diary 2018.3.

diary 2018.4.


2018.3.21 (Wed.)

日頃の疲れは尋常ではなくて、今日は雨なのをいいことに一日中『おそ松さん』の2期を見ておりました。
久しぶりの全力で怠惰な休日はいいリフレッシュになった、と思いたい。ストーリーを浴びる日も必要なのだ。


2018.3.20 (Tue.)

本日をもって1年生の本年度の英語の授業が終了。生徒と一緒に教科書をめくって、思えば遠くへ来たもんだ、
なんて具合に振り返る。でも2年生になったらなったでもっとスピードが上がる。むしろここからが本番なのだ。

教えていて毎年思うのは、中学校英語の3年間は、他の追随を許さないほどに圧縮された知のオンパレードということ。
ゼロからのスタートであり、ここまで一気に知の促成栽培をやりきる教科はほかにない(小学校英語とかクソ喰らえ)。
つまりは現状のシステムが本当によくできているのである。愚民化教育を推進する連中が英語教育を壊そうとしているが、
ウチの生徒たちは知の本質をきちんと理解しているのが幸い。まあそれが理解できるように教えているんだけどね。
来年、再来年と何がどうなるかはわからないけど、やれる限りのことはきちんとやって後悔のないように。その積み重ねだ。


2018.3.19 (Mon.)

昨日マサルに市役所めぐりについて少し辛めの励ましの言葉をいただいたので、それでちょっとやる気になって、
長年の懸案事項である市役所ページの製作を再開させる。御守ページとだいたい同じ要領でやっていくつもりだが、
こちらも量が量なのでなかなか思うようには進まない。でも少しずつでもやっていかないことにはどうにもならんので。

それにしても、マサルもcirco氏も「ランキングをつくれ」というアドヴァイスをくれたわけで。そういうもんなんですね。
僕の中ではどの市役所も基本平等だけど、世間はそういうわけでもないのね。いやあ、春休みの宿題が山積みですわ。


2018.3.18 (Sun.)

2週間前に予告したとおり、本日はいつもの姉歯メンバーで川崎市市民ミュージアムに突撃なのである。
『MJ's FES みうらじゅんフェス! マイブームの全貌展 SINCE1958』をみんなで見よう、というわけなのだ。
今回のトピックは、なんとみやもりさんが嫁さんと娘さんを連れて参加。われわれ、娘さんとは初対面でドキドキ。

武蔵小杉駅に集合するが、目黒線沿線住民の僕はもう楽で楽で。今後はいつも武蔵小杉集合にしてほしいくらいだが、
よく考えたら武蔵小杉には川崎市市民ミュージアムと等々力陸上競技場以外に何もないのだ。あとは高層マンション。
そう、武蔵小杉はマンションがやたらと建って人口が爆発的に増えており、気を抜いていたら駅周辺は開発ラッシュで、
うっすらとしか見覚えのない姿に変わってしまった。自転車で気ままに来ていた頃とはだいぶ違ってしまったのである。
おかげで改札口もやたらと多く、ニシマッキーとはベーグル屋で無事に合流できたが、みやもりとの合流には苦労した。
なお、マサルは恒例の遅刻である。で、合流してもバス停がややこしく、結局はターミナルのある北口に移動。
そしたらちょうどいい具合にマサルも合流。するとベビーカーに揺られていたみやもりの娘さんも目を覚ますのであった。
娘さんは初対面のおっさんたちにビビりつつも、特に問題なくバスに乗車。しかしまあ、みうらじゅん目的の客の多いこと。

  
L: 「ツッコミ如来立像」の前でポーズをとらされる僕。マサルが「お前の日記なんだからお前が写れよ!」と言うので。
C: みうらじゅんフェス会場入口。これは後で撮ったもので、僕らが入ったときにはけっこうな行列になっていた。
R: コクヨから贈呈されたというゴールデン・スクラップが展示されていた。原稿用紙もみうらじゅん特別仕様みたい。

休日ということを考慮してもものすごい人気ぶりで、どの展示にもべったりと人が張り付いている感じである。
しょうがないので隙をうかがって順不同で見ていったのだが、圧倒されたのが序盤の展示。小学生時代から分量が凄い。
そして上手い。10歳くらいでここまで描けるのか!と感心。僕や潤平も一心不乱に絵を描く幼少期を過ごしたクチだが、
(というか、そういう自分たちのアーティスティックな側面が全開だった過去をがっつりと思い出させられる内容だった)
外から見てきちんとカタチになっている絵を際限なく量産しているところが凄い。自分の中にいる過去の自分が、
静かにスイッチを入れて対抗意識を燃やしているのがわかる。オレの両親が見たら何て言うのか、すごく気になった。

  
L: 友達との新聞、つくるよねー。でもそれを残しておくってことがすごいのよ。ふつうは1週間もたないよ。
C: 小学生時代の仏像スクラップ。彼の非凡さをわかりやすく物語るが、京都生まれのアドヴァンテージもまた感じる。
R: 展示が進んで登場する、「アウトドア般若心経」。思いつくこと自体がまず凄いが、実行するのがさらに凄い。

序盤の展示についてまとめると、三重の「偉さ」を感じた。まず小学生時代の絵の非凡さ。ここまで描けるのは偉い。
次に、それを恥じることなく見せる偉さ。個人の妄想の記録はいわゆる黒歴史として闇に葬り去られるものだが、
純度100%でそれらをきちんと出すところが偉い。みうらじゅんは、それができるところに一番の非凡さがあると思う。
そして何より、これらの大量の絵をきちんと残していた親が偉い。僕も潤平も大量の絵を描いて描いて描きまくったが、
それらはほとんど残っていないし、残っていなくて当たり前なのである。それがわかるだけに、残す親の非凡さが際立つ。

その後、展示は美大入学後へと移る。しかしここでは、80年代ヘタウマとの相性の悪さがひたすら露呈されていた印象。
確かに僕が「みうらじゅん」という名前を初めて認識したのはマガジンハウス辺りの何かの雑誌で、彼の肩書きは漫画家。
でもその絵はいかにも『ガロ』経由のアングラな雰囲気をまとったうえにシュールを狙っており、正直いい印象はなかった。
あらためて当時の作品を見てもやはり僕の感覚は同じで、さっきの小学生時代の作品を見た後だとすごくもったいなく思う。
80年代の強い光と濃い影は、どちらもみうらじゅんの味方ではなかったのだ(江口寿史とは対照的かも →2016.1.27)。
われわれが「時代がみうらじゅんに追いついた」と思うのは的確で、彼の継続性は後に大きな花を開かせることになる。

 スクラップの近くには記念写真を撮れるスペースも。

会場は2つに分かれており、小学生~80年代の漫画家時代の作品を第1会場とすると、第2会場はコレクションが中心。
彼の「マイブーム」によるコレクションを怒涛の勢いで展示しているのだが、展示空間が複雑な形をしていることもあり、
もう何がなんだか。量も膨大なので、ただただひたすら圧倒されっぱなしになってしまう。でもそれがまた楽しいのだ。

  
L: ブームごとの展示となっており、こちらは変な掛け軸、「ヘンジク」。真ん中はシャ乱Q、アウンサン=スー=チーもある。
C: 出ました「ゆるキャラ」。もともと彼の中でニャンまげブームが下地にあったようだ。やっぱりみうらじゅんは凄い人だよ。
R: 山岳戦隊テングレンジャー。戦隊ヒーローに詳しいニシマッキーは、テングイエローの顔と体の色の違いに不満げだった。

見ていくうちに、これは一種のテーマパークではないか?と思った。みうらじゅんの脳内を実際の空間に広げたテーマパーク。
第1部では彼の時間軸、第2部では彼を取り巻く空間軸を対象にしており、われわれは「みうらじゅん」を追体験していく。
そうして彼の物の見方を共有しながら、一人の人間が切り開くことのできる想像力を推し量っていく、そんな感覚になる。
みうらじゅんという人は価値観に対する実行力の割合が100%で、一般的な人と比べて飛び抜けたものを持っている。
彼は子ども連れの来場者に対して「情操教育になる」と言っているが、確かにその部分の刺激は凄まじいものがあった。

  
L: 冷蔵庫に貼るマグネット「冷マ」。案の定、水まわりのトラブル関係の広告が中心だが、こんなものまで集めているとは!
C: SINCE。いちばん古いのは600年代だったけど、たぶん1600年代の「1」が消えたのではないかと。それにしても凄い。
R: みうらじゅんの描いた作品を展示するコーナーもあったが、人間の想像力の底の知れなさがとにかく印象に残ったね。

それぞれのペースで展示を見ていったのだが、マサルを除く全員がだいたい同じくらいのタイミングで見学終了。
公園内の遊具でみやもりの娘さんが遊ぶのをあたたかく見守るのであった。子どもって滑り台が大好きなんだなあ。
一方で「もうひとりの2歳児」こと岩崎マサルはすべての映像を懇切丁寧に見ていき、閉館に近い時刻までかかった。
滑り台から引き離されたみやもりの娘さんはかなりの泣きっぷりだったが、ハローキティのラッピングバスで機嫌が戻る。
子育てって本当に大変だなあ……と思うのであった。人の親ってのは本当に偉いものだと実感した。

武蔵小杉駅に戻ると、面倒くさいのでそのまま居酒屋に突撃するのであった。ここで私の佐賀土産が満を持して登場。
それは……ワラスボの干物である。電車の中でも飛行機の中でも、折れないように東京までずーっと手で持っていたのだ。
今回もトイレットペーパーの芯を原料にして専用のケースまで作って、大事に背中に背負っていたのだ。つらかった。

 
L: 名護屋城手前の道の駅で売っていたワラスボの干物。  R: 「エイリアン」と形容されるワラスボの頭部。

ワラスボは日本では有明海でしか獲れない貴重な絶滅危惧II類(VU)である。干物にして出汁や酒のおつまみとする。
目が退化して牙が大きく並んでいるため、ヴィジュアルはかなり衝撃的。まあ、生の方がさらにエグいのだが。
さあさあどうぞどうぞと勧めるも、みんな「まずはあなたからどうぞ」とつれない反応。苦労して持ってきたのに。

  
L: というわけで、責任を持ってワラスボの干物をいただく私の図。  C: 日本酒で酔っ払って目が充血している。
R: ワラスボを味わうの図。知っている風味だなと思ったが、ツナピコ(ツナキューブ)と同じ味付けだと気がついた。

ワラスボの干物は思っていたよりも硬くて、運搬にはそこまで気を遣う必要はなかった模様。
ただ、やはり肝心の頭部は砕けやすそう。みんなは胴体を3分割して食ったが、頭部は結局2匹とも僕が食った。

 
L: ワラスボに脳を支配された男の図。口から出ている部分が本体。  R: 姉歯会ワラスボ一家の図。

そんな感じで今回も平和に呑んだくれたのであった。めでたしめでたし。


2018.3.17 (Sat.)

本日は3年生とのお別れ試合なのであった。人数が多いので僕は外からのんびり見ていただけなのだが、
彼らはやっぱり強くて上手いなとあらためて感心した。体が強いし、個としての技術がしっかり高いのである。
それでも1年生の守備が通用していたので、きちんと成長しているなとこっちでもまた感心。2年生もまずまず。
ふだんの練習から言っている基本的ことが当たり前のものとして身についているので、見応えのある試合になっている。
技術の大切さも勉強になったし、自分たちのやっていることが確かな自信になったし、有意義な時間になってよかった。


2018.3.16 (Fri.)

卒業式である。異動しても前任校やその前の職場と同じように、2つの機械を同時に操作する役割をこなしたわけで、
やっぱり忙しいのは変わらないなあ、と思いつつ裏方作業をがんばるのであった。無事に終わって本当によかった。



2018.3.14 (Wed.)

今日の給食に「ケーニヒスベルク風肉団子」が出まして、生徒とみんなで面白いなこりゃ、といただいたわけです。
で、当然、「あれ? ケーニヒスベルクってどこだったっけ?」となるわけです。語感からして明らかにドイツなんだけど、
ポーランドの方だった気がする、と言う読書家な生徒と一緒に地図帳を開いて探してみる。しかしぜんぜん見つからない。
僕は僕で確かに聞いたことのある地名なので、大いに首をひねりつつ「すいません、職員室で調べます」といったん撤退。

まあ結局は僕が無知だという話なのだが、ケーニヒスベルクは第二次世界大戦を経てソ連(ロシア)領となっており、
現在のカリーニングラードなのであった。ポーランドの北東、リトアニアの南西にはけっこう広いロシアの飛び地があって、
そこの州都である。あらためて見てみるとこの飛び地はデカいなあと感心。ロシアの不凍港への強い欲望の賜物なのだ。
調べていくうちに、なぜ僕の記憶に残っていたのかもわかった。ケーニヒスベルクはカントが暮らしていた街だったのだ。
哲学概論の授業で出てきた地名なので覚えていたというわけ。しかしケーニヒスベルクはドイツというにはずいぶん東で、
プロイセン周辺の地理感覚の複雑さをあらためて実感した。歴史も地理ももっとちゃんと勉強しなくちゃいかんわ、と反省。
正直なところ、「あの辺は中世から取ったり取られたりでゴチャゴチャ」といういい加減なイメージしかない地域だった。
歴史や地理を理解するということは、その複雑さをそのまま受け止めて自分の感覚として落とし込むということだ。
もっと体系的に知識を増やしていきたいなあ、と強く思わされた。海外も海外で、きちんと旅行したくなっちゃいますなあ。


2018.3.13 (Tue.)

日記が大スランプですいません。いちおう画像はしっかり整理して下準備は進めているんだけどね、書けない。



2018.3.11 (Sun.)

東日本大震災からもう7年。テレビでは当時の子どもが大人になってどーのこーのというドキュメンタリーもあって、
時間がグイグイと流れていることを伝えている。おととしこの目で確かめてきた光景は(→2016.9.182016.9.19)、
今も大して変わっていないはず。一瞬の破壊と、先の見えない再建。オリンピックだなんだと浮かれている場合じゃないね。

天気のいい休日ということで、青春18きっぷを使って気軽な旅に出る。目的地は東京のお隣、神奈川県だ。
そんな至近距離を青春18きっぷというのはもったいなく思えるが、日帰りの往復だと悪くない選択肢となるのだ。
神奈川県、いや相模国の歴史ある神社と新しい市役所をめぐるというのが、今回の目的なのだ。ラストはサッカー観戦。

まずは東海道線で二宮駅へ。ここから西には相模国二宮・川勾(かわわ)神社がある。東には総社の六所神社がある。
どちらも歩いて行けない距離ではないが、往復だとそれなりの時間がかかるので、バスを上手く活用して参拝する。
しかし川勾神社方面へ向かうバスは複数あってややこしい。とりあえずわかりやすいやつに乗ってしまうのであった。

鐘薮というバス停で下車すると、坂を下って川を渡り、坂を上がって川勾神社へ。天気はすっかり穏やかな春の気配。
しかしその分だけ花粉が猛烈で、歩いている間はひたすらくしゃみをするのであった。10分ほどで参道にぶつかる。

  
L: 川勾神社の参道。周辺はいかにもな山里で、二宮ともなればこれくらい地味になるものか、と思うのであった。
C: 境内入口。左側には伊藤博文が揮毫した扁額を石碑にして置いてある。  R: 隋神門。茅葺きなのがかなり独特。

川勾神社は相模国が成立する際に、寒川神社(→2011.5.42014.8.11)と一宮の座を争った経緯があるそうだ。
境内に入るとその威厳をしっかりと感じることができる。社殿は1951年の竣工だが、堂々とした落ち着きぶりが印象的だ。
航空写真で見ると周囲は宅地化しきっているが、二宮駅前の吾妻山とこの川勾神社周辺は緑をしっかり残している。
大きく姿を変えた平地部分とは対照的に、昔の姿を守っているのだろう。じっくり歩いてみると面白そうだと思う。

  
L: 社務所。唐破風の下で御札や御守を置いている。  C: 拝殿。  R: 横から拝殿と本殿を眺める。

バスで駅に戻ると、時間節約のためにまた別のバスに乗り込んで国道1号線を東へ。しかし国道1号もこの辺りだと狭い。
Googleマップの指示に従って国府新宿というバス停で下車したが、少し西へと戻ることに。大きな鳥居を目印にして北上。
参道は途中で地下にもぐって東海道線をくぐる仕組みになっている。そのまま進むと丁字路で、突き当たりが六所神社だ。
さっきの国道1号に面した鳥居がラストで、境内の入口には鳥居がないので、なんとなく寺っぽい感触がするのが面白い。

  
L: 国道1号に面する六所神社の鳥居。  C: そのまま地下を進むのだ。  R: 道の突き当たりがすぐ境内となる。

六所神社はもともと柳田大明神という神社で、そこに一宮から四宮に加えて平塚八幡宮の祭神を合祀して総社となった。
境内はコンパクトながらも池や神楽殿をしっかり配置し、非常に清潔感のある印象。なんだか女子受けしそうだと思う。
主祭神の筆頭に櫛稲田姫命が来て、その後に須佐之男命となる珍しいパターン。清潔感はその影響なのかもしれない。
御守のデザインも櫛稲田姫命の櫛をメインの柄としていて、こだわりを見せている。そういう神社は大好きだぜ。

  
L: 境内の両側には池。雰囲気が明るいのがいい。  C: 参道。手前の授与所周辺は休憩所で、甘酒が名物らしい。
R: 裏手の公園から本殿を眺める。この本殿と石垣は戦国大名の後北条氏によるものだそうだ。それにしてはきれいだが。

参拝を終えるとバスの時刻が合わないので20分ほど歩いて駅へと戻る。ここからは青春18きっぷが威力を発揮だ。
いったん藤沢まで戻ってしまって、藤沢市役所を撮影するのである。で、そこから茅ヶ崎・平塚と西進するというわけ。
この3つの市は最近になって立て続けに市役所を建て替えたので、一気に撮影してしまおうという魂胆なのだ。
どれも以前に撮影したことがあり、旧庁舎と同じ敷地に新築しているパターンなので、場所はわかっている。
この3兄弟を比較すると、いろいろなものが見えてきそうである。実に研究しがいのある市役所でございますな!

というわけで、東海道線新築市役所3兄弟、まずは藤沢市役所である。駅北口から東へ行けば5分ほどで到着なのだ。

  
L: 新しい藤沢市役所。ちなみに左手前にある「新館」はすでに閉鎖されており、全面改修を待つ状態となっている。
C: 国道467号を跨ぐ歩道橋脇から見たところ。  R: 下に降りてみた。国道は交通量が激しすぎて撮影がとっても大変。

以前の藤沢市役所は1951年の竣工ということで、なかなかの風情を感じさせるものだった(→2010.11.27)。
しかしその分、ただでさえ広くない敷地内に分庁舎が建てられてかなりグチャグチャで、撮影もしづらかった。
新しい庁舎はそれを一気に解消すべく、敷地をデン!と埋めるように建っている。周辺の狭苦しさは相変わらずだが。

  
L: 新館裏から撮影。  C: 別の歩道橋を渡って北西側から近づいた。  R: 敷地内の様子。日陰ないけどいちおうベンチあり。

新しい藤沢市役所の設計者は梓設計。昨年末に竣工したばかりで、今年の1月4日から業務開始となった。
まあつまりは市庁舎建築の最新事例というわけだが、オリジナリティはあまりない。2010年代の典型例って感じ。
天気がよかったせいもあって、敷地内に日陰は少ない印象。その分、来庁者を中に取り込む要素はそれなりに多い。

  
L: 南側つまり東海道線との間はこのような通路空間となっている。  C: 背面。  R: 北側に動いてもう一丁。

休日だけど中に入ることができるのはすばらしい。1階の窓口周辺はなかなか開放的。天井のアトリウムも目立つ。
南側はコンビニ(ローソン)と連携してしっかりと日光を採り入れる滞留空間となっており、これも好印象である。

  
L: 中に入るとこんな感じ。休日でも一部の窓口を機能させている。  C: 南側はテーブルのある滞留空間。
R: 1階の南西端にはコンビニが入っている。甲府や秋田と同じくローソン。ローソンは市役所に強いのかなあ。

そして最上階の9階はお約束の展望スペース。面白いのは、議会も9階にあって、両者が共存していること。
藤沢駅を眺める廊下の脇に傍聴席の入口があるのだ。「議会を市民に開く」という民主主義の観点からすると、
これは100点満点に近い空間のつくり方である。実際に理想を空間として実現しているところに価値があるのだ。

  
L: 9階の展望スペース。右手奥が議会の傍聴席入口。  C: 藤沢駅方面を眺めたところ。新館がバッチリ見えるね!
R: 1階と同様に、南側にはきちんとした滞留空間を設けている。もっとも、窓の外はOKストアばっかり目立つが。

最新の市役所はさすがになかなか面白かった。満足して2駅揺られて、茅ヶ崎駅で下車。北へしばらく歩くと市役所だが、
以前スロープの入口だった場所は工事の白い金属板の柵で閉鎖されていた。広場を整備中との説明が貼り付いている。
そのまま裏手の分庁舎・市民文化会館・総合体育館方面へとまわり込むと、地味ーに茅ヶ崎市役所の新庁舎があった。
道幅が非常に狭くて撮影しづらいところに、本日はこの辺りでイヴェントが開催されており、なかなかの賑わいぶり。
市役所1階で「ちがさき食育フェスタ」、向かいの総合体育館も「ちがさきスポーツ・レクリエーションフェスティバル」と、
何をどうやっても人の姿が写真に入ってしまうというやりづらさなのであった。もうこれはどうしょうもない。
少しでも距離が欲しくて総合体育館から撮影するとペタンクに夢中な皆様が入ってしまう。すいませんね、ホントに。

  
L: 茅ヶ崎市役所。エントランス付近ではゆるキャラが登場して人が絶えない。  C: 総合体育館前から撮影。ペタンク中。
R: 角度を変えて眺める。これより西側に行くと、今度は電源開発・茅ヶ崎研究所の敷地内に入っちゃうのよ。やりづらい!

その建物をすっきりと撮影する角度がないということは、つまり、その建物を誇る意識がまったくないことを意味する。
記念性を持たせる意思がなく、その自治体は役所をただの事務処理空間としてしか認識していない、ということなのだ。
これは、県庁舎では1950年代に丹下健三VS建設省で繰り広げられたバトルや(→2007.11.222008.9.13)、
市庁舎では1970年代の保守VS革新で繰り広げられていたバトルにも共通するトピックである。イデオロギーは消えても、
建築の様式として「開く/開かない」は、確かに形を変えて今も存在している。地域性も含めて考察すべき深いテーマだ。

  
L: 裏手の駐車場にまわって撮影。  C: 意地でファサードを確認する写真を撮影。  R: 南東端だけはオープンスペース。

以前の茅ヶ崎市役所は1974年竣工で、シンプルながらも微妙なオシャレさを持った建築だった(→2011.5.4)。
新しい庁舎の設計者は大建設計で、2015年末に竣工している。なお上述のように旧庁舎跡地は市民広場となる予定。
中に入ってみたが、休日ということで、イヴェント中の1階と2階の一部以外は入ることができなかった。
2階南側の「屋上庭園」(といっても小規模、さっきの南東端にある屋根の上)にすら入ることができない。
この点から、茅ヶ崎市は藤沢市とは対照的に、かなり閉鎖的な感覚を持っていることが読み取れるわけだ。

  
L: 1階南東端のカフェスペースを覗き込んだところ。  C: 2階から見下ろす1階の「市民ふれあいプラザ」。
R: しかし同じ1階も西側はこんな感じ。市民に公開する空間をかなり限定している閉鎖的な姿勢がよくわかる。

最後は平塚市。当然、平塚八幡宮に参拝してから平塚市役所へ行き、湘南ベルマーレの試合で締めるのである。
平塚八幡宮に参拝するのは3回目(→2011.5.42015.9.12)。天気もいいし時間もいいし、いい写真が撮れそう。

  
L: 平塚八幡宮の大鳥居。  C: 境内に入ったところ。  R: 両側に池がある構成はさっきの六所神社と一緒なのね。

せっかくなので参拝ついでに御守も頂戴しておいた。平塚八幡宮の御守は当然、すでに持っているのだが、
平塚は七夕祭りが有名ということで、短冊をかたどった七夕守を頂戴した。面白い工夫であると思う。

  
L: 拝殿前の銅鳥居。  C: 拝殿。  R: 本殿。平塚八幡宮は市街地を見守る位置にあるから規模がデカいなあ。

平塚八幡宮のすぐ裏が平塚市役所である。以前の市役所はいい感じのモダニズム建築だったが(→2011.5.4)、
新しい庁舎は無難な現代風。とはいえ、各フロアを強調する庇は旧庁舎を彷彿とさせないこともない、かもしれない。
撮影でとにかく困ったのが、手前の道路の交通量である。なぜか車がまったく途切れないのよ。延々と列になっている。
建物だけをすっきりと撮影することができないので、諦めてさっさと敷地を周回したのだが、これには本当にまいった。

  
L: 平塚市役所。手前の道路から車が消えることはまったくなくって、建物だけを撮影することは不可能。
C: その道路を挟んで庁舎を真正面から見据えたところ。デカすぎである。  R: ちょっと角度を変えてみた。

新しい平塚市役所の設計者は佐藤総合計画。工事は2期に分けられており、高層部分は2014年に完成している。
その後、低層部分の第2期工事が昨年末に完了した。こういうパターンはいつ竣工と言えばいいのか難しくて困る。

  
L: 西側から眺めたところ。  C: 北西より。この手前の低層部分が昨年末に完成したってわけだ。  R: 背面。

平塚市役所の背面にあたる北側は、広い空き地となっている。この周辺は学校・官庁・団地・文化施設・工場など、
実にヴァラエティに富んだ施設が大規模に並んでいるなかなか珍しい空間で、市役所裏が今後どうなるか、注目だ。
なお、市役所西側部分の2階と3階には平塚税務署が入っている。国の役所を市役所の中に入れるというパターンは、
千代田区役所の事例を思い出す(→2007.6.20)。しかしこちらはPFIではなく、市と国の資金で建てている。

  
L: 北東から見たところ。  C: 東側、消防本部の手前から眺める。  R: 南東の交差点前から市役所を見上げる。

ちなみに平塚市役所にもレストランとコンビニが入っている。しかし平日のみの営業で、藤沢ほどのやる気はない。
さっきの茅ヶ崎市役所に比べれば市民への公開度合いは高いと言えなくもないが、なんとも中途半端である。

  
L: 南側のピロティ部分。  C: 中を覗き込んだら七夕的な飾り付けが。  R: さらに奥の方はこんな感じだった。

駅からスタジアムまでは微妙に面倒臭い距離だが、市役所まで来てしまえばスタジアムまでは歩いていくよりない。
団地に図書館、美術館に工場群と、平塚らしい特色あるモザイク空間をトボトボ歩いていく。それにしても毎回思うが、
この辺りは工場が多いわりには道幅が異様に狭い。おかげで自転車とバスが通るたびに、見ていて少しヒヤヒヤする。

試合開始2時間ほど前にスタジアムに到着。今シーズン初のサッカー観戦である。カードは湘南×名古屋ということで、
J1昇格クラブどうしの対戦である。が、2試合終わった現時点で、順位は名古屋が1位(2勝)、湘南が6位(1勝1分)。
特に名古屋は昨シーズンのJ1昇格の原動力になったガブリエル シャビエルだけでなく、元セレソンのFWジョーが見もの。
湘南スタイルVS風間サッカー+元セレソンということで、これは絶対に観ておかなくちゃいかんだろ、という試合なのだ。

ところが試合が始まると、意外なところに注目すべき選手がいた。湘南の攻撃にことごとく余裕を持って対応するCBだ。
背番号は41ということで2種登録の17歳、菅原である。隣の席の名古屋サポがわりと独り言をつぶやく系のおじさんで、
ちょっと気持ち悪いなあと思いつつ観戦していたのだが、彼をはじめ名古屋サポが菅原に期待を寄せるのは確かにわかる。
(翌日にこの試合関連のネットニュースをチェックしたら、菅原についての記事がいっぱい出てきて驚いた。)
そしてもう一人、おじさんが大歓喜するのもわかる選手がGKのランゲラック。最近のJリーグは優秀な外国人GKが多いが、
その中でも突出している印象。湘南の決定的なシュートを2回防いで鉄壁ぶりを披露した。ありゃあ点は取れねえわ。

  
L: この試合では名古屋の堅守ぶりが非常に印象的だった。非常に安定感があり、湘南は思うように中に入れなかった。
C: 元ブラジル代表FWのジョーは不発。なかなかいいボールが入らなかったね。ボールを放り込めば違ったかもしれんが。
R: 後半、高い技術でボールをつないで攻め込む名古屋。もう少し変化が欲しかったし、湘南がよく守りきったかな。

選手の出入りの激しい湘南は、まだまだ成熟途中という印象だった。しかし途中から左サイドに入った梅崎は、
クロスに守備にと格の違いを見せつけるプレーぶり。右のミキッチとともに、今後の期待を大いに抱かせる存在だ。
ヴェテラン選手が喜んで入団するようになった湘南は、強豪への道をじっくりと歩みはじめたのかもしれない。
対する名古屋は個の能力の高さが際立っていた。ジョーは不発だったが、ボールをつないで攻める巧さはピカイチ。
守る湘南のリズムを崩す変化があれば、スコアレスドローという結果は違ったものになっていたのではないかと思う。


2018.3.10 (Sat.)

今日の部活はオフェンス志向の強い生徒とディフェンス志向の強い生徒で攻守を固定したミニゲームだったのだが、
守備陣にはっきりと進展が見られたのがよかった。最初はドタバタしていたのだが徐々に要領をつかんでいって、
最終的には僕が何も言わなくても余裕のある対応ができるようになったのだ。基本的な約束ごとがしっかり定着した。
ここ1年間ずーっと課題だった、落ち着いて対処するCBのやり方をわかってくれたのは、本当にうれしい。
あとはこの「当たり前」をチームのみんなで共有できればいいわけだ。そのための基礎が固まった感触がする。
生徒の理解が深まったこともうれしいが、自分がそこまでできたこともまたうれしい。前任校での経験が生きているぜ!


2018.3.9 (Fri.)

3年生の送別会なのであった。今度の学校は各学年での出し物の心配をしなくていいので本当に助かる。
今まで毎年、生徒に代わって無い知恵を絞ってヒイヒイ言ってきたので。しかしまあ、所変われば品変わるなあ。


2018.3.8 (Thu.)

画像整理を進めてはいるけどなかなか進まないし日記書く気しないしでスランプである。


2018.3.7 (Wed.)

日本文化への理解ということで、本日の午後は津軽三味線のデュオ演奏を聴く授業なのであった。
力強い演奏が大変ようございますな。カヴァー曲のアレンジぶりが、なるほどこうやるのか!と興味深かった。
特に『情熱大陸』がけっこう面白くて、津軽三味線はラテン方面のノリと合うような気もしてきた。


2018.3.6 (Tue.)

今週は腰痛がひどい。やたらとひどい。歩けないほどではないが、椅子に座ってじっとしているのがつらい。


2018.3.5 (Mon.)

部活が18時半までに戻っちゃったので、日記がまた少ししか進まない。写真の量がすごくてですね、ごめんなさい。


2018.3.4 (Sun.)

川崎市市民ミュージアムでやっている『MJ's FES みうらじゅんフェス!』を見に行こうぜ!という話になっていて、
姉歯メンバーの都合を調整していった結果、再来週に決定。しかし独身の僕とマサルはそれとは別に集合したのだ。
万年筆やボールペンで人気の「ラミー(LAMY)」がミッドタウンの辺りで展覧会をやるというので見ようというわけ。

さて集合時刻の10時半になってもマサルは六本木駅に現れず、電話したら自宅だと。しょうがないので日記を書いて待つ。
結局は正午に合流となるのであった。ミッドタウンの目と鼻の先にそんな世界があるのかよ、なんて話をしながら、
マサル曰く「国立っぽい空間」を歩いて会場の21_21 DESIGN SIGHTへ。サントリー美術館はよく行くが、こちらは初めて。

 21_21 DESIGN SIGHT。安藤忠雄の設計だとよ。

ラミーというと、キャップにU字のクリップがついている太めのボールペン「サファリ」が非常に有名である。
もともとは万年筆からのスタートで、モダンデザインでキレッキレだった時代のブラウン社で活躍したデザイナーを起用し、
ミニマルっ気のある筆記具を次々と生み出している。それらのデザイン過程や製造過程などが展示されているのである。
個人的には、ラミーの製品はポップさで成功した「サファリ」以外は、正直それほど優れたデザインとは思わない。
「ミニマルっ気」と上で書いたけど、全体的にもっさりしていてまだ洗練させられる余地を感じる。どれもイマイチである。

展示の裏側では、ラミーのボールペンを使って輪郭の中に好きに顔を描いてインスタに載っけれという企画をやっており、
僕らは下の作品を残した。これはもう、マサルの天才ぶりを実感させられたね。呼吸できないほどの大爆笑ですよ。

 右のマサルの作品には戦慄を覚えざるをえない。やっぱこいつ天才やぞ、天才。

そのまま六本木で昼飯をいただいたが、ぴんからショックはあまりにも衝撃がデカく、僕らはずーっとその話題ばっかり。
「みさ先輩(乃木坂46の衛藤美彩のことらしい)よりも宮(史郎)先輩だよね!」とラーメン屋で盛り上がったとさ。

その後はリアル脱出ゲームをやってみませんかというマサルの提案により、歌舞伎町のTOKYO MYSTERY CIRCUSへ。
世間的にはどうなんだろうかとビクビクしていたのだが、男2人でも特に問題なく楽しめるようでよかったよかった。

 1階のカフェスペースで作戦を練るわれわれ。

とりあえず、10分で楽しめるという『ある刑務所からの脱出』と、30分勝負の『リアル潜入ゲーム』に挑戦することに。
待っている間は近くのゲーセンでクイズゲームをやるという定番のスタイル。マサルは名前を「かごいけさん」と登録し、
僕は僕でマッチョなキャラクターに「ブルーオイスター」と名付けるフリーダムっぷりを見せつけつつ過ごすのであった。

さて、まずは『ある刑務所からの脱出』。ネタバレ禁止なので詳しくは書かないけど、本当に最後の最後でタイムアップ。
看守役の人が一緒に悔しがってくれるほどの惜しさなのであった。個人的には2箇所「その発想は出ません」があって、
ひとつはマサルが解いたのね。まあよく考えれば脱獄といえばそりゃそうかとも思うんだけど、僕にはできないなあ。
もうひとつは日本語の問題で、その言葉からその行動にはつながらないなあと。ま、次からはがんばりますとしか言えんわ。

『リアル潜入ゲーム』はすいません、途中で完全に集中が切れてどうでもよくなってしまいました。負け惜しみだけど。
同時に挑戦している人が多すぎるのと、タブレットがチームで1個なので情報にひとりしかアクセスできないのとで、
僕にはただ修学旅行で見回りの先生から隠れるゲームでしかなくなってしまった。ルールがわからなきゃゲームにならん。
まあ、リアル脱出ゲームとはこういうものだ、という力加減がちょっとわかったのでヨシとしておきましょうか。

そんな具合にぴんからショックをピークに、どことなく消化不良なままで解散。2週間後のリヴェンジにご期待ください。


2018.3.3 (Sat.)

暖かいのはいいんだが、花粉がすごくてよう。今年の春は恐ろしいことになりそうというか、すでになっている。


2018.3.2 (Fri.)

学年末のテストである。最後なので、ほぼすべての問題に引っ掛けというかミスをよけるセンスを必要とする要素を入れた。
いつもは「85点以上で合格」と言っているのだが、今回は「80点以上で合格かな」といった力加減でつくってみたのだ。
そしたらいつも計ったように50点の平均点が、今回は45点ということで、見事に結果として数字に出たのであった。
まあ当方、「解き直すことで頭のよくなるテスト」をつくっておりますので。しっかりと復習してもらえればそれでいい。

それにしても切ないのは、「いつもより簡単だった」と引っ掛けの要素に気づいていない生徒がいたことである。泣ける。


2018.3.1 (Thu.)

都立の合格発表があり、3年生は卒業モード。下級生の授業も締めを意識した内容で、時間経過の速さに呆れる。


diary 2018.2.

diary 2018

index