらうことにする。
まず第1弾として、昨年7月の紀伊半島縦断記・十津川突撃編から出していく。これが最初になった理由は簡単で、
十津川村がたいへん素晴らしかったからである。いまだに僕の中にしっかりと余韻が残っている旅行なのだ。
オレが行ってみて良かったからみんなも行って!ということで優先的に書いた。ぜひぜひご覧ください(→2017.7.21)。


2018.10.4 (Thu.)

鎌倉遠足のしおりがようやく完成したのであった。やはり例年に比べて準備不足な面が目立って申し訳ないなあと思う。
原因ははっきりしていて、「担当者」となっている僕がきちんとリーダーシップをとらないことがいけないのである。
しかしながら、担任でも学年主任でもない僕がリーダーシップをとることはおかしいだろ、と思っている以上、
これはどうにもならないのである。で、結果として、責任者不在に等しい状態となってしまっているわけで。
まああんまり書くとアレなんだけど、初任校でも前任校でも僕は先輩に恵まれていたなあと実感しているしだい。


2018.10.3 (Wed.)

ぼちぼち年末の帰省パターンを考えてみるが、やっぱり愛知県を経由することになりそうである。
おととしの冬も、去年の夏も、去年の冬も、今年の夏も、実に4連続で愛知県に滞在してからの帰省となっている。
これはつまり、僕にとっては愛知県の市役所や神社が格別の存在感をもって立ちはだかっているということなのだ。

まずやはり愛知県は中部地方の雄だけあって、純粋に市の数が多い。そこにJRやら私鉄やらが絡んでくるので、
効率よくまわるのが非常に難しいのだ。似たような状況は埼玉県にも言えることだが、埼玉県は日帰りが可能だ。
(その「効率よくまわるのが面倒くさい」せいで、なんだかんだで埼玉県の市役所は達成率が低いのである。)
愛知県も隙をみてジャブを撃つように日帰りしてもいいのだが(いちおうやったことはある →2015.10.24)、
やはり名古屋となると夜行バスで行くことになるし、帰るのもギリギリになるし、実家の方がかえって近いし、
ということで、実際のところハードルは高い。それでどうしても帰省の機会に頼ることになるのである。

愛知県は非常に手強いんだけど、その分またしっかりと楽しませてもらってもいる。結局はそういう存在なのだ。


2018.10.2 (Tue.)

東京の下町で人気というキンミヤ焼酎を飲んでみた。こちらは甲類焼酎で、甲類をきちんと飲むのは初めてなのだ。
感想は、ああこれこそエタノールなのねと。僕の焼酎に対する基本的なイメージは「エタノールじゃん」だが(→2009.1.12)、
その認識がまだまだ甘いものだったことを痛感させられた。乙類焼酎の鼻に抜けるエタノール感は実は純度がまだまだで、
甲類焼酎のようにエタノールとしての純度が高まると、かえってエタノール感が弱くなるという逆説が存在していたのだ。
乙類焼酎は、芋だの麦だのという原材料にぶつかることでエタノールの香りが立つようになっている、という感じがする。
でも甲類焼酎ぐらい原材料の痕跡がなくなると、エタノールが純粋なアルコールとしての役割に特化している感触だ。
だからかえって、鼻にツンときて「うわっ」と思うことがない分、気づけばしっかりとアルコールに酔わされてしまう。
なるほど、甲類焼酎というのは純粋にアルコールを摂取したい人向けというわけか、と納得。酒ではなくアルコール。
乙類焼酎には文化としての酒という要素がしっかりとあるが、甲類焼酎になるともはやそれはなくなってしまう。
むしろ、アルコールを摂取するという行為について、いかにして摂取するか、という観点に移ってしまっている感じだ。
もっと言うと、乙類はアルコールが文化の手段であり、甲類はアルコール自体が目的だ。決定的な違いが実感できた。


2018.10.1 (Mon.)

都民の日で学校はお休みだけどこちとら大会。今日から新人戦の1次リーグがスタートである。
2位に入れば2次リーグに進める。われわれは8人だが、きちんと戦えれば可能性はそれなりにあると読んでいる。

初戦の相手は、なんとこちらと同じ8人なのであった。これは負けるわけにはいかない、と燃えるわれわれ。
11人相手だとつらいのだが、同数であれば勢いづいて戦うことができる。あらゆる局面で優位に立ち、5-0で順当に勝つ。
これが11人相手でも同じ心理状態、同じ運動量で戦えればいいのだが。


diary 2018.9.

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