diary 2014.6.

diary 2014.7.


2014.6.30 (Mon.)

旅行のせいで、W杯のたまっている分がギャー!と絶叫したくなる状況である。というか、帰ってきて絶叫した。
もはやクソマジメにいちいち書いていく気もしないので、テキトーにポコポコと感想を書き付けていくのである。

アメリカ×ドイツ。ドイツはひとつひとつの技術が高くてしっかりとボールを持てる印象。コントロールが正確だ。
おかげでアメリカは受けにまわっている印象。アメリカの攻撃もがんばってはいるが、ドイツほどの怖さはない。
ドイツはボールが足に吸い付くというか、繊細にコントロールできている感じがやっぱりある。この差が大きいのだ。
アメリカはどうにもドイツの守備網を突破できない。これはドイツがよく守っているってことなんだろう。
表面上は拮抗しているがドイツに余裕を感じる。そして後半、ミュラーがCKからヘッドを弾いたところをスカッと決めた。

アメリカも一生懸命やっているんだけどドイツがいなす感じで、試合巧者とはこういうことかと思う。
アメリカをもってしてもドイツはどこか余裕を持って対応できてしまうという恐ろしさでいっぱいである。

ブラジル×チリ。あらためて見るとブラジルの個々の技術はとにかく高くて、ひとつひとつの攻撃がやたらと鋭い。
蹴ってるボールの軌道が明らかにおかしいんだもん。ドライヴをいちいちきっちりかけられるところが凄い。
いつでもどこからでも点が取れそうな匂いがプンプン漂う。対するチリは、ひとつひとつ丁寧に守る感じである。
ブラジルに対して臆することなく対応できている点は、日本にとってもすごく参考になるのではないかと思う。
そう考えると次の日本代表監督はビエルサがいいよなあ。ビエルサ来ねえかなあビエルサ。オレってそればっかりだ。

ブラジルがCKから先制するが、チリもサンチェスがゴール。しっかりと好ゲームである。
とはいえブラジルの強さってのは見るからにとんでもねない。チリもよく戦っているけど、もうレヴェルが明らかに違う。
このホームのブラジルを相手にふつうに戦っているってことからして、チリは地力のあるチームなんだなあと思う。
基本的に独りでやりきっちゃおうとするブラジルと、攻撃になると組織でパスコースをつくるチリは、本当に好対照だ。

後半もどっちも持ち味を発揮して見応え十分。ひとつひとつのプレーに殺気が感じられるのが日本との大きな違いだ。
がっぷり四つの試合は延長に入っても続く。こういう試合なら負けても誇らしいよなあと思う。いや、悔しいだろうけど。
そしてPK戦にまでもつれ込んで、ジュリオセザール祭り。延長戦のときからファインセーヴ連発だったが……。すげえ。

コロンビア×ウルグアイ。噛み付きスアレスがいない分だけ、やっぱりウルグアイは消極的になってしまっている印象。
対するコロンビアはハメスの存在もあって勢いに乗っているのがよくわかる。しかしコロンビアが攻めてはいるのだが、
ウルグアイがしっかり守備からカウンターを狙う展開に。うーん、南米らしい。それにしてもスアレス不在が痛い。

28分にコロンビアが先制。胸トラップでボレーとは、ハメス=ロドリゲスのスター性をあらためて実感させられた。
ドログバに続いてそりゃ日本はやられるわ、特別なプレーヤーだなあと思う。この部分の差が大きいんだよなあ。
後半、またもハメスがゴール。その前のワイドに振る展開もいいが、最後きっちり決めるのはやはりスターだからか。
ネイマールやメッシにばかり注目が集まっているが、また別のスターが誕生で、これは面白いことになってきた。

ウルグアイも似た感じで守って攻めてしているけど、ハメスがいるのとスアレスいないのとで差がはっきり出ている。
2点取ったらコロンビアは余裕で守るわな、と思っていたが、さすがにウルグアイもチャンスを何度かつくってみせる。
そんな感じで試合全体を通して南米の凄み、そして今大会におけるコロンビアの本物の強さを見せつけられたのであった。

オランダ×メキシコ。いつもどおりのメキシコ対いつもとちがうオランダ。今大会のオランダはいやに現実的だ。
しかし試合開始早々にデ=ヨングがギヴアップしてしまうというのは、オランダにはつらい展開である。
そんなわけでメキシコがいい感じでゴールを脅かす。積極的な攻撃がいいけど、点を取れないままでいると、
狡猾なオランダのペースになっていくぞ……と思いながら見る。シュートまでもっていけるメキシコと、
シュートまでいけないオランダという気はするが、このまま終わるはずがない。オランダがなんとも不気味である。

後半に入ってドス=サントスが強引にシュートを撃って先制点を決める。これは面白い展開になってきたぞ、と思う。
ここからオランダの猛攻と耐えるメキシコという構図に変化するが、オチョアが好セーヴ。今大会は面白いGKが目立つ。
しかしオランダはCKからヘッドで返して、スナイデル叩き込んで同点に追いつく。これはいかにもスナイデルのゴール。
オチョアが一歩も動けないのは無理はないと思う。メキシコ的にはここで追いつかれるとつらい展開だ。
しかしつまり、ファインゴールでないとこじ開けられないレヴェルってことなのだ。ラッキーパンチなんてありえない。

これでオランダは勢いに乗ってくるか、と思ったらロッベンがPK獲得。攻めたオランダの勢いにメキシコは呑まれた感じ。
やっぱりオランダはロッベンでもってるなあ……そしてリプレーを見てそのズルさに脱帽。これがトップレヴェルなのねと。
このPKをフンテラール決めてオランダが勝利。メキシコには勝ってベスト8の新しい構図を見せてほしかったんだけどなあ。

コスタリカ×ギリシャ。日本もいたグループCはまさかのギリシャ突破で、ベスト16の中では地味な組み合わせとなった。
しかしながら今大会のトレンドであるカウンターサッカーで勝ち上がったチーム同士の戦いという点では十分興味深い。

両軍ともに、「慣れている守備」と「あまり慣れない感じの攻め」という印象である。ある程度予想はしていたが、
なんだか淡白な展開だ。ほかの試合と比べちゃうとどうしても、もうちょっとアイデアが欲しいと思ってしまう。
ミスした方が負けというのは、隙のないJ1の試合に近い感触だ。もっともそれは、若干の退屈さということも意味する。
スピード感がすごくJリーグの試合っぽい。ここに日本と世界の差を逆説的に感じる。前半終了時のブーイングが切ない。

後半7分、いいところにシュートを転がしてコスタリカが先制。その後、カードが出て10人になったコスタリカに対し、
ギリシャが必死で攻める展開になるが、地味でも体を張った戦いぶりで得点を許さない。この緊迫感はさすがW杯の舞台。
しかし猛攻ギリシャはアディショナルタイムにGKが弾いたところを詰めて同点。なるほど16強にふさわしい粘りである。

延長戦は互いに攻め合い、バスケみたいな感じに。本来ハードワークするチーム同士でガンガンやり合う展開なので、
これは見応えがある。序盤の停滞感がウソのようだ。もしかしたら前半のうちはどっちも緊張していたのかもしれない。
そして結局、勝敗はPK戦までもつれ込んだ。コスタリカはPKをぜんぜんミスしない。そしてGKは最後をよく防いで勝利。
終わってみれば、十分すぎるほどにひりひりする好ゲームだった。やっぱり決勝トーナメントってレヴェルが高いわ。


2014.6.29 (Sun.)

大館市内で「これだ!」という観光名所は、調べてみたのだが……イマイチ、ないのである。
伊東豊雄設計の大館樹海ドームが気になるが、これが非常に面倒くさい位置にあって、行くとなると手間がかかる。
そもそも今日大いにお世話になる予定の花輪線があまりにも本数が少なくて、もう利便性もクソもないのである。
おまけに天気予報によれば、今日は確実に雨(まあここまで2日間天気がもってくれただけ幸い、と考えよう)。
以上のような各種条件によって決まった僕の行動は、「大館市街を最低限味わえるだけ味わう」というものだった。
消極的ではあるのだが、こりゃもうしょうがないのだ。そんなわけで、まずは大館市役所の撮影からスタートする。

  
L: 大館市役所の側面から撮影。もう一目瞭然で古い。調べてみたら、1954年竣工だった。よく使っているなあ。
C: この角度から眺めると実に昭和を感じる。さすがに建て替えの計画があるようだが、場所もまだ決まっていない。
R: 正面より眺めるとこんな感じ。向かって左が1954年竣工部分、右が1976年竣工の増築部分となる。

大館といえばなんといっても思い出すのは6年前、日曜日なのに電車内で黙々と勉強する高校生たちだ(→2008.9.14)。
いまだにそのインパクトが強い。市役所の建物が古いままなのも、教育に熱心だからなのかなあと思いつつ撮影する。

  
L: 角度を変えて大館市役所の昭和ピロティを眺める。ちなみにこの写真は昨日のうちに撮影しておいたものです。
C: エントランス部をクローズアップ。  R: 入口脇のポストに乗っていたのはやっぱり秋田犬なのであった。

今回、大館市役所は6月28日(昨日ね)の夜7時近くと6月29日の朝7時の2回にわたって撮影をしているのだが、
いざ撮ってみたらほとんど違いがないんでやんの。やはりそれだけ夏至というものは強烈なのだ。あらためて実感した。
もちろん緯度が高いことも関係しているのだろう。意外な形で土地の特性の違いを体感したのであった。面白いものだ。

  
L: 1976年竣工の増築部分を撮影してみた。  C: 裏側にまわり込もうとするとプレハブが。ああ、役所だなあ。
R: 大館市役所の背面はこのようになっている。いかにも昭和な役所の雰囲気で、個人的にはノスタルジーを感じる。

そのまま大館市役所の裏にある桂城公園(大館城址)にお邪魔する。大館城が築かれたのは戦国時代に入ってから。
もともと大館の地は蝦夷の影響下にあった。僕の想像だが、「大館」という名は蝦夷を押さえる拠点という意味に思える。
(「下館」という地名は、平将門討伐の拠点ということで生まれた。あれと同じ価値観によると思うのだ。→2011.1.10
蝦夷とアイヌの関係、さらにマタギとの関係は非常に複雑で一概にあれこれ言えない部分が多いとは思うのだが、
大館には今もしっかりと、かつて確かにいた狩猟民たちの生み出した独自の文化が息づいているのを感じるのだ。
秋田犬はマタギの狩猟犬を祖先に持つし(アイヌの狩猟犬である北海道犬も同じ系統と言えるようだ →2013.7.22)、
きりたんぽもマタギの料理が起源であるという説がある。そして比内地鶏の「比内」はかつて「火内」と表記され、
大和朝廷に従わない蝦夷たちの土地についた名前だった。大館名物には中央から離れた反骨の精神、それを感じる。

  
L: 大館城址、桂城公園の土塁。この外側には池となった堀が残っている。  C: 公園の中央部を眺めてみる。
R: 日本最大級というシロヤナギ。1902(明治35)年に大館高等小学校を建設した際、校長がこの地に移植したそうだ。

本来なら10時過ぎに訪れたい商店街だが、花輪線は8時38分発なのでどうしょうもないのだ。市役所から南西へ移動し、
大町周辺のアーケード商店街を歩いて街の様子をうかがう。道は広く、なかなか大胆な高低差があって興味深い。
全体的に老朽化が進んでいる印象だが、それはそれで昔ながらの商店街という雰囲気を残しており、どこか懐かしい。
安易に設備を更新していない感触がまた、僕にとっては反骨精神を感じさせるのである。大館はやはり独特な街だと思う。

  
L: 桂城公園からはるか住宅地越しに眺める大館樹海ドーム。機会があればぜひ訪れて、中を拝見したいものである。
C: 大館の商店街を行く。広い坂道で見通しがよく、とても堂々とした印象を与える。昼間はどんな感じなのかな。
R: 昨日に続いてハチ公発見。大館は本当にハチ公が好きだなあと呆れた。ハチ公ナショナリズムがえらいことになっとる。

商店街のアーケードを抜け、長木川へと下っていこうとしたところで雨が降り出した。むしろよくもったと思う。
写真を撮り終えたところで降り出すというのは運がいいのだ、そう思いながら大館駅へと歩いていくのであった。

大館駅に到着してしばらく余裕があったので、待合室でぼーっとテレビを見ながら今日の予定について考える。
外はすでにザンザン降りになっており、無数の雨粒によって景色が曇って見える。旅先でこの状況は切ないものだ。
さらに天気のせいか奥羽本線は特急が遅れているようで、大きな荷物を持った人たちが不安そうに過ごしている。
花輪線のこっちも他人ごとではないので、ヤキモキしながら列車についてのアナウンスを待つのであった。
しかし不幸中の幸いか、花輪線は遅れることなく予定時刻に発車。1時間弱揺られて鹿角花輪駅を目指す。

列車は大館の市街地を離れると、米代川に沿って東へと針路を変える。山に囲まれた中をくねくねと進んでいくが、
基本的に米代川沿いにはつねに田んぼがあるので景色はさほど変化しない。雨のせいもあって、なんとも眠い景色だ。
そうしているうちに十和田南駅に到着する。なんのことはない平地なのに、列車はここでスイッチバック。
これはかつて三戸への延伸計画があったからだそうだ(小坂製錬小坂線は大館駅接続だったので無関係である)。

そこから国道に沿って南下すること2駅で鹿角花輪駅に到着。傘をさして駅の向かいにあるバスターミナルへ。
バスの確認をすると、そこからちょっと先へ行ったところにあるAコープに入ってあれこれ品定めをしておく。
帰りにここでメシかおやつでも買い込んでおこうという魂胆である。栄養補給しないと旅行はできないからね。

そうしているうちに駅前にバスが到着する。意外なことに乗り込んだのは僕だけ。そんなもんなのか、と思う。
鹿角花輪駅からバスで向かうのは小坂町である。実はさっきの十和田南駅も通るのでそこから乗る方が安く済むが、
僕としては鹿角花輪駅周辺の雰囲気をつかみたかったので、わざわざ無駄足を踏んだというわけである。
鹿角花輪駅から小坂町までは50分ほどかかる。でもそれだけの手間をかけて訪れるだけの価値はある、そう判断した。
バスは国道282号をのんびりと北上していく。さっき花輪線で眺めたちょうど反対側を見ていく感じになる。
途中で鹿角市役所の脇を通過する。復路ではこの鹿角市役所前でバスを降りる予定である。リサーチばっちり。

まっすぐ一本道をひたすら北へと進んでいって、「五十刈」という交差点で右折する。「いそかり」と読むと思ったら、
「ごじゅうかり」だったので驚いた。そうしてバスは学校の脇を抜けて踏切を越え、川を渡り、左に曲がる。
すると「役場前」というバス停まで来たのでそこで降りる。最後まで乗客は僕ひとりだけなのであった。
さて小坂町役場だが、いつ建ったんだと呆れてしまうほどに古い。形が明らかに現代の庁舎建築とは異なっている。
調べてみたら1953年竣工のようだ。これはもう、かえって価値を持っちゃっているように思う。貴重な建築だ。
(※訪問した当時はこの建物が役場庁舎だったが、翌月に旧小坂中学校の校舎を役場の新庁舎として利用開始。)
そこから南に戻ると、屋根の形状が非常に大胆な建築が現れた。これもまた古くて面白い建築である。
パッと見た印象としては、雪深い田舎の体育館といったところである。長野県の北部にありそうな匂いがする。
そしたら「小坂町除雪センター」という文字が貼り付いていた。除雪センター! そんな施設は初めて見たわ。
これらの建物が建っている通りは、まさに雪国らしい雰囲気が漂っていた。その根拠はなんとも形容しがたいんだけど、
高原っぽい感じが長野県北部と共通していて、それが実にノスタルジックなのである。うーん、うまく言葉にできない。

 
L: 小坂町役場(現在は旧役場庁舎となっている模様)。1950年代の庁舎ってこんな感じだったんだなあ、という逸品。
R: (旧)役場から南へ行ったところにある除雪センター。これまた面白い建築である。昔の体育館建築はこんなだった。

いきなりの意外な先制パンチに思わずウハウハ。無名でもこんな面白い建築に出会えるとは、旅はやめられない。
高度経済成長前夜の匂いを残したなんでもない建築は、ものすごい勢いで減ってきているのが現状である。
建築学的というよりは社会学的な観点から、皆さんにはもうちょっと面白がる余裕を持っていただきたいものだ。

さてなぜこの小坂町をわざわざ訪れたのか。別に築60年の役場が見たかったからというわけではない。
かつて小坂町は鉱山の街として大いに栄えた。その往時の繁栄ぶりを示す施設がいくつかあって、それを見たかったのだ。
特に重要文化財コンビの小坂鉱山事務所と康楽館が有名だ。康楽館は自称・日本最古の現役芝居小屋である。
小坂川を渡って、廃止された小坂鉄道の線路跡に沿う明治百年通りを行く。無数のカラフルなのぼりが踊っており、
とても東北の一県の隅っこにある田舎町らしくない雰囲気となっている。これはまったく予想外だった。
そうしてしばらく歩くと右手に見事な擬洋風建築が現れる。今はまさに演劇を上演中で、まずは外観から見学。

  
L: 明治百年通りを行く。康楽館ののぼりが左右に並んで賑わいを演出。実際、観光客がけっこういて驚いた。
C: 康楽館。1910(明治43)年の竣工で、1970年に一度休止となるも、1986年から復活して現在に至る。
R: 側面はこんな感じでがっちり和風。正面だけ洋風の要素を混ぜているところに明治のリアリティがあるのだ。

康楽館のすごいところは移築も復元もなしで現役をやっている点である。常打ちの公演が行われているのもすごい。
駐車場にバスがあるところから察するに、康楽館の舞台公演を込みにしたツアーが定着しているようだ。
さらに、観光客には外国人の家族連れの姿も。わざわざ秋田県の端っこまで来るものなのかと呆れたが、
康楽館のメインジャンルである大衆演劇は、確かにジャパネスクな要素を持っているのだ。見たことないけどね。
そうこうしているうちに演劇が終わったようで、次の回までの間に内部を見学させてもらう。マンツーマンの解説だぜ。

  
L: まずは2階より眺めたところ。内子座(→2010.10.12)を思い出すが、あちらよりは簡素なつくりである。
C: 舞台と1階客席を眺める。花道のほか、売り子さんが移動するための板がT字に延びているのが面白い。
R: もう一丁、別の角度から。鉱山都市・小坂町ならではの水力発電のおかげで天井にライトがついているそうだ。

時間があればもちろん肝心の公演も見たかったのだが、当方、余裕のない旅をしておりますので。
特に花輪線は本数がないからね。とりあえず今回は建物の内部をじっくり見てまわって満足しておくのだ。

  
L: 2階、桟敷席。  C: 地下にある回り舞台の装置。4人で回すように設計してあるところを2人で回すとか。大変だ。
R: 大部屋の楽屋。大御所となった俳優たちの若き日の落書きもいろいろ。当たり前だが、現在は落書き禁止である。

続いては公園を挟んで康楽館の北側にある、小坂鉱山事務所にお邪魔してみる。これが実に威風堂々としており、
明治期の建物とは思えないほどに大きい。1960年代コンクリ町役場よりずっと大きい。1905(明治38)年の竣工だが、
1997年まで現役の事務所として使われていたという。2001年に現在地に移築復元されており、実に小ぎれいである。

  
L: 小坂鉱山事務所。高さが約16mと非常に大きい。  C: 建物の手前に置かれている、驚く夫婦の像。面白い工夫だね。
R: 正面部分をクローズアップ。康楽館と違ってきっちり洋風でまとめられている。当時の県庁舎にも引けを取らない威容だ。

ぐるっと一周してみるが、そのスケールの大きさに圧倒されるばかり。それだけ小坂鉱山は栄えていたということだ。
小坂鉱山は江戸時代に発見され、盛岡藩が経営。明治に入ると官営となり、その後に民間に払い下げられたことで、
今も残る建築群が示すような大胆な街づくりが行われた。かつて小坂町の人口は秋田市に次いで県内で2番目だった、
なんて話もあるそうだ。今では十和田湖南西という端っこの端っこにある静かな町だが、その歴史はとっても濃いのだ。

  
L: 門のところから眺めた小坂鉱山事務所。この場所はもともと病院だったそうだが、実にいい位置に移築したと思う。
C: 石垣を上って反対側の側面を眺める。  R: 裏側の駐車場から眺めたところ。これで正面への力の入れ方がわかる。

小坂鉱山事務所の中身は現在、正直言ってかなりまとまらない利用のされ方となっている。
小坂町の紹介や小坂鉱山の歴史コーナーなどは定番だが、なんせ建物じたいがデカいので埋まりきらない模様。
それで休憩スペースに人形の配置に絵画コーナーにレンタル衣装と、結果として非常に散漫な印象の施設である。
鉱山の歴史がどうにも中途半端に感じられたので、やるんならもっと徹底的に紹介してほしかったように思う。
むしろ現在の小坂を支えるレアメタル回収やリサイクル業などをじっくり説明くれた方がずっと魅力的なのだが。
「重要文化財の誇り高い建物」という先入観に縛られた結果、かえって有効活用ができていない点が残念だ。

  
L: 外観を眺め終わるといよいよ中に入ってみる。玄関から入るとすぐに螺旋階段という珍しい構成だった。
C: 中庭。バリアフリーということで設置されたエレベーターがなんとも大胆なことになっているのであった。
R: 所長室。建物のリニューアル度合いが非常に強いので、内部空間がそれほど歴史を感じさせないのも残念である。

明治百年通りのいちばん奥には「天使館」。なんじゃそりゃと思ったら、旧聖園(みその)マリア園という建物で、
カトリックの保育園だった。1932年竣工の国登録有形文化財である。多目的ホールとして利用されているとのこと。

  
L: 小坂鉱山事務所の敷地内にある旧小坂鉱山病院記念棟。1908(明治41)年築の病院だが、この遺構が残るのみ。
C: これも事務所敷地内の旧電錬場妻壁。現在はオブジェとなっているのね。  R: 天使館。裏にはちょっとした庭園もある。

さていいかげん腹が減ったので、さっき康楽館で解説のお兄さんに教えてもらった小坂町名物「かつらーめん」をいただく。
本当は元祖の店でいただきたかったのだが、日曜が休業日なのでアウト。それで中華料理の店にお邪魔してチャレンジ。
チャーシューがわりにカツということで、気軽にカツが食えるのはいいが、オリジナリティにやや欠けるかなと。旨かったけど。
最後に小坂鉄道レールパークを外から眺める。鉄っちゃんじゃないので中には入らなかった。独りでウハウハもありえんし。
旧小坂駅の駅舎には興味があったけどね。やっぱり鉄道それ自体よりも建物や街の方が僕には重要なのだ。

小坂町は予想以上に観光客が多く活気があった。特に康楽館が観光拠点としてしっかりと機能している点が印象的だ。
鉱山が閉山して以降、地盤沈下が止まらない街は全国あちこちにあるが、小坂町の見出した活路は実に興味深い。
まだまだいろいろできるんじゃないかというポテンシャルを感じさせる街だった。建築好きならぜひ訪れてみてください。

  
L: かつらーめんをいただく。おいしゅうございましたけど、インパクトというかオリジナリティというかはそれほどないかなあ。
C: 小坂鉄道レールパーク、入口は旧小坂駅舎。  R: 明治百年通りに沿って残る線路の跡。切ないですなあ。

それにしても、小坂町では雨が降らなくてよかった。大館駅では土砂降りで、鹿角花輪駅でも降っていた。
天気がよくないとその場所の正しい魅力を味わえないので不安だったのだが、バスを降りてからは順調だった。
そのうち日が差してきて、最後は南の空に青い部分まで出てきてくれた。日頃の行いがいいのだと思っておこう。

帰りもバスで揺られる。が、今度は途中にある市役所前のバス停で下車する。そう、鹿角市役所を撮影するのだ。
バス停の時刻表を確認したら、運がいいことに15分ほどした後に駅へと向かう次のバスがある。これは楽ができる。
雨もやんでいる状態だし、もう言うことはない。軽い足取りで嬉々として撮影を開始するのであった。

  
L: 鹿角市役所。1985年竣工で、設計は石本建築事務所。  C: 西側の3階建て。上には議会でも入っているのかな。
R: こちらは東側の2階建て。特に背が高くない棟が2つあるのはなんとも不思議な構成である。ふつうなら高層でまとめるのに。

花輪線、あるいは立花兄弟を生んだことで知られる花輪サッカー少年団(『キャプテン翼』ね)のおかげで、
個人的には「鹿角市」よりも「花輪町」のイメージの方が強い。でも鹿角市の誕生は1972年と、けっこう経っている。
「鹿角」とはもともとこの辺りの郡名で(小坂町はいまだに鹿角郡)、それを市の名前に採用したという経緯がある。
ちなみに陸中花輪駅が鹿角花輪駅になったのは1995年のこと。そうでもしなけりゃ知名度上がらんわな。

  
L: 北西より眺めたところ。  C: 北から裏側を眺める。  R: 北東より。これで一周したけど、特に個性は感じられない。

鹿角市役所の周辺には公共施設が集中しており、農地を貫く国道の中に行政の島ができている感じになっている。
交流センターやらスポーツセンターやら山村開発センターやらがあるが、その中から今回は山村開発センターを紹介。

  
L: 市役所の前にあるオープンスペース。これを囲むようにして公共施設がいくつも建っているのだ。
C: というわけで山村開発センター。ガラスが非常に目立っている建築である。  R: 横から見るとこんな感じ。

程なくしてバスがやってきて、鹿角花輪駅を目指す。が、来たときとは異なるルートを通ってくれたおかげで、
鹿角市の中心商店街の位置がわかった。時間に余裕はあるので、途中で降りて歩いて駅まで戻ることにした。
商店街は駅から見て国道のさらに奥という位置である。シャッターを下ろした店舗の前を自転車の高校生が通過する。

  
L: 鹿角市というか花輪町の商店街を行く。  C: カーヴの北側が「キララしんまち」、南側が「ハミングロードおおまち」。
R: ハミングロードおおまちは近くに神社が複数あるためか、アーケードの柱が鳥居スタイルのデザインになっているのであった。

丁字路から鹿角花輪駅へと向かう途中には、なんだか凝った公園があった。「花輪中央通りポケットパーク」とある。
1993年の竣工らしいのだが、20年経って金属が錆びたりコンクリートが劣化してきたりと、少しつらい状況である。
ひと気もなく、商店街の元気がだいぶなくなってきていたことと重なって、ちょっと切ない気分になってしまった。

  
L: 花輪中央通りポケットパーク。  C: 上がってみた。ツタはいい感じなのだが、ところどころで劣化が進んでいるのが気になる。
R: 鹿角花輪駅に戻ってきた。ホームで列車を待とうとしたらいきなりの土砂降りで、自分の悪運の強さを実感するのであった。

駅から近いAコープで飲み物などを買い込むと、鹿角花輪駅の改札を抜ける。そうしてホームに移動した瞬間、
とんでもない勢いの雨が降りだした。本当にタッチの差で、駅舎にいた高校生たちはホームに来るまででずぶ濡れに。
ホームの端にいると撥ね返ってくる雨粒で濡れてしまうほどで、ただただ呆れるよりほかにないのであった。

花輪線に揺られること1時間半弱、高速道路とつかず離れずで秋田県から岩手県に入る。山の中を抜け、
国道とともに農村地帯に出ると、しばらくして右手にベージュ色の建物が見えた。これが八幡平市役所だな、とチェック。
そうして大更(おおぶけ)駅に到着。一見、地味な駅舎だが、1922(大正11)年の開業当時からこの駅舎とのこと。
しかし当方、それでモハモハキハキハできるような鉄っちゃんではないので、雨の中を足早に北へと歩きだす。
さっきの鹿角市役所も駅から距離があったが、こちらの八幡平市役所もけっこう駅から離れているのだ。
とはいえほかに行くところもないので、集中してひたすら歩を進めるのみだ。トボトボ歩いて20分ほどで到着である。

  
L: 実は大正時代の建築である大更駅。特にこれといって特徴があるわけではないのだが、きれいに使ってあるということか。
C: 八幡平市役所。もともとは旧西根町役場で、1987年の竣工。  R: 角度を変えて撮影。いかにもな庁舎建築である。

八幡平市は2005年に西根町・松尾村・安代町が合併して誕生した。しかし花輪線の八幡平駅は秋田県にある。
そもそも「八幡平」とは日本百名山に数えられている山だが、秋田・岩手の両県にまたがっている高原地帯でもある。
それで両県のあちこちに「八幡平」の名を冠したものがおびただしく存在しているのだが、自治体名も例外ではない。
合併前の鹿角市域には八幡平村があり(こちらは秋田県)、合併して岩手県に新たに八幡平市が誕生した。
「十和田」をめぐる青森県と秋田県の入り組み方も複雑だったが、その南にある八幡平も負けず劣らずややこしい。

  
L: 国道282号側から眺めた八幡平市役所。  C: 裏側はこんな感じ。  R: というわけで一周してきました。

八幡平市ではすでに新市庁舎の建設が進められている段階で、今年の11月に供用開始を予定しているとのこと。
設計したのは関・空間設計で、場所は北森駅からちょっと南東に行ったところ。やはり国道282号に面している。
今の庁舎も十分使えそうだが、景気のいい話である。正直、もう一度花輪線に乗って訪れるのがものすごく面倒くさい。

駅へと戻る頃には雨もあがって、傘をたたんで国道を歩く。花輪線は本数が少ないので時間的な余裕はたっぷり。
駅周辺を軽く散策しても時間があまったので、駅舎の中で画像の整理をしたり日記を書いたり。大変ですよホントに。
列車は18時半に大更駅を出発。すぐに好摩駅に到着し、そのままIGRいわて銀河鉄道に乗り入れて盛岡を目指す。

盛岡に着いたら急いで途中下車で改札を抜け、そのまま駅前にあるビルに突撃。せっかくだから冷麺を食うのだ。
先月も盛岡には来ているのだが、市役所めぐりを優先した関係できちんとメシは食えていない(→2014.5.5)。
その分の恨みをここで晴らそうというわけなのだ。家族連れの焼肉客で賑わう中、スピーディに冷麺を注文。

 やっぱり盛岡冷麺はおいしゅうございました。

盛岡からは新幹線のお世話になる。それまでのローカル線がウソのような勢いで東京まで帰ってきたのであった。
雨には降られたが、肝心なところはどうにかなった。梅雨時だけどチャレンジしてよかったわ。楽しい旅でございました。


2014.6.28 (Sat.)

3日間の旅行の中日ということで、今日は猛烈みっちりである。天気もよくってやる気十分なのだ。ウホホホーイ!
本日は弘前に移動。弘南鉄道で黒石・平川の両市を攻めて、弘前に戻ったら前川建築三昧。途中で岩木山神社。
最後は大鰐温泉に浸かって秋田県に入る行程だ。自分でも呆れてしまうほどに濃い一日である。震えが止まらんぜ。

朝の5時半には宿を出る。コンビニで朝食を買い込むと、あらかじめ用意しておいた切符で青森駅の改札を抜ける。
弘前行きの列車に乗るが、最初はスカスカ。でも夜行急行「はまなす」が到着すると大きな荷物の客が一気に増えた。
6時ちょうどに列車は動き出す。が、次の新青森駅で大きな荷物の客が一気に降りた。それでまた車内はスカスカになる。
そういうもんなのか、と呆れるのであった。やがて40分ほどで弘前駅に到着する。今日はここが拠点になるのだ。
コインロッカーに荷物を預け、東口にある弘南鉄道の窓口で一日乗車券を購入。1000円で弘南線も大鰐線も乗れる。

弘南線は田んぼやリンゴの果樹園が雄大に広がる中をのんびりと走っていく。駅の間隔も短くて実にローカルな感触だ。
そのうち西側には岩木山が現れ、いかにも津軽平野らしい風景をしっかりと味わうことができる。うーん、青森県って感じだ。
ふと見たら、つり革には東急百貨店の宣伝があった。デザインがどこか懐かしく、それで車両が東急の払い下げだと知る。
なるほど、確かに車内の雰囲気は東急のそれだ。おなじみの大井町線の感触を青森県で味わうのは不思議な感覚だ。

  
L: 弘前駅に着いてまずはこの巨大なリンゴがお出迎え。ビッグアップルはニューヨークの愛称だな、と思ったり(→2008.5.10)。
C: 言われてみれば確かに見覚えのある東急の車両だ。まさかこんなところで出会うとは。乗ったことのある車両だったりして。
R: 黒石駅。案内板を見るに、黒石市は黒石やきそばが名物のようだ。時間帯の関係で食えなかったのが非常に残念である。

終点の黒石駅に着いたのがだいたい7時半。ここから80分ほどの滞在で、重伝建の中町と市役所をまわる計画である。
駅に出ていた案内板で道筋を記憶してから、それをもとにトボトボと歩いていく。街の規模は大きすぎず小さすぎずで、
しばらく東へ歩いていくと程なくして中町に到着。それまでは穏やかな地方の住宅地だったが、いきなり重伝建が現れた。
道の両側に木造建築が並んでいる。一目でそれとわかる、見事な重要伝統的建造物群保存地区の街並みである。

  
L: ここから中町の重要伝統的建造物群保存地区が始まる。見事な木造建築が道の両側に建ち並んでおり、圧倒される。
C: まずは西側の西谷家住宅。  R: 中町といえば「こみせ」。日差しや吹雪を除ける仕組みが今でも保たれているのだ。

まずは黒石市の歴史から。弘前藩主の次男だった津軽信英(のぶふさ)が、津軽本家の後見人となったことに始まる。
信英は家康の孫に当たるため旗本の地位を与えられるなど厚遇されていたが、実際、非常に優秀な人物だったらしい。
その彼が本家の後見人になると同時に黒石の領主となる。後にこの黒石領は、黒石藩として独立することになる。

  
L: 中村家住宅。造り酒屋ということで杉玉が誇らしげに飾られている。NHK大河ドラマ『いのち』のロケ地になった。
C: こみせを現代風に解釈して店舗としている一角。隣の高橋家住宅にあやかり「理右衛門小路」というそうだ。
R: 重要文化財・高橋家住宅。時間が合えばぜひ中を見学したかったんだけどね。1763(宝暦13)年ごろの築。

さて黒石に陣屋を構えた信英は街を整備する際、商人町に「こみせ」をつくることを奨励。それが独特の景観を生んだ。
「こみせ」とは木製のアーケードであり、建物をセットバックした分を屋根のある通路、公共空間としたものだ。
雪の多い都市には似た事例がいくつかあるが(日田の雁木 →2011.8.7/糸魚川の雁木 →2011.10.9)、
ここ黒石の中町はより昔ながらの雰囲気をよく残していると思う。こみせの連続する距離がしっかりと長いのだ。
(中町の重要伝統的建造物群保存地区じたいは短い方だが、こみせが途切れずに連続しているところに価値がある。)
やはり古い建物が連続して残っていることが非常に大きい。街並みが線として機能していると、迫力が明らかに違う。

  
L: 3つ並ぶ建物の写真をそのまま並べてみた。まずは盛家住宅。  C: その隣は盛家住宅の土蔵。庇が面白い。
R: そして高橋家住宅。これだけ規模が大きくてきれいな木造伝統建築が並んでいる場所はそうそうないはず。

まだ街が本格的に動き出す時間ではないのだが、交通量はけっこう多くて北から南へと車がスイスイ走り抜けていく。
弘前と比べると小規模な街なので甘く見ていたが、これはきちんと10時以降に訪れるべきだったな、と後悔する。
黒石やきそばもあるし、豊かな観光資源のある街だった。実際にその場所を訪れてみないとわからないことは多いのだ。

  
L: じょんがら広場の奥から眺めた、鳴海家住宅の裏側。ここも造り酒屋ということで木造に土蔵にさまざまな建物がある。
C: 交差点から眺める鳴海家住宅。奥には長い土蔵もあってこれがまたすごいのだ。中町の景観は予想以上の見事さだった。
R: 鳴海家住宅以南は歴史的建造物がめっきり減るが、こみせを意識した空間は健在である。こういう光景もまた面白い。

黒石市にはほかにも見応えのある建築物が点在している。こういうところに街の風格を僕は感じるのだ。
特に僕の故郷は火事によって市街地から古い建物が消えてしまっている。失われた記憶を僕は探しているのかな。

  
L: 黒石市消防団・第三分団第三消防部屯所。1924(大正13)年築。第一・第二もあるけど、こいつがいちばんきれい。
C: 上原呉服店。1931年築とのこと。このスタイルで呉服店ってのがめちゃくちゃかっこいいと思うんですが。
R: 黒石の商店街をひとつ、ということで横町商店街。やはり中心市街地はだいぶ勢いをなくしているのであった。

ではもうひとつの目的地、黒石市役所へ。ガッチリとした四角い建物で、広い駐車場のおかげで非常に撮影しやすい。
1968年の竣工で、全体的には質実剛健な印象を与えるファサードとなっている。どの面を見ても似たような感じである。
しかし向かって右下にあるエントランス部分はピロティとなっており、ここだけ鉄筋コンクリートモダンの香りが強烈だ。

  
L: 黒石市役所を正面より眺める。見事に四角いがこれといった特徴はない。  C: 側面。エントランスがピロティだ。
R: 背面側を眺めたところ。こんな感じで黒石市役所はどの面から見てもだいたい同じデザインとなっている。

土曜日なので中に入れないのが残念だが、エントランス付近をウロウロしてみる。なんでわざわざピロティなのか、
正直イマイチよくわからない。まあそれが1960年代ということなのか。ここだけ妙に凝っているのがどうしても気になる。

 
L: ピロティなエントランス(裏側から見たところ)をクローズアップ。  R: 入口の脇にはこけしが置いてあった。

のんびりと歩いて黒石駅まで戻る。黒石の中心部はやはり住宅地が中心で、ところどころに店舗が混じっている。
郊外社会化が進んでそれなりにダメージを受けているのだろうが、素直にゆったりとそれを受け止めていた印象がある。
中町のこみせ通りもあるし、黒石やきそばもある。立ち戻るところがある街ゆえの余裕なのかな、と勝手に思った。

黒石駅から列車で引き返す途中に「田んぼアート駅」があったが、ローマ字表記が「TAMBOATO」となっており、
それでいいんだろうか……と首をひねる。田んぼがTA「M」BOなのに、アートが「ATO」。よくわかりません。

そうこうしているうちに津軽尾上駅に到着。ここで途中下車して目指すは盛美園。武学流庭園の最高峰とのことだ。
庭園の端には盛美館という建物があるのだが、これが和洋折衷の独特な姿をしているそうなので、それも見ておく。
ちなみにここはジブリ作品『借りぐらしのアリエッティ』のモデルになっているが、特にその点には興味はない。
駅から案内に従って歩いていくと、旧尾上町役場の脇を通って県道にぶつかる。それを左に行けばわりとすぐの到着だ。
観光客の姿は3~4人ほどで、僕を含めて全員が単独行動の男性だった。それもなかなか珍しいパターンだと思う。

  
L: まずは盛美館から。洋風の2階に対して1階は何から何まで和風。しかも意外と小規模で、なんとも不思議な建物である。
C: 1階部分。残念ながら2階に上がることはできなかった。2階から庭を眺められないのは観光的には大きなマイナス。
R: 庭園を1階から眺めたところ。回遊型庭園の一種なのだが高低差がけっこうあり、奥には祠も築かれている。

鎌倉時代、執権・北条時頼の愛人とともにこの地に来た清藤氏がそのまま定着して地主となったのがはじまり。
そして24代目の清藤盛美が1902(明治35)年から9年がかりでつくったのが、この盛美園とのこと。
盛美館は1910(明治43)年の竣工で、地元の宮大工・西谷市助が設計と施工を担当。非常にきれいにしてある。
30分ごとに3分間だけ、清藤家の位牌堂である御宝殿が公開される。金箔と蒔絵でこれが実にギンギラギンだった。
見事にであるのには違いないが、「オレならもっとほかのことに金を使うなあ……」と思ってしまったのであった。

 池越しに眺める盛美館。こうして見ると確かにフィクションの舞台っぽい。

一日乗車券なのでやりたい放題ができるのだ。盛美園の次は、平賀駅で降りて平川市役所へ突撃である。
平川市は2006年に2町1村が合併して誕生した市で、旧平賀町役場がそのまま平川市役所となっている。
駅から比較的近い位置にあるので軽い気分で行ってみたら、黒い色でかなりの威容を誇る建物だったので驚いた。
なんだか悪の組織の本拠地みたいだと思ってしまったではないか。デザイン的には凝っていて面白いんだけどね。

  
L: 平川市役所(旧平賀町役場)は1979年の竣工。かなり迫力のある建物で、非常に凝ったつくりになっている。
C: 正面から眺めてみたところ。  R: 裏側から。なんだか羽を広げたコウモリみたいな建物に思える。嫌いではない。

平川市役所のすぐ近くには、巨大なプレハブのねぷた展示館があって「世界一の扇ねぷた」が公開されている。
高さは実に11mということで、逆光気味の炎天下ではうまく撮影するのが難しかった。いやー、デカかった。

 プレハブから距離をとって中を覗き込むように撮影するのが難しい。

というわけで弘前市郊外の2市の市役所を無事に押さえたので、次はいよいよ弘前市内の前川建築めぐりをするのだ。
まずは駅舎の中にある観光案内所でレンタサイクルを確保。ただでさえ弘前駅は旧市街から離れた場所にあるため、
レンタサイクルがないとどうにもならないのだ。前回訪問時は徒歩で3時間半の超ダイジェスト探訪で(→2008.9.14)、
それは本当に「弘前の空気を吸いました」ってだけだったなあと思う。まあ今回も余裕がないのは一緒なのだが。
さて弘前駅前は都市景観100選に選出されているということで、どの辺が都市景観なのか自転車で探索してみる。
そしたら駅前から西へと入ったところに再開発されたらしいオープンスペースがあり、そこから歩行者道路が延びていた。
ゆったりとスラロームしていて、なるほどこれだなと思う。確かにイヴェントなんかで活用できそうなつくりをしている。

  
L: 弘前駅。駅舎は右側のグレーのやつで、コンパクトなつくりなのだ。レンタサイクルは駅の観光案内所で借りられるが、大人気だった。
C: 駅前のマンションの裏側にあるオープンスペース。  R: そこから道路がスラロームして延びている。なかなかの再開発ぶりである。

最初の前川建築は、駅からいちばん近い弘前市立病院だ。1971年竣工なのだが見るからに増築が繰り返されており、
「前川らしさ」があまり感じられない。建築物としては増築のわりにうまく形をまとめている気はするんだけど、それがかえって、
もともとあったはずの「前川らしさ」を隠してしまっているように思える。道路に余裕がなく撮影しづらいのも悲しい。

気を取り直してペダルをこぎ、土手町の商店街を行く。前回訪問時はお祭りの歩行者天国だったが(→2008.9.14)、
平時も元気に賑わっている通りだった。特に目を引いたのがデパートの中三。商店街にはあまりに異質なデザインで、
調べてみたら設計は毛綱毅曠だった(1995年竣工)。なるほど、言われてみるとめちゃくちゃ納得である。
釧路でやりたい放題を繰り広げた毛綱に対して僕は良いイメージをまったく持っていないが(→2012.8.17)、
商店街におけるデパートの存在は本来異質なもので、かつ商店街の核として機能するものだ。その本質は衝いている。
維持管理が大変だろうという点をおいておけば、土手町における毛綱の中三は大いに肯定できる建築だと思った。

  
L: 弘前市立病院。増築によって「前川らしさ」はなくなっているが、建物としてうまく成立させている感はあると思う。
C: 土手町を行く。駅から旧市街までが遠い弘前だが、土手町の商店街がしっかりと両者の間をつないでいる。
R: 土淵川に架かる蓬莱橋の隣はオープンスペース。そこから毛綱毅曠設計の中三弘前店を眺める。立地がいいわけだ。

そのまままっすぐ進むと弘前城にぶつかるが、なおも食い違いながら堀に沿って進んでいくと、弘前市役所である。
前回も写真を撮影しているが、当然、これも前川建築ということで、もっとしっかりと眺めてみることにするのだ。
これは僕個人の考えなのだが、前川建築は大きく2種類に分かれる。「コンクリ前川」と「レンガ前川」だ。
前者が古くて後者が新しいわけだが、弘前市役所はその両方の要素を一気に見ることができる建物となっている。
というのも、もともとは2層4階建てのモダンスタイル(向かって右の「コンクリ前川」)だけで1958年に竣工したのだが、
1974年に屏風型のタワー(向かって左の「レンガ前川」)が増築されたからだ。この変化がたった16年間なのが驚きだ。
高度経済成長とその挫折という時代の変化が前川にとってどのようなものだったのか、けっこう気になるところだ。

  
L: まずは前回と同じ構図で弘前市役所を眺める。  C: 1974年竣工の増築部をそのままクローズアップしてみる。
R: こちらが1958年竣工の部分。市庁舎らしく抑えてはあるが、見るからにモダンスタイルの良心を感じさせる力作だ。

前回はサボって裏の方まではまわらなかったので、今回はそっちからも眺めてみる。そして驚いた。かっこいいのだ。
特にかっこいいのがコンクリ棟とレンガ棟の重なり方だ。階段だろうか、もともとのコンクリ棟がモダンな吹抜を持っており、
その背景にレンガ棟が控える構図となっている。レンガ棟の意外なヴォリュームも妙にマッチしていて、見ごたえ十分。
むしろ弘前市役所は、こっちの駐車場側から見ないとその魅力がつかめない建物だったのだ。いやー、びっくりした。

  
L: 正面を反対側から眺める。  C: 裏手の駐車場にまわったら、コンクリ棟とレンガ棟の見事な競演に驚かされる。
R: コンクリ棟はL字になっていて、その奥にレンガ棟。しかし違和感なくくっついている。新旧前川の面白い融合ぶりだ。

土曜日なので市役所内をあちこち歩きまわることはできなかったが、エントランスのホール部分だけは意地で撮影。
本当はもっと見どころがもっともっといっぱいあるんだろうけど、とりあえず今の自分にはこれが限界ということで。

 
L: 弘前市役所内部の様子。コンクリ棟のエントランスを入ってすぐはこんな感じ。階段とか見るからにモダンだもんなあ。
R: 旧陸軍第8師団長官舎(旧市長公舎)。2年前に場所を移動させて、市役所隣の目立つ位置に来た。1917(大正6)年築。

弘前城は現在、弘前公園(鷹揚公園という別名もある)となっており、桜の名所として非常に有名である。
が、城よりもその敷地内にある前川建築を押さえるのだ。公園の南西にあるのが弘前市民会館と弘前市立博物館。
ふたつ並んでいるので一気にチェックしてしまうのである。まずは南側の弘前市民会館だ。1964年の竣工ということで、
今年でちょうど築50年にあたる。それで昨年改修工事が行われ、今年1月にリニューアルオープンしたとのこと。

  
L: 弘前市民会館。こちらの管理棟がポーチによって右にあるホールとつながっている。点対称っぽい位置関係になっているのだ。
C: 管理棟をクローズアップ。2階はカフェがあり、ポーチの上がそのままテラスでオープンカフェになっている。オシャレな発想だなあ。
R: 管理棟の中に入ってみた。前川建築は外見よりも、こういう吹抜ホール空間の安定感が特徴であるように思う。

弘前市民会館は見てのとおりに「コンクリ前川」。しかし窓の面積が大きくて、ガラスがコンクリと美しい対比をなしている。
きちんとホール棟の内部にも入れればよかったのだが、とりあえずポーチ上の通路から中を覗き込んでおくにとどめた。
管理棟が写真に撮りやすいサイズだったのに対し、ホール棟は大きくてヴォリュームもあって周りの通路も余裕なくて、
非常に撮りづらかった。打放しコンクリートの外壁はレンガ状の模様ができていて、一味違う感触がなんともかっこいい。

  
L: ホール棟を振り返って眺めたところ。  C: 2階部分を覗き込んでみた。シャンデリアがすごい。これはホール内も見たいなあ。
R: 弘前市立博物館へ向かう途中で眺めるホール棟の外観。もうちょっとわかりやすくならないかなあ。外壁はすごく凝っている。

続いては、すぐ隣の弘前市立博物館。こちらは1976年竣工で、パッリパリの典型的な「レンガ前川」である。
ちなみに企画展が「知られざるミュシャ展」ということで、けっこうひっきりなしに女性客が吸い込まれていくのであった。
ご存知のとおり僕はミュシャが大っ嫌いなので、大人げなくむくれてその場を後にする。確固たる自分の画風を持っている、
という点ではミュシャは偉いとは思うんだけどね。でもそれに安易につられて美術好きを気取る人たちが気に入らない。
(そういうことを臆面もなく言い散らすので僕はモテないのである。自分の主張を曲げない性格って損だよねー。)

 弘前市立博物館。このタイプはほかにもいっぱいあるからなあ。

というわけで、ここの弘前市民会館と弘前市立博物館も見事な「コンクリ前川」と「レンガ前川」の対比が味わえた。
いいタイミングなので今までの前川建築に関するログを参照して、「コンクリ前川」と「レンガ前川」についてまとめてみる。

まず「コンクリ前川」。年代順に追っていくと、最も古いのが1954年の神奈川県立図書館・音楽堂である(→2010.3.22)。
次いで1957年の岡山県庁舎(→2008.4.22)、そして1959年の世田谷区民会館&世田谷区役所(→2007.6.20)。
その後が1960年の京都会館(→2011.5.15)、1961年の東京文化会館(→2010.9.4)とホール建築があって、
1962年の神奈川県立青少年センター(→2010.3.22)となる。で、弘前市民会館が1964年の竣工である。
そして1970年には日本万国博覧会鉄鋼館(現・EXPO'70パビリオン →2013.9.29)が建てられている。
さっき見た弘前市民病院が1971年の竣工で、増築されているとはいえ「コンクリ前川」と呼べる建物である。
しかし同じ1971年には、「レンガ前川」の埼玉県立博物館(現・埼玉県立歴史と民俗の博物館)が竣工している。
(埼玉県立歴史と民俗の博物館は来月サッカー観戦ついでに訪問する予定なのだ。先まわりして書いちゃった。)
僕が「レンガ前川」の典型的な事例だと考えている東京都美術館(→2001.9.30)が1975年の竣工ということで、
どうも1970年ごろを境にして、「コンクリ前川」と「レンガ前川」という作風の変化が指摘できそうだ。

とはいっても「コンクリ前川」と「レンガ前川」はいきなり突然変異的に変化したというわけではないと考える。
岡山県庁舎はコンクリートで骨組みをがっちり形成しつつも、サッシュでファサードの大部分を覆わせている。
京都会館は下部のコンクリートの上にレンガ的な外壁の物体を載せたデザインとなっており、はっきり中間的。
そして先ほど見た弘前市役所は、コンクリートの構造体をレンガタイルで埋めている。過渡期的な作品なのだ。
だからこそレンガスタイルの増築部と見事な融合が果たせたというわけだ。巨匠の試行錯誤の歴史を感じる。
やがて1970年ごろを境にコンクリートからレンガタイルに主役が移って、デザインが無難に固まっていった気がする。

さてリンク先をたどってもらえばわかるけど、僕のログに「レンガ前川」の写真は1枚もねえんでやんの。
(東京都美術館のほか、宮城県美術館にも行っているが、ログには写真を残していない。→2007.5.1
「コンクリ前川」は日本のあちこち見に行っているくせに、いくらなんでもこれだけの差があるとはびっくりである。
確かに思い当たるフシはあって、僕は「レンガ前川」にはほとんど魅力を感じていないのだ。都美術館を筆頭に、
どれも似たような感じの茶色系のレンガで四角を端整に並べて一丁あがり、そんなステレオタイプすら持っている。
絵に描いたような模範的な文化施設らしい仕上がりぶりは、かえって無個性であるように僕には思えてならないのだ。
その辺は実際はどうなのか、ちょっと意識して今後もちょぼちょぼと前川建築めぐりを継続してみようかと思う。

せっかくなので弘前城の建築物を眺めながら弘前公園内を移動する。弘前公園の敷地は広いこともあってか、
かなり自由で自転車で走りまわれるのである。さすがに本丸からは有料だが、二の丸までは無料であり、
堀を挟んだいちばんフォトジェニックな構図で天守(御三階櫓)を眺めるのもフリー。すばらしいものである。
弘前城の天守の中は前回訪問時に入っているので(→2008.9.14)、今回は時間の都合もあってパスなのだ。

  
L: 弘前城・二の丸南門。弘前城の城門はどれもだいたいデザインが一緒。  C: 弘前城内は弘前公園となっている。広い!
R: 毎度おなじみの構図で天守(御三階櫓)を眺める。本丸側から見ると驚くほど簡素(→2008.9.14)。まあ本物だからな。

弘前公園内をガンガン走って目指すは弘前市緑の相談所。これまた前川建築である。1980年竣工ということで、
さっきの弘前市立博物館と同じ「レンガ前川」の典型的なスタイルを示している。でも珍しく屋根が架かっている。
巨大な四阿のような姿をしているのだが、まわり込んだら四角が出てきてやっぱり「レンガ前川」だった。
中は建物の名前のとおり、市内の緑化にかかわる専門の施設。興味本位の風来坊には敷居の高い場所なのであった。

  
L: これも弘前公園の一角。場所によっていろんな表情を見せてくれるのだが、今はそれを追っている余裕がない。
C: 弘前市緑の相談所。屋根はあるけどきっちり「レンガ前川」である。個人的にはあまり面白みを感じないなあ。
R: もうちょっと弘前公園の出入口に近いところはこんな感じ。これはもうどこからどう見ても「レンガ前川」だ。

弘前公園から出ると、そのまま道を挟んだ向かいにある青森県立弘前中央高校にお邪魔しようとする。
ここの講堂がまた前川建築なのだ。しかしその講堂がどこだかわからないので、あらためて正面にまわり込む。
そしたら敷地入口からまっすぐ見渡せる場所に誇らしげに建っていた。1954年とだいぶ初期の作品になるためか、
「コンクリ」でもなく「レンガ」でもなく「プレハブっぽい」印象の建物である。きっと中身は違うんだろうなあ。

これで中心市街にある前川建築はだいたい押さえた感じである。残りの2件は少し離れた位置にあるのだ。
その分、観光案内所でもらった地図で確認してもちょっとわかりにくい。とりあえず前川以外の名物建築を見つつ、
DOCOMOMO物件にもなっているデビュー作・木村産業研究所(現・弘前こぎん研究所)を攻めてみることにする。

途中で青森銀行記念館(旧第五十九銀行本店本館)の脇を通ったので、あらためて撮影しておく。
1904(明治37)年築の建物はやはり見事だ。どの角度から眺めても見応えがあるなあと感心する。
今回は西側を眺めた写真を貼り付けておくが、この角度だと建物のヴォリューム感がよくわかる。
そのまま一気に南下して、最勝院にお邪魔する。ここの五重塔は、重要文化財のものでは日本最北とのこと。
1667(寛文7)年の築とのことだが妙にきれいで、かえってありがたみが減っているように思うのは贅沢か。

  
L: 弘前中央高校講堂。もうちょっと近づくなり中に入るなりしないと、その非凡さを味わうことは難しいかな。
C: 青森銀行記念館を前回(→2008.9.14)とは違う角度から眺める。ガソリンスタンドのタイヤがあるけど気にしない。
R: 最勝院五重塔。もともとは大円寺の塔だったが、明治になって最勝院が現在地に移ったので最勝院の塔になった。

さて観光案内所でもらった地図を参考にしながら弘前こぎん研究所を目指すが、どうにもわかりづらい。
弘前大学医学部の近くにあることははっきりしているのだが、周辺は完全なる住宅地でいいランドマークがない。
結局いちばんシンプルな考え方は「朝陽小学校の斜向かいよりちょっと北」だと思う。それでどうにか到着できた。
弘前こぎん研究所こと木村産業研究所は、実際に見てみると個人住宅のような雰囲気の小規模な事務所建築だった。
(ちなみに「こぎん」とは津軽地方に伝わる刺し子技法「こぎん刺し」のこと。麻の布を木綿糸で模様を描きながら縫う。)
さっきも書いたが前川のデビュー作(1932年)ということで、「コンクリ前川」や「レンガ前川」のような迫力はなく、
驚くほど慎ましやかな建物だった。しかし確かにコルビュジェの匂いが強く漂っている。これが前川のスタート地点か。

  
L: 木村産業研究所(現・弘前こぎん研究所)。ふつうの住宅地に今でもひっそりと建っているのがかえってすごく思える。
C: 敷地内にお邪魔して撮影。初期のコルビュジェの影響を強く感じるデザイン。  R: 向かって右端にピロティ。

ここまでいろいろ書いてきたけど、そもそも前川國男とは何者なのよ、という点をまとめていなかった。
ル・コルビュジェには日本人の弟子が3人いたが、前川はその中のひとり。ちなみに丹下健三は前川の事務所の出身。
前川は日本の戦後モダニズム建築の祖と言える存在で、高度経済成長を経て鉄筋コンクリート建築が増えていく時流、
またさまざまな用途の公共建築が全国各地に建てられていく時流に乗り、多くの傑作を生み出したのは上述のとおり。
しかし1970年代に入るあたりから、粗製濫造されるモダニズム建築に対抗する動きが世界的に起こりはじめ、
モダニズム出身の建築家たちも従来の枠を超えた建築表現を模索しはじめる(いわゆる「ポストモダン」への潮流)。
これが前川國男の場合には、すでに述べた「コンクリ前川」から「レンガ前川」への変化ということになると思う。
前川に特徴的なのは、「レンガ前川」に移行してもモダニズム建築の基本的なアプローチは捨てず(直線的である)、
むしろその完成度を高めることで安定感のある公共建築を設計し続けたことだ。それを僕は「退屈」とも感じているが。
なお、日銀総裁だった前川春雄は実弟。弘前に前川建築が多く存在するのは、彼の母親が弘前出身という縁による。

  
L: ピロティを抜けて裏側から眺めたところ。後ろにくっついている部分もしっかりと戦前のモダンスタイルである。
C: エントランス部分をクローズアップ。弘前こぎん研究所は平日しかやっていないので、大いにがっくりした。
R: 悔しいのでガラスの中を覗き込む。中はこんな感じで前川國男プチ博物館になっているってさ。見学したかったなあ。

中に入ってみないとなんとも言えないけど、グロピウスとかミースとかコルビュジェとか、ああいう戦前モダニズムの匂いだ。
一口に「モダニズム」と言っても、実際にはさまざまな違いがある。世紀末的なアール・ヌーヴォーに対抗するように、
時代が大正から昭和に移る辺りの時期にアール・デコが登場したが、それは日本の建築のジャンルでも当然出てきた。
デコ的モダンは高級住宅(旧朝香宮邸が有名だが、F.L.ライトの作品をその範疇に含めてもいいと思う →2012.2.26)、
さらに公共建築の分野でも山田守や吉田鉄郎に代表されるいわゆる「逓信建築」によって一定の広がりを見せた。
それこそモダンの産物である御堂筋沿いには、インフラ会社のモダン建築とヴォーリズの大丸もある(→2013.9.28)。
あとは関東大震災後のムーヴメントとして、同潤会アパート(→2012.12.2)や復興小学校といったものもある。
それに対してグロピウスやミース、コルビュジェらは装飾を否定して機能を重視するインターナショナルスタイルを提案し、
よりミニマルな方向を模索していく。しかし時代が進むにつれてその姿勢は無個性な建築の粗製濫造へとつながっていく。
この弘前こぎん研究所こと木村産業研究所は、デコ的モダンからインターナショナルへ移行しようとする時期ならではの、
いかにも手探りな感じがよく出ていると思う。グロピウスほど洗練されておらず、ミースほど徹底もしていない。
明らかにコルビュジェの作風なのだ。そしてこの先、「コンクリ前川」まではコルビュジェと同じ流れを感じさせるが、
「レンガ前川」はコルビュジェよりも頑にモダンの良心を実践しようとしている。そのスタート地点がはっきりと見える。
そこまで考えてみると、なるほどこの建物は間違いなく、世界の中の日本建築史を見ていくうえで非常に重要な作品だ。

本当はそのまま、弘前の最後の前川建築である弘前市斎場まで行きたかった。しかし道を間違えてしまったので諦める。
急いで駅近くにあるイトーヨーカドーまで戻ると、自転車を止めて食品売り場で昼メシを買って隣のバスターミナルへ移動。
程なくしてバスがやってきた。客は思ったよりも多かった。そんなに人気があるのか、と驚いているうちに発車。
40分ほど西へと揺られて到着したのは岩木山神社である。やっぱり客のほぼ全員がここで降りたのであらためて驚いた。

  
L: 岩木山の麓、岩木山神社に到着なのだ。境内手前の駐車場がけっこう広くて、しかもわりあい混んでいる。
C: 鳥居越しに眺めるは岩木山の山頂。見てのとおり3つの峰からなっており、漢字の「山」のごとき姿である。
R: 参道を行く。なんだか独特な雰囲気が漂う。岩木山に向けてまっすぐ登っていくようになっているのだ。

岩木山神社は境内にあるものの大部分が重要文化財となっている。代々の弘前藩主が寄進していてどれも見事だ。
山岳信仰ということでか、参道を歩いているときからどうも神仏習合っぽい雰囲気を感じていたのだが、
やはりもともとは寺として建てられた経緯があるようで、やたらとデカくて立派な楼門がそびえていた。
楼門もそうだが瑞垣や拝殿も朱塗りで統一されていて、それがまた緑豊かな中で強烈なインパクトを与えている。

  
L: 境内の雰囲気がよく伝わるであろう一枚。独特な雰囲気がするのは砂利じゃなくて芝だからかな。
C: 楼門を見上げる。というか、楼門がある時点で寺じゃないの。  R: 抜けると中門。これは神社だな。

さっきも書いたが岩木山は見事に「山」で、そのてっぺんに向かって上り坂の参道を進んでいくことになる。
そこに朱塗りの見事な建築が縦に並んでいるので、空間的な経験としては確かにぐっとくるものがある。
つまり、ものすごく正攻法な山岳信仰の空間となっているのである。そりゃあ参拝客も多いわな。

 もともと百沢寺の本堂だったという拝殿。

鳥居の前ではババヘラアイスのおばあちゃんがまるで狛犬のように両側を押さえていたのが印象的だった。
この日はしっかり暑かったので、それはもう飛ぶように売れていた。でも僕は腹が痛かったので残念ながらスルー。
ババヘラアイスってWikipediaでは秋田県名物とされているけど、恐山にもあるそうで(テレビでやってた)、
よく考えたら僕は長崎の眼鏡橋で見たことがあるのだ(高知のやつはアイスクリンだったな →2010.10.10)。
秋田のものが青森にあるのはわかるとして、それがなぜ長崎に飛んでいったのかがわからない。不思議だ。

やはり40分ほどかけて弘前駅前まで戻ってくると、あらためて自転車で弘前市斎場を目指すのであった。
歴史と風格のある街だけあって、弘前には前川建築以外にも面白い建物がいっぱいありすぎて困るぜ。

 弘前市立百石町展示館。もともとは1883(明治16)年築の土蔵造りの呉服店。

黒門を抜けて寺町通りに入るが、その姿はとにかく異様だった。城下町の防衛のために寺を集めて配置するのは常識だ。
実際僕は、秋田(→2008.9.13)や米子(→2013.8.20)で、それら寺町に特有の景観を目にしてきた。
しかし弘前のそれはもっと強烈で、並木道がまっすぐずーっと延びていく光景はただただ「異様」だった。
岩木山神社に行っている間に曇り空になってしまったこともあって、極楽がある方角である西へ向かう一本道は、
なんだかもう彼岸へと吸い込まれそうなほどに現実離れした雰囲気に包まれていた。いちばん奥にあるのは長勝寺。
弘前市斎場はその長勝寺から脇へそれてさらにまっすぐ、坂を下っていった先にある。まさに「隠れる」場所という印象。

  
L: 寺町通り前の食い違い、茂森会館(社会福祉協議会&消防団の駐屯所)。これがさらっと建っているんだもん弘前すげえよ。
C: 黒門。長勝寺の一の門とのことだが、このデザインはつまり、寺町が弘前城の公式な防御拠点であることを示しているわけだ。
R: 寺町通りを行く。いちばん奥にあるのが長勝寺である。ちなみに、ここにある寺院はすべて曹洞宗だそうだ。

弘前市斎場に到着。1983年竣工ということで、前川の晩年の作品ということになる(1986年没)。
高さはまったくなく、とにかく目立たなくつくってある。まったく破綻がない建築であろうことが一目でわかる。
「レンガ前川」の安定感が満載で、ある意味これは個人事務所の作品というより組織事務所の建築っぽさも感じる。
いや、確かにこれはひとりの芸術家の作品ではあるのだが、組織事務所的な手堅さを大いに感じてしまうのだ。
現在、組織事務所として全国に展開している会社は、もともと個人の建築事務所だったところが非常に多い。
しかし前川の場合はまだ個人事務所の規模で残っている(大学の卒業論文ではたいへんお世話になりました)。
そのバランスが、「レンガ前川」の作品群から透けて見えるように思う。組織のように手堅い個人事務所。
もしかしたらそれは、機能的なモダニズム建築の設計態勢が理想的に進化していった結果と言えるのかもしれない。
前川國男ほど絶妙に作家性を保ちながら安定した建築を生み出していった建築家は、ほかにいないだろう。
そういう意味で、彼は本物のモダニズムの建築家だったのだ。ポストモダンに陥ることなく、ただモダンを貫いた。

  
L: 弘前市斎場。非常に静かな場所、非常に静かな建築だった。  C: 角度を変えて眺める。  R: エントランス部。

 エントランス部の屋根はこんなふうになっているのだ。

以上で弘前の前川建築めぐりは終了だ。思った以上にじっくりと、前川國男という建築家について考えることができた。
わざわざ弘前まで来た甲斐があったというものだ。大いに満足しつつ坂を上って長勝寺の前に出る。まだ時間が少しある。
それなら重要文化財をしっかり見させてもらおうということで、自転車を止めて三門をくぐって境内に入る。

  
L: 長勝寺三門。黒門、手前の門に続くので「三門」とのこと。1629(寛永6)年に2代藩主・津軽信枚により建立。
C: 長勝寺の本堂。1610(慶長15)年の築ということで、長勝寺が現地に移ってきた際につくられた。寺っぽくない。
R: こちらは庫裡。大浦城の台所を移築したものだとのこと。当時の武士が使っていたスパイク的なものの跡もある。

時間がないのでダイジェスト解説をお願いしたのだが、説明してくれたおばあちゃんはどうやらミイラの話が大好きらしく、
解説のほとんどが津軽承祐(ゆきとみ)のミイラの件なのであった。彼は幕末の弘前藩主候補だった人なのだが、
残念ながら若くして亡くなってしまった。それでその死を悼んだ津軽家では彼の遺体を保存していたのである。
木箱に茶殻を詰めて遺体を包み、その箱を徹底的に水分と酸素を抜く工夫をして埋める。事細かな説明がもう凄くて。
まあとにかく、お殿様ってのはとんでもねえな、ということが深く印象として残った。いや本当にとんでもねえ。

弘前駅まで一気に戻ると自転車を返却。荷物を取り出して改札を抜けて奥羽本線に乗り込んだ。さらば弘前。
10分ほど南へ行くと大鰐温泉である。もう体じゅうが汗でベトベトなので、途中下車して温泉に浸かるのだ。
大鰐温泉駅から温泉街までは少し距離があって、ちょろっとそっちの方向へと足を延ばしてみたのだが、
あまりの寂れっぷりに悲しくなって引き返す。で、反対側にある地域交流センター兼入浴施設にお邪魔する。

  
L: 大鰐温泉駅。大鰐だけあって、右端にスキー板を持った大きなワニの人形が置いてある。いいんじゃないっすか。
C: 大鰐温泉の温泉街ってこんななの? 奥にはもっとマトモなのがあるの?  R: 真新しい交流センター兼入浴施設。

夕暮れになりかけの眩しい日差しを浴びながら温泉に浸かるというのは無上の喜びなのである。
おかげでだいぶ疲れていた状態から回復できた。動きまわる旅行をしているときに温泉は本当に効くぜ。

奥羽本線をさらに南下すること30分で大館に到着。本日はここに泊まるのだ。が、困ったことに大館の市街地は、
駅から猛烈に遠いのである。さすがに八戸ほどではないが、それでも30分はみておきたいくらいの距離なのだ。
夏至に近いので空は明るいが、腹はだいぶ減っている。とりあえずiPhoneを片手に南へと歩きだす。

  
L: 大館駅のホームにて。秋田犬のハチ公を祀るハチ公神社に巨大なきりたんぽ。大館もなかなか独特なところだな。
C: 駅前には忠犬ハチ公像(奥にも秋田犬の像)。渋谷と違ってこちらは待ち合わせスポットにはなっていない模様。
R: 駅からちょっと行ったところにあった御成座(オナリ座)。このたび映画館として復活するそうで何より。

地図でわかっていたこととはいえ、大館は駅から街までの距離が長え長え。やっぱりウンザリするほどの距離だった。
その間に気になったものをいくつかピックアップして撮影。19時近いけどそれなりに撮影できるのはさすが夏至。

  
L: 大館のシンボルであるらしい鳳凰山の大文字。でも1968年からと歴史は新しい。大文字まつりはお盆の風物詩だと。
C: 長木川のすぐ南にある集合住宅。なんだこりゃと思って調べたら、スワンハウスという名前。新居千秋設計で1994年竣工。
R: 秋田犬会館。ここにも「望郷のハチ公」像が。ちなみに秋田犬は「あきたいぬ」と読むのが正しい。松阪牛みたいね。

天気予報によると明日は雨らしいので、撮れるうちに撮っておこうと宿に入る前に大館市役所を撮影してまわる。
ひととおり終わって気が済むとチェックイン。しばらく部屋で休んだ後、暗くなってからメシを食いに外に出る。
さて、さっきも駅のホームで見たように、大館市はきりたんぽの「本場」として積極的にアピールしているのだ。
さらに比内地鶏のふるさととしても知られている。実はいろいろと全国規模で知られている名物のある街なのだ。
しかしきりたんぽも比内地鶏も一人旅には適さない種類の名物である。これは困ったなと思って歩いていたら、
すぐに「比内地鶏ラーメン」ののぼりを発見。そのB級感こそ、僕が求めていたものだ。迷わずいただく。

 比内地鶏をチャーシュー代わりに入れているわけだな。

もともと大館市内のラーメン事情がどうなっているのかわからないのでなんとも言えないところだが、
たいへんおいしゅうございました。母体になっているラーメンが「坂内」「小法師」風の醤油ラーメンで、
それだけで十分いけるのである。比内地鶏はほかの鶏肉より具体的にどこが優れているかまでは知らないのだが、
やはり鶏肉チャーシューのオリジナリティはこの地ならではの魅力をうまく加味していたように思う。
土曜の夜なのにあんまり客が入っていなかったのが意外だったが、市役所が近いからそれで稼いでいるのだろう。

2日目もしっかりと中身の濃い旅行なのであった。明日は秋田県と岩手県を突っ切って東京に戻る予定である。
それにしても青森県は工藤さんが多すぎませんか? 青森でも弘前でもやたらめったら「工藤」という名字を見かけた。
もとは鎌倉の武士が移って定着したとのことだけど、それにしても異様な密度だった。子だくさーん。


2014.6.27 (Fri.)

いつもならテスト前に旅行に出てヒイヒイ言いながら問題をつくる儀式があるのだが、日程の都合で今回はテスト後なのだ。
3日間ある期末テストの最終日に移動教室の分の休みを入れて、3連休を確保させていただきました。ただし梅雨時。
どこへ行っても分の悪い賭けになるわけで、これはもう日頃の行いを良くして運を天に任せるしかないのだ。しょうがない。
で、夏至に近い6月下旬ということで、晴れたときの鮮やかな日差しを期待して向かったのは青森県。そう、また青森だ。
先月のGWに八戸(→2014.5.3)から乗り込んで岩手県を縦断したが、なんと今回も同じバスに乗り込んだのであった。
ただし八戸駅に着いてもバスを降りない。終点直前の十和田市まで乗るのだ。そう、初日のターゲットは奥入瀬渓流だ。
先月も乗ったバスにもう一度乗るというのは、なかなか贅沢な経験である。少しもったいない気分になってしまうが、
太平洋沿岸を南下した前回とは違い、今回は青森経由で内陸ど真ん中を南下していくルートなのだ。問題ないのだ。

さすがに八戸駅で降りる客が多く、そこで目が覚めた。眩しいほどの晴天の下、外の景色が輝くように映っている。
梅雨時の賭けに勝ったぜ!とガッツポーズ。この時期は蒸して暑いが、晴れてさえくれればもうそれでいいのだ。
八戸駅の様子は先月とまったく変わらない。そりゃそうだ。バスはそのままのんびりと八戸市の中心部へと進んでいく。
それはまるで先月の復習だ。根城の脇を通って二段の食い違いを抜け、中心商店街を走っていく。デジャヴである。
再び郊外へと入っていくバスの中でリクライニングを倒してウニャウニャいい気分になっていたら、二度寝していた。
振り返ってみるとそれがいけなかったのだが、このときに気づくほど僕は賢くないのである。朝は頭が回らないのである。

予定より早く7時45分ごろにバスは十和田市中央に到着した。寝ぼけたままバスを降りると多数の一般市民がいた。
そうだ、今日は平日なのだ。世間が動いているときに休むのは実にいい気分である。ひとり悦に入っていたのだが、
ふと尻のポケットを触ると財布がない。慌ててバスを追いかけるが時すでに遅し。一般市民から「あらら」という声がした。
財布がバスの中にあることは、リクライニングウニャウニャで確信があった。急いでバス会社の窓口のおねーさんに相談する。
半分寝ぼけてしっちゃかめっちゃかの僕とは対照的に、おねーさんは非常に落ち着いて対応してくださったのであった。
路線バスで運ぶことになるので8時半ぐらいには届く、という話でほっと一安心。それなら奥入瀬行きのバスに間に合うし、
十和田市現代美術館にも間に合う。予定と比べてほとんどダメージのない状態でスケジュールをこなすことができそうだ。
そうとなれば、ジタバタせずに十和田市の中心部をあちこち歩きまわってやるのだ。気持ちを切り替えて歩きだす。

  
L: 十和田市中心部のアーケード商店街。大型店舗が撤退した影響で空洞化がひどいそうだ。しかし街路が超まっすぐだ。
C: 後述するが十和田市はアートに力を入れているので、店先にもこんな工夫が。雲をイメージした作品のようだ。
R: アートステーション十和田。もともと店舗だった空間をオープンスペース的にしてしまった模様。これは上手いと思う。

こないだワカメ&ハセガワさんと酒を飲んだが(→2014.6.4)、ハセガワさんの出身地が十和田市なのだ。
(そしてワカメのご両親も東北の出身なので、ふたりとも東北について非常に詳しい。いろいろ参考になる話が聞ける。)
そういうこともあって「いったいどんな街だ!?」と興味津々で訪れたのだが、実際に来るとすごく開拓地っぽい。
地図を見れば一目瞭然、道路は縦横まっすぐきれいに延びており、「n番町」という数字の町名が振られている。
国道に囲まれるようにした官庁街が存在するが、整然とした並び方はむしろヒエラルキーのなさを感じさせる。
城下町なら二の丸・三の丸や武家地が官庁街となって無言の権力性を帯びるものだが、それがまったくないのだ。
余裕のある建物の並び方は、どこか北海道にも似た開放感がある。実に特徴的な街並みである。感心しながら歩く。

というわけで最初はまず、この街の歴史に触れるところから始めることにする。市街地の東には、新渡戸記念館がある。
開館時刻まではいられないので中には入れないが、外から眺めようと思って行ってみて驚いた。大きな鳥居があったからだ。
博物館的な施設があると思って近づいたら神社だった、そんな事例は今までなかったので、そのギャップは非常に大きい。
これはいったいなんなんだ、と不思議に思いつつ鳥居をくぐったら、庭園風の池と新渡戸家の皆さんの像があった。
そこで初めて十和田市の歴史を知る不勉強な僕。十和田市は盛岡藩家老・新渡戸傳(つとう)が開拓した街なのだ。
先ほどの空間体験もあって一気に理解した。ここは太素塚という名の場所で、新渡戸傳の墓地なので鳥居があるのだ。
さて「新渡戸」といったら前の五千円札でおなじみの新渡戸稲造。傳の孫だが、十和田市とは直接の関係はない。
でも有名人なので池の脇に銅像があり、傳の墓の隣には彼の墓もあった。とことん賢い家柄だったんだなあ、と思う。

  
L: 太素塚。新渡戸記念館はこの奥にある。  C: 鳥居をくぐるとこのような西洋風の池が。奥には傳、脇には稲造の像。
R: 照瑶堂。傳の息子・十次郎を祀る位牌堂だった。1872(明治5)年の建立で、古い建築物は珍しいということで展示。

ふと見ると太素塚のすぐ脇に、いかにも開拓地らしい風情を残した一角があった。都市化している十和田市中心部だが、
きっと昔はこのような風景が広がっていたのだろうと思う。そういう空間がきちんと残っているのは重要なことだ。

 開拓地らしさが残る一角。まあ北海道っぽいというか。

そんな具合にきちんと歴史を勉強したご褒美なのか、十和田市中央のバス停前を通りかかったらおねーさんに呼ばれた。
皆様にご協力いただき、予定より早く財布が届いたとのこと。それはもう丁重にお礼を言って受け取らせていただきました。
ご迷惑をおかけてして本当に申し訳ございません。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう、十和田観光電鉄!!

財布も戻って一安心である。今度は西にある大通りと官庁街の方へと歩いていく。十和田市役所を撮影しつつ、
現代美術館を見学し、そこからバスに乗って奥入瀬渓谷へ行こうというわれながら合理的なプランなのである。
さて大通りだが、松と桜の堂々とした並木道になっている。「駒街道」という名称もあり、馬関連のオブジェが目につく。
十和田市はかつて三本木市という名前だったのだが(1956年に改称)、戦前には軍馬の産地として知られていたという。
この大通りは軍馬補充部事務所本部に至る道路がもとになっているそうだ。十和田は浅くとも濃い歴史を持っているのだ。

  
L: 大通り(駒街道)。馬の頭がついた車止めや蹄鉄を埋め込んだブロックなど、馬に関連する要素が盛り込まれている。
C: アートを重視する街だけあって、ベンチもこんなにオシャレ。   R: 案内板。十和田のデザインはさりげなくレヴェルが高い。

しばらく歩くと十和田市役所に到着。現在の十和田市役所は西の本館と東の新館をつないだ構成となっているが、
本館は佐藤武夫による設計で1965年に竣工。定礎にそこまで書いてあると非常にわかりやすくってありがたい。
新館は1998年の竣工で、かなり慎重に本館と外観の雰囲気を合わせてある。配慮はいちおう感じられるつくりであるが、
新館のせいで本館が目立たなくなっており、また本館の細部のこだわりを打ち消してしまう大味さがあるのは否めない。

  
L: 十和田市役所。手前が新館で奥が本館。  C: 両者をつなぐエントランス。  R: 本館をクローズアップ。

敷地を一周してみたが、駒街道より一段高いところに本館がつくられており、佐藤武夫が何かしら配慮したと思われる。
しかし目立つ新館と並木の木々によって、本館はまったく存在感のない状態となっている。非常にもったいなく感じる。

  
L: 本館。竣工当時は敷地がどういうデザインになっていたのか気になる。  C: 本館の裏側はこんな感じ。
R: 一周してみた。新館は本館に合わせる姿勢は感じるけど、全体として本館が割を食っている印象である。

平日ということで本館の中の様子も見てみたが、入口から入っていきなり役所なのであった。まあ3階建てだし。
派手な要素は本当になくって、純粋にオフィス建築なのであった。竣工当時の時代を感じさせる上品さはあるのだが。

 
L: 本館の中の様子。役所だなあ。  R: 市役所前のポストには馬が乗っていた。なるほど。

9時になったので十和田市役所から少し戻って、いよいよ十和田市現代美術館にお邪魔する。現代美術好きとしては、
とっても気になる美術館なのだ。しかしまずインパクトがあるのが、なんといってもパブリックアートたちだ。
十和田市現代美術館ではアート広場として、道路を挟んだ向かい側に複数の作品を配置しており、自由に見学できる。
木々が生い茂る広々とした駒街道と現代美術の組み合わせは、興味深い効果を生み出す。現実が芸術に寄るのだ。
駒街道という現実の空間がアートという想像力の支配する空間と一体となり、想像力が現実感を持って現れることになる。
だから本来は非現実的なはずのアートが、リアリティを持って目の前に現れるのである。この感覚がなかなか面白い。

  
L: エルヴィン=ヴルム「ファット・ハウス」「ファット・カー」。  C: おなじみ草間彌生の水玉。水玉でメシが食える偉人だ。
R: インゲス・イデー「ゴースト」。観光客に人気とのことで、グッズも売られていた。なるほどね。巨大な鼻かも、と思った。

十和田市現代美術館のオープンは2008年で、なんと開館後4日で入館者が1万人を突破したという。
設計したのは西沢立衛(SANAAの妹島じゃない方)。金沢21世紀美術館(→2010.8.22)という悪例を思い出すが、
あれと比べるとだいぶマシな印象は受ける。金沢21世紀美術館の安っぽさにはとにかく呆れ返ったが、今回それはない。
展示室ひとつにひとつの作品という実に贅沢な配置をしており、曲線を用いて展示室をつなぐスタイルとなっている。
これは意外と面白い工夫だ。なるほど、作品ごとに確固とした世界がつくられる。作品空間を体験することになるのだ。
必然的にどれもがインスタレーションということになるのだが、テーマパーク的な割り切り方であり、成功している。
ここまではっきりと「空間を体験させる」ことに特化した美術館というのはほかにないだろう。こういう独自性があるとは。
むしろ逆に、似ている空間があったなあという記憶から、日常における芸術性を問い直すきっかけにもなっている。
ボッレ=セートレ「無題/デッド・スノー・ワールド・システム」では白い部屋で白いスリッパに履き替えることで、
直島・地中美術館での臨死体験(→2007.10.5)を思い出したし、アナ=ラウラ=アラエズの「光の橋」はしょうもなく、
九州国立博物館へと向かう動く歩道(→2011.3.26)やMOA美術館のエスカレーター(→2010.11.13)の方が上だなと。
マリール=ノイデッカー「闇というもの。」なんか、魚津埋没林博物館(→2012.3.25)のひどい劣化版にしか思えない。
(余談だが、「無題/デッド・スノー・ワールド・システム」はステレオタイプ化されたいかにもなSF空間になっており、
 ずーっとSF的な音がしている。思わず係員に「ずっとここにいて頭がおかしくなりませんか?」と訊きそうになった。
 だから展示室ごとに空間を体験するタイプの美術館というのは、係員の皆さんにとっては厳しい環境なのかもしれない。)
とはいえ収蔵されている作品はどれもまずまずのレヴェルを維持している。一度はわざわざ訪れてみる価値があるだろう。
個人的に強く印象に残ったのは、いきなりのロン=ミュエク「スタンディング・ウーマン」、栗林隆「ザンプランド」、
トマス=サラセーノ「オン・クラウズ(エア-ポート-シティ)」かな。もうちょっと作品数がある方が楽しいかなとは思う。

  
L: 白いキューブを曲線の通路でつなぐ十和田市現代美術館。  C: エントランス。晴れているとなかなかいい雰囲気である。
R: 休憩スペース/ミュージアムショップの外壁には、奈良美智「夜露死苦ガール 2012」とポール=モリソン「オクリア」。面白いね。

難点は写真撮影のルールが厳しいこと。建物の外観撮影はOKだが、建物内部と建物内から外を見た光景が一切ダメ。
海外の美術館なら何の問題もないことが禁止ってのは、かなり興ざめである。十和田市現代美術館特にの場合は特に、
「空間を体験する美術館」としての要素が強いので、写真撮影は宣伝にはなれど、マイナスにはならないと思うのだが。

本当はもうちょっとじっくりと鑑賞したかったのだが、バスが9時40分発なのでボヤボヤしていられないのである。
梅雨の晴れ間ということで、奥入瀬渓流を歩くには絶対に水分が必要だ。それでペットボトルの自販機を探したのだが、
駒街道周辺にはまったくなくって困った。さわやかな景観を維持するのと利便性は相容れないものか、と思った。
しばらくするとバスがやってきた。世間は平日だからか、観光向け4列シートのバスの座席は半分も埋まっていなかった。
奥入瀬渓流大人気で観光客ワサワサという状態は避けたかったので、ほっと一安心してのんびり揺られるのであった。
やがて途中にある道の駅で停車して、トイレ休憩。路線バスと高速バスの中間のような、不思議な感じがした。

そんなこんなでバスは先へ先へと進んでいき、焼山というバス停に到着。奥入瀬渓流散策はここがスタート地点らしいが、
そのわりには降りる客が少ない。不安になりながらも、えいやっとバスを降りる。どうせならみっちり味わってやるのだ。
というわけで勢いよく散策スタートである。国道102号から脇にある遊歩道へと入って笹を分けて歩いていく。
が、すぐにまた国道に戻る。国道をしばらく行くとまた遊歩道が現れて、草を掻き分けその中へ。しばらく進むと国道に出る。
その繰り返しなのである。奥入瀬渓流の遊歩道は、特に石ヶ戸より手前は断続的になっている。しかも見映えがよくない。
奥入瀬川に近づくこともあるものの、基本的にはあまり整備されていない薮の中を突き抜けていく形となっている。
しまった!と後悔しても遅い。歩を進めていくしか解決する方法はないのだ。結論、石ヶ戸まではバスに乗るべし。

  
L: 焼山付近の遊歩道はこんな感じで薮の中を行く。しかも奥入瀬川はまったくフォトジェニックでなく見映えがしない。
C: やっと現れた渓流っぽい光景。  R: 奥入瀬といえば水から顔を出している石の上に草木が生えている光景だな。

鼻息荒くスタートしただけに、空振り感覚のままで石ヶ戸に到着。ここは休憩所がしっかり整備されていて、
土産物もペットボトルもばっちり売っている。ここから歩けばよかったと心底思うのであった。いやー、まいった。

  
L: 石ヶ戸。  C: 少し進んだところにある馬門岩(まかどいわ)。これは非常に特徴的で面白い光景だった。
R: 馬門岩を過ぎるとフォトジェニックな流れが現れる。国道に車を停めて撮影する人がいて、便利そうで悔しかった。

奥入瀬渓流は観光地としてしっかり定着しているので、バスを利用するなどしてところどころにある名所を押さえればいい。
つまり、わざわざ丁寧に「線」で歩いていかなくても、気に入った部分だけを「点」で訪れればいい。そういうもんなのだ。
バカ正直に焼山から歩いてきた自分としては、なんだかもう泣きたい気分である。写真6枚だけど1時間半歩いとるからね。
まあこないだの健康診断で体重を測って青ざめたことを考えれば、いい運動ではあるのだが。そう割り切るしかないのだ。

さて奥入瀬渓流散策では、緑豊かな流れを堪能するだけでなく、あちこちにある滝をめぐるのも見どころとされている。
それもけっこう期待していたのだが、正直言って滝はほとんどどれもダメだった。ぜーんぜん美しくないのである。
木々の葉っぱの向こうにうっすら見えるだけだったり、こんなのわざわざ名前つけるほどか?ってものだったり。
さすがに最後にある銚子大滝だけは別格だったが、あとは見る価値を感じなかった。それっぽい名前にだまされているね。
やっぱり滝っていうのは近づいて水しぶきを浴びるくらいじゃないと。あとは遠景でのんびり味わうか。そのどっちかだな。
奥入瀬渓流の場合、滝の周りにある木々がうるさすぎて、滝の流れが描く軌跡じたいを楽しめない。僕はそう思う。

  
L: 渓流沿いの遊歩道を行く。風景に劇的な変化がないので、さすがに2時間以上延々と独りで歩くと飽きが来る。
C: 雲井の滝。悪くないけど、うーん。  R: 木々の向こうに白布の滝。滝にうまい名前をつけてごまかしている感じ。

たぶんこの日は焼山から石ヶ戸までの徒労感もあって、機嫌があんまりよくなかったと思うのだ、振り返れば。
それで滝について興味が湧かなかった面もあるだろう。とにかく、「もういいや」という気分になっていたこともあり、
たまたま雲井の流れのバス停に近づいたところにバスが来ちゃったので、気がついたら乗っていた。そりゃしょうがない。
で、次の銚子大滝で降りた。銚子大滝だけはきちんと見ておこうと。そしたら水がきれいでたいへん美しゅうございました。

奥入瀬渓流を実際に歩いてみて思ったのは、確かにいいんだけど、14kmすべてに魅力があるかというと、そうでもない。
フォトジェニックな部分は意外と少なく、14kmの間ずっと楽しめるかというと、それは違うなあというのが正直なところ。
だから観光地として景色を楽しむよりは、純粋にトレッキング目的の方が健全なのかなと思う。歩くこと自体を楽しめ、と。
時期を考えると、6月下旬は新緑の季節の疲れが出る時期ではないかという気がした。植物たちがややお疲れ気味だ。
たぶん皆さん奥入瀬渓流を撮影した写真からは魅力的な空気を感じるだろうけど、それは写真を選んでの結果なのだ。
なんでもねえ山の中にふと涼しげな光景が現れる、その繰り返しが現実だ。だから歩くことを楽しむついで、が正しいと思う。
そういう心の余裕がないと、奥入瀬渓流の正しい魅力を味わえないのではないか。わかりやすい観光地ではないだろうね。

  
L: これまた奥入瀬チックな一枚。でもこういう流れが続くわけじゃないのね。水量も思っていたより多かったなあ。
C: 銚子大滝。ガラスのように美しい青をたたえた水が流れる姿は確かに美しい。この滝が十和田湖への魚の侵入を阻む。
R: 奥入瀬渓流の終点である子ノ口水門。この近辺の水はやたらときれいな青緑色をしているのが印象的だった。

だいたい3時間弱の奥入瀬渓流散策はこれにて終了である。次の目的地は……できれば十和田ホテル本館を見たい。
しかし十和田ホテル本館は今いる子ノ口のちょうど対岸といっていい位置にあるのだ。これはなかなか容赦ない距離だ。
そこで気持ちを切り替えて、次のバスで西にある休屋(やすみや)を目指すことにする。帰りのバスもそこから出るし。
運の悪いことにバスはさっき出たばかりで、この時間がもったいないなあと思いつつも、しょうがないのでしばし休憩。

ようやくバスがやってきて、休屋にあるバスターミナルまで揺られる。こっちは子ノ口よりもだいぶ都会だった。
来てみてわかったのだが、休屋にもレンタサイクルがあった。うまくバスを乗り継いでレンタサイクルを借りていれば、
実は十和田ホテル本館にも行けたんじゃねえか?と思うが、もう遅い。焼山から石ヶ戸までが本当に悔しいわ。
それでも限られた時間で十和田湖らしさを味わう。ワカメもハセガワ氏も「十和田湖なんて何もねえぞ」と言っていたが、
せっかくなので高村光太郎の「乙女の像」と十和田神社を拝見。十和田神社は思った以上に立派でよかったですわ。

  
L: 十和田湖。E字型のカルデラ湖。人間が放流するまで魚がいなかったという。  C: 高村光太郎の「乙女の像」。
R: 十和田神社の拝殿。思っていたよりもずっと立派だった。境内もなかなか雰囲気があってよろしゅうございました。

15時ちょい過ぎ、バスが十和田湖駅を出発。帰りは十和田市には戻らず直接、青森駅まで出てしまうのだ。そこで一泊。
同じ青森県なのに、3時間もかけて青森市まで行くのである。十和田湖ってのはそれだけの山の中ということなのだ。
で、バスは休屋を出ると子の口経由で焼山へと下りていく。しかし焼山からは北へと分岐、蔦温泉でトイレ休憩。
蔦温泉でじっくり湯に浸かるとは贅沢だなあいいなあ、と思いつつ1918(大正7)年築の本館を撮影。いつか浸かりたいわ。

 蔦温泉。周囲には何もなく、隔絶されている感じがたまらん。

バスはその後、八甲田山へと向かう。解説の音声も流れるが、1902(明治35)年には210名中199名が死亡するという、
青森歩兵第5連隊の遭難事件が発生しており、いまだにそのイメージが強い。映画『八甲田山』もいつか見なければ。
八甲田山はモリモリと木々が生い茂った山で、「樹海」という感触の風景が続く。まさに植物たちのやりたい放題だ。
北海道の植物について何度か書いたが(→2010.8.112012.7.22013.7.23)、まさにあれと一緒の繁殖ぶりだ。
そうして傘松峠を過ぎると酸ヶ湯(すかゆ)温泉だ。近くには硫黄がむき出しの山肌や地獄沼もある。なるほどそのせいか、
バスの中にうっすら硫黄の匂いが漂っている。降りたらどれだけ強烈なんだろうと興味津々。千人風呂も非常に気になる。
さっきの蔦温泉もそうだが、十和田湖~青森間にはぜひ浸かりたい温泉がある。いつかぜひお邪魔してみたいねえ。

山を下りると道路は車でごった返していた。新青森駅を経由して青森駅に無事到着。18時過ぎだがさすがに明るい。
しかしアウガに行ったらほとんどの店がすでに閉まっており、食事ができるのも1ヶ所だけだった。非常に残念である。
意地で海鮮丼をいただくと本日の宿へ。なぜかパンをサービスしてくれたので、『秘密のケンミンSHOW』にも登場した、
工藤パンのイギリストーストをいただいた。砂糖を混ぜたマーガリンを食パンにサンドしただけなのだが、なるほど旨い。
ちなみにイギリストーストだけで年間2億4000万円の売り上げがあるそうだ。地元グルメを堪能しつつ初日は終了である。


2014.6.26 (Thu.)

ナイジェリア×アルゼンチン。開始2分ちょいでこぼれ球に飛び込んだメッシがゴールしてアルゼンチン先制。
前にも「やっぱりメッシかよ」って書いた気がするけど、やっぱりメッシかよ、としか言いようのないゴール。
そしたらナイジェリアが1分後にゴール。いきなりこんな応酬で始まるとは、まったく気が抜けない。

その後はアルゼンチンペース。ハイレヴェルな面々がツーカーの関係で絡んでいく豊富なパターンの攻撃で、
ナイジェリアゴールに迫っていく。しかしイマイチ決めきれない場面が続く。まあチャンスをつくりまくるのが凄いが。
見ていると、「ペナルティエリア前でメッシがボールを持つ」という状況をめぐる戦いという気もしてくる。
ナイジェリアとしては、できるだけその状況をつくらないように守っていく感じ。ディ=マリアが積極的ということもあるが、
1-1になってからはメッシという脅威を距離的に遠ざけることができていて、それで失点せずに済んでいる感触だ。
が、前半アディショナルタイムにメッシがFKで突き放すのであった。結局、メッシってこれもあるんだよなあ……。

でも後半に入ってすぐにナイジェリアが追いついた。タイミングをはずしてできた一瞬の隙を衝く見事なゴールだ。
アルゼンチンは攻め続けることで守備というリスクを減らすという考え方が自然に染み付いているイメージがあるが、
その曖昧さをナイジェリアはきっちり衝くことができている。なるほど、どっちも持ち味を発揮しているゲームだ。
しかしアルゼンチンは容赦なく攻めて、これまたすぐにCKから勝ち越し点を奪う。やはりこの試合はゴールの応酬だ。

見ていて、個人技の「当たり前」のレヴェルが違うよなあ、と思う。当たり前にできてしまうことがとことん多いのだ。
相手に対したときに思いどおりにできることの幅が広い。選択肢が多い。まずはそこの想像力からして足りない。
そしてそれを受けての体の使い方、どこをどの程度どう動かせばどういう結果になるかの感覚が研ぎ澄まされている。
その膨大な積み重ねが豊富な攻撃パターンをつくりだしているのだ。選手たちは身体への理解が本当に深いのだ。
リフティングひとつとってもボールが言うことを聞いてくれないこっちとしては、ただただ悲しくなるしかない。

それからはぶつかり合うけどギリギリで守るシーンが続く。ガバッと点の入る時間帯があるという事実もそうだが、
両軍とも集中力にかなり波がある感じがする。その集中力をアルゼンチンは守備に注いで守りきったという印象だ。
状況に応じて攻撃と守備に集中力を切り替える。それができることが、アルゼンチンが強豪である理由なのだろう。
まあその一方で、集中力のバランスが切れたら隙ができる。マラドーナの特殊さが逆説的にわかった気も少しするなあ。

さて本日は英語のテスト。W杯期間中で旅行の直前でいろいろとキツかったが、どうにかやりきったぜ。はぁ~


2014.6.25 (Wed.)

日本×コロンビアである。フタを開けてみたらGL最終戦の相手・コロンビアは別格の強さだったということで、
このチームを相手に2点差勝利が求められるとは、ただただ悲壮なタスクである。冷静な中継をお願いしたいところだ。

まず勘弁してもらいたいのが松木の解説。パスがどうも引っかかる気がするのだが、かといってPKを期待するのは違う。
きちんと流れで決める力がなければいけないが、何が何でも点が欲しいからか、松木の解説はそういう方向に行く。
これは日本サッカー界にとってものすごくマイナスだ。こんなことではいつまで経ってもきちんとした観客が育たない。
クロスはいらない。シュートをとにかく撃ってくれ、そしてこぼれたところに誰よりも速く詰めればいいのだ。
ちゃんとしたサッカーをやっていれば、観客のブラジル人たちが応援してくれるはずなのだ。それを目指すべきだ。
しかしコロンビアの守備はなかなかに厚い。それでもあきらめず、繰り返し攻めていくしかない。

ところが前半の16分にPKをとられてしまう。今野が焦ったか、と思う。このPKをど真ん中に決められてしまい、
3点取らなきゃダメといういっそう厳しい状況となる。ギリシャ戦の最後は徹底して押し込んだけど(でも無得点)、
それとはまた異なる形で3つ決めきらないといけない。本当に難しいタスクとなってしまった。つらいが応援するしかない。

その後は本田の惜しいFKもあったが、必要なのはクロスじゃなくってシュートだ。コロンビアは最後のところを締めている。
ゴール前でなかなかうまくつながらないのは、日本のプレーがコロンビアの想定内にあるからだろう。試されているのは、
日本の攻撃のアイデアの引き出しなのだ。コロンビアの想像力を上回るプレーを休むことなく続けないといけないのだ。
すると前半のアディショナルタイムに岡崎がヘッドで得点。本田からの速いクロスで、コロンビアは対応できなかった。
本田も岡崎も非常にいいプレー。これを後半にあと2回やればいい。それにしても時間経過が速い45分間だったなあ。

コロンビアは後半からハメス=ロドリゲスを投入。これが効果覿面で、日本は攻められてばかりになってしまう。
思えばコートジボワール戦もドログバ投入によって試合を持っていかれた。状況の変化に的確に対応できないといけない。
日本は互角に戦っていてはダメなのだが、明確に勢いづいたコロンビアに押されて、なかなか思うようにペースをつかめない。
そして55分、ついに失点。ゴール前でつなぐコロンビアに対応できなかった。これは16強にふさわしい守備ではない。

日本はもっとシンプルに攻めろよと思うが、どうにもうまく崩せない。なぜシュートしない、パスじゃないんだよとイライラ。
そして松木の解説にもイライラ。ファウルかどうかなんて問題じゃない、欲しいのはFKじゃなくて得点なんだとイライラ。
前がかりになる日本は、いちいちコロンビアのカウンターが怖い。日本のシュートは相手GKの正面にばかり行っちゃうし、
コロンビアはボールを奪ったら素早くスペースを埋めてとどめを刺そうと狙っている。イヤな予感しかしない展開だ。
何よりいちばんイヤなのが、選手も解説も倒されることを期待しすぎてないか、ということだ。そんな安いチャンスなんか、
勝利には到底つながりっこない。GLを突破するためには、決勝トーナメントでも通用するプレーが必要なはずだろ!?

82分、カウンターを食らってジ・エンド。それもスピードのあるカウンターではなく、余裕たっぷりのカウンター。
やっぱり南米は狡猾だったが、それ以上に日本が戦えていなかった。ぜんぜんスピードもないし、相手にぶつからないし。
コロンビアは最後、最年長記録のGKに替えてくるナメっぷり。ただただ悲しい。日本はオランダ戦と同じチームとは思えない。
さらにハメスに1点を献上するおまけつき。今大会の日本は2つのゴールシーンは美しかったが、それ以外何もよくなかった。
こんな悲劇で終わるとはまったく想像できなかった。W杯をナメていたわけではないのだが、やはりナメていたということか。

攻めてもワンチャンスをモノにするほかの国と、攻めても点が取れない日本。この差はどうやって埋めればいいのか。
日本は本物のストライカーがいなかったなあ、と思う。サイドMFと交換可能なFWってのはやっぱり本物じゃないと思うのだ。
そこに絶対的な差がある気がした。88分間仕事をしなくても2分間で決着をつけてしまうFWがいれば、勝ててしまう。
前線からの守備は美徳ではあるが、存在感だけで脅威を与えてDFを貼り付かせるのも、実はきちんと効果的な戦術だ。
そういう異分子を上手く組み合わせるような幅の広さ、アイデアの豊富さを、もうちょっと評価してみてもいいんじゃないか。

結果的には、日本が続けてきた4-2-3-1よりも、ザッケローニ好みの3-4-3の方が今大会のトレンドに近かった気もする。
あくまで結果論だが。でもやっぱりこれは、Jリーグのプレースピードをもっともっと上げるところから始めないとダメだ。
脳みその処理速度の速いサッカーをやらないと未来はない。隙をうかがって残留を目指すJ1サッカーからの脱却が必要だ。

イタリア×ウルグアイ。さすがに球際激しいなあ、とまずは感心。すでにコスタリカはGL突破を決めている。
あまりにも壮絶な展開となった「死のグループ」だけに、GL突破をめぐって悲壮感の漂うやりとりである。
さすがに両軍とも気合が十分なので、なかなか決定機がつくれない。イタリアが過剰に慎重になっている気もするが。
それにしても、ウルグアイの人口は横浜より少ないという話を聞いて驚いた。なんでそれで強いんだ?と思う。
南米大陸ってのはそれだけサッカーが染み付いているんだろうねえ。W杯の舞台で日本が追いつける日は来るのかね。

この試合もやっぱりピルロを見ているだけで面白い。客観的にかつ観客的に見ていてストレスのない正解をたたき出す。
しかしウルグアイは的確にジャブを打つ感じで攻めていく。イタリアはいちいち動きが遅いというか重いというか。
時間が経つにつれて奇妙に静かな試合という印象に変化していった。どこかで試合が動く、それを見極めようとする感じ。

後半に入って動きが活発化してきたかな、と思ったらマルキージオが一発レッド。どうにも荒れそうでイヤな雰囲気。
65分にはスアレスが抜け出してシュート。撃ちきるスアレスも凄いが、これをきっちり防ぐブッフォンも凄い。
引き分けでいいイタリアは数的不利ながらも余裕を持って守る感じだ。選手交代をしてもまったくバタバタしていない。
10人になったとしても方向性が絞れればかえって強固になる場合も十分にあるもんだし。

……と思っていたら、いきなりボールと関係ないところで選手がもつれて倒れた。イタリアの選手は肩を押さえて、
ウルグアイの選手は口を押さえている。リプレーで見てびっくり、ゴール前の競り合いで瞬間的にキレたスアレスが、
キエッリーニの肩に噛み付いたんでやんの。むしろよくあんな器用に噛み付けるなあと、妙に感心してしまったではないか。
肩を出してキエッリーニはアピールするも、お咎めなし。決勝トーナメント進出を賭けた極限状態とはいえ、これはひどい。
結局、その後すぐのCKからウルグアイのヘッドがきれいに決まって決勝点。集中を欠く中で、点を奪いきってみせた。
スアレスの噛み付きが処分されていればこれはありえなかったと思うのだが。イタリアが一気に不利になってしまった。

イタリアの動きはいよいよ重くなっていく。カッサーノとモッタの連携は美しかったが、ピルロもがんばったけど、
冷静さのないアディショナルタイム5分も過ぎて、イタリアは負けてしまった。まあ、最後に勝ったやつが強いってことか。


2014.6.24 (Tue.)

オランダ×チリ。2連勝でノリノリのオランダと、スペインをきっちり倒したチリということで、見どころ満載。
試合が始まるとオランダは余裕を持って守備している印象。ロングボールで走らせるサッカー同士な感じである。
それにしても風間八宏の解説はきっちりしているなあ、と思う。風間の解説は聞いていると「勉強になる」って気がする。

チリは全体が前へ前へと果敢に攻めているけど、やっぱりオランダは余裕がある、懸命にプレーするチームは好きなので、
そこはどうしてもチリにがんばってもらいたいのだが。チリの方が圧倒的に惜しいシーンをつくってはいるんだけどねえ。
しかしオランダの攻撃に対してチリの守備はちょっと荒い。それもまたオランダの巧さ、余裕ということなのか。
わかっちゃいるけどやっぱりロッベンが怖い。ディフェンスがロッベンの得意なコースに行かせないようにしようとしても、
結局ロッベンは行っちゃうというこの恐ろしさ。両軍ともに持ち味を発揮したタイトなゲームでやはり見応え十分である。

後半になってオランダには積極性が出てきて、まさにがっぷり四つの戦いとなる。チリではサンチェスがさすがの技を見せ、
オランダも鋭いシュートでチリのゴールを脅かす。迫力満点の展開だったが、先制したのはオランダ。交代策がバッチリで、
わりと後ろからのクロスに入ったばかりのフェルがヘッドで得点。オランダの勝負強さを存分に感じさせる先制シーンだ。
こうなるとオランダはまた余裕を持って守る。オランダの引き出しがいかに豊富かを見せつけられる展開となっていく。
チリは怒濤のパワープレーに活路を見出そうとするが不発。オランダはアディショナルタイムにロングボールのカウンター。
またロッベンかよと思ったら、対応するDFもなんのそのでクロスを出し、これにデパイが合わせて勝負あり。
見ているこっちとしては、ロッベンが飛び道具すぎるわなんじゃこりゃ、と呆れるしかなかった。ただただ恐ろしいわ。

クロアチア×メキシコ。僕としては、どっちも決勝トーナメントに上がってほしいチーム同士の対戦である。
しかしもったいないけど、しょうがないものはしょうがないのだ。W杯ってのは本当に残酷なもんだと思う。

互角よりはややクロアチアが攻める展開だが、メキシコは守りきって攻撃につなげる。それが実に上手いのだ。
メキシコはカウンターから惜しいシーンを連発。パスをつなぐカウンター、という考え方がメキシコからは見て取れる。
クロアチアはなかなか思うようにシュートまでもっていけないし、撃ってもそのシュートが正確性を欠いている。
これはその分だけメキシコの守備が積極的であるということなのだろう。つまりはメキシコの狙いどおりの展開。
相手にボールを持たせるという強者のカウンターだ。それも個のカウンターではなく、組織のカウンターだ。

後半になってメキシコはいよいよ本領を発揮しだす。積極的な攻撃を仕掛けると、CKからヘッドでメキシコが先制。
背が高くないのに決めきっちゃうのはやっぱりセンスなんだろうなと思う。日本にとって大いにうらやましい部分だ。
前半に攻めた分だけクロアチアは消耗しているようで、守備の場面でも完全にクロアチアの足とまっとるやないけ。
スカスカのサイドにボールを振ってメキシコは2点目を奪う。まあこれはメキシコのパスワークが巧いのか、とも思う。
(ゴールの際、エレーラ監督と抱き合って喜ぶGKオチョアに爆笑。GKがそんなことしている余裕はないだろうに。
 この日のオチョアはけっこう危ないシーンが多かったが、DFが非常に上手くカヴァーしていたのが目立った。)
さらにメキシコはCKから頭でつないで3点目。クロアチアは完全に集中が切れてしまっているようだ。
最後の最後で意地の1点を返したが、やっぱり前半の「強者のカウンター」で消耗させられたのか、元気がないまま終了。

それにしても清水秀彦の解説は異様に眠くなっていけねえよ。せっかくのいい試合なのに困るぜ。


2014.6.23 (Mon.)

ベルギー×ロシア。ベルギーは本当に強いのか?と思っていたが、ロシア相手でもしっかり攻めることができている。
見ていてところどころ緩くて急に速くなるのは日本の試合っぽいかな、と思った。Jリーグがそもそもそうなんだよな。
日本がヨーロッパ相手に善戦するときはつねに速いプレーができているときだから、そこを改善していただきたい、
なんてことをぼんやり考えるのであった。両軍ともシュートに精度のない感じもどこか日本の試合に似ていると感じる。

後半に入っても両軍決めきれない展開が続いたが、最後の最後でようやくベルギーがゴールを決めた。
ロシアは寄せが緩くて、そりゃ点取られるよって感じ。ほかのグループに比べるとなんとも締まらない試合だった。
というわけで僕が思うに、ベルギーって本当は強くないんじゃないの? カペッロも指導力がないんじゃないの?

アメリカ×ポルトガル。わりと動きはゆっくりかな、と思ったらクリアミスからポルトガル先制。なんともつまらんのう。
それにしても、なんだかアメリカのサッカーは独特である。クリンスマンが監督だから国民性によるものかもしれないが、
アメフト的というか合理性を重視しているというか、そういう印象を受ける。全体的にワイドに構えているのが特徴で、
ディフェンスの干渉を受けたがらず、いかにセーフティにパスを受けてつないでいくかにこだわっているように思う。
グラウンダーのミドルパスをつないでいって敵陣の深いところまで持っていく、シュートレンジはペナの手前くらいが目安、
というのがアメリカの美学ではないか。それはそれとして興味深い発想である。戦術として参考になる面は少なくなさそう。

アメリカの攻撃が一段落つくと、今度はポルトガルの時間となる。しかしアメリカのGKもなかなかすごい。
スキンヘッドにあごひげといういかつい風貌だけでなく、中途半端な体勢からボールに触るなどの鋭い反応がいい。

後半に入って追加点を決めたいポルトガルだが、クリロナがイマイチ。絶好のチャンスもよくわからないはずし方するし。
そしたらアメリカのジョーンズがCKからのこぼれ球を決めて同点に追いついた。あれ決めちゃうの!?と驚いた。
巻いてサイドネットなんて取れねーよ、GKが立ち尽くすのも当然だよと呆れる。さらにアメリカは逆転おなかシュート。
アメリカが押し込んでいる状況なのに、ポルトガルはゴール前であれだけフリーつくっちゃいかんわな、と思う。

終盤に入って一気に試合はヒートアップ。負けられないポルトガルは最後、サイドでボールを受けたクリロナが、
ゴール前に放り込むとヘッドで同点に追いついた。これを鮮やかにやってのけるとはさすがクリロナ、クロスの質が高い。
というわけで、やっぱりトップレヴェルの選手はトップレヴェルのプレーができる、というのを見せつけられて終了。


2014.6.22 (Sun.)

アルゼンチン×イラン。アジア勢としてなんとなく応援したいイランだが、ガッチガチに守って守って守る。
守るイランとアイデアを出して攻めるアルゼンチンの戦い、という構図になったのだが、それはそれで見ごたえ十分。
感心させられるのはアルゼンチンの豊富な攻めの形で、サッカーが染み付いている国ならではの連携ぶりがいい。
対するイランもよく対応していて、決して退屈な試合になっていないところがまたすばらしい。
特にカウンターでチャンスをしっかりつくっているところが、そういう印象につながっているのだろう。
時間の経過とともにイランの攻める場面も増えていった。鋭い攻撃で、いいサッカーをしていたと思う。

でも結局最後はメッシ。試合終了直前に鮮やかなミドルを叩き込んでみせた。これがスターというものなのか……、
としか言いようがない。イランもよく戦っていたのだが、あの一撃で沈められてしまった。切なくなるなあ。

ドイツ×ガーナ。コンパクトでスペースを埋めるガーナと様子をうかがうドイツ。さすがにいい勝負をしていて、
これは見応えのある試合だと思う。どっちもチャンスをきっちりつくるが、決めきれなかったり決めさせなかったり。
それにしてもやっぱりノイアーはすごいなあ、と思わされる。シュートもドリブルする相手もいい判断で止めてしまう。

後半の早い段階でドイツが先制。斜め後ろからのクロスボールを頭に当てていて、さすがにすごいもんだと感心。
するとガーナもアーリー気味のクロスからのヘッドで追いつく。こっちもこっちできれいに決めてみせたが、
DFが寄せていても決めきれちゃうのは、身体能力の高さがなせるわざか。身体能力が高いのに連携がとれているとなると、
もうどうしょうもないよなあと思う。W杯ってのはこういうプレーの応酬がポンポン出てしまうところがすごい。

ガーナはさらにパスを奪ってショートカウンターからギャンが決めて逆転。何気ない崩しのシーンに見えるけど、
針の穴を通すように一瞬の隙を衝くパスとシュートができるから、あっさりと得点できたように思えてしまうのだ。
前半のことを考えると、あのノイアーからサラッと2点を奪ってしまうとはなかなかとんでもないではないか。
そんなわけでガーナはイケイケになり、ドイツが後手にまわる感じになるが、それを食い止めたのはクローゼ。
CKからヘッドでちょっと触ったところに飛び込んでゴール。これはもうさすがとしか言いようがない。
今度はドイツがイケイケに。サッカーってそういうもんかと思う。ファインゴール連発の魅力的な試合ですなあ。

終盤はどっちも勝ちきるべく攻め込むが、惜しいシーンを連発。ピッチの左右を行ったり来たりの展開はまるでバスケだ。
とことん熱い試合だが、両チームのサポーターにはこんなに胃が痛い試合はあるまい。で、結局2-2の引き分け。順当。

NHKスペシャル『民族共存へのキックオフ ~“オシムの国”のW杯~』を見たので、ぜひ感想を。

W杯の期間中、NHKは非常に良質なドキュメンタリーを放送するという印象がある。特に衝撃を受けたのは、
ドイツW杯のブラジル×日本戦をテーマにした『シリーズ同時3点ドキュメント』である(→2006.7.2)。
しかし今回の内容は、かなり重い。近年はイスラム原理主義によるテロなどにゆっくりと軸を変えながらも、
「戦闘によって翻弄される地域住民」という被害者が世界のどこかで生まれ続ける構図は、まったく変わっていない。
そのことを意識しているのかどうかはわからないが、宗教そして民族の対立が国家を崩壊させた旧ユーゴスラヴィア、
その一部だったボスニア・ヘルツェゴヴィナのW杯初出場に密着し、サッカーの可能性を問う鋭い内容となっている。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナといえば、志半ばで任務を離れた元日本代表監督・イヴィツァ=オシムの母国だ。
帰国後、彼はボスニア・ヘルツェゴヴィナのサッカー協会の改革に乗り出す。しかしそれは非常に困難なことだった。
深刻な民族対立の結果、サッカー協会すらも民族ごとに会長が3人いる状態で、それをひとつにまとめる必要があった。
単なる利害関係だけではない、人間の出自という決定的な部分での対立。まさに外交に等しい駆け引きがそこにはある。
誇り高い譲歩が無様な敗北と見なされれば交渉は成り立たない。オシムはその困難を一手に引き受け説得に奔走する。

現在と過去を行き来する構成となっているが、その複雑さは民族対立の複雑さを反映したものだろう。
オシムの現在とともに、その過去も語られる。ユーゴスラヴィア代表監督としてさまざまな圧力を受けながら、
W杯でベスト8に輝いた過去。しかし民族対立はついにチームを維持できない状態に深まり、国家じたいも瓦解してしまう。
昨日までふつうに暮らしていた隣人どうしが殺し合うという状況が発生し、ただ存在することへの憎しみだけが日常を覆う。
日本にいるとまるで想像のつかないことが、現実としてそこにはあった。その惨状が生々しく語られていく。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表の主力選手であるエディン=ジェコとズヴェズダン=ミシモヴィッチの過去も語られる。
ジェコは団地の地下室に隠れて暮らした過去を持ち、ミシモヴィッチの兄は戦場で大きな傷跡の残るケガを負った。
出自を理由にただただ傷つけ合うだけの日々が続いたのだ。旧ユーゴの内戦、民族紛争とはいったい何だったのか。
心と体に傷を負った人たちだけが残った結果を見ると、人間という生き物の不思議さを考えずにはいられない。
しかしそれは外側にいる者の感覚だ。ボスニア・ヘルツェゴヴィナでは、対立がまだ「現在」の中に残っている感覚がある。
オシムはまだ生々しいその感覚と戦いながら、新しく生まれた祖国をW杯の舞台に送るために杖をついて動きまわる。

民族的にはジェコはボシュニャク人(ムスリム人)であり、ミシモヴィッチはセルビア人だそうだ。
かつてのイデオロギーが消えきらないままで、内戦の傷跡から癒えきらないままで、彼らは同じ代表チームでプレーする。
それは民族が共存することの象徴という意味を背負っている。スポーツと国威の発揚には歴史的に大きな関係があるが、
そもそも国家とは何なのか。国家を支えるはずの民族がいがみ合っている状態で、スポーツとは意味を成すものなのか。
いや、むしろスポーツが国家を支える民族を結びつけることができるのではないか。サッカーに、可能性が託された。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表として戦う選手たちは、自らのプレーでその可能性を示す役割を負うこととなった。

記念すべきW杯の初めての試合。相手は優勝候補にも挙げられる強豪・アルゼンチンである(→2014.6.16)。
スポーツバーで試合を観戦するオシムの目はうっすらと赤く染まり、涙が浮かんでいるように見えた。
しかし序盤にボスニア・ヘルツェゴヴィナはFKからオウンゴールで失点してしまう。そう、これが現実なのだ。
民族対立という困難を乗り越えた末につかんだW杯の舞台で、ボスニア・ヘルツェゴヴィナをまた困難が見舞う。
でも、この困難をまた乗り越えようとすることに意味がある。W杯出場が彼らのゴールではないのだから。
オシムの目に、もはや涙はなかった。強豪を相手にわが国の代表が戦う、純粋なサッカーの試合が繰り広げられる。
「強者のカウンター」を見せるアルゼンチンに対し、ボスニア・ヘルツェゴヴィナはひるむことなく戦い続ける。
ミシモヴィッチは前線に好パスを送り、ジェコは貪欲にゴールを狙う。もちろんほかの選手たちも果敢にプレーする。
後半、メッシが圧倒的な個人技で追加点をあげる。それでもボスニア・ヘルツェゴヴィナはあきらめない。
そして85分、ついにアルゼンチンから歴史的な1点を奪う。試合には敗れたが、確かなものを彼らは残した。

見終わって、まずはその背負っているものの壮絶さにただ絶句する。そういえばかつてのオランダ代表には、
人種によってパスを出す/出さないという対立があったというが、何気ないパス1本が強烈な意味を持っている。
日本人にとっての戦争は69年も経過していることもあるが、隣り合う者どうしが戦ったというこの苛烈さは、
実際に経験した者でないと絶対にわからないだろう。その憎しみや恐怖を乗り越えて、パスを出し、受ける。
スポーツだからこそ成り立つ領域があって、そこからさらにスポーツだからこそ新たな関係を築けるものがある。
このドキュメンタリーは、その最も先鋭的な事例を可視化したという点だけでも非常に大きな価値を持っている。

それにしても、ここまで影響力のあるサッカーとはなんなんでしょうか、とも思う。スポーツのひとつではあるのだが、
あまりにも意味を持ちすぎているようにも思う。いや、意味が重いからこそ大きな影響力を与えることもできる。
理性でコントロールすることができれば、その効果は絶大だ。なぜサッカーはここまで意味を持つことができるのか。
その疑問を意識するにせよしないにせよ、おそらくみんながその答えを見つけるべく、今日もボールを蹴っている。
きっと見つけたと思った瞬間にはまた形を変えて、あるいは違う答えがチラついて、日常として続いていくのだろう。

そしてもうひとつの疑問が湧く。そこまでやっちゃう民族(宗教)対立とはなんなんでしょうか、という問いである。
直接的な生存の必要に迫られての共食いではない。人間に十分な知能があるからこそ、発生してしまっている対立。
人間は知能という武器を手にしながら、それを倫理的に正しく行使することができず、暴力の加速に利用してしまう。
そんな悲しい歴史を何度も繰り返しつつ、しかしその一方で理性をはたらかせてよりよい形での修復を試みてもいる。
おそらくは表裏一体のものなのだろう。ではその片方の面だけを発揮していくためには。

サッカーにはルールがある。スポーツのルールというのは、きわめて数学的、論理的なものだ(→2009.12.28)。
このルールの中で知性と身体能力を発揮することは、かなりの知的な行為である。ただの動物にスポーツはできない。
だからルール無用の対立をスポーツで乗り越えるということは、理にかなっている。これがサッカーの持つ可能性だ。
(オシムが大学で数学を専攻していたことは偶然であるが、しかしこの理知的な活躍にまったく無関係とも思えない。)
サッカーというスポーツ、そんな理性的で情熱的な舞台でボスニア・ヘルツェゴヴィナ代表が示した母国への誇り、
そして苦しい状況でも戦い続けた姿勢は、決して大袈裟ではなく、人間の尊厳への誇りにつながるものであると思う。
自らを誇り、同じく他者の誇りを認めることこそが、人間性の根源であるはずだから。


2014.6.21 (Sat.)

イタリア×コスタリカ。序盤は「互角」といった印象。イタリアがやや受けにまわっている分だけ、
コスタリカが積極的に攻めている感触はある。それにしてもイタリアは相変わらずピルロを見ているだけで面白い。

コスタリカは動きがよくって、イタリアの攻め手をしっかり封じている。よくボールを持てているし、守備の動きもいい。
怖くてたまらないバロテッリの止め方など、非常にきちんとしている。コスタリカの守備が思いのほかいいから、
イタリアはなかなかボールを前に出せないでいる。具体的には、中盤でピルロを抑えてボールに触らせないでおいて、
DFから前線へのロングボールは5バックで対応。ラインもしっかり高く設定しており、GKの意識も高い。

とはいえ、イタリアの攻撃はつねに鋭い。一瞬のひらめきで決定機をつくってくるピルロは本当に怖い。
運もあると思うけど、コスタリカはよく守っている。これはちょっとでも集中を切らしたら即ピンチな試合だ。
もっともそれはイタリアにとっても同じで、バックパスのミスからペナルティエリアへの侵入を許してしまう。
DFが慌ててつぶすが、このプレーでPKが取られなかったのは意外。PKだと思うんだけど、主審も大変だしなあ……。
そして前半終了間際、コスタリカに左サイドから大きめのクロスが出て、斜めに走り込みながら頭で合わせてゴール。
こういう大きく動きながら点で合わせるプレーができるってのはすごい。実にうらやましい運動神経である。
コスタリカがイタリア相手にきちんと戦って先制ってのはかなりの快挙に思えるが、よく考えてみると、
初戦でコスタリカはウルグアイを3-1で破っているのである。イタリアに慢心があった可能性は否定できない。

後半になるとイタリアはカッサーノとバロテッリの2トップに変更。このコンビってめちゃくちゃ怖いじゃないか。
プレー以上に性格的に怖い。まあそれはそれで見ものというか、こういう悪の華があるからプロスポーツは面白い。
時間とともに追い込まれていくイタリアだが、やっぱりその攻撃はいちいち鋭い。コスタリカはよく防いでいると思う。
できるだけボールを遠くへという形で対応するが、それでもコスタリカだって1トップでわりとしっかり攻めている。
イタリアの悲壮感はどんどん増していくばかり。対照的にコスタリカは時間いっぱい実力をしっかり出しきってみせた。

結局、「死のグループ」と呼ばれたグループDだが、蚊帳の外と思われていたコスタリカが2連勝でGL突破を決めた。
これはすごい。決して退屈ではない中身の濃いゲームだったし、納得の16強入りだ。ふつうに強いぞ、コスタリカ。

スイス×フランス。スイスは開始5分ちょっとでいきなり交代を余儀なくされる。これはつらい展開である。
序盤は両チームとも中盤でつぶしあい。確かに全体がめちゃくちゃコンパクトで、なかなか中盤から先に行けない。

17分、CKからしっかりヘッドを決めきったフランスが先制、スイスのGKは触ったのに惜しかった。
フランスはさらに相手ミスから素早く追加点を奪う。こりゃスイスまずいわ。しかし狭いところをよく通すなあ。
早い時間帯に2点のリードとなったことで、フランスは自信を持って、多彩な攻めを見せてくる。
スイスもいいカウンターで対抗するのだが、オフサイドだったりシュートをはずしたりで差が縮まらない。
すると30分、ドリブルからベンゼマがPKを獲得するが、これはベンゼマが巧いなという印象。足はかかったけどね。
このPKのピンチをスイスGKはよく防いだものの、10分後に自軍CKからの長距離カウンターを食って3失点目。

後半になってスイスも懸命に攻めているけど、3点リードで安全圏に入ったフランスが余裕を持って守りきる。
カウンターをちらつかせながらの守備で、スイスはなかなか落ち着いて攻めることができない感じだ。
67分にはゴール前にアウトサイドキックでパスが入ったところをベンゼマがダイレクトで叩き込んで4-0。
合わせるのももちろんすごいが、アウトサイドで思いどおりに出せるのもまたすごい。こうなってしまうともう、
フランスはやりたい放題だ。さらに攻めてつないでスイスゴールに勢いよく襲いかかっていく。
5点目も遠くの味方がよく見えている絶妙のパスだ。スイスだって決して弱くないのにこんなに差がつくものなのか、
と呆れるしかなかった。これじゃまるでスイスがサンドバッグ状態じゃないか。サッカーってのは残酷なものだ。

しかしスイスもこのまま終わるわけがなく、FKで壁の下を抜いて意地の1点を返す。コースが絶妙だったな。
さらに2点目は後ろからの浮き球のパスをダイレクトボレー。これはきれいに決まったが、よく合わせられるもんだ。
結果的にはファインゴールいっぱいのゲームとなったが、5-2ってのはなあ……。差がついちゃったなあ。


2014.6.20 (Fri.)

コロンビア×コートジボワール。日本の属するグループCで、初戦勝った国どうしの対決である。うらやましい。
序盤はコロンビアが押し気味だが、動きの非常に激しい好ゲームといった感じに。実に締まった内容である。
日本もこういうレヴェルで戦ってほしかったなあ、とうらやましくってしょうがない。やっぱサッカーは走らなきゃ。

コロンビアのカウンターがとにかく鋭い鋭い、スピードに乗っての速攻が迫力満点である。
今大会はポゼッションよりカウンターが圧倒的優位となっているが、コロンビアをはじめ南米のチームの場合には、
どっちもできるけどカウンターの方が相手を崩しやすいから今回はそれでやっているよ、という領域があると思う。
まあ要するに「強者のカウンター」ってことになるのだが、今大会のコロンビアはその圧力がものすごい。

後半に入るとコートジボワールはやっぱりドログバを投入。日本はこれであっさりやられてしまったわけだが、
さすがにコロンビアはそう簡単に流されることはなかった。それどころか、CKから先制点を奪ってしまう。
スルスルとニアに入っていったハメス=ロドリゲスがヘッド。これが千両役者ってやつなんだなあ、とただ感心。
喜ぶダンスの切れ味がまた面白いのであった。コロンビアはさらにショートカウンターで追加点。これは本当強い。
コートジボワールも鮮やかなドリブルですり抜けて1点を返してみせる。均衡が崩れると一気に動くもんだと思う。
両チームとも切れ味鋭いプレーの応酬で、本田のゴールがハイライトだった日本との差が悲しくってたまらん。

終盤はモメたのはちょっとみっともなかったが、コロンビアが下馬評どおりの強さを発揮して2連勝。
日本はGL最終戦でこれとやるんか……。なんかすごく絶望的な気分なんですけど。ドイツんときを思い出すわ……。

日本×ギリシャ。日本としてはどうしてもここで勝っておかないといかんのである!
ギリシャはまずとにかく守る感じ。とはいえやっぱりセットプレーは怖い。10年前のEURO 2004(→2004.7.5)以来、
ガッチリ守ってカウンターなサッカーを徹底する国という印象があるが、そのとおりとことんカウンターにこだわっている。
対する日本は変な余裕を感じる。もっとガツガツ攻めろよ、と思うのだが、いつか決められるだろうという甘さを感じる。
実際、日本の方がかなり多くチャンスをつくるのだが、どうにも決まらない。大迫のシュートも本田のFKも「惜しい」止まり。

どうもほかの国と比べて日本はスピード感がない。たとえばJ1は隙を見せるとやられる緊張感のある試合が多いが、
裏を返せばその分だけ展開は遅い。思うに、J1のような、隙を見せないように見せないようにじっくりやるサッカーが、
日本代表のサッカーに悪影響を与えているのではないか。こんなチンタラしたサッカーじゃ勝てるわけねえよ、と思う。
J2湘南なんかは息もつかせないサッカーをやって観客を魅了しているが、ああいうサッカーが主流にならないといけない。

なんでこれだけチャンスをつくっておいて決めきれないんだ、と思っていたら、前半終盤でギリシャは退場者を出し10人に。
ものすごくイヤな予感がする。こうなるとかえって、ギリシャは自信のある守備をもっと固めて手強くなってしまうだろう。
39分には川島が相手シュートをビッグセーヴ。こういう反撃もあるわけで、数的優位なんてものはまったくアテにならない。

後半に入っても日本はどうもゴール前で精度がない。大久保はフリーなのにシュートをあさっての方向に飛ばし、
走り込んだ内田のシュートも枠に行かない。遠藤のFKも惜しかったのだが、それに詰める選手がいないのが非常にまずい。
はっきり言ってギリシャの守備はまったくタイトではなく、破ろうと思えばいくらでも破れるように思える。
意地でもシュートを決めきるという気迫がまったく感じられない。日本にはきれいに決めようとする悪癖があると思う。
ギリシャにファウルでプレーを止められる前にスピードを速くすることで攻めきれないのか、とイライラしてきた。

結局、日本は惜しい攻撃ばっかりなんだけど、「惜しい」止まりで時間だけが過ぎていってスコアレスドローで終了。
なんというか、W杯の本大会というよりも、まるで親善試合のようだった。最後までギアが上がることはなかったなあ。
まあこれは、ギリギリのところでシュートさせないギリシャが上手い、なんて考え方もできるのかもしれないが。
振り返ると本田が右足で蹴らないのがけっこう痛い。清武や齋藤なんかのドリブラー攻勢があってもよかった気がする。
しかしこれだけ攻めて点が取れないのは、神様が山中鹿之助的な試練を与えているのかね。自業自得な試練だよなあ。


2014.6.19 (Thu.)

オーストラリア×オランダ。初戦を落としたオーストラリアはただでさえムッキムキな皆さんがそろっているのに、
スペインから衝撃的な勝利を挙げたオランダが相手ということで、序盤から非常に激しくぶつかっていく試合となった。
先制したのはオランダで、やっぱりロッベンのスピードはすさまじい。わかっちゃいるけど止められないんだよなあ……。
しかし直後にオーストラリアが追いつく。ロングパスという発想もすごいが、それをダイレで合わせるケーヒルもすごい。

しっかりプレスをかけあう好ゲームだなあと思っていたらハンドでオーストラリアがPKを獲得し、逆転。
でも今度は5分も経たないうちにオランダがパスをつないで追いついた。W杯らしいワクワク感のあるゴールの応酬だ。
最後に決めたのがファンペルシーで、スペイン戦もそうだがやはり決定力が違う。大事なところで決めきる力がすごい。
オランダは取るべき人が点をしっかり取っているところにレヴェルの高さを感じる。「当たり前」のレヴェルが高い。
でもこのオランダと対等に渡り合っているオーストラリアもまたうらやましい。先日の日本と比較しちゃうよなあ。

決勝点を決めたのはオランダ。あのタイミングでシュートを撃つのか、と驚いた。ゴールまで距離があるのに、
ドライヴ回転をかけてGKのところでバウンドするように蹴っている。やはり細部での技術が勝つ確率を高めるのだ。
ピンチの後にチャンスという目まぐるしいゲームだったが、そういうテンポの速いプレーに巻き込まれていくことで、
かえってクオリティが上がっていく事実を確認した気がする。日本がヨーロッパ相手にいい戦いをするときは、
必ずプレーのテンポが異様なくらい速い。オーストラリアはオランダ相手によく戦ったけど、最後は押し切られたね。

スペイン×チリ。チリはビエルサ以来わりかし評判がいい印象。ザッケローニの後任になってくんねえかなあ、ビエルサ。
上がり調子のチリが初戦でまさかの惨敗を喫したスペインと戦うわけで、チリがどこまでスペインを翻弄するのか見る。

果敢に攻めるチリに対し、スペインは動きが硬いというか重いというか。チリは球際が強く思いどおりにプレーさせない。
スペインはさすがにきれいにボールを回せるけど、チリは最後のところをきちんと締めてくる。そりゃまったくそうで、
最後さえ押さえりゃ問題ないのである。今大会はポゼッションするチームにとっては受難の大会なのかもしれない、と思う。
結果を出しているのはカウンター志向のチームばっかりじゃないか。スペインを破ったオランダが、その象徴的存在だ。
今大会のトレンドはカウンターか、そう考えると日本も受難の側ということになる。これはどうも旗色がよろしくない。

そんなことを考えている間にチリが先制。右サイドから連動してボールをつないでいき、最後はフリーの選手が決めた。
狭いところをよくつないだもんだと感心するが、よく見たらチリはきっちりディフェンスを釣ってパスを出していた。
スペインはゴール前でフリーの選手をつくってしまうほど釣られたし、逆を言うとチリは人数をかけて攻めていたのだ。
相手が防ぎきれない攻撃をやりきっており、非常に理想的なゴールだったと思う。やっぱビエルサ招聘するしかないよ。

その後もチリは積極的な守備でスペインに対抗する。スペインがまったく自由にプレーできていない。
そしたらさらに攻めるチリがFKを獲得し、これがきれいな弧を描いて落ちる。スペインGKが一度はこれを弾いたものの、
それを撃ちきって追加点。この場面ではスペインのディフェンスの反応が遅れていて、勝負はつねに一瞬なんだなと思った。
決定的な差を分けるのは一瞬のことであり、その一瞬を決めさえすれば永遠に勝ちが記録されるという残酷さを実感した。

後半になってスペインもよく攻めるが、なかなか決まらない。チリと比べるとツイていない感じはなくはないが、
ツキを引き寄せるだけの違いを生み出せていないのも確かだ。チリはボールをつなぎながら余裕を持って攻めており、
むしろチリのやっていることの方が「スペイン的」であるように思える。スペインの感覚はどんどん鈍ってきているようで、
ペナルティエリアの手前まで来てもシュート撃たない。中に入ってからじゃ遅いのに、確実なタイミングを待っているのか、
どうにも判断が遅い。もはやスペインの凋落は完全に明らかで、頂点を極めた者が転落する残酷さに悲しくなってしまった。
結局、試合はそのまま2-0でチリが勝利。チリは今回、どこまで行けるのか、非常に気になる。楽しみな存在だ。

カメルーン×クロアチア。まずはカメルーンが非常に積極的に仕掛けていくが、先制したのはクロアチア。
ディフェンスからのロングパスをよくつないでゴール。カメルーンは攻めに気を取られて隙ができたのか。
その後はリードしたクロアチアが余裕を持つ感じになり、一進一退で互いに攻め合う展開となっていく。
驚いたのは40分で、ソングが相手に肘打ちしてレッドカード。これは緊迫した試合に水を差すみっともないプレーだ。
こうなるとあとはもう、クロアチアがカメルーンを疲れさせるだけでいい。なんとも愚かなものだ。

後半に入るとクロアチアが個人で一気に攻めて2点目。以降はクロアチアが攻めることでカメルーンを封じる展開になる。
カメルーンは集中が切れてきたのか、ろくに競らないCKからクロアチアが3点目を奪って、勝負あり。
さらにクロアチアはGKの弾いたボールを押し込んで4点目。オフサイドと判断したのか完全に足が止まっていた。
カメルーンは惜しいシーンもつくるんだけど、イケイケのクロアチアに守りきられてなかなか上手くいかない。
結局、そのフラストレーションは試合中の味方同士のケンカという形で噴出してしまったのであった。
いやー、さすがにダメだこりゃ。後になって思えば、ソングのレッドから悲劇の伏線はあったのではないか。
うまくいかないときにどれだけ耐えられるかという、メンタルの重要性がはっきりと出た試合だったなあ。


2014.6.18 (Wed.)

ブラジル×メキシコ。まず唸らされたのがブラジルの選手の技術。ブラジルの代表なんだから上手いのは当たり前だが、
それにしてもいちいちアウトサイドキックの精度がすごい。僕ら庶民とは身体感覚が決定的に違うんだろうなあと思う。
対するメキシコは、なんといってもGKオチョアがとんでもなく目立っている。ブラジルのシュートをことごとく体に当て、
絶対にゴールを割らせない。セーヴというより「邪魔」という表現がしっくりくる感じで、とにかく邪魔をしてみせる。

王国ブラジルのホームという状況でも、メキシコは持ち味を存分に発揮してプレーしているのがすばらしい。
ドスサントスがすごいのはわかっているけど、それ以外の選手もしっかりとドライヴ回転のかかったシュートを撃つし、
ひとつひとつ細部まで気の抜けない技術をきっちり入れてくる感じ。蹴ったボールの軌道がふつうじゃないのだ。
それくらいでないとブラジルとは真っ向からやり合えない、ということなのだろう。とんでもないレヴェルで戦っている。

どっちもすごい身体能力だなーと呆れながら見るしかないのであった。オチョアはいったい何点防いだんだ?
サッカーの上手さってのはいろいろあると思うのだが、Jリーグの試合ではあまりお目にかかることのできない、
身体能力をベースにしたうえでの技術というものが目一杯詰まったゲームだったように思う。見応えあったなあ。
結果はスコアレスドローで、メキシコにとってはまさに勝ちに等しい試合。さすがはメキシコ!と感心しきり。

それにしても椎名林檎のテーマ曲はまったくもってぱっとしない。彼女独特の声がフィーチャーされてはいるものの、
視聴者の興奮を呼び起こすというところまでには至らない。バックで流れているのを聴くと、なんだか薄っぺらい印象だ。
チアホーンが入るあたりにJリーグ以前の世代にも訴えかけようという意図は感じるのだが、それ以上のものがない。
世間では歌詞が右翼っぽいとかあれこれ言われているようだが、僕は歌詞に興味はないのでその点は特になんとも。
そんなのどうでもいいからもっとハイライトシーンで映える曲調にしてくれよ、といった感想しか湧いてこない。

思えばSuperflyは偉大だった(→2010.6.20)。日本がGLを突破したことが後押しになった側面も否定はできないが、
それにしても『タマシイレボリューション』の昂揚感は、振り返れば「絶妙」としか言いようのないハマり具合だった。
これは結果論になるんだけど、Superflyがサッカーをめぐる情熱という広いレンジを扱うことに成功していたのに対し、
椎名林檎の視野は日本にこだわりすぎてスポーツの本質から離れてしまったのではないか、という気がする。
そりゃ確かにW杯は国どうしの戦いだが、それ以上にスポーツの祭典なのである。そこが勝敗を分けたように思う。


2014.6.17 (Tue.)

ドイツ×ポルトガル。裏のゲームがガーナ×アメリカということで、グループGもかなり死のグループである。
こないだ会ったワカメにどこが強いかと訊かれてドイツと答えたわけだが、実際どこまで強いのかじっくり見るのだ。

ポルトガルはクリロナばっかり目立っているなあ、と思う。クリロナとその仲間たち、という印象がどうしてもある。
対するドイツは小気味良く攻める。ポルトガルはDFとGKの連携がおかしくてあわやゴールというつまらないミスが出る。
さらに今度はペナルティエリアで倒してPK。さっきのミスもそうだけど、ポルトガルはドイツに押されているということだ。
結局、PKをミュラーがきっちり決めてドイツが先制。ポルトガルが攻めても決まらなくて膠着している感じがするのは、
ドイツのペースだと思う。ポルトガルはアルメイダが抜けてかなり痛いのと対照的に、ドイツは余裕を持って戦っている。
そしたらドイツがCKからきれいに決めて2点目。やっぱり後ろから入ってくるとゴールを決めやすいわけだ。勉強になるなあ。

懸命に攻めるポルトガルなのに、36分にペペが頭突きで一発退場。これはもうとことんまで雰囲気を悪くする退場劇だ。
ペペは『怒り新党』で「新3大・悪童ペペの奔放なプレー」が紹介されたけど、また新しい伝説をつくってしまったか。
こんなんじゃポルトガルは勝てるわけねーよと思っていたら、ミュラーが相手のクリアをすぐカットしちゃってシュート。
こういうゴールを決めちゃうとは、本物のストライカーだとしか言えない。得点王になりそうなキレ具合だなあ。

3-0となったことで、後半もドイツは余裕を持って守る。ポルトガルの体力をきっちり消費させるやり方だ。
さすがのクリロナも悲壮感のある表情で、見ていて切ない。ポルトガルさらにケガ人が出て、ただただつらい展開。
そして押し込むドイツはミュラーがハットトリック。やはり相手の対応に瞬時に反応するストライカーの得点だ。
いやしかし、スペインやポルトガルを見ていると、同じく初戦を落としたとはいえ日本にはまだ希望があるなあ、と思う。


2014.6.16 (Mon.)

アルゼンチン×ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。ボスニア・ヘルツェゴヴィナはオシムのいる国だぜ。

FKからオウンゴールで、いきなりアルゼンチンが先制してしまう。こういう失点ってのは切なくてたまらんなあ。
両チームで技術の差はだいぶある印象だが、ボスニアは主導権を握って攻めようとする。けなげだなあ、と思う。
対するアルゼンチンは意外としっかり守っている。まあむしろボスニアに攻めさせているという余裕も感じる。
いわゆる「強者のカウンター」モードに入っている気もする。ボスニアは積極的ではあるが、精度がなくて決められない。

で、後半に入った65分にメッシが一瞬のパスからドリブルドリブルそしてシュート。コースもきっちり狙っていて、
これは驚くしかないゴール。メッシはやっぱりメッシなのか、特別なプレーヤーはやっぱり特別なのか。
その後もメッシにボールが入ると一気に危機感が増す、そんな場面があって、あらためてその実力を実感させられた。

それでもボスニアはシュートを撃ち切って1点は返す。ボスニアの攻めてやられてそれでも攻めようとする姿が、
なんだか日本に似ているのは気のせいか。ボスニアがよく攻めていたからアルゼンチンはよく守った、そんな試合なのかな。


2014.6.15 (Sun.)

さあいよいよ日本代表の登場である。コートジボワール×日本。

日本はあまり運動量のない序盤かな、どうにも固さを感じるなあと思っていたらスローインから本田のゴール。
これはかっこよすぎる! シュートまでのタイミングの速さがいいのだ。こんなファインゴールでスタートするとはすばらしい。
しかしその後は胃に悪い展開が続く。コートジボワールのロングシュートが怖かったけど川島ナイス。
じっとりとした展開で、日本はどうも縦パスのミスが目立つ印象。コートジボワールのミスを待つ感じが不安である。
カウンターで攻められてどうにも危なっかしい。無失点で前半を終われたのは運がいいという印象を受けるほどだ。

後半も相変わらず日本は危なっかしい。ボールの精度がいちいちよくない。ピタリピタリと決まる他国とだいぶ違う。
54分には長谷部に代えて遠藤を投入。長谷部が悪いわけではないのだが、遠藤が入るワクワク感がいいなと思う。
ザッケローニは遠藤に大久保にと攻撃的なカードを切ってくるものの、すべてをもっていったのはドログバの投入。
それまでもコートジボワールは日本を押し込んでいたが、一線を越えて得点となったのは、やはりドログバの影響を感じる。
右サイドからクロスが入ってヘッドで失点。それまで懸命に攻撃を防いできたのに、これが入ってしまうとはもったいない。
さらにわずか2分後にまた同じような形で右サイドから失点。あまりのあっさりぶりに、ただただ失望するのみである。
押し込まれていたところにドログバ投入で、決定的に腰が引けてしまったなあ、という感じ。で、そこを衝かれた。

振り返れば本田のゴール以外は何ひとついいところのない内容だった。なんで日本はこんなことになっちゃっているの?
あまりにも動きが重くて、積極性のかけらもなくて、呪いでもかかっているかのようだ。ギリシャ戦までに切り替えられるのか。

イングランド×イタリア。世間はイングランドを強豪とみなしているようだが、オレはそうは思わんぜ。

わかっちゃいるけどピルロのパスセンスがすごすぎる。一発で相手にとって危険な局面をつくってしまう。
そこそこゆったりしたペースながらも一瞬の隙は見逃さない、そんな感じで序盤は油断のならない進み方である。
イタリアはいつでも点が取れるぜという余裕を感じさせ、イングランドもイングランドのわりにはチャンスをつくっている印象。

この試合はピルロを見ているだけでも面白いなあ、なんて思っていたら、イタリアが先制。
こんなよく針の穴を通すように決めるなあ、と呆れるしかない。シュート直前のピルロのスルーもセンス満載ですげえ。
そしたら2分後にイングランドが一発でカウンターを決め切って同点。やはりルーニーは別格か、とこれまた呆れる。

後半はイングランドがよくボールを持っている感じだが、イタリアは右サイドから仕掛けてバロテッリの勝ち越し弾。
その前のサイドで相手をかわしてからクロスをあげるまでの一連の動きがうますぎる。惚れ惚れするわー。
イングランドも意外とよく攻めているなあと思うんだけど、最後のところでどうしても精度を欠いてしまう。
わずかな差なんだけど、そこを決めきることの力の大きさを実感させられたのであった。

それにしても早野のダジャレと実況スルーの様式美がたまらん。プランデッリのプランどおりとか、ハートブレイクとか。
いや、いい試合だった。日本しっかりしろ。


2014.6.14 (Sat.)

梅雨の真っ只中だったので心配していたのだが、運よく晴れてくれた。晴れてくれれば自転車ですぐだから。
毎月恒例のサッカー観戦だが、6月は迷わず東京ヴェルディ×アビスパ福岡の試合にした。ヴェルディは好きではないが、
この試合だけは絶対に観ておきたかった。それは、試合会場が駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場だから。
なんせここでJリーグの試合が開催されることなんて滅多にないので、このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
日記を書き終えると、そのまま自転車で駒沢公園に直行。自転車で気軽に行けるスタジアムって本当に素敵だ。

  
L: 駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場。前のスペースはJリーグの試合会場らしく賑わっていた。興味深い光景だ。
C: 芦原義信設計の駒沢オリンピック公園管制塔も、出店に囲まれてご覧のとおり。よく見るとベンチにヴェルディくんが座っているよ!
R: 管制塔と陸上競技場の間はこんな感じ。場所があまりに広大なので、イベントスペースが小さく見えてしまう。

駒沢公園やその建築については以前にもログでクローズアップしたことがあるが(→2001.4.222013.7.27)、
今回は特に、陸上競技場の内側から見た光景を紹介してみる。ふだん入れない場所なので、何もかもが面白い。

  
L: コンコースはこんな感じ。こりゃ面白い。  C: メインスタンド。なるほど、印象的な三角形の裏側はこうなっているのか!
R: フィールドを眺める。Jリーグというよりも、高校サッカーのイメージの方が強いなあ。トラックがあるけど比較的観戦しやすかった。

陸上競技場の中だけじゃなく、観客席から眺める外の光景もまた面白くてたまらない。夢中でシャッターを切って過ごす。

  
L: 駒沢オリンピック公園総合運動場屋内球技場。少し高いところからだと、また違った見え方がするもんですな。
C: グラウンドレヴェルに接続するスロープ。そうして下りていったところにあるのはトイレ。いやー、これは昭和モダンだわ。
R: 駒沢オリンピック公園総合運動場体育館は……なんか前回のログ(→2013.7.27)とあんまり変わらないなあ。

せっかくなのでパノラマ撮影もやってみた。かなり歪んでしまっているが、とりあえず雰囲気は伝わると思う。


いかがでしょう。バックスタンドの向こうにあるのが国立病院東京医療センター。こいつのせいで競技場に照明がつけられないのだ。

炎天下での試合観戦を覚悟していたのだが、メインスタンドはいい具合に日陰になっていて安心。
そのうち両チームの選手たちが登場して練習が始まったのだが、福岡は選手に混じってプシュニク監督が大ハッスル。
ふつう試合前のウォーミングアップに監督は出てこないことが多いが(大木さんが選手の動きを眺めていたくらい)、
プシュニク監督はあっちこっちへ動きまわり、アップ中の選手に指示を出す。これは非常に珍しいパターンである。
こんなに落ち着きのないエネルギッシュな監督は初めてだ。さらにプシュニク監督は選手入場の際にも脇から激励。
いろんな監督のいろんな行動、そしていろんなサッカーが楽しめるJリーグっていいなあと思う。

  
L: ウォーミングアップ中のピッチをウロウロするプシュニク監督。そんなに暇なのか。  C: 試合直前だけどGKにも熱血指導だぜ!
R: なんと、選手入場時にはヴェルディヴィーナスの皆さんに混じって選手を激励するプシュニク監督。そんな監督初めて見たわ。

試合が始まると基本的には福岡ペース。ヴェルディは明らかに受けにまわっており、福岡がボールを保持する展開に。
福岡の攻撃は特に切れ味がいいというわけではないのだが、ヴェルディが変に萎縮していたという印象がする。
そして19分、福岡がCKのチャンスから最後は城後が押し込んで先制。思ったより早い時間に試合が動いた。
するとそのわずか3分後、ヴェルディのトラップミスを城後がカットするとドリブルで中央を突破する。
そこからパスを受けた金森がペナルティエリアで粘り、後ろへ出したボールを酒井(ゴートクの弟)が決めて2点目。
福岡の積極的な攻撃がきれいに決まって、メインスタンドは大盛り上がり。東京在住の博多者がけっこういたようで、
周りには福岡のユニを着たサポーターがけっこう多かった。ちなみになぜか皆さん、ほとんどアウェイユニなのが特徴的。
アウェイゲームでもホームのユニを着る人の方が多いのがふつうだが、福岡については律儀にアウェイの人が多数派だ。
その後も福岡は圧力をかけて攻めていく。37分にはFKから金森がきれいにヘッドで決めて3点目。ここで勝負あり。
さらに39分にはCKがヴェルディのDFに当たってゴールラインを越えてしまい、4点目。アウェイ側はお祭り騒ぎだ。

  
L: 2点目のシーン。福岡は勇気を持って相手陣内へと入っていく勢いがあった。対するヴェルディは臆病だった。
C: 3点目のシーンだが、1点目も4点目もこれと同じような感じだった。ヴェルディはセットプレーでやられすぎ。
R: ハーフタイムになっても選手への熱いアドヴァイスが止まらないプシュニク監督。非常に珍しいタイプである。

福岡というと積極的にプレスをかけるサッカーで知られている。実際に見ると、そこまで「積極的」には思えない。
なんせ湘南ベルマーレという、もっと遠慮なしにガンガン当たっていくサッカーをやるクラブがあるからだ。
梅雨の晴れ間というコンディションもあってか、今日の福岡はもう少し現実的で、相手を選んでプレスに行く。
闇雲にボールホルダーに襲いかかるのではなく、ボールが次に入るところを狙う。複数で狙うことも気にしない。
そしてボールを持つと相手ディフェンスラインの裏へと出して、前線を走らせる。攻守の切り替えもなかなか速い。
正直なところ、福岡がいいというよりもヴェルディがあまりにもひどすぎたのだが、懸命さはよく伝わるサッカーだ。

  
L: 後半開始からすぐの50分、福岡がCKから5点目を奪う。酒井が上手く頭に当てて流して決めた。
C: 5点差がついても福岡は手綱を緩めない。ディフェンスの裏を抜くパスを何度も狙って押し込みにかかる。
R: 駒沢はまずまず観戦しやすいスタジアムだった。照明がなくてあまり使わないのがなんとも残念である。

後半に入っても状況は変わらない。後半開始5分、CKから福岡が5点目を決める。ヴェルディはもう目も当てられない。
なんでこんなにひどいのか、福岡がそこまでスーパーだとも思わないのだが、とにかく攻撃が最後までいかない。
パスサッカーを志向するチームなだけに、つなごうとすると福岡の守備がプレスをかけてきて結局引っかかってしまう。
福岡は確かに体の強さはあると思う。それでヴェルディはボールを前に運ぶことができず、福岡がボールを奪うのだ。
ヴェルディのDFにはボールを持たせておいて、ラインを上げたらそのスペースを攻め返してセットプレーまでもっていく。
蜂の一刺しどころか5本も刺されて(アビスパは「蜂」のこと、念のため)、ヴェルディはアナフィラキシーショックだ。

面白かったのは福岡が攻撃している際の応援で、ゴール裏から博多山笠の掛け声が聞こえてきたのだ。
こういう地域独特の要素をサッカーの応援に織り込んでくるのはすばらしいことだと思う。福岡はうまいことやっている。

 
L: 終わってみれば福岡の圧勝。選手退場後に明日のコートジボワール戦に向けて日本にエールを送ったのが印象的。
R: 対照的に反省会な感じのヴェルディゴール裏。まさかの0-5に茫然とするのみ。救いのない内容だったなあ……。

帰りは自由が丘に寄って散髪。われながら優雅な休日であると思う。駒沢でのサッカー、実にいいですなあ。

W杯も録画で観戦だぜ! メキシコ×カメルーン。やっぱりメキシコのサッカーはきちんと見ておきたいのである。

両チームともやらせない感じの序盤だったが、徐々にメキシコがペースをつかんでいく。サイドを広く使いながら、
パスをしっかりとつないで攻めていき、シュートを撃ちきって攻撃を終える姿勢が何よりいい。そうでなきゃいかん。
すると前半11分、メキシコがシュートを決めたと思ったらオフサイド。リプレーよく見たらオンサイドじゃん微妙だけど。
30分にもメキシコがCKのチャンスからゴールと思ったらオフサイドの判定。これも誤審でドスサントスがかわいそう。
とはいえ審判としては十分ありえるミスで、「これは怖い!」というのがヘボ4級審判員である僕の素直な感想である。

カメルーンはやっぱりエトーがうまい。でも時間が経つにつれてエトー任せの度合いがひどくなっていく印象。
僕は知らなかったのだが、カメルーンの監督は浦和レッズでいわれなき批判を受け続けたフィンケとのこと。びっくりだ。
両チームとも雨の中というコンディションだが持ち味をよく出している好ゲームで、非常に見応えがある。録画して正解。
メキシコは自陣でのピンチで単純に蹴り出すのではなく、極力グラウンダーで落ち着いてつなぐプレーを選んでいる。
クリアで遠くに蹴っても何にもならないが、相手のスペースへとつなぐことでチャンスをつくっていて、勉強になる。

そして後半の61分、縦パスがついに決まってメキシコが先制した。ドスサントスのシュートをGKが弾いたものの、
さすがにゴール前に4人も入って詰められるとそりゃあやられるわな。メキシコ側から見れば非常にいいプレーだ。
対照的にカメルーンの攻撃はエトー頼みでイマイチ迫力に欠ける。最後はメキシコがよく守りきって1-0で勝利。
かなりつらいコンディションの中だったと思うが、すごくいいゲームだった。やっぱりW杯の試合は見ていて楽しい。

しかしグループAはブラジル・クロアチア・メキシコ・カメルーンで、ふつうに死のグループだろコレ。
開催国なのにブラジルは大変だとあらためて思う。そしてこのグループで初戦を勝ちきったメキシコはやっぱり強い。

続いてスペイン×オランダも見るのだ。GL初戦からユーロのクライマックスと言えるレヴェルの対戦カードである。

まず印象的なのが、ディエゴ=コスタがボール持ったときのブーイング。まあ、当たり前のことだとは思うのだが、
それにしてもすごい。ブラジル代表を蹴ってスペイン代表を選ぶということは、これだけ強烈な風当たりとなるのか。
試合じたいはオランダが5バックという超守備的な布陣を採用したからか、序盤はわりと拮抗した進み方だった。
スペインがボールを保持して攻めるんだけど、プライドを捨てて守るオランダがよく対応して決定機をつくらせない。

スペインを見ていてふと思った。ショートパスを速く回して最後はブラジル出身のFWが決めるというサッカーは、
レヴェルの差はあれど、かつて大木さんが率いていた頃の甲府のようだ。となると、弱点もなんとなく見えてくる。
しかしPKでスペインが先制した段階では、このときのデジャヴが現実のものになるとは夢にも思わなかった。

さすがにヨーロッパでブイブイ言わせている両チームの対戦だけあり、各選手の技術はすばらしい。
みんな足に吸い付くようなトラップをするので見とれてしまう。なんであんなにボールをきれいに収められるんだろう。
そんなことを思っていたら、もっととんでもないプレーが出た。ファン=ペルシーが斜め後ろからのロングパスに反応、
ダイビングヘッドで鮮やかに同点弾を決めた。なんだこれは。現実にこんな動きをやっちゃうなんて信じられない。
追いついた時間帯もまたいい。オランダ戦の大迫みたいで(→2013.11.16)、希望をつなぐ最高のゴールだ。

同点で後半開始。5バックで臨むオランダは、一瞬の隙を衝いてそれを決めきるサッカーだ。それがはっきりしたのは9分後。
ペナルティエリアでボールを持ったロッベンが、右から中央に切れ込む得意の形で逆転ゴールを決めてしまう。
手数をかけたがるスペインに対し、ファン=ペルシーやロッベンといった個の力でカウンターを決めきるオランダ。
そう、大木さんが率いた甲府も個の力を生かした鋭いカウンターには弱かった。スペインがそれとダブって見えてしまう。
よくわからない理由のFKからオランダが押し込んで3点目を奪ったとき、サッカーの残酷さをまたも思い知らされた。
サッカーとは90分間のスポーツであり、トータルで考えなければいけないのだ。スペインは前半とは別のチームのようだ。
4失点目はGKカシージャスがあんなミスをするのか、と唖然とする内容。さらにロッベンの足の速さと「型」で5点目。
5バックによるカウンターサッカーがここまでハマるとは……。W杯2日目にして衝撃的な試合となってしまった。


2014.6.13 (Fri.)

W杯がついに開幕である。開催国はブラジルということで、ヨーロッパはいいだろうけど日本は時差が面倒くさい。
それでも約1ヶ月にわたってテレビに釘付けの日々が始まっちゃったのである。覚悟を決めてしっかり観戦するのだ。

開幕戦はブラジル×クロアチア。ブラジルは言わずもがなの「王国」だが、クロアチアだって強豪だ。
ハイレヴェルな試合が期待できるぜと観戦スタート。さすがに世界最高峰の試合なので、ボールがいちいち速い。
ヨーロッパや南米と日本の差を痛感するのは、やはりボールの動くスピードだ。そしてそれを正確にトラップする技術ね。
そんな試合で主審を務めるのはJリーグでもおなじみの西村さん。がんばってほしいなあと思いつつ観戦。
それにしても国旗が国旗だからか、クロアチアのユニフォームは毎回市松模様がオシャレである。今年も大胆でかっこいい。

クロアチアだって十分すごいはずなのに、ブラジルがしっかりボールを持ってプレーするところにまず圧倒される。
それでもクロアチアのカウンターはスピード感があって見事だなあと思っていたら、まさかオウンゴールでの幕開けとは。
確かにイマイチ足下でボールが落ち着かない展開で、それを選手たちはよくギリギリでカヴァーしているなと感心していたが、
こういった肝心のところでミスが出てしまったか。でもこれはボールに触っちゃったマルセロを責めることはできないだろう。
しかしマルセロはアレだな、宇宙兄弟だな。

反撃するブラジルはパスやドリブルでスルスルと抜けてチャンスをつくる。針の穴を通すようにパスやシュートを出してくる。
しかしブラジルのクロスはなんであんなに絶妙なタイミングで出るんだろう。一瞬の呼吸を合わせて攻撃するのを見ていると、
西村主審がついていけているのか気が気じゃない。でもファウルをとっているのを見ると、なんだかんだでよく見ているようだ。
そしたら中央でボールを受けたネイマールがゴール。あんな完璧なコースに蹴るとは、やっぱりネイマールはすごいんだなあ。

後半に入ってペナルティエリアでフレッジが倒されて、西村主審はPKという判定。「取るんだ」というのが僕の第一印象で、
取るんなら取るんでまあしょうがねえよな、といったところ。ただクロアチアとしては納得いかないだろうなあ、とも思う。
非常に難しいプレーで、むしろここから混乱しちゃうと困るなあ、と思いつつネイマールのゴールを見るのであった。
キーパーはよく触ったんだけどなあ、止めきれなかったか。その後はクロアチアもよくチャンスをつくって攻めたのだが、
こぼれ球をかっさらったオスカルが決定的な3点目を決めてしまった。あのタイミングであのコースに蹴るなんて。

結論としては、クロアチアががんばった分だけブラジルの強さやしたたかさや要領のよさが目立った感じ。


2014.6.12 (Thu.)

思うんですけど、サッカー観戦に行くとレヴェルの低い客をたまに見かけるわけです。で、ウンザリする。
そいつひとりのせいで、せっかくの楽しいサッカー観戦がぶち壊しになってしまうこともあるんですな。

チームを応援するというのはある意味、自分の力ではどうにもならないことに対して希望的観測をする、ということだ。
それで、不利な事態が発生すると、審判や相手選手に罵声を浴びせるという直接的な部分で関わろうとする人がいる。
起こった事実に対して、現実をねじ曲げてでも自分たちにとって都合のいいように解釈してしまおうとするわけだ。
そういう人たちを見ていると、ガマンして現実を受け止める忍耐力こそ、人間にとって重要な能力なんだなあと思う。
声をあげても事態が良くなることはない。にもかかわらず、不満をぶちまける。その場所には不満の塊だけが残る。
自分はそれでフラストレーションを発散したとしても、周囲の客にはフラストレーションが形として蓄積される。
つまりレヴェルの低い客は、自分のことしか考えていないのである。周囲にいる人間のことを考えていないのである。
自分のことしか考えない人間に、自分の力が及ばないところで戦う人を応援することができるはずなどない。
それはサッカーチームの威を借りるだけの、ただの自己満足なのだ。そういう光景を何度も見てきた。

ひとつの目安として、「カードの要求」があると思う。観戦レヴェルの低い人間ほど、カードの提示を期待する。
なんでカードじゃないんだ、カード出せよ審判、お前がイエローだろ、と言っているやつはレヴェルが低い。
サッカーをわかっている人間なら、サッカーは審判の判定がないとゲームとして成り立たないことを知っている。
(さらには、対戦相手がいないとサッカーの試合はできない。相手をこき下ろす時点でそれはスポーツではない。)
納得いかない判定を含めてのサッカーなのだ。カードを出せば出すほど、試合は壊れていってしまう。
カードが出なければ出ないほど、いい試合なのである。サッカーはカードを集めることが目的のゲームではないのだ。
しかし現実をねじ曲げて都合よく解釈したがる人間は、そんなルールなどお構いなしにカードを出せと吠えるのである。

カードを要求して吠える連中はおそらく、純粋なサッカーの試合を見ていないのだと思う。
一度、好きでも嫌いでもないチームどうしの対戦を観に行けば、客観的に自分のふるまいを見つめることができるだろう。
わざわざそんな試合を観に行くのは面倒くさいかもしれない。でも純粋にサッカーが好きなら、観る気になれるはずだ。
それをしないで、自分の贔屓のチームだけを見つめ、それ以外を敵視して罵声を浴びせる人は、目的がおかしいのだ。
サッカーの選手たちは、子どもの前で恥ずかしいことはできないということで、子どもたちの手を引いて入場する。
では観客のわれわれはどうか。選手と同じように、子どもの前でも恥ずかしくないふるまいができているだろうか。
自己満足な応援のために実際にはチームの足を引っ張っているみっともない大人が、ひとりでも減ればいいと思う。


2014.6.11 (Wed.)

ふつうの授業をするのがずいぶん久しぶりに思える……。職場に来るとやっぱり体が重いね。
午後から休みをとってのんびり過ごそうと考えていたのだが、あれこれと事務仕事を片付けていたら、
結局はいつもの水曜日よりちょっと早いくらいの撤退になってしまった。損な性格である。

気がつけば3年生が今日から修学旅行で、学校はなんだか静か。おかげでいつもより少しは穏やかに過ごせたかな。
そっちの天気はどうですかね。時間的な余裕がなくてしょうがないとはいえ、梅雨時の宿泊行事は切ないね。


2014.6.10 (Tue.)

移動教室の振替休業日ということで、本日はお休み。そりゃもう虚脱状態で過ごしましたよ。
といっても、たまっている日記をブリブリと書いていったんだけど。GW分が思いのほか重くて進まない。
こんな状況でブラジルW杯が始まっちゃうわけだから、もう恐ろしくって恐ろしくって。健康でいられるのか、自分。


2014.6.9 (Mon.)

いよいよ移動教室も最終日である。3泊4日ってのは本当に容赦ないな! 頼むから一日削ってくれ!
さて最終日はまず午前中に清泉寮でお土産を買い、高根でほうとうをつくって昼メシとして食べて、東京に帰る。
もう頭の中では、「帰れるんだ これでただの男に 帰れるんだ これで帰れるんだ」と『チャンピオン』の歌詞がぐるぐる。
アイアムキングオブキングスですよ。もうワケがわかりません。とにかく帰れる喜びでいっぱいでございます。

清泉寮のショップが開店すると同時に生徒たちが飛び込んでいく感じで、買い物戦争の火蓋が切って落とされた。
最終日にしてようやく晴れてくれたので、生徒たちの動きを整理しつつ暇をみて辺りの写真を撮影して過ごす。
思えば、清泉寮は家族で訪れて以来だ。昔はなんだかんだでけっこう長野県周辺をフラフラまわっていたのだ。
たぶん僕が高校生くらいのときがいちばん最近の清里ということになるんじゃないかと思う。げ、20年前だ。うえー。
そのときのことでやたらと印象に残っているのは、清泉寮の入口のところに小さい子どもがしゃがんでいて、
フロントのメガネの男性が距離を挟みつつもその子をあれこれあやしていたことだ。おう、ほっこりするな、と。
記憶がテキトーな僕は当時の空間的な構成をまるっきり覚えていないのだけど(昔は本当に空間把握能力が弱かった)、
ここは確かに僕が家族と訪れた場所で、そこを再確認することができたことは素直に喜んでおきたい。
(あと、去年の修学旅行と同じくたまにサッカー部に顔を出してくれる方が今回の引率の手伝いをしてくれたのだが、
 会話の中でカレーが有名なROCKの話が出てきて「ドレッシング旨いんですよー!」と記憶のフタがパカッと開いた。
 そういえばぜんぜん行ってないなあ、ROCK。やっぱり清里ってのはマツシマ家にとって馴染みのある場所なんだな。)

  
L: 清泉寮。1938年にポール=ラッシュにより設立。現在の建物は1957年の再建。「X」のアンデレクロスが目立っている。
C: ポール=ラッシュ像。日本にアメリカンフットボールを伝えたので、ライスボウルのMVPに贈られる杯にその名を残す。
R: 清泉寮の脇はこんな具合に高原な感じ満載。清里もこの辺は本当に穏やかな高原の観光地という印象である。

清里を後にすると、県道28号に出た辺りでバスが急に速度を落とした。向こうの草原に鹿がいる!とのこと。
ナイトハイクで野生動物が見られなかった僕にしてみれば、最後の最後でのご褒美である。よかったよかった。

 3頭もいた。いやー、ふつうにいるもんなんだな。

バスはグイグイ進んでいって北杜市高根の市民農園へ。ここでは山梨名物・ほうとうづくりを体験するのである。
ここまでずっとぐずついた天気に悩まされてきたのだが、屋内で料理するこのタイミングで晴天。勘弁してほしい。
しかもつくるのはアッツアツのほうとうである。どういう状態になるか火を見るより明らかだが、もう、しょうがない。

生徒たちは班に分かれて、さっそく野菜を切るところからスタート。教員の料理する分も用意されていたのだが、
僕は今回はひたすら撮影に勤しむのであった。野菜を切り終わると今度は小麦粉を練る。最後に切るまでぜんぶ手づくり。
よく考えれば、ほうとうは別に、野菜にしろ麺にしろ雑に切ってあっても何の問題もないのだ。蕎麦やうどんだとやはり、
きれいに切っていないと食欲は湧かない。中学生でもどうにかなるほうとうづくり、うまい仕組みになっていると思う。

さてそろそろほうとうが仕上がるぞ、というタイミングで、建物の外では子猫が日なたぼっこをしていた。
生徒たちはかわいいかわいいと大騒ぎ(といっても節度はきちんと守っていたが)。どれどれどんなだ、と見てみたら、
これがまあかわいくってメロメロでございます。マツシマ先生みずからデジカメで激写しまくり。だってかわいいんだもん。

  
L: 物陰でのんびり過ごす子猫。  C: アップにしてみたが、なんだこのかわいさは。  R: 近くにはもう1匹いた。

 ほうとうをつくる人間たちの様子を探る子猫。「キュン死」の意味が理解できた。

できあがったほうとうはフルヴォリュームで、残さず食べるのも仕事のうちということできっちり2杯をたいらげた。
最初は、まあどうにかなるかなと思って食いはじめたのだが、2杯は思った以上にはるかに重労働でございました。

 ひるまずがんばる男の図。胸ポケットにヤマネの人形が入っている。

なお、あまりに子猫を激写していたためか、また清泉寮のショップでヤマネの人形900円を買って胸元に入れていたためか、
「マツシマ先生はかわいいもの好き男子」という認識が広まったのであった。そりゃそうだろ。かわいい女の子も好きよ。

 中央道より眺める八ヶ岳。結局、4日間で八ヶ岳が見えたのはここだけだったなあ。

東京に戻ったらうっすらと雨粒が落ちていて、もういい加減にしてほしいのであった。天候だけで疲れる4日間だった。
しかし仕事でありながら存分に勉強させてもらったし、楽しませてももらった。雨天でもすばらしい4日間でしたハイ。


2014.6.8 (Sun.)

移動教室も3日目である。ようやく後半ということで、3泊4日の強烈さに打ちひしがれて一日が始まる。
まあ僕が打ちひしがれた最大の理由は、やっぱり天気。今日は登山の予定なのだが、ぐずつき具合は相変わらず。
昨日は清里から西の長野県・原村に出たが、今日は北の長野県・八千穂高原にある白駒池と高見石を目指すのだ。

バスは国道141号を北上していくと松原湖の脇を通って山道に入っていき、しばらくうねうね上っていくと駐車場に到着。
しかしここで雨がはっきりと降り出してしまう。まったく今回の移動教室はどこまでツイていないのか。がっくりである。
しょうがないので高見石はあきらめて、狙いを白駒池一本に絞って散策ルートへと入る。とりあえず池を一周するのだ。
そしたらそこは幻想的な世界。苔が有名だとは聞いていたが、ここまで見事だとは想像していなかった。見惚れてしまった。
中学生ならきっと『もののけ姫』(→2005.12.4)っぽいという印象なんだろうけど、本当にそういう感じ。

  
L: 白駒池の周りは「苔の森」として有名。なるほど確かにこれは幻想的な光景だ。この場所を知ることができたのは本当にうれしい。
C: 苔だけでなく、木々もまた見事。  R: 晴れていればまた美しいのだろうが、雨でもしっとりとした空気で違う要素が味わえる。

すいません、長野県の名所なのに、僕は白駒池のことをぜんぜん知りませんでした。こんな見事な場所があったとは。
都会っ子の中学生にとって滑りやすい雨の中での散策は苦行以外の何物でもないのだが、僕は一人で興奮しつつ歩く。
まあでも僕が中学生だったら、この魅力はたぶんわからないだろう。確実に歳をとったことを自覚させられるが、
それにしてもこの苔に包まれた原生林は美しい。現実にこういう空間を味わうってのは、贅沢な経験だと思いますよ。

  
L: ルートはこんな感じで、板の上を歩けるようになっている。けっこう上り下りがあって、ゲーム感覚で楽しめるかなと。
C: 6月だってのに残雪があった。  R: 白駒池。全面真っ白で何も見えなかった。もう、なんという天気なんだ!

八千穂高原には「コケ丸」というキャラクターもあるようで、地道にPR活動を行っている模様である。
しかし実際に訪れてみると、この苔の森じたいで十分に魅力的である。いや、これは本当に恐れ入った。
ぜひ機会をみつけて晴れた日に再び訪れてみたいと思う。長野県って広くていろいろあるねー。

当初の予定よりもかなり早く清里に戻ってくることになってしまった。バスが八千穂高原から離れると、
なんだかだんだん天気がよくなっている気がする。いちばん悪いタイミングで訪れてしまった感じである。
清里に残った先生に連絡をとったところ、そちらの天気はいいらしい。山の天気はわからないものだ。
それで清里に着いたら待望の清泉寮のソフトクリームをいただくことにした。本当は初日にいただく予定だったが、
悪天候で寒いところで食べてもおいしくないだろうということで、延期になっていたのである。その封印を解くのだ!

でも清里に着くとまた曇天模様なんだよなー。雨が今にも降りそうな気配プンプンの空の色で、いい加減くたびれた。
素早くソフトクリームの引換券を配ると、みんなで行列になるのであった。日曜だったから行列はよけいに長い。

 どうにかありつけた。そりゃ旨いに決まっているさ。

ソフトクリームのおかげで生徒たちの機嫌もどうにか直った。が、まだ時間的にはたっぷりと余裕がある。
そこで予定にない野辺山散策を急遽敢行。まずはベジタボール・ウィズ(南牧村農村文化情報交流館)という施設で、
プラネタリウム的な映像を見る。映画館のようなスタイルだがスクリーンが斜めの半球ってやつだったのだが、
まあ生徒たちは爆睡と。不安定な天候ってのは神経を使うものだから、これはしょうがないのである。

その後は隣にある野辺山宇宙電波観測所を見学。携帯電話の電源を切ってから入るというのがいかにもなのだ。
生徒たちは予備知識がないので何がなんだかだったかもしれないが、パラボラはロマンなのである。そういうものだ。

  
L: 野辺山高原らしく広大な空間が広がっているが、よく見ると遠くで白いものが並んでいるのが見える。
C: ズームしてみると、無数のアンテナだった。電波ヘリオグラフというそうで、84台をT字型に並べている。
R: 口径10mのアンテナがずらっと並んでいる光景はなかなか壮観。手前にレールがあるのが気になるぜ。

いちばん奥には口径45mミリ波望遠鏡。水沢のパラボラもデカかったが(→2014.5.6)、あちらは口径20m。
さすがに迫力が段違いで、また一人で興奮するのであった。そんな僕を見て生徒たちは呆れたとか呆れなかったとか。

  
L: アンテナはレールを使って動かすらしい。まるで鉄道のようだ。端っこにはターンテーブル(転車台)もあった。
C: 口径45mミリ波望遠鏡。こりゃすごい。  R: 正面から基部を眺める。いや、これはもう建築の一種ですな。

 アンテナに見とれる私。激写されてました。

帰りにバスの運転手さんの提案で、JRの最高標高地点(1,375m)の碑の前で記念撮影をした。
鉄っちゃんじゃないけど、まあいちおうここだぞーということで、個人的にも撮影はしておいたけどね。

 最高地点の踏切から小諸方面を眺める。いや、それだけですが。

撮影を終えて宿舎に戻る途中でけっこうな勢いの雨が降り出す。運がいいのか悪いのか。
まあとにかく、なんだかんだできちんと濃い体験ができていると思う。仕事だけど楽しませてもらっています。

気になる本日の晩メシデザートは、ジャージー牛のミルクプリン。やっぱりおかわり天国に酔いしれる。
これまたやはり洗面器に流し込んでつくったやつに顔を突っ込んで窒息するまで食いたいくらいの絶品なのであった。

食事の後はいよいよレク本番。30分×3本というスタイルが功を奏して、ヴァリエーション豊かな内容になった。
中1なんてそんなものとはいえ、人の話を聞かなくて進行がなかなかできない場面もあったが、それを体験するのも教育。
3つともそれぞれに生徒たちは存分に楽しんでくれたので何よりである。思った以上にいい結果になって安心した。
まあこれはアイデアをきちんと出した係の生徒たちを褒めておけばいいのだ。よくやった、偉い偉い。

 やはり人気のテレビ父さんTシャツ。

それにしても3泊4日ってのはつらい。特に不寝番がつらい。まあ今回は男性陣が時間を決めて番をやって、
僕はお得意の早朝の時間帯を受け持たせてもらったからよかったけど。深夜は本当にキツくてたまらないが、
早起きはふだん旅行でいくらでもやっているので問題ないのだ。無敵のクローザーぶりを発揮させていただきました。


2014.6.7 (Sat.)

移動教室2日目。勢いよく生徒を起こすと定番のラジオ体操。ラジオ体操って意外と運動神経で差が出る気がする。
それが終わると朝メシである。自慢の牛乳はジャージー牛ということで、確かに大変おいしゅうございました。
ふつうの牛乳に比べると、明らかに乳脂肪分の存在がわかる。そしてこの脂肪分がいかにも上質な味わいなのだ。
調子に乗って飲み過ぎるとロクなことにならないので自重したが、これを毎朝飲めるというのは実に優雅なものである。
一緒についてくるヨーグルトも当然ながら本格的なもので、ウヒウヒ言いながらいただくのであった。たまらんわ!

さて2日目の本日は、昼間はずっと八ヶ岳中央農業実践大学校のお世話になる。ここであれこれ体験するのだ。
都会者は長野と山梨の違いがわかっていないかもしれないが、僕としては「ああ、原村ね。なるほどなるほど」である。
伊那盆地出身としては八ヶ岳周辺はアウェイなのだが、東京へ出るルートということもあってそれなりに馴染みはある。
大都会の子どもたちよりは明らかにホームということになるので、なんとも中途半端な感覚がしてしまう。

八ヶ岳中央農業実践大学校に到着すると、しとしとといった感じの雨。どうにもすっきりしないものである。
まずはみんなで林業体験ということで、ヘルメットと業務用のノコギリを身に着けて林の中へと入っていく。
みんなで穴を掘って植樹して鹿除けの枝を立てると、落ちている枝を1.2mくらいで切っていく作業をする。
ほかに楽しむ要素もないので、最後はみんな夢中でひたすら枝を切って過ごしたのであった。黙々と切ったね。

弁当をいただくと、午後はそれぞれあらかじめ希望していた班に分かれて各種の体験。僕は酪農の担当だったが、
都会っ子どもは牛舎に入る前から臭い臭いと大騒ぎ。「この程度、臭くもなんともねえよ!」とたしなめつつも、
長野県民のDNAが自らの中にしっかりと刻まれていることを自覚せざるをえない僕なのであった。やっぱこっち側だわ。
とはいえ生徒たちは、臭い臭いと言っていたわりにはけっこうしっかり働いて、まったく叱る必要がないのであった。
搾乳体験から入って、次はブラシで牛の汚れを落とす作業。しかもフンがこびりついている箇所では金具を使う。
だからそれなりにソフトではない部分にまで踏み込んでの体験だったのだが、連中は黙々とやっていた。偉いなあ。
最後は子牛とふれあい、ヤギにエサをやっておしまい。子ヤギが猛烈にかわいいのと成ヤギの食欲に圧倒された。

  
L: 八ヶ岳周辺では2月の大雪(→2014.2.15)がまだ尾を引いている模様。このような光景をあちこちで見た。
C: 牛舎の内部。見事に牛のお尻が並んでいる。  R: 小ヤギがかわいすぎる。乳離れしたばかりで食欲は弱かった。

宿舎に戻ると晩メシである。本日のデザートはレアチーズムースで、これがまた最高。よって本日もおかわり天国。
やっぱり洗面器に流し込んでつくったやつに顔を突っ込んで窒息するまで食いたいくらいの絶品なのであった。

食事が終わると、ナイトハイク。明かりをつけずに夜の自然を体験するという趣向なのだ。
4つの班に分かれて行動するが、都会っ子の中学生はどうしてもおしゃべりが好き。何度もたしなめてようやく黙る。
うっすらと雨が降る天気だったこともあり、空は分厚い雲に覆われている。しかし半月の光が籠ってわりと明るい。
その明かりを頼りに歩いていくのは、やはり新鮮な体験だった。自然環境に同化していく感覚が味わえて面白かった。
そういえば高校時代、合宿の際に学校の近くの真っ暗闇を歩いたが、あのときの「無」になる感じは強烈だった。
今回はそこまで暗くないし、はっきりと周囲に自然の生命が息づいているので、それとはまた違う感覚である。
でも実際に草の上に寝転がって周りと同化して過ごす時間があって、久々に人工的でない要素を味わった気になった。
もっとも、都会っ子の中学生たちはそこまでの境地に達することはできなかったようだが。まあこりゃしょうがない。
鹿やキツネなどの野生動物に会えなかったのは残念だが(ほかの班は会えたらしい)、最後は空が部分的に晴れてくれて、
北斗七星をしっかりと見ることができた。まあ、それでヨシとしておこう。しかし3泊4日はイヤになるほど長い!


2014.6.6 (Fri.)

本日より移動教室なのだ。が、昨日梅雨入りということで天気の状態はあまりよろしくなさそう。
校庭で出発式をやっている最中に雨が強まったり持ち直したりと、最初っからどうも不安定なのであった。
目的地は清里とその周辺で、あまり東京と大差はなさそう。降らなきゃいいや、くらいな割り切りっぷりでバスに乗る。
首都高から中央道にスイッチして山梨を目指すが、途中の談合坂でトイレ休憩。定番のパターンである。
その後はグダグダながらもどうにかバスレクが敢行され、いちおうどうにかレク係の仕事がひとつ終わった。

清里に到着すると、まずは映像を通して自然をお勉強。しかしここでも結局は雨に降られて軒下で昼メシを食うことに。

 雨宿りしながらのランチ。トホホ。

その後、宿舎に入って荷物を整理。午後はハイキングの予定だったが、雨によってさっそくお流れ。がっくりである。
代わりに松ぼっくりや枝などを使って工作をする内容に変更となり、班ごとに分かれて黙々と作品づくりに勤しむ。
女子はアクセサリーなどの小物を作るのに対して男子は武器と、いかにも中学生らしい面を存分に見せつけてくれたとさ。

そんな具合に初日はだいぶインドアな感じで終了したのであった。晩メシが地元の食材中心でとってもヘルシーで、
デザートに出てきた紅茶ゼリーが凄まじく旨かった。職員全員感激の嵐にむせびながらおかわりを繰り返すほど。
洗面器に流し込んでつくったやつに顔を突っ込んで窒息するまで食いたいくらいの絶品なのであった。マジですぜ。

夕食後はレク係の準備を監督して就寝。移動の疲れがあったのか、インドアなわりには連中はあっさりと寝たのであった。


2014.6.5 (Thu.)

梅雨入りだとさ。雨が続いて調子が上がらない。雨だとやっぱりこう、精神的にどこかまいってしまうのである。
しかもそれがジワジワ続くってのがいちばんつらい。どうにか自分をだまして乗り切っていかないとなあ。


2014.6.4 (Wed.)

ワカメが上京してきたので、そのお相手。大井町集合ということで、なんだかオシャレなモスバーガーでダベる。
ちょうど1年ぶりぐらいなのだが、まるでついこないだ会って話したかのように、近況報告もすることなくダベる。
話題は昨今のアニメが中心。日記でZガンダムについて書いたこともあり(→2014.5.28)、まずはその辺の話に花が咲く。
シロッコ様の群を抜くド変態ぶりやら何やらを熱く語るのであった。で、話題は『攻殻機動隊』(→2014.1.5)へ。
僕もワカメも『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』には完全にやられちゃっているので、その辺について確認。
2nd GIGについては悪くないけど1stがすごすぎたとか、 Solid State Societyもやっぱり1stには及ばないとか、
ひたすら『攻殻機動隊 S.A.C.』を賞賛し続けるわれわれなのであった。まあしょうがないよね、アレは永遠の傑作だ。
で、押井守と神山健治の話になり、その流れからゆうきまさみのマンガ版『機動警察パトレイバー』(→2004.12.15)と、
劇場版1作目の『機動警察パトレイバー the Movie』(→2008.7.30)をオススメしておく。まあ見てください。
『魔法少女まどか☆マギカ』(→2011.12.212013.11.15)についてはワカメはそこまで評価をしていなかったな。
ワカメからは『四畳半神話大系』をオススメされたので、なんとか近いうちにチェックしたいものである。

さてそのうち仕事が終わったハセガワさんもやってきて、3人で飲む。大井町というと去年、イヌ女史が大暴走したが、
その近辺でテキトーに飲み屋に入る。そしたら目ざといハセガワさんがワカメの左手薬指に光るものを見つけ、
ワカメが結婚してやがったことが発覚。私はダベっていてもまったく気がつきませんでしたぜ。え、結婚!?
ということで、ワカメ君が着実に大人の階段を上っているのに対し、こちらのダメっぷりがさらに加速しているのを実感したぜ。
まあでも皆さん元気そうで何よりだ。次はまた来年になるのかね、楽しみにしているよ。

しかしなあ。なんだよワカメ、なんで結婚するって教えてくれなかったかなあ。水くさいなあ、まったく。
結婚式やるよって言ってくれれば、クラウザーさん(→2009.9.202010.5.32012.10.6)が突如登場して、
新郎新婦のご家族の前で『青カテ』を延々と朗読する、ぐらいのサーヴィスはしてあげたのに。もったいないなあ。


2014.6.3 (Tue.)

『ちはやふる』の続きを久々に押さえたよ。前回のレヴュー(→2011.2.12)から3年、気がつけば話はかなり進んでいて、
団体戦で優勝したり、名人・周防の過去などが明らかになったり、突如現れた桜沢先生が実はすげーいい人だったりと、
相変わらず飽きさせない展開に個性豊かな新キャラの登場と、作者の「マンガの上手さ」にどっぷり酔わせてもらった感じ。

前回のレヴューでは、菫の存在を軸に少年マンガな要素と少女マンガな要素のぶつかり合いについて中心に書いたけど、
その点で変化があったので指摘したい。11巻ぐらいまでの時点ではなかなかうまく「勝負」と「恋愛」のバランスが取れず、
(「勝負」を優先=少年マンガ、「恋愛」を優先=少女マンガという、単純な二項対立の構図でいいです。)
結果として菫というキャラクターが浮いていたのだが、まさか作者がこんなウルトラCな解決をしてくるとは思わなかった。
それは、菫が競技かるたに熱中していくという形で「恋愛」の要素を弱めた反面、大江ちゃんに太一を応援させることで、
物語に変化をつけつつバランスをとるということをやってのけているのだ。太一は運の悪さもあって恋愛が進まないキャラで、
大江が背中を押しても太一が一向に前に進めないという構図で「恋愛」にブレーキをかけつつ「勝負」を優先させている。
しかも新にはさらっと千早に告白させるという手も打っている。作者の「マンガの上手さ」に鳥肌が立つ思いでしたよ、ええ。
この菫を引っ込めて大江を「恋愛」の中心に据えるというパラダイム転換が、足踏みが限界だったところで角度を変える、
絶妙なガス抜き方法となっているわけなのだ。なんという的確なねじり方だと、ただただ感心するよりほかになかった。

一方で、上で述べたように、クィーン・しのぶの強さの秘密、名人・周防の強さと過去がはっきりと描写されることで、
謎に包まれていた部分がはっきりとした上に魅力も増した。それと同時並行で桜沢・猪熊のふたりも世界観を広げていく。
原田先生も大活躍だし、もう何がどう転んでも面白いのである。繰り返すけど、この作者、マンガがケタはずれに上手い。


2014.6.2 (Mon.)

移動教室に向けて、放課後にレク係を集める。いいかげんそろそろ何をやるか具体的に決めないといけない時期で、
さっさと決めちゃったグループが大半となかなか決まらずに苦しむグループが少々。もちろんすぐに決まればいいわけではなく、
きちんと進行できるのか、内容はちゃんと盛り上がるのか、不安は大きい。本当に大丈夫なのかね、と心配になってしまう。
まあでも彼らなりに考えて、自分たちから率先して動くことができるのであれば、多少失敗してもそれでいいと思う。
なので僕としては側面支援に徹するのみである。教員が生徒をさしおいて動いても意味がないもんね。


2014.6.1 (Sun.)

サッカー部、夏季大会の1回戦である。負ければ3年生は引退ということで、イヤでも気合が入る大会が始まった。
去年はクジ運がよかったこともあり、あれよあれよと勝ち進んで都大会の一歩手前まで行ったのだが(→2013.6.30)、
その代償は大きくて、体調が極限まで悪くなってぶっ倒れかけたのも記憶に新しい。とにかくつらい日々だった。
まあそれくらいまでがんばってくれれば、顧問のこっちもそれはそれでありがたいってものである。いや、ホントに。

しかしながら今年はクジ運が悪くって、区で4位の学校と当たってしまった。本来なら相手はシードとなるはずなのだが、
部員数がそろって出場可能になった学校が増えた関係でシード権が消えた格好なのだ。まさに去年の正反対の展開だ。
まあ部活動は勝ち負け云々よりも、自分たちがやるべきことをやる姿勢がまず大事だ、ということで準備をしてきたわけで、
それがどこまで通用するのか見させてもらおう、と構えて試合に臨む。われわれはいつでもチャレンジャーなのさ。

6月は夏至を抱える月であり、晴れているときの太陽光線は一年でいちばん鋭いのだ。今日は雲ひとつない天気で、
サッカーをやるにはあまりにも残酷なコンディションである。でもサッカーというスポーツを選んだからにはしょうがない。
試合が始まると技術に優れる相手に押される展開となる。競り合いがイマイチ消極的で、ディフェンスラインも低い。
それで相手のチャンスが続くことになってしまい、わりと早い時間にこちらの右サイドを崩されて失点してしまう。
角度のないところから決められたので、これは相手を褒めるしかない。切り替えるようにベンチから大声を出す。
すると相手ディフェンスラインの裏を衝くいいパスが何度か出て、これが効果的だとわかると前線が活発化する。
前半はそのまま、はっきりとウチが優勢なままで終わった。かなりポジティヴな感触でハーフタイムを迎えることができた。

しかし後半開始すぐに失点。2点のビハインドというのはさすがに精神的にキツくなってくる。炎天下で足が止まってくると、
そこからまた失点。さらに失点。こっちもチャンスをつくれないわけではないが、それを決めきるまでの差を埋められない。
ディフェンスラインを高くとれればカウンターを始める位置を上げられるのだが、なかなかそれができないのだ。
結局、はっきりと善戦する時間帯をつくった試合だったのだが、スコアは0-4。僕は何よりもこのスコアが悔しい。
0-4というスコアには炎天下も相手を押し込んだ時間帯も痕跡として残らない。この現実が、悔しくて悔しくてたまらない。

だから生徒にもそういう話をした。結果というものは残酷であり、そこを今後はサッカーに限らず追求していってほしいと。
気のいい連中が多かった3年生が引退するのは残念だ。でもその気のいい部分がよけいな失点の遠因であるのもわかる。
顧問の仕事ってのは難しいなあ、毎年この時期はつらいなあ、と思いつつ、悔しさに全身を包まれて残りの一日を過ごす。


diary 2014.5.

diary 2014

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