diary 2018.7.

diary 2018.8.


2018.7.8 (Sun.)

姉歯祭りである。先月の沖縄でお土産として買った紅芋タルトの贈呈式ということで招集なのだ。
しかしニシマッキーは「仕事で小笠原に行きます」ということで不参加。うらやましいなあ、もう!
最終的にはみんなの交通の便がいい飯田橋で飲むことになるのだが、昼間に合流できるのは僕とみやもりだけ。
何をどうするかいろいろ考えた結果、日本サッカーミュージアムへ行くことにしたのであった。
この施設、日本サッカー協会のビルに併設されており、ハリルホジッチ解任の責任をとって田嶋辞めろ!
という抗議行動という名目で行くことにしたのである(僕と違ってみやもりは純粋に見学である)。

  
L: 御茶ノ水から歩いて10分くらい、こちらがJFAのビル。「SAMURAI BLUE」とか本当にやめてほしい(→2012.3.9)。
C: こちらが日本サッカーミュージアムの入口。  R: 地下入口の顔ハメ。みやもりに「え、そっち?」と言われるの巻。

まずは地下1階の無料エリアから見学。Jリーグが全面的にフィーチャーされており、ふたりであれこれ雑談。
みやもりが気を抜いている間にJリーグの各クラブは監督が目まぐるしく変わっており、みやもりは浦島太郎状態。
まあ確かに、クルピがG大阪、長谷川健太がFC東京、城福が広島とか、冷静に考えるとびっくりだもんな。
ペトロヴィッチが札幌を、オリヴェイラが浦和を率いているのも、過去の自分が聞いたら信じないかもしれん。

  
L: Jリーグ各クラブの紹介コーナー。色鮮やかでよい。こうして見ると25年の歴史ってさすがに厚みがあるものだ。
C: 手前の床にはMVPの足形(GKは手形)。中村憲剛がぶっちぎりで扁平足。名波といい(→2015.3.29)パサーはそうなのか。
R: シャーレのレプリカが展示されており、好きなように記念撮影できる。みやもりには毎回何か撮らされとるなあ。

無料エリアの端っこにはサッカーの殿堂があったので、当然入ってあれこれコメントしていくのであった。
坪井玄道からスタートして生まれ年順にレリーフが並ぶ。黎明期の記述はいろいろ勉強になることが多かった。
やがて旧制高校や大学を通してスポーツとしてすっかり浸透すると、実業家の表彰者が増えていくのが面白い。
日本でスポーツがメジャー化するには企業の後押しが必要なんだなあと実感。そして競技者の表彰も増えていく。
審判やジャーナリスト、さらには写真家も表彰されており、幅広く業績を拾っていこうという意志は感じた。

  
L: サッカー殿堂のお部屋。野球殿堂(→2006.5.28)と比べるとさすがにまだまだだが、見応えは十分。
C: デットマール=クラマーよりも賀川浩の方が年上なのかよ!と驚いた一幕(1歳上)。どっちもレジェンドだなあ。
R: 1階には横浜フリューゲルスのグッズを展示した一角も。日本サッカー史でも屈指の悲劇をきちんと受け止めている。

ではいよいよ地下2階の有料エリア(500円)へ入るのだ。審判証を持っていたら100円引きだったのに……。チェッ。
チケットは2002年の日韓W杯のチケットを模したものになっていて、僕はチュニジア×日本のやつだった。
ただ、「チェニジア」と思いっきり誤植していて、本番もそうだったのか非常に気になるところだ。

  
L: 地下2階に下りるところに澤穂希の「なでしこジャパン」(真筆)が。これ愛称が決まったときのやつなのね。
C: 日韓W杯を模した入場チケット。ぶっちゃけ、私は日本がGL第3戦でチュニジアと対戦していたことを忘れておりました。
R: 日韓W杯当時の選手の人形と円陣を組める。隣は宮本か。背番号3もちゃんといて、しんみりしてしまった(→2011.8.5)。

最初の展示は2002年の日韓W杯に関するもの。誘致の経緯には非常に腹立たしいものがあるが、ぐっとこらえた展示。
すべての試合の概要を展示していて、当時の(バブルな)盛り上がりをちょっと思い出した。お祭り騒ぎだったなあ。
奥へと進むと映像コーナー。3Dメガネをかけて南アフリカW杯のダイジェストを見たのだが、 これが非常に面白い。
名シーンがテンポよく登場するので大変シビレる。でも3Dはそれくらいしか見たいものがなかったのが残念だった。
これをすべてのW杯についてやってくれたら最高なんだけどなあ。金がかかりすぎるかな。やる価値は絶対あるはず。

そして現在まさにロシアW杯を開催中ということで、日本代表の試合も好きなだけ見られるコーナーもあった。
GLのコロンビア戦、セネガル戦、決勝Tのベルギー戦の3つ。……あれ、ポーランド戦は? 負けたらナシなの?
みやもりと得点シーンを中心にチェックしながらベルギー戦を見たのだが、まあやっぱりどこをとっても面白いのである。
スコアレスの締まった前半、ファインゴールの後半、そして鮮やかすぎるカウンターの試合終盤、とことん面白い。
もともと集まった時間が遅かったこともあるが、ここでじっくりと試合を再生しすぎたのが命取りなのであった。

  
L: 「ドーハの悲劇」の試合でロッカールームに貼られていた戦術シート。アメリカまであと90分だったはずが……。
C: 東京五輪のときのユニフォーム。  R: こちらは伝説のメキシコ五輪。当時のユニは「体育着」といった感じだ。

建物じたいがそんなに大きいとは思っていなかったので、映像コーナーの後はおまけ程度と勘違いをしていた。
おかげで残りの展示を閉館時刻までの5分で一気に見てまわる破目に。確かにそんな浅い歴史じゃないもんな……。
黎明期の資料やら東京五輪やら栄光のメキシコ五輪やら、展示内容は極力凝縮されているけどかなりの面積。
本気になればこの場所で楽に半日つぶせるんじゃないか、なんて話をみやもりとしつつ駆け抜けるのであった。

  
L: 後半の展示。見てのとおり、かなりの凝縮ぶりなのだが実はけっこう広い。じっくり見られなかったのが残念。
C: とび丸と私。  R: W杯のトロフィーを手にしてご満悦の私(「ジュール=リメ杯」と呼ぶのは初代だけみたい)。

最後のアンケートにきちんと「田嶋やめろ」と書いて、閉館時刻ギリギリに日本サッカーミュージアムを出る。
その後はなんとなく健康のためということで、飯田橋までのんびり歩く。えんだうは先に店に着いており、無事合流。
やがてマサルもどうにか合流。よけいに歩かせて申し訳なかったが、体重がついに0.1tを超えてしまったそうなので、
いい運動ということにしておくのである。というか本当に早死するぞ。お互いつらい年齢になったもんだわ。



2018.7.4 (Wed.)

移動教室がいよいよ来週である。生徒たちはウキウキかもしれんが、こっちは各種準備でヘロヘロだよ。
ふつうの授業と同時並行で手続きを進めていくというのは、あっちでヒーヒーこっちでヒーヒーという感じになる。

準備をしていて思うのは、僕は本当に前もっての準備が苦手な人間なんだな、ということ。
教員というのは不測の事態に備えてあれこれ準備しておくその用意周到さがある種の能力ということになるのだが、
これが僕には決定的に欠けているのである。考えるのが面倒くさいし、最悪な結果を避ければいいという価値観なので。
つまりは、困ったらその場でさっと対策を立ててなんとかしましょう、そればっかりで今まで生きてきたのである。
だから不測の事態に陥ったときの冷静さと判断力なら、ある程度自信はある。旅行でそれを楽しんできたところもある。
これは僕の独断と偏見だが、僕の周りにいる頭のいい人は、用意周到タイプよりはその場で柔軟な解決タイプが多い。
そういう経験もあって、用意周到ってキリがないじゃーん、と割り切って本番勝負を挑む価値観を育んできたのだ。

しかし、そこに生徒を巻き込んではいけないのである。自分ひとりならいいけど、他人がいるからそうはいかない。
どこまで準備をしておけばいいのか、同僚の先生方とのバランス、自分の価値観、いろいろ考えさせられております。



2018.7.2 (Mon.)

夏休みの予定が立たない。土日についてはきっちり計画を練ってあるけど、平日がまるで見えない。困った。


2018.7.1 (Sun.)

どうも最近は日記のやる気が出なくて困る。作業をまったくやっていないわけではないのだが、進みが悪い。
確かにここんところ旅行(=写真の整理)だったりテストだったり夏風邪だったりW杯だったりで波乱万丈な毎日だが、
なんともネガティヴ気味な気配があるのが困る。なんかこう、パーッといきたいものだが。パーッと。


diary 2018.6.

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