diary 2018.1.

diary 2018.2.


2018.1.31 (Wed.)

生徒からのなぞなぞと、それに答える僕。

「トラックがパンを9個のせたらパンクしました。なぜでしょう?」
「な、なぞなぞだから……?」

……問題の出し方が悪いよ、出し方が。



2018.1.28 (Sun.)

画像の整理と日記書きに勤しむ。やっぱりお勉強がないと日記の作業はそれなりに進むなあ。がんばらねば。


2018.1.27 (Sat.)

インフルエンザで「週末の部活はなるべく自粛で」と言われちゃったもんだから、しかも大寒波なんていうもんだから、
青春18きっぷのシーズンでもないのに、発作的に出かけてしまったのだ。それも、こないだ(→2018.1.7)乗った水郡線。
目的地はそう、袋田の滝である。さすがに完全凍結とはいかないだろうが、きっとそれに近い姿を拝めるのではないか?

常磐線で水戸に出ると、そのまま水郡線に乗り込む。20日前と同じ時刻の列車だ。あのときはけっこう混んでいたが、
今回は意外と余裕がある。寝っこけながら揺られて、袋田駅で下車。やはり同好の士は大勢いるが、予想よりは少ない。
駅舎から出るとほぼ全員が、待機していたバスにそのまま乗る。駅から袋田の滝までの距離は3kmちょっとで、
歩けなくはない。しかしバスの中から見る限り、後半の歩道はまったく除雪されておらず、冬場はオススメできない感じ。

  
L: 袋田駅。  C,R: 滝へと向かう道。さすがの賑わいをみせていた。なお、3枚とも帰りに撮った写真である。

バスを降りると商店などが並ぶ道を10分ほど歩くことに。やがて観瀑台へと向かうトンネル入口に到着すると、
300円を払ってその中へと入っていく。この観瀑台には第1と第2があり、後者は奥にあるエレベーターで行く。
その料金も込みということで、安すぎず高すぎず絶妙な料金設定だなあと感心しつつ進むのであった。

 確かに雪道を行くよりはこっちの方が便利だわ。

トンネルを抜けるとそこは氷壁なのであった。観瀑台に出てきた客はみんな、目の前の氷壁に驚きの声をあげていた。

  
L: 袋田の滝(冬)。  C: 正面から見たところ。これは実に氷壁である。  R: 滝と見惚れる人々。


パノラマ加工してみた。いかがでしょうか。

公式サイトの凍結情報によると、この日の凍結具合は「9割強」とのこと。しかしそれなりに水は流れている。
これが完全凍結するというのは温暖化の進んだ昨今、かなり難しいわと直感的に理解した。本当にクソ寒くないと無理だ。
凍結するとアイスクライマーが出現するそうだが、さすがに完全凍結しないと危ないだろうと思う。しても危ないか。
とはいえ、これだけの面積が氷の壁の大パノラマとなって目の前に現れると、思わず「おおう」と声が出てしまう。
落ち着いて考えると観瀑台の位置というのはなかなか難しい。近すぎるとただの氷の壁になってしまうし、
遠すぎるとその分だけ迫力が薄くなる。カメラの視野に収まらないのが悔しいが、これがベストなんだろうなと思う。

  
L: カメラを縦に構えて撮影。  C: もう少し正面から撮ってみたところ。どう撮っても収まらないんだよなあ。
R: 四度瀧不動尊。「四度の滝」とは、四季それぞれ一度は来ないとダメでしょ、と西行が言ったことによる別称。

今度はエレベーターで第2観瀑台に行き、上から眺めてみる。袋田の滝、上から見るか横から見るか。
第2観瀑台は2008年につくられたコンクリートと木のデッキで、建設費はすべて利用料収入でペイしたそうだ。
エレベーター内には「恋人の聖地」なんて宣伝があったけど、茨城なまりの客が「昔は逆で、来ると別れ……」
と言ったところで奥さんに「あんまりそういうこと言っちゃダメ」とたしなめられていたよ! いや、面白い。
まあそこは「われてもすゑに逢はむとそ思ふ」ってことで。それにしてもハートなんてどこにも見えなかったよ。

 
L: 上から眺める袋田の滝。これはむしろ秋の紅葉シーズン向けだろうな。  R: クローズアップなのだ。

帰りもトンネルでは芸がないので、吊り橋方面から駐車場まで戻ることにした。脇から見る滝の側面もまた美しい。

  
L: 吊り橋に出る手前のところから見た袋田の滝。これもまた趣がある。  C: 滝と対峙する観瀑台。
R: 滝川の岩は雪をかぶって独特な姿になっていた。雪坊主とでも呼びたくなる、風情ある光景だ。

せっかくここまで来ているので、いったん常陸大子まで行って、十二所神社にリヴェンジしてから帰ることに。
でもそうすると、水郡線の本数が少ないせいで、2時間ほどバスを待つことになる。さあどうするかと考えたが、
袋田の滝近辺には「袋田温泉」という温泉があるのだ。途中の旅館で日帰り入浴が可能ということで、迷わず寄る。
冷え切った体に温泉は大変ありがたい。いったん上がってメシを食うが、館内にはピアノトリオのジャズが流れ、
滝に温泉に無料休憩所の座敷にジャズと、ここは天国かと思いつつ存分に堪能させていただいたのであった。
その後も時間いっぱい温泉に浸かる。いやあ、これほどまでに贅沢な休日を過ごせるとは思わなかった。ありがたい。

 というわけで大子にリヴェンジなのだ。

大子に着くと、真っ先に百段階段を上って十二所神社へ。社務所は前回(→2018.1.7)と同じく閉まっていたが、
紙に書いてある電話をかけたら在宅中で、無事に御守を頂戴することができた。猫と遊べなかったのは残念かな。
さらに前回車が邪魔だった旧樋口病院入院棟にもチャレンジしてみるが、やっぱりトラックが停まっているのであった。
まあせっかくなのでトラックごと撮影しちゃったけど。1955年築とずいぶん新しい建物だが、国登録有形文化財だ。

  
L,C,R: 旧樋口病院入院棟。1955年築とは予想よりもずっと新しい。ここの路上駐車、なんとかなりませんかねえ。

水郡線の本数の少なさで、今回はほぼ袋田の滝に集中することになったが、それはそれで良い結果だったと思う。
滝を味わい、のんびり温泉を味わい、それで十分ではないかと。ゆったりした旅の楽しみをあらためて教えられた。
次はぜひ緑の豊かな季節に来たいものだ。なんせ四度来なくちゃダメだってんだから、楽しみはまだまだ残っている。


2018.1.26 (Fri.)

夜に地域と小中学校での合同新年祝賀会があった。ホールで挨拶があって食べてしゃべっての、本当に祝賀会である。
で、各校の教員で余興というか出し物をしないといかんとのことで、われわれは学習活動発表会でもやった合唱を披露。
前任校でもその前でもそうだったが、僕はすっかり合唱要員だなあとあらためて思うのであった。合唱部でもないのにねえ。


2018.1.25 (Thu.)

インフルエンザで学級閉鎖が連発している状況をなんとか利用し、午後に通信の大学へあらためて単位の確認に行く。
前にもらった単位の証明書で、足りないと思われた日本史の単位が取得済みであることを無事に確かめることができた。
一橋にも連絡をとってもらった結果、手違いにより申請書の記載にミスがあったことがわかってようやく安堵した。
そうなると一刻も早く都庁に申請を出したい。こちとら学級閉鎖の影響で奇跡的に休暇が取れている身なのだ。
ボヤボヤしていると1月が終わって個人での教員免許申請ができなくなってしまう。善は急げなのだ。

というわけで、市ヶ谷から一気に国立まで移動。話はすでに通しておいてもらっているので、すみやかに訂正手続き。
記載ミスの原因は、教職に関係していた科目(日本史)が一般教養科目の欄に移って記載されていたことだそうだ。
どうも新しいシステムに移行した際にズレが発生してしまったようなのだ。その手のミスが発生するということは、
卒業してからそれだけの年月が経ったってことか、と悲しくなるのであった。大学時代は何もかも楽しかったなあ。

これで都庁に申請書を出す準備が整った……のはいいが、通信でも一橋でも書き間違いがものすごい量になっていて、
訂正箇所を数えてみたら、合計でなんと実に10箇所もあった。僕の単位取得ぶりが複雑怪奇なのはわかっちゃいるが、
そこまで間違えまくるか!?というレヴェルだ。教育委員会がオモシロ事例として今後の参考資料にするんじゃないか?
医学書に載っているひどい症例の写真みたいな感じで、僕の申請書の訂正の嵐も同じように扱われそうな気がするわ。

都庁に着いたらさっそく書類に必要事項を記入して、いろいろ提出物を揃えて申請。やはり確認に手間取ったようで、
解放されたときには午後5時をまわっていた。職場を出てからしっかり4時間半以上かかっての大冒険なのであった。
ところがまだこれで完了ではなくて、最後の最後で通信が印鑑を押し忘れているという「まさか」が発生してやんの。
まあそれは都庁の方でやってくれるというので、僕個人の申請作業じたいは晴れて終了である。いやー疲れた疲れた。

これでようやく、この2年間の苦闘が終わった。最後の方は本当に不測の事態にこれでもか!というほど振り回されたが、
(呪われているとしか思えない、本当に悪霊が取り憑いたんじゃないかってくらいの邪魔の入りっぷりだった……)
気合いでどうにか乗り切った。法学・経済学・哲学も鍛えられたが、それ以上に根性が鍛えられたわ。ま、結果オーライ。


2018.1.24 (Wed.)

午後に隙を突いて休暇を取ることができたので、いよいよ教員免許の申請に出かける。まずは通信の大学から。
さすがにもう「まさか」はないよな!と思いつつ書類を受け取ろうと窓口に行くと……絶望的な事態を告げられる。
一橋で取得したはずの「日本史」が足りないというのだ。これは通信だと「東洋史」「西洋史」もセットで必要になり、
もう12単位よけいに取ることになるかもしれないとのこと。そんなの初耳で、この最後のところに来てそれ!?と呆れる。
教員免許をめぐる手続きがややこしいのはわかる。そして僕の単位取得ぶりが異様にややこしいのもよくわかる。
しかしそれにしても、ここでまた寝耳に水の事態である。2年前と比べてずいぶん話が変わってきていると思う。
結局、確認作業が必要ということで、この日は申請できず。絶対に想定したくなかった最悪の事態がすぐそこにある……。


2018.1.23 (Tue.)

東京はすっかり雪に包まれており、初めてブーツで出勤した。五箇山&白川郷(→2016.2.11)のために買ったブーツだ。
万が一のためにとっておいたが、2年経ってついに再び活躍の場が来た。次の機会はいつになるやら、と思いつつ出勤。

昼頃になり、ネットを見たら草津白根山の噴火のニュース。当然、脳裏に浮かぶのは御嶽山の件(→2014.9.27)だ。
水蒸気爆発の噴石がいきなり降り注いでくるケースで、またも予測していないところでレジャーが悲劇に一変してしまった。
日本史上最悪の火山災害は島原大変肥後迷惑(→2008.4.28)。雲仙は1991年の平成新山の噴火も衝撃的だった。
山体崩壊、火砕流、土石流、さらにはガスによる窒息もあるし、今回や御嶽山のように噴石が襲ってくる場合もある。
火山災害はさまざまなパターンがある上に、大規模で予測不可能だなあと、あらためてその恐ろしさを実感させられた。


2018.1.22 (Mon.)

まさかの大雪である。朝のうちから白いものがチラチラと舞っていたが、午後になると降りっぷりが本格化。
これは意地でも早く帰らねばと思って電車に乗り込むと、ホームは同じことを考えている人たちでごった返していた。
途中の乗り換えから車内はもう本当に呼吸が苦しいくらいの混雑ぶりで、さすがの自分も気持ち悪くなりかけるほど。
それでもどうにか早めに自宅に戻ることはできたので、ニュースを眺めつつメシを食って防寒焼酎をあおって就寝。
まあ、たまにはこういうどうにもならない日に、しっかりと英気を養っておこうではないか。


2018.1.21 (Sun.)

天気がよかったので本当はどこかへフラッと日帰りのお出かけをしたかったけど、ガマンして日記日記。
来週半ばには今シーズンのJリーグの日程が出るので、そしたらあれこれお出かけの計画を練るとしよう。
それまでに、溜まっている分をどんどん片付けていかねば。お勉強が終わったらやっぱり日記で忙しいわ。


2018.1.20 (Sat.)

教員免許の単位が揃ったので、都庁に提出する書類を申請しないといけない。本日はその作業。
一橋の方はすでに昨年書類をつくってもらっているので(→2017.11.16)、あとは通信の方だけである。
土曜も午前中は窓口が開いており、さっそく「たのもぉー」とお邪魔する。が、「これでは出せません」との言葉。
おいおいもう「まさか」は勘弁してくれよと思いつつ、「ちょっと何言ってるか分かんない」と粘る僕。
僕の単位関係が複雑怪奇なことになっているのは重々承知なのだが、そんなにあっさり否定されることはありえない。
結局、きちんと免許関係のことを把握している方につないでいただき、申請書類の書き方を一点だけ変えることで解決。
あぶねーあぶねー最後の最後まで綱渡りかよ、とヘロヘロになりつつ胸をなでおろすのであった。疲れた。

午後は部活。本日のゲームは守備の意識が高めで、だらしない失点のない締まった内容になったので褒める。


2018.1.19 (Fri.)

小室哲哉の引退騒動について。少々まとまらなくなるだろうけど、この際、思っていることをぜんぶ書いてみよう。

まず、1990年代の小室ファミリーから始めよう。1990年代というと僕が10代から20年代前半を過ごした時期で、
音楽シーンは小室哲哉一色に染め上げられていた。そしてそれは、僕が芸能ネタに一切興味をなくした原因でもある。
80年代の終盤には僕もチェッカーズを中心に芸能ネタに興味は持っていた。が、そこからスパッとヴォーカルが抜け落ちた。
僕の興味はサウンドトラックやゲームミュージックからフュージョン方面というインストゥルメンタルに完全に支配され、
高校時代にYMOへ派生するという奇妙なルートをたどった。一人でDTMに集中しているせいでそうなったわけである。
そこから芸能ネタの世界に引っ張り出されたのはHQSの影響が大きい。大学4年間で見事に世間に復帰させてもらった。

その期間に音楽シーンを支配していたのが小室哲哉だ。当然、音楽シーンに背を向ける期間の長かった僕は批判的で、
小室哲哉関連のすべてを無視していた。いちばん許せなかったのがH Jungle with tで、浜田の音痴を聞かすなボケ!と、
世間の音楽センスのなさに愕然としていたっけな。この大ヒットは今でもまったく理解ができない。みんな頭おかしかったね。
当時の小室哲哉の音楽に共通するのは、ヴォーカルの歌唱力が非常に低いことだ。歌の上手いやつが一人もいない。
小室プロデュースでどんどんデビューするんだけど、みんな声のパンチが弱くて音も維持できない。本当に歌手なのかと。
でも不思議と売れちゃうのだ。その粗製乱造ぶりを僕は極めて冷ややかに見ていたのだが、今でも残って歌っている人いる?
ある意味、消えてしまったバブルのエネルギーが小室哲哉というブランドに一点集中したような愚かさがあったと思う。

で、この事態を冷ややかに見ているうちに出た結論は、「小室哲哉はカラオケの浸透を見据えて賢い戦略をとっていた」だ。
1990年代後半は、通信カラオケが爆発的に広がっていった時期だ。小室哲哉の最大の戦略はCDを売ることではなくって、
カラオケでの著作権収入を長く得ることにあったのだ。小室ファミリーはみんなヴォーカルの歌唱力が低いわけだから、
素人も同じようなレヴェルで歌うことができちゃう。だからみんなカラオケで小室ファミリーの歌を歌う。それで儲かる。
この事実に気がついたときには本当に素直に「小室哲哉ってすげえ!」と思った。彼はアーティストよりビジネスマンなのだ。
YMOのシンセサイザーが歌謡曲からアイドルソングへの先鞭をつけたというのは僕の持論だが(いつかしっかり書かねば)、
もうひとつ、世間が歌唱力の低い存在を許す流れをつくったのは、間違いなく小室哲哉とカラオケの両輪が影響している。
この後、音楽シーンは宇多田ヒカルと椎名林檎の登場をきっかけにもうひとつ変化をしていくのだが、それはまたの話。

詐欺事件で捕まって以降はむしろ、「小室哲哉も人の子」ってことで好意的に見られることが多くなっていった。
あともうひとつは90年代が遠くなったこともあって、そして天下をとったことはやはり偉大な事実であるわけで、
いい意味での身近さと敬意が保たれた状態だった。自分も今はぜんぜん嫌いじゃなくて、オレも丸くなったなと思ったし。
そこに今回の不倫報道である。不倫疑惑の責任をとって引退とは、明らかに論理的につながらない。おかしな話だ。
だからこれは小室さん、きっかけを探していたんじゃないかなと想像できる。本当に疲れ切っちゃったんだなと思う。
奥さんが患っているのは高次脳機能障害で、これは本当につらい。介護等体験で僕も実感したのだが(→2008.8.9)、
真正面から相手する生活をずっと続けているわけだから、責められるものではないよ。そんな簡単な話じゃないんだよ。
今は素直に、小室哲哉という存在に敬意を表したい。確かに小室哲哉は頂点から凋落した。罪を犯して罰を受けた。
しかしそこから着実に歩み、疲れ切るまで真摯に生きて、弱みを隠さなかったことに、僕は強い尊敬の念をおぼえる。


2018.1.18 (Thu.)

こないだの試験(→2017.12.10)の結果が本日出て、無事に単位が取れた。これでついにすべての勉強が終了した。
まさかの大阪スクーリングを受ける破目になったり、まさかの憲法4単位をよけいに履修する破目になったりで、
ぬか喜びだけはすまい、ぬか喜びだけはすまいと自分に言い聞かせて無理やり心を落ち着ける日々であったのだが、
ようやくこれで正真正銘、ほっと一安心である。長い長い戦いであった。いやあ、やりきったなあ……。

ここからはいよいよ手続きである。今月中にぜんぶを一気にやらないといけないので、気の抜けないラストスパートだ。
さすがにもう「まさか」はないよな、と思う。まあそうならないようにしっかりと準備をしないとねえ。


2018.1.17 (Wed.)

しもやけかゆい。右足の爪先付近がまさかのしもやけである。やはりそれだけ今年の冬は寒いってことかね。


2018.1.16 (Tue.)

話題になっている『ポプテピピック』の第1話を見たけど、これを面白いと扱うことを恥ずかしく思う日が来るだろうね。
リズムネタのお笑い芸人と同じような質感がする。悪ふざけは悪ふざけでしかなく、エンタテインメントにはなりえない。
出演する声優さんたちは、仕事を選ばなかったってことだから、偉いと思う。オレなら絶対に関わらないもん、こんなの。
本当の意味で「品のない」アニメ/マンガだと思う。自分から品格を捨てて喜んで、それでいったい何が残るの?


2018.1.15 (Mon.)

正月に潤平とマンガについて語ったのだが、さすがソムリエ、いろいろと参考になる話を聴くことができた。
そのときにこちらのオススメのアニメということで、当然ながら『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』を推薦。
『攻殻機動隊』はもともと潤平が興味を持っていて、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を見た(→2005.8.19)。
これはもちろん大傑作だが(他人に薦められる押井はこれと『機動警察パトレイバー the Movie』だけ →2008.7.30)、
潤平はこの1作品のみでストップしているようだ。続く『イノセンス』(→2005.9.27)も見ていないとのこと。
確かに、現状の『攻殻機動隊』の作品群の関係はややこしい。『STAND ALONE COMPLEX』の1stは必見、と薦める。
で、人に薦めた以上、自分もあらためてきちんと見ておかねば!ということで、全26話を一気に見たのである。

感想は基本的に以前のログと一緒。残念ながら人間、そう簡単に成長しないものだぜ(→2005.3.62014.1.5)。
高度に、高度にSFで社会学でエンタテインメント。あれだけサイバーパンクな設定なのに(元祖はコチラ →2005.1.8)、
現代社会のはっきりとした延長線上にあるのがすごい。まあそれはそもそも原作がすごいということに違いないが、
舞台が変わっても未来社会における人間たちが人間らしさを失わずにドラマを演じていることがすごいのである。
H.G.ウェルズの『タイムマシン』(→2004.10.15)にしろ、アシモフの『われはロボット』(→2005.5.18)にしろ、
手塚治虫の『火の鳥』(→2010.2.16)にしろ、主題として描かれているのは人間に固有の人間性そのもの。
最近は「ダークファンタジー」と称し、無理な悲劇を設定して極限状態の舞台ばかりが必死に考えられているが、
正統派のSFはそういう根暗な趣味に陥ることなく想像力を行使する。『STAND ALONE COMPLEX』はその王道にある。
(なお、意外かもしれないが、時代劇方面も参考になる。藤沢周平は武士を通してサラリーマンやフリーターなど、
 現代社会にも十分通じる人間の生き方すなわち人間性をしっかり描いている(『用心棒日月抄』 →2006.10.11)。
 時間が経っても、時代が変わっても、人間はそんなに変わらないのである。人間、そう簡単に成長しないものなのだ。
 ベクトルが過去と未来のどっちを向いていようと、名作と呼ばれる作品はきちんと人間性を描いている。)

社会学という視点で考えると、ミステリの要素を無視できない。僕はミステリが大嫌いだが(→2008.12.5)、
そのもともとの意義は大いに認めている。都市と群衆と探偵小説の関係性を論じていたのはベンヤミンだっけか、
かつて探偵小説は、犯罪という不条理を通して、都市という空間、都市における人間を鋭く描き出す役割を果たした。
しかし進化なのか退化なのか、探偵小説は謎解きを主題にして自己完結したミステリというタコツボに収まってしまった。
神秘・謎を指す語である「ミステリ」がジャンル名となっている事実は、人間性を軽視・排除した姿勢を反映している。
でも、『STAND ALONE COMPLEX』で公安9課が挑む犯罪には、必ず背景がある。情報化が進みきった都市空間、
そこで翻弄される人間たちが描かれる。情報空間の人間を描くことで、探偵小説本来の意義を受け継いでいるのだ。

もうひとつ指摘しておきたいのは、伝統ある「泥臭い刑事ドラマ」という様式美である。これは探偵小説由来だが、
ベースにあるのは勧善懲悪と組織内の人間関係ということで、ミステリとは逆の方向に発展したものだと言える。
勧善懲悪じたいは単純な構造だが、悪が悪である理由をきちんと描けば、それは立派に人間性を掘り下げた作品となる。
そして組織内の人間関係の葛藤も人間性を描く材料となる。実は二重に傑作を生み出す要素を持つ様式なのである。
しかも、暴力というかアクションでとっちめる見せ場をつくれば、エンタテインメント性も豊富に確保できるわけだ。
(組織の人間関係を描きつつSFと勧善懲悪をやった『機動警察パトレイバー』は、そりゃ名作である。→2004.12.15

以上、「名作は人間性を描いているものだ」という前提で、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』について、
やや変則的だがSF・社会学・エンタテインメントという3要素の融合ぶりをみてみた。2つまでならいろいろあるけど、
この3つをどれも高度にバランスよくやってのけているとなると、『STAND ALONE COMPLEX』が最高峰だと思う。
まあ人によってどういう要素(ここに挙げた3つ以外にも)を重視するかは違うわけだから、結局は好みの問題だ。
なので、僕が挙げた3つの要素に興味のある人は絶対に見ておくべき作品だよ、ということで締めておくのだ。


2018.1.14 (Sun.)

年末年始は実家でひたすら御守の写真を加工していたのだが、本日ようやく形になって、まとめてアップロードできた。
自分の中ではいちおうこれで一段落ではあるけど、その年末の帰省で寄った神社の新たな御守がまた膨大にあるわけで、
おまけにこないだ青春18きっぷで出かけた分もあるわけで、作業はまだまだ続くのである。自業自得とはまさにこのこと。
果たして、放ったらかしのままになっているお寺の御守の作業に着手できる日は来るのか……? ただただ恐ろしい。

さて、サムネイル化している御守が500体を超えたので、いいかげんそれぞれの御守についてコメントをつけていきたい。
実はずっと「500体を超えたら一言入れよう」と考えていたのだ。ある程度の量がないと対象を客観視できないわけで、
自分の中でその数を500に設定していたのである。それを超えたので、ちょこちょこ書いていこうかなと思うのだ。
それすなわち、書かなければいけない文章量が増えるわけで、日記が大いに滞っている現状では自殺行為に近いけど、
御守ページを充実させることは悲願というか使命というか、自分としてまじめに取り組まないといけないことなので。
(circo氏からは「市役所についてもきちんとまとめなさい」と言われ続けているのだが……。うーん、がんばる。)
そういうわけで、日記本体同様に気長に更新を待っていただければと思います。読んでる人いるのか知らんけど。


2018.1.13 (Sat.)

わずかな時間でも画像の整理に取り組んでおります。あとはサッカー観戦記の下準備作業も着々とやっています。

マニアックな話になって恐縮なのだが、PhotoshopはどうもMac版よりもWin版の方が優秀で(→2014.2.24)、
それでWindows(「futsutama」→2014.10.14)とMacBookをそれぞれ使い分けるという両面作戦でやっている。
写真を日記貼付用の200×150の画像に加工する単純作業はMac、画質調整はWin(ふつうは逆だと思うんだけど)。
で、今のところWindowsでないとできない作業が圧倒的に残っているので、家の外でもいかにWinの作業をやるか、
それが問題なのである。ほら、家の中だとサボっちゃうでしょう。寒くて布団かぶったらいつのまにか寝ちゃうんですよ。

先代のWindowsが持ち運びが原因と思われるディスプレイ不良に見舞われた経験があるので(→2014.9.28)、
できることならfutsutamaは持ち運びしたくない。でもそうも言っていられないくらい作業が溜まってきている。
まあ近場ならいいだろうということで場所を限って持ち出しているけど、今度は電池がひどく劣化していることが発覚、
あまりにも短い稼働時間と戦いながら作業をがんばっている状態なのだ。いやもう、いろいろ厳しい。
純粋に書く作業(これはMacの方が圧倒的に優位)も溜まっているし、時間とツールのバランスが本当に悩ましい。
頭の使いどころといえば頭の使いどころだが、アウトプットばかりでストレスもあるし、ちょっと困っております。



2018.1.11 (Thu.)

新年明けてから日記の更新が滞っているのにはいくつか理由がありましてですね、それらを端的にまとめますと、
これまで手の回らなかった作業の量があまりに多くて途方に暮れていた、という感じでしょうか。本当にひどくて。
それでちょっとずつでもやっていこうとがんばっているんだけど、水面下の作業がとことん溜まっておりまして、
更新という形で表に出せる分が本当に少ない。おまけに最近のログについてもこれといったネタがない。
アウトプットの下地づくりにさんざん追われてインプットがままならない生活になっているわけであります。
平日のわずかな隙間も休日の大きなチャンスもひたすらガリガリ作業をやっていますので、許してください。


diary 2017.12.

diary 2018

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