diary 2017.9.

diary 2017.10.


2017.9.30 (Sat.)

秋季大会である。体格のいい3年生がいっぱいいた夏季大会では都大会あと一歩まで進出したわがサッカー部だが、
代替わりして規模がかなり縮小してしまった。2年生は技術がイマイチ、1年生は技術があるが体がちっちゃい、
そんな感じである。こうなると2年生のハートに期待したいところ。いい形で融合できるといいのだが、と送り出す。

ところが試合は守備が守備として成立していないので0-5なのであった。まだまだ1対1ばっかりの頃の癖が抜けない。
いや、守備の基本的な考え方は顧問が叩き込まねばならないわけで、当然これは私が悪いんですけどね、がっくり。
抜かれて悔しいとか、裏をとられて悔しいとか、連携とれなくて悔しいとか、そういう感情がないと守備は向上しない。
ある意味これって勉強と同じで、いかにミスと向き合えるかという精神的な強さが重要なのだ。そこがどうもなあ。
まあとにかく、いちばん課題を抱えているのは顧問のオレということで反省しますんで、部員はハートをよろしく。



2017.9.24 (Sun.)

久々の更新だが、日記よりも御守の方を優先して更新してみた。いやもう、まとめるのが大変だったのなんの!
画像をはじめとするデータをまとめるのも本当につらいが、現実の御守を整理するのもつらいのである。ダブルでつらい。
しかもまだまだ整理できていない御守が大量にある。写真を撮っていくだけでも時間と集中力が……恐ろしい。
とはいえ、今ある分については、ある程度の見通しが立ったからヨシとしよう。本当に膨大な量だと呆れております。
単純に量があるだけならまだいいけど、やたらデカい御守もあるし(⇒これとかもうひどい)。キリがねえよ。

それにしても、やっぱり御守の世界は面白い。正直あまり工夫を感じさせないものもけっこう多いけど、
凝ったデザインのものと出会うたびに本当にうれしくなるのだ。ああ、日本はデザインの国だな!ってね。


2017.9.23 (Sat.)

やっぱり一緒に走ってサッカーやらないとダメだねえ。久しぶりにゲームに加わってみたが、充実していた感触。
グラウンドが狭いのと客観的な指示が出せなくなるのとで、中に入るのを躊躇していることが多いのだが、反省である。


2017.9.22 (Fri.)

『ガールズ&パンツァー 劇場版』を見てみたよ。テレビシリーズのレヴューはこちら(→2017.1.25)。

大洗女子学園&知波単学園VS聖グロリアーナ女学院&プラウダ高校のエキシビションマッチで始まるのだが、
知波単の突撃っぷりがひどすぎてもう。戦時中の日本ってこんなんだったんだろうか。こんなんだったんだろうなあ。

今年の夏休みに大洗に行ったこともあって(→2017.7.30)、知っている場所が舞台になるのは純粋に面白い。
大洗駅前でのドンパチ、そして完全にボコボコになる大洗町役場には大爆笑してしまった。いや、これはひどいわ。
「ここがあのカーヴかあ」と感心した旅館も、よけたとみせてまた崩壊。作り手が笑いのツボをきちんと押さえている。
さらには大洗磯前神社まで舞台に登場。あの石段を下るシーンをわざわざ入れるところに地元への強いこだわりを感じる。
全体的にテレビシリーズを前提にしつつも、その当時との違いを描くことで面々の成長を上手く描いているのが好印象。
特に活躍しているのがアリクイさんチームで、テレビシリーズでは収まりきらなかった楽しみを存分に味わわせてくれる。

そうして大会を通した確かな成長を描いたところで、大洗女子学園の廃校の危機がいよいよ本格化する。
マンネリといえばマンネリなのだが、「もうそれでいいです」という領域に達してしまっているのもまた確かなのだ。
中心はあくまで戦車のバトルであるわけで、じっくりやる必要はないので、学園艦を降りてからの展開は急である。
エンタテインメントとしての本分をわきまえたテンポの良さってことだろう。中だるみするよりは絶対にマシだ。
生徒会長が廃校回避の交渉をまとめる辺りは、少年マンガの文法を大いに踏まえてやりきる。ガルパンだから許される。
そこからさらにみんなオールスターで短期転校してくるわけだが、わざわざ転校とか山下たろーくん以来じゃないか。
これもまた、少年マンガの王道を貫くガルパンだから許される展開。素直に面白がっておけばいい、というレヴェルだ。

このように満を持して始まった大洗女子学園(オールスター)VS大学選抜の試合だが、30輌ずつの殲滅戦ということで、
参加車両が多すぎて何がなんだかわからん。マークが本来の所属校のままなのでどっち側の戦車なのか区別がつかず、
キャラクターの数も多いので誰がどの学校なのかもよくわからず、なんかだんだん戦車が減っていくなあ、ぐらいの感覚。
こちとらウサギさんチーム(1年生チーム)のメンバーすら把握できておらず、本来であればかっこいいはずのシーンも、
よくわからんくって味わいきれない。試合会場ではスクリーンでの状況表示がなされている描写が何度かあったのだが、
それを本筋でも挿入してくれればそうとうわかりやすくなったのに。富樫と虎丸のような解説(の誘導)役が欲しかった。
また、テレビで放送しやすいタイミングで戦闘の局面を切っている気がする。それはそれでまったく構わないのだが、
上述のようにその都度状況説明を入れるとか、全体の空間配置を最初にしっかり示して後の展開をわかりやすくするとか、
どこで何が起きて誰がどうなったのかを振り返る機会にしてほしかった。『仁義なき戦い』(→2006.3.27)方式とかね。
また、映画だからか、テレビシリーズにはない重さで他のメンバーのために犠牲になるシーンをかなりの頻度で入れてくるが、
(カチューシャを守るためにプラウダの面々が犠牲になる場面が典型的だ)そもそもがスポーツなのでそこまで響かない。
これは戦車道というスポーツで、別に死ぬわけではなく戦線から離脱するだけ。とっても空回りしているように思える。

以上、非常にわかりづらいマイナスがあるものの、純粋に戦車道の試合としてはよく練られていて面白い展開ではある。
特にそれまで活躍の場がなかった面々に必ず見せ場を与えているのが燃える。アリクイさんチームの活躍はもちろん、
フィンランドらしい運転技術を披露する継続高校、カルロ・ヴェローチェCV33ならではの重要な役割をこなすアンツィオ、
観覧車の特大パンジャンドラムをやってのけるウサギさんチームも格段にたくましくなっている。少年マンガの王道だ。
ラス前からラストに至る格闘では、『SLAM DUNK』(→2013.1.12)ばりにセリフを抜いて画面に集中させる演出。
そしてとことんこだわり抜いたカメラワーク。テレビシリーズの黒森峰戦という高い壁に勝るとも劣らない見事さだ。
だから感想としては、「なんだかよくわからんけど、とにかくかっこいい」というところ。純粋なエンタテインメントだ。

それにしてもミカうぜー(カンテレを弾く音)。


2017.9.21 (Thu.)

道徳の研究授業である。学校の道徳教育担当ということで、他校の授業を見学させてもらったのであった。
内容は実直そのものって感じ。生徒たちも真面目に取り組んでいて、いい経験になったのではないかなという感触。
その後の協議会は興味深い話をいろいろ聞けてプラスだった。授業で触発してモラルを向上させる、面白い試みだよな。


2017.9.20 (Wed.)

天皇杯、長野県勢がそろってJ1に敗退。しょうがないけど。いつか決勝で信州ダービーをやる日は来るのか?
そんなことを妄想したっていいじゃない。実現すれば……長野県だけじゃなく、日本が素敵なことになっているはずさ。


2017.9.19 (Tue.)

特にネタもないので、僕が初任校のサッカー部でやっていた「3-3-1-3」についてちょろっと総括してみたい。
もう5~6年も前の話になるので単なる思い出話でしかないのだが、まあ気楽に書きつけておこう。

当時の僕が率いていたサッカー部は、体格は小っちゃいけど技術は高く、性格は素直な子ばっかりというチーム。
人がよすぎてガツガツいくことがないから勝てなかった、というのが結論なのだが、それでもどうにか勝ちたかった。
最初はオーソドクスに4-2-3-1みたいな形でやっていたのだが、どうしても点が取れなかった。駒は揃っているのに!
というわけで、ふつうにやっていても絶対に勝てない、失点覚悟で点を取ろうぜ、そう考えて以下の戦術を練った。

まず、DFは4枚もいらない。どうせ中学生のキック力じゃサイドチェンジできねえだろ、3バックでいい、となる。
DFの前、中盤で相手を止めれば危険は減る。じゃあその減らしたDF1枚を前に出せばいい、中盤も3枚にする。
最後に、1トップだと消極的な印象があるから3トップということにしよう、そうすれば攻撃意識が出てくるはず。
……こうしてできたのが、「3-3-1-3」である。つまり実態は、4-2-3-1をちょっといじっただけ、なのだ。
(強いチームと戦った最終戦では、実際に中盤の1枚がDFに下りて4-2-3-1の状態で戦っていた。→2012.6.10
3-3-1-3といえばマルセロ=ビエルサだが、3人守って7人突撃のこっちとはレヴェルが違うので区別しないと失礼だ。
こっちは大坂夏の陣で突撃した真田幸村(信繁)に敬意を表して、「サナダ式3-3-1-3」と勝手に名乗らせてもらおう。
(3人で守って7人で攻めるので「サ(3)ナ(7)ダ」という自嘲も込めている。DFのオーヴァーラップも許容したが。)

 ⇒  ⇒ 
L: 標準的な4-2-3-1。  C: DF(この場合はLSB)を1枚前に出して3バックにしたところ。DMFが反対側に動く。
R: 「サナダ式3-3-1-3」。前に出したMF2枚に
FWとしての意識を持たせ、中盤のSMFをWBっぽく使うという作戦。

当時の僕が自分の目で見て参考にしたのが、安間監督時代の富山(→2011.3.62011.5.82011.5.152011.8.21)。
フォーメーションは3-3-3-1で、いいときは本当に躍動感があった。まあ最終的には躍動感がなくなり降格しちゃったけど。
もうひとつが、田坂監督時代の大分(→2011.7.31)。こちらは中盤に4人並べる3-4-3でカゴをつくって相手をハメていた。
あとこの時期のバルセロナは、グアルディオラ監督が3-4-3を攻撃的なオプションにしていたと記憶している。
ちなみに当時、ビエルサはチリ代表監督を辞めてアスレティック・ビルバオの監督に就任。情報が少なくて困った。

さて実際に3-3-1-3をやってみると、確かにリスキーではあるものの、攻撃面の迫力は明らかに増した。
ハマれば攻撃時に3~4人がゴール前になだれ込むので、見ていて抜群に面白い。攻撃陣も手応えを感じたようだった。
相手を押し込んで戦う「ランバージャックフットボール」という共通認識を持てるようになったのは大きい。
グラウンドがたいへん狭くて広く使うサッカーが身につかない環境だったわれわれ、ショートパスが主体になる。
そこで開き直って、狭いサッカーに相手を引き込んで技術で上回ろうという、完全に大木さんの影響を受けた発想だ。
それをやるのに最適なのが3-4-3だが、特に中央のMFを縦に並べることで前への推進力を確保したらこうなったのだ。
右利きばかりのウチのチームにとって、左SB不足をそんなに気にしなくてよいシステムなのも正直都合がよかった。
もともと失点して当たり前のチームだったので、攻撃力が増したことは純粋に快挙として受け止められたのであった。
(上記の最終戦のほか、実際の戦いぶりを記録したログはこちら。読み返した今でも悔しいわ。→2012.5.27
とはいえ、欠点もある。まず、体力がもたない点。中学生で25/30分ハーフだからギリギリできていたが、
これより長くなると間違いなく穴ができる。1日2試合の場合には、どうしてもどこかで破綻してしまう。
また、サイドでしかプレーできない生徒がなかなか適応できずに困っていた。戦術理解には本当に時間がかかった。
振り返ると、部員ゼロから大量入部という状況で、2年間メンバーを固定できたから可能なサッカーだったと思う。
3-3-1-3をやるにあたってマニュアルをつくって配布したけど、次の学年はなかなかシステムが浸透しなかった。
(ちなみにそのマニュアルは、職場のパソコンが吹っ飛んだ事件で消えた(→2012.6.4)。ああもったいない。)

ただ、育成という点においては、サナダ式3-3-1-3は非常に効果的であると今でも思っている。
いちばん好ましいのは、すべての局面がチャンスかピンチのどらちかに分けられるという点である。
どっちつかずの時間がないので、気を抜くことができない。攻守の切り替えの経験を積むには最高なのだ。
また、体力をとことん使うため、試合の最後まで走れるようにもなる。イヤでも成長を促すシステムだった。
そしてショートパスをつなぐサッカーなので、足元も鍛えられる。基本的に逆サイドを捨てて狭いエリアで戦うため、
スピードにものを言わせて技術をごまかす、みたいなプレーは通用しない。攻撃面のセンスはしっかり磨かれるはず。
しかしそれに比べると守備面は正直、雑。当時の僕が守備のセオリーをよくわかっていなかったこともあるが、
結局は個人のフィジカル頼みになってしまった。解答をこの目で見たのは異動した後のことだ(→2014.4.26)。

やはり僕としては、3-3-1-3というフォーメーションは非常に思い出深いので、サッカーゲームでもよく使う。
その延長線上で、現代のサッカーでどうやったら3-3-1-3を生かすことができるだろう、なんて妄想もしてみる。
最近は、守備の場面でポゼッションするのに使えないか、なんて考えている。いわゆる「鳥かご」に近い感じ。
また体力をよけいに消費するアイデアだが、ボールを持ったら毎回ランバージャックで押し込んで攻めるのではなく、
あえて広がって相手を食いつかせる形で守れないか、と思うのだ。ボールを持った「強者のカウンター」的な。
そうしてスペースができたところで攻めに転じる。ボールを持つことで守る時間がつくれると、余裕ができないか。
逆にボールを奪われたらショートカウンター。3-3-1-3をやっていた当時はその言葉がなかった気がするんだよなあ。
むしろ明確な攻撃の機会をショートカウンターに限るのも面白いかなと。ボールを持っているときは積極的に攻めない。
ボールを奪った瞬間に必ず攻める。ひねくれてるなあ。体力を使うなあ。でもワイドめの3-3-1-3でやってみたいなあ。
まあ現実的にはフルタイムで使う基本システムとしては向かないので、短期決戦で勝ちにいくときのシステム、
あるいは時間限定でやるシステムになるんだろうな。面白そうでしょ。イメージほど変じゃないでしょ。誰かやって。


2017.9.18 (Mon.)

不安いっぱいで始まったスクーリングも最終日。なんだかんだで試験までには一定の理解ができてしまうのが面白い。
もっとも、経済学という学問じたいについては疑問がいっぱい。それについてはまた時機を見てじっくり書こうと思う。

すべてが終わって大学から駅に向かう途中、なんだか泣きそうになってしまったよ。純粋な学生に戻った3日間、
その幻のような愛おしさを実感してのこと。やりきった満足感と、もう戻らない日々の喪失感と、いろいろごちゃ混ぜで、
整理できない感情がそのまま出そうになった。そうだよ、オレは泣きたいほど面倒くさくて楽しい時間を過ごしたんだ。


2017.9.17 (Sun.)

2日目も粛々とスクーリングである。講義はいよいよ本筋の国際マクロ経済学に突入。必死でノートをとりまくる。
今回はレジュメに書き込むいつものスタイルに加え、昨日のうちに学生生協で買っておいた無地のルーズリーフを使い、
まったく同じ内容を並行してそっちにも書いていくという、自分でもちょっと信じがたいレヴェルのお勉強ぶり。
つまり、同時並行で2回書くことで、その場で素早く復習までやってしまうというわけだ。これ、常人にはできまい。
幸いなことに中谷さんの教科書(僕が在学中に教授だったけど商学部の授業なんて受けなかった)が非常にわかりやすく、
隙を見てはチラチラ読んでいくことで理解が深まった。必死にやってりゃどうにかなるもんだな、と思うのであった。

帰る頃になり雨が降りはじめる。大阪にいる自分から見ると、台風はまるで夜になるのを待ってから移動開始した感じ。
いちばんのピークの時間帯にはぐっすりスヤスヤですよ。台風はいきなり全速力になって駆け抜けていったのであった。
先月の福岡に続く自分の強運ぶりに呆れる。まあ単位取得に比べりゃ台風なんて敵じゃねーもん。


2017.9.16 (Sat.)

台風におびえつつもスクーリングなのだ! 後のない状況ということで、朝から新幹線で大阪に移動して勉強ですよ。
本来であればそんな無茶はしたくなかったのだが、背に腹は代えられないのだ。重い荷物を背負ってそのまま経済学。
先生は講義の内容をできるだけ早く国際マクロ経済学に持っていきたいようで、基礎の復習が超ハイスピード。
移動の疲れもあって、台風が迫る緊張感もあって、初日が終わったときにはただただ茫然。よく宿までたどり着いたわ。

とはいえ、見知らぬ学生街を我が物顔で歩くという貴重な経験ができたのは楽しかった。20年前の感覚が戻ったね。
昼は大学正門のすぐ手前にある定食屋でいただいたのだが、安くて旨くて大量の定食は涙が出そうなくらいうれしい。
この3連休は純粋に勉強だけに特化した時間を過ごす予定だが、人生をやり直している感覚が面白くてたまらない。


2017.9.15 (Fri.)

テストである。1年生も2学期中間ということで、ぼちぼち中学校のテストに慣れてきたかな、という感じ。
上位陣はなかなかのがんばり具合である。欲を言えばもうちょっと冴えているところを見せてほしいが、
このペースなら失速しないで3年間行けるかなーという感触はある。伸びてくるやつがいると楽しいので、がんばれ。



2017.9.13 (Wed.)

テストを仕上げ、2ヶ月ぶりの髪の毛カットでさっぱり。今のオレは、開放感に、包まれている……!


2017.9.12 (Tue.)

全国を旅して実感するのは、日本でいちばんどこにでも存在するチェーン店は「コメリ」である!ということだ。
本当にどこにでもあって、どんな田舎にもあって、鉄道やバスを乗り継いだ先でいちばん見かけるチェーン店なのだ。
世にあまねくありけるはコメリぞ。


2017.9.11 (Mon.)

ふと思ったんだけど、僕の旅って、街や観光地を「チェックポイント」と表現すると、すごくしっくりくる。
時間と内容をある程度決めて、ここでこういうことをします、というざっくりとした予定を立てて現地に入る。
しかしそこで実際に何が起きるかはわからない。でもその限られた時間で最大の成果が出せるように全力を尽くすのだ。
そして予定を終えると、次の場所へ移動する。これはまさに『アメリカ横断ウルトラクイズ』の「チェックポイント」だ。

結局は、僕が小さい頃から大好きだった『ウルトラクイズ』の感覚を、今も引きずっているということかもしれない。
だから僕の旅行は「ひとりウルトラクイズ」なのかもしれない。クイズをやるかわりに、現地の特徴という謎を解く。
まあ実際は『ウルトラクイズ』がロードムーヴィーそのものだった、という側面もあるわけだが、それにしても、
僕の中では「どこで何をやる」予定の連鎖がチェックポイント的に横たわっているのだ。完全に刷り込まれている。



2017.9.9 (Sat.)

夏休みが終わっても土日に余裕があればお出かけなのである。とはいっても先月は九州2本に帰省と暴れたので、
比較的近くで動こうと考える。というわけで、関東からのスタートだ。しかし僕にはどうしても行きたい神社があり、
関東から長野県に抜けてやろうと。さらに長野県内では北信で行きたい場所がいっぱい。こうして旅程が確定。

買っておいたJRの週末パスをかざして目黒駅の改札を抜けると、電車を乗り継いで高崎へ。ここから信越本線に乗る。
しかし終点の横川までは行かず、途中の松井田で下車する。線路越しに見えるのは妙義山。相変わらずの不思議な形だ。
赤城山・榛名山とともに上毛三山に数えられており、赤城神社(→2016.9.10)や榛名神社(→2016.3.30)があるように、
妙義山の麓にも妙義神社が鎮座している。本日最初の目的地は、その妙義神社なのだ。が、公共交通機関が存在しない。
じゃあどうするか。……歩くしかない。というわけで、松井田駅から片道4kmほどの道をひたすら歩いていくのだ。

 道はこんな感じ。車なら楽なんだけどね……。妙義山を眺めつつのんびり行く。

道は基本的にきちんと整備されているが、さすがにどんどん山の中へ入っていくのでそれなりに不安感はある。
それでも観光地として一定の人気があって、車が適度に行き来する。ひと気がなくて怖いようなことはまったくない。
やがて住宅が道沿いに点在するようになり、坂道を上りきると県道と丁字路で合流して軽い門前町らしい雰囲気に。
神社の入口をあえてスルーすると、道の駅みょうぎに到着。登山客向けの観光案内所も兼ねており、なかなかの賑わい。

 道の駅みょうぎ。ここまでバスを通してくれませんかね。

ジュースで軽く休憩すると、戻っていざ妙義神社に参拝である。まずはなんといっても見事な銅鳥居が目を引く。
銅鳥居を抜けると両側に低い石垣のある、よく整備された参道となる。かなりがっちりと空間をつくっている神社だ。

  
L: 妙義神社の銅鳥居。妙義山を背景に見事な構図である。  C: 銅鳥居を抜ける。  R: 石垣が続く参道を行く。

妙義山の山麓にある神社ということで、境内の高低差はかなりある。それを石垣や石段でしっかり整備してあり、
かなり大事にされてきたのがわかる。江戸の天門(北西)を鎮める存在として、歴代の徳川将軍家が深く信仰したそうだ。

  
L: 総門。1773(安永2)年築。もともとはここにあった神宮寺・石塔寺の仁王門とのこと。国指定重要文化財。
C: 視界を占める石段。これはすごい。  R: 右手に社務所。ここが石塔寺の跡地になる。確かに火灯窓が寺っぽい。

見事な石段を上がると右手に権現造の社殿が現れる。波己曽(はこそ)社といい、1656(明暦2)年の築とのこと。
もともとはこちらが本社だったが、1969年に現在地に移築されたそうだ。見るからに徳川家光好みの作風である。
当時の将軍は息子の家綱だが、次の綱吉ぐらいまでこの価値観は続くので、かなり典型的な事例ではないかと思う。

  
L: 波己曽社。かつて妙義神社は「波己曽神社」という名称だったそうだ。  C: 側面。  R: 奥の方。家光好みだなあ。

さて、波己曽社のある段から妙義山に向かって石橋があり、その先にはさらに長い石段が続いている。本当に長い。
公式サイトによると165段あるそうだ。手すりがなく踏面がちょっと荒っぽいので、正直わりと怖い。ゆっくり上がる。
上りきると隋神門があり、そこからクランク状になって唐門。これがまた家光好みで、東照宮感がある豪華さだ。

  
L: 波己曽社から石橋を渡って石段へ。  C: 石段を上りきると随神門。  R: 唐門。1756(宝暦6)年の築。国指定重要文化財。

唐門を抜けると拝殿である。屋根は拝殿・幣殿・本殿それぞれにあるが建物としては一体化している権現造だ。
先ほどの波己曽社もきれいだったが、さすがに本殿は比べ物にならないほどきらびやか。これが本来の家光好みか。
金ピカではないが、唐門の豪華さといい上野東照宮(→2015.12.5)を思い出す。1756(宝暦6)年築と時期的にも近い。
上野国一宮である一之宮貫前神社(→2014.9.13)とともに、 群馬県における家光好みの絶好例と言えるだろう。

  
L: 唐門を斜め後ろから眺める。装飾が凄まじい。  C: 正面から見た拝殿。装飾が的確で、黒・金・朱の対比が実に見事。
R: 角度を変えて眺める。ただ豪華で派手というわけでなく、すべてにおいて均整がとれている名建築であると感じる。

後ろの本殿の方にもまわり込めるので、装飾に圧倒されながらぐるっと一周。施されている彫刻が非常に繊細で、
それを丁寧に塗り分けている。日光東照宮の陽明門(→2008.12.14)は一日眺めても飽きない「日暮の門」と呼ばれるが、
あそこまで装飾だらけではないものの、端整なバランスにデザインセンスを詰め込んだこちらもなかなかの日暮ぶりだ。
本当に見飽きないのである。黒を基調としているのが効いていると思う。しばらく見惚れて過ごすのであった。

  
L: 本殿。バランスがとれているギリギリのところで装飾が満載。  C: 角度を変えて眺める。細部まで見事な美しさ。
R: 社殿全体を眺める。妙義神社は台風による土砂崩れの被害に遭い、2013年に修復工事が完了したそうだ。いい仕事ですな。

名残惜しいが、次の目的地を目指さねばならない。石段を素直に下りるのがちょっと怖かったので、 帰りは北門経由。
こちらの石段は新しいもので、特に怖い思いをすることもなく石橋まで戻る。授与所で御守を頂戴すると、駅まで歩く。

  
L: 北門を抜けた先にある水神社。  C: 北門。石垣での整備が見事である。  R: 帰りは新しい石段で。後ろを振り返る。

無事に松井田駅まで戻ると、終点の横川まで。おぎのや帝国で素早く峠の釜めしをいただき、軽井沢行きのバスに乗る。
軽井沢は昨年の夏にも訪れており(→2016.8.13)、そんなに間を空けずに再訪問するのは少しもったいない気もする。
しかし群馬県から長野県への移動はどうしてもこのコースになるし、昨年行き忘れた場所があるからしょうがない。
まずはレンタサイクルを借りて旧軽井沢をガンガン北上。軽井沢は距離があるので自転車が本当に便利でありがたい。

 駅舎旧軽井沢。かつて草津電気鉄道の駅がここにあった。今は草軽交通の土産店。

レンタサイクルで突撃したのは、軽井沢ショー記念礼拝堂である。軽井沢最古の教会で、聖公会なのでイギリス国教会。
福沢諭吉の子どもの家庭教師もやったカナダ出身の宣教師・A.C.ショウが軽井沢を気に入って避暑地とし、教会も設立。
これをきっかけに軽井沢が外国人に人気となったそうだ。奥には彼の別荘を復元したショーハウス記念館がある。

  
L: 軽井沢ショー記念礼拝堂。1895(明治28)年に原型がつくられ、1922(大正11)年までに増改築で現在の姿に。
C: 夏場は涼しげな緑に囲まれていい感じですな。冬は知らん。  R: 奥にあるショーハウス記念館。1986年に復元。

ショーハウス記念館の中に入ってみたのだが、これが非常にいい感じの木造別荘建築なのであった。
1986年の復元なので築20年ほどか。古びた感じはなく、のんびり過ごすには最高だろうなあと思う。

  
L: ショーハウス記念館の中。  C,R: 各部屋の中はこんな感じで過ごしやすそう。

  
L,C: いい感じですなあ。  R: 2階の端っこ。日の入り方がいいなあ。

レンタサイクルはいったんここまで。礼拝堂とショーハウスの見学を終えたところでちょうどバスがやってきた。
レトロな感じを漂わせる「赤バス」である。これで終点の見晴台まで連れていってもらうという作戦なのだ。

 
L: 緑の中を抜けてやってくる赤バス。これだけで絵になるな。  R: 終点にてあらためて赤バスを撮影。

見晴台のバス停に到着すると、少しだけ戻って門をくぐり、「ヒルに注意」の文字にビビりつつ細い道を行く。
しばらく歩くと開けた場所に出る。旧碓氷峠見晴台だ。真ん中を群馬県と長野県の県境が通っている。

  
L: 旧碓氷峠見晴台の入口。  C: この門を抜けると見晴台への細い道。  R: 旧碓氷峠見晴台。右にある石の列が県境みたい。

しかしこの旧碓氷峠見晴台、群馬県側の展望はバッチリなのだが、長野県側は木々が壁になってまったく見えない。
せっかくの県境なのに片側だけとは残念である。軽井沢の街が見下ろせれば面白いのにねえ。まあしょうがないけど。

  
L: 手前が横川、奥は旧松井田町北部の市街地かな。安中市が意外と都会。  C: 妙義山の独特な形状を裏から見る。
R: 南側かな、木々のない穏やかな山がある。眺めがよさそうだ。北陸新幹線がこの近辺の地下を通っているのか。

戻るとあらためて群馬県側へ抜ける道を行く。そして県境・旧碓氷峠に位置しているのが、熊野神社だ。
ここが「昨年行き忘れた場所」なのだ。そう、この神社、県境にある神社ということでとっても有名。
もともとはひとつの神社だったが、戦後に県ごとに宗教法人を登録することになったので、長野県側と群馬県側と、
それぞれ別物の神社という扱いになった。したがって宮司も社務所も公式サイトも別で、もちろん御守も別にある。

  
L: 境内入口。参道の真ん中に県境がある。社号標は左の長野県側にあるので「熊野皇大神宮」と書かれている。
C: 鳥居をくぐって石段。長野県側(左)の途中には授与所がある。  R: 隋神門。扁額には「熊野皇大神」とある。

石段を上って足元を見ると、左に長野県、右に群馬県と彫られた石があった。県境が境内をしっかり二分しているのだ。
長野県の小野神社と矢彦神社は領主によって分割され、片方の神社の境内を飛び地にまでしていた(→2016.8.21)。
それと比べるとずいぶん穏やかというか、実際に訪れてみるとあくまでひとつの神社という雰囲気が強い。
むしろ県境があることを全力で面白がっていて、商機(というと失礼かもしれんが)も2倍だぜ!とポジティヴな感じ。

  
L: 隋神門の足元にある県境表示。まあまたぐよね。  C: 境内の様子。熊野系の神社なので社殿が3つ並ぶ。
R: 真ん中、本宮のお賽銭に注目。長野県側と群馬県側できちんと2つあるのだ。神社側が全力で面白がっているのがいい。

勧請元である熊野三山(→2013.2.92013.2.10)に対応し、社殿は3つ並んでいる。左から那智宮・本宮・新宮。
それぞれ熊野那智大社・熊野本宮大社・熊野速玉大社に対応しているってわけだ。ただ、県境という位置関係から、
那智宮は長野県、新宮は群馬県となる。本宮はきっかり中央を県境として両方のものという扱いであるようだ。
やはり勧請元が3つ揃って意味をなすものなので、県境で分けたところで意味がないのだ。ネタにしているだけだね。

  
L: 長野県側(向かって左)の那智宮。  C: 中央の本宮。  R: 群馬県側(向かって右)の新宮。

ではまず群馬県側・碓氷峠熊野神社の境内から見てみる。新宮の手前には玉垣があるが、脇から入って参拝できる。
中には群馬県最古という鐘がある。鐘とはいかにも熊野系らしい、神仏習合ぶりを示すアイテムである。
長野県にはもっと古いのがあるから群馬県側にもっていった、みたいな経緯があったら面白いなあ、なんて思う。
新宮の右手前には神楽殿。これが授与所を兼ねているが、でっかい唐破風が屋根の妻にそのまま直結していてド迫力。
これは新宮に合わせたデザインなんだろうか。しかし群馬県側は、ほかにこれといった特徴がない感じ。

  
L: 新宮を横から見たところ。  C: 新宮の右手前にある群馬県側・碓氷峠熊野神社の神楽殿。授与所にもなっている。
R: 申し訳ないが、境内の群馬県側にはあまりこれといった見所がない。境内社がひとつと多重塔。あとは歌碑。

続いて長野県側・熊野皇大神宮の境内を見てみる。こちらは那智宮がやたらと簡素。群馬県側の新宮とだいぶ差がある。
しかし境内の奥には樹齢850年以上のシナノキがあり、また奥宮への入口もあるなど社殿以外で勝負している感じだ。
御守も長野県側の方がかなり充実しており、神社としての特徴をいろいろ持たせている。結果として好対照でよい。

  
L: 長野県側・熊野皇大神宮の祈祷殿・神楽殿。授与所も兼ねており、御守の種類の豊富さに圧倒される。商売上手な感じ。
C: 那智宮の本殿を覗き込む。なんだかチョバムアーマー感がある。  R: 長野県側の境内社。雰囲気づくりが上手いと思う。

祈祷殿・神楽殿の裏には御神木のシナノキ。これまた演出が上手くて、裏に回るとハートが見えるよ!とある。
「しなの木守」もあって、毎月1日と15日には裏にハートマークのある限定デザインが頂戴できるんだってさ。
参拝客を呼ぶ工夫は非常にいいことだけど、さすが軽井沢の氏神だけあって感覚が鋭いなあと思うのであった。

  
L: 熊野皇大神宮・御神木のシナノキ。これがもし群馬県側に生えていたらどうだったんだろう……と考える自分は野暮か。
C: 裏にまわってハートを撮影。だからどうってことはないです。  R: 「しなの木守」のご案内。工夫ある御守は好きですよ。

奥宮の方まで探検してみる。はっきりと山道ではあるのだが、雰囲気は非常に明るく、傾斜もきつくない。
奥宮までは3分足らずで着いたので、高原らしい林の中を散歩するのに絶好の場所であると言えるのではないか。
帰りは手前にある真田社に寄る。「真田幸村(源次郎信繁)初陣必勝の地」とのこと。脇にはレリーフもある。
なるほど長野県と群馬県が接する辺りはかつての真田領。そう考えると県境意識はいっそう薄くなってしまうね。

  
L: 奥宮への道。深呼吸しながら散策するにはちょうどいいのでは。  C: 奥宮。  R: 真田社。レリーフ逆光。

参拝を終えると再びバスに揺られて戻る。レンタサイクルにまたがると下り坂を快調に走っていくのであった。
電車の時間まで旧軽井沢をフラフラしつつ、駅まで戻ってしなの鉄道で長野まで。コンビニに入ったらおやきを発見。
いくら長野(北信)の名物とはいえ、わざわざ製品化してコンビニに置いているとは思わなかったので驚いた。

 
L: コンビニにて。おにぎりの下におやきが並んでいる。つぶあん・切干大根・ポテトベーコン・野沢菜・なす味噌と種類豊富。
R: せっかくなので、1個買って食ってみた。ふつうにおやきでしたね。全国で売っても味しだいでそこそこウケるかもしれん。

明日は明日で長野三昧の予定。しかし長野市は合併しまくって広いので見どころが多くて散らばっている。がんばる。


2017.9.8 (Fri.)

前に英語の音声データをbluetoothスピーカーで再生していることを書いたが(→2017.5.30)、
Micro SoundLink Mini IIだと持ち歩くのに不安があるので、新たにMicro SoundLink Microを買って使っている。
色はド派手なオレンジだぜ。そしてこれがすごい。防水バッチリでめちゃくちゃ頑丈。電池の持ちも文句なし。
もちろん音はさすがのBOSE品質。驚いたのは、2個あれば片方R、片方Lでステレオ再生できる機能まであること。
お値段13,770円には二の足を踏むかもしれないが、それ相応かそれ以上の満足度が得られることは間違いない。
むしろ使っているうちに、よくこの値段でつくったもんだと感心するはずである。自信を持ってオススメしたい逸品。


2017.9.7 (Thu.)

歳をとるとセーラージュピターの良さがわかるようになるのう。まこちゃんかわいいよまこちゃん。


2017.9.6 (Wed.)

生徒たちに『ドラゴンボール』が人気なんだけど、正直理解ができない。
僕はサイヤ人が出てきた時点で『ドラゴンボール』を見限っているので(サイヤ人編に入った時点で、って意味ね)、
21世紀生まれがハマっている光景を見ると、まるで異世界にいるような気分になる。人類が成長していない、と。

海外では『NARUTO』人気の方が強いらしいが、それでも『ドラゴンボール』が大人気であることは間違いない。
そこで、思うのである。『ドラゴンボール』って結局、最後はアメコミなんじゃないかと。もう日本の漫画ではないと。
アホみたいに外伝が商業ベースでつくられ、鳥山明にとって一部分にすぎないデザインが強調されてキャラが再生産され、
延々とバトルをしているのである。いや、読んだことも見たこともないから知らんけど。知る気もさらさらないけど。
なんというか、現在の『ドラゴンボール』からは日本的なものを感じないのよね。わびさびゼロで、金髪バトル。
申し訳ないけど、知性をまったく感じない。そんなのがまだ子どもに人気がある現状は、まずいと思うんだけどな。

『ドラゴンボール』は世界的に金を稼いでいるが、外人向けの価値観に合わせて作品のレヴェルを大きく落とした。
まるで背脂たっぷりの大味なラーメンをありがたがる品性のなさと同じ構図であると感じる。脂食いたいだけか、と。
世界を相手に評価を受けようとすると、はっきり言ってレヴェルの低い客に合わせるので、作品性は下がることになる。
まあマンガに限らず、現代社会において世界的に金を稼ぐということは、品性を落とすことと少なからずつながりがある。
わかるやつを相手にしてレヴェルを落とすことなくやっていく、そういう誇り高い日本人でありたいものだと思う。


2017.9.5 (Tue.)

部活でぜんぜん走れなくなっていて情けないのなんの。正直ふだんからきちんと動いていないが、
夏休みが明けて体が強くなっている生徒と比べちゃうとその差は歴然。意識しないと衰える一方よ……。


2017.9.4 (Mon.)

プロレスラー・高山善廣のニュースには驚いた。ケガがつきものの職業とはいえ、体が動かなくなるのはつらい。
実は僕が東急ハンズでバイトしていたとき、レジに高山選手がやってきて、USBを買っていったことがあるのだ。
そりゃもう内心大騒ぎだったけど、気持ちは抑えて対応したよ。ふつうのやりとりだったけど、うれしかったなあ。
そんなわけで、高山選手にはぜひとも回復していただきたい。気にしていますんで。回復のニュース待ってますんで。


2017.9.3 (Sun.)

9月3日はドラえもんの誕生日ということで、ドラえもんについてつねづね思っていたことをテキトーに書く。
それはまあ『ドラえもん』に限らないのだが、藤子不二雄の作詞センスはもっと注目されていいんじゃないかってことだ。

たとえば、われわれがTVアニメ『ドラえもん』のテーマ曲で最も慣れ親しんでいるものといえば『ドラえもんのうた』だ。
歌詞は「こんなこといいな できたらいいな」であり、最初っから見事にドラえもんのいる世界の楽しさを表現している。
しかし藤子先生作詞の『ほくドラえもん』は「あたまテカテカ さえてピカピカ それがどうした ぼくドラえもん」。
この脱力感よ。しかも途中で四文字熟語のラップが入り(誰が何と言おうとあれはラップである、のぶ代のラップ)、
サビなんかもう、「ホンワカパッパ ホンワカパッパ ドラえもん」。この言語感覚は、冷静に考えてかなり独特だ。
マンガの『ドラえもん』では「時限バカ弾」というある意味究極の作品でこの言語感覚が惜しみなく披露されたが、
残念ながら21世紀の現在のおいては正統な継承者を輩出しないままでいる。このまま埋もれさせるにはあまりに惜しい。

調べてみると、F先生かA先生かはわからないが「作詞:藤子不二雄」ということで知られている曲はそれなりにある。
すごいのは、アニメ化されたかなりの作品でテーマ曲の作詞を担当していること。これは地味に快挙ではあるまいか。
『ユカイ ツーカイ 怪物くん』(1980年)、『忍者ハットリくん』(1981年)、『きてよパーマン』(1983年)、
『夢を勝ちとろう』(『プロゴルファー猿』1985年)、『ぼくはオバQノンキなオバケ』(1986年)、などなど。
なお、藤子先生の歌詞に最も多く曲をつけたと思われる作曲家は菊池俊輔。『ドラえもんのうた』『ほくドラえもん』、
どちらもこの人によるメロディである。藤子先生の作詞センスとともに、ぜひ覚えておきたい名前である。


2017.9.2 (Sat.)

リョーシさん上京につき姉歯メンバー緊急招集! 今回のテーマはマサルの提案で「将棋会館&将棋メシ」。
世間は将棋ブームだが(→2017.7.7)、試合内容以上に棋士たちの食べるメニューに注目が集まっている状況だ。
まあそれはそれとして素直に乗ってみるのも悪くないよねと、プロ棋士御用達の店でいろいろ食べてみようということに。
しかし肝心の言い出しっぺが取材で遅れるということで、序盤戦はマサル抜きで昼飯を食べるところからスタート。
ひふみんのうなぎで知られる「ふじもと」は昼しか営業していないので、まずはそちらでうなぎをいただく。
昼からたいへん豪勢でおいしゅうございました。こんなランチをいただけるプロ棋士ってすごいですな!

 
L: 僕とみやもりはランチうな丼(器が丸い)にしたのだが、リョーシさんはひふみんと同じうな重(器が四角)を注文。
R: ランチうな丼。こんな豪勢なものを昼から食うのは正直気が引けたが、ひふみんリスペクトなのでしょうがないのだ。

食べ終わるとリョーシさんの提案で迎賓館赤坂離宮へと向かう。一般公開されているから見にいこう、と。
今回の姉歯祭り、当初は「中央線総武線各駅停車の旅」ということで、その周辺でうろついてみようという計画で、
将棋会館だけじゃなくて代々木のあの党とか信濃町のあの党とか突撃しちゃう?なんて言っていたのだが(主に僕が)、
まじめなリョーシさんはさすがにきちんとした案を出してくれたのであった。よかったよかった。

マサルと合流してから千駄ヶ谷に戻って将棋会館に行くことにして、のんびり歩きながら東へと針路をとる。
みやもりが「国立競技場の現状が見たい」と言うので北側を半周してみたのだが、仕上がる気がしませんなー。
僕は徹頭徹尾東京オリンピック反対派なので、場当たり的なハコモノ建設には興味がございません。

 結局、どうなるんですかね。

神宮外苑を東へ抜けようとすると、当然ながら聖徳(せいとく)記念絵画館の前を通るわけであります。
その存在は知っているけど(→2009.10.4)中に入ったことないなーと言ったら、じゃあ寄ってみよう!となる。
施設維持協力金という名目の入館料500円を払って中に入ると、ホールからしてもう、とんでもない迫力。
竣工が1926(大正15)年ということで、西洋建築の威容を存分に漂わせているものの、装飾は非常にモダン。
これはアール・デコ的だなあと思わせる価値観の装飾がところどころにみられ、なかなか興味深かった。

  
L: 聖徳記念絵画館。重要文化財の指定を受けている。  C: 入口付近。近くで見ると、思ったよりもモダンで驚く。
R: ホール。規模が違うが、旧朝香宮邸(東京都庭園美術館、 →2016.10.31)と同じ系統の印象が確かにしたのだ。

さてこの聖徳記念絵画館、絵画で明治天皇の生涯・業績を振り返ろうということで設立された美術館なのだ。
前半が日本画40点、後半が洋画40点の計80点という、練りに練られた構成となっている。これはもちろん、
明治天皇が日本の伝統を受け継ぎつつ近代化の象徴となったことを意識している。そういえば明治神宮には、
日本酒とワインそれぞれの樽が並べられていた(→2015.5.10)。とことん徹底しているなあと思う。

ひとつひとつ絵を見ていくが、これがかなり面白い。というのも、画家だけでなく絵の奉納者に特徴があるから。
たとえば「大政奉還」は徳川慶喜の孫・徳川慶光で、「東京御着輦」は東京市。画題に関係する人の子孫や自治体、
民間企業などが名を連ねる。「江戸開城談判」では明治天皇は登場せず、勝海舟と西郷隆盛のみが描かれているが、
奉納者はやはり両者の子孫。さらには南満州鉄道や朝鮮各道なども奉納者として登場し、歴史の重みを感じさせる。
ニシマッキーもリョーシさんも日本史に詳しいので、注目ポイント満載で大変だった。画家もビッグネームが多いし。
絵画は時系列に沿っているが、江戸から明治に切り替わる辺りは本当に錯綜していて、事象の順番が意外なことも。
倒幕から明治維新の動きは実際のところけっこうギリギリで、どっちに転ぶかわからない状況だったことを思わせる。
新政府側で既成事実をつくっちゃえ!と先行したできごともけっこうあったんじゃないの?と思うのであった。

 
L: ホールに置いてあった、開館当時使われていた掃除機。言われてみれば、この種の機械はほかで見たことないわ。すごい。
R: 地下の様子。はっきりとモダンなのである。窓口のガラス部にある円と矩形で構成された装飾はいかにもアール・デコだが。

聖徳記念絵画館は想像以上に見どころが満載で、思わぬ収穫に一同ホクホクしながら外に出る。
信濃町駅脇の住宅地を抜けて坂を上がると迎賓館である。西側の一般公開入口をいったんスルーしてマサルと合流。
そうしてあらためて引き返し、敷地内に入るのであった。橋の下を首都高が平然と走っていてびっくりした。

空港と同レヴェルのセキュリティチェックを受けてから1000円の入場券を購入して、いざ見学。
残念ながら迎賓館赤坂離宮の内部は写真撮影が禁止されているのだが、まあとにかくずっと度肝を抜かれっぱなし。
さすがに最高級の国賓接遇施設ということで、そこにあるのは絵に描いたような豪華絢爛な空間そのものだが、
装飾だらけなのに不思議と節度を感じさせるのである。これが「本物」ということなのか!と感心するのみ。
僕はなんだかんだで全国あちこちの応接施設を見てきたが、迎賓館赤坂離宮は完全に別格だと断言できる。
すべての装飾が生きている。まったく嫌味なく、客に最大限の敬意を払うことだけに、すべてが集中している。
少しでも手を抜いたら相手に失礼になってしまうわけだが、その豪華さがすべて相手に向けられている建物なのだ。
つまりは、空間の中に自慢の要素がまったくないということだ。そしてその装飾が生気に満ちている。圧倒された。
最も権威があるという朝日の間は改修中だったが、興味深いのはその手前にある絵画。小磯良平による作品だが、
美大生を描いた『絵画』と音大生を描いた『音楽』が左右に並ぶのだ。迎賓館のいちばんの中心になる部分に、
若者たちのさりげない日常の一コマを描いた絵を掲げる、そのセンスが凄い。日本はそういう国である、と。

  
L: 噴水。ちゃんと虹が出るように計算しているんだろうなあ。  C: 見惚れるわれわれ。マサルのせいでみやもりが見えん。
R: 迎賓館と噴水をセットで、虹が入るように撮影してみた。迎賓館赤坂離宮の噴水はかなり細かい計算のもとでつくられている。

内部の見学を終えると南側にある庭園を一周。噴水を見ているとどうも変な感じがして、ちょっと考えたら気がついた。
ふつうなら内側から外側へと描かれる放物線で、外側から内側へ水を出しているのだ。おかげで水が逆回しに見えるのだ。
こういう細かいところまで考えてつくってあるとは、と脱帽。ありとあらゆる技術・工夫を凝らしている施設なのだ。

  
L: 迎賓館赤坂離宮の背面。  C: ど真ん中をクローズアップ。  R: 側面。見学時はこの右側から入っていく。

正面にまわり込んでまた眺める。石畳のおかげでヨーロッパ感がものすごい。行ったことないけどビシビシ感じる。
よく見ると屋根の両側には鎧と兜の像が飾られていて、全体を貫く「洋を主体としながら和を混ぜる」価値観が、
ここにもしっかりと現れている。込められた工夫を本気でじっくり見ていったら、絶対に一日じゃ足りないわコレ。

  
L: 前庭から正面へとまわり込む。  C: 正面。  R: 屋根の装飾をよく見たら鎧兜。これは幻想的な造形だなあ。

出口は北の正面側ということで、振り返り振り返り撮影しながら出ていくのであった。いやあ、すごいものを見た。
リョーシさんが提案しなかったら一般公開に気づかなかっただろうけど、心の底から感動させられた空間だった。

  
L: あらためて迎賓館赤坂離宮の正面を見据える。  C: 少し離れて。石畳がヨーロッパっぽい雰囲気を加速する。
R: 去り際にもう一発。実はこの真下を首都高が通っているのね。でもそんなことをちっとも想像させない荘厳さ。

せっかく四ツ谷まで来たんだから、天然モノの鯛焼きでもつまもうぜ!と提案して「わかば」へ向かう(→2016.8.25)。
そしたら午後3時過ぎということで、凄まじい行列なのであった。それでもすぐに食えるだろうと思って並んだが、
養殖モノじゃないからそれなりに時間がかかる。なんだかんだで、ここで1時間ほどかかってしまった。申し訳ない。

 
L: なんとか鯛焼きにありついたものの、行列は延びる一方。凄まじい人気なのであった。
R: 鯛焼きだけでなくかき氷を食べるマサル。そんなわけでみんなは店内でいただいたのね。

マサルの力技で千駄ヶ谷近辺に戻ると、スマホを頼りに将棋会館を目指す。鳩森八幡神社の裏の坂道にあって、
正面から見ると「おお、この構図だ!」と感動。さっそく中に入ると1階の売店に突撃していろいろ眺める。
グッズは思ったほど充実しておらず、高級な将棋盤がいちばん目立っていた。あとは将棋に関する本がずらり。
女性棋士のしおりセットを見て、この頭脳明晰な美人さんたちにいろいろされたい、とちょっと思ったとさ。
みやもりは藤井四段のクリアファイルを買い、マサルは大山康晴筆の「助からないと思っても助かっている」扇子を購入。
ほかの棋士がほとんど四字熟語の中、「助からないと思っても助かっている」の放っていた異彩にやられたそうで。

 
L: 将棋会館。テレビでおなじみだが、実物はやはり狭苦しい建物だった。よくこれでやっていけるなあ、と呆れた。
R: 中に入ると『3月のライオン』(→2011.3.21)の桐山くんがお出迎え。人気があるんだなあ、と思うのであった。

千駄ヶ谷近辺にはいい感じの喫茶店が少ないのだが、なんとか席を確保してしばらくダベる。
やがて頃合いを見計らって、本日の本来のテーマである「将棋メシ」をいただくべく移動するのであった。

藤井四段の勝負メシにもいろいろあるが、公式戦29連勝を決めたときの昼食・豚キムチうどんは特に人気な模様。
というわけで、「みろく庵」に突撃して頂戴したのであった。といっても注文したのは僕だけ。ノリが悪いなあ。
マサルはその藤井四段を破った佐々木五段が食したという、肉豆腐定食+餅を注文。やっぱそうでなくちゃね!
ちなみに棋士の皆さんはよく餅を追加するらしい。将棋連盟会長の佐藤九段は冷やし中華に餅を載せたそうで……。

 
L: みろく庵の豚キムチうどん。このMacBook、「みろく庵」を一発変換したぞ!! なんかすごい。
R: 肉豆腐定食+餅を激写するマサル。かなりヴォリュームのある構成で、棋士の頭脳労働の激しさを実感。

さて肝心の豚キムチうどんのお味はというと……ものすっっっっっっっっっっげえ旨い! 感動にむせび泣いたぜ。
夏でも十二分においしいのだが、冬だったら全速力で新宿から秋葉原まで5往復できるくらい力が湧くんじゃないか。
この豚キムチうどん、多いときには一日120食くらい出て店員さんはもうワケのわかんない状態になったらしいのだが、
納得できるくらい旨い。見たら食いたくなるし、食ったら次もまた食いたくなるもん。ぜひまた食べに来ようっと。

その後はみんなにとって交通の便のよい飯田橋に移動して飲むのであった。週末の飯田橋っていい感じの穴場なのね。
のんびり落ち着いた環境でお土産の交換会をやったりいろいろダベったりと、充実した時間を過ごしたのでありました。
ボードゲームカフェ(→2017.8.8)でマサルが最も気になっていた「ハイテンション利休」を渡せてよかったよかった。
鹿児島で確保した「財宝」のミネラルウォーターがあんなにウケるとは。鹿児島のあちこちで80円で売ってるぞ、財宝。

それにしても、なんとかして姉歯メンバーで群馬の珍宝館に行きたいんですが。みんなで館長にあだ名つけてもらおーぜ。


2017.9.1 (Fri.)

職場の飲み会で「市役所めぐりの良さがぜんぜんわかりません!」と言われて、まあそうだわなと思うのであった。
前提として、好奇心だとか知識欲だとかにリソースを割く人とそうでない人とがいるわけで、僕は割く方に全振り。
女の子とイチャつくよりも一人であちこち行く方が圧倒的に楽しいという極端な人間なので、わかってくれなくていい。

ただ、思うのは、マツシマ家は「知った気になって満足する」ということを徹底している家庭だなあということだ。
自分が体験したことを通して、何がどうなっているのかを分析し、言語化し、一定の結論を引き出す。これを徹底する。
見方を変えればまた別の結論が引き出されるのかもしれないが、とりあえずはそうやって「知った気になる」、
そのことに大いに価値を見出す家系なのだ。目の前の現象について原因と効果を即答する、その訓練ばかりしてきた。

旅先で街を歩いて、建築を見て、景色を見て、料理を食って、方言を聞いて、その土地のことを知った気になる。
歴史と地理から引き出されるその空間と、そこを生きる人々の特性を語ること。それを「市役所」で仮託しているだけ。
わかってくれる必要はない。ただ、そのトレーニングに明け暮れているからこそ見えているものがありますよ、ってだけ。
あなたには見えていないものが僕の目には見えていますよ。ただ、そこに価値があるのかどうかは人によりますってだけ。


diary 2017.8.

diary 2017

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