diary 2016.6.

diary 2016.7.


2016.6.30 (Thu.)

え!? ニッチロー'って飯田市出身だったの!? しかも1コ下の学年だと!? うわー!!


2016.6.29 (Wed.)

気分のモヤモヤが晴れないのは梅雨のせいだけではないのだが、梅雨のせいにしてしまうのもアリだろう。
6月も残り少ないが、ここまでちょっと気を張りすぎていた部分もあるはずなので、今日の午後はだらける。
今月は、授業にテストに部活に修学旅行にお勉強に日記にと、客観的に見れば実はけっこうすごい密度で動いていた。
ひとつとして手を抜いた要素がない。自分でも気づかないうちに余裕のない方向へと突き進んでいた気がする。
来月またエネルギッシュに動くために、ここでいったん緊張を解いておこう。Get cool!(→2015.1.28)ってことで。


2016.6.28 (Tue.)

個人的にモヤモヤしております。原因は2つあって、片方は自力じゃどうにもならないこと。
いやもう毎日ムカついてムカついてしょうがないのだが、世の中は不条理なもんだと我慢するしかない。
もうひとつは自分の力加減、冷静さのバランスの問題。現状を素直に受け止めて再挑戦するのみである。
とまあ、種類の違う原因でモヤモヤしているが、タイミング悪くそれらが重なって目の前に現れたわけだ。
なんとか理性で解きほぐして、自分の中の寛容性を伸ばす機会とするのだ。そう捉えるしかないのよ。


2016.6.27 (Mon.)

3年生が引退しても、部活は続く。今日も顧問は中学生と一緒にグラウンドを走りまわるのである。
守備ではまずいプレーをちょこちょこやったが、パスはそれなりの精度で決まったのでよかった。
中学生たちの伸びしろと比べると本当に残りカスのような才能しかないことは自覚しているのだが、
サッカーはとにかく人数が必要なスポーツだし、大人の強い体と速い脚とよく通る声を持っている、
それだけで練習台としては十分役に立てるのだ。だから下手でも参加する。毎日一緒に走りまわる。
これぞ日常。それなりに体を動かす習慣が日常の中にあることを、素直に喜んでおくとしよう。


2016.6.26 (Sun.)

今日も日記を書きまくりであります。まあ本来なら単位習得試験のはずだったわけで、申し込み忘れたわけで、
その反省を日記を書くエネルギーへと変換しておるわけです。朝メシ食いつつ書いて、昼食った後もまた書いて。
家に帰って一休みしたらまた夜も書いて。なんだかんだで結局、のべ10時間くらい書いてますぜ。すごいな自分。
テストも終わって明日からは夏休みへの準備期間という感じになってくるだろうが、とにかく日記を消化しないと。


2016.6.25 (Sat.)

どこにも行かないでひたすら日記を書きまくっております。負債の量に自分で呆れながらも、
それはそれとして気分転換しながらいろんな日の分を気ままに書き進めていくというスタイルであります。
逆を言うと、飽きてきたら別の日の分へとどんどん乗り換えながらずーっと書き続けているわけで、
書いている状態が本当に休みなく続いているのであります。この「手塚治虫方式」がいちばん効率がいい。


2016.6.24 (Fri.)

まさかイギリスがEU離脱を選択するとは……。さすがにそれはないだろうと思ったら現実になっちゃった。
たぶんみんなが「オレの1票じゃどうにもならんだろ、じゃあ本音の1票を入れちゃえ」ってやった結果だ。
そういう意味では心理的に非常に正直な数字が出たと思う。グローバル化ってのは嫌われ者なんだよ。

EUってのはヨーロッパレヴェルでの多数決。国より大きいんだから、地方の軽視はより激しくなる。
リアリティの感じられないヨーロッパの中心にとって都合のいい議論・システムづくりがどんどん進んでいく。
でもその「ヨーロッパの中心」ってのはどこにもなくて、自分の住んでいる街レヴェルでは不満だらけ。
現代の資本主義によるグローバル化ってのは、空間に縛られることで不利益を被るようになっている。
つまり住民という存在は阻害され、法人である企業だけが得をする。EUはその最前線の一面があるもんね。
われわれは(公務員も含めて)大部分が企業を経由して生活費を得ている。そのようなロジックにより、
企業が損することにならないようにシステムが組まれているけど、現実にそれは住民の幸福と重ならないのね。
もっときちんと足元を見ないと、将来的にはさらに大きな混乱が待っているように思うんだけどな。
とりあえず世界経済優先の視点でこの結果を非難するのは間違いだ。グローバル化の方がおかしいってことよ。


2016.6.23 (Thu.)

3年生の教室にフランツ=カフカ『変身』の文庫本がなぜか置いてあったから読んじゃったよ!
内容はもちろん、毎度おなじみグレゴール=ザムザが大きな虫になってしまっているというアレである。
「毎度おなじみ」という表現もどうかと自分で思うが、それくらい有名な設定なんだからしょうがあるまい。
しかし、では虫になったその後を知っているかというと、知らない。出オチ的な扱いを受けている本だと思う。

一気に最後まで読んでみたのだが、ひどいなあと。家族は最初のうち、兄だからなんだかんだで心配するけど、
そのうちにだんだん「ただの虫」という扱いになっていき、最後は死んだことでせいせいしたぜと言わんばかり。
まあ人間のそういう確かな一面をしっかり描いているという点では見事なものだ。介護とか考えると、特にね。
(現代社会においては、「これは介護の話だよね」という読み方ができる点でも価値を持っている、ってこと。)
だいたいの人がグレゴール=ザムザに共感というか焦点を当てる形で読んでいくと思うんだけど、
実際はむしろ彼の家族側に立っているわけで、異質な他者に接する自分、マジョリティの他者としての自分、
そういうものを突きつけられる作品でもある。つまり、「虫になってしまった自分」という読み方もできるし、
「わかりあえなくなった他者と接する自分たち」という読み方もできる。そこにこの作品の価値があるのだ。
それは、「虫になった」という出オチだからこそできたこと。その現実にはありえないゆえに絶対的な線引き、
そこからスタートして淡々と事実を描いていき、さああなたはどうなの?と。多面的に読めるから古典なんだな。


2016.6.22 (Wed.)

というわけで、テスト当日。毎回恒例、難しいけど振り返るとためになる問題をたっぷりと出題しております。

しかしながら、僕が担当しなかった学年に関しては、異様に難易度が低いようで、点数を見て呆れ返った。
英語が得意でない生徒でもそれなりの点数を取ってしまっている。いったいこの結果から何が見えるのか。
教えるのが下手な教員がテストを簡単にすることで生徒に媚びているのなら、オレはそいつを絶対に許さない。
何から何まで生徒のためにならない行動をとる教員が実在するんだなあ、と驚かされる毎日であります。


2016.6.21 (Tue.)

テスト作成は間に合ったけど、ほっと一息つく暇もないまま、国際経済論のお勉強なのだ。休む暇ねえなあ。


2016.6.20 (Mon.)

テスト作成の日々である。文法事項のテーマにしたがって英文をひねり出していく作業に没頭する。
点数配分ももうずっと前から変えないままでいて、まあマンネリといえばマンネリではあるのだが、
僕としてはそれはそれで完成されてきた感触があるので、いつもどおりの力加減でいつもどおりにつくる。
形式としてマンネリではあるけど、毎回ものすごく丁寧につくっている。手間かけてんだよホントに。


2016.6.19 (Sun.)

これに勝てばブロック大会、負ければ引退。なんだか毎週正念場のような気がするが、今度こそ本当に正念場だ。
テスト前で生徒も大変だと思うが、忙しいときほど充実した仕事ができるというもの。いざ勝負なのである。

内容としてはそんなに悪くない入り方である。でも攻め手がなく、チャンスをつくりきれない時間が続く。
体の強いCBをFWに入れて2トップに変えるのが理想だが、守備を考えるとそうするわけにもいかない。難しい。
しかし開始10分経たないうちに、CKからのこぼれ球をきれいに叩き込まれて先制されてしまう。
ファーサイドにボールが流れたときに対応がルーズになるクセが抜けていなかった。前と同じ形での失点で悔しい。
さらに10分ほど粘るが、真ん中をパスでつながれてペナルティエリアの手前に出たボールをGKが処理しきれず、
飛び出した相手にかっさらわれて2失点目。これも対応がルーズになってやられた感のある失点である。

走れないと、あるいはポジショニングが悪いと、その分をどこか別の選手がカヴァーすることになるので、
攻撃に転じても動きが遅くなる。そういうドミノで攻めきれない。攻撃のスイッチを入れたくても全体が動かない。
時間が経過するにつれ、そんなこちらの弱みが露呈していく感じ。打開するには走るしかないが、それができない。

後半に入ってしばらく互角に戦うが、正直よくわからないファウルをとられてPK、3失点目を喫する。
残り15分くらいになって、こっちがGKのパントキックから素早く攻め込む。相手GKがかなり前に出ており、
ロングシュートを狙ったところ、これをペナルティエリアの外で手で弾いた形になって、一発レッドの判定。
しかしこのFKのチャンスも生かせず、またGKが替わることでの相手の動揺を衝くまでのところに至らず、
そのまま3-0の敗戦となってしまった。悔しいが、あらためて現実を突き付けられた感じ。納得せざるをえない。

表面上はいい戦いに見えても、相手を本物のピンチに晒せていないなあと。相手を慌てさせるまでいかないなあと。
ボールをきちんと扱えるかどうか、そのちょっとの差が大きな差になるという教訓を、あらためて勉強させられた。
単純に蹴っているだけのウチと、きちんとパスに意図を込めている相手の差は、本当に大きいのである。
また、ボールに自分から向かっていって、相手より先に触ってそれを収めることができるかどうか。
そういう基本の部分の差が大きくて、それが無得点の3失点という妥当な数値として出た。悔しいが、しょうがない。

今年の3年生は本当に我慢強い生徒たちが残った。苦労も多かったと思うが、ここまで戦えたというのは正直なところ、
こちらの予想を上回る成長をしてくれたからだ。彼らは本当にたくましく育ってくれたと思う。誇らしい学年だよ。

町田ゼルビアの試合を観戦したいと前々から考えていたので、悔しい思いを抱えつつも、そのまま町田へと移動する。
なぜ町田なのかというと、まず、JFL時代には試合を見ているがJリーグ昇格後はまだなので(→2011.12.11)。
あと、本拠地の町田市陸上競技場が改修されたけどそれを味わっていないので。……そしてもうひとつ、
神奈中(かなちゅう、いまMacBookAirで変換したら素直に出たぞ!)のツインライナーに乗ってみたいので。
6月は部活と修学旅行でなかなかサッカー観戦のチャンスがなかったから、ここで町田に行けばオールオッケーなのだ。

小田急に乗り換えて町田駅にやってきたのはいいが、改札を抜けたところでさっそく迷う。複雑すぎる。
町田といえば大学時代の同期・ダニエルの街だが、国立から自転車で行って一緒に遊んだのが初上陸である。
当時は「神奈川の属国」と言ってよくダニエルをからかっていたが、実際に訪れたらその都会っぷりに驚かされた。
また大学院時代に多摩の全市を自転車で聞き取り調査しているので、それが2回目の訪問のはずだ(→2002.9.24)。
そして14年ぶりに訪れても、最初のときの印象は変わらない。私鉄らしいアットホームさを残しつつ都会化している、
その多層的な賑わいに圧倒されてしまう。正直言って16年前から僕は町田にはポジティヴなイメージしかないのだ。

陸上競技場にはバスでアクセスするのでペデストリアンデッキの下にある町田バスセンターで乗り場を確認するが、
あまりに複雑なのであきらめた。町田はバスの街でもある。町田は市域が広いところに道路整備が後回しで、
本当に入り組んだ交通網となっているのである。バスセンターのややこしさもそれを反映しているように思える。
なんとか根性で東急ツインズにたどり着くと、イーストの6階と7階にある東急ハンズ町田店に突撃する。
町田のハンズも昔っからあるが、この日記を書くようになってからきちんと訪れたのは初めてなのである。
感想としては、川崎ハンズに似ているなと。あれが2フロア分になった感じ。良くも悪くも最近のハンズだねえ。

日記を書いて頃合いを見計らうと、町田バスセンターへ移動。するとすでにツインライナーが待機していた。
あらためてじっくり眺めるが、うーんやっぱり長い。これが街中をふつうに走れるってのが信じられない。
(12mという基準を超えるので、また重さも増えるので、厳密には許可された路線に限定される。)
ツインライナーは正式には「連節バス」という。つまりバスの後ろにバスをくっつけたバスなのだ。
ペデストリアンデッキから下りる階段で整理券をもらって列に並ぶ。キックオフ2時間前と1時間半前の2回運行。

 
L: 待機中のツインライナー。1.5台分の長さがある。都内では神奈中だけだが、全国的にはちらほらあるみたい。
R: 連節部はこんな感じになっている。蛇腹の幌でつながっているのだ。後ろ向きの座席がライトレール感覚。

わざわざ連節部のすぐそばに座ったのだが、感じとしてはバスというよりもライトレール(LRT)である。
前を向けば確かにバスなのだが、蛇腹付近はもう本当にライトレール感覚。軌道上を走っている気分になる。
しかしまあ町田陸上競技場は遠い。結局、30分近く揺られたのであった。ずっと後ろ向きだと少しつらいね。

 
L: 野津田公園に着いたところであらためて撮影。世の中、いろんな乗り物があるもんだねえ。
R: 別の角度から眺める。町田ゼルビアも、もっと大々的にアピールすると面白いと思うんだけど。

前回、自転車で来たときは野津田公園に入ってからまたけっこう上り坂でつらかった記憶があるが(→2011.12.11)、
バスは競技場にかなり近いところまで行ってくれるのでありがたかった。すぐに競技場の手前に出たもんね。

  
L: 町田市立陸上競技場、ホーム側のゴール裏入口。これは改修工事で新たに付け足された部分のはず。
C: メインスタンド側にまわり込む。ずいぶんマッシヴになっちゃって驚いた。  R: メインスタンド入口。

あれから5年、J2昇格を決めた町田は一度JFLに戻り、J3を経て今年から再びJ2の舞台で戦っている。
改修工事は5年前からやっていて、完成したのは3年前。けっこう再訪問に時間がかかってしまったなあと反省。

  
L: というわけでいざ入場。今回は雨も考慮してメインスタンド観戦。  C: メインスタンド側のコンコース。真新しい。
R: メインスタンド。山口の維新百年記念公園陸上競技場(→2016.4.3)にやや似るが、こっちの方がだいぶ小規模。

マッチデープログラムを見ながらのんびりと試合開始を待つ。町田ではサポーター有志がフリーペーパーを出しており、
記事の内容がなかなか濃い。ここまでエネルギーを傾けられるとは、さすがはサッカーどころの街だなあと感心。
そもそも順位表を眺めると、県名を冠したクラブの名前が並ぶ中で、「町田」の文字がかなりの異彩を放っている。
40万を超える人口を有しているとはいえ、たったひとつの自治体がホームタウンとなっているクラブが戦っている、
その事実に驚かされる。東京にも神奈川にもなりきれない感覚は、このような形で地元愛として昇華されているのか。

  
L: メインスタンドより眺める町田市立陸上競技場。ネーミングライツどころか愛称もないところに町田ナショナリズムを感じる。
C: 電光掲示板による選手紹介は、こんな感じで似顔絵が表示される。自分だったらどんな絵柄になるのか、想像すると面白い。
R: ゴール裏に構える町田サポの皆さん。真ん中にぎゅっと集まって人口密度を高めているのが印象的だった。

さて本日の町田の対戦相手は愛媛FCである。愛媛といったら一平くんで、やっぱり来ているのかなと思ったら、
やっぱり入場する選手の列に混じっていた。今シーズンはとことんそのスタイルで行くつもりか(→2016.3.26)。

  
L: 選手入場時、最後尾にアイツがいるの図。違和感ないぞ。  C: やっぱり写真撮影にも加わるのね。
R: 試合が始まると愛媛のゴール裏に登場。こうやってずーっとふつうに応援しているんだからすごい。

さて試合開始。上述のように今年J3からJ2に昇格したばかりの町田だが、4月以降しばらく首位争いを演じており、
それでよけいに観戦しなきゃと焦っていたわけである。しかし今月に入って調子が落ちており、現在は6位である。
対する愛媛も調子が上がらず、延々と2桁順位でもがいている状況。ホームの町田はぜひとも勝ちたい試合だ。
まずはロングボールに反応した瀬沼が右足で強烈なシュート。愛媛にとっては幸先のいい試合の入り方である。
その後も愛媛がやや優勢に試合を進めるが、町田も積極的にセカンドボールからミドルを放って対抗する。

  
L: まずは瀬沼のシュート。キーパー正面だったが、めちゃくちゃいい一瞬が撮れた。  C: 河原、一歩及ばず。
R: 町田も負けてはいない。左サイドからのパスに中島が合わせるが、愛媛DFがブロック。プロの身体能力は凄い。

結局スコアレスのままハーフタイムを迎えたのだが、両チームともじっくりと様子を見ている感じである。
メインスタンドの客の反応としては「どっちも攻めあぐねている」という感じだったが、守備がよくやっている。
町田はやはりカルフィン=ヨン=ア=ピンが相手のチャンスをつぶし、愛媛は組織的にきっちり中を切る。
後半どのようにして相手の守備を破るのか、綻びの見つけ方が監督と選手の腕の見せどころになるはずだ。

  
L: ナイスキャッチ。  C: ハーフタイムにカメラマンをカツアゲしようとしている図にしか見えない。
R: 後半開始直前、ハイタッチで選手を激励する相馬監督。相馬監督ってめちゃくちゃ勉強ができたんだってさ。

町田も愛媛も教科書どおりにサイドから仕掛けて、相手陣内に入っていこうとする。CKを取れればしめたものだ。
ふだん部活で鍛えられている価値観がプロの試合でも生きているのがよくわかる。そう思っていたら後半の51分、
愛媛はパス交換からMF小島が中央に鋭いグラウンダーのパスを入れる。相手DFに囲まれながらも前線がこれを落とすと、
さっき小島にパスを出したSB内田がゴール前に侵入してGKと1対1になり、シュートを決めた。これはきれいに崩した。
町田の守備が集まってしまったところをスルスルと抜けていったプレー。肝心な場面で中央突破が決まった。

  
L: ゴール前の混戦から抜け出した内田がゴール。愛媛はこの位置にまで入り込んだのが勝因ってことになるかな。
C: パクのFK。ゴール右上隅に飛ぶが町田のGK高原がギリギリで弾いた。きちんと見どころの多い試合だったと思う。
R: 愛媛の河原。マッチアップするのは元千葉の谷澤。河原のプレーはほかの選手と違うところが見えているので好き。

観戦する際はどちらかというとホームのクラブに肩入れしようと思ってはいるのだが、今回はやや愛媛びいきで観戦した感じ。
別に町田が嫌いなわけではなけど、愛媛の方がなんとなくひたむきに見えたのだ。町田のプレーにはどこか余裕があった。
それは簡単には焦らない好ましい自信と紙一重で、見方をちょっと変えればすぐに解釈も変化するんだろうけど、
ゴールに向かってガツガツ行く感じがどうもしなかったのだ。前線が攻め切らない感じ。愛媛の守備がよかったからか。
それでも試合終盤には町田がパワープレーを展開。バーやポストにシュートが当たりまくるが、どうしても入らない。
最後はヒールのシュートがノーゴールと判定される不運もあったが、全般的にシュートする位置がゴールから遠いのだ。

  
L: 町田のシュートがバーに当たって撥ね返ったところ。町田はバーやポストを計3回も叩いており、不運だった。
C: 終了直前、町田が愛媛のゴールに襲いかかる。  R: しかし愛媛は最後の最後まで体を張って得点を許さなかった。

そのまま1-0で試合は終了。バーやポストに当たって惜しかった惜しかった、という空気を僕はなんとなく町田に感じたが、
そこを悔しがってプレーで表現して、じゃあもっと近い位置に入り込んでシュート撃ちます、にしないとダメだろうと思う。
ゴール前に入り込んで確実な一発を放った愛媛と、遠くからのシュートで済ませようとした町田の差は大きいと感じる。
小島の縦パスには決意が込められていたし、内田のドリブルには執念と冷静さがあった。気持ちの見えるプレーだった。

 歓喜に包まれる愛媛の皆さん。粘り強いサッカーがいいですね。

野津田公園から出る帰りのバスは鶴川駅行きしかない。それだと不便になってしまうので、どうしても町田駅に行きたい。
というか町田駅に出ればスタ丼が食える。スタ丼食いたい。その思いだけで野津田車庫のバス停を目指して南下する。
スマホがなかったら絶対に迷うであろう公園内の夜道をひたすら強行突破。競技場からはかなりの下りとなっており、
あらためて野津田公園の高低差を実感させられるのであった。自然がいっぱいの夜道を歩くのはつらくてたまらん。

 こんな下り坂を延々と行くことになる。つらい。

野津田車庫に着いたら着いたでぜんぜんバスが来ない。いや、野津田車庫を終点にやってくるバスは何本もあるのだ。
でもこっちから町田バスセンターまで行くバスが待てども待てども現れない。30分ぐらいボーッと待たされたかなあ。
それで町田駅に行くまでもまた長い。しかもバス停ごとに乗降客がいて、完全に各駅停車状態。本当に大変だった。
ヘロヘロになって町田駅に到着すると、スタ丼でどうにか体力を回復。でも店に着くまでと駅に帰るまでにまた迷う。
JRと田園都市線を乗り継いで帰ったのだが、家に着いたら22時台。とても同じ東京都内に行っていたとは思えない。
町田は神奈川の属国じゃないとすれば、もう独立国家だな。代表チームが町田ゼルビアってことで。


2016.6.18 (Sat.)

テストづくりである。部活もいよいよクライマックスで正念場どころではない大騒ぎなのだが、
今年についてはだいぶ楽である。というのも、顧問2人体制により無理しなくてもいい状況となっているから。
いや、これは本当にありがたい。これまでの苦労がいかにキツいものだったかを実感しております。


2016.6.17 (Fri.)

イチローの偉業についての記事が止まらないのだが、気になるのはバリー=ボンズのいい感じの立ち位置だ。

バリー=ボンズといえば野茂が渡米した頃のスーパースターで、当時は野茂を大の苦手にしていた。
Numberの記事で日本人記者が話を聞こうとしたら「No more NOMO!」とだけ言ったとか、あったもんだ。
しかしその後、大リーグではホームランに関する記録の塗り替えが大きな話題となっていく。
まずはマーク=マグワイアとサミー=ソーサ。この辺はまだ当時はフェアな印象があったものだが、
(それでも結局は薬物疑惑とコルクバットで黒だったりグレーだったり。虚しいものである)
バリー=ボンズの記録、37歳になるシーズンで73本塁打というのは、もう完全に異常だった。
ケン=グリフィーJr.がクリーンさを保ったまま静かに衰えていったのとはまったく対照的で、
当時っから僕は「そんなもん、やってるにきまってんじゃねえか」ってあちこちで言っていたっけ。
まあそんな経緯もあって、僕はキャリア後半のバリー=ボンズをめちゃくちゃ嫌っていたのである。

現在のバリー=ボンズとイチローの関係について、日本のマスコミの捉え方は「一流は一流を知る」、
そういう視点で扱っているものが多いようだ。しかし僕としては、以前のやたらダーティなイメージから、
ずいぶんといい方向へと変わってきたもんだな、と思う。それであらためて彼の業績を見てみたのだが、
やはりもともとがとんでもない素質の持ち主なのだ。性格についてもいろいろ言われてきたけど、
父親が名選手のボビー=ボンズだったし、生まれたときから複雑な状況に置かれ続けていたはずで、
本人の真意がうまく伝わらなかった場面がものすごく多かったんだろうな、と思えるのである。
薬物疑惑も、スーパースターとしてのプレッシャーでやらかしたのだろう。ただ、そのせいで、
もともとのとんでもない素質までもが疑いの目で見られることになったのが本当にもったいない。

今回、イチローが主役になったことで、本来のバリー=ボンズの姿が見られたのがうれしい。
現役から解放され、もう自分と比べることなく野球選手の才能を素直に認めることができるようになった、
そんな一人の男の穏やかなコメントを味わえることがうれしい。今のバリー=ボンズはとても素敵だ。


2016.6.16 (Thu.)

修学旅行の振替休業が明けて学校に来てみたら、授業とテストづくりと部活で軽くパニック状態。
おまけに国際経済論のお勉強も佳境である。あれもこれもいきなりフルスロットルで大丈夫なんじゃろか。


2016.6.15 (Wed.)

修学旅行の振替休業で映画を見に行こうキャンペーン第2弾・『殿、利息でござる!』。
映画館に行ったら客が見事にジジイとババアばっかりでなんだこりゃと思ったら、
どうもババアの羽生結弦見たさにジジイが付き合ったというパターンらしいことが発覚。な、なるほど。

もともとは『無私の日本人』という本に収録された実話とのこと。こちとら奇をてらったタイトルと、
阿部サダヲのオモシロポスターにだまされてしまったではないか。正統派の感動的な作品なのだ。
江戸時代中期に困窮していた仙台藩の宿場町を救うべく立ち上がった住民たちを描いた映画である。
当時、仙台藩は薩摩藩(島津重豪)に対抗して官位を得ようとしており、大量の資金を必要としていた。
これに目をつけた吉岡宿の住民たちは仙台藩に金を貸し、その利息で伝馬役の費用を確保する妙案を思いつく。
それで金策に奔走する中で、吉岡宿内での人間ドラマがあれこれ展開されていく、というわけだ。
日本って江戸時代、いやそれ以前からがっちり資本主義をやっているよねー、と再確認。
(『黄金の日日』(→2015.11.9)、アイヌと交易する和人は完全に資本主義だよな(→2013.7.14))

出てくるのは基本的にみんないい人で、それを有名な俳優たちが演じているのが特徴だろうか。
激しい悪役がいないままに知っている人が一生懸命動き回っているので、それだけで好感を持てるつくり。
(もっとも、それだけにとことん冷淡な役に徹する松田龍平がしっかりハマっているのだが。)
個人的にいちばんびっくりしたのは、目立つ人足の役でsundayの小松さんが出演していたこと。
やはり小劇場演劇でも存在感のある役者さんは出てくるものなんだなあと、そこでも感動したのであった。
そして仙台藩のお殿様・伊達重村役には羽生結弦。オファーする方も出演を快諾する方もたいへん素敵。

映画と感動の関係性については何度か書いたとおり(→2007.3.142008.9.42009.2.22)。
この映画もクライマックスが近くなって妻夫木聡のところから感動を一気に畳み掛けてくるのだが、
まあ素直に乗っておくのもいいんじゃないでしょうか。ずるいわーと思ったけど、これは感動させられるよね。
こういうきちんとした映画をコツコツとつくっていけるとすれば、邦画が滅びることはあるまい。


2016.6.14 (Tue.)

修学旅行の振替休業で映画を見に行こうキャンペーン第1弾・『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』。

ストーリーとしては、前作(→2013.4.29)の続きで大学生になった色丞狂介こと鈴木亮平が、
復活した大金玉男ことムロツヨシと戦いつつやっぱり安田顕のやりたい放題という、そういう展開。
まあ前作でヤスケンは完全に鈴木亮平を食ってしまったので、さすがに今回は抑えめとなっている。

内容はとにかく、役者もスタッフも全力で楽しんでつくっているのがわかる。それはそれでいいことだ。
映画というよりは同級会のような雰囲気がする。同級会のような雰囲気の続編ができるって、すごいものだ。
終わり方もしっかりと含みを持たせていて、お前ら絶対に続編をつくる気だろ!とツッコミを入れたくなる。
そんならもう、みんなのスケジュールを調整して三部作にしてください。僕は最後まで付き合いますよ。


2016.6.13 (Mon.)

修学旅行3日目はタクシー行動ということで、生徒を送り出せばわれわれは14時くらいまで自由の身であります。
あいにくの雨だったが、多少ドタバタしながらも次から次へと生徒を送り出すと、少し休憩してから宿を出る。

 
L: ホテルの中庭にはカルガモの親子が住み着いているようで、これがもう、かわいいのなんの。撮るしかないでしょ!
R: 平和な光景だが、ホテルの方から自然の厳しい現実を聞いて少々ブルーに。せめてこの1羽は元気に育ってほしい。

せっかく滋賀県からのスタートなので、京都へ入る前に石山寺に寄って御守を頂戴することにした。
前回は雨上がりでの訪問だったが(→2010.3.26)、今回ははっきりと雨。ツイてないったらありゃしない。
石山寺は建築物が有名なのに、雨だと雨粒が写り込んでしまうので、写真を撮っても仕上がりがよくない。
しかしこればっかりはどうしょうもないので、そんなに必死にならないで穏やかにお参りするのだ。

  
L: 雨の東大門。いちおう1190(建久元)年の築。  C: 雨の毘沙門堂。1773(安永2)年の築。  R: 雨の御影堂。

  
L: 雨の蓮如堂。緑の勢いが強すぎて建物の形がわからねえ。  C: 本堂も何がなんだか。  R: 経蔵。

本堂で御守を頂戴したが、如意輪観音の御守と不動明王の御守の2種類があり、迷う。これだから寺は困る。
外見上ほとんど違いがないのがまた悩ませる。結局、本尊が如意輪観音なので観音様の方を頂戴しておいた。

  
L: 石山寺といえば多宝塔であります。源頼朝の寄進で1194(建久5)年に建てられた、日本最古の多宝塔。
C: こちらが側面ということになるのか。非常にほっそりしている。  R: 反対側の側面を中心に眺める。

帰りも駅からトボトボ歩いたのだが、バスが快調に走り去っていったのを見て深く後悔したのであった。
そうなのだ、わざわざ京阪の石山寺駅まで歩かなくても、バスならJRの石山駅まで行ってくれるんだよな。しまった。

昨日は神社の御守を集めたから今日は寺でいこうと思い、地下鉄の蹴上駅で下車して南禅寺を目指す。
しかし両者の間には蹴上インクラインが横たわっている。さあどうする。そこで掘られたトンネルが、ねじりまんぽ。
強度を高めるために内側でレンガをねじるように並べており、それがなんとも独特な感覚にさせると評判である。
トンネルじたいに高低差があればそうかもしれないが、平らだったのでそこまで強烈に感じることはなかったなあ。
むしろ「ねじり」はわかるとして、「まんぽ」の由来が気になる。まんぽ。調べたら「間歩(まぶ)」のことみたい。
石見銀山でおなじみの、江戸時代の坑道の呼び方だ(→2013.8.18)。なんだ、いやらしい意味じゃないのか。

  
L: ねじりまんぽ、蹴上駅側出入口。かなり凝ったつくりだ。  C: 内部はこんな感じ。もうちょい長けりゃね。
R: 南禅寺水路閣。『美の巨人たち』ではあえて「屈辱」として紹介していたが、今や南禅寺の懐の深さの象徴だな。

南禅寺は2回目の訪問だが、前回は情けないことに三門に上っただけで撤退してしまった(→2010.3.27)。
今回はきちんと国宝の方丈にお邪魔して、小堀遠州作「虎の子渡しの庭」を味わうのだ。雨もやんだし。

  
L: 南禅寺の三門。  C: 法堂。1909(明治42)年の再建。  R: 方丈。和風建築の居心地のよさが満載。

方丈の庭園は「虎の子渡しの庭」だけでなく、多様な庭が方丈を囲むように配置されている。
このスタイルは東福寺方丈の八相庭園(→2010.3.26)に似ている。思えばあちらも臨済宗で、こちらも臨済宗。
どうも僕は臨済宗の庭園にものすごく惹かれるのである。龍安寺(→2004.8.82010.3.272015.2.1)も、
天龍寺(→2010.3.27)も、やっぱり臨済宗。鎌倉でいちばん好きな瑞泉寺(→2010.11.27)も臨済宗だ。
南禅寺が誇る「虎の子渡しの庭」ももちろん好みで、自分がいかに臨済宗の庭園と波長が合うかを実感させられた。
マツシマ家は曹洞宗の檀家なのだが、臨済宗に宗旨替えしちゃってもいいんじゃねえかってくらい。ま、同じ禅宗だし。

  
L: 南禅寺・虎の子渡しの庭。  C: 隣は「如心庭」という庭園。  R: 裏側も立派なものなのである。

南禅寺の方丈で有名なのは庭園だけでなく、狩野派の障壁画がやたらめったらあって、それを覗き込める。
もうちょっと明るくしてくんねえかなと思うが、障壁画は本来、美術館の明かりで照らされた中で見るものではない。
こうやって目を凝らして見るという手間をかけるところに、その作品の価値を認めるという行為が成立するのである。
薄暗い中、おどけた表情の虎たちが浮かび上がる。この認識までのひと手間がまた、禅の精神を試しているように思う。

南禅寺を後にすると、結局は八坂神社の近くまで出て昼メシ。やはりこの辺りは気軽にメシを食える店が少ない。
途中、スマホで写真を撮っている外国人観光客を見て、ふと思う。外国人は空間を背景にして人間を撮りたがるなあと。
たとえば名所の空間があるとして(それこそ南禅寺の三門とか)、スマホを構えた先にはポーズをとったパートナーがいる。
お前そんなふうにポーズとってもブサイクな顔は変わらんぞ、とか内心ヒドいツッコミを入れたり入れなかったりなのだが、
その精神は明らかに「人間>空間」なのである。彼らは空間をあくまで背景として、つねに人間を主役に撮影する。
しかし日本人はきちんと空間を対象と認識して撮影できる。もちろん空間の前で記念撮影をしないわけではないが、
全体の写真に占める割合は外国人に比べるとぐっと少ないと思われる。空間の価値を人間と対等に見なせる感性がある。
ここにはおそらく一神教と多神教の差が出ているのではないか。一神教は主体と客体の間には超えられない壁があり、
多神教は客体が主体になりうる視点の多様さを持っている。僕はそこに多神教の豊かさを感じるが、読みすぎですかね。

最後に圓徳院に寄る。梅雨時だし時間がないので庭園はそこそこに、長谷川等伯の襖絵(→2013.6.16)をじっくり鑑賞。
雲母刷りの桐紋を雪に見立てるセンスに再び圧倒されつつ、そこに展開される静かな物語を想像して過ごすのであった。

そうしてバスに乗り込み、予定時刻前に京都駅に到着。すばやくお土産を買い込むと、生徒の乗るタクシーを出迎える。
同じ新幹線に乗る他校の生徒たちもやってくるので、かなりの大混乱となる。でもみんな慣れているので動きはスムーズ。

 新幹線のホームにて。何か芸をしてほしければそれ相応の対価をよこせよのポーズ。

無事に東京駅に戻って解散すると、そのままお疲れ様会に突入。予約したのは宮崎名物の鶏の店ということで、
僕としては2月と3月の記憶が蘇ってよけいに楽しゅうございました。チキン南蛮(→2016.2.26)はもちろんのこと、
宮崎空港で見かけた鶏の炭火焼(→2016.3.21)が出て、これは旨いと感動。地域グルメってたまりませんね。


2016.6.12 (Sun.)

修学旅行2日目は班行動。朝イチで二条城に行ってから午後3時ごろに清水寺に行く予定になっており、その間は自由。
京都。自由。何をしますかハイ御守集め。ほら、レンタサイクルなら呼び出しかかってもすぐに動けるじゃん。
というわけで、生徒たちを二条城まで送り届けると京都駅に戻ってレンタサイクルを借りる。いざ出陣である。
なお、あまり詳しく書くのもアレだし、ダイジェスト気味に神社を紹介していくのである。職務はまっとうしてますよ。

  
L: まずは吉祥院天満宮。菅原家が信仰した吉祥院に道真公を祀ったのだ。  C: これが吉祥院。  R: 拝殿。

まずは吉祥院天満宮、そして六孫王神社と南西側から攻めていく。大きく左回りをする計画なのだ。
六孫王神社は清和源氏の初代・源経基を祭神とするので、「清和源氏発祥の宮」を名乗っている。
なお「六孫王」とは、源経基が清和天皇の第六皇子・貞純親王の子だから。六番目の系統の孫というわけ。

  
L: 六孫王神社。交差点に面した入口。  C: これが正式な境内入口かな。  R: 参道の様子。おなかすいたーん

  
L: なかなか雰囲気のいい境内。  C: 唐門。六孫王神社の社殿は1701(元禄14)年に江戸幕府が再建。  R: 拝殿。

六孫王神社は社殿もよかったが、手前で咲き誇っていたアジサイがとにかく見事だった。6月ならではですな。
一口にアジサイと言ってもいろんな品種があって、その違いが本当に興味深い。多様なのは色だけではないようだ。

  
L: 本体の周りに咲くのが印象的なガクアジサイ。実はこっちが原種であり、アジサイの原産地は日本なのだ。
C: さらに萼がふつうの花っぽくなっているやつ。  R: 色の変化を楽しめる。いやはや見事なものだねえ。

線路を抜けてさらに北上していくが、途中で島原(→2010.3.27)の脇を通った。うーん懐かしい。
島原に泊まったおかげで知識が広がったのがうれしいね。しかしまあ、京都は本当に観光スポットだらけである。
四条大宮の手前、綾小路通を西へ進んでいったら新撰組の「誠」の旗が。壬生といえば壬生の狼、新撰組だもんな。
こちらは旧前川邸、新撰組屯所である。歴史ファンと思われる観光客が何人か吸い込まれていったのであった。
1863(文久3)年、壬生に集められていた将軍警護の浪士たちは、八月十八日の政変の際に警備を担当。
この働きが認められて新撰組が誕生したのだ(なお、この政変で追われる立場になったのが天誅組(→2016.5.23))。

 
L: 旧前川邸入口の長屋門。  R: なるほど、浅葱色のダンダラ羽織が掛かっていますなあ。

この旧前川邸から嵐電の線路を渡ったすぐ北にあるのが梛(なぎ)神社。こちらの氏子が八坂神社に神輿を送ったのが、
祇園祭の起源であるそうだ。そのため「元祇園社」を名乗っている。なお、右側にある社殿は式内社の隼神社である。

  
L: 梛神社。素戔嗚尊を祀る。  C: 左が梛神社の社殿で、右は隼神社。  R: 小ぢんまりとしているが上品な印象の境内。

坊城通を北上し、ものすごくこまごまとした住宅地を抜けていくと武信稲荷神社。勝守が有名らしいが、
坂本龍馬とおりょうが再会できたという逸話から、最近は縁結び方面に力を入れている模様である。
境内の雰囲気はまさに稲荷っぽさが満載で、どこか湿度を感じさせて狐に化かされてしまいそうな気分になる。

  
L: 住宅地のど真ん中にあった武信稲荷神社。創建したのは藤原良相だが、藤原武信が篤く信仰してそういう名になった。
C: 舞殿。足元置かれているのは七福神のようだ。  R: 拝殿と本殿。なんとも言えない独特な雰囲気が漂っていた。

二条城の南東側に出て、御金(みかね)神社へ。なんだか怪しい雰囲気が漂っている気がしないでもないが、
南宮大社(→2012.8.122014.8.8)でおなじみの金山彦命を祀っており、実際に行ったらちゃんとしていた。
参拝客は絶えることがなく、人間の欲望の深さを実感したとさ。まあ金に困ることがないように、くらいはお願いしたが。

  
L: まず鳥居が金色だもんなあ。  C: 拝殿。  R: 拝殿脇には願いごとを書いたイチョウ型絵馬がびっしり。うわあ。

ここから西へ戻って、西院春日神社へ。淳和天皇が退位した際につくった離宮の守護社として創建された。
何がびっくりしたって、ふつうの御守1体が2000円ですぜ! 最高記録を一気に更新だよ! 頂戴したけど!
境内社の還来(もどろき)神社は、無事帰還できるご利益があるそうで大人気。御守にはそのステッカーが付いてきた。

  
L: 西院春日神社。西院の地名は淳和天皇の離宮が由来。  C: 境内の様子。  R: 拝殿。奥には春日造4連発ね。

西院からは嵐電と一緒に西北へと走って、「蚕の社」こと木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社へ。
鬱蒼と茂る木々に包まれて、なんとも神々しい雰囲気である。参拝客はぽつぽつやってくるが、御守がないのが残念。
三柱鳥居のことをすっかり忘れており、手前まで行きながら覗き込んできちんと撮影してこなかったのがまた残念。

  
L: 木嶋坐天照御魂神社。いかにも式内社らしい名前である。  C: 拝殿らしい。  R: 一段高くに本殿の拝所。

余裕があれば嵯峨野方面へも足を延ばしたかったが、今の自分は仕事中なのである、仕事! 忘れちゃいかんぜ。
一気に北上して宇多野は福王寺神社へ。仁和寺の鎮守神とされているが、交差点に面した小さな神社である。
しかし1644(寛永21)年に徳川家光と覚深法親王が建てた本殿・拝殿・石鳥居が、重要文化財になっているのだ。

  
L: 福王寺神社。交通量が多くて高低差のある六叉路に面しており、なかなかすっきりと撮影ができないのであった。
C: 拝殿。境内が広くないのでこれまた撮影がつらい。  R: 本殿。超コンパクトだけど立派な建築がみっちり。

仁和寺をスルーして東へ走り、そのまま一条通を大将軍八神社へ。ちなみに一条通は「妖怪ストリート」で売っている。
これは百鬼夜行の通り道になったという話があるから。「大将軍」は方位の神様で、この祭神が素戔鳴尊と習合している。
また、大将軍が属する八将神は牛頭天王の八王子とも習合しており、素戔鳴尊の子どもも8人いるので八王子で、
牛頭天王は素戔鳴尊と習合するのが常で、いろいろぐちゃぐちゃになってとにかく素戔鳴尊で大将軍で八の神社なのだ。

  
L: 大将軍八神社の一条通は広くないので撮るのが大変。でも私鉄っぽさの感触がする穏やかな商店街だった。
C: 五社と三社に分かれている摂末社。  R: 拝殿。手前に八方位を示す石柱が置かれているのが独特である。

今出川通に出ると西陣へ突入そ、その一角にある首途(かどで)八幡宮に参拝する。「首途」で「かどで」とは、
どんだけ特殊な読み方だよ……と思ったら、戦前には珍しくなかったみたい。「しゅと」という音読みは今も健在。
教養がなくってすいませんね。「首」が最初・トップの意味で、「途」は道のこと。理屈はわかるが読みの由来がわからん。
首途八幡宮は源義経が奥州へと出発した場所で、旅行安全のご利益があるとのこと。まあ、安宅関を無事に通ったし。
なお、単なる「門出」と違い、「首途」は「新しい生活に向けての出発」という意味合いが強い模様。なるほど。

  
L: 首途八幡宮の境内入口。  C: 社殿は左の石段の上。右は弁財天。  R: 拝殿。御守が脇に置いてあった。

その後も快調に東へと自転車をぶっ放して鴨川を渡る。うーん、『四畳半神話大系』(→2014.9.29)を思い出すぜ。

 明石さんみたいな凛々しい女性と結ばれたいものです。

京都大学の脇を抜けると慈照寺銀閣方面へひた走る。しかし哲学をすることはなく、左折して白川通を北上。
これを修学院まで行っちゃって鷺森神社へ突撃。ほら、修学旅行だけに修学院に行っちゃった、と。……ダメ?

  
L: 鷺森神社の境内入口。  C: 参道が長えー!  R: ようやく社殿に到着。横向きだけど、南にある林の方が表参道なの?

  
L: 拝殿。  C: 石段を上がって眺める。  R: 本殿。なお、鷺森神社の祭神も素盞嗚尊である。

参拝を終えると南に戻って一乗寺。石垣つきで、妙にがっちりつくられている一の鳥居と一乗寺下り松が目印だ。
ここから西へとやっぱり坂を上っていくのであった。京都が盆地であることを、とことん実感させられております。

 
L: 八大神社の一の鳥居。  R: 南側には一乗寺下り松。宮本武蔵が吉岡一門・数十人と決闘を行った現場とされる。

というわけで、八大神社である。「八」で「大」ということで、もう言わんでも祭神が誰だかわかりますわな。
いちおうこっちにはダンナだけじゃなくて、奥さんであるところの稲田姫命と子どもたちも祀られているよ。
宮本武蔵は決闘を前にこの神社で神頼みしようとしたが、神仏に頼ろうとした自分の弱さに気づいてやめたそうだ。
だからってきちんと参拝しないで御守を頂戴するのもおかしな話なので、素直に二礼二拍手一礼しておいた。

  
L: 八大神社の境内入口。坂道をぐるっとまわり込んで上る。  C: 参道脇には映画『宮本武蔵 一乗寺の決斗』の写真を展示。
R: 拝殿前に到着。おおう、なんだかデジャヴを感じるんですけど。15分くらい前にこんな光景を見たような気がする。

  
L: 拝殿の左手前には一乗寺下り松の古木が保管・展示されている。脇にあるのは二刀流のあの人の像です。
C: 拝殿。  R: 角度を変えて眺める。ちなみに拝殿の前には、きちんと立砂(円錐形のアレ)がつくられている。

さてそろそろ清水寺を意識しなければならない時間だ。特に今日は日曜日なので、猛烈に混雑するに決まっている。
白川通をぶっ飛ばして南下すると……うーん、もう1ヶ所くらいは参拝できるんじゃね? というわけで岡崎神社へ。
岡崎神社といえば使いがウサギというのは有名らしく、卯年には特に大人気なんだとか。境内もウサギだらけだ。
しかし「東天王」の別名を持つように、祭神は素戔嗚尊とその一家である。ウサギを助けた大国主神じゃないのかよ。
というか、京都は素戔嗚尊を祀る神社が多すぎである。八坂神社を筆頭に、あっちもスサノオこっちもスサノオ。

  
L: 岡崎神社の境内入口。  C: 非常に落ち着いた雰囲気の境内。  R: 拝殿前。うーん、やっぱちょっと、さっきと似てる?

  
L: 狛犬ならぬ狛ウサギ(阿形)。拝殿の提灯もウサギ。ふつうスサノオ系の神紋は「左三つ巴」と「五瓜に唐花」なんだが。
C: 本殿。  R: 拝殿前の舞台にはちっちゃいウサギが並んでいるぞ! 岡崎神社のウサギ推しはかなりの本気度合いである。

岡崎神社の御守は案の定、ウサギがいっぱい。いろんな種類の御守があるのだが、色別でウサギだらけになっている。
正直、コレクター心をくすぐる仕上がりだ。最初は「ウサギとはあざといなあ」と思ったが、この本気ぶりには頭が下がる。

そんなこんなで指定された時間より少し早く清水寺に到着。予想どおりのすさまじい混雑ぶりなのであった。
しかし清水寺の前で観光客を観察していると、年々日本人の比率が下がっているように感じる。なんだかなあ。

清水寺での仕事を終えると駐車場で自転車を回収して京都駅まで戻る。しかし雨の勢いはいよいよ強まってきて、
修学旅行先で変なトラブルを招くわけにもいかないので、傘をさして素直に自転車を引いて駅まで歩くのであった。
レンタサイクルの弱点が見事に露呈してしまったではないか。なんだかよけいに疲れてしまったわ。

生徒たちは浜大津駅に来る予定になっており、そこから大津港のターミナルビルへ。ここで全員集合すると、
いよいよディナークルーズだ。ミシガンという遊覧船に乗り込んでバイキング。メニューは中学生向けに特化しており、
炭水化物と揚げ物のラインナップが豊富でなるほどと思う。感じとしては非常にディズニーランダイゼーションでした。
そして食べ終わったらショウ。昨日の新幹線やバスの中で繰り広げられたノリが炸裂し、ニンともカンとも。

 
L: 琵琶湖にこういう文化があるとは知らなかった。  R: 船内でご満悦な私。

2日目の夜も平和裏に明けたのであった。それにしても教員の部屋が個室だと、夜中も気兼ねなく準備ができて最高ね。


2016.6.11 (Sat.)

修学旅行であります! なんだかんだで仕事で修学旅行するのも3回目なのだ。時間とは着実に経過するものだ。
今回も奈良と京都が舞台なのだが、特徴的なのは大津に泊まること。京都から2駅なのでありえない話ではないが、
実際にやるのは初めてなので、それも含めて面白がらせてもらうのである。いや、ちがう、仕事がんばります。

 
L: 新幹線内でご満悦な私。  R: あーわかったわかった(と自分にツッコミ)

新幹線で新大阪に到着すると、バスに乗り換えて奈良へと向かう。相変わらず、あべのハルカスの存在感がすごい。
そんなこんなで過ごしているうちに法隆寺に到着。法隆寺も何回目だ? 2年に一回以上のペースで来ている気がする。
(調べてみたら、日記を書きはじめて以降5回目。→2010.3.292011.9.112013.6.152015.9.21
自分は半分社会科の教員なので、生徒たちにあれこれ解説しつつ見てまわる。意外ときちんと見学していて感心。
恒例の大宝蔵院もやっぱりすばらしいものである。今回は特にじっくり夢違観音像を見てみたのだが、
その繊細さには溜め息しか出ない。百済観音像については仏様が光背を持ち歩いているところを想像してみちゃう。
最後は夢殿を見学して終了。帰りは直射日光が激しい晴れっぷりで(僕が法隆寺に行くと高確率で晴れるのね)、
教員も生徒も脱水状態に。みんなで自販機に群がるのであった。梅雨の合間の晴れって恐ろしいんだよなあ。
お次はやっぱり東大寺。斑鳩三塔と大和郡山の溜池群をガイドさんが紹介するところまでお約束だが、
今回お世話になったガイドさんはびっくりするくらい博識で、イトーヨーカドー前で長屋王の話が飛び出すほど。
個人的には本日のMVPは文句なしにこのガイドさんである。もう素直に勉強させていただきましたよ。

  
L: 修学旅行、奈良のお約束その1。  C: 修学旅行、奈良のお約束その2。  R: 修学旅行、奈良のお約束その3。

東大寺では記念撮影と大仏殿の見学。それが終わると奈良公園を中心に自由行動となるので、すいません、
隙を見て春日大社に参拝しちゃいました。二十二社の御守集め、意外なところでやらせていただきました。
春日大社はけっこう奥まっているので、素早く動きまわるのはなかなか大変なのであった。疲れた疲れた。

  
L: 春日大社・一之鳥居。ここからが長いんだよなー。  C: 二之鳥居。ここを抜けるとようやく神社らしくなる感じ。
R: 参道を行く。春日大社といえば大量の石灯籠。ぜんぶでいくつあるのか想像がつかない(公式サイトには3000基とあった)。

春日大社をきちんと参拝するのは6年ぶりである(→2010.3.28)。前回は幣殿からお参りしただけなので、
今回は特別拝観で中門まで行く。なお、春日大社に拝殿はない。本殿が4つ並ぶ春日造といい、境内の構造といい、
いろいろと特殊な神社だ。また燈籠もあちこちにぶら下がっており、神仏習合っぽい雰囲気も漂っている。

  
L: 南門。  C: 幣殿・舞殿。一体化しているが、右側が幣殿で左側が舞殿。ここで参拝する分には無料。
R: 初穂料500円で特別参拝。堂々たる中門を見上げる。4連発の本殿はこの奥に鎮座しているのだ。

春日大社の祭神は武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神の4柱で、どれも藤原氏の氏神となっている。
武甕槌命は鹿島神宮(→2007.12.82012.7.212014.8.30)の祭神で、鹿を神の使いとしている。
奈良公園が鹿だらけなのはこれが理由なのだ。鹿島つながりで鹿だらけとは知らなかったのでびっくり。
さらに、経津主命は香取神宮(→2008.9.12014.8.30)の祭神で、鹿島と香取をセットで勧請したわけだ。
そして天児屋根命・比売神は枚岡神社(→2013.9.282014.11.8)の祭神。確かに元春日で4連本殿だった。
なお、藤原氏の神社はこちらの平城京では春日大社、次の長岡京では大原野神社(→2015.7.25)、
最後の平安京では吉田神社(→2015.7.26)という対応関係になっている。神社知識がつながりますなあ。

  
L: 中門の手前から振り返る。右が直会殿、左が幣殿・舞殿。  C: 直会殿の前から見た中門。
R: 現在は式年造替の真っ最中で、本殿を脇から見るとこんな感じで工事中。20年に一度の大当たり。

裏手にまわると、江戸時代まで神職の詰所だったという藤波之屋で、すべての燈籠に火を灯す万燈籠を再現していた。
鏡を使って奥行きを表現するなど、どちらかというと現代アートの雰囲気である。灯籠じたいのデザインもまた面白い。

 
L: 藤波之屋の万燈籠。  R: 灯籠に施された多種多様の模様が面白いのである。

春日神社への参拝を終えると、巡回の仕事に戻り興福寺周辺へ(春日大社へもいちおう巡回名目で行ったわけだが)。
それでもまあ、興福寺の御守を頂戴しちゃうんだけどね。どうやら中金堂の再建工事が佳境を迎えているようで、
たいへんめでたいことではあるのだが、それはそれで興福寺の公園のような開放感がなくなるのはちょっと残念な気も。

  
L: 興福寺中金堂の工事は2018年の落慶を目指して進行中。  C: はい奈良県庁。  R: 子鹿の季節。かわいい……。

生徒たちはあまり遠出しないで南大門周辺で鹿と戯れているパターンが多かったようだ。なんだよもったいない。
奈良国立博物館や興福寺国宝館でちゃんと仏像を見ておかなきゃダメだぜ。オレは今回どっちも行ってないけど。

時間どおりに全員集合すると滋賀県へゴー。車内ではなぜかガイドさんによる関西弁告白講座が展開され、
これまたなぜか私が餌食になりまして、「お前ら、うらやましいか!」と叫んだら大盛り上がりだった。なんだこれ。

琵琶湖畔のホテルは、奈良・京都の旅館とは一線を画すスタイルで、これは生徒も暴れられないなと一安心。
教員1名にきちんと1部屋があてがわれて、ふだん安宿ばかりの僕は戸惑ってしまうのであった。ウホホーイ!

 今日はこっちのベッドで明日はあっちのベッド。

少人数を隔絶された部屋に配置するスタイルだったこともあり、夜は非常に平和なのであった。よかったよかった。


2016.6.10 (Fri.)

本日は英検だったのだが、オレ史上最もつらい監督なのであった。仕事しないやつが信じられないぜ。


2016.6.9 (Thu.)

豊川斎赫『丹下健三 戦後日本の構想者』。たまたま本屋を歩いていたら衝動買いしてしまったぜ岩波新書。

丹下健三については以前、circo氏と明治神宮から代々木へと歩いたときに触発されていろいろ書いた(→2015.5.10)。
あと、丹下建築を目的に高松や今治を旅行したこともある(→2007.10.62010.10.112015.5.32015.5.6)。
そもそもが卒論で都庁(→2010.9.11)について書いた僕にとって、究極的な存在と言えるかもしれない人だ。
「人類の歴史上いちばんすごい建築家は誰か?」という乱暴な質問に対する僕の答えは、「丹下健三」なのである。

さて、この本の主役は当然、丹下健三なのだが、彼と彼が生きた時代を的確に描くため、筆者は一工夫している。
「序」で述べられているように、丹下個人の建築にとどまらず、「丹下シューレ」と称して弟子の活動も描くのだ。
この構成が非常に効いており、時間により移ろう社会に対して空間を操作する建築家が向き合ってきた関係を通して、
戦後日本における時代の変化をより物理的・物質的・具体的な形で読み取ることができる内容となっている。
そしてさらに、その問題意識の延長線上にある現代へ、という連続的な流れを自然かつ滑らかに追うことができる。
この手際のよさはかなりのものだ。とても上手く「設計」されている本ですね、と全力で褒めておきたい。

というわけで、前半戦は広島ピースセンターに始まる戦後の丹下建築の代表作たちをテンポよく扱っていく。
広島ピースセンター、丸の内旧都庁舎、香川県庁舎、東京計画、代々木の国立屋内競技場、大阪万博お祭り広場。
日本が経済成長する中、丹下は経済発展が国家全体を牽引すると信じてシンボリックな公共建築を次々と生み出す。
しかしオイルショックを契機に日本経済が停滞すると丹下は世界に飛び出す。それも中東、アフリカ、シンガポールへ。
先進的なアメリカやヨーロッパではなく、発展途上の国で丹下は歓迎された。丹下を要請した「時代」が透けて見える。
そして新宿の新都庁舎で丹下は再び日本に記念碑的な公共建築を打ち立てる。この意味は想像以上に大きそうだ。

後半戦は丹下の弟子たち「丹下シューレ」の代表者を4系統×2人ずつということで8人挙げ、仕事ぶりを紹介する。
それぞれが師の残した課題をいかに乗り超えようとしたかを描くことで、20世紀後半という「時代」が多角的に見え、
また丹下自身の価値観がはっきり浮き彫りとなる。そこから、丹下がなぜ最も「時代」に愛された建築家になりえたか、
丹下が具体的な空間・物体として落とし込んだ「時代」とはどんなものだったのかを客観的に論じる内容となっている。
なるほどそこまで視野に入れることで、『丹下健三』というタイトルが的確なものとして完成するわけだ。お見事である。

しかし僕にとって強く印象に残ったのは、徹底した徒弟制度だ。そもそも理系の研究室とは徒弟制度そのもので、
僕はそのことをまったく知らなかったがために、大学院で大いにつまずいてしまった。人生最大の失敗だったなあ。
まあそれはともかく、理系の研究室においては、教授は学生に研究テーマを与え、その成果を搾取するものなのだ。
(教授にとって興味のない独自のテーマをひたすら模索する者は、留年させられるという憂き目に遭うのじゃ!
 そして教授が海外へ行くなど留守にしている隙を見て、不満があろうと素早く論文を仕上げるしかないのじゃ!)
そうして成果の搾取に耐え続けるエネルギーを持つ者だけが認められる、本質的にそういう徒弟制度なのである。
丹下は広範囲にわたる自らの興味関心や問題意識について、優秀な学生たちにテーマを振り分けて研究させていく。
その的確な指揮ぶりと、研究成果を反映させた造形美は、他の追随を許さなかった。結局はそこの偉大さなのだ。
日本社会というマクロの政治でも、徒弟制度というミクロの政治でも、丹下は圧倒的な力を発揮し続けた。
建築とはそもそもパトロンがいて成立するものであって、どうしてもその仕事には政治性がついてまわるものだ。
今回、あらためてその現実を見せつけられた思いである。(公共)建築とは、政治の結果そのものなのだ。
丹下健三は政治と建築の結びつきという本質を最も極めた人だ。ゆえに「人類の歴史上いちばんすごい建築家」なのだ。


2016.6.8 (Wed.)

ワカメが上京してきたのでそのお相手。大井町のいつものお店でいつものようにダベったわけだが、
気がつけばワカメは着実にステップアップを果たしており、ナカガキさんもまたそうなのであった。
対照的にハセガワさんとふぐさんと僕はやっていることが変わらない。まあそれも含めてみんな平常運転かなと。
人生をちゃんと前に進んでいる組と、やりたい放題のんびり組とで差が開いているのだが、まあそんなもんだわなと。

新年度の状況を訊かれたので正直に答えたところ、ワカメから「お前はいつも戦っているなあ」と言われた。
そのとおりである。難敵がやっと去ったと思ったら、また新たな敵が現れた。戦わないという選択肢も存在するだろうが、
僕としてはその選択肢をとるわけにはいかないのである。世の中、捨てる神があれば拾う神があるものだから、
しょせん僕が拒絶したところでヤツを受け入れる人は必ずいるもんだ。だったら、オレは許容しなくてもいいのである。
そういう論理。オレ一人が拒絶したところで、世間の結果的には「中和」ぐらいに落ち着いているんじゃね?と。
戦ってギッタギタにしてやるくらいでちょうどいいバランスがとれるんじゃないかと、そう思っているわけであります。
まあこっちが何もしなくても、あっちは勝手に職場を休むし。休める日数を計算して休めるだけ休むし。
自分をクズだと認めないクズに対し、「あなたクズですよ」と親切に教えてあげてやってんだ感謝しろという論理。
そしたらやっぱり皆さんから、「お前はいつも戦っているなあ」と言われるのであった。敵前逃亡は軍法会議モノだぜ。


2016.6.7 (Tue.)

サッカー日本代表のキリンカップ、ボスニア戦。試合会場は吹田の新しいスタジアム。早く観戦に行きたいものだ。

序盤からしっかり戦い合う充実の内容である。無駄な時間のない思考の速い試合で、見ていてとっても楽しい。
日本はチャンスのつくり方がいつもより上手く、最後が決まらないもどかしさはあるが、フラストレーションは少なめ。
対するボスニアも動きがいいのでピンチの場面も多いが、GK西川がきっちり防いで、それはそれで爽快。いい試合だ。
4日前のブルガリア戦が大味な試合になってしまったのに対し、なかなか引き締まったいい展開ではないか、と思う。

両チームとも持ち味を発揮していたが、28分に宇佐美がドリブルで切り込んで、最後は清武が決める。
ところがせっかく先制点をもぎ取ったのに、相手に攻め込まれるとあっさり同点。センターバックは何をやっとるのよ。
その後はどちらかというと、攻める日本よりもボスニアの粘り強い守備が目立つ感じに。それまでの時間に比べ、
ボスニアの守備陣は脚が微妙に伸びているような。でもその1ミリでも体が大きく動くことが大事なんだよなあ。

後半、ボスニアが逆転。日本はゴール前に相手が動けるスペースをつくってしまっていて、そこをきっちり使われた。
逆を言うと、その分だけ日本が相手に対して詰めることができていなかったわけで、小さな差が大きく出た格好。
その後も日本はボスニアの壁を崩すことができないままでタイムアップ。4日前よりは勉強になるゲームだったかな。


2016.6.6 (Mon.)

体調は戻りつつあるが、咳は止まらないし声はかすれるし、まだまだとても万全とは言えない状況。
週の半ばには友人に会うし、週末には修学旅行もあるし、ここで一気に調子を上げていきたいところだ。


2016.6.5 (Sun.)

私立のしっかり強い学校と戦う。0-3で負けはしたものの、泥だらけのピッチという悪条件で、
前半2失点しても後半を1失点で抑えたのは確かな成長を感じさせる部分である。きちんと粘れている。


2016.6.4 (Sat.)

急降下爆撃をかましたのは自分ですが、バトル勃発ですよ。もう限界だわな、信念を貫くしかあるまい。
そもそも相手は体調不良を理由に長く休んでいたけど、明らかにオレの方が体調崩しているじゃねえか。
社会人としてというより、もう人間として信用ならない。これだけ恥知らずな生き物は久しぶりに見たわ。

午後は夏季大会のプレーオフ。風邪でヘロヘロなのに、本当に自分はよく働いていると思う。
試合は0-0のままPK戦へ突入するのであった。強風への対応が難しかったがとにかく決定力に欠けたねえ。
こっちが攻める時間は長くても、チャンスは相手の方が多かったし。なんとか持ちこたえた感じである。

PK戦は4-3で勝利。思えば3年前もPK戦に持ち込んでは勝っていた。PKでノリノリな伝統かねえ、と思う。


2016.6.3 (Fri.)

サッカー日本代表のキリンカップ、ブルガリア戦。久々のキリンカップなのがいいし、何より参加国がいい。
ボスニア・ヘルツェゴビナにブルガリア、デンマークと、ヨーロッパの中堅国とがっちり試合できるなんてねえ。

5分もしないうちにいきなり岡崎のゴールで驚いた。あれだけ一気に抜け出してオフサイドでないとは、さすがプレミアの覇者。
日本の攻撃は縦パスから狭いエリアを細かいパスで抜けていくのが心地よい。柏木の縦パスが生きている。
守備ではプレスがきれいに連動していてチームとしての一体感がある。セカンドボールへの対応は負けているが。
対する古豪・ブルガリアもさすがで、ボールを持ってからつなぎきって決定機まで持っていくのがすごい。
ふだんレヴェルの高いヨーロッパでもまれているだけのことはあるなあと思うのであった。非常にいい親善試合だ。

2点目、長友のクロスもものすごいが香川のヘッドも美しい。これは見事だとんでもねえよもう、と呆れる。
3点目の崩しもすごいなあと感心。体の入れ替え方がみんなことごとく上手い。みんなどこに目がついているのやら。
そんでもって4点目まで奪ってしまうとは……。日本が良すぎてかえって不安になるくらいだ。

後半、5点目もきっちり崩してのもの(なぜ吉田がそこにいるのか)。全体的に時間をかけない速い攻撃が浸透している。
6点目の宇佐美も見事である。酒井の微妙なクロスがどうせファーに流れるだろと狙っていた感があるのは気のせいか。
ともかく、ボールが来る位置にいることが重要なのである。そういう意味で、宇佐美はセンスをきっちり見せつけたな。
しかし一瞬の隙を衝かれて失点してしまったのは情けない。その後もミスが続いて非常によろしくない部分が出てきた感じ。
後半の国内組は明らかに決定力に難を抱えているし、守備も足が止まっていてニンともカンとも。
浅野はPKよかったね、という感想に尽きる。Jリーグでがんばっている若手が得点するというのはいいものだ。
そしたら最後こっちもPKを献上するも、川島がセーヴして7-2で試合終了。なんか2試合分って感じの濃い試合だったな。


2016.6.2 (Thu.)

個人的なお勉強の方でうっかりが発覚。かなり間抜けというか愚かなこと極まりないうっかりぶりで、
自分のバカさ加減が情けなくてたまらない。風邪の影響で注意力が散漫になっていた、なんて言い訳は利かない。
悪運の強いことに致命的なダメージではなかったが、今後、非常に余裕のない戦いを強いられることになってしまった。
冷静に考えれば当初の予定から大して変わっていない気もするが。要は自分がきっちり結果を残せばいいだけなのだ。
ミスはミスだが、気を引き締める効果があった、という意味で捉えることもできなくはない。ま、やるしかないわな。


2016.6.1 (Wed.)

まあ詳しいことは書けないのだが、風邪でも授業授業の日々なのである。周りの皆様が深く同情してくれる状況で、
僕としてはこれはかえって自分のやりたいようにできる状況になってくれているので悪くないとは思っているのだが、
やはり体力的に厳しいことは間違いない。出勤してみないとどういう動きになるか予測がつかない点も困る。
それでも、生徒がそれなりにやる気になってくれているので、その熱意に支えられて意地で動いている感じもある。
この状況を楽しめるだけの心理的・体力的な余裕はないけど、客観的にみて楽しい状況であることは理解しているので、
流されつつも最低限のコントロールで事態を乗り切るつもりである。振り返ったときに武勇伝になっていることを期待しよう。


diary 2016.5.

diary 2016

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