diary 2019.4.

diary 2019.5.


2019.4.29 (Mon.)

午後の部活が終わって北与野へ出かける。駅前の巨大書店・書楽の3階に馴染みのサッカーショップが入っていて、
そこで追加分のユニフォームを注文するのだ。大学時代から好きだった書楽がそんなことになっているとは初耳だ。
僕にとってはたいへんうれしいコンビネーションで、かなりウキウキしながら埼京線に揺られるのであった。

ユニフォームの注文が済んだら自分用の買物をスタート。プラクティスパンツを複数買い込んだうえに、
書楽では文庫本まで買ってしまった。なかなかの散財ぶりだったけど、いやもう楽しいのなんの。
さらに晩ご飯は、近くにあるぎょうざの満洲でダブル餃子定食をいただいた。北与野は危険でたまらんですな!


2019.4.28 (Sun.)

本日は春季交流リーグである。まあ要するに、区内のサッカー部での練習試合大会のようなものだ。
レギュレーションはガバガバで、人数が思うように揃わないウチにとっては非常にありがたい話である。
新入生2人は前後半で入れ替え、コーチが平然と生徒に混じって9人チームとして戦うのであった。なんじゃこりゃ。

とはいえ内容は非常にいいサッカー。変にコーチ頼みになるのではなく、生徒一人ひとりがきちんと考えて戦えている。
味方どうしでの指示の出し合いもしっかりできており、わりと安心して見られる試合となったのであった。
2試合目はOBの生徒がしれっと合流したうえに、後半にはなんと相手の顧問までこっちのチームに入ってやんの。
前代未聞のオモシロ状態だが、それだけ魅力的な内容かつお互いに充実した練習試合となったのは確かである。
真剣勝負ではあるけど、大人も子どもも混じって楽しいサッカーなのであった。本当にいい時間を過ごせたと思う。
なお、私は久しぶりに主審をやったのだが、開き直ってやったおかげで特に問題なくできてほっと一安心。

2試合とも内容が非常によく見応えのある試合だったのはいいけど、これを夏季大会の本番でやれないとダメなのよね。


2019.4.27 (Sat.)

久々の土曜授業は疲れますね。特に3コマみっちり授業が入っているのでつらかったです。
しばらく呆けた後に午後は部活。世間はGWで10連休と騒いでいるが、こちとらぜんぜんそんな感覚なかったよ。


2019.4.26 (Fri.)

職場であれこれ書類を用意してもらい、「次」に向けて本格的に動き出す。決意を固めてやるしかないぜ!


2019.4.25 (Thu.)

どんなに忙しくて疲れていても、わずかな時間しか作業できなくても、根性で日記を書き進める。
そうして少しずつでもやれることをやっていくしかない。勉強でもなんでも、結局はそれなんだよね。


2019.4.24 (Wed.)

職場に持っていったアワライズが、たいへん好評なのであった。

ご存知のとおり、アワライズは徳島県で売っている「阿波踊り専用エナジードリンク」である(→2018.2.12)。
これがたまたま、せとうちフェア開催中の近所のスーパーにあったので、ホイホイホイと買っておいたというわけ。
で、職場で休み時間に飲もうと思って持っていったら目ざとい皆さまに発見され、「徳島行ったの!?」となる。
それで事情を説明して、みんなで分けて飲んだのであります。さらに、ゆず味とすだち味を飲み比べてみたりして。

 アワライズ。左がすだち味、右がゆず味。

どちらも果汁1%とは思えないくらい自然な味わいで、ふつうにゆずジュースやすだちジュースとして飲めてしまう。
特にゆず味は「これは箱買いしそう」という声があがるくらいの人気なのであった。カクテルにも使えそうだしね。
興味のある人は通販で購入してみてはいかがでしょうか。地方の名物の中でも、アワライズは特にオススメです。


2019.4.23 (Tue.)

出張帰りにやっとこさ『翔んで埼玉』を見たのでそのレヴューをば。

きっかけは『月曜から夜ふかし』だったか、ストーリーについてはもう説明の必要もないだろう。
徹底的に埼玉県がバカにされるその内容が世間に衝撃を与え、ついに映画化までたどり着いてしまった。
この現象については、原作のマンガが未完だったのが、かえって良い方向に作用したように思う。
言わば「公式の二次創作(→2007.11.9)」として、盛大な祭りを巻き起こすことに成功したのだ。
その着地点を確かめるべく、映画館へと足を運んだというわけ。バカバカしさを大いに期待しつつ鑑賞。

最近のドラマにも映画にも言える傾向だと思うのだが、ひとつひとつのシーンをきっちりやってクリア、
では次のシーンに行きましょう!という作り方をしている感触が強い。特に原作がある作品の場合、
原作の再現をきっちりやりきることでシーンが成立し、次のシーンでまた原作の再現をきっちりやっていく、
そんな感じを受けるのである。見ていてまるで答え合わせに付き合っているような感覚になるのだ。
原作がマンガなら、そのマンガのひとつひとつのコマを丁寧に再現する作業をつなげていく感じ。
だから芝居が連続的に感じられない。これはちょっとマズい事態なんじゃないかという予感がある。
かつての映画は、緊張感あふれる長回しが見せ場であった。でももはやそれは遠い過去のことのようだ。
(もっとも、そのせいで『カメラを止めるな!』が新鮮に映ったのかもしれない。見なきゃいかんなあ。)
しかし映画はテレビに隷属し(→2011.3.222012.11.24)、さらにはマンガにまで隷属してしまった。
よくがんばって映像化しているけど、現代の映画はもはや、画の作り方が「再現性」に特化しているのだ。

「未完のマンガに何を足すか?」という命題に対し、この映画が出した答えは「千葉」である。
埼玉と千葉のライヴァル関係をうまくストーリーに引き込み、さらには群馬までも巻き添えにしながら、
魔夜峰央がギヴアップした先を見事に継ぎ足している。そこにあるのは紛れもなく郷土愛である。
自虐的な要素をふんだんに盛り込みながら展開される郷土愛は、もはや照れ隠しと同一となる。
そして振り返ると、かえって浮き彫りになるのは東京(と神奈川)の空虚さだ。東京は憧れの存在だが、
では東京の何に憧れるのかとよく考えてみると、実は東京それ自体に憧れているのではないことに気がつく。
われわれが憧れているのは「都会性」「中心性」であり、東京ならではの都市空間とイコールではないのだ。
この「都会性」「中心性」を剥ぎ取ったとき、東京に残るのは何か。この映画では、その答えは何もない。
しかし埼玉と千葉にはしっかりと「笑い」が残るのだ。その対比を全力で描く点に、この映画の価値がある。
面白いのはさらにもう一歩踏み込んで、埼玉が象徴する郊外社会化を大胆に肯定してみせることだ。
そこまでやってみせたことで、この映画は単なるコメディ映画以上の意義を獲得している。お見事である。
未完のマンガをふりだしに、よくここまでまとめたなあと感心できる作品になんだかんだで仕上がっている。
『テルマエ・ロマエ』もそうだったが(→2012.5.26)、フジテレビはそういう映画づくりが得意なのかなと思う。
上で原作の再現について書いたが、ベクトルをうまく拾って原作の延長線上に結論を持っていくセンスは立派だ。

最後に雑感。ジャガーさんの使い方がズルい。あと、中尾彬がきちんと俳優やっているのを初めて見た気がする。


2019.4.22 (Mon.)

2017年3月分の日記を仕上げる。負債がいよいよ2年を上回りだしたところで、意地の一発である。
なんだかんだで今月は2ヶ月分の日記を仕上げたので、今後もこのペースをどうにか維持していきたいものだ。


2019.4.21 (Sun.)

説明会で大宮まで行く予定だったので、午前中に氷川神社関連の御守を回収するサイクリングを敢行する。
さいたま市では登録制のレンタサイクルポートがあちこちにあって、これを利用するとかなり便利に動けるのだ。
天気は実に穏やかで、あちこちで咲き誇っている菜の花がなかなかよかった。経路はけっこう複雑だったが、
その分だけのんびりと春の空気を味わいながら楽しくペダルをこぐことができた。贅沢な時間でした。

午後はホールで話を聞く。採用人数は少なそうだが条件は悪くない。前向きに検討したいところである。


2019.4.20 (Sat.)

本日の部活は午前中。入部を決めた1年生2名もきちんと参加。しかし小学校時代にサッカーはやっていないようで、
センスが磨かれてきている上級生たちとはだいぶ差がある。まあ、お互いに我慢強くやっていくしかないのである。
それにしても、実力差もそうだが、人数がまだ2名というのもつらいところだ。来週が勝負なのだが……入って! 頼む!


2019.4.19 (Fri.)

小池一夫提督に敬礼!



2019.4.13 (Sat.)

最近の部活はほとんど褒めてばっかりである。生徒たちは確実に、センスのいいプレーが増えてきたと思う。
以前から日記で「J1とJ2の差は予測」だと書いているが、その「予測」をきちんとやってプレーできている。
(見たらJ1とJ2の違いをあんまり書いてなかった……。→2011.9.242012.9.152013.3.92015.7.152017.4.1

「予測」する、それは考えてプレーできているということである。自分のやりたいことをやるのではなく、
状況をきちんと判断してそのときやるべきことをやっている、ということだ。パスの場面か、ドリブルの場面か。
ボールを蹴るタイミング、右足か左足か。コースはどこを狙うのか、ニアかファーか。どこに走ればパスが出るか。
守備もそうだ。危険なのは誰か。そいつはどっち利きか。中を切るためにどこにポジションをとるか。誰を動かすか。
どのタイミングで絞るか。ラインを上げるか。あるいは、前線からどの方向にプレスをかけるか。どのコースを切るか。
サッカーではどんな場面でも判断を迫られるが、ただなんとなく動くということが以前と比べて明らかに減っている。
成功しても失敗しても、ひとつひとつのプレーから明確な意図が感じられるようになってきているのである。
無謀ではなく、考えてチャレンジするようになってきている。だから部活の最中に褒めることが非常に多くなった。
岡目八目なので、こちらは客観的に考えることができる。そして生徒たちはプレー中にその感覚を共有しつつある。

大会が始まったら、真剣勝負の舞台で彼らのプレーが試されることになる。中学生のサッカーは体格がモノを言うが、
体格的にそんなでもない中学生がどこまでやれるのか、という点で、彼らのサッカーはものすごく興味深い。
しかし、いかんせん人数が……。11人という完全な状態の彼らが見られないのは、悔しくて悔しくて仕方がない。


2019.4.12 (Fri.)

今日は本当に忙しかった。特別期間で授業こそなかったけど、一瞬たりとも気を抜ける時間がなかった。
先日のスペリングコンテストの採点、英語の宿題のチェック、学力テストのスピーキングのPCセッティング準備、
視力検査の手伝い、学活の監督、英語少人数クラスの決定と単語プリントの準備、校内委員会(視聴覚委員会)、
修学旅行保護者説明会の準備、ALTとの打ち合わせ、生徒の修学旅行実行委員会のお目付役、副教材の選定、
部活(GW中の予定の決定を含む)、顧問会の準備、英語科教員に今年度課せられる研修についての説明、などなど。
地味な役回りの仕事が朝から夜までずーっと続いて途切れない。こりゃもう数え役満行ってるんじゃないか。


2019.4.11 (Thu.)

ここ最近、サッカー部員たちが必死になっていた部活紹介を見ることなく出張である。年度始めはやることが多い。
出張は面倒くさいが、それはそれで気分転換になるからそんなに嫌いではない。今年度は一気に減りそうでさびしい。
いつもと違う場所でいつもと違うことをやって、帰りに気ままにどこかへ立ち寄る。また楽しからずや、なのだ。



2019.4.5 (Fri.)

「残念ながら今年度も……」という報告を受ける。来年の今頃、僕はどこでどうしているか、わからんねえ……。


2019.4.4 (Thu.)

昨日の時間割案は結局ダメで、一日ずっと作業に没頭する。集中できる状態を維持するため、作業のリズムを保つために、
休憩をまったく入れず、昼メシすら食わないで、ただただ作業に取り組む。正解の保証されないパズルは本当につらい。

三度目の正直で、最終的にはなんとか組み上がった。「序盤」の英語の入れ方が違っていたら楽だったのかもしれない。
しかし、正解は僕がたどり着いた1種類だけだった可能性もないわけではない。それは検証してみないとわからないが、
そんなことをやる意味はない。条件だらけ制約だらけの中でもきちんとやりきった、という結果が出たからそれでいい。
達成感なんてぜんぜんなく、このパズルに正解があったんだ、という安堵感のみだ。もう二度とやりたくないと毎年思う。

それにしても余裕がないのはいけないなあと反省。自分で自分を余裕のない状態に追い込んだのは紛れもない事実であり、
そこんところをもうちょっとカッコよく切り抜けられるようになりたいものだ。不惑とか言い切れるオトナになりたい。


2019.4.3 (Wed.)

毎年恒例、時間割を考えはじめる。今年度は英語の持ち方が変わったので、影響がかなり大きくて大変である。
(時間割作成の苦労話については、この辺の過去ログを参照のこと。本当につらい仕事である →2015.4.142018.4.10)。
しかも各教科からの希望がなかなかキツめの条件で(条件的にキツい、という話で、要求としてはそんなに強くないが)、
皆さんの要望にできるだけ応えようとするんだけど、自分としては体感的には過去最高難度。手応えがまるでないのである。

僕が最も苦手にしているのが「序盤」。講師の授業は曜日と時間が決まっているので、まずはそのコマから優先して、
運営委員会、生活指導部会、学年会といった初期条件をハメていく。ここはまだいい。その後、授業数の多い教科から、
授業を埋めていくことになるのだが、ここのコツがいまだにつかめなくて困っている。膨大な可能性の中から、
あとあと泣かないで済む入れ方をどう絞り込めばいいのか。完全に運任せで試行錯誤していく現状は本当につらい。
3つくらい教科を入れたところで論理的に収まらないことが判明することも当たり前。そうなるとまた最初からである。

「こういうのは数学的に頭の回るエキスパートにやらせるべきなんだよ……」と頭の中は愚痴でいっぱいになるのだが、
周りを見まわすと残念ながらいちばんの該当者が僕なので、泣く泣く作業を続行する、それで時間が過ぎていく。つらい。
(慣れていない人が時間割担当になるとどれくらいひどい目に遭うかは経験済み(→2016.4.8)。本当に悲惨なのだ。)
この苦しみを、日記を読んでいる皆さんにもぜひとも味わわせたいぜ。いっちょどうかね、クイズ研究会の諸君!


2019.4.2 (Tue.)

しかしイギリスのEU離脱問題はどうしょうもないグダグダっぷりだなあと呆れてしまう。
メイ首相は本当によくやっていると思うのだが、議会が何をどうしたいんだかサッパリ。あれもイヤだこれもイヤだで、
お前らはもはや保守党じゃなくて共産党だろとツッコミを入れたくなる。事態をどう軟着陸させるかが問題のはずなのに、
ただただ時間を浪費して合意なき離脱に向かって一直線。日本の国会もひどいが本家のイギリスもだいぶ腐ってますなあ。

正直なところ僕は経済なんてものは不況がデフォルトだと思っているので、EU離脱したけりゃすれば、という姿勢である。
(グローバル化ってのは短絡的に経済を優先させることで逆説的に住民を不幸にするものでしかない。→2016.6.24
自由貿易なんてものはドーピングのようなもんで、自立した国家にとっては不自然なブースト状態だと考えているので、
お金よりも誇りが大事であれば離脱してもいいだろうと思うのである。確かに誇りだけではメシを食えないかもしれんが、
誇りのない人間なんて誰からも尊敬されない。武士は食わねど高楊枝ってことだ。貧乏に耐える覚悟さえあれば十分だ。
いったん離脱を決めたからには、誇り高く話をまとめて非科学的な自由貿易論の時代を終わらせてほしいものである。
ワガママ言わずにEUからしっかり離脱し、不況でも誇り高く自立した国家としてやっていく、そんなイギリスを見たい。
有限な地球で財を収奪できるだけ収奪し、ほんの一部の大企業だけが富を際限なく貯め込みまくる経済システムに、
率先してノーを突きつけるイギリスでいてほしい。経済ではない、政治の国としての誇りを世界中に見せつけてほしい。


2019.4.1 (Mon.)

平成に代わる新しい元号が「令和」と発表されたが、可もなく不可もなく、というのが僕の正直な感想である。
おそらく多くのみなさんが思ったとおり、令和の「和」が昭和とかぶってるのはつまんないなあ、くらいなもんだ。
新元号は「見たことのない熟語の発生」なので、できれば漢字の新鮮な組み合わせで気分一新といきたかったが。

元号じたいにネガティヴなイメージはないのだが、その発表をめぐる騒動には本当に厭な気分にさせられた。
まず、従来の漢文からの選定ではなく国文学の古典からの選定となったことが話題になっているが、そこは別にいい。
問題は、「中国は嫌いだから中国の古典から離れてよかった」という教養のまるでない意見が散見されることだ。
中国が嫌いというのは感情であり、理性によるものではない。われわれが元号の選定において相手にしているのは、
あくまで過去の中国文化であって、現代に至る日本文化の骨格をつくった知の蓄積である。敬意を払うのが当然であり、
現時点での感情でもって拒否をするのは教養のかけらもない態度である。本当に教養のない日本人が増えてしまった。
漢文の知を軽視することは、日本人の知の歴史を軽視することに他ならない。そこに気づけない浅はかさが情けない。

もうひとつ、それを如実に示しているのが、号外に群がる人々のレヴェルの低さである。みっともないにも程がある。
30年前の「平成」のときにはこんな騒ぎ方をしただろうか。天皇崩御の自粛ムードの中だったという事実は確かだが、
新元号をネタにしてお祭り騒ぎで盛りあがろうという低俗な発想はなかった。残念ながら、平成の30年という時間は、
日本人のレヴェルがただ低下しただけの無為な時間だったのではないか。本気でそう思えるほど虚しい一日だった。


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