diary 2020.2.

diary 2020.3.


2020.2.29 (Sat.)

朝、部屋の照明が壊れる。蛍光灯の調子が悪くて、見てみるとどうも点灯管がおかしいようなのだ。
交換すればいいのかなと思ってひねったら、なんと! 点灯管本体のプラスチックが劣化していて、粉吹いてちぎれた。
こうなるともうどうしょうもない。引っ越して20年目のシーズンに入ろうという、歴史の重みがのしかかってくる。

とりあえず午前中は日記を書くのに専念して、昼になってから自転車で近所の家電量販店へ行く。
従来の蛍光灯の照明器具はもう存在しておらず、みーんなLEDである。天井からぶら下げるやつもぜんぶLEDなのだ。
で、毎回ぶら下げ照明のスイッチの紐に顔が当たってムカついていたので、シーリングライトに移行するのであった。
日が出ている明るいうちに対処できてよかった。いやー、世間に置いてかれていることをまざまざと思い知らされたわ。


2020.2.28 (Fri.)

都からも区からも方針が出てこないので、午前中は通常授業。昼に方針が確定して、午後は学活、そしてハイサヨウナラ。
生徒たちはたっぷりと配布物を持って、名残惜しそうに同級生たちと話しながら帰っていった。次に会うのは卒業式かな。
昨日のニュースから24時間も経たないうちに、今年度のほとんどすべてが終わってしまったのである。まさに、夢うつつ。
居残りで卒業文集を書いている生徒たちを待つ間、虚脱状態で過ごす。だって、やるべきことを奪われてしまったから。
ぽっかりと目の前に空白があるけど、これが24時間前には存在していなかったというのがおかしくてたまらない。
戦争が終わったときの日本もこんな感じだったのかなあと思う。精神的な膝カックン。この感覚、如何とも形容しがたい。


2020.2.27 (Thu.)

採点のためにわりと遅くまで職場に残っていたら、突然の電話が。「ニュース、ニュース!」ということで確認すると、
新型コロナウイルスの件でまさかの全国一斉休校要請。北海道や大阪などが実施を表明したら反応が悪くなかったから、
バカが後先を何も考えずに突っ走ったと思われる。これはもう完全に、仕事のできない人間が上に立ったときの症例だ。
大胆な策を打つ前には副作用を抑える繊細さが必要で、そこにプロの矜持があるはず。今回はそれが見事に皆無だもんね。
東日本大震災のときに民主党政権で本当によかった、と心底思った。このバカがもし政権握ってたら、日本終わってたぜ。


2020.2.26 (Wed.)

テストである。中学校生活最後のテストということで、クロスワードパズル、クイズ、さらに英語の名言を盛り込むなど、
楽しく解きつつも実は地頭のレヴェルがはっきり出るという、僕の好みを完全に全開にした内容で出題したのであった。
結果は……惨憺たるものでありました。なんでチャーリー=ブラウンがハチ公を飼っとるんや……。教養が足りない!



2020.2.18 (Tue.)

ノムさんが亡くなって一週間が経った。ノムさん追悼のログで、僕は直感でこんなことを書いた(→2020.2.11)。
「たぶん彼ら(=ヤクルト投手陣)をぶっ壊すくらいまでギリギリの戦いをしなければ、何度も優勝できなかっただろう。
 それだけ巨人は強いし、西武も強い。対等に戦える力を維持して黄金時代を築くには、犠牲が必要だったのではないか。」
今日は果たしてそれが事実と言えるのかどうか、データをもとに検証してみたい。やっぱりね、確かめてみたいのだ。
なお、通算成績・実働年数には、日本プロ野球(NPB)とアメリカ・メジャーリーグ(MLB)の成績のみを入れている。

まず、森監督時代(1986〜1994年:9年間)に主力だった西武投手陣の成績を一覧表にしてみた。
パ・リーグ優勝は8回(1989年のみ優勝できず)で、うち日本一は6回である(1986~1988年、1990~1992年)。

背番 名前 森監督時代(86-94) 日本S登板(92/93) 西武での通算成績 通算成績 実働年数
#41 渡辺久信 106勝81敗9S 92/93 124勝105敗26S 125勝110敗27S 15年
#47 工藤公康 102勝47敗3S 92/93 113勝54敗3S 224勝142敗3S 29年
#18 郭泰源 100勝51敗18S 92/93 117勝68敗18S 117勝68敗18S 13年
#11 石井丈裕 52勝34敗10S 92/93 66勝46敗10S 68勝52敗10S 11年
#21 渡辺智男 41勝25敗2S 92 41勝25敗2S 45勝40敗2S 8年
#15 松沼博久 34勝29敗 引退 112勝94敗1S 112勝94敗1S 12年
#21 東尾修 33勝29敗 引退 251勝247敗23S 251勝247敗23S 20年
#16 潮崎哲也 33勝14敗32S 92/93 82勝55敗55S 82勝55敗55S 15年
#26 鹿取義隆 32勝10敗69S 92/93 46勝17敗73S 91勝46敗131S 19年
#17 新谷博 22勝17敗11S 92/93 51勝44敗14S 54勝47敗14S 10年
#29 杉山賢人 11勝4敗11S 93 15勝7敗17S 17勝13敗17S 9年
#13 小野和幸 10勝16敗 移籍 14勝18敗 43勝39敗 12年
#43 横田久則 7勝5敗 登板なし 24勝38敗 26勝43敗 11年
#16 松沼雅之 4勝5敗5S 引退 69勝51敗12S 69勝51敗12S 10年
#52 小田真也 4勝6敗9S 92 4勝6敗9S 4勝6敗9S 9年
#53 内山智之 3勝5敗 93 3勝5敗 15勝21敗 6年
#13 藤本修二 2勝 93 2勝 53勝71敗6S 10年

西武のすごいところは、細かく見ると「広岡~森(前期)」「森(後期)」と、実は黄金時代が2連続している点だ。
両方の黄金時代に関わった3名(ナベQ・郭・工藤)が100勝に到達。東尾と松沼兄弟が抜けた後期の森監督時代も、
石井丈・渡辺智・潮崎・鹿取・新谷(プロ入りが遅かった)といった面々の活躍で力を落とすことなく勝ち続けた。
特筆すべきは、92年も93年もほぼ同じメンバーが日本シリーズで先発している点である。本当に層が厚かったのだ。

次に、野村監督時代(1990〜1998年:9年間)に主力だったヤクルト投手陣の成績。野村監督時代も9年間だったのね。
セ・リーグ優勝は4回(1992年、1993年、1995年、1997年)で、うち日本一は3回である(1993年、1995年、1997年)。

背番 名前 野村監督時代(90-98) 日本S登板(92/93) ヤクルトでの通算成績 通算成績 実働年数
#17 川崎憲次郎 69勝55敗1S 93 88勝80敗2S 88勝81敗2S 12年
#29 西村龍次 56勝43敗2S 93 56勝43敗2S 75勝68敗2S 11年
#15 岡林洋一 51勝37敗12S 92 53勝39敗12S 53勝39敗12S 8年
#16 石井一久 48勝25敗1S 92/93 98勝63敗1S 182勝137敗1S 22年
#18 伊東昭光 47勝34敗3S 92/93 87勝76敗21S 87勝76敗21S 12年
#21 吉井理人 33勝20敗   33勝20敗 121勝129敗62S 23年
#22 高津臣吾 32勝28敗98S 93 36勝46敗286S 44勝52敗313S 17年
#39 田畑一也 30勝24敗1S   31勝29敗1S 37勝36敗1S 9年
#29 ブロス 28勝25敗   28勝25敗 30勝28敗 6年
#19 山部太 27勝25敗   45勝45敗2S 45勝45敗2S 13年
#66 山田勉 27勝15敗9S 93 27勝15敗9S 30勝20敗14S 11年
#14 宮本賢治 25勝15敗2S 93 55勝71敗7S 55勝71敗7S 14年
#20 伊藤智仁 21勝17敗25S 登板なし 37勝27敗25S 37勝27敗25S 7年
#13 加藤博人 20勝28敗7S 登板なし 26勝37敗8S 27勝38敗8S 10年
#24 内藤尚行 19勝21敗18S 登板なし 33勝26敗26S 36勝29敗26S 11年
#41 金沢次男 11勝11敗5S 92/93 11勝11敗5S 60勝70敗7S 14年
#11 荒木大輔 11勝10敗 92/93 39勝47敗2S 39勝49敗2S 10年
#34 高野光 7勝5敗 92 51勝54敗13S 51勝55敗13S 8年
#14 廣田浩章 5勝2敗10S   8勝5敗10S 29勝19敗30S 12年
#46 乱橋幸仁 3勝3敗1S 登板なし 3勝7敗1S 3勝7敗1S 8年

92年と93年の日本シリーズで両方に先発として投げているのは、なんと荒木だけ(伊東の先発は93年のみである)。
言ってみれば、ほぼ万全の西武に対してヤクルトはいつも片肺飛行で戦っていた感じかな。よく五分に持ち込んだものだ。
エース級の勝利数を見ても、野村監督下では西武先発陣の半分くらいとなる。彼らが隔年ペースで活躍していたことや、
そんなエース級に勝ち星が偏らない総力戦でやりくりしていたことがよくわかる。選手のピークを引き出していた感じか。
通算勝利数でも石井一・吉井以外は100勝に到達していない(吉井の在籍は3年だが、ヤクルト時代がほぼキャリアハイ)。
これは果たして野村監督の酷使によるものか、それとももともと西武の上位3名ほどには体が丈夫ではなかったのか。
ヤクルトの投手陣は活躍した年はみんな本当にすごかったわけで、そう考えるとむしろ西武の異常さが際立ちますな。
(余談だが、通算で見ると工藤と石井一のバケモノぶりが目立つ。選手生命の長さは重要な要素だとよくわかる。
 東尾もさすがだし、高津の成績も凄まじい。名球会ってのはとんでもないところなんだなあと呆れるしかないわ。)

最後に、巨人の投手陣。森監督も野村監督も連続9年間ということで、公平にこちらも連続9年間を抜き出すことにする。
東京ドーム元年(王監督最終年)の1988年から「メークドラマ」の1996年までの9年間をクローズアップ。これは強そう。
この間のセ・リーグ優勝は4回(1989年、1990年、1994年、1996年)、うち日本一は2回である(1989年、1994年)。

背番 名前 巨人での成績(88-96) 92/93の状況 巨人での通算成績 通算成績 実働年数
#11 斎藤雅樹 125勝65敗3S 在籍 180勝96敗11S 180勝96敗11S 18年
#17 槙原寛己 94勝74敗5S 在籍 159勝128敗56S 159勝128敗56S 19年
#18 桑田真澄 92勝78敗2S 在籍 173勝141敗14S 173勝142敗14S 21年
#21 宮本和知 59勝52敗4S 在籍 66勝62敗4S 66勝62敗4S 13年
#19 木田優夫 48勝55敗13S 在籍 50勝57敗20S 74勝83敗51S 24年
#48 香田勲男 38勝28敗2S 在籍 39勝28敗2S 67勝54敗11S 16年
#59 石毛博史 24勝17敗80S 在籍 24勝17敗80S 34勝29敗83S 14年
#31 水野雄仁 21勝19敗16S 在籍 39勝29敗17S 39勝29敗17S 11年
#28 廣田浩章 17勝7敗19S 在籍 18勝9敗19S 29勝19敗30S 12年
#59 ガルベス 16勝6敗   46勝43敗 46勝44敗 6年
#47 西山一宇 11勝6敗8S 93- 24勝18敗12S 24勝18敗12S 9年
#49 ジョーンズ 9勝4敗   9勝4敗 52勝43敗 10年
#30 橋本清 9勝12敗8S 在籍

9勝12敗8S

9勝12敗8S 6年
#15 河原純一 8勝10敗40S   25勝24敗 31勝42敗40S 14年
#40 河野博文 6勝1敗3S   10勝4敗5S 54勝72敗15S 16年
#19 吉田修司 6勝6敗1S 在籍 6勝6敗1S 37勝32敗23S 16年
#25 川口和久 5勝10敗3S   8勝13敗4S 139勝135敗4S 18年
#13 岡田展和 4勝2敗4S 在籍 5勝5敗4S 8勝8敗4S 14年

いわゆる「三本柱」がこの時期に100勝前後をあげており、傾向としては西武のデータと似た感じとなっている。
ただ、西武ほど安定していないのも確かである(三本柱は50敗ほど多い)。……ってか、斎藤雅樹の成績はヤバいな。
そうはいっても実働年数と通算勝利数では西武の上位3名よりきっちり上なので、やはり偉大な投手陣だったのである。
三本柱に次ぐ存在を見てみると、活躍した投手はしっかりいるが、ヤクルトほど総力戦は上手くなかった印象。
巨人に付け入る隙はそこだったわけだ。抑えはヤクルト・西武ほど安定していない印象だが、石毛と河原の数字はいい。


【Fig.】各チーム9年間の各投手の勝利数を比較してみた(上位15名、漏れがあったらゴメンナサイ)

以上、各投手の成績だけを単純に比較しての分析でした。こうして3チームの9年間における投手の活躍を比べてみると、
いかにヤクルトが厳しい戦いを強いられていたかがよくわかる。涙なしではこのグラフを見られないよ、本当に。
伝統の巨人(しかも親会社が日本一の新聞社)を相手にするだけでも大変なのに、必死の思いで勝ち上がった先には、
異様に資金潤沢な西武(しかも根本陸夫が暗躍)が控えていたのだ。ヤクルトは総力戦の総力戦でやっと勝った感じ。
ドラフトが的確だったし、親会社がよく支えたなあと思う。まあ一番は野村監督のやりくりであるとあらためて実感。
野村監督がすごいのは、選手たちのピークを引き出す武器に言葉を使っていたことだ。野球の言語化によって、
戦力が底上げされていたからこそ、総力戦ができた。今回のデータはその効果を強く示唆するものだと考える。

もっとも、抜き出した時期は西武が1986年から、巨人が1988年から、ヤクルトが1990年からと2年ずつズレがあるので、
プロ野球界全体が先発完投型から分業化による総力戦に移っていったことの証拠、というだけのことかもしれない。
まあそれぞれの時期での強いチームがやっていたことなので、それはそれでものすごく面白い証拠ではあるけどね。


2020.2.17 (Mon.)

去年3年生だったOB2名が部活(バスケ部)にやってきたのだが、英語を教えたことを全力で感謝されたのであった。
今の教え方を絶対に続けてください!と。いやもうこっちがありがとうと言いたいわ、と言いたくなるほどの感謝っぷり。
モチヴェーションは地に落ちている状況だが、これでもうちょっとだけがんばれます。先生を救うのは生徒なんですよ。


2020.2.16 (Sun.)

昨日行った神保町のカレー店について書きたいが、困ったことに正確な店名がよくわからないのである。
インターネット上では「たけうち」「タケウチ」「TAKEUCHI」と3つの表記が入り乱れている。どうすればいいのか。
とりあえず、神保町カレーライフの第19弾、洋食膳海カレーTAKEUCHI。日曜休みで実質ランチのみの営業なので、
昨日やっと食べられたってわけ。本当はもっと早い段階で食べたかったんだけど、なかなか予定が合わなくて。

選べるメニューに番号がついていて、今回注文した「海カレー膳」はNo.3。しかしこの店本来の味とのことで選択。
店に入ったのは14時くらいで、それだとどうにかギリギリNo.1の「煮込みハンバーグカレー膳」が食えるかも、みたい。
しかしこれがもう見るからに凝りまくりの外観で、なるほどこれをバカ丁寧につくっているから実質ランチのみかと納得。
とてもディナーまでもたないわな、と。混み合う時間帯をはずしても店内で待って、注文できるまで時間がかかったし。

 海カレー膳。ライス大盛無料だけどルー増し+100円で、〆て1000円。

さて、出てきた海カレー膳は写真のとおりである。これは最もシンプルな部類のはずだが、それでもこの凝りよう。
いざ食べてみると、クリーミー! マイルド! オシャレ!のジェットストリームアタックである。3拍子揃っている。
カレーソースの底にはホタテがゴロゴロと沈んでおり、海の風味が本当に豊か。一方、陸(ライス)は陸で、
かわいくカットされた野菜のシャキシャキ感など、食べ進める中でさまざまな食感を楽しめる工夫もしっかりある。
カレー本体に具たっぷりの味噌汁と小皿が2つ付くサーヴィスっぷりだが、これまた手間がかかるのが見て取れる。
ひとつひとつのカレーを出すのに時間がかかるためか、お店の方は本当に腰が低い。低すぎるくらいだ。
でも納得のいかない一皿を出すことは絶対にしないのだろう。腰の低さから逆説的にその決意のほどがうかがえる。

ちなみに店内は店主の趣味と思われる鉄道グッズが適度な密度のレイアウトで配置されている。趣味全開の店だ。
これは何も神保町のカレー店に限った話ではないが、個人の店というのはある程度店主の趣味が反映されるものだ。
対照的なのがチェーン店で、現在は1店舗でも複数店舗を展開する志向がある場合、その趣味は排除されることになる。
(ラッキーピエロは唯一といっていい例外。むしろそのカオスを売りにできるのは函館ローカルだからか。→2017.6.26
しかしこちらの店は趣味に全振り。あまりにも凝りすぎていて、圧倒されてしまう感覚も正直なくはない。
神保町のカレー店で個人の趣味全開というと、パンチマハルもいい勝負である(→2019.12.142020.1.162020.2.6)。
どちらの店も「自分のやりたいことをやりたいようにやる」という姿勢が共通しており、清々しさも感じる。
趣味と商売の境界線、文化と消費社会・資本主義のせめぎ合い、カレーを切り口にいろいろ考えられるもんだなあ。


2020.2.15 (Sat.)

本日は冬の祭典ということで、高校と練習試合なのであった。年に一回だけでもそういう機会があるのはありがたい。
さらに荒川区の強い学校とも戦えるということで、わが連合チームにとっては本当にうれしい成長のチャンスである。
試合は相手の高校に終盤畳み掛けられて0-2、荒川区の中学校にはなんと0-0。いや、これは自信がつくのではないか。
得点こそできなかったものの、守備面で成長したというか、正しいやり方が体感的にわかるようになったのは大きい。
守備のやり方が身に付くということは選手として大きなことなので、そこは素直に喜びたい。いい一日であった。


2020.2.14 (Fri.)

しょうがないので先代のメインパソコンだったfutsutamaを持ち歩いて、どうにか作業をやっている状態である。
ぼちぼちテストづくりの時期なので、しばらくはfutsutamaを使ってそちらに専念するつもり。日記は後回しだ。
ここ最近は日記の調子がよくって、毎週日曜日にある程度まとまった量を更新することを目標にがんばっていたのだが。
好事魔多し、無念である。まあ、futsutamaの方がやりやすい仕事もあるので、地道にそっちの作業を進めていくのだ。


2020.2.13 (Thu.)

神保町カレーライフの第7弾その2、鴻(オオドリー →2019.11.25)。前回はチキンベースの赤スープだったので、
今回は豚骨ベースの黒スープである。黒スープではハンバーグカレーがオススメのようなので、迷わず注文。

 黒スープ、ハンバーグでライス大、1150円。ライス大盛無料。

スープのベースが豚骨だからか、赤のときよりもマイルドな印象。手ごねハンバーグもスープに馴染んで旨い。
スープカレーというからには当然カレーの一種ではあるが、どちらかというと爽やかなスープを食べる感じがする。
標準の辛さ1倍はアクセント程度の辛さで、むしろ純粋にスープをライスとともに味わっているような感覚になる。
シンプルな野菜と凝ったハンバーグの対比もいい。ハンバーグがおいしくてもっとたくさん食べたい気持ちになるが、
そうするとハンバーグが主人公になってしまう。ギリギリちょっと足りないことでカレーとしての満足があるというか。
ステレオタイプなスープカレーと比べると、いい意味で穏やか。でもしっかりカレーで、食べ終わると熱くなっている。


2020.2.12 (Wed.)

ネットでノムさん関連の記事を読んでは涙ぐむ。膨大な記事が一気に出ていて、ひたすら追いかける。ただただ切ない。


2020.2.11 (Tue.)

ノムさん追悼。

中3のときにクラスでプロ野球がブームになり、僕は「雰囲気がよさそう」という理由でヤクルトを選んだ(→2007.9.19)。
するとそのシーズン、ヤクルトは14年ぶりのリーグ優勝を果たす。当時のパ・リーグは西武の黄金時代(と近鉄の粘り)。
圧倒的不利と見られていた日本シリーズで、ヤクルトは躍動する(→2004.9.26)。しかし第7戦の延長戦で敗れた。
あのときから、僕はずっとヤクルトファンである。その魅力あるヤクルトを築き上げた監督が亡くなったのだ。
野村監督の功績について逐一書くことはしない。それはちょっと調べれば、いくらでも知ることができるからだ。
僕がここで書いておきたいのは、時間が経過する中で自分の考え方が変化していった、その細かな部分についてだ。

1992年には岡林が壊れた。1993年にはルーキーながら伊藤智仁が壊れた。ほかにも野村監督の下で壊れた投手はいる。
「野村再生工場」というフレーズがあるが、それ以上に選手を壊したんじゃないか。毀誉褒貶、いろんな見方ができる。
しかし数々の投手をぶっ壊しながらも、野村ヤクルトは勝った。勝つべきときに、潜在能力の限界を超えた力を引き出し、
優勝という結果を残し続けた。だからこそ、振り返るに値する過去をわれわれは手にすることができたようにも思うのだ。
つまり、勝つべくときに勝っておかないと、歴史に名が残らないということも事実なのだ。野村監督はそれをやりきった。
当時のヤクルトはドラ1投手を中心に、非常にいい選手が揃った状況だったのは間違いない。それは間違いないのだが、
でも客観的に見て、たぶん彼らをぶっ壊すくらいまでギリギリの戦いをしなければ、何度も優勝できなかっただろう。
それだけ巨人は強いし、西武も強い。対等に戦える力を維持して黄金時代を築くには、犠牲が必要だったのではないか。
弱いチーム相手に勝ちまくってもそれはただの記録でしかない。強い相手に実力以上の力で挑むから、ドラマになるのだ。
文字どおり命を削るレヴェルの死闘を見せつけたからこそ、彼らの活躍は伝説としていつまでも語り継がれるのである。
戦いの舞台は、プロ野球だ。学生やサラリーマンの部活ではない。プロフェッショナルが意味するものはいったい何か。
目立つことなく安穏と選手生命を終えるのと、代償を背負っても一時代を築くのと、本当に幸せなのはどっちなのか。
僕もプロ野球選手なら引退するであろう年齢になってしまった。そうして野村ヤクルトの戦いぶりを振り返ってみると、
持てる力以上のものを発揮して栄光をつかんだ男たちの姿に、憧れの気持ちが当時よりもずっと強く湧いてくるのだ。

酷使を忌み嫌う現代、でもそれは当たり前のことだ。しかし限界を超えてまでドラマを創りあげた男たちが確かにいて、
その中心にドンと座っていた男が確かに存在していたのだ。しかも彼は巧みに言葉を操ることでドラマを創っていた。
僕たちは果たして今後、あのとき以上のドラマを、命を削る本物のドラマを、目にすることができるのだろうか?


2020.2.10 (Mon.)

困った! いつも日記を書くのに使っているMacBookが、突如USBポートを認識しなくなってしまったのだ。
データのやりとりどころか、充電すらできない大ピンチである。いやもう、これは前代未聞の事態だ。
とりあえず修理の打ち合わせを予約したが、最終的にどうなってしまうかはまったくわからない。
購入してから3年ちょっと(→2016.12.10)というのは、ペースとしてはずいぶん早い。いや、これはまいった……。


2020.2.9 (Sun.)

昨日の午後からずっと、御守コーナー(⇒こちら)を久々に更新すべく写真をトリミングしているが、まあ量が膨大で。
40体ちょっとを追加するのにほぼ丸一日を使ったわけで、これは思った以上に手間のかかる作業だとあらためて実感。
僕の原点は一宮なので、最近は一宮の御守を優先的に更新していたのだが、それだと一宮以外が疎かになってしまう。
一宮以外にも興味深い御守はいっぱいあるわけで、今回は特に印象的だったオモシロ御守を優先的に更新してみた。
オススメは、石巻の羽黒山鳥屋神社にあるブルーインパルス御守と、志摩市安乗の安乗神社にある波乗守である。
さらに神社以外の御守ということで、石ノ森萬画館の御守や滋賀県の飛び出し坊やこと「とび太くん」御守も更新。
あと、福島県が貧弱だったので、相馬の三大妙見をピックアップしている。ほかは栃木・三重・福岡などの一宮も更新。
本当は毎日1社くらいのペースで更新できるとかっこいいのだが、冒頭のサムネイルを整理するのとリンクを張るのとで、
更新作業はめちゃくちゃ手間がかかるんですよ。そもそもの写真トリミング作業も、実はかなり集中力を使うし。
御守コーナーは当サイトの売りだという自覚はいちおうあるので、気長に次回更新を待ってくださいまし。すいません。


2020.2.8 (Sat.)

東京23区で最東端の区で練習試合。ワイルドなお子様が多かったり部活動が盛んだったりする区なので、
フィジカル的に厳しい試合になるんだろうな、でもすげえ勉強になるんだろうな、と思いつつ試合開始。
そしたらBチーム相手だったのでふつうに互角のいい試合なのであった。まあ、こっちもパフォーマンスがよかった。
ほかに中高一貫校の中学、いつも区大会で顔を合わせている学校とも試合をしたが、どこもきちんと強く、
おかげでこっちの守備のレヴェルが引き上げられた内容なのであった。今日の経験値はとても大きかったと思う。


2020.2.7 (Fri.)

神保町カレーライフの第14弾その2、ビストロべっぴん舎(→2019.12.13)にリヴェンジである。
前回は黒のカシミールカリーだったので、今回は赤の薬膳カリーに挑戦するのだ。辛さはふつうレヴェルの1を選択。

 赤の薬膳カリー、ライスとカリーソース大盛で1200円。

「薬膳」の名にふさわしい味である。とにかくスパイスが豊富なのがわかる。おかげで複数の風味を楽しめる感じ。
先月のまとめログでスパイス重視のカレーについて、「漢方発祥の薬膳という発想」と書いた(→2020.1.12)。
このカレーはまさにそれ。スパイスの計算が緻密だと思う。そう、ある意味で化学の実験のような計算を感じる。
絶妙に配分されたスパイスの風味を楽しむカレーであり、スパイス主義に共鳴できるなら、かなり楽しめるだろう。
スパイスの違いがわかる人なら、「なるほど、こういうバランスの提案ですか……」とかなるんだろうな。奥深いわ。


2020.2.6 (Thu.)

神保町カレーライフの第15弾その3、パンチマハル(→2019.12.142020.1.16)のキーマカレーである。

 キーマカレー、950円。大盛サービスがありがたい。

挽肉がたっぷり! カレーソースとともにライスとの相性抜群で、思わず「これは旨いわ」と何度も唸っていた。
これは個人の好みの問題なのだが、インドカレーは骨付きチキン、チキンカレーはキャベツの存在感が大きくて、
ガツガツと食べ進めることが少し難しかった。もちろんしっかり味わうという点では悪いことではないのだが、
夢中でどんどん食べたいのにそういかないもどかしさ、というのは確かにあった。あくまで好みの問題だけどね。
しかしこのキーマカレーについてはそういう要素がなく、しかも挽肉とライスのコンビネーションが絶妙なのだ。
スープカレーぐらいのサラサラ感がまた最高のバランス。少しも飽きることなくただただ夢中で食らうのであった。


2020.2.5 (Wed.)

iTunesでゲームミュージックのアートワークを各ゲームのタイトル画面にしたら、なかなかよいではないか!
画像を探すのが面倒くさいが、いざきちんと加工して設定してみると、とっても雰囲気が出てよいのである。
こうしてみると、ゲームってのも立派な「作品」なんだなあと思う。総合芸術としての財産だよなあと。
冷静に考えれば考えるほど、映画と似た意味での作品性がある。職人芸の深さも、勝るとも劣らないレヴェルだし。
きっと僕らは、後世から振り返れば「ゲームがいちばん熱かった時代」を生きたんだろうなと思う。幸せなんだろうな。


2020.2.4 (Tue.)

スーパーボウルの情報遮断に今年も失敗。それでもいちおう、録画しておいた地上波の放送を見るのであった。

序盤はイマイチな感触。良く言えば守備が締まっているというか、でもミスが多いだけというか、そんな感じ。
今回はチーフスと49ersで、全盛期からずいぶん時間が経った古豪どうしの対戦という印象だが(偏見たっぷり)、
そのせいかどちらもなんとなく初々しさを感じる展開。やっぱりスーパーは緊張するものなのかなあと思う。
どちらかというとチーフスの手堅さが目立つと感じるが、4thダウンギャンブルをやりまくる強気な戦術が面白い。
そうしてチーフスがよくなってくると49ersもよくなってくるというシーソーゲーム。スーパーらしくない地味な展開。

なんとなく時間が流れていって、4Q序盤まではもう完全に49ersの勢い。しかしチーフスは不利な状況を地道に切り抜け、
じっとりと追いすがる。スルスルとTDが決まったのは、結果論としては49ersがだらしなかった、ということだろうが、
それにしても気がつけばモメンタムがチーフスに移っていたって感じ。結局はQBの差が出た試合なのかなと思う。
窮地でも安定していたマホームズがすごいのだ。49ersは急激に衰えて最後は完全に別のチームになっていた印象。

しかしオードリー含めて褒める解説だなあと思う。いや、スーパーまで来るんだから褒める部分ばっかりだろうが、
それにしても褒めてばっかり。それはそれで悪い感触が残らないのはいいが、本調子でない部分、敗因となった部分、
そういった点をきちんと指摘してほしいなあとも思う。49ersの急な失速とか、きちんと解説してほしかったんだけど。


2020.2.3 (Mon.)

仕事から帰ってきたら、さすがにアップロードが完了していたのであった。「futsutama」をたたむと、
「futsutama 2nd」を起動してiTunesの様子を見てみる。多少のエラーはあったものの、ネットの情報を参照して解決。
結果的には以前とまったく変わらない状態となってくれた。ただ、あくまで最優先はクラウド上のデータなので、
iPodをつなぐと「futsutama 2nd」のSSDにある曲しか移らない。僕はiPodでストリーミングすることは考えていない。
クラウドより外付けHDDのデータを優先させるべく、そっちのファイルをメインとして読み込ませる作業をやっていく。
つまり、今度は「futsutama 2nd」経由でHDDのデータをアップロードし直していくというわけである。
その際、重複するデータを自動で認識してくれるのは本当に楽だ。おかげで予想外に作業はスムーズに進んでいった。
こうなったら焦る必要はないので、今までなかったアートワークを新たに付加しながら地道にやっていくつもり。
iTunes Matchが、思っていたよりもずっとユーザー側の味方であることがわかったのはうれしい。大いに助かる。


2020.2.2 (Sun.)

新しいパソコン「futsutama 2nd」に移行して以来、音楽を更新できない状況が長らく続いていた(→2019.10.6)。
外見は前のモデルとほとんど変わっていないが、そこは5年の時間が経過しているわけで、HDDではなくSSDなのだ。
おかげで容量が少なくて、音楽データを外付けHDDに保存しないとやっていけないのである。これがクセモノで、
操作がよくわからん僕にとっては、iTunesのデータが実質初期化させられてしまったに等しい状況なのであった。
これまで蓄積してきた再生回数もレートもまっさらになってしまうというのは、これ以上ないくらい困ったことだ。
したがって、新しい曲を仕入れることなく、iPodを新パソコンに接続しないで我慢する状態が続いていたのだ。
しかしもう限界。仕方がないのでついに本日、iTunes Matchに登録して全データをクラウド化したのである。

まずは先代の「futsutama」を起動して、そちらから音楽データをアップロード。しょうがないことなんだけど、
これがやたらめったら時間がかかる。結局、今日中には到底終わらなさそうなので、そそくさと寝る。どうなるやら。


2020.2.1 (Sat.)

今日も今日とて練習試合。京成の四ツ木駅で下りたのだが、『キャプテン翼』一色でなかなか興味深かった。
衝撃的だったのは、南葛ユニのイニエスタ像と、若林と並んで大きな絵が貼ってあった森崎くんである。
SGGK(スーパー・がんばり・ゴール・キーパー)がSGGK(スーパー・グレート・ゴール・キーパー)と同じサイズ!
ちょっと見ただけでもいろいろとツッコミどころが多かったので、いつか姉歯メンバーで訪れてみたいものだ。

四つ木の複雑な住宅地を抜けて会場の学校へ。グラウンドは広くはないが、立派な人工芝なのであった。
監督としては、人工芝だとなぜか正座しちゃうよね。正座に腕組みで指示を出す私。それがいちばん落ち着く。
マルセロ=ビエルサはピッチサイドで蹲踞することで知られているが、私の場合は完全に正座。足が痺れる。


diary 2020.1.

diary 2020

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