diary 2020.3.

diary 2020.4.


2020.3.31 (Tue.)

年度末ということで、今の職場で最後の日である。昼前に荷物を送り出すと、いったん家に持ち帰る荷物をまとめる。
しかしお別れということでお菓子やら何やらをもらいまくったので、結局リュックもバッグも飽和状態となってしまう。
なんとかぜんぶ収納しきったと思ったら、最後の最後で上履きのクロックス(→2017.4.19)がオーヴァーフロー。
クロックスだけ手に持って家に帰る破目になったとさ。文字どおりに締まらないラストとなってしまったのであった。

振り返ってみると、ここでもまたジェットコースターのような3年間だった。最初の半年は本当につらかったが、
こらえて地道にやっていったことで、事態が180°変わった。愚直にやることが実を結ぶと実感した3年間だった。
なんだかんだで自分独自の存在意義をきっちり確保できたようにも思う。実はコロナ休校のせいで時間的な余裕ができて、
新任の先生を囲んで教員どうしでゼミをやるような機会があって、そこで初めて本格的に突っ込んだ話をしたのね。
そのおかげで最後は、僕に対して「やっぱりこの人って深く考えていたんだ……」という扱いが定着してくれた感じ。
こそばゆいほどにインテリ扱いを受けて次の職場へと旅立つのであった。お世話になりました。楽しゅうございました。



2020.3.27 (Fri.)

神保町カレーライフの第21弾、キッチンカロリー。ヒナタ屋、エチオピア、鴻(オオドリー)、MAJI CURRY地帯にあるが、
カレーも扱う洋食のお店といった感じである。なお、神保町カレーライフは今回がとりあえずの最終回となります。

 ロースカツカレー、1000円。ライス大までこの値段。

外からだと小ぢんまりとした洋食らしい店という印象だが、いざ中に入ってみると学生向けなカジュアルな店だった。
とはいえ内装はそれなりに雰囲気がある。やはりこれまたいかにも神田らしさを体現した店なのかな、と思う。
さて肝心のカレーだが、トマトの風味が非常に強いカレーソースとなっていることが最大の特徴であろう。
カツカレー系にしては粘り気は弱めで、どちらかというとインド方面のようにカレーソースがライスに浸透していく。
しかしスパイスはほとんど強調されておらず、そこはあくまで洋食らしい、いい意味で一様な安定した味である。
カツの肉は薄めの古典的タイプで(福井のソースカツに近い →2010.8.20)、そこがまた昔ながらの洋食っぽい部分だ。

なお、お店としては、鉄板焼きの「カロリー焼」のほうがメインである模様。機会があればそちらも食べてみたい。



2020.3.24 (Tue.)

いいかげん、『Monty Python Live (mostly): One Down, Five To Go』(→2020.3.10)のレヴューを書かなくちゃいかん。

借金返済のためにこのライヴをやることになった、というところがいかにもあのクソジジイどもらしいのだが、
結果として伝説的コメディグループが最後の最後で自分たちの足跡を振り返る絶好の機会となったのは本当によかった。
全盛期が過去の一瞬の輝きとして記憶されるのも立派なことだが、輝かしい過去を現在が受け入れるということは、
その過去と受け入れる現在の両方が幸せになるということだ。パイソンズはスケッチにオチをつけなかったからこそ、
こういう形で完璧なオチをつけることができた。モンティ・パイソンが完成した瞬間を見たように思うのである。

20世紀ハタネズミから始まって蹴とばされるグレアム=チャップマン、そしてメンバー登場と「撮影チャンス」って。
のっけから相変わらずの悪ふざけぶりを見せてくれる。テリー=ジョーンズは病と戦っているし(後でそんな話が出た)、
クリーズもセリフが飛んだりもするが、さすがの貫禄で人気スケッチを見せてくれる。もはや様式美の雰囲気すらある。
客が期待している空気がわかるのだ。ナッジナッジ(ちょんちょん)とか、ジョーンズがパブに入った時点で拍手喝采。
ランバージャック・ソングで、今か今かと期待している客をわざとかわしてみせるペイリンなんて、阿吽の呼吸である。
メンバーたちは客の期待どおりのスケッチを再現しつつ、ミスで笑わせつつ、そして期待以上のアドリブも交えつつ、
スケッチをひとつひとつ丁寧に演じていく。シリーウォークはまあ、クリーズも歳だししょうがないと納得しておこう。
(個人的には、死んだオウムにチャップマンも参加させたことに感動した。サムズアップするペイリンに泣いた。)
そのやりとりはもはや、落語などの伝統芸能と変わらない。定番となったギャグを本人たちが演じることが価値なのだ。
これはモンティ・パイソンが古典となったことを確かめるためのライヴであると思う。だからこれできちんと終われる。

内容はヴァリエーション豊かで、人気スケッチの再演だけでなく昔の名作スケッチ映像やギリアムのアニメも挟む。
そして大いに華を添えているのがダンサーたちの見事な歌と踊りだ。これが無理なくスケッチ群をつないでいるのだ。
エリック=アイドルが『スパマロット』や『ノット・ザ・メシア』でステージ化のノウハウをつかんだ効果が出ている。
ただし歌詞は本当にお下劣極まりない。このどうしょうもない歌を全力のクオリティでやるのがすげえなあと思う。
ぶっちぎりでかっこよかったのがブラックメイルのテーマ。その前にやっていたナッジナッジ(ちょんちょん)を、
なんとラップで絡めてしまった音楽センスは本当にすごい。これはぜひiPodで持ち歩いて聴きまくりたい曲だ。

ラストは白いジャケットに蝶ネクタイで5人がステージに並ぶが、僕はそこで『ドリフ大爆笑』を思い出した。
パイソンズはもちろん『Always Look on the Bright Side of Life』を客席と一体となっての大合唱で大団円となるのだが、
ドリフだったらスクールメイツをバックに従えた『いい湯だな』の替え歌になるわけだ。……なんか、似てないか。
僕は以前、ドリフについて「社会と反社会的存在のいたちごっこが、ドリフの本質」と書いた(→2004.7.11)。
大げさな表現だが、つまりは「いかりやが体現する日本の家父長制を志村が笑い飛ばす」ってことである。
では、モンティ・パイソンは。……ほぼ同じだ。イギリスの階級社会を、帝国の権威を、ナンセンスで笑い飛ばす。
ただ、ドリフと比べるとモンティ・パイソンの方がいろいろと幅広い。彼らはマイノリティにも踏み込むし、
キリスト教にも踏み込むし、下ネタもブラックユーモアもドギツい。でも共通するものは持っていそうではある。

『Always Look on the Bright Side of Life』をみんなで歌うエンディングは、実に多幸感あふれるものだ。
そしてパイソンズがステージを去った後、スクリーンにはお約束の「Piss off!」の文字が映される。
こうして、モンティ・パイソンはモンティ・パイソンのままで、その歴史的な使命を終えたわけだ。
これでわれわれはようやく、モンティ・パイソンを過去形で語ることができるのだ。実に見事な、実に美しい大往生。
誰もが納得できて、誰もが祝福できる終わり方でやりきった彼らには、ただただ敬意を表するしかない。

特典映像で演じるガンビーのキレがまったく落ちていないのには笑った。やばいぜ、あいつら45年前のまんまだぜ。


2020.3.23 (Mon.)

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』。見てきましたよ! 思わずパンフレットも買っちゃったよ!

これ、きちんと背景を知っていると、映画の完成は快挙以外の何物でもないんだよね。テリー=ギリアム監督がどれだけ、
ドン・キホーテを映画化したかったか。そして挫折してきたか。「映画史に刻まれる呪われた企画」はダテじゃない。
最初の失敗はドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラマンチャ』となったが(メイキング映像のはずだった →2003.6.4)、
ギリアムはこの後さらに、資金確保の失敗やら起用した俳優の病気やらで、17年も苦しい時間を過ごすことになるのだ。
まあ、その間にはモンティ・パイソンのお別れライヴで楽しそうにしていたけど(それもまたかっこいいんだよなあ)。
だからこっちとしては、「やりやがった!! マジかよあの野郎ッ やりやがったッ!!」と、思わず叫んでしまうではないか。

原題は『The Man Who Killed Don Quixote』、つまり「ドン・キホーテを殺した男」。ギリアムらしいなあと思う。
主人公はドン・キホーテをモチーフにしたCMを制作している監督のトビー。かつて自分が卒業制作で監督した作品、
『The Man Who Killed Don Quixote』をたまたま入手し、そのロケを近くで行ったことを思い出して街を訪ねる。
しかしそこでは、かつてドン・キホーテ役を演じた靴職人・ハビエルが自分をドン・キホーテだと思い込んでおり、
トビーをサンチョ=パンサとして冒険の旅に出る。ここからは……ぜひ実際に作品を見てほしい。面白いよ!
完成度が本当に高い映画になっている。荒涼とした背景、無駄なくきっちり金を使っている感じのセット、
俳優の演技もいいし、現実なのか悪夢なのかわからない曖昧さが絶妙なバランスで映像化されていると思う。

ベースになっている『ドン・キホーテ』はかつてログで書いたように、人類史上の大傑作だ(→2005.7.132005.8.2)。
フィクションと現実の齟齬がテーマだが、セルバンテスは「じゃあその現実って、本当にみんなと共有できているの?」
「あなたが生きている現実は、実はあなたが都合よく生み出したフィクションかもよ?」というとんでもねえ疑問を、
徳川家康が人生の総仕上げをやろうとしている時代にぶつけやがったのだ。そしてギリアムはそのテーマを受けて、
現実とフィクションの間で翻弄される人間をしっかり描いている。『未来世紀ブラジル』(→2012.10.3)で見せた、
彼ならではのディストピアっぽい独特の空気も感じさせながら。ネタバレ気味になるが、ラストがまた秀逸で、
構図としては憧れの姫を手に入れているのだ。そこに気づけないでいるところがまた、テーマに沿っていて上手くて。

ちなみに映画は「And now...」で始まる。モンティ・パイソンのファンにもちゃんとサーヴィスしてくれている。
(さらには、自身も演じたスペインの宗教裁判をきちんと物語の要素として織り込んでくれている。使い方も巧い。)
その「And now...」に対して、この映画を見たあなたは「for something completely different.」と言い切れるかな?
セルバンテスがぶつけてきた疑問をしっかり消化した、パイソンズの一員・テリー=ギリアムならではの傑作である!



2020.3.19 (Thu.)

卒業式でした。戦争や震災などで例年どおりに行えないことはあっただろうけど、全国一斉にイレギュラーというのは、
さすがに近代以来ほとんどないことなのではないか。それくらい、落ち着かない気持ちを無理に抑えての卒業式だった。

まず、生徒が学校に滞在できるのは3時間ということで、練習で1時間、本番で1時間、まとめの学活で1時間と設定。
来賓はもちろんナシで、来場できる家族も2名までに限定。在校生もナシなので答辞が「卒業生代表の言葉」になった。
練習の1時間では、礼のタイミング、証書授与での動き方、歌の練習をぜんぶやる。イマイチ緊張感に欠けていたので、
マイクで怒鳴ったり。声がぜんぜん出ていないので、メロディよく知らんけど一緒に歌ったり。やれるだけやっておく。

そして本番。在校生がいないと拍手が薄くてけっこうつらい。しかし卒業生たちは堂々と歩き、証書を受け取り、
歌も見違えるほどの声量で、逆境にもまったく屈することなく感動を巻き起こして体育館を去っていったのであった。
「非常事態のわりには」とか「準備不足のわりには」という条件付きではない、見事な卒業ぶりだった。よかった……。

例年であれば校庭で歓送があるわけだが、今年は昇降口からそのまま退出。しかし玄関先で記念撮影タイムとなり、
なかなか3時間で撤収まで完了というわけにはいなかった。しかしまあ、こればっかりはしょうがあるまい。
卒業式がせわしなくって名残惜しけりゃ、その分だけ頻繁に同窓会をやればいいのである。いずれのんびり再会しよう。



2020.3.17 (Tue.)

昨日公開した『逆説を見抜く。』について、社会の先生から「社会はないんですか……?」と訊かれたのであった。

僕としては、あまり長くなっても格好悪いので、とりあえず主要3教科に絞って書いたのが『逆説を見抜く。』なのだ。
というのも、国・数・英は人間の性格や能力に直接関わってくる教科だから。いちばん基本的な部分を構成する教科だ。
思考の細かい経緯は、10年前のログにすでにまとめてある(国語 →2010.8.2、数学 →2010.8.3、英語 →2010.8.4)。
またそこに至るまでの経験も、塾講師時代のログで書いている(国語 →2004.4.30、数学 →2004.6.21)。参照されたし。

国・数・英の3教科に対し、理科と社会は方向性の異なる意義を持っている。それは、「科学である」ということだ。
人類が今まで積み上げてきた英知を受け止め、それを次へつないでいくこと。そこに理科と社会は関わっている。
ここで重要になるのは、プロセスの再現性だ。つまり、人類みんなが同じ知を共有できる手続きが必要なのである。
これがないと科学とは言えない。宗教上の奇跡では困るのだ。僕が社会学部から理系の大学院に進んで苦しんだのは、
論文には科学としての正統性が求められるという点。感性だけでは科学はできない、とさんざん思い知らされたものだ。
(和辻哲郎の『風土』はたぶん正しいが、彼の天才的な感性だけで成立しているので、科学的ではない。→2008.12.28
人類の一員として受け継がなければならない科学のセンスや好奇心を養うのが、理科と社会を学ぶ意義である。
具体的には、理科では物質と物質、人間と物質の関係性を扱う(→2010.8.5)。つまり物質を主な切り口としている。
それに対し、社会では人間と人間、人間と物質の関係性を扱う(→2010.8.6)。つまり人間を主な切り口としている。
どちらも膨大な知の蓄積が存在しており、国・数・英で鍛えられる力と比べると、2次的な段階での能力となる。

さてそうなると、実技教科はどうなんだ、ということになるだろう。答えは簡単で、「人生を豊かにしてくれる」。
美術も音楽も保健体育も技術家庭も、どれもわれわれの人生を豊かにしてくれるものだ。できるに越したことはない。
(しかしこうしてみると、学校で勉強する9教科は本当によくできている。見事に完成されているのである。)

以上は必ずどこかで生徒全員に話している内容だ。そして、「勉強ができるということは魅力的な人間になることだ」、
そうまとめる。ただし、人間には得意不得意があるので、すべての教科が得意である必要はない、と続ける。
自分が不得意な部分で他人に頼ること、また他人が喜んで手を貸してくれる人間になることが大事、これが結論である。


2020.3.16 (Mon.)

逆説を見抜く。

ぎゃくせつ【逆説】 一見、真理にそむいているようにみえて、実は一面の真理を言い表している表現。

物事には原因と結果があり、それをまとめて「因果」という。
この因果を捉える力が、きみがふだん数学の授業で鍛えている論理的思考力だ。
結果から正しい原因を分析し、原因から正しい結果を推測する。
現在に至る過去、現在から至る未来。
一時の感情や利己的な心に流されることなく、澄んだ目で現実を見つめなければ、
きみは誤りに満ちた世界を生きることになるだろう。

蜘蛛の巣のように複雑に編み込まれた因果により、世界のすべては繋がっている。
いま、指先で糸を弾けば、それは波となってどこまでも広がっていく。
そのずっと先にある光景が、きみには見えているだろうか。
そこにいる他者の姿とその心のあり方を思う力こそ、きみがふだん国語の授業で鍛えている想像力だ。

また、世界の端々からきみの手元に、反作用の波が返ってくる。
波は必ず共鳴し、干渉し、きみの求める純粋な音色が響くことはない。
それでも因果の糸を弾くきみは、この世界に存在する無数の他者とどのように共鳴し、干渉し、
可能な限りで美しい音色を奏でることができるのか。
ふだん英語の授業で鍛えている柔軟性をもって、他者と共に生きる知恵を磨かなければならない。

他者と生きる世界は複雑だ。
一見、正しそうな因果が実は真理から遠く、無関係に見えるものが深い因果で結ばれていることは、決して珍しくない。
また、実際は原因と結果が逆であることも、よくある真理だ。
世界を動かす逆説を見抜く力を、大切に育ててほしい。
卒業おめでとう。

(version 2.71β)



2020.3.14 (Sat.)

雨でほぼ一日中ぐったりしておりました。『ワタモテ』(→2020.1.1)の最新巻を読んでおりました。うぇーい。
みんなかわいいし、いい子だし、優しい世界でいいですね。喪165とか青春の一番いいところそのものじゃないか。
心を落ち着けてほっこりするマンガというと管見では『ARIA』(→2008.5.22)なんかが思いつくところなのだが、
くだらないギャグで笑える分、キャラクターがいい感じに増殖・暴走する分、『ワタモテ』の方が好みかな。癒される。

そういえばもうひとつ、『ワタモテ』を読んでいるうちに思い出すマンガがあった。『けいおん!』(→2011.3.19)だ。
男性がほとんど存在感を示さない中で、ひたすら穏やかな世界で繰り広げられる、女子高生たちのわちゃわちゃした日常。
アニメ版(→2011.11.162012.1.72012.2.17)はさらにその特徴を押し進めており、3年2組全員の設定まで用意された。
正月、読んでいる最中に潤平から感想を訊かれ、「現時点では『けいおん!』を思い出すなァ」と答えたものである。

『けいおん!』は軸がブレない。あずにゃんが加入したところで、放課後ティータイムは放課後ティータイム。
軽音部のメンバーだけで話が進み、軽音部の活動(<軽音部の日常)だけで話が進み、そのまま3年間が過ぎていく。
それに対して『ワタモテ』は大きな振幅をみせる。完全ぼっちの1年生、交友関係が広がる2年生、モテまくりの3年生。
1巻から読みはじめた当初は、まさか『けいおん!』を思わせる方向へとシフトしていくとはとても考えられなかったが、
うまく軟着陸して魅力的な世界を構築してくれたものだ。しかし『けいおん!』が徹底して閉じた世界であるのに対し、
『ワタモテ』の世界は緩やかに開かれている。17巻現在では、佐々木風夏がもこっち時空に引き込まれているところか。
軽音部のような軸が存在しない『ワタモテ』だが、実際には黒木智子という個人そのものが軸となっている。
モブキャラクターは黒木智子と接することで個性あるキャラクターに変化し、互いの肯定を通して関係性が強固になる。
そうして『ワタモテ』の開かれた世界は、黒木智子という軸を中心に、信頼関係の渦をどんどん拡大していく。
だから正月のレヴューで書いたように、『ワタモテ』とは、むしろもこっちの周囲の成長を描いているマンガなのだ。

もこっちが成長したことで『ワタモテ』は『けいおん!』に近づいていき、さらに発展的な動きをみせている。
『けいおん!』はその閉鎖性から、高校を卒業したことでの「崩壊」を避けることができなかった(→2014.7.16)。
しかし、『ワタモテ』は開かれている(最初から開かれていたわけではなかったのが面白いところではあるが)。
彼女たちがどこに向かい、どのように物語を紡いでいくのか。大いに注目するに値する作品だとあらためて思った。



2020.3.12 (Thu.)

いいかげんどうにかしないといけないので、あらためて睡眠時無呼吸症候群の検査を設定すべく医者に行く。
なんと、15年ぶりですぜ(→2005.10.29)。もうあれから15年が経過したのかとびっくり。時間の流れが遅い男だぜ。
で、その15年前にはスリープスプリント(マウスピース)をつくったのだが(→2005.12.142005.12.21)、
バカな私はそれを紛失してしまったのである。スリープスプリントは顎と前歯の調子が悪い日につくったこともあって、
装着した翌朝に顎と前歯の調子が悪くなる現象にも長く悩まされていたし、このたび意を決して再検査することにした。
この結果をもとに、よりよいスリープスプリントがつくれれば万々歳なのだ。しかし15年経って体重も増えており、
CPAP(寝るときつける呼吸器)のお世話になる可能性もかなり高そう。それだけは避けたいのだけど、うーん……。


2020.3.11 (Wed.)

今年はコロナ禍の真っ最中で迎えた3.11ということで、9年前にもあった非日常性をまざまざと思い知らされている。
そう、なんでもないはずの日常が、いきなり非日常の緊急事態へと落とし込まれていく感覚。世界が切り替わった感覚。
戦っているわけではないのに、何かと戦っているかのような息苦しさを強制される感覚(→2011.3.132011.3.14)。
(これについてはっきりと「戦い」と言い切った総理大臣は頭がおかしいと思う。壮大な勘違いぶりがうかがえる。)
こういった非常事態に対して僕らがすべきことは、できるだけいつもどおりに生活することだ。一切、ひるむことなく。
プロメテウスによってもたらされて以来の理性という火を絶やすことなく、ただ日々を送ることだ(→2005.10.25)。
いつもどおりの生活ができない人に対しては援助が図られるべきで、そうして全体が調子を落とすことなくやっていく。
非日常には、日常で覆い尽くして対抗するしかない。できるだけ、高度で、教養ある、豊かな日常を。今こそ。

9年が経った。来年には2桁の数字となり、それだけ過去が遠くなる。その頃には今のコロナも遠くなるのだろう。
だからこそ、本当に求められている、高度で教養ある豊かな日常の質感を、今のうちに確かめておかないといけない。


2020.3.10 (Tue.)

コロナウイルスが猛威を振るう中、テレワーク(時間や場所の制約を受けずに働く形態)が推奨されている模様。
で、実は教員でも申請をすればテレワークが可能ということで、今日は実際にテレワークしてみました。
ちなみに扱いとしては、「自宅への出張」とのこと。これもまた面白いですなあ。

8時10分が出勤時刻なので、そのちょっと前に電話を入れて、いざ業務開始であります。
ふだん余裕がなくてできないことをやろうと、担当部活であるサッカーの練習に関連するDVDをじっくり見て過ごす。
それからあらためて『ロストフの14秒』(→2018.12.24)を見る。「サッカーの上手さ」というものを再確認する。
お昼も電話を入れる。夏休み中なんかは午後の仕事が13時15分スタートということになっているので、それくらいに電話。
午後は担当科目の英語に関するDVDを見る。正直言うと、『Monty Python Live (mostly): One Down, Five To Go』です。
買ったはいいけどなかなか見る気になれなかったが、テリー=ジョーンズが亡くなったこともあって(→2020.1.24)、
いい機会なのでしっかりと見た。内容についてはまたいずれ。英語科の教員として、英語作品の映像を見ることは、
やっぱり定期的にやらないといけないわ、と思った。英語の字幕がついているのもDVDの勉強になるところなのよね。
そんな感じで16時40分、業務終了の連絡を入れてテレワークが終了。家でじっくりと勉強するには最高だわ、これ。

教育公務員特例法の第21条、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」、
これを久々に思う存分発揮させてもらった。性悪説で縛り付けるんじゃなく、もっと自由に勉強させてほしいものだ。


2020.3.9 (Mon.)

午前中は4月からの異動先で面接。トラブルになりそうな要素を挙げていったら、先方は不安そう……。申し訳ない。
まあ、洗いざらい正直に話したので、抱えさせてしまった不安を上回る事態が発生することはないでしょう。たぶん。
しかし冷静に考えると、面接試験ってこの正反対をやればいいわけか。不安を一切抱えさせない自己アピールね。
本当に面接試験ってのは、やる側にとっては単なるおまじない程度でしかないなあ。無意味だが、賢く慣れなければ。

職場に向かう途中、神保町でランチである。これは当然、今までなかなか機会のなかった店に寄る絶好のチャンス。
というわけで神保町カレーライフの第20弾は、新世界菜館。そう、交差点のすぐ近くにある中華料理店である。
中華の店でカレーが食えるのかよ!?と思うかもしれないが、そこは神保町。食えるのである。やっと訪問できたよ。

 中華風カレーライス、大盛で1100円。

一口食べてまず思ったのは、「これは蕎麦屋のカレーっぽい!」ということ。カレー南蛮の上、あのイメージ。
中華らしく鶏ガラスープを使っているとのことだが、独特な要素はそれだけではない。片栗粉で粘りを出している。
半熟卵もいいアクセントになっているし、適度に溶けたタマネギがたっぷり入っているのもまた絶妙である。
これはクセになり、定期的に食いたくなるタイプのカレーだ。第一印象としては家庭や食堂のカレーに近いけど、
きちんとした中華料理店らしい細部へのこだわりが、その路線のトップクラスへと一気に引き上げているのがわかる。
食べ終わるとしっかり体が熱くなるので、スパイスもちゃんと利かせてある。カレーの多様性を実感させられる味だ。
ランチタイムの定食ではミニカレーも選べるようになっていて、けっこう人気がある模様。見事な店の個性だと思う。


2020.3.8 (Sun.)

天気は悪いが青春18きっぷはある。じゃあ久しぶりに磐城石川の石都々古和気神社へ御守の確認にでも行くかなあと。
水郡線が台風の影響でぶった切られているので、必然的に郡山回りになる。列車の中では写真を整理して過ごせばいい。
朝イチで出発し、東北本線を乗り継いで郡山に着くと、2時間半ほど駅ビルのカフェで写真整理の作業を続行する。
そして昼メシをいただく。郡山ではどうしても、南側の駅ビル内にある店で海鮮丼を食ってしまうね。

 日替わり丼。これを900円で食えるのが信じられない。

水郡線に揺られて磐城石川で下車。しばらく歩いて石都々古和気神社に到着すると、さっそく参拝である。
写真は以前のログで貼り付けているので(→2013.8.25/2018.1.7)、今回は最低限で。相変わらず巨石たちが面白い。

  
L: 石都々古和気神社の入口。  C: 拝殿。  R: 覆屋の中の本殿はやっぱり見事なのであった。

さて、肝心の御守である。少し離れたところにある(駅に戻る感じ)社務所に突撃するが……デザインが変わった!
前回訪問が2年前なので、そんなに短いスパンで御守を変えられてしまうと、こっちとしては大変厳しいのである。
やはりこう、一宮を名乗るのであれば、工夫のない定番のデザインではなく、独自のデザインを研ぎ澄ませてほしい。

ありきたりなデザインになってしまったので、ションボリしながら郡山まで揺られる。帰りも各駅停車を乗り継ぐが、
途中の新白河でまとまった時間が取れた。少し早いが、ここで晩メシをいただくのだ。新白河駅の名物といえば、
なんといっても白河ラーメンだと思っている。ちぢれ麺の正統派醤油ラーメンで、これが手軽なのに旨いのだ。

 新白河駅では駅蕎麦よりも白河ラーメン。ナメてかかれない旨さ。

帰りも列車内ではできる限りで写真の整理。地味ながら着実に進んだが、全体の課題が膨大なのを再認識。つらい。
なんとかして日記の負債を解消していかないとなあ。密度の濃すぎる旅行を頻繁にやりすぎているからイカンのだが。


2020.3.7 (Sat.)

青春18きっぷ片手に、さあどこへ行こうか。天気があまりよくないので、市役所よりは神社かなと考える。
市役所はやはり、青空の下で少しでも良いコンディションで記録を残したい。その点、神社はそれ自体に威厳があり、
天気のことはあまり深く考えなくてもいい、という優先順位が僕の中にあるのだ。さすがに雨は避けたいが。

いろいろ考えた結果、お出かけ休日パスの有効範囲よりも遠い、青春18きっぷならではの場所ということで、
富津公園と高家神社をピックアップすることにした。富津公園は、6年前(→2014.9.27)のリヴェンジである。
明治百年記念展望塔まで歩いたはいいが、肝心の富津元洲堡塁砲台跡を完全スルーしていたので、今回はそちらへ。
そして高家神社は内房線で館山よりも先、安房鴨川寄りである。こりゃもう青春18きっぷでないと無理な場所だ。

君津の1つ先、青堀駅で下車。ここまで来るのに約2時間半である。千葉県は広大だなあと毎度おなじみのことを思う。
千葉駅のコンビニで買い込んだおにぎりをもちゃもちゃと食べてバスを待つ。本日の旅程は時間に余裕があるのだ。
やがてやってきたバスに乗り込んだはいいが、雨が降り出してしまった。今日は曇りでもつ予定だったのになあ……。
終点の富津公園に着くと、バスはそのまま駐車場へ。目的地の富津元洲堡塁砲台跡はその反対側、道路のすぐ南にある。
しかし雨の中でデジカメのシャッターを切る気は起きない。風もあって寒いので、近くのトイレ脇で雨がやむのを待つ。
滞在予定時間は70分なので気長に待つが、変質者と思われそうでつらい。15分ぐらいして、我慢できずに動きだす。

  
L: 正面入口から見た富津元洲堡塁砲台跡。富津公園的には「中の島」という名称になっているようだ。
C: 入口に近づいていったところ。  R: 中に入って振り返る。すっかり公園化されている。

富津元洲堡塁砲台跡は周囲を池に囲まれ、上空から見ると野球のホームベースを縦に圧縮したような五角形をしている。
だいぶいびつで差はあるが、印象としては函館の五稜郭(→2008.9.152014.3.222017.6.25)に近くないこともない。
五稜郭の完成は1866(慶応2)年だが(工期は9年ほど)、富津元洲堡塁砲台の完成は1884(明治17)年(工期3年弱)。
幕末の混乱から西洋流の近代化に至る変化を経た20年、富津元洲堡塁砲台にはそれがそのまま反映されているわけだ。

  
L: 中の島展望台。残念ながら老朽化で立入禁止。  C: その北側、左翼観測所方面。下はレンガ造りの地下室があるそうだ。
R: うっすらと水平線が見える。さらに高い展望台から景色を見たかったが、こんな曇り空では本来の眺めではないんだろうな。

富津岬は東京湾防衛の最重要拠点である。黒船で開国を迫られた経験を考えれば、ここに砲台というのはわかる話だ。
そのため、かつて富津岬は丸ごと海軍の軍用地となっていた。軍事機密なので戦前の地図では富津岬が削除されていた、
という話もある。鉄道も富津岬付近では窓を塞いでいたとか。1890(明治23)年には、岬の沖合に第一海堡が竣工。
しかし明治末期には砲台じたいが時代遅れとなり、1915(大正4)年の除籍後に元洲堡塁砲台跡は大砲の試射場となった。

  
L: 北西側から正面入口の橋を眺める。  C: 北西端から見た富津元洲堡塁砲台跡の内部。  R: 北東端より。右端の白いのがトイレ。

富津岬一帯が千葉県に払い下げられて富津公園となったのは戦後のことで、1951年に県立の公園として開園した。
砲台跡は最も外側がいちばん高くなっており、そこからぐるっとまわって中央へと下りていく形状となっている。
真ん中にはトイレもあって、雰囲気はすっかり公園そのもの。往時の施設を説明するような案内板はまったくなかった。

  
L: かつて堡塁だった要素はあちこちに残っている。説明がないのがもったいない。  R: 最上部に残る半円状の遺構。
R: 北西側から見た富津元洲堡塁砲台跡。ちなみに、池の水は海水を引いてきたもの。カモなど水鳥たちがいっぱい。

なお、千葉県の形をそのままゆるキャラ化した「チーバくん」だが、富津岬はちょうどチ◯コの位置となる。
そのため、戦前よろしく富津岬はチーバくんの体からは抹消されている。まあしょうがないね、砲台だし。ドーン!

帰りの木更津駅行きバスがやってくるが、素直に青堀駅で降りるような私ではない。そのままもうちょっと揺られ、
神門(ごうど)というバス停で下車。目指すは人見神社だが、目の前にはしっかりと山がそびえる。……アレなの?

 小糸川越しに眺める獅子山(人見山)。神社はこの山頂であります。

雨はすでにやんでいるが、地面は濡れたまま。サッカー用のトレーニングシューズは滑るシチュエーションだ。
尾瀬での苦すぎる経験(→2019.9.23)もあって、一歩一歩慎重に上る。後でわかったが、車向けの裏参道だったみたい。

  
L: 神門バス停からだとこのルート。右側の山です。  C: 微妙に滑りやすい道を行く。  R: さらに進んでいく。

坂道からだと本殿の裏側に出る。そこで目にしたのは、見事な絶景だった。さっきの富津岬では消化不良だったが、
山はさすがの高さで、東京湾へ向かって収束する前に広がっている富津の平野部が一望できる。これには見とれた。

 
L: 富津岬に向けて延びる前に広がる市街地。君津の製鉄所も見えて、千葉らしい景観をとことん味わうことができる。
R: こちらは拝殿側から眺めた南側の景色。平野と入り組んだ房総丘陵の対比がまた非常に千葉らしい景色である。

さて神社に参拝しようとしたら、拝殿から本殿まで改修工事の真っ最中。社務所併設の仮殿で二礼二拍手一礼する。
人見神社の「人見」とは、相模から上総に渡った日本武尊が「不斗(ふと)見そらし給う」たので「ふとみ」、
それが転じて「人見」となったという話である。このとき妻の弟橘比売が入水して難を逃れたエピソードが有名で、
「袖ヶ浦」「木更津」「君津」「富津」と内房(旧君津郡)の地名はだいたいこれ関連。そもそも「吾妻」もそうだな。

  
L: 拝殿。工事中。  C: 参拝は仮殿で。左側が授与所。  R: 本殿も工事中。残念だがしょうがない。

人見神社の祭神は天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神の造化三神ということで、千葉県らしい妙見信仰の神社だ。
境内には拝殿と並んで観音堂があり、明治の神仏分離後は本尊だった妙見菩薩をそちらに祀っているそうだ。
なお、御守には妙見信仰らしい価値観がきちんと反映されていて、勝守には北斗七星があしらわれていた。
人見ということで「ひとみ」の御守もあった(「妙見」は「優れた視力」を意味しており、その点からも納得)。
こういう御守を頂戴するのはうれしい。バスの時間まで、のんびりと景色を楽しませてもらった。

  
L: 観音堂。  C: 手前には二等三角点もあったよ、circoさん。  R: 帰りは石段の表参道を下る。

石段を下っていったら最後のところにある金毘羅神社付近で枝の伐採作業をやっているらしかった。
それ関連の車が境内入口をがっちりと塞いでくれやがって、社殿に加えてまたも写真が残念な結果に。トホホである。

  
L: この石段を上るのが表参道らしい。  C: 金毘羅神社。  R: 南側の境内入口。もっとデリカシーのある駐車をしてくれ。

バスを待って青堀駅まで戻ったが、実際には駅から十分歩ける距離だった。それなら前の列車に乗りたかった……。
青堀駅で40分ほど待って、館山行きの列車に乗り込む。館山では駅近くの中村屋で昼メシのパンを調達して食べる。
準備が整ったところで、さらに内房線を奥深くへ。内房と外房の境界は洲崎灯台(→2013.3.23/2019.3.21)らしいが、
内房線と外房線の境界はかなり東へまわり込んだ安房鴨川駅である。太平洋寄りの「内房線」は違和感があるなあ。

館山駅から2つめの千倉駅で下車する。かつては千倉町が存在していたが、現在は館山市を包囲する南房総市の一部。
千倉駅で下車するのは初めてだ。2007年竣工という駅舎がとってもモダンで驚いた。観光案内所が併設されており、
レンタサイクルがあった。それも魅力的だったが、当初の計画どおりのんびり歩いて高家神社を目指すことにした。

  
L: 千倉駅。旧千倉町は南房総市内で最大の人口を誇るとのこと。  C: コンクリート打ちっ放しのファサード。
R: 駅舎内。奥に観光案内所がある。レンタサイクルがあるのはいいが、南房総市は自転車には広すぎる。

駅から南に延びる道は高台にあるようで、左手には水平線が見える。車の交通量のわりに道は狭くて少しつらい。
高家神社は右の山側にあるので、最短距離に近い、よりローカルな道にスイッチしてトボトボと歩いていく。
農地と住宅地がそれぞれの特徴を際立たせている風景の抜けると、丁字路に出た。これを右折してすぐに到着だ。

  
L: 高家神社の参道。  C: 境内入口。  R: 進んでいくとこの光景。花が飾られており、境内の雰囲気は非常にいい。

高家神社は「たかべじんじゃ」と読む。日本で唯一とされる料理の神様を祀る神社ということで知られている。
式内社ではあるが長く所在不明となってしまっており、江戸時代になって鏡が見つかったことで神社がつくられ、
さらに後になってその鏡に「御食津神 磐鹿六雁命」と書かれていたことで高家神社として復活した、という経緯がある。
磐鹿六雁命は、景行天皇と安房を訪れた際にカツオとハマグリを捕って料理したそうで、それで料理の神とされる。

  
L: 授与所にて。高家神社はあちこちに花が生けられていて、それが境内になんとも言えない穏やかな雰囲気をもたらしている。
C: 拝殿。見事な茅葺き屋根はかなりの迫力がある。  R: 角度を変えて眺める。境内も社殿も実にフォトジェニックな神社だ。

当方、とりたてて料理に願い事があるわけではないが、味覚に鋭敏でありたいし、要領のよい人間にはなりたい。
料理ができる人というのは、優れた味覚を持ったうえで、物事の手順が理解できる数学的センスのある人だと思うのね。
まあこの先、他人に迷惑をかけない程度に害のないものを提供できるようにはなりたいものだ、と二礼二拍手一礼。
せっかくなので、御守も料理関連のものをしっかりと頂戴しておく。ヤスキハガネ包丁、きちんと使っていかないとね。

  
L: 本殿を覗き込む。千木が長い。  C: 脇にある包丁奉納殿。  R: 包丁塚も左右で2つあった。深い信仰が伝わるなあ。

神社で他人が奉納した絵馬を見るのはわりとゲスな行為だと思っているのだが、高家神社では拝殿の向かいにあって、
ついつい見てしまった。しかしそこに書かれている願いはどれも、「自分の料理で他人を幸せにできるように」という、
美しいことこの上ない内容ばかりなのであった。ほっこりした気分で千倉駅まで歩いて戻る。いい休日であった。


2020.3.6 (Fri.)

病的にペペロンチーノを食いたくなる日はないか? そうだよ、いわゆる「絶望のパスタ」だ。
諸説あるが、絶望的に金がなくてもニンニクと唐辛子があればなんとかなるパスタ、として知られるアレだ。
もっとも、それだけに本場イタリアではレストランのメニューにないほどにショボいものとして扱われているらしいが。
これをどうしても食いたくなる日が定期的にやってくるのだ。シンプルなだけに旨い、そんなペペロンチーノを食いたい。

晩メシに気軽に入れる店を探してはペペロンチーノに挑んでいるのだが、やはりそもそもの扱いがよくないものなので、
なかなか納得のいくペペロンチーノに出会えない。最もマシなのがセブンイレブンの大盛のやつ、という始末である。
じゃあ自分でつくってやろうかと茹でたこともあるが、市販のソースとパスタの量のバランスがわからなくて失敗続き。
いちばん細いパスタを茹でたはいいが、台所の隅にそのかけらが乾いて残ってハリガネムシみたいにひっついている。
本物のハリガネムシは気持ち悪いぞー。鎌首もたげるように、明らかに意思を持ってこっちの様子をうかがってくる。
……これ以上書くと本気で食欲をなくすのでやめておくが、とにかく外食でも手づくりでもなかなかうまくいかない。

そういえばフェラーリの創業者・エンツォ=フェラーリは言っていた、「物事は少し足りないくらいがいい」と。
ペペロンチーノを食いたいからって、いい歳こいて量で満足を得ようとする僕の方針が間違っているのかもしれない。
そもそもシンプルすぎるから店も扱いに困るのだろう。やや濃いめをちょっと少ないくらいで味わうのがよさそうだ。


2020.3.5 (Thu.)

ミニオンの魅力がわからない……。あれのどこがかわいいの? ジム=ヘンソン信奉者の僕にはまるで理解できない……。



2020.3.2 (Mon.)

生徒のいない学校に出勤である。やはり仕事を奪われるというのは気分のいいものではない。ずっと机上整理で過ごす。
今回の全国一斉休校という施策じたいは、否定も肯定もしない。新型コロナウイルスはまだまだ得体が知れないので、
やるんならやれば、といったところである。ただ、何の準備もなしにやった上で及び腰なのは、バカ丸出しだと思うが。
問題はむしろ、休校により授業がなくなるリスク、未来ある子どもが学習機会を失うリスクを受け止めない姿勢だろう。
「非常時だから休校措置はやむをえない」という声を発する者ほど、このリスクを軽視しているように感じるのである。
1ヶ月間まるまる学校で勉強しないリスクを、きちんと正当に把握してほしい。休校と天秤にかけろと言うつもりはない。
勉強しないというリスクを、しっかり背負ってほしいのだ。日本国民全員に、後ろめたさをうっすら感じてほしいのだ。
その後ろめたさを自分の中で保持して、休み明けに勉強をがんばってほしいのだ。そこが守られるのなら、休校でいい。

神保町カレーライフの第2弾その2、スマトラカレー 共栄堂(→2019.10.31)のタンカレーをいただく。
3類型の分析をしてみて(→2020.1.12)、共栄堂はもう一度きちんと食ってみないといけない気がしたのである。
あの図では「スマトラ」なのでインド側に置いたけど、お値段的にも明らかに浮いているし、あらためてどうなのかと。

 タンカレー、ライスもソースもふつうサイズ。お値段は1750円だぜワァ~オ!

タンカレーは共栄堂が自ら「最強」と称しているカレーだ。お値段相応にタンがしっかり入っており、上には松の実。
ライスにかけていただいていくが、まあタンが柔らかいこと。柔らかすぎてタン独特の歯ごたえはあまり感じられない。
そうなると個人的にはタンである必然性が揺らいでくるが、高級感がものすごい。欧風カレーのそれに近い雰囲気だ。
やはりあの図で表現したとおり、共栄堂の立ち位置は非常に独特なのである。スパイス重視のカレーではあるものの、
はっきりとヨーロッパ志向を感じるのだ。洋食とは異なる存在だけど、洋食になりたい。そういうカレーに思えた。
しかしスパイス重視で「インド」だと高級感を出すことができない。「スマトラ」はそのエクスキューズという気もする。
昨日マサルと食ったアカシアの極辛カレーは、洋食屋なのにスパイスが絶品のチキンカレーだった。つまりインド的。
でもアカシアは洋食屋だから「インド」の文字を出さない。洋食屋が華麗に飛び越えた矛盾に、共栄堂は直面している。
「インド」から少しずらして、インドネシア。それで、「スマトラ」なのか。とにかく、唯一無二の味なのは確かである。


2020.3.1 (Sun.)

このご時世にマサルと遊ぶのであった。しかしわれわれ、これといってテーマがない。じゃあ謎解きで、となる。
そんなわけでこのご時世に新宿集合。すると日曜の朝10時半だというのに、本当に人通りが少ない。震災以来かなあ。
紀伊國屋書店前を通りかかって、ちょうどいいやと撮影してみる。いつもだったら人が途切れることなんてないもんね。

  
L: 前川國男設計、紀伊國屋ビルディング。1964年竣工。DOCOMOMO 208選。3年前には東京都選定歴史的建造物に選定された。
C: エントランス部分。  R: さらに拡大。ちょうど『のび太の新恐竜』のフェアをやっていたのであった。面白い空間だな。

とりあえず1階部分を抜ける。書店だけでなくさまざまなテナントを入れてパサージュ的にしている点はやはり斬新。
抜けてアドホック側から振り返ると、出入り口部分はいいのだが、そこから上階はなんともテキトー。不思議である。

  
L: 1階を抜ける。「紀伊國屋ビル 名店街」の文字がモダニズム。  C: ガラス天井ではないのでパサージュではないが、それっぽい。
R: 抜け出てアドホック側から眺める。表と比べるとずいぶんテキトーである。竣工当時はどんな感じだったんだろう? 気になる。

約束の10分遅れでマサルと合流。もともと遅れたのはマサルの方だぜ、念のため。でも午前中に起きたから偉い偉い。
TOKYO MYSTERY CIRCUS は2年ぶりである(→2018.3.42018.4.22)。歌舞伎町のやつはもう終わってしまっている。
どれを遊ぶか考えるが、こないだの英語のテストで中学生がスヌーピーを答えられなかったことに僕は憤慨したので、
「スヌーピーと秘密のレシピ」に挑戦。もうひとつ「謎解きサーカス団」もあったが、第2弾をやるというひねくれぶり。

まず最初のタスクは、ビルの1階から4階までスヌーピーのきょうだいがいて、そこからヒントをもらうというもの。
しかし4階まで行くのが面倒くさいマサルは、1階のカフェで休憩ついでに、売店で売っていたカードゲームを買う。
面白そうやん!ということで、ふたりでそのゲーム『タギロン』を開始。ヒントカードをもとに5つの数字と色を当てる、
というゲームで、2回戦って1勝1敗なのであった。ってか、謎解きの途中で発作的に欲しくなったカードゲームやるか?
もっともその間、ペーパーだけ見て解けるものは上階に行かずにその場でさっさと解いちゃう私も私でありますが。
きちんとルールを守って解かないとダメなんよ!と窘めてくるマサルは、なんだかんだでさすがの法学部である。
対照的に、ルールそのものを疑ってかかり、横紙破りで最短距離の分析を目指す私はいかにも社会学部なのであった。
「秘密のレシピ」は3段階の謎解きになっており、最後の3段階目がなかなか大変だった。閃いたけど上手くいかなくて。
きちんと正しい手順を踏もうとして苦しむマサルと、苦しむのが面倒くさいので答えの可能性があるものを絞り込み、
「■■■■」が答えに決まっているからもう行こーぜと何度も囁く私と、今回も性格の違いが完全に出たのであった。

  
L: 謎解きの途中でカードゲームを始めてしまうわれわれ。『タギロン』は悪くはないけど、ちょっと飽きる感じかなあ……。
C: ウッドストックのクッキーにご満悦のマサル。  R: 今回も謎解きでワープを連発する私。まあ結局、正解だったけど。

近くの海鮮丼の店で昼飯。マサルは惹かれたウニ丼に突撃するのであった。相変わらず食うことに金を惜しまんな。

 ウニ丼に舌鼓を打つマサル。

さて、午後はマサルがぜひやりたいと言う「リアル脱出ゲーム×オールナイトニッポン」に挑戦する。4人でやるので、
先に申し込みをしていたカップルさんと合流してのチャレンジ。突然現れた40代独身コンビが相手でたいへん申し訳ない。
内容は短い時間でいろいろギミックを詰め込んでようつくるなあと。最初のところで息が合わずに混乱したが、
(個人的には半分答えがわかりかけていたのだが、やっぱり備え付けてあるものに手を出すのは苦手なのだ……。)
後半はテンポよく巻き返して無事に脱出成功。組む人数が多くなると攻略が安定するなあと思うのであった。

 
L: ブースの中であれやこれやの謎を解く。  R: 中で記念撮影していただきました。

最後は外に出るという「ガンダム起動作戦」に挑戦。シネシティ広場(旧コマ劇前広場)を使ったARもあり、
現代のエンタテインメントは多種多様になっておるのう、と思う。ま、LINEすらやらない僕には無理ですな。

 こんな感じでガンダムが新宿に立つ。

その後はこちらも毎度おなじみクイズマジックアカデミー。マサルがまたヒドい名前でキャラを登録。
しかしネットワーク対戦してみると、全盛期と比べてだいぶ過疎が激しくなっていた。切ないなあ。
マサル曰く、みんなクイズは無料アプリでやる時代なんだとさ。なんでもかんでも無料、イクナイ。
それにしても久々のクイズだったが、自分の実力が驚くほど落ちていて泣けた。お弱くて申し訳ございません。

 
L: 洋食屋 新宿アカシア。1963年創業とのこと。なんか雰囲気がそれよりもっと歴史ありそうな感じなんだけど。
R: ロールキャベツが有名だが、気になった極辛カレーとセットでいただいた。洋食屋なのにスパイスが旨いカレー。

晩飯はマサルの希望でオシャレな新宿アカシアでロールキャベツと極辛カレーをいただき、喫茶店でダベる。
過去を振り返ったり近況を報告したりで、そのうち早起きしたマサルが眠くなって解散となるのであった。
近いうちにみんなで忘年会兼新年会をやらないといけないなあ、となる。コロナが終息せんとダメかなあ。


diary 2020.2.

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