diary 2023.5.

diary 2023.6.


2023.5.31 (Wed.)

公共の授業で日本の選挙制度について教えたんだけど……無理! あまりにも複雑すぎる!
衆議院の小選挙区比例代表並立制は意図が理解できるからまだいいが(制度じたいには反対。日本人には向かない)、
参議院の選挙区+非拘束名簿式比例代表制(特定枠あり)なんてもう完全にめちゃくちゃ。選挙を何だと思ってんだ。
このふざけた改革(保守という言葉に対する挑戦)に日本人はどこまでお付き合いをしていくのか。バカばっかりか。
国は自民党のおもちゃじゃねえぞ。公民を教えていると、日本の行く末について、本当に絶望的な気分になる。



2023.5.29 (Mon.)

ではおとといの、うらわ美術館『奇想の絵師 歌川国芳』について。
歌川国芳は江戸末期の浮世絵師で、こないだ三菱一号館美術館で見た落合芳幾・月岡芳年の師匠である(→2023.3.6)。
本当になんでもできる人だが、特に武者絵が人気だった。とにかく発想が独創的で、「奇想の絵師」とはよく言ったもの。

展示はまず『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』からスタート。個人的に『水滸伝』はとっても懐かしい(→2006.7.4)。
国芳の出世作であり、題材を中国からとった新鮮さが面白いし、武者絵で客の喜ぶパターンを熟知している感触がある。
そこからは国芳の大胆な発想がどんどん展開されていく。稲光の表現は先行する北斎もやっていたが(→2021.7.29)、
さらに一般化した感じ。「劇画のルーツ」なんて評価もよくわかる。さらにホラーもいける、寄せ絵もやる、猫で擬人化、
天保の改革を受けた戯画なんか完全にマンガだし、明らかに西洋の影響による写実的な大星由良之助もあってたまげた。
古典をしっかり消化したうえでの革新、つまりは想像力を最大の武器にして圧倒的な差をつけてみせた浮世絵師なのだ。

特徴としては、 やはり浮世絵らしく顔から決める構図(月岡芳年はそこを崩して「最後の浮世絵師」となったわけだが)。
紙が縦長なので、それに応じた立ち姿が基本となる。動きを強調するときは上下方向ということで、そこはオーソドクス。
しかし国芳は大判3枚続(三枚絵)で独特な迫力を出してくる。縦方向をめいっぱい使った絵が3つ並ぶことになり、
物語性が飛躍的に広がるのだ。一枚一枚きっちりしている絵を横に3つ並べることで、大きなシナジー効果が生まれている。
結果として横長の絵となっているが、左中右と焦点が3つあり、一粒で3倍以上楽しい仕上がりとなっているわけだ。
おそらく国芳は大判3枚続にこだわることで、1枚だけでは実現できないさまざまなパターンを組み合わせで発生させ、
発想の源としていたのだろう。けっこう幾何学的に考えていて、全体を「縦の上下」×「横の3枚続」で6分割する、
それを基本にしていたように思える。もちろん均等な6分割をあえて崩すことでインパクトを発生させてもいるが。
落合芳幾に感じた全体的に強弱が均等というかコントラストが弱い感じは、国芳のこの視点が由来ではないかなと思う。

質も量も充実していて、たいへん勉強になる楽しい内容なのであった。知識が増えて感性が刺激されてたまらない。


2023.5.28 (Sun.)

戸栗美術館『「柿右衛門」の五色-古伊万里からマイセン、近現代まで-』を見てきたぜ。

 松濤のど真ん中にある戸栗美術館。

戸栗美術館というと東洋陶磁器、特に初期伊万里なのだが(→2023.3.16)、今回は人気の柿右衛門特集。
柿右衛門といえば、繊細さと鮮やかさを兼ね備えた色彩、対比となる濁手の白い余白。まあやっぱりいいよねと思う。
(幼い頃、「そりゃ柿右衛門よー」と母親が言っていた記憶がうっすらある。どういう流れだったかは覚えていないが。)
個人的に最も惹かれる色は緑で、4色ボールペンの緑色と共通している感じの、あの澄んだ明るさが好きだ。
柿右衛門は日本画の写実を鮮やかな色でやっているところに魅力があると思う。じっくり堪能していく。

柿右衛門に至るまでの紆余曲折がやはり興味深い。民芸のような初期伊万里からずいぶん大きく移行した感じだが、
途中で古九谷(→2022.5.24)の様式を経由しているのが面白い。青手でべったりいくのは下地の色をごまかすためだと。
やがて極限まで白さを実現した柿右衛門様式へと発展するわけだが、かなりの飛躍を感じる。いったい何があったのか。
柿右衛門様式の発展と衰退の背景には、明から清への移行による混乱がある。景徳鎮の磁器がとんでもないクオリティで、
アジアやヨーロッパを席巻していたわけだが、この混乱で有田焼の需要が急増して柿右衛門が一躍主役におどり出る。
マイセンの柿右衛門への憧れっぷりがものすごくて(→2022.12.16)、世界史とのつながりをあらためて実感する。
清の支配が安定して景徳鎮の磁器輸出が復活すると、柿右衛門は衰退。本格的な柿右衛門様式の復活は戦後のことである。
現代の柿右衛門は優れた過去を受け継ぎつつ個性としての革新も入れたいから両立が大変だなあと思うのであった。



2023.5.26 (Fri.)

運気を上げるにはなんといってもトイレをきちんとせねば、ということで、割れた便座をなんとかするのである。
そういえば割れたのいつだっけ、と思って過去ログを探ったら、なんと10年前のことでやんの(→2013.11.10)!
ということはつまり、私は10年間も割れた便座を当然のものとして受け入れていたのだ。いやあ、忍耐力。……鈍感力か。
そんなわけで、新たに購入したモンキーレンチ片手に便座取っ替え大作戦を敢行したのであった。しかしこれが大変。
下のナットは簡単にはずせたが、上のナットが古くなって脆くなって言うことを聞かない。ラジオペンチでひねるが、
ユニットの中がたいへん狭くて作業しづらいのなんの。おかげで変な筋肉を使ってたいへん疲れた。とにかく交換完了。
これでようやく当たり前のことが当たり前になった。ここからなんとか運気を上げていきたいものである。

しかしまあ、モンキーレンチとは面白いものだと思う。小学生の頃か、circo氏の工具で妙に惹かれた記憶があるなあ。
今回は狭い場所での作業ということで、手のひらサイズのモンキーレンチを購入したが、眺めているだけでも面白い。
(きちんと書いておくと、KTCのいちばん小さいショートモンキーレンチ(WMS-24)。純粋にデザインとしては、
 ふつうのモンキーレンチの方がもちろん優れているが、ショートではぎりぎりのバランスがとれていて曲線も美しい。)
ウォームギアでさまざまなサイズのボルトに対応するという発想が楽しい。ただ、そのウォームギアのあそびの分だけ、
スパナとしての性能には問題が生じるのも事実であり、そのトレードオフで器用貧乏な感じがまた愛おしいではないか。
何より興味深いのは「モンキー」という名称である。ふつうのスパナからは感じないお猿さん感が、確かに漂っている。
これはいったい何なのか。ウォームギアを回しながら、このモンキーレンチ固有のウキウキウッキー感を味わいつつ、
あれこれ考えてみる。個人的に出てきた結論としては、サイズの決まったスパナは純粋に「はめる」動作となるのに対し、
モンキーレンチはサイズを合わせて「つかむ」動作となることを、感覚的に理解しての「モンキー」ではないかと思う。
そもそもがスパナ自体にデザインとして完成された魅力があるが(特に両口)、モンキーレンチにはまた独自の美がある。
前にマサルと工具の宇宙にどっぷり浸かったことがあったけど(→2017.8.8)、やっぱりこれは底がない世界である。


2023.5.25 (Thu.)

本日は地理のテスト。昨日の公共の採点もそうだったが、Excelのマクロのおかげで即日開票が完了。いや、すばらしい。
しかし初めてのことで脳みそを使ってオーヴァーヒート気味でもある。知恵熱でヘロヘロってのは本当に疲れますなあ。


2023.5.24 (Wed.)

本日は公共のテスト。リーダーの先生がつくってくださって、僕としては足を向けて寝られないのであります。
公民のテストはつくれって言われても絶対無理だもんなあ。歴史以上に重箱の隅をつつく感じがたまらなく苦手です。


2023.5.23 (Tue.)

昨日の不運をまだまだ引きずった感触だったが、どうにかポジティヴにと気張る一日なのであった。

 
L,R: 昼は昨日帰るときに買い込んでおいた駅弁をいただいてやる気を充填。おいしゅうございました。

運気を上げるには整理整頓だと部屋をひっぺ返していたら、探していた教科書(→2023.5.5)が見つかったのはよかった。



2023.5.13 (Sat.)

信州ダービーである。昨年は日曜に試合だったので往復で夜行バスを利用する破目になったが(→2022.5.13/2022.5.14)、
今年は土曜に試合なので週末パス+新幹線という、体力的にだいぶ余裕のある交通手段である。いや本当にありがたい。

9時前に長野駅に到着する。天気予報は「曇りのち雨」なので流動的な予定を組んでいたが、現地は意外と悪くない天気。
スカッと青空とはいかないものの、うっすらとした雲の向こうに青を感じる空で、緩やかに日が差している感じである。
少し迷ったが、当初の予定どおり動くことにした。善光寺三鎮守(善光寺三社)を中心に、長野の中心部を歩きまわる。

最初に参拝したのは妻科神社。建御名方神の妃神である八坂刀売神を祀ることから「妻」の名がついているとのこと。
なるほど神紋は梶の葉でしっかり諏訪系である。御守を頂戴しようとしたら社務所は閉まっており、人の気配はない。
貼り紙の電話番号に連絡を入れると「弥栄神社に来てください」ということで、二礼二拍手一礼だけして撤退。

  
L: 妻科神社。堂々とした両部鳥居が神仏習合の匂いを漂わせる。  C: 拝殿。  R: 本殿はさらに奥の方ですかな。

西から東へてくてく歩いて行くが、途中で面白いものがちらほら。妻科神社から近いところに浅井洌旧居跡があり、
「県歌『信濃の国』誕生の地」という碑が建っていた。浅井洌は旧松本藩士で長野師範学校教諭。うーん、信州ダービー。
また長野県教育会館はしっかりモダニズム。残念ながらネットで調べても詳しいデータはわからなかったが、興味深い。

  
L: 浅井洌旧居跡「県歌『信濃の国』誕生の地」。どうせなら、なんかきちんとしたモニュメントをつくってもいいのでは?
C: 長野県教育会館。明らかにこだわりを持って建てられたモダニズムである。  R: そのまま南を抜けて南東から眺める。

善光寺表参道を横断して国道406号へ。こちらの坂の途中にあるのが武井神社である。妻科神社と同じく善光寺三鎮守で、
祭神は建御名方神。やはり諏訪系だ。標準的な御守の種類がたいへん多く、頂戴するにあたって大いに悩んだ。

  
L: 武井神社。こちらも堂々たる両部鳥居だ。  C: 拝殿。  R: 本殿。境内がずいぶんと開放的である。

 「ふつうの御守」がこれだけいっぱい。選ぶの大変!

武井神社から少し北へ入ると西宮神社。善光寺平の商人たちに篤く崇敬されてきて、えびす講は今も賑わうそうだ。
西日本じゃないのに珍しいと思うが、歴史はたいへん古く、武井神社とともに下諏訪から勧請されてきたとも。

  
L: 西宮神社。善光寺門前の横町通りから続く横参道となっている。  C: 無数の恵比寿像が並ぶ。  R: 突き当たり左に拝殿。

 横参道のおかげでいったん境内から出ないと本殿を見られない。見てもこんな感じ。

善光寺の表参道を横断して戻って弥栄(やさか)神社へ。大勧進に突き当たる角にあるが、あまりに小規模でびっくり。
妻科神社の御守が頂戴できると聞いたはずだが……? いちおう参拝するが、最後の善光寺三鎮守である湯福神社へ行く。

 弥栄神社。「やさか」ということで祭神はスサノオ、祇園系である。

善光寺の北西に鎮座しているのが湯福(ゆぶく)神社。木々に包まれており、たいへん威厳のある境内である。
祭神はやはり健御名方命だが、特に荒御魂を祀っているとのこと。「息吹」が転じて「湯福」の社名となった。

  
L: 湯福神社。善光寺から西側の山へと入っていく際に鎮座している。  C: 参道を行く。やはりこちらにも両部鳥居。
R: 鳥居をくぐっていくと、拝殿の前に何やらお堂が。神仏習合にしても、こんなところにお堂があるのは本当に珍しい。

拝殿前にはなぜかお堂があり、「善光廟」と彫られた碑が建っていた。「善光」とはつまり本田(本多)善光。
もともとこちらに善光の墓とされる磐座があり、2007年に廟が建てられたとのこと。前に日記で書いたが(→2011.8.16)、
僕の高祖母の実家は元善光寺なので、本田善光はいちおう祖先ということになる(継母で来たので血の繋がりはない模様)。
長野もいいけど元善光寺もよろしくねと思いつつ参拝するのであった。なお、こちらも御守は弥栄神社にあるとのこと。

  
L: 善光廟。いちおう祖先の墓なのか。  C: 拝殿。1862(文久2)年の築でたいへん立派。  R: 本殿も拝殿とともに竣工。

というわけで、弥栄神社に戻ると宮司さんのお宅にお邪魔して、妻科神社と湯福神社の御守を頂戴する。
弥栄神社の簡素っぷりには驚いたが、無事に頂戴できてよかった。そのまま善光寺の境内に入ってこちらもお参り。
せっかくなので久しぶりにお戒壇巡りにも挑戦。完全に真っ暗な中を進むのは、やっぱり独特な体験である。
ちなみにニシマッキー家はGWにお戒壇巡りをしたそうで、そのときは足元に明かりがあってショックだったそうだ。
(ニシマッキーは真っ暗だぞと娘さんをさんざん脅したのに拍子抜けしたそうで、リヴェンジを誓っていた。)
なお、善光寺の御守は最も標準的なものがなくなっていて、僕はそっちがショック。とりあえず健康長寿守と、
WBCで牧がチーム全員に配ったことで大人気の龍凰勝守を頂戴した。大衆に迎合するのは悔しいが、まあせっかくだし。

  
L: 善光寺もけっこう頻繁に来ているなあ。それにしてもびんずる像が盗まれたニュースには驚いた。そんな発想ねえって。
C: 山門(三門)。昨年上がったので今年はパス。  R: 仁王門。今回は本堂から駅へ戻る順に写真を貼っております。

そういえば善光寺の住職を出している大勧進と大本願はきちんとクローズアップしていないなあと思い(→2010.9.24)、
そっちの方も参拝して御守を頂戴することにした。善光寺本体とは別で御守があったので、行ってみた甲斐があった。
まずは山門の西にある大勧進。善光寺じたいは宗派が分かれる前の創建なので無宗派だが、大勧進は天台宗である。

  
L: 大勧進の大門。1789(寛政元)年、初代立川和四郎の作とのこと。立派だなあと思ったら立川流(→2016.8.21)。さすが。
C: こちらが本堂である萬善堂。  R: 護摩堂。善光寺の境内からすぐだからか、こっちの方が圧倒的に参拝客が多い……。

 休憩スペースにあった絵。不動明王ですかな、パワーパフガールズ風でたいへんお見事。

仲見世通りを南下して仁王門。その西側が大本願である。こちらは浄土宗の尼寺で、蘇我馬子の娘を迎えたのがその起源。
境内が善光寺から遠い分だけ参拝者は少ないが、落ち着いて穏やかな雰囲気。女性にもっとアピールしたらいいのになあ。

  
L: 南側の入口から入ると寿光殿。  C: すぐ隣が表書院。公式行事をやるそうだ。  R: 大殿である本誓殿。

 本誓殿から山門を抜けて善光寺参道に戻ると仁王門前に出る。山門を振り返る。

これでとりあえず一段落である。天気がどうにかなりそうなので、長野県立美術館に行くのは明日にして、
早めに松代へ移動してしまうことにした。そう、目的地は長國寺。昨年の「借り」(→2022.5.13)があるのだ。
国指定重要文化財である真田信之御霊屋の修理が完了したはずなので、ぜひとも拝観しなければ!

長野駅前まで戻ることなく県庁前のバス停から乗り込んで、30分以上揺られて松代中町で下車。
5分ほど東へ歩いていけば長國寺である。なんだか昨年にタイムスリップした気分になりつつ境内へ。
庫院で手続きをするが、御霊屋の内部を拝観できる特別拝観をお願いする(通常の500円に、500円をプラスする)。

  
L: 相変わらず独特な迫力の長國寺本堂。  C: 本堂裏の開山堂。  R: 四代・真田信弘御霊屋。ここまでは昨年と同じ。

ではいよいよ真田信之御霊屋なのだ。1660(万治3)年の建立で、美しい黒漆塗りに妙義神社を思いだす(→2017.9.9)。
あちらは将軍家の財力で建てられているので豪壮極まりないが、こちらは外様大名。その差を考慮してみれば、
むしろ外様大名でこれだけ見事な廟を建てられるとはすごい、と驚くしかない。当時の将軍は4代家綱であり、
なるほど家光好みの様式である。彩色された彫刻など、場所を絞って黒漆との対比を強調するデザインが実に巧みだ。

  
L: 真田信之御霊屋の表門。  C: 真田信之御霊屋。彩色された彫刻が四面に施されている。  R: 正面から見たところ。

特別拝観ということで内部を拝見したが(撮影はできない)、建てられた当時の要素がしっかり残っていて圧倒される。
狩野探幽の筆という格天井の絵をはじめ、彩色された枓栱や繊細なつくりの華鬘など、内部も内部で見どころだらけ。
外観が黒漆でミニマルな家光好みとなっているのと好対照で、真田家のプライドをとことん実感できる空間だった。

 手挟の彫刻。井波彫刻(→2019.8.10)に負けないクオリティだ。

これで「借り」を返した。松代中町のバス停まで戻ると水沢典厩寺まで揺られ、いよいよサッカー観戦モードに。
と、その前にメシを食わねばなるまい。南長野公園通りを西へと歩いていき(毎度よう歩くなあと自分でも思う)、
道路沿いのラーメン屋に無事吸い込まれるのであった。このタイミングで栄養補給できたのは本当にありがたい。

 この角度から長野Uスタジアムを見るということはバス停から延々歩いた証拠である。

スタジアムに到着したのが14時少し前で、一般入場の15時まで1時間ちょっと。すでに行列はしっかりと延びており、
エントランス手前で何往復かしてから長野オリンピック聖火塔をまわり、長野オリンピックスタジアム脇まで行っている。
まあ、曇天を気にして早めに動いたおかげでこれくらいで済んだ、というのが正直なところではないかと思っておく。
雨粒は時折しっかり降ってくるものの、基本的には傘をささなくてもいい程度。不幸中の幸いといった感じで入場時刻に。

  
L: 行列に並んでしばし呆ける。右がスタジアムのエントランスで、真ん中あたりで往復してから左からぐるっと回る感じ。
C: 入場後、買い物に出かけたら選手を乗せたバスを出迎えるところに遭遇。J2・J3入れ替え戦を思いだすなあ(→2014.11.30)。
R: スタジアムの巨大フラッグ。下がグッズ売り場になっていて大盛況。信州ダービーグッズをちょろっと購入したのであった。

昨年とほぼ同じ、バックスタンド中央ややアウェイ寄り2階最前列の席を確保することができた(→2022.5.15)。
まあ南長野はどの席でも本当に観戦しやすい(1階席でも観やすい)ので、そんなに必死になることもないのだが。
よく考えると昨年は森将軍塚古墳に行っていたせいでだいぶ焦ったが、それにしても今年の方が席の確保はかなり楽。
直感的に、客の入りは昨年と比べるとイマイチなのかもしれないと思う。ざっと見た印象では、1万人行くかどうか。
結論から言うと、最終的に観客は12458人までいった。しかしやはり昨年よりは少なく、客席はまだ余裕があった。

  
L: アウェイ側ゴール裏。やはり山雅サポは山雅サポなのであった。なんというか、密度が違うんですよ。
C: ホーム側ゴール裏。1階席が埋まりきっていないのが残念なところ。ここが盛り上がるといいんだけどなあ。
R: ♪いーっきゅーさんいっきゅーさん と仏壇屋「はなおか」のテーマ曲が。ああ、長野県だなあ。一緒に歌う子ども多数。

じっと待っているのはやっぱり寒いし、風の具合で雨粒が落ちてくるしで、避難がてら売店の列に並ぶことにした。
きのこそば(500円)の文字が目に入り、迷わず並ぶ。最後尾の人が列についた人にプラカードを渡すセルフ形式が面白い。
そしてクオリティが思いのほか高くて満足。いい気分で席に戻ると雨もやんだようで、キックオフまで快適に過ごせた。
やがて練習が終わり、スタジアムMCが登場してスタメン発表前に「J3の居心地はいかがですかぁ?」と山雅サポを煽る。
信州ダービーなんだからそれくらいやってくれないと面白くないし、実はこれ、長野にとっては自虐であるのも面白い。
実は今年、ディスプレイに「信州ダービー」の文字はなく、両チームのエンブレムを表示するだけの演出となっていた。
ホクトプレゼンツな試合のわりには雨のせいかセレモニー的要素も弱めで、演出が明らかにおとなしめだった。
11年ぶりの信州ダービーだった昨年と比べると簡素なのはしょうがないのかもしれないが、個人的には残念な部分だ。
もっとも山雅サポだけは違って、昨年10月(→2022.10.30)と比べると、きちんとダービーモードに入っている。
昨年はJ2昇格を逃し、今シーズンは長野よりも下の順位にいる。何がなんでも勝ちたいという気持ちが伝わってくる。

  
L: きのこそば。見かけよりも量があって旨い。  C: いよいよ試合開始である。  R: 松本は選手・スタッフ全員での円陣。

いざ試合が始まると、長野が思ったよりもいい動きを見せる。1トップに入った進が、実にFWらしい動きで躍動。
また開始早々の8分には近藤がシュートを放ってバーを叩き、先週の天皇杯(→2023.5.6)に続く勢いを強く印象づける。
シュタルフ監督もいつも以上に審判に食ってかかる。まあ客観的に見て明らかに食ってかかりすぎではあるのだが、
必要以上に熱いところをみせて選手を鼓舞し、また相手の集中力を殺ぐのも監督の技術であるのだ(→2017.8.31)。
特筆すべきは長野の守備で、ファウルになってしまう場面もあったが非常に積極的であり、松本の好きにさせない。
長野の守備というと「相手の足元にボールが入ったところで1対1」というイメージがあったのだが(→2019.12.1)、
今日についてはボールが入る前に奪いに行くし、セカンドボールに対する反応も速い。見惚れてしまうほどいい。
そしてボールを奪うと、迷うことなくスペースに出して相手陣内の奥深くへ切り込む。シュートか、CK。狙いが明確だ。
この勢いに松本の選手たちは明らかに戸惑っていた。焦点は、このまま長野が先制点を奪いきれるかどうか、となる。

  
L: 31分、DF船橋のヘディングをGKビクトルがセーヴ。長野は徹底した守備からショートカウンターで攻め続ける。
C: 32分、ショートコーナーからボールを受けた船橋がロブをあげる。  R: これにDF秋山がヘッドで合わせて長野が先制。

正直なところ、松本にはビハインドでも容易に追いつくイメージがあるが、長野が追いつくというイメージはない。
それだけにどうしても先制点が欲しいのがわかるし、またそれがプレーにはっきり出ている。長野の攻撃の勢いは落ちず、
守備の安定感も研ぎ澄まされていく感じだ。松本からはそのうちモメンタムを取り返せるだろうという余裕を感じるが、
いっこうにその機会が現れないまま時間が経過していく。そして長野が押し切る瞬間がやってきた。32分にCKを得ると、
ショートコーナーで変化をつけてから船橋がゴール前にふわりとロブをあげる。これをDF秋山が決めてついに長野が先制。
長い時間攻めあぐねていると罰と言わんばかりに失点してしまうことはよくあるが、長野は攻め続けてそれを防いだ感じ。

  
L: 39分には近藤がシュート。  C: 松本はこれを必死の守備でどうにかクリア。長野の勢いに圧倒され続ける苦しい状況。
R: FW進も前線で松本守備陣に脅威を与え続ける。長野は前線で待つFW・抜け出すMF・攻め上がるDFと厚みのある攻撃を実現。

先制した後も長野はさらに攻め続け、39分には近藤がGKと1対1からシュート。松本は榎本がヘッドでギリギリ掻き出すが、
長野の勢いに防戦一方。近藤は先週の天皇杯でゴールを決めているが、その好調さをそのまま維持してキレッキレ。
いや、長野のチーム全体が、PK戦とはいえ天皇杯で松本に勝利したことで、完全にそれまでの苦手意識を払拭できている。

  
L: 積極的な守備でボールを奪うと味方につなげて速攻をかけ、松本の守備陣を翻弄。松本は終始後手にまわっていた。
C: 松本の攻撃に対応する長野の守備陣。ボールホルダーへのプレスを徹底しつつ、FW小松をつねに監視して自由にさせない。
R: ここまでの写真を見てのとおり、長野はつねに数的優位をつくっている。根底にあるのは運動量、そして気持ち。

後半に入っても長野の勢いはまったく落ちない。長野はリーグ戦ではここまで10年以上松本にやられっぱなしであり、
選手の入れ替わりは当然あるのだが、クラブとしてもう松本の後塵を拝するのは終わりにするんだという気持ちが伝わる。
彼らのプレーからは、ただ勝つのではなく、90分間すべて松本を上回るんだという強い意志がはっきりと見えてくるのだ。
先週の天皇杯でつけた自信がみなぎっている。逆に松本は、思いどおりの力が出せない「?」マークがつねに頭上にある。
こんなはずじゃないという戸惑いと、それをピッチ上でひっくり返せないもどかしさが手に取るようにわかる。
試合前、僕は信州ダービーらしい熱意をあまり感じられなかったが、選手たちのパフォーマンスがサポーターに火をつけ、
スタジアムを包む空気がどんどん変化していったのだ。もちろん山雅サポの応援の圧力もさすがの見事さだったが、
加速度的にホームの勢いが増していったことで、ゲームチェンジャーの要素が徹底的につぶされたという感じだ。

 79分、長野が追加点をあげる。これまで十数年の積もり積もった感情が爆発する。

79分、中盤でボールを拾った森川が鮮やかなドリブルでペナルティエリアに侵入すると、左サイドの杉井へ。
これを素早く折り返したところをFW山本がダイレクトで合わせてついに長野が2点目を奪った。実に大きい追加点。
もちろん松本には短い時間でも追いつけるだけのポテンシャルはある。セーフティリードとはとても言えない。
長野はまったく油断することなく、攻撃は最大の防御と言わんばかりにさらに攻め続け、モメンタムを渡さない。
このままクリーンシートで終わればよかったのだが、アディショナルタイムにGKが相手FKをキャッチミスしてしまい、
J3得点ランキングトップの小松に抜け目なくヘッドを決められてしまう。雨でボールが滑るのが、最後に出たか。

  
L: 追加点を奪ってからも長野の守備はまったく衰えない。  C: シュートで終わるか、CKを奪うか。徹底してみせる。
R: アディショナルタイムに変な形で失点。完勝して緩むよりはマシなのか? でも信州ダービーでこのミスはありえない。

というわけで、終わってみれば最後の変なミス以外、長野がいいところばかりを見せて待望の勝利をあげた。
松本が特別悪かったわけではない。あまりにも長野が良すぎて、戸惑った松本は長野を超えることができなかった。
長野というと「後ろが重い!」というのがいつもの印象だったが、勝ち方を知って完全にレヴェルアップしている。
もしかしたら、来年は信州ダービーが開催されないかもしれない(まあ松本も一緒に昇格するかもしれんけどさ)。
これだけ気持ちの入ったサッカーを見せられると気分は最高だ。長野の街が、これで一気に覚醒するかもしれない。
未来から歴史として振り返ったとき、今日が「長野が真に信州ダービーに目覚めた日」となった可能性は高い、かな。

  
L: 試合終了後の両チーム。歓喜の長野と反省会の松本。  C: 反省会。昔は薩川が勝ってやってたけどな(→2012.10.14)。
R: 山雅サポは選手たちを大ブーイングで迎えるのであった。これはしょうがない。試合内容からしてもそうあるべきだ。

  
L: 長野に在籍していた山本かな? 挨拶に暖かく迎える長野サポ。信州ダービーは「わかった」うえで熱い面がいいですな。
C: バックスタンドに挨拶する長野の選手。すばらしいサッカーだった。  R: バックスタンド中央でも挨拶。盛り上がるサポ。

  
L: バックスタンドーにもう一丁挨拶。  C: 素早く撤退する山雅サポ。あっさりしている感じはさすがだと思う。
R: ゴール裏で踊る選手たちと長野サポ。これまで十数年も苦汁を嘗めさせられていたが、ついに風向きが変わったか?

さっきも書いたが、昨年10月の山雅サポは「ダービーの勝利」よりも「昇格への勝ち点3」を求める姿勢が目立った。
しかし昇格に失敗して半年、山雅サポはきちんと「ダービーの勝利」を求めて大声援を送っていた。それに対し、
長野はどこかクールに構えて試合は始まった。でも躍動する選手たちを目の当たりにして、サポーターは変化した。
この試合にほぼ完璧な形で勝利したことで、長野は信州ダービーの価値を再認識したという感触が確かにあるのだ。
これから順位がどう変動しようと、10月の第2ラウンドでは、松本は本来の熱さでアルウィンを包み込むはずだ。
そこに長野の選手たちがどう立ち向かうのか。長野サポがどう立ち向かうのか。これは本当に面白くなってきた。

さて、帰りのシャトルバスは雨の中で30分待って、さらに道路が少し渋滞気味ということで、かなりぐったり。
しかも篠ノ井駅に着いたところで30分以上列車を待つことに。これはちょっと非常識だなあと呆れるのであった。
せっかくのいいスタジアム、いい試合なのに、最後の最後でぶち壊し。J2に上がる前に、そこの意識を改善されたい。


2023.5.12 (Fri.)

マトモに相手するだけ損な相手ってのがいるわけだ。まだまだ僕も青いなあと。反省反省。



2023.5.7 (Sun.)

当初の予定では16時に飯田駅を出るバスに乗って東京に帰る予定だったが、本日が天皇杯長野県予選の決勝であり、
対戦するのは昨年と同じくAC長野パルセイロと松本山雅FC、つまりは信州ダービーということで、テレビ中継を優先。
1時間遅いバスに予約を変更して万全の体制でテレビの前に陣取るのであった。当方、信州ダービーマニアですので。

大町市生まれの母親は最も身近な都会が松本市だったせいで、ガチガチの山雅党である(→2016.4.9)。
僕は判官贔屓で長野寄り。長野はここんとこ松本に勝てていないので、いいかげんなんとかしてほしいのである。
まあそれ以上に中信のクラブが南信に進出するのが気に入らないのだ(旧ユニー1階に喫茶山雅ができやがった)。
母親は90分のペース配分とかそういうことを一切考えることなく突撃を命じる上に、ミスに悪態をついてたいへんウザい。
はっきり言って典型的な知能の低いサポである。辟易しながら、とにかくケガだけはないように、と祈りつつ観戦する。

非常にやりにくそうな大雨の中でのゲームとなったが、前半ははっきりと長野が優位に立ってみせる。なんだか新鮮だ。
セカンドボールを拾いまくるが、枠内シュートがないのが切ないところである。がんばっているけど肝心の精度がない。
どちらかというと松本の方が、枠を捉えて一瞬の隙が命取りになるような切れ味の鋭さをみせる。やはり油断ならない。
パウリーニョや喜山といった選手が投入されれば展開も変わるはずで、長野としては早く先制点が欲しいところ。
積極的に行って受けにまわらないサッカーという長野の意図は明確で、いつも見ている長野と少し違う感じが頼もしい。
しかし雨で濡れた芝は思った以上に滑るようで、精度を欠いたまま前半は終了。うーん、延長PKの匂いがしてきた。

後半に入ると長野は積極的に選手を交代する。延長戦、そしてPK戦の匂いがするのだが。しかしこれが奏功した格好で、
65分に折り返しを近藤が左足ダイレクトで合わせて長野が得点。リーグ戦の好調ぶりも納得できる見事な崩しだった。
が、その3分後に今度は松本がCKから野々村のヘッドで同点に追いつく。松本らしいしぶとさをしっかり発揮してきた。
その後も両チームはチャンスを決めきることができないままで、タイムアップ。やっぱりこうなるのかって感じの延長戦。
そして延長戦でも勝負はつかずにPK戦へと突入。なんだかんだ予想どおりで、バスの予約を変更して大正解なのであった。

PK戦では去年の天皇杯長野県予選決勝でゴールを決めた田中が止められ、長野が雪辱を果たした。
公式戦で長野が松本に勝ったのは、北信越リーグ1部時代の2008年以来、15年ぶりのことだそうだ。
でもPK戦は公式記録では引き分け扱いとなるので、来週のJ3リーグの信州ダービーで正式な勝利を期待するとしよう。


2023.5.6 (Sat.)

昼間は半分寝ながら意地で中間テストの基礎部分を整備。息抜きで無料になっている電子マンガをざっと読むけど、
それはそれで興味深くてハマり込んでしまう感じ。で、ときどき我に返ってテストの作業。でも気づいたら寝ている。

夜はバヒさんに誘われて魔女バーにお邪魔するのであった。といってもバーテンの女性が自称魔女ってことなのだが。
魔女VSマゾということで熱い戦いを繰り広げるわけでもなく、借りてきた猫のようになる私。バーって他人の家なのよね。
バヒさんは妹さんと一緒に来ていたので、よけいに借りてきた猫状態となるのであった。こりゃもうしょうがないのだ。
で、その後はバヒさんに連れられて2人でもう一軒ハシゴ。当方、飲みたいカクテルがあるわけでもないので、
バヒさんが注文したものを言われるままに飲む感じ。僕は飲み会では自分がしゃべるより他人の話を聞く方が好きで、
バーでのふるまい方というものがいまだにわからん。沼津ではマスターの話を聞いているだけで満足だったなあ。
酒についての知識を得られれば、もうそれでいいのだ(→2008.3.212008.7.122009.4.32011.11.192015.3.22)。
バヒさんとは「屋久島行こうぜ」とあらためて誓い合って解散。うん、GWに帰省してよかった。


2023.5.5 (Fri.)

通信の大学で使った教科書を公共の授業の参考にしたいと思ったのだが、部屋が散らかっているせいか見つからない。
無事に教員免許が取れたことで実家に送った気がしたので、教科書を探すべく急遽実家に帰省したのであった。
で、結論から言うと、教科書は見つからず。もっと古い、大学時代や大学院時代の各種資料は発掘されたのだが。
いいかげん、それらの処遇もなんとかしないといけないなあ。今年のお盆に腰を据えてやるとするか。

夜、バヒさん宅でトシユキさんをまじえて3人で飲む。なんだか貴重だというクラフトビールを皮切りに、
バーボンやらジャパニーズウイスキーやらを飲み比べる。といっても僕は弱いので、皿に数滴垂らして舐めるだけ。
バヒさんもトシユキさんもジャパニーズウイスキーがいかに品薄かということで盛り上がるのであった。
僕はとりあえず樽の風味が好みの基準だということがわかったので、もうそれで十分である。ついていけまへん。
このトリオで飲むと「飲めないヤツの飲めないなりの好みを分析する会」という感じになるのがニンともカンとも。
とはいえ、久しぶりに気の置けない感じでダラダラと飲むことができて楽しゅうございました。次はお盆ですかな。


2023.5.4 (Thu.)

根津美術館(→2023.1.29)で『国宝・燕子花図屏風 光琳の生きた時代1658~1716』を見てきたよ。

一言で表現するなら、実にデザイン。写実的ではなく、距離をとって眺めれば確かにそう見える、という記号。
しかしなるほど、この記号性こそが琳派の極意であるわけだ(→2008.10.312015.6.102017.10.31)。
カキツバタの葉の緑青はどれもほぼ同じ色をしており、花における群青の濃淡の違いを強調する土台となっている。
そして明るい群青は視線の流れを誘導しているように思う。下の方に濃い群青をまとめ、視線を澱ませて落ち着かせる。
まるで右上から左下へと川が流れるように、視線は軽やかに動かされていく。写実でなく記号だからこそのリズム感だ。
そのため全体的に明るい右隻を暗めの左隻が引き立てる構成となっているが、でも右隻だけじゃ確かにつまらない。
いやー、デザインデザイン。江戸時代前半に、すでにこの領域に余裕綽々でたどり着いちゃっていることが凄まじい。
展示はこれ以外の光琳もあるし、乾山もちゃんとある。根津美術館は軽めで疲れない適度なヴォリューム感が絶妙である。

根津美術館の名物である殷周時代の青銅器(→2023.2.23)もじっくり堪能する。照明が上手いなあとあらためて感心。
まったくストレスなく細部まで存分に観察して楽しめる。卣や瓿、双羊尊など状態がよくて美しいものが並ぶが、
やはり中央に置かれている3つの盉が圧倒的な存在感だ。これらを常設展示で味わえるのは本当にありがたい。


2023.5.3 (Wed.)

東京都写真美術館で『土門拳の古寺巡礼』をやっているので見てきた。ちなみに東京都写真美術館を訪れるのは初めて。
当方、芸術としての写真には疎くて、特にこれといって惹かれることがないままここまで来てしまったというわけである。
せっかくなので同時開催の企画展2つも見てみる。そうして写真とは何ぞや、ということをのんびり考えてみるのだ。

まずは本命の『土門拳の古寺巡礼』から。GWということもあって、さすがになかなかの盛況ぶりだった。
感想としては、酒田の土門拳記念館を訪れたときと一緒(→2014.8.23)。逃げずに真正面からぶつかった正統派の構図、
それぞれの仏像のいちばん代表的で本質的な姿を捉えようとしている。一枚一枚にはっきりと執念を感じさせるのである。
しかしながら、大いに疑問なのが光沢だ。これは絵画の展示でもガラスを挟めば同じだが、映り込みが本当に邪魔だ。
僕は写真展示の作法とかよくわからないが、光と動きまわる観客の影といったよけいなものが重なってしまっていて、
果たしてそれで真を写したと言えるのか。照明の当て方をきちんと考えていないのである。これではぶち壊しだろう。
「仏像行脚」のモノクロ写真はよけいな光沢がなく楽しめただけに、展示する側が何を考えていたのか疑問である。
さらに言うと、まず仏像というオリジナルがあり、写真は二次的なものである。本来は仏像そのものが鑑賞の対象で、
われわれは土門拳の切り取り方を味わっているわけだ。あくまで二次にすぎず、本当に偉いのはつくった人であるはずだ。
この二重性が、土門の巨匠っぷりで覆い隠されている気がして、どうにもすっきりしない。写真というものはわからない。
鳴門の大塚国際美術館ではCMYKを通して疑問を感じたが(→2011.7.16)、同じ種類の疑問を突きつけられたと思う。
とはいえミュージアムショップで『鬼の眼 土門拳の仕事』をぱらぱらと立ち読みしてみたが、やっぱり土門拳はさすがだ。
報道やポートレイトなどのリアリズム写真の仕事が抜群にいい。もちろん『古寺巡礼』もその延長線上にあるわけで。
逆を言うと、『古寺巡礼』はそういう過去からの文脈を踏まえないと中途半端な鑑賞になってしまうのかもしれない。

次は『TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見』。東京都写真美術館が収蔵する写真を、
セレンディピティ(=偶然による思いもよらぬ幸運)をキーワードにまとめたそうだ。が、僕にはまるで面白くない。
世の中にはいろんな芸術の手段があるわけだが、写真という手段は、最もエゴなメディアのひとつであると思った。
共感・共有できないときのディスコミュニケーションが甚だしい。「どうでもいい」と思える度合いが果てしない。
牛腸茂雄の写真が時代を感じさせて興味深かったくらい。結局、写真とは時代の記録以上の価値なんてないんじゃないの、
そう思った。古写真に代表される、「これから失われるはずの日常風景の記録(→2011.12.172023.4.15)」それだけ。
だが、その価値はかなり絶対的だ。オレが死んだら東京都写真美術館で二束三文でいいからデータを買ってくんねえかな、
そんでもって展覧会をやってくんねえかな、と思った。それなりにけっこう面白い光景が撮れているはずなんだが。
オレ、今日から肩書きを「写真家」にしておこうかね。コンポラ写真家ならぬボンクラ写真家ということでどうだろう。

最後に『深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ』。これもまた、実にエゴな写真ばかりである。どうでもいい。
ただ、撮影してきた写真を時系列に沿って眺めると人生の軌跡が端的に見えてくるのも確かで、それについては面白い。
つまり一枚一枚の「自己の意志としての主観的表現」はどうでもいいが、「自己の意思としての客観的結果」は面白い。
何を言いたいのかはどうでもいいが、何を見てきた一生だったのか、は面白いのだ。さっきの土門拳もそうかもしれない。
だからプロの写真家だろうとアマの一般人だろうと、撮ってきた写真を並べればそれは絶対に面白いはずなのである。
そういう意味で、テーマを誰か一人決めてその人が生まれてから死ぬまでに撮った写真を並べれば、これは誰であろうと、
かけがえのない価値を持つはずなのだ。東京都写真美術館はそれを毎月ペースでやればいいのである。以上。結論が出た。


2023.5.2 (Tue.)

校外学習なのであった。修学旅行の事前演習を兼ねているので、集合場所は羽田空港。平日とはいえGWで、
京急の車両はすし詰め状態である。そして羽田空港に着いても同じ目的の高校生たちで大混雑なのであった。
すべての生徒がチェックを終えて都内巡りに出発すると、教員たちもそれぞれの持ち場へと移動。
僕はせっかくの羽田空港第1ターミナルということで、AIRDOのスープを購入してから築地方面へと向かう。

 羽田空港第1ターミナルビルより。空港じたいを観光することはないもんなあ。

緊急時に対応できるようにという大義名分で喫茶店で待機しながら個人的作業(お察しください)を進めておき、
ランチタイムに他の先生方と合流。築地場外市場の海鮮丼を予約していただいたのである。おいしゅうございました。

 海鮮丼は旨いに決まっていて、個人的にはガリの旨さがいちばん印象的だった。

当初はうまく時間調整して、平日のチャンスだから美術館に突撃できねえかとか、日記書けねえかとか、
協調性のまるでないことを企んでいたのだが、一緒に築地をブラついていたら十分面白くなっちゃって、
結局そのまま最後まで団体行動。まあでもこんな機会でもないと、じっくり築地を歩くことなんてないもんなあ。

  
L: たいへん混み合っている築地。6:4くらいで外国人の方が多い印象。人の顔が入らないようにトリミングしたらこうなった。
C: アジの開きTシャツをトレイにラップで刺身みたいに売っているのがオサレ。  R: タコのするめ。宮城と三井がいない。

 タワシのツリーで喜んでいる私。右手のザルにはミニチュアタワシのストラップ。

既婚の女性の先生2人と動きまわったのだが、主婦の皆様はフリーダム。乾物屋の店主から煮干しについてウンチクを聞き、
お得な煮干しを2袋も買ってしまったり、名前入りの肥後守を買ってしまったりと、思う存分に買い物をされていた。
本日のゴールが国立代々木競技場なので、その後は明治神宮前に移動。余った時間で原宿は竹下通りをひと回り。

 竹下通りを行く。予想どおりの混雑ぶりなのであった。

教員たちが国立代々木競技場に集合したのはいいが、日陰もベンチもまったくないのでなかなか大変だった。
1960年代体育館建築の流れと吊り橋で巨大な屋根をつくった構造について解説したりなんかして(→2015.5.10)。

 8年前とほぼ同じ写真になってしまったが、いちおう貼り付けておく。

生徒たちの集合時刻になり、敷地内でチェックを開始。しかし名残惜しいのか、生徒はなかなか帰らない。
全員のチェックが終わった時点で「解散じゃー!」と声をかけて強制移動させるのであった。お疲れ様でした。

学校に残った先生方の退勤時刻に合わせて夜の会が催されたので参加。学年の教員団で飲むのは2年目にして初である。
これが大変に雰囲気のよい飲み会でございまして、皆さん上機嫌で2次会を終えて解散となるのであった。


2023.5.1 (Mon.)

ソフトボール部の書類に翻弄される毎日である。GWど真ん中に出て締め切りが5月5日って、何を考えているのか。
仕事をしていていちばん疑問なのは、授業準備よりも書類仕事の方が圧倒的に圧倒的に圧倒的に多いことである。
マジで教員としての矜持に関わるレヴェル。事務方の公務員と勘違いしてんじゃねえか頭おかしいんじゃねえかと。
すでにかなりの嫌気がさしている。本当にボディブローのように効いている。


diary 2023.4.

diary 2023

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