diary 2014.9.

diary 2014.10.


2014.9.30 (Tue.)

みんな、交通安全してるかーい!?

僕はやってるよー!


2014.9.29 (Mon.)

森見登美彦『四畳半神話大系』。ワカメからはアニメ(ノイタミナ枠)を薦められたのだが(→2014.6.4)、
原作の小説があると知ったので、まずはその原作からチャレンジしていたのだ。買ってからあっという間に読み終えた。

感想はただ一言、「これが才能というものか!」である。文章を書く才能というもの、それを圧倒的に見せつけられた。
読んでみるとまず最初に印象に残るのは、主人公の徹底的に小難しい言い回しだ。ダメ人間の開き直ったダメっぷりを、
これでもか!と言わんばかりにカタい文章で書き連ねる。しかしこれが無駄に饒舌ではなく、実に的確なのである。
どっかのラノベは凝ったつもりが逆に文章に弄ばれてみっともないことになっているが(→2011.4.252012.7.10)、
この森見登美彦の文章は壮大である分、かえってバカバカしさが強調され、それが絶妙な効果を生み出しているのだ。
おそらく、森見登美彦は抜群にリズム感がいい。リズム感がいいから、カタい文でも読者をグルーヴで巻き込める。
七五調ではないが、七五調に近い「読ませるリズム」を持っている。そう、これが才能というものか!その1である。

でもこの作品が圧倒的な才能を感じさせるのは、文章だけではない。設定と構成の完成度がとんでもなく高いのだ。
主人公は4つのパラレルワールドを横断するが、登場人物もガジェットも設定もまた、4つの世界を横断している。
その平行っぷりとズレっぷりが本当に見事なのだ。このような構成を思いつくことそれ自体がもう、非凡そのもの。
単純にパラレルにするのではなく、最後の話でパラレルでありながら総括してみせる手腕が実にすばらしい。
小津がまたいい。主人公の言い回しのせいで最初の印象は最悪だが、読み終えたときの彼のほほえましさったらない。
間接的に読者にこういう感情を持たせることができるというのは、才能だ。これが才能というものか!そのnである。

読みながら、文章を書く才能というものの恐ろしさにただただ震えるのみだった。そんな本はそうそう現れない。
何から何まで面白い。もう、めちゃくちゃに面白い。思わず全力で脱帽して土下座してファンになってしまう本である。
ダメだ、これ以上のことが書けない。とにかく読んでくれ。この気持ちをわかってもらうには、読んでもらうしかない。


2014.9.28 (Sun.)

朝、近所のカフェに移動して、さあIllustratorでテストの割付をしようかな、と電源を入れた瞬間、ぶったまげた。
画面の左半分に縦じまの線が入っているじゃないか。ピンストライプだ! ヤンキースだ! とかボケている場合ではない。
もともと兆候はあって、ここ半年くらい画面中央に一本縦線が入っている状態だったのだ。それでもガマンしていたのね。
しかしさすがに画面半分となるとキツい。画像の加工はもちろん、今こうして文章を書いているのもつらい。見づらい!
もしこれがブラックアウトになると、もう完全にお手上げ、何もできなくなってしまう。そうなる前に手を打たなければ。
ということで、早急に新しいパソコンを買う必要性が出てきてしまった。いや、これはつらい。でもパソコンってそういうもの。
過去ログで調べてみたら、今のパソコンは使いはじめてぴったり5年。客観的に見れば、よく5年もたせたってところだろう。
さすがにMacBookAirをメインマシンにするわけにもいかないので、急遽あれこれ調査を開始することに。つらいなあ。

そんなわけで、あんまりよけいな体力を使いたくなかったんだけど、買わなくちゃいけないものがあるので午後は川崎へ。
川崎へ来るのはおそろしく久しぶりである。最近はそれだけ自転車に乗る余裕もないということか。さみしいものである。
ハンズと本屋で買うべきものをそろえると、駅前のヨドバシカメラでパソコンのパンフレットを徹底的に集める。
思えば今のアパートに引っ越して以来ずっとVAIOをメインマシンにしてきた。でもソニーがVAIOブランドを売っ払ったので、
次に何を選べばいいのかわからない。早いところ決めなくちゃいけないが、じっくり考えないといけないのも確か。
それにしてもこのクソ忙しいタイミングでこうなるか……と、がっくりである。ほんとにこまったんが~。


2014.9.27 (Sat.)

せっかくの部活のない週末だから、関東の一宮の御守を頂戴するシリーズということでちょっくら出かけることにする。
本日のターゲットは房総半島の先っぽに位置する安房神社なのだが、当然それだけじゃもったいないのである。
じゃあ何をセットで盛り込むかというと、あらためて千葉県庁や千葉市役所をきちんと撮影してみよう、となる。
それに加えて、大高正人の作品にも触れてみるし、千葉市美術館が併設されている千葉市中央区役所にも行く。
そして安房神社へ向かう途中ということで、以前あきらめたことのある富津公園にも行ってみることにした。盛りだくさんだ。

総武線の快速でさらっと千葉駅に到着。松屋でテキトーに朝の栄養補給を済ませると、カフェで日記を書いて過ごす。
旅先でずいぶんと余裕だが、9時前で天気もまだ今ひとつなので、ちょっと様子を見てやろうというわけだ。
そうして時間を稼いだものの、劇的に青空の面積が増えることもないので、あきらめて素直に店を出て歩きだす。
今回はまず最初に千葉市役所を押さえてしまってから、県庁方面へ向かうという順序にした。両者は少し距離がある。
駅から海岸の方へとのんびり歩いていくと、モノレールの高架が現れる。千葉はモノレールの街だが、薄く広がっている。
そのため、点を線で結ぶモノレールとの相性はあまり良くないように思う。でもモノレールは快調に走っている。

モノレールを仰ぎ見ながら歩いていたら、国道357号にぶつかった。モノレール駅に接続する歩道橋があって、
そこから国道を見下ろすことができる。この日記で初めて千葉市役所について書いたのはもう9年前だが(→2005.11.3)、
そのときからずーっと国道357号は工事中であるように思う。6年前にもまったく同じことを書いている(→2008.7.22)。

 永遠に工事が終わらないんじゃないかって気がしてならない。

さて、国道を越えればそこが千葉市役所である。この日記で扱うのももう3回目になるので半分飽きてきているが、
きちんと建物の周りを歩いて撮影したのは初めてになる。今回が決定版!というつもりでシャッターを切っていく。
千葉市役所の竣工は1970年で、設計者は千葉が地元である桑田建築設計事務所(桑田昭)である。
近年は建て替えの計画が着実に進行しており、条件が揃えば一気に新しい市役所に生まれ変わるかもしれない。

  
L: 千葉市役所。これが側面なのか正面なのかはよくわからないが、とにかく南東側から眺めたところ。
C: 少し角度を変えて撮影。  R: 南側から撮影。千葉市役所の本庁舎は非常にシンプルな建築である。

裏手である北側には広大な駐車場が広がっている。さすがは政令指定都市、これだけの駐車場が必要というわけか。
広い駐車場は建物をじっくりと撮影することができるので大変ありがたい。満足感に浸りつつ撮影を続けていく。

  
L: 裏手、北東側から見た千葉市役所の本庁舎。  C: 公用車の駐車場。デカいなー。ふつうはこんなに規模が大きくない。
R: 駐車場越しに眺めた千葉市役所。特徴的な議会棟と本庁舎をすっきりと視野に収められる駐車場の広さにびっくりだ。

最後に千葉市役所の議会棟をクローズアップしておこう。非常にシンプルな本庁舎とは対照的に、
議会棟はかなり大胆なデザインとなっている。立法と行政の分離という意味では妥当な差ではあると思う。

  
L: 千葉市役所の議会棟。質実剛健な本庁舎とはだいぶ差がある。  C: 双方を一気に眺める構図をとってみた。
R: 議会棟のデザインは正面も側面もほとんど同じとなっている。これくらいの個性がなくちゃつまらないよな。

千葉市役所の撮影を終えると、そのままモノレールに乗って終点の県庁前駅まで行ってしまうことにした。
千葉都市モノレールに乗るのは久しぶりで、大学3年のとき千葉県企業庁に幕張新都心について聞き取りをして以来だ。
その後、大学院に入って日記を書きはじめてから2回ほど撮影しているが、やはり今回を決定版にするつもりである。
県庁前駅で降りると本当にすぐに千葉県庁で、さっそく撮影を開始。あらためてきちんとデジカメを構えてみると、
千葉県庁は複数の建物が密集していてかなり複雑である。ひとつひとつクソマジメに紹介してみよう。

まずは中庁舎である。1962年の竣工で、設計者は星野昌一+坪井善勝。かつてはこの建物が本庁舎だった。
竣工当時は典型的なコンクリート庁舎建築だったが、リニューアルによりガラス比率が高められた模様。

  
L: 中庁舎。右手に入り込んでいる南庁舎別館が邪魔で、全体をすっきりと見渡すことはできない。
C: 反対側からどうにか眺めようとしたら、地下駐車場の換気口がやっぱり邪魔をしてくるのであった。
R: 裏側にまわって都川越しに眺めたところ。やはり左手の本庁舎が遮る。かつての本庁舎なのに扱いが悪いぜ。

続いては中庁舎の西側にくっついている議会棟。かつてのどら焼き型議会棟は今の本庁舎の位置にあって、
中庁舎と同時に竣工したのだが、取り壊されて今度は西隣に新しいのがくっついた。千葉県庁は実に新陳代謝である。

  
L: 千葉県庁の議会棟。手前の羽衣公園には、かつて1911(明治44)年竣工の旧千葉県庁舎があった。
C: 議会棟の背面を都川越しに眺める。  R: 道を挟んで南側には、PFIで建設された千葉県警本部。

もう一丁、南庁舎と南庁舎別館を見てみる。中庁舎の目の前にある古いやつが南庁舎別館で、手前側が南庁舎。
北から本庁舎、中庁舎、南庁舎別館、南庁舎と4連発で並ぶ構成になっており、もう何がなんだか。
南庁舎脇の駐車場からは4つの建物が一気に見られて、これがなんだか変に壮観なのであった。オールスター。

  
L: 南庁舎別館を中庁舎側から眺めたところ。これはなかなか古いなあ。  C: 南庁舎。道が狭くてきちんと撮影できない。
R: 駐車場越しに4つの建物を一気に眺めることができる。それぞれに個性的でなかなか面白い構図である。僕は好きだわ。

最後に本庁舎。1996年の竣工で、設計は松田平田設計。こいつだけシュッと背が高いのでなんだか違和感があるが、
敷地に余裕がないので致し方ないだろう。しかし千葉県庁のヴァリエーションはゲッターロボ並みだなあ。

  
L: というわけで毎度おなじみ千葉県庁の本庁舎。  C: 都川越しに眺める側面。  R: 背面。

千葉県庁の撮影を終えると、そのまま東へ進んで千葉県立中央図書館方面へと向かう。が、まずはスルー。
その奥にある千葉県文化会館を先に見てしまうのだ。大高正人の設計で1967年に竣工し、公共建築百選となっている。

  
L: 西側の入口。  C: 北側にまわり込んで眺めてみる。  R: これは南西側。全貌がつかみづらい建物だ。

この場所はもともと千葉大学教育学部があったようで、それを示す碑がオープンスペースの一角にさらっと置いてあった。
近くには千葉大学医学部が残っているが、千葉はここから駅へ中心が移りつつ分散・拡大していった街なのかなと思う。

  
L: 東側にまわり込んでみた。これまた大きくて撮影しづらい。  C: 東側の入口。  R: 別館の聖賢堂。

千葉県文化会館から戻って千葉県立中央図書館を見てまわる。こちらの設計者も大高正人である。
1968年の竣工で、DOCOMOMO物件となっている。なるほど、見れば確かにデザインの凝り方が違う。
大高正人については日記で何度かふれているが(→2010.4.32013.12.272014.5.6)、
これはその中でも特に強烈な形状となっている。まずは外観をじっくりと眺めつつ撮影していく。

  
L: 千葉県庁側から千葉県立中央図書館に出ると、まずはこんな感じ。  C: 側面をしっかり眺める。
R: 少し離れて全体を眺めてみる。高低差のある敷地をコンクリで再構築。実にモダンスタイルである。

この日は日差しがあまり安定しなくって、きれいに建物を撮影するのがちょっと難しかった。
運よく日が差してきたタイミングで、テンポよくシャッターを切ってまわる。緑と茶色とコンクリート、
色の対比がなかなか印象的な建物なので、やはり青空の下でしっかり日を浴びている状態で撮りたいのだ。

  
L: どこかいちばんの正面なのか、なかなかつかみづらい建物である。ということで、さまざまな角度から撮ってみる。
C: 階段を上がってエントランスを眺める。  R: そのまま右へと視線を移すとこんな感じの側面になっている。

せっかくなので内部も見学させてもらう。入口で見学希望と伝えると、見学者用の名札を渡されて氏名を記入。
その際に現在の所属先を書くのだが、自称フリーの社会学者である僕としては今の勤務先を書くよりほかにない。
それがなんともつまらなくて、「マツシマ・マサユキ建築研究所」とでもでっち上げておきゃあよかった、と反省。
まあとにかくそんなこんなで中に入る。撮影も来館者が写らないようにすればOKということで、とっても太っ腹。
やはりそれだけ見学希望者が多いってことなのだろう。大高建築の中では最もわかりやすく評価されているという印象。
しかし確かにいい建物なのだが、県立図書館としてはすでに限界を迎えてしまっている印象も強い。難しいなあ。

  
L: 中に入ってすぐのところ。左手のカウンターで見学を申し込むのだ。  C: 開放感のある内部。モダンだなあ。
R: 書架はこんな感じで並んでいる。やはり年季が入ってきており、県立図書館にしてはかなり厳しいサイズである。

千葉県立中央図書館の次は、千葉市中央区役所である。意外と近くて、歩いてわりとすんなり到着してしまって驚いた。
さてこの建物、単なる役所ではない。上層階は千葉市立美術館となっているのである。役所と美術館の融合は珍しい。
初めて来たのは確か大学時代で、高松次郎展ということで来てみたらなんじゃこりゃ!となったのを覚えている。
千葉市立美術館にはたまーに行っていて、昨年は『琳派・若冲と花鳥風月』ということで来ている(→2013.8.31)。
しかもこの建物は役所・美術館とは別に、もうひとつの機能を持っているところがまた特徴的なのだ。
それは、1~2階を占める「さや堂ホール」である。これは1927年竣工の旧川崎銀行千葉支店で、
こいつをすっぽり覆うようにして役所と美術館の機能を持った新たな建物をつくってしまっているのである。
中尊寺金色堂(→2008.9.12)でもおなじみのやり方で、いわゆる鞘堂方式なので「さや堂ホール」という名前。
旧川崎銀行千葉支店の設計は矢部又吉、千葉市美術館・中央区役所部分の設計は大谷幸夫で1995年オープン。

外側の建物はともかく、旧川崎銀行千葉支店の方はそれなりにきちんと撮影しようと気合を入れて臨んだのだが、
どうもドラマだか何だかのロケがあるようで、ギョーカイのスタッフに完全に占拠されていた。うわーなんだこれ!
よけいなことしやがってふざけんな!と思うが、どうしょうもないのである。せっかく千葉まで来たのに……。
というわけで、この建物について詳しくはまた次の機会に。近く赤瀬川原平をやるらしいんで、そのときにでも。

  
L: 千葉市美術館・中央区役所。このデザインでわざわざ旧川崎銀行千葉支店のファサードをつぶしてしまうとは笑えてくる。
C: さや堂ホールこと旧川崎銀行千葉支店はギョーカイのスタッフに占拠されていたのであった。虚しいわー。
R: 千葉駅。初めて来たときには複雑すぎてワケがわからなかった。最近はちょっと慣れてきた気がする。

昼メシをろくに食う暇もないまま、コンビニで急いで食料を買い込むと内房線に乗り込む。
午前中は千葉市内をウロウロしたわけだが、午後は房総半島をどんどん南へと移動していく計画なのだ。
のんびり揺られること1時間弱、青堀駅で下車する。休日おでかけパスの範囲はひとつ手前の君津までで、
190円払って改札を抜ける。思えば昨年8月、車内に財布を忘れてエライ目に遭った(→2013.8.3)。
本日はそのリヴェンジということで富津公園へ行ってやる!というわけなのだ。駅前からバスに乗って西へゴー。

千葉では天気が良くなったので安心していたのだが、富津に来たら曇り空。これはけっこう悔しい事態だ。
旧街道な雰囲気の道を10分ちょっとバスに揺られると、終点である富津公園の入口に到着する。
富津公園の先っぽには明治百年記念展望塔があるので、ここをゴールにコンビニメシをいただこうという算段だ。
帰りのバスは1時間半後ということで、このときは余裕たっぷりに歩きはじめたのであった。このときは……。
しかし歩けど歩けど道は延々とまっすぐ続いており、文字どおり先が見えないのである。キリがない。
景色に多少の変化はあるものの、ランドマークにはならない。歩いているとさすがに不安になってくる。
結局、30分近く歩いてようやく富津岬の先端に着いた。こんなに時間がかかると思わなかったので驚いた。

  
L: 富津公園の入口付近。この時点ではまさか先っぽまであんなに距離があるとはまったく思えなかったなあ。
C: 延々と続くまっすぐな道。これを30分ですぜ。精神的にもキツい。  R: 岬のビーチはカイトサーフィン天国。

ゴールに着いたら風がめちゃくちゃ強い強い。来るまでの道のりは松林があったのでほとんど無風だったが、
東京湾にちょっと出ている陸地は海と同じ風が吹き荒れており、それに抵抗しながら歩くのに少し疲れるほど。
当然、明治百年記念展望塔の上はとんでもないことになっていた。高所恐怖症の僕は高いところの風に弱いのだが、
これだけ風が強いとかえって開き直ってしまえるほどだった。いやー、所変われば品変わるもんだわ。

  
L: 明治百年記念展望塔。立体的トーナメント構造とでも呼べばいいのだろうか。非常に強烈なデザインとなっている。
C: 途中で別のブロックを眺めてみる。うーん、トーナメント!  R: 下を見るとこんな感じで折り重なっているのだ。

明治百年記念展望塔からは、第一海堡をじっくりと眺めることができる。いや、その向こうの横須賀まで見える。
残念ながら曇り空なので富士山は見えなかったが、天気がよければいけるらしい。機会があれば見てみたいものだ。
振り返ればまっすぐに延びる富津岬もまた見事。30分も歩いたのは切ないが、ここならではの光景は十分に味わえた。
帰りも30分かけて歩いて戻る。風が強くてとてもメシが食えなかったので、歩きながら食うという行儀の悪いスタイル。

  
L: 明治百年記念展望塔のてっぺん。風がとんでもないことになっていたが、それで気合が入って平静になれた感じ。
C: 振り返れば富津岬。これは非常に面白い光景である。天気がよければかなりの絶景だろう。その点はかなり悔しい。
R: 西を見れば第一海堡。1890年に完成した人工島で、東京湾要塞の一部。マニアには有名な存在である。

さて僕はこの第一海堡をヘジテーリング100選の「富津元洲堡塁砲台」だと思い込んでいたのだが、実際は別物。
富津公園の入口にわりと近い「中の島」がそうなのだ。今ではすっかり公園の一部という雰囲気だが、
周囲の水はもともと堀であり、第一海堡と同じく東京湾要塞の一部としてつくられたものなのである。
そんなことなどぜんぜん気づかず、歩き疲れていた僕は中の島を完全にスルーしてしまったのであった。
バス停近くにいた猫と戯れている暇があったらそっちの方まで探検しておくべきだった。全力で後悔している。
アビちゃんの言うとおり、無知とは罪!でありますね(『BASTARD!!』)。毎回旅するたびに実感させられるわ。

バスで青堀駅に戻ると、内房線をさらに南へ。やはり1時間近く揺られて館山駅に到着。
すぐにまたもバスに乗り込むと、薄暗くなりはじめた街を抜けて国道へ。山の中を越えて海に出る直前、
安房神社前で下車した。さすがにこの時間、降りたのは僕だけだった。というわけで、本日最後は安房神社だ。
当然、安房神社にはすでに参拝済みだが(→2012.7.26)、せっかく千葉に来ているから御守を頂戴しちゃおうと。

2年ぶりの安房神社だが、ぜんぜん変わっていない。しかし感傷に浸っている暇などないのだ。
もうすぐ17時になってしまい、御守が頂戴できなくなるではないか。小走りで境内へ急ぐが、意外と距離がある。
どうにかセーフ、と思って境内に飛び込んだら授与所はすでに閉まっていた。中で神職の方がパソコンで作業している。
まあ結局は存在に気づいてもらってありがたく御守を頂戴できたのだが、時間ギリギリでご迷惑をおかけしました。

  
L: 安房神社の拝殿。境内の曲がり具合は2年前のログを参照されたし。  C: 1908(明治41)年の築という神饌所。
R: 本殿は1881(明治14)年の築だが、5年前に改修している。後ろの崖が落石注意なのでこれ以上は近づけない。

神社が境内を閉鎖するまでの時間、参拝しつつフラフラと散歩したのだが、夕方の神社というのもなかなかよかった。
雰囲気がいっそう落ち着いているし、光の加減に気を遣わず、開き直って撮影できる。新しい発見なのであった。

 下の宮。前も書いたが、こちらは摂社になる。

帰りもバスで館山駅へ。駅までだいたい30分、館山から千葉までがきっちり2時間。同じ千葉県なのになんという遠さだ。
千葉から目黒までが1時間ちょっとなので、房総半島の時間感覚ってのは本当によくわからん。しっかり広いってことか。

家に帰ったら御嶽山がいきなり噴火して犠牲者多数というニュース。これには本当にびっくりした。
何も休日のお昼時にそんなことが起きなくても……と思うのだが、運が悪すぎたとしか言いようがない事態だ。
昨年、自分が富士山に登ったときには(→2013.8.62013.8.7)、正直、多少はそういう事態も覚悟していた。
でもそれが予測もつかない山で起きるなんて。なるたけ多くの人たちが助かっていますように、と祈るしかない。


2014.9.26 (Fri.)

朝から5時間ぶっ通しで授業をやって、その後に生徒会選挙。もう本当に疲れた。なんなんですかね今月。
出版社時代は安定したペースで仕事がやってきて、年間通じてその状況の変化のなさに辟易としたもんだ。
教員になってみると仕事の内容は実に季節感満載で変化に富むのはいいが、その押し寄せ方は出版社時代よりひどい。
まあそんなに忙しい感触のしない出版社だったことはあるけどね(この写真とか懐かしいな →2007.11.15)。

この忙しさを一言で表現すると、「縦波」って感じ。音波や地震のP波と同じ、疎密波だ。
ただし現状は密な状態がずっと続いている。疎な状態が来るとは思えない(ああ、先月がそうだったのか……)。
これはもう自力ではどうしょうもないことなので、耐えるしかない。疎と密の差が激しすぎるのも考えものだねえ。


2014.9.25 (Thu.)

さあテスト1週間前だ! ……が、17時半まで部活。というのも、テスト明け直後に新人戦がスタートするから。
ボールを蹴る感覚を忘れさせない程度に活動する分には問題ないので、そんな感じで動くのであった。ヒー。
というかそもそも、本日は生徒会選挙のリハーサルがございまして。そっちにも顔を出して部活も見てと忙しすぎ。
そんでもって家に帰る前にカフェでテストづくりである。もう本当にキリがない。この状況、ぜったいおかしいって。


2014.9.24 (Wed.)

面談で冷静になれない自分はまだまだっすね。相手に合わせて精神状態が変化してしまうようじゃ、相手と一緒。
どんな相手だろうが自分のペースを崩さずに保てる、そういうスケールの大きい男になりたい。しかと反省。

午後に休みをもらって、ひたすらテストづくり。いやー、2学年分はきついわー。やることだらけで間に合う気がしない。


2014.9.23 (Tue.)

秋分の日である。ここで休みは本当にありがたい。わりとテストづくりに集中するのであった。わりと。


2014.9.22 (Mon.)

ニュースを見て驚いた。わが母校・一橋大学は近い将来、なんと、留学を必修にするそうだ。約4週間の語学留学だと。

かつて一橋大学の名物のひとつに、「ドル平泳法」があった。実は、一橋生は50mを泳げないと進級できなかったのだ。
このルールは一般教養が小平から国立に移った際になくなった。僕らはちょうど、50mを泳がなくてよくなった代だと思う。
(後日、姉歯のみんなと飲んだときは「工事中か何かでたまたま泳がなくてよかっただけで、今もある」という話だったが。)
まあとにかく、意地でも50mを泳ぎきるため、ドルフィンキックで平泳ぎをやる「ドル平泳法」の講習会があったのである。
水泳が嫌いじゃない僕としては、マスターしてみたかったんだけどね、ドル平。噂で聞いただけなのはもったいなかった。

さてそんな一橋大学が留学を必修化、と。僕の見解は、「これはすごくいいんじゃないの!?」である。
夏目漱石状態になっちゃう人もいるだろうけど、如水会の手厚い保護で留学できるのは、これは絶対にプラスだと思う。
どこかの大学みたいに一般教養の半分を英語化するのは愚策もいいところだが、学生に外国の「環境」を「体験」させる、
その判断をきちんとできるところが、さっすがわが母校だ。重要なのは英語じゃなくて、異文化を経験することなんだよね。

というわけで、あらためて、「いやーオレ、本当に、一橋大学の卒業生になれてよかった」と思った一件なのであった。
一橋大学はクイズもできるし社会学もできるしドル平もあるし留学もできるし、本当にいい大学でございますよ。


2014.9.21 (Sun.)

テストをつくらなくちゃいけないときに限って日記がはかどって困るぜ。えてしてそういうもんだけど。
とりあえず日記を終わらせて髪を切ると、午後は気持ちを切り替えてテストづくりの準備をスタートさせる。
2学期の中間テストは2学年分を担当するので、早め早めに動かないと、とんでもないことになってしまう。
日記が遅れるのはテストのせいだ!と思うのだが、恒例の行事を計算に入れられないのが悪いのである。困った。


2014.9.20 (Sat.)

月イチの防災なんちゃらで、本日は学校に不審者が侵入してきた!という設定で訓練が行われるのであった。
日頃お世話になっている警察署から警官が来て暴れる演技をするので、それをさすまたで取り押さえよう、という訓練。
なぜか僕がさすまた係に任命されてしまったので、慣れないへっぴり腰で対抗。勇敢に先頭に立って戦うこともなく、
後ろの方で「不審者役の警官さんも若手の試練なんだろうなー」などとと観察に徹するような感じなのであった。
といっても、さすまたは複数で使って壁に押し付けて抑えないと威力を発揮しない道具なので、結局は前に出たけど。
強ーいプロの警官の皆さん(→2009.10.18)が来るまで持ちこたえるだけの対抗の仕方は、いちおう理解しました。


2014.9.19 (Fri.)

どっか行きてえなあ。夏休みにはしっかり旅をしたし、こないだもちょろっとお出かけしたんだけどね、
なーんかどっかに行ってしまいたいなあ、という気持ちがどうしても湧いてくる。今月は変に忙しいせいかな。
レギュラーでみっちり授業があるところに部活と研究授業で、過労死寸前になるのは前々から目に見えていたのだが、
いざその地獄に突入してみると、やっぱり地獄は地獄なのでございました。ユートピアを探しに行きたいの。

そういうわけで、余裕ができたらこんな旅をしたい、というプランだけは増えていく。その立案だけが楽しみなのだ。
地図を見ながらあれこれと思いをめぐらせ、可能性という甘い幻想に酔い痴れる。自由でありたい、だから旅が恋しい。


2014.9.18 (Thu.)

本日は2年生が職場体験だったので、授業が少なくてだいぶ楽だった。こんなに余裕があるの、いつ以来だろう。
でも放課後にサッカー部の新人戦に向けて顧問会が開催されたのだが、夜7時までかかったんでやんの。もうヘトヘト。
昼間は楽でも結局はヘトヘト。やっぱり毎日ヘトヘト。そういう運命にあるとしか思えない。もうどうしょうもねえよ。


2014.9.17 (Wed.)

研究授業が終了。生徒は本当にありがとう。いやー、重かったねー。でもしょうがないよね、お疲れさん。

授業が終わった後で「研究討議」という下らない時間があるのだが、この区の教員は本当にバカばっかりで呆れた。
正面から相手にする気なんてないから、笑顔で「ハイそーですかすいませんね」、その繰り返し。クリンチクリンチ。
いや、本当に頭の悪い教員ばっかりだった。どうしてそんなに頭が悪くて自己満足ばっかりでいられるのか不思議。
きっと生徒のことを見ていないんだろうね。自分のことしか考えていないんだろうね。頭が悪く生まれてかわいそう。
僕自身は生徒の知識欲を掻き立てることができたと思っているから満足だ。反射で英語をしゃべらせるのは教育ではない。


2014.9.16 (Tue.)

しっちゃかめっちゃかで研究授業の準備をするけど、まあ必要最小限だわな。最小限の道具をあれこれつくる。

しかしやっぱり、お仕着せの研究授業なんかで必死になれる教員がいるってのが信じられない。
生徒にきっちり教えられるかどうかは、結局は日常からの信頼関係だろうに、と思う。たった一度の研究授業なんか、
何の意味もない。そこの成否に全力でこだわって日常を犠牲にする愚か者がいるから、教員は世間でバカにされるのだ。
バカにはわからなくていい、文句を言いたいんなら言わしといてやるぜ、そう開き直ってこっちのやりたいことをやる。
頭の悪い教員が噛み付いてくるのであれば、それはオレにとっては同類でない証拠なんだから、名誉なことだぜ。


2014.9.15 (Mon.)

9月は夏休みが明けていきなり、思っていた以上のオーヴァーワークが続いたので、今日は何もしない!と決める。
いつものように午前中は日記を書いて、午後はのんびり都心に出て買い物でもしようか、と自転車に乗っていたら、
去年卒業したサッカー部の生徒に見つかった。「ツンツン頭にそのバッグ(FREITAG)でわかりますよ」とのこと。

さて研究授業がなんとあさってということで、いいかげんいろいろ下準備と心の準備をしないといけないのだが、
イヤなものから逃げる根性がしっかり染み付いており、いまだに取りかからずにこうして日記を書いております。
家に帰ったらやるかぁーと思っちゃいるのだが、帰ったら帰ったで、たぶん乗り気にならないまま寝ちゃうのね。
ここんとこどうもストレスが強い毎日である。なんもいいことがないのである。部活にテストに差し迫るものばかり。
夏休みが明けてからわずか2週間、すっかり精神的に追い込まれております。本当に忙しすぎるよ。


2014.9.14 (Sun.)

区のサッカー大会もようやく最終日である。本日はいつもお世話になっているコーチのチームとの対戦。
順調に勝ち続けている相手に対し、失うものが何もないわれわれは、胸を借りて思う存分大胆にやるしかないのだ。

いざ試合が始まってみてびっくり、相手よりも早くボールに触ったことで、なんとこっちが先制してしまった。
相手はもちろん、こっちだって予想外の展開だ。そしたら相手は過剰に焦ってバタついてチームの動きがチグハグになる。
対照的にこちらは集中した守備が出て、なんとなく互角っぽい感触の時間となっていった。うーん、こうなるとは。
しかし地力に勝る相手チームがそのままでいるわけもなく、FKからバックヘッドで決められて同点に追いつかれる。
まあそれでも前半を同点で折り返せるとは思わなかった。後半どれだけ粘れるかが勝負だ。落ち着いていけ、と送り出す。

そしたら後半に入ってすぐに、軽い守備から中央を破られて失点。その後も押し込まれたところからまた失点で、
結局のところ1-4というスコアで負けてしまったのであった。ああもったいない。立て直せるチームとそうでないチーム、
差がはっきりと出てしまった格好である。ちなみにコーチのチームがそのまま優勝しましたとさ。おめでとうございます。


2014.9.13 (Sat.)

密かにJリーグ全スタジアム制覇を目指している僕としては、年に1回使うかどうかというスタジアムについては、
優先的に訪れているつもりである(駒沢公園総合運動場陸上競技場 →2014.6.14、西が丘サッカー場 →2014.7.30)。
で、今日はどこで試合が開催されるのかというと、埼玉県は熊谷市、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場である。
ここは大宮アルディージャが準ホームスタジアムとして使用しているほか、ザスパクサツ群馬もたまに試合を行う。
今日は大宮×鹿島というカードで、せっかくなので群馬県に出ちゃって一宮の御守をいただきつつ観戦する計画なのだ。

列車を乗り継ぎ高崎を目指す。が、早朝は上野からの高崎線ばっかりで湘南新宿ライナーとの乗り入れがぜんぜんない。
目黒、池袋、赤羽と乗り換えを繰り返すのはなかなかに面倒くさいのであった。で、高崎に着いてもまた乗り換え。
といっても乗り換えたのは信越本線である。本日最初の目的地は安中市役所なのだ。もうメチャクチャなのだ。

それでも運がよくって、安中駅を大量の高校生たちと一緒に降りたら駅前にバスが停まっていた。
見ると、大量の高校生が乗り込んでいる。バスには「安中市役所」と書いた紙が貼ってあったので、迷わず乗車。
というのも、安中市役所は安中駅からけっこう離れた位置にあり、徒歩での往復は時間がかかりそうだったから。
バスは満杯で、後ろの扉に貼り付いて揺られるのであった。結果的に乗客で高校生じゃなかったのは僕だけで、
僕以外の全員が新島学園前で降りた。マンガやコントのような落差に笑いつつ、車窓越しに街の様子を探って過ごす。

まったく想定していないハイペースで安中市役所に到着してしまった。のんびりと市役所を撮影してまわる。
安中市が誕生したのは1958年だが、2006年に松井田町と合併して新たな安中市となっている。
もともとは安中城の城下町だが、中山道の宿場町という要素も持っている。新島襄の地元でもあり、
大河ドラマ『八重の桜』で観光客がいっぱい来たのか、「平和の使徒(つかい) 新島襄」というのぼりがあった。
(このフレーズの元ネタは上毛かるたのようだ。新島襄って教育に従事した人で、平和は関係ないんじゃね?)

  
L: 安中市役所。この左に保健センターがくっついており、3つの建物が並ぶ格好となっている。
C: 1959年竣工という真ん中部分。  R: ベージュ部分が増築されたのがいつなのかよくわからない。

駐車場で敷地に余裕があるので、安中市役所はなかなか撮影しやすい。また、複数の建物がそれぞれの表情を見せて、
形としては複雑になっている分だけ、撮影しがいがある建物となっている。さまざまな角度から撮影していく。

  
L: 本庁舎とその左隣の保健センター。  C: 増築部エントランス付近。  R: 敷地の外側から眺めたところ。

裏側にまわると、平成と昭和の競演がまた興味深い。昭和ホワイトがほぼ均等に窓を据え付けているのに対し、
平成ベージュは大きなガラス面とただの壁とで差をつけている。この違いはつまり、空調の発達によるものだろう。
ごく当たり前のことも、デザインとして可視化されると「発見」となる。空間を読むのは実に楽しい作業である。

  
L: 少しまわり込む。  C: 増築部の背面。大ガラス面とただの壁で差がはっきり。空調が全体にいきわたっているのね。
R: こちらは1959年竣工部分の背面。どの面にもしっかりと窓がついているのがわかる。昔はみんなこうだったなあ。

さて裏側も裏側で昭和の匂いがしっかり漂っていて面白い。駐車場、質実剛健な庁舎建築だけでも十分なのだが、
そこに役所らしいプラスアルファがついてくる。こういう雑多な感じが僕は好きなのだ。なくさないでほしいなあ。

  
L: 風情がある群馬県教職員組合碓氷支部/碓氷教育会。  C: プレハブ感がいい安中磯部土地改良区/板鼻堰土地改良区。
R: いちばん左が保健センター。本庁舎にくっついている。というわけで、一周して戻ってきました。

思う存分市役所を撮影したので、いよいよ市街地を歩いて安中駅まで戻る。とりあえずさっきバスで通った道を行こうと、
南へ進んでいったら左手に印象的なレンガの煙突を発見。近づいてみると、どうやら醤油の醸造所のようだ。
そのまま通りに出てみたら、ずいぶん立派な蔵と店舗である。この有田屋は市長を輩出するわ新島学園を設立するわ、
安中ではものすごい名家の模様。まあ醸造関係ってのは基本的にその土地でぶっちぎりのエリートがやるもんだし。

  
L: 有田屋のレンガ煙突。道路がこれをよけて微妙に曲がっているところがいい。  C: 有田屋の店舗。
R: 向かいには日本で初めて民間人が設立した図書館・便覧舎の跡。現在はご覧のとおり蔵が建てられている。

安中の市街地は、現在もかつての空間の匂いを色濃く残している。安中城の本丸は安中小学校の東の辺りだそうで、
その手前の通りは「大名小路」と呼ばれている。ここには旧安中藩郡奉行役宅や武家長屋が復元されているが、
さりげなく武家屋敷の雰囲気を保っている住宅もある。ここから河岸段丘を下って碓氷川に近づいていくと、
さっきの有田屋があった街道に出るというわけ。こっちは町人地らしく商店(と仕舞屋)が並んでいる。
高い台地の上は寺と武家地、川沿いの低い場所は町人地。これがそのまま近代を経て現代になったのがわかる。

  
L: 旧安中藩郡奉行役宅。  C: 武家長屋。どちらも平成になって整備したもの。もう少し連続性がほしいかな。
R: 旧碓氷郡役所。1911(明治44)年の築で、大々的な竣工セレモニーが開催されたとのこと。現存郡役所は貴重だぞ。

一点、気になったことを書き留めておく。旧碓氷郡役所の西隣には国登録有形文化財の安中教会があるのだが、
中を見学することができなかった。いや、サイトによると3週間前までに電話で問い合わせて申し込むんだそうで、
まあはっきり言ってこれは見学させる気がないとしか思えない対応だ。ふらっと行って「いいなあ」と思っても、
冷たくあしらわれてしまうわけである。そんな教会は初めてだったので、かなりイヤな気分にさせられた。おめぇ何様よ?

  
L: 旧町人地と旧武家地の比較をしてみる。こちらは有田屋からまっすぐ東へ進んだ県道125号沿い。街道沿いの商店が残る。
C: やはり県道125号の交差点。碓氷川に近い低地は旧町人地。  R: 坂を上って旧武家地。垣根の存在で違いが一目瞭然。

つまらないと言えばつまらないのだが、安全策ということでバスと同じルートで安中駅まで戻る。
列車が来るまでの間、駅のホームから向かいの製錬所の様子を撮影して過ごす。山の斜面を施設が覆う姿は壮観で、
まるで要塞のようだ。製錬所ってのはどうしても山裾にできるんだなあ、と思う(→2013.8.182013.11.30)。

 これはホームから。駅舎越しに遠景で眺めるのもまた一興でしたぞ。

高崎に戻るとだるま弁当を購入。高崎駅ではコンコースでいつも全国各地の駅弁を売っているのがいい。
やはりどうしてもだるま弁当や峠の釜めしに偏ってしまうのだが、この光景を見るたびに日本の豊かさを感じる。
さて、上信電鉄に乗り換えて目指すは上野国一宮・一之宮貫前神社である。御守を頂戴するのが主な目的だが、
重要文化財の社殿をあらためて撮影し直すこともぜひやっておきたい。というのも前回は年末の訪問で、
冬は日差しの角度がきついために「下り宮」をきれいに撮ることができなかった(→2010.12.26)。
それがずっと引っかかっていたのである。ま、いいリヴェンジの機会がやってきたというわけだ。

一之宮貫前神社の最寄駅は上州一ノ宮。上信電鉄は切符の値段が高いので、片道900円である。イヤんなるぜ。
世界遺産に登録されてしまった富岡製糸場(→2012.8.4)目当ての乗客がお得なチケット片手に乗り込む中、
ひとりむくれるのであった。上信電鉄は一宮参拝についてももうちょっと配慮をしてくれませんかね、マジで。
そんなこんなで揺られること40分ちょい、ようやく上州一ノ宮駅に到着。けっこう遠いのである。
ちなみに単純な位置関係で言えば、上州一ノ宮駅は信越本線・磯部駅(安中駅の次の駅)の真南にあたる。
なので、わざわざ高崎に戻る金と時間が惜しくてたまらない。車だったらこんなの一発で解決できるんだけどねえ。

貫前神社への道は前回訪問時からまったく変わった様子がない。これはきわめて個人的な印象なのだが、
群馬県の西部は「山に沿ってカーヴする坂道の街道」がやたらと多い気がする。どこに行ってもこれがある。
で、程なくして一之宮貫前神社に到着。参道の坂を上っていく途中、右手に謎のモダン建築があるのだが、
なんだか小ぎれいになっている。4年前には調べてもよくわからなかったが、2年前に国登録有形文化財になり、
それで富岡市のサイトで詳しい紹介がなされるようになった。その正体は1928年築の旧一ノ宮町役場庁舎。
ほらみろやっぱり「タダモノではない」と見抜いたオレの目は正しかった。現在は富岡市シルバー人材センター。

  
L: 一之宮貫前神社の入口。まずはこの坂道を上っていく。そしたら途中にあるモダン建築がきれいになっていて驚いた。
C: 旧一ノ宮町役場庁舎。富岡市一ノ宮出張所、群馬県立博物館、群馬県立自然科学資料館を経て今はシルバー人材センター。
R: 坂道を上りきると駐車場。ここからさらにこの石段を上るのだ。このわざわざ上るひと手間が大変なのね。

石段を上りきると、カーヴの先にようやく総門が現れる。ここから境内だぜ、とくぐると今度は急な下り石段。
わかっちゃいるけどやっぱり強烈である。帰りに杖をついているおばあちゃんとすれちがったけど大丈夫なのか。
下りきったところには見事な朱塗りの楼門がそびえている。谷になっているので敷地に余裕がなく、撮りづらい。

  
L: 大鳥居から右へカーヴする参道を行くと、やっと総門。  C: くぐるとこんな感じで強烈な下りの石段。
R: 今回は石段を下りきって授与所の前から楼門を眺めてみた。敷地に余裕がないのでどうしても窮屈な構図になる。

参拝は楼門のところでするのが少し独特だ。脇から拝殿の前に出られるので、じっくりとその威容を味わう。
豪華絢爛な極彩色がいかにも徳川家光だなあと思ったら、実はこれは綱吉が修理した際のものらしい。
試行錯誤しながら撮影してみたが、やっぱり撮りづらいもんは撮りづらかった。でも少しはマシになったかな。
今回はきちんと本殿の方もクローズアップしたよ。っていうか前回は修理中だったのかな(→2010.12.26)。
その点について4年前の自分はぜんぜん言及していない。われながらテキトーにも程があると思う。

  
L: 拝殿と本殿。  C: 楼門に寄りかかるようにして、拝殿を正面より眺める。極彩色の紋様がすごいことになっている。
R: 玉垣越しの本殿を眺める。やはり紋様が圧倒的。経津主神を祀るが、これは香取神宮(→2014.8.30)と同じなのね。

一之宮貫前神社の御守はビニールに包まれており、それはそれで汚れなくて持ち歩くにはいいのだろうが、
個人的にはやはり錦の守袋でないとがっくりなのだ(実はそれで昨年、若狭彦神社の御守を頂戴しなかったのだ)。
でもまあそれもまた分析するポイントであると思うようになってきたので、素直にいただく。ありがたや。

 拝殿・本殿から少し離れて神楽殿。千社札がやたらと貼ってある。

これで所期の目的をきっちりと果たすことができた。満足して貫前神社を後にすると、上州一ノ宮駅まで戻る。
ホームでのんびりとだるま弁当をいただくと、やってきた列車に乗り込んで高崎へ戻る。が、車内で完全に熟睡してしまい、
どなたかが膝を軽く叩いてくれたおかげで目が覚めた。すでに列車は終点の高崎駅に着いており、客は下りはじめている。
まあそんな具合にドジを踏んだせいで高崎駅でのJRへの乗り換えに失敗、30分以上の足止めを食らうことになった。
しょうがないので本日の晩メシに峠の釜めしを購入。これで心を落ち着けようというわけなのだ。単純な人間である。

そんなわけで当初の予定より遅れて熊谷入りしたので、少し急いで熊谷市役所を目指すことに。
Jリーグ観戦を兼ねて熊谷の街歩きをする計画は何年も前から練っていたのだが、なかなかうまくいかなかった。
というのも、「やっぱ熊谷に行くんなら、クソ暑い真夏に行かなくちゃな!」という意識があったからである。
しかしそんなクソ暑い真夏には、気がつけば山陰だの山陽だの五能線だのにグランツーリスモをかましているわけで、
東京に近い分だけどうしても後回しになってしまうのである。で、ギリギリ妥協できるラインがこの9月の3連休だった。
でも今年の9月は天候不順で残暑がそれほどひどくなく、なんとも中途半端なタイミングで熊谷に来てしまった。とほほ。

  
L: 熊谷駅。一度だけ乗り換えで来ただけで(→2012.12.8)、本格的に訪れたのはこれが初めてなのだ。
C: 駅前から延びる通り。都会というには苦しいが、都市の要素はしっかりある。まさに大宮と高崎の中間だ。
R: 市街地には堂々と水路(星川)が走る。どうでもいいが、なんで熊谷の中心部は「筑波」って地名なの?

熊谷の市街地は大きな道路がしっかり走っている反面、細かい路地も多く残っていて、歩くと意外とややこしい。
熊谷は1945年、日付が8月15日に変わった深夜に空襲があり(太平洋戦争最後の空襲)、市街地の74%を焼失。
そのわりには駅周辺に細かい建物が密集して残っている感じである。復興のドサクサな街割りがそのまま残ったのか。
国道17号を越えて北西へと進んでいくと、熊谷市役所に到着する。市役所の南にはまっすぐ並木道がつくられており、
市役所がそれなりに重要なランドマークとして扱われていることを感じる。個人的にはそれを当然の姿勢と思っているが。

  
L: 正面より眺める熊谷市役所。見事な箱型である。  C: 西側にある議会棟。1階手前は車の通れる通路となっている。
R: 隣にある中央公園から東側側面を眺めたところ。側面も正面とほとんど変わらない。なかなか徹底している建物である。

熊谷市役所は1973年の竣工である。残念ながらざっと調べた限りでは設計者はわからなかったが、
ここまでどの面から見ても同じ箱型を徹底しているデザインは珍しい。なかなか面白い建物である。

  
L: 背面。正面とほとんど変わらない。  C: 西側側面。横から見たら議会棟が意外と長いのであった。
R: 土曜日だが中に入ることができたので、エントランスから左手を覗き込んでみた。各種窓口はこちら。

議会棟の南西には熊谷市立商工会館がある。この建物、ある意味では市役所よりも市役所っぽいデザインをしている。
調べてみたら1961年の竣工で、見るからに1960年代庁舎建築の特徴そのまんま。市役所との絡みはよくわからないが、
ホールがあるなどどうも公民館的な利用ができるようで、当時の熊谷市の考え方がどうだったのかけっこう興味深い。

  
L: 熊谷市役所・議会棟のすぐ手前にある商工会館。商工会議所が入っているだけでなく、ホールや会議室を持つ。
C: 市役所側から眺めたところ。うーん、役所っぽい。  R: 市役所西側の駐車場より北側を眺める。面白い建物だ。

というわけで、熊谷市役所じたいも真四角で特徴的な建物だが、すぐ近くの商工会館もまた特徴的で面白い。
時間に余裕があれば市報でも漁って調べてみたいところだが、今日はそれよりサッカー観戦を優先させるのだ。
駅前まで戻るとバスで揺られて熊谷スポーツ文化公園へ。キックオフまで2時間以上あるのに乗客はしっかり多い。

熊谷スポーツ文化公園はもともと、1988年に開催されたさいたま博覧会の会場だった。それが公園になったのだが、
それってこないだの岐阜と見事に同じパターンである(→2014.8.10)。これが1980年代の価値観ってことなのだ。
で、熊谷はなんといってもラグビーどころで(駅前にはラグビーボールの像があった)、熊谷ラグビー場が有名だ。
しかし本日、大宮×鹿島の試合が行われるのはそっちではなく、陸上競技場である。2003年オープンと、かなり新しい。
バスを降りるとすぐ目の前に陸上競技場があるのだが、すでに開場を待つサポーターたちでいっぱい。家族連れが多い。
陸上競技場は非常にきれいにつくられているコンクリートのスタジアムだが、ふつうすぎてこれといった特徴がない。
むしろ奥の方にある「彩の国くまがやドーム」の方が目立っている。ドームの天井がまるで破れたようなデザインで、
これはものすごく斬新だなあと大いに驚いたのだが、実は今年2月の豪雪で破れたままになっている、というのが真相。
半年以上経っても復旧できないって、どれだけひどい事態だ。それって本来必要ない施設だったってことじゃ……ゴホゴホ。

  
L: くまがやドーム。陸上競技場と同じく2003年にオープン。「彩の国」ってのは土屋県政時代の定番フレーズなんだよな。
C: 破れたような斬新なデザインだと思ったら、実際に破れて利用休止になっていたのであった。ニンともカンとも。
R: ステージではなんとジョイマンがネタを披露していた。生きていたのか。ちなみにネタ自体はきちんと面白かったよ。

初訪問のスタジアムはきちんと一周するという毎回恒例の儀式を終えると、開場時刻になったので中へと入る。
この日はどうやら吉本興業とのコラボ企画があったようで、外のステージではジョイマンが漫才をやっていた。
ジョイマンといえばかつて一世を風靡した一発ギャグはまったく面白くなくて、当時は聞くたびにイライラしたものだ。
でもこの日ジョイマンが披露していたネタ自体は、テンポがよくて面白かった。これなら復活もあるかも、と思った。

  
L: 熊谷スポーツ文化公園陸上競技場。オープンからわずか10年ちょっとなのできれいだが、やや無個性である。
C: こちらはバックスタンド側の外観。  R: フィールドはこんな感じ。やっぱり陸上競技場はピッチが遠いなあ……。

練習前にはアルディ&ミーヤとともにレギュラーとジョイマンが登場、レギュラーはアルディとPK対決を繰り広げた。
レギュラーも久しくテレビで見ないが、ジョイマン同様に地道に営業をやっていることがこれでわかった。
PK対決ではサッカー経験者のレギュラー松本がパンツをさらし、レギュラー西川はボールをキャッチする直前で気絶し、
勝利したアルディはミーヤとイチャつくという、三者三様に持ち味を存分に発揮する結果となった。様式美でございました。
(ミーヤのお約束「ビッチ芸」は、もはやマスコットとしては完全に独自の領域に入ってしまっている。よくやるなあ。)

 
L: サッカー経験者と煽っておいて結果はコレ。お笑い芸人としての本領を発揮していただきました。
R: こちらも定番のギャグを披露。スタジアムだとわかりづらいのがもったいない。律儀にコケるジョイマン。

試合前の余興はこんな具合にだいぶほのぼのテイストだったのだが、ホームの大宮は毎年恒例の降格危機にあり、
絶対に落とせない一戦である。特に今年の危機は例年以上に本格的で、監督を交代したばかりという状況なのだ。
対する鹿島は調子を上げており、現在3位につけている(先月の名古屋戦 →2014.8.9)。非常に難しい相手である。
試合が始まると案の定、鹿島がガンガン攻めてくる。鹿島はなんといっても柴崎や土居といった若手の台頭が著しく、
小笠原やダヴィといった実績十分な選手との融合がうまくできている。いつでも点が取れそうで、攻撃に余裕があるのだ。

  
L: 試合が始まるとさっそく鹿島が大宮を脅かす。この位置でダヴィがボールを持つとか怖すぎるんですけど。
C: GKが前に出てボールが転がっている! 大ピンチだったがどうにか切り抜けた。  R: これもヒヤヒヤだったなあ。

圧倒的に攻める鹿島に対し、大宮は防戦一方。言っては悪いが正直なところ、予想どおりの展開である。
それは降格圏にいる大宮が弱いという意味ではなく、鹿島の攻撃が冴えているというつもりである。いちおう。
先月の名古屋戦でも鹿島の前線は自在に動いてチャンスをつくっていた。それがきちんと継続できていた。

ひとつ大宮で気になったのは、ネガティヴなサポーターの存在である。とにかく味方選手への罵声がひどい。
この日右SBに入った今井が高い位置をとると罵声。選手のポジションはまず近くにいる監督が修正するだろうから、
それを勝手にあれこれ言うこと自体レヴェルが低いが、聞くに堪えない罵声まで出ていたのは残念だった。
大宮サポは天皇杯の八戸戦では自軍の選手にミスが多いことを怒っていたが(→2014.7.12)、根は同じだと感じる。
選手に対して罵声を浴びせるようでは「サポーター」を名乗る資格はないだろう。大宮が毎年降格危機に陥るのは、
確かにフロントや選手に問題があるのかもしれない。でも平然と罵声を浴びせるサポーターの責任も大きいはずだ。
結局のところ、クラブの抱える問題は多かれ少なかれ観客自身の抱える問題なのである。そのことを再認識した。

攻め立てる鹿島の攻撃をやり過ごした前半34分、左サイドを泉澤が駆け上がり、ペナルティエリアに入ってシュート。
これを弾いたところにムルジャが詰めて大宮が先制。見事に一発のカウンターが入ってしまった。実にサッカーである。
しかし後半も鹿島ペースで試合が進み、大宮はよりいっそう押し込まれる中でのカウンター狙いがはっきりしだす。
68分、相手陣内の深い位置でムルジャが倒れる。審判はノーファウルの判定でそのまま試合は進んでいくが、
ムルジャは倒れたまま。僕の感触では引っかかってファウルだったと思うが、主審がとらないんならしょうがない。
しかしプレーを切らない鹿島に対して、大宮サポーターは猛烈な怒号をあげてスタジアムが異様な雰囲気に包まれる。
その気持ちもわからないではない。なんせ大宮は降格圏の17位。1試合も落とせないのだ。だからノーファウルの判定、
鹿島の倒れた選手を無視する対応、それに怒りをぶつける気持ちは確かにわかる。でもプレーに集中しないといけない。
結局、そのままCKに入り最後は昌子がシュートを蹴り込み鹿島が同点に追いついた。残酷だがこれが勝負というものだ。
本当に痛かったのかもしれないが、背の高いムルジャがCKでの守備よりも倒れていることを選択した結果がこれなのだ。
悪いのは、続いているプレーに集中していなかった人間なのだ。そこも含めてサッカーなんだからしょうがない。

このまま終わったら暴れるやつもいるんじゃないかと思っていたら、なんと5分後に大宮が勝ち越しゴールを決めた。
大宮のFKからこぼれたボールを高橋が蹴ったら鹿島の選手に当たり、GK曽ヶ端の取れないところにボールが飛んだのだ。
これもまた、「そこも含めてサッカーなんだからしょうがない」展開である。点を取りきったチームが偉いのだ。

  
L: 左端オレンジ色のムルジャが鮮やかな左足ボレーで大宮が先制。  C: CKからのこぼれ球を昌子が蹴り込み鹿島が追いつく。
R: 曽ヶ端がとれなかったシーン。押し込まれる時間の長かった大宮だったが、きっちり2点をもぎ取って勝利した。金星である。

最後は鹿島の猛攻。アディショナルタイムも「審判それは厳しすぎるだろう」と僕でも言いたくなる5分だったが、
粘る大宮がしのぎきってみせた。大宮のリーグ戦での勝利は4ヶ月ぶりとのこと。周りの皆さんは喜びを爆発させていた。
17位の大宮が圧倒的に攻められながらも3位の鹿島を倒す。そこも含めてサッカーだ、今日はそれが満載のゲームだった。

 さあ、大宮は今年もその残留力を見せつけるのか?

熊谷でのシャトルバス整理はだいぶ慣れているようで、3つの列に分けられるとしばらく待った後にあっさり乗車。
しかし帰りの道が異様な混み合い方で、熊谷駅に到着するまで結局30分ぐらいかかったんでやんの。これにはまいった。
疲れたけどまあとりあえず、最低限のリフレッシュはできたかなと。しかしスタジアムで食う峠の釜めしは格別だな。

あ、そうそう。「熊谷は暑い」という先入観があったけど、ナイトゲームは9月半ばにしてかなり寒うございました。
放射冷却なのか、熱がどんどん逃げていく感じ。おまけに風もうっすら吹いていて、半袖だとけっこうつらかった。
なんだよ、熊谷のくせにぜんぜん暑くないどころか寒いじゃねえか!と半分キレ気味で観戦したとさ。


2014.9.12 (Fri.)

『攻殻機動隊ARISE border:4 Ghost Stands Alone』。ARISEはつまらないんだけど、見ると決めちゃったので。
クルツがロリ美少女を暴れさせて素子ピンチだけどうまいことやって大団円、になるといいなあと淡い期待を抱きつつ見る。
(border:1のレヴュー →2013.7.2、border:2のレヴュー →2013.12.12、border:3のレヴュー →2014.7.8

結論。呆然としてしまうほどにつまらなかった。いや、本当につまらなかった。どうしてこんなにつまんなくできるの?
「攻殻機動隊」という確立された魅力の塊がありながら、何ひとつそれを生かせていない。サッカーなら降格モノだ。
クルツ配下だと思ったロリ美少女(エマ)は大して関係がなかったし、話の展開はいつにもましてわかりづらいし。
今回も相変わらずキナ臭い力関係がややこしく設定されているけど、もうそれを理解する気がまったく起きないのね。
理解しようと努力するだけの価値をもはや見出せない。今回は特に、すべてが雑につくられていたように思う。
「ゴーストがささやく」とか、飛び降りる素子とか、オマージュというより今作の正統性を主張する言い訳にしか見えない。
そんなところで客の機嫌をとらないといけないなんて、かえって『攻殻機動隊』の面汚しでしかないと思うんですが。

border:4では、エマが絡んだ「疑似記憶」が焦点となる。疑似記憶により各個人を規定する要素がいよいよ曖昧になる、
その点がテーマだったわけだが、結果は「個人(登場キャラクター)の扱いが雑になる」という非常に悲しいものだった。
原点の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』では、偽物の記憶を噛まされた者への同情があった(→2005.8.19)。
オレはちゃんと9年前に書いたけど、人間性と記憶の関連は『攻殻機動隊』の世界観にとってはきわめて重要なもので、
記憶というものは人間性の最後の砦となりうるほどのものだったはずなのだ。でもARISEではそこをきちんと考えないまま、
表面的なレヴェルで記憶というものを単なる犯罪の対象としてしまった。つまり、作り手は記憶の価値を軽んじたわけだ。
そうして記憶を軽々しく扱った結果、人間性までも軽々しいものとなり、個人(キャラ)がそのまま軽んじられてしまった。
border:4に登場する生命は、シリーズ4作の中で最も軽く扱われているし、実際、厚みが感じられない。ただの人形だ。
冒頭のデモに対する虐殺シーンや、驚くほどあっけないサイードの末路などは、そういう作り手の姿勢を反映している。
作り手にとって都合のいい人形が動くだけのドラマなんかに魅力はないし、本質もない(→2005.8.182006.3.22)。

すべてがヘタクソなんだけど、『オズの魔法使い』を引用したその空振りっぷりも凄まじい。本当にヘタクソだったね。
エマをブリキ人形、ブリンダをカカシとしているのだが、無理やりライオンを出して帳尻を合わせたつもりかもしれない。
でもデザイン的にエマはどう考えてもドロシーで、これは設定段階で何かしらの大幅な変更がねじ込まれたとしか思えない。
(ホントはエマがドロシー、ホズミがブリキ、ライゾーがライオン、イバチがカカシだったんじゃないの? で、オズはクルツ。)
ドロシー不在でブリキとカカシだけが逃走を図るって、これじゃあぜんぜん『オズ』へのオマージュが成立しないだろ。
オレならエマとブリンダをボニー&クライド(→2012.11.12)に重ねる。これが完璧な解答だ。バカには思いつかんだろうが。

エンドロールが終わった後で、「攻殻機動隊 新劇場版 2015」の文字が。ああなるほど、クルツ温存はこのためね。
はいはいラスボスクルツクルツ。これでクルツとの対決じゃなかったら笑うけど。まあ、駄作になることだけは確かだな。


2014.9.11 (Thu.)

研究授業の下準備に追われるのであった。なんだかよくわからねえ昔に決められた持ち回りのルールのせいで、
そして職員室内における交渉が不調に終わったせいで、今年度は僕が区の代表として研究授業をやるのである。
しかしそんなことに労力を割くほど私はバカではない。「一日我慢して怒られればいいだけだ」と割り切っている。
研究したいことなんて何もないもんね。いや、ないことはないけど、研究授業で研究したい人の価値観は、
僕の研究したいことではない。本当に研究すべきは、いま受け持っている生徒の知識欲を掻き立てることだけだからね。
そんな具合に成功させるつもりなんてさらさらないので、最低限の準備のラインを考える。やる気なんてねーよ。皆無だよ。


2014.9.10 (Wed.)

iPod classicがアップルのラインナップから消えたなんてウソだろ……。もう新品を買うことはできないのか……。
いま僕が使っているやつは、もういつ調子が悪くなっておかしくないのだ。いや、これは非常にマズいことになった。

世間はクラウド全盛ということで、大容量でHDを持ち歩いて音楽を聴く時代ではないということか。
でもクラウドの利用料で継続的に金を取られるのは非常に腹立たしい。イヤな時代になったもんだなあと心底思う。
そういえばPhotoshopもDreamweaverもIllustratorも、もうDVD-ROMみたいな物理的なメディアでは売っていなくて、
継続的に金を払ってサーヴィスを更新する仕組みに変わってしまっている。なるほど企業の存続という点から考えれば、
この商法の方が確実に利益を上げられる。でもユーザーとしては大打撃だ。世の中、どんどんケチくさくなっている。

クイックホイールを搭載したiPodが爆発的に普及したのは、本当に大きな衝撃だった。まさに事件だった。
(関連ログはこの辺である →2005.1.222005.4.292006.2.12006.2.82009.12.21
しかしそれから10年経って、音楽はさらに物理的な実体から離れようとしている(→2004.9.1)。
その分だけ便利さは確実に増すのだろうが、触れることのできる愛着が遠くなっていくように思えてならないのだ。
情報がどんどん身体性から乖離していったとき、残されるものはいったい何なんだろう。非常に不快である。


2014.9.9 (Tue.)

サッカー日本代表のベネズエラ戦。やっぱりW杯のログでがんばりすぎたので、けっこうなバーンアウト状態である。
そういうわけで、この試合についてもざっと見ただけ。もうね、丁寧に追いかけるとキリがなくなっちゃうのよ。

こないだのウルグアイ戦よりは積極的だが、ボールを受けてから蹴るまでが遅いので決定的なチャンスをつくれない。
しかし後半に入っていきなり武藤がファインゴール。スタジアムで実際に活躍を見た選手が決めて(→2014.4.19)、
これはちょっとうれしい。武藤はウルグアイ戦でも良かったし、なかなかいいシンデレラボーイぶりである。
ドリブルから一気に決めちゃうところがまたいいね。PKで失点した後も、今度は柴崎がボレーで得点。
若い選手が躍動するのはいいもんだ。Jリーグ勢が活躍するのが日本サッカー強化のいちばんの近道だもんな。

しかし相手のミドルを防ぎきれずにまた失点して結局ドロー。勝ちきれなかったのはマズいよなあ。もったいない。


2014.9.8 (Mon.)

夏休みが明けて1週間、いきなり疲れておりますが。やっぱり休み明けにいきなりフルスロットルで授業があって、
そのうえ週末が授業と部活で平日と同じような感触となると、もうどうしょうもないのである。本当に休む暇がない。
今月はちょいとした地獄だと前々からわかってはいたが、いざ突入してみると想像を超える地獄っぷりである。
どうにかだましだましやっていくしかないんだけどねえ。誰からも助けてもらいようがないのがまたつらいの。


2014.9.7 (Sun.)

区の中学生サッカー大会、今週は雨の中での試合となった。2試合あって、最初が0-2、その次が1-1。
終了間際にCKから3年生のヘッドでどうにか同点に追いついたという、なかなか劇的な内容なのであった。
まあこの試合ではラテン系のノリがあふれる別の3年生がルチャリブレ的なファウルをかますなど、
いろんな意味での劇的さがあったりもしたのだが。もちろん満足はできないが、持ち味は出た試合だったかな。


2014.9.6 (Sat.)

仕事に部活に湿度が高くてKO寸前。これだけ湿っぽいってのはおかしいだろ!と言いたくなる。体が動かん。
僕はテキトーに生きてきた人間なので、気候についてあれこれ考えたことなんて今まで滅多になかったのだが、
サッカー部の顧問になって中学生に混じるようになって初めて、湿度というものの恐ろしさを実感することになった。
自分が繊細になったのか、単純に衰えたのか。それにしてもいや本当に、今日の湿っぽさはキツかった。


2014.9.5 (Fri.)

サッカー日本代表・アギーレ監督の初陣となるウルグアイ戦なのであった。すいません、ちゃんと見てません。
ざっと見た限りでは、まるっきり面白みのない内容だったと思う。ミスから失点するし、シュートは撃てないし。
本田のFKも壁にぶつかってばかりだし。苦し紛れのパスを撥ね返されまくっていただけのような気がする。
別にアギーレが嫌いというわけではないのだが、就任についてのモヤモヤをとても払拭できるゲームではなかったな。
八重樫ぐらい打ち合ってくれや、という感じ。ローマン=ゴンサレスに真正面からぶつかった八重樫、かっこよすぎ。
僕はボクシングにそこまで思い入れはないのだが、この八重樫東の試合についてはただただ見入ったね。すごかったよ!


2014.9.4 (Thu.)

そういえばわりとあちこちで「アギーレ監督ってどうなのよ」と訊かれる。主にサッカーに詳しくない人から、
多少は詳しい人だと思われて訊かれる、というパターンである。僕だって実際のところはそんなに詳しいわけではないので、
きっちりと明快に答えることはできないのが正直なところだ。でもいちおう、ここらで僕の見解をまとめておくことにする。

前任のザッケローニについては過去ログで書いたとおり(→2010.8.30)。本気の交渉の末に決まったのが良かった。
それをふまえると、このアギーレ就任劇は非常に不可解。日本にとってメキシコのサッカーがある程度理想なのはわかるが、
だからってメキシコ代表監督経験のあるメキシコ人を招聘すればメキシコのようにGLを突破できると考えるのは早計だろう。
さらに、メキシコ関係者の中からアギーレを選んだ理屈もよくわからない。リーガ・エスパニョーラの監督経験は魅力だが。

結論としては、選んじゃったからにはしょうがないから、しばらく様子を見ましょうか、としか言いようがない。
ただ、前任のザッケローニがいい人すぎて冷徹になれなかったことを考えると、明らかにアギーレは悪人側の面構えで、
まあそういうふてぶてしさが今の日本代表に加味されるのは、それはそれで悪いことではないように思うのである。
結局「顔」という、いい加減かつ無責任な回答で申し訳ないのだが、ホントにそれが僕の本音なのでしょうがないのだ。

監督選考の基準と経緯はもっときちんと説明されないといけない、これは絶対だ。ここが不透明なのは納得できない。
でも手腕に関してはこれからなので、そこはまだ始まってもいないのにあれこれ文句をつけるのはおかしいとも思う。
とりあえずはお手並み拝見。就任の経緯への批判を撥ね除けられるほどの力量をはっきり見せつけてくれるのであれば、
日本サッカー協会の勝ちってことにしておいていいんじゃないか。しかし協会もなかなかリスキーな賭けをするもんだな。


2014.9.3 (Wed.)

スカパラの『SKA ME FOREVER』を聴いてみたのだが、意外と面白かった。それが素直な感想。
明らかに、今までとは毛色が変わった気がする。全体的にリズムがタイトというか、まあ現代的な印象。
一曲一曲しっかりというよりは、雰囲気を統一して軽く流していく感じ。そう、非常に軽いのである。

アルバムとしての統一感はとても強くて面白いのだが、軽い分だけキラーチューンはいよいよなくなった。
まさにBGMという感じの仕上がりとなっている。悪く言うと、使い捨て感が強い。面白いんだけどね。
なんかこう、「面白い」以上のものはないかなあと。どの曲も頭の中にまるで残らんなあと。
せっかくのカヴァー曲も雰囲気を統一していることが裏目に出ているように思う。ものすごくもったいない。

統一された演出が繰り広げられることから考えると、これはむしろライヴ盤と思った方がいいのかもしれない。
ダラダラとライヴ演奏を聴いている感触である。キラーチューンがないんだもん、しょうがない。


2014.9.2 (Tue.)

今日からレギュラー授業なのだが、相変わらずの忙しさだよ。休む暇どころか座る暇がぜんぜんない状態がずーっと続く。
時間稼ぎってわけじゃないけど生徒にテストをやらせたら、採点しなきゃいけなくってまた時間を取られる悪循環。
落ち着いてモノを考える時間が欲しい……って、夏休み中にはたっぷりあったはずなのだが、考える気になれなかったのね。
1学期のストレスを考えると、夏休みに現実逃避していたことを後悔する気なんてまるでないのだ。つらかったもん。
まあなんとか2学期ものらりくらりとやっていくしかないのだ。


2014.9.1 (Mon.)

ついに2学期が始まってしまったわけですが。単語テストのマルつけにノートチェックに研究授業の打ち合わせにと、
いきなり忙しすぎである。部活入れなくって正解だったわ。部活をやっていたら絶対にどうにかなっとったわ。
しかしまあ、覚悟をしていたとはいえ、いざ嵐の中に放り込まれるともうどうしょうもない。ただただもがくのみ。


diary 2014.8.

diary 2014

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