泊まったネットカフェで『甘神さんちの縁結び』が完結していることを知ったので、最後まで読んでみた。
前に書いた感想が恐ろしいほどまったく中身がなくって(→2024.9.19)、なんとも申し訳なかったのだが、
最後まで読み終わってもやっぱり特にこれといってコメントはございません。中身がないから感想も中身がないんですよ。
まあ本当に「三等分」だったなと。よく考えたら超常現象どんと来いなので、マルチエンドになるのも当然なわけですね。
というか、そのための超常現象だったのかと今さらながら納得。おかげで最後にイチャイチャでの引き延ばしも3倍で、
講談社ラブコメでとろけたい人にはよかったのではと思うわけです。需要に的確に応える、いいんじゃないでしょうか。個人的には、謎のアートシーンとかなぜアメリカとか、一昔前のマンガのトンデモ設定を思いだしたところはあります。
だから長女と三女は正直いらないんですね。次女だけで十分ラブコメできるだろと、どうしても思ってしまうんですけど、
そうなると他のラブコメに埋没してしまうのも確かでして。まあしょうがないよなあと。お疲れ様でした。
年末帰省の旅、2日目も地理の資料集めということで、本日のターゲットは根尾谷断層なのだ。
大垣駅から樽見鉄道でアクセスすることになるのだが、そうなると往復してほぼその日が終わる、という感じになる。
しかし落とした財布の回収に行かねばならぬ身としては、まあそれでちょうどいい。夕方に草津に行けばよいのだ。
交通費と施設入館料しか出費はないし。不幸中の幸いというか悪運が強いというか、予定どおりに出発である。
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L: 樽見鉄道はJR大垣駅の6番ホームに切符売り場がある。まずはこちらで1日フリー乗車券を購入する。
C: 車窓の景色で目立つのは富有柿(→2015.8.8)。沿線の平野部分ではほぼ全域にわたって柿畑が広がっている。
R: セメント工場から先は渓谷地帯。わざわざアナウンスして速度を落とすなどのサーヴィスが展開される。樽見鉄道は本巣市役所を訪れたときに乗っているが、終点の樽見駅まで乗るのは今回が初めてである。
(日記を書いている今になって、新しい本巣市役所が昨年竣工したことを知った。行かなくちゃならないじゃん!)
後半の渓谷地帯は前半の濃尾平野柿畑地帯とだいぶ様相が違うが、岐阜県らしい清流という点で実に既視感がある。
1時間ほど揺られて樽見駅に到着すると、ほとんどの乗客は駅舎をうろついてから乗ってきた列車でそのまま帰るが、
僕には行きたい場所があるのだ。列車が発車する前に樽見駅を後にして、集落を抜けて北西へと歩いていく。
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L: 樽見駅の最果て光景。樽見鉄道は国鉄樽見線を引き受けた第三セクターで、1989年に樽見駅まで延伸した。
C: 樽見駅のモニュメント。 R: 駅舎は「C」の字をした「うすずみふれあいプラザ」として整備されている。
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L: うすずみふれあいプラザ内。 C: 待合スペース。 R: 窓ガラスに描かれている謎の生物たち。この辺りはかつて根尾村で、2004年に合併して現在は本巣市の一部である。3町1村の合併で根尾村が唯一の村だったが、
面積は圧倒的に大きく、本巣市の形が頭でっかちなのは旧根尾村の影響。旧根尾村域は見事に山林だらけとなっている。
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L: 旧根尾村の中心部。 C: 国道157号に出て北上。このまま行くと日本三大酷道の区間(温見峠)を経て福井県大野市に出る。
R: 神所城跡周辺はずっと動物の絶叫系の声がしており、帰りにニホンザルがいるのを見た。素早くて写真を撮れなかった。30分ほど歩くと目的地に到着。いちおう看板は出ているけど、国道から見てあまり目立つようになっていなかったので、
もう少しボーッとしていたら見逃すところだった。わざわざ30分歩いてやってきたのは、根尾谷断層の痕跡があるから。
いちばん有名なのは終点1つ手前の水鳥駅近くのやつだが、こちらには中地区の左横ずれ断層があるのだ。
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L: 国道157号沿いのこちらが現場。 C: 説明板の図をクローズアップしてみた。 R: 同様に説明板の写真をクローズアップ。根尾谷断層が発生したのは、1891(明治24)年の濃尾地震である。今から130年以上も前のできごとなのだが、
ズレっぷりがわかるように茶畑の一部をきちんと残している。一発でこれだけ地面が動くとは、ただただ恐ろしい。
いろんな角度から写真を撮影するが、130年前の物的証拠が目の前にあるというのは衝撃的だ。背筋が冷たくなる。
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L: わかりやすいように現在も茶畑の一部を保存している。手前側がもともとの位置で、奥の方が7mほど左にズレた。
C: 角度を変えて眺める。これは見事な横ずれ。 R: もう一丁。一気にこれだけ動くとは、想像ができない凄さだ。同じルートで帰るしかないのだが、せっかくなのでまっすぐ駅には向かわずに、ちょっと寄り道する。
根尾谷というと断層だけでなく、淡墨桜(うすずみざくら)も日本三大桜のひとつに数えられるほど有名なのだ。
年末のこの時期に訪れたところで枝があるだけなのだが、樹齢1500年以上の大木なんだから花がなくても見ておきたい。
根尾西谷川を渡って坂を上るが、歩行者は階段でショートカットできるのだ。駐車場の脇を抜けると公園があり、
その中心に淡墨桜がどっしりと植わっていた。仕方がないとはいえ、花も葉っぱもないと、枝を支える支柱が目立つ。
気合いで脳内で支柱を消して眺めると、さっき車窓から見た富有柿の親玉のようなシルエットが浮かぶ。背は高くないが、
力強く天に向けて手のひらを広げているような印象である。なるほど、これが満開の花をつけたらさぞ壮観なことだろう。
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L: 淡墨桜。品種としてはエドヒガンになる。467年ごろに継体天皇が植えたという伝説がある。
R: 近づいてみた。大木としての威厳がすごい。満開の花をつけている姿もいずれ見てみたいものだ。旧根尾村の中心部は根尾川と根尾西谷川が合流する地点にあるのだが、どちらの川も岐阜県らしい清流ぶり。
「ぎふ清流国体」とかミナモ(→2017.3.19)とか、こだわりがあるのもよくわかる。地形的に岐阜県は山地が終わり、
濃尾平野が始まるところだから、川のきれいさが特に強調されるのだろう。単純に川が多いことも要因でありそうだ。
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L: 根尾西谷川。 R: 流れる水は澄み切っていて美しい。最後に旧根尾村役場の本巣市役所根尾分庁舎を見ておく。見るからに典型的な役場建築で、1978年の竣工である。
南東側を正面とするためか、道路に対して建物が完全に横向きに配置されている。これはわりと珍しい気がする。
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L: 本巣市役所根尾分庁舎(旧根尾村役場)。 C: 駐車場越しに正面から見たところ。 R: 樽見駅のホームから見た背面。やってきた列車に乗り込んで、1駅だけ揺られる。水鳥(みどり)駅で下車したのは僕だけなのであった。
樽見駅でそのまま折り返す人たちは、何が楽しいのやら。せっかくここまで来たならきちんと断層見ておけよ、と思う。
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L: 樽見鉄道の標準的な車両はこのタイプと思われる。 C: 車両と駅名標のデザインが一緒。 R: 吊り革の握り部が鮎だった。
水鳥駅。さあ、断層に行くぞー!
断層の現場は水鳥駅から150mほど南にある。まずはもったいぶって、線路沿いの遊歩道で断層展望広場から攻める。
こちらは現場からさらに200m弱ほど南。地震断層観察館の脇から県道に出て、石段を上ると公園のような一角がある。
その端っこに四阿があり、濃尾地震直後の有名な写真が実際の景色と対応するように置かれ、見比べることができる。
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L: 断層展望広場の四阿。 C: 非常に有名な根尾谷断層の写真。 R: 断層の手前にあった着色ヴァージョン。わかりやすい。
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L: 四阿から見た現在の根尾谷断層。 C: 断層部分をクローズアップ。隆起は約6m。 R: 右手に地震断層観察館・体験館。濃尾地震は直下型地震のくせにマグニチュードが8.0もあり、これは日本どころか世界でも最大級の数値となっている。
さすがに現在は周囲がそれなりに整備されているが、約6mの高低差は維持されている。県道に出て、辺りを歩いてみる。
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L: 県道255号。ここが断層の現場である。左に看板がある。 C: 右(北東方向)を見る。右側は後から石が積まれている。
R: 左手から下段に出る。断層の高さ6m分は土を盛って坂道にしているので、この高さが本来のグラウンドレヴェルとなる。
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L: 南西から眺める。右が2つの高さに分かれているが、上の水平が後から盛られた部分(畑)で、下の坂が県道である。
C: 石垣をクローズアップ。左が断層の上段で、下段である手前の畑との高低差を石垣で埋めて坂道を整備したことがわかる。
R: 横(西)から見た断層。現在は緩やかな坂となっているが、この石垣がない状態を想像すると本来の断層が見えてくる。できる限りでさまざまな角度から撮影してみるが、現在の風景から実際の断層を思い浮かべるには少し想像力が必要だ。
現在のようになだらかな県道の坂道ができる(そして東側が拡張されて畑になる)までの経緯を知りたいところである。
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L: 下段からできるだけ断層に近づいてみる。ここは往時のままだ。 C: 県道の坂道、途中から下段側(南)を見下ろす。
R: さらに坂を上って断層上段から県道の下段方向(南)を振り返る。これだと断層らしさはなくて、サッパリわからんなあ。ひととおり撮影を終えると、地震断層観察館・体験館を見学する。観察館は地震資料館と地下観察館に分かれており、
体験館では震度6を体験できるそうだが機器トラブルで閉鎖されていた。というわけでまずは地震資料館の展示を見ていく。
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L: 地震断層観察館の入口。光と轟音のお出迎えだが、イマイチ意味がわからない。見学者が入るたび音がして正直うるさい。
C: 左が縦波のP波、右が横波のS波。これは建物が揺れる図とセットでアニメーションした方がわかりやすいのではないか。
R: 中央にはプレートで分けられた巨大な地球儀。日本は4つのプレートがひしめく、世界的に見てもとんでもない場所にある。
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L: 根尾谷断層を再現したジオラマ。なるほどこれはわかりやすい。客に押されすぎたためか、ボタンが取れてしまっていた。
C: こちらはさっき樽見駅から30分歩いて訪れた、中地区の左横ずれ断層。これは東の方から見たアングルになる。
R: 左に7mズレたところ。なお国道157号は後から整備され、ズレたポイントのすぐ手前を横方向に走る格好となる。展示は正直なところ、昭和から平成にかけての匂いが強い。空間が開放的なのが災いして各展示のテーマが少々ぼやけ気味。
濃尾地震は直下型なのに、海溝型地震との区別をきっちり示した内容となっていないのは、大きなマイナスであると考える。
しっかりスペースを区切ったうえで、直下型地震と海溝型地震の特性をはっきり示し、最後に濃尾地震についてまとめる、
それも場所と被害状況をきちんと照らし合わせる、そういった工夫が欲しいところ。非常にもったいない印象の展示だ。
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L: 各種の電磁式地震計。 C: こちらも地震計。 R: 水管傾斜計。地盤の傾きをフロートの位置変化によって測定する。さて地震断層観察館は南の円柱状の建物が地震資料館なのに対し、北のピラミッド状の建物が地下観察館である。
濃尾地震から100年というタイミングで、根尾谷断層を保存・展示するためにわざわざ掘り下げたというわけなのだ。
中に入ると四角錐の屋根と対称になるような穴が掘られており、見ると確かにだいたい半分のところで見事に色が違う。
色の黒い方がもともと深い位置にあった泥岩で、その一部に古生代〜中生代の岩石が破砕されて混じっている。
白い方は完新世の礫層で、つまり人類が出てきて以降に堆積したものである。表面の地形は地震の100年後のものだが、
地下はきちんと断層のまま残っている。今も日本のあちこちにこういう活断層があると思うと恐ろしくなってくる。
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L: 地下観察館。断層のズレを直接観察できる世界で初めての施設として1992年に開館。なお地震資料館の開館は翌年である。
C: 南東から見た断層。右側が6mも隆起しているわけだ。 R: 北西側断面の説明板。水色は泥岩で、黄色が完新世の礫層。
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L: 反対側、北西(上段側)から見た断層。地形は地震の100年後だが、地下はそのままってわけ。 C: 南東側断面の説明板。
R: 後から見た地下観察館。だいたい北からのアングルで、手前は畑とするため盛られているが、高さ自体は断層由来となる。見学を終えると水鳥駅まで戻る。せっかくなので樽見駅まで行く列車に乗り込み、あらためて駅周辺を軽く散歩して、
大垣駅まで揺られるのであった。なんだよ、結局はオレも「樽見駅でそのまま折り返す人」をやっているじゃねえかよ。大垣駅に着くと、そのまま東海道線に乗り換える。わが財布を草津警察署まで回収に行かねばならないわけでして。
草津は京都の手前にある大津の手前なので、たいへん間抜けな往復となるのであった。身から出たサビなのでしょうがない。
こういうのはあらかじめアポを取っておく方がよかったようで、警察署では少々お手間をかけてしまう格好になった感じ。
本当にすいませんでした。そしてありがとうございました。もう二度と尻ポケットに財布を入れて自転車をこぎません。
自戒を込めて草津警察署の写真を貼っておく。
そのまま大垣に戻るのも悔しいので、草津で晩メシをいただく。なんだかんだで予定どおりに動けたのはありがたい。
年末帰省の旅、今回は京都からのスタートである。といっても夜行バスで乗り付けただけであり、京都めぐりはしない。
朝メシが食えて地下のポルタで時間調整ができるので、京都スタートとしたわけである。ターゲットは隣の滋賀県なのだ。
草津市は11年前に訪れているが、天井川だった旧草津川の堤防には上っていない(→2014.4.6)。今回はそこが目的地で、
地理の授業で使える写真を撮っておこうというわけである。いつかやろうと思っていたけど、ついに決行するのだ!9時少し前に草津駅東口に降り立つ。北側に駐輪場があって、そこでさっそくレンタサイクルを申し込むことができた。
これで行動範囲がかなり広がった。せっかくなので、後で草津川の付け替えポイントまで行ってみることにする。
でもまずとりあえずは天井川の堤防の上だ。あえて旧中山道ではなく、その一本西側からアプローチしてみた。
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L: こちらが旧草津川の堤防に上がる坂。 C: 坂を上って振り返る。逆光の中、複数の建物があるのが見える。
R: 旧草津川の跡地は公園として整備されており、こちらはその一部。ジョギングや散歩で訪れている人が多い。
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L: 旧草津川の堤防の下をJR東海道線がトンネルで通り抜けていく。これは見事な天井川ショットである。
C: 西へ下ってみた。両側は堤防としての高さを維持。 R: さらに下って県道143号線。切通しとなっている。というわけで、ちょっと行っただけでも天井川らしさをたいへん実感できた。草津川が付け替えられたのは2002年。
それから10年後に跡地利用基本計画が策定され、公園としてオープンしたのは2017年度とのこと。現在も整備中である。
となると、どのように整備されているのかも都市社会学的に見ておかなければなるまい。今度は旧中山道から攻めてみる。
11年前にアーケード商店街だった通りは、完全に仕舞屋だらけになっていた。
11年前にアーケード商店街だった草津川隧道の北側(→2014.4.6)は、駅周辺の再開発の影響か、完全に仕舞屋だらけ。
代わりに天井川の堤防はがっちり整備され、エレヴェーターまで設置されている。まずは隧道を抜けてから上ってみる。
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L: 草津川隧道の脇は、かつての堤防をぶち抜いて公園への階段が整備されていた。 C: 左を向いて隧道の北側入口。
R: 隧道を抜けて南側入口を振り返る。こっちは11年前とまったく変わらない。右には石造りの東海道と中山道の道標。
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L: 入口で西に向き直る。堤防へ上る階段の脇には高札場の跡。 C: 階段を上って堤防上に出る。さっきの建物が見える。
R: そのまま右を向いて、上流側を眺める。かつての河道跡がきれいに整備されて「イベント広場」となっている。
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L: 後ろを振り返って南側の旧中山道草津宿を見下ろす。手前すぐを左へ曲がると、そちらは旧東海道の草津宿である。
C: 河道跡のレヴェルに下りて堤防を見る。奥の建物を見てのとおり、左の写真と同じく旧中山道草津宿を眺める南方向。
R: イベント広場から西(下流・琵琶湖側)を眺める。建物が密集する駅前や旧宿場町とはかなり対照的な空間となっている。旧草津川は5つの区間に分けられており、そのうち「区間2」と「区間5」が上述のように公園として開園している。
こちらの「区間5」は「de愛ひろば」として整備されており、「人と人との交流」がテーマとなっている模様。
(琵琶湖に近い「区間2」は「ai 彩ひろば」として整備され、「農と人の共生」をテーマに野菜を栽培している。)
確かに天井川の旧河道は、都市内の公園としては妥当な利用法だろう。高さは肯定的に捉えて面白がるしかない。
個人的には、地元である飯田の「りんご並木」や「桜並木」(→2006.8.13/2015.8.14)との比較が興味深い。
飯田の場合は1947年の飯田大火からの復興で、市街地を十字に切った防火帯で分けるという工夫がなされた。
(北東から南西にかけての防火帯は道路の中央分離帯に木が植えられ、桜並木とりんご並木としてそれぞれ整備された。
北西から南東にかけての防火帯は中央公園として整備され、かつてはその一部で市営プールが営業していた。)
天井川としての高さはあるが、街のど真ん中に生じた空白をどう利用するかという点で、旧草津川には似たものを感じる。
車の往来がない分だけ旧草津川は空間としての自由度が上がるし、高さも景観として優位にはたらく要素となりうる。
現状は順当に公園としての利用がほとんどだが、寄棟屋根を意識した店舗がつくられるなど意欲的な試みがなされている。
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L: de愛ひろばの店舗群。特徴を持った商業空間にするのも面白そう。 C: ピザをメインとするレストラン。 R: カフェ。では草津川跡地公園を下りて南側に出て、あらためて旧中山道草津宿を歩いてみる。11年前のログにも書いたが、
草津宿は東海道と中山道の合流点である(→2014.4.6)。トンネルのすぐ手前にある高札場の跡を見てのとおり、
旧中山道の草津宿は草津川の左岸すぐから始まっていたのだ。五街道が整備された頃の草津川は低い堤防があった程度で、
江戸時代を通して河床の土砂の堆積と堤防の高層化が進んでいった結果、江戸後期には天井川になったという経緯がある。
トンネル(草津川隧道)が開通したのは1886(明治19)年のこと。東海道本線が草津川の下をくぐるのはその3年後である。
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L: 草津川隧道から少し進んだ旧中山道の草津宿。11年前にも書いたとおり、往時の雰囲気をしっかり残している。
C: 草津宿本陣。これだけの規模の敷地と建物が現存しているとは。 R: 角度を変えて街道に面する側の全体を眺める。11年前にも見学しているのだが、もう少し詳しく中身を見ておこうということで、草津宿本陣にお邪魔する。
昨年度は耐震補強工事を行った関係で長期休館していたそうで、その期間に引っかからなくてよかったなあと思う。
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L: あらためて表門。 C: 表門を入って左手には御用水。いかにも滋賀県らしい要素だと思う(→2015.8.9/2023.8.9)。
R: 表門をくぐって進んでいくと受付。式台を経て玄関広間へと入る。なお関札など展示資料はあらかた撮影禁止になっていた。
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L: 台所土間に出る。五連式の竈があり、一度に大量の調理ができるようになっている。 C: そのまま右を向いたところ。
R: さらに右。妻側が街道に面していた、先ほどの大きな建物の内部空間。これは奥の方から街道側を眺めたところとなる。
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L: 今度は街道側から奥の方を眺めてみる。 C: 右を向く。街道側に当主・田中七左衛門家の生活空間がある。材木商だった。
R: 反対側、位置的にはさっきの表門の隣となるが、こちらは表板間。板戸を開ければ街道から直接入れる荷解き場だった。
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L: 中庭に出て振り返る。手前は湯殿で使う湯や馬を洗う湯を沸かす竈の湯沸屋形。 C: 角度を変えて土蔵と一緒に眺める。
R: 土蔵の隣にある長家(ながや)の中を覗き込んだところ。かつて塩や醤油を保管していたということで、その様子を再現。
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L: 建物内に戻って奥の方へと進んでみる。こちらは御膳所。 C: 出されていた料理を再現したサンプル。 R: 内装がすごい。長い畳廊下を奥へ進むと、全体が一段高くつくられた空間となる。ここが本陣を訪れた主客の滞在する場所というわけだ。
主客のための上段の間は、もう襖からして明らかにやんごとなき空間。中は置畳でさらに高くなっている。くつろげるんか?
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L: いちばん奥は一段高くなっている。 C: すぐ左手が台子(だいす)の間。主客の茶を点てたほか、上段の間の控えの間だと。
R: 反対の右手は、向上段(むかいじょうだん)の間。上段の間に次いで格式の高い部屋とのこと。12畳としっかり広い。
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L: 台子の間の奥に、主客が過ごす上段の間。襖からして別格だ。 C: 中を覗き込む。2畳分の置畳があり、天井は格天井。
R: 上段の間のさらに奥には鞘の間。進んでいくと上段雪隠、つまり主客専用のトイレがある。なお杉戸絵は複製とのこと。
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L: 上段雪隠の小便所。 C: こちらは大便所。どちらも便器は木製で漆塗り。 R: 敷地のいちばん奥には庭園。
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L: 離れて湯殿。湯沸屋形から湯を運び込んだ。 C: 外からの攻撃が届かないように余裕のある造り。 R: 湯殿から見た主屋。11年前にはあっさりめだったので、今回はじっくりと見学したのであった。満足して街道に戻ると、ゆっくりと南下。
草津宿本陣では草津宿街道交流館との共通券にしたのでそちらも見学したのだが、やはり展示が撮影NGなのであった。
それはまあしょうがないのだが、幕末の草津川とともに東海道と中山道それぞれの草津宿を再現したジオラマがあり、
これがめちゃくちゃわかりやすい。おかげで一発で雰囲気をつかめたけど、このジオラマだけでも撮らせてほしかった……。
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L: 旧中山道を行く。 C: ベーカリー&カフェ脇本陣。雰囲気を模した再建ですな。 R: 草津宿街道交流館。ジオラマよかった。
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L,C,R: 旧中山道草津宿沿いのマンションは、どれも出入口が街並みを意識したデザインとなっていた。徹底している。
太田酒造・道灌蔵。この辺りまで宿場町らしい雰囲気が続いている。
中山道の草津宿が終わったところに鎮座しているのが立木神社である。主祭神が武甕槌命ということで春日系の神社だが、
創建されたのは767(神護景雲元)年のことであり、これは春日大社(→2010.3.28/2016.6.11)創建の前年となる。
社伝によると鹿島神宮(→2007.12.8/2018.11.21)を出た武甕槌命がこの地を訪れ、手にしていた柿の鞭を地面に刺し、
「この木が生え付くならば吾永く大和国三笠の山(=春日大社)に鎮まらん」と言ったところ、柿の木が育ったとのこと。
それで人々が社殿を建て、社名を立木神社としたという。坂上田村麻呂が蝦夷征討の際に立ち寄り大般若経を寄進して以来、
厄除開運・交通安全の御利益で知られるようになった。草津は交通の要衝であり、今も篤く崇敬されている神社である。
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L: 立木神社の境内入口。 C: 手水舎。瓦屋根が立派である。 R: 水盤が独特。かつては獅子頭の口から水が出ていたのか。
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L: 神門。1487(長享元)年の築。 C: 両脇には狛犬ではなく狛鹿で、さすがの春日系。阿形はお経の巻物を咥えているようだ。
R: 拝殿。舞殿のように独立させ、本殿との間に中門を置くのは滋賀県の定番パターン(→2014.12.13/2018.3.24/2018.3.25)。
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L: 境内の東側には境内社が並ぶ。こちらはゑびす神社。 C: 天照皇大神宮。 R: 拝殿の先に中門。滋賀県スタイル。
奥の本殿を覗き込む。流造のように前面の屋根を延ばして中門と一体化させている。
御守を頂戴するとそのまま東へ行って草津市役所に向かったのだが、時系列順で写真を貼り付けるとややこしいので、
先に草津川跡地公園関連の写真をまとめて出しておく。国道1号と旧草津川が交差する地点も冒頭の県道143号線と同様、
切り通しとなっている。天井川の断面を観察するのに絶好のポイントで、興奮しつつ撮影。でもさすがに交通量が多い。
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L: 国道1号と旧草津川が交差する地点。 C: 切り通しとなっており、天井川の断面を観察することができる。
R: 国道1号のすぐ東側(上流側)は草津川跡地公園の「区間6」となっており、整備工事が始まったところ。
通り抜けて南側から眺める。
住宅が密集する南側から草津川跡地公園にアプローチする。この国道1号の西側の辺りまでが「区間5」となっている。
つまり「de愛ひろば」の東端というわけだ。国道1号との間は、かつての河床がゲートボール場として利用されている模様。
堤防の間に架かる草津川橋がそのまま残されており、天井川だった頃の面影を感じさせる。この橋はぜひずっと残してほしい。
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L: 「de愛ひろば」の東端と国道1号との間は、かつての河床をゲートボール場としている感触である。橋が残されている。
C: 南側には横町道標。つまり旧東海道の草津宿の江戸側入口だったのだ。 R: 横町道標から見下ろす市街地。天井川だなあ。
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L: 南側の堤防から見た草津川橋。 C: 橋名板にはしっかり「草津川」とある。なお反対側の橋名板は「草津川橋」。
R: 草津川橋から東(上流側)を眺める。先ほどの国道1号が横切っており、さっき見た断面を反対側から見た構図となるわけだ。
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L: 草津川橋から西(下流・琵琶湖側)を眺める。 C: ゲートボール場に下りて「de愛ひろば」の東端を眺めたところ。
R: 左手には高野地蔵尊。かつてここで草津川を渡っていた名残である。横町道標のだいたい向かいに位置している。横町道標と高野地蔵尊の間を通って、道は右へとカーヴしながら下っていく。これが旧東海道の草津宿なのだ。
先ほどの旧中山道は旧草津川と直交していたが、旧東海道は上流側から旧草津川と並走しながら西へと進んでいき、
旧中山道と隧道を抜けた地点で垂直に合流するのである。説明がややこしくて申し訳ない。ジオラマなら一発なのだが……。
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L: 天井川の堤防から右にカーヴしながら下っていくのが旧東海道。 C: 住宅地になっても昔ながらの街道の雰囲気が残る。
R: 少し蛇行する旧草津川に対し、旧東海道はわりとまっすぐ。旧中山道と比べるとやや地味だが、宿場らしさはしっかり感じる。
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L: 住宅の合間にある駐車場から見た、旧草津川の堤防。天井川と平地との間にはこれだけの高低差があるわけだ。
C: 旧中山道でも旧東海道でも、草津宿ではこのようにかつての住民の名前と仕事を紹介している。 R: 立派な建物も点在。
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L: 旧中山道と旧東海道の合流地点(つまり草津川隧道を出たところ)。これは東向きで、旧東海道を振り返るアングルである。
C: 合流地点には草津まちづくりセンターがあるが、その脇には水準点。 R: 基準水準点(→2023.8.13)と比べるとだいぶ簡素。ということで、これで天井川としての旧草津川と、中山道・東海道の合流点である旧草津宿についての記述はおしまい。
結局、非常に興味深い2つの要素が合体しているからややこしくなってしまうのである。それだけ草津は凄いってことだが。
この日の時系列としては、旧中山道草津宿→草津市役所→草津川付け替え地点→旧東海道草津宿という順番で動いております。
なので、次は草津市役所周辺の写真を貼り付けるとするのだ。もちろん11年前にも訪れているのだが(→2014.4.6)、
天気もいいし当然のごとく再挑戦したのである。立木神社を参拝した後、県道141号を東へ行ってわりとすぐ到着。
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L: 南から見た草津市役所。11年前とまったく変わらぬ姿である。東畑建築事務所の設計で1992年に竣工している。
C: 少し角度を変えてみる。 R: 道路を挟んだ東側には滋賀県南部合同庁舎があり、その手前から見たところ。
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L: 草津小学校グラウンドの手前、東から見たところ。 C: 北東から。 R: アミカホールを抜けて北から見たところ。
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L: 西側の住宅地から見たところ。 C: 右を向いて背面。 R: 南西から見たところ。
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L: 県道141号を挟んで見た側面。 C: 敷地内に入ってエントランス付近を眺める。 R: エントランスは手前の低層部。実はこの草津市役所撮影中に財布を落としていたのであった。通常用とは別に一万円札を入れる専用の財布があり、
旅行中は荷物をコインロッカーに預ける関係でその大金財布を持って動くことが多いのだが、尻ポケットからこぼれまして。
激しく自転車をこぐとポロリがあるんですなー。まったく気づかないまま快調に走りまわっておりましたことよ。
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L: 草津市役所で見かけた「河川の水質情報」。表情がわりと微妙で、状態が良いんだか悪いんだか、なかなかファジー。
C: 市役所の東側にある滋賀県南部合同庁舎。いかにも県の合同庁舎らしい無骨さだ。 R: 草津アミカホールもいちおう撮影。財布のことなどつゆ知らず、せっかく自転車だからと調子に乗って草津川の付け替えポイントまで遠征である。
上述のように、草津川は放水路が開削されたことで2002年に付け替えられたのだ。金勝川との合流地点がそのポイントだ。
いざ現地に行ってみると、かなりしっかり開削したようで自然な形に整備されており、河道の痕跡をほとんど感じない。
工事の経緯がわかる写真があれば面白いのだが、少なくとも金勝川との合流地点付近は特別な景色ではなくなっている。
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L: 草津川と金勝川の合流地点。左手前が金勝川で、左の奥に草津川。かつては草津川がまっすぐ横切る形だった。
C: 角度を変えて、かつて堤防だった辺りを眺める。現在は「草津川防災ステーション 備蓄ヤード」となっている。
R: そのまま川沿いに進んで、右が旧草津川の堤防。となると、現在の草津川はかなりしっかり開削されたということか。
近くには膳所城の大手門だったとされる門がある。2013年に移築。
合流地点からはかつての姿がイマイチつかめないが、堤防跡の道路を少し進むとすぐに天井川らしさが現れる。
旧草津川に沿うように家が並んでいるのだが、堤防に合わせてコンクリートの土台がしっかりつくられており、
さらに行くとまさに屋根を見下ろすことができる高低差となる。平地いっぱいに屋根が広がっている景色が味わえる。
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L,C: 堤防跡の道路に入ってすぐ、周囲の住宅との高低差が始まる。 R: こちらが河床側。現在は広場として整備されている。
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L: 東海道新幹線の線路(新幹線が通過中)。新幹線は旧草津川をギリギリの高さで越えるように通したのがわかる。
C: 新幹線の西側に出る。コンクリートの土台がかなりの高さ。 R: 平地を屋根が埋め尽くしている光景が見える。こうして国道1号まで堤防を行き、旧東海道草津宿を通って駅まで戻ったというわけである。この時点ではまだ、
財布を落としたことには気づいていない。自転車を返却すると、駅前の商業施設で近江ちゃんぽんをいただく。
近江ちゃんぽんって、すげえ日高屋っぽいのよね。
草津駅を後にすると、栗東駅をスルーして守山駅で下車する。ここからは滋賀県の市役所リヴェンジ紀行なのだ。
守山市役所は7年前と10年前に訪れているが(→2015.8.9/2018.3.25)、2年前に新庁舎に建て替えられた。
設計は見てのとおり隈研吾建築都市設計事務所+安井建築設計事務所JV。4階建てで最近の庁舎にしては高さはないが、
その分だけしっかり面積はある感じ。おかげで撮影しづらい。広い駐車場の端からでないと、カメラの視野に収まらない。
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L: 守山市役所。まずは敷地の北端から全体を眺める。 C: 近づいて中心部分を眺める。 R: 左を向いて北東側。
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L: 近づいて見たところ。 C: 振り返って高層部分を見る。 R: 高層部分を見上げる。板がなけりゃシンプルなガラスである。隈研吾というと、一定の角度からの見栄えを良くしてあとは豆腐という印象が強いが(→2019.8.1/2019.8.11/2023.4.22)、
この守山市役所は360°統一されたデザインとなっており、全面に板で縞模様が施されている。しかし横縞が強烈ではあるが、
よく見ればその縞模様がなければ特に工夫の感じられないガラスのオフィスであり、他の庁舎建築と似たり寄ったりである。
初見のインパクトはあるけど、見慣れてくるとまったく大したことがない。むしろ装飾が空振っている。いつもの隈研吾だ。
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L: メインエントランスを中心に眺める。 C: 敷地ギリギリから眺めたところ。 R: 西側の側面。
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L: 西側の1階部分はカフェとなっており、土曜日でも営業中。それにしても外にソファを置いてオープン席にするとは大胆である。
C: 西から見たところ。 R: 少し距離をとって、側面と背面を眺める。庇は縞模様が強烈だが、それより上に工夫はあまりない。
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L: 南西側。高層部分の背面となる。 C: 距離をとって眺める。 R: 駐車場から眺める南東側。駅から歩いてくるとこの向き。
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L: 東側の側面。 C: 近づいて北寄りで見たところ。 R: 北東側、低層部分の端っこ。
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L: 手前は駐輪場を工事しているみたい。 C: 道路を挟んで北東から全体を眺める。 R: 駐車場に戻って眺めてみる。
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L: そのまま低層部分の脇を歩いてみる。 C: 中を覗き込むと窓口空間。 R: ガラスにはシンボルマークらしきものが。
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L: 土曜日だがカフェの脇から中に入ることができた。こちらはメインエントランス。 C: 右を向くとこんな感じ。
R: カフェの店内はこんな感じ。ランチタイムということでか、それなりに客がいた。平日は人気がありそうだ。撮影を終えると、旧街道を横切るように歩いて守山駅まで戻る。JRで近江八幡駅まで行って、近江鉄道に乗り換える。
本日最後の目的地は東近江市役所なのだ。「1デイスマイルチケット」を購入し、八日市行きの列車に乗り込む。
と、ここでようやく尻ポケットに財布がないことに気がついた。この時点ではどこで落としたかわからなかったが、
草津か守山かJRの電車内なのは確かで、ドタバタしたところでどうにもならない。切り替えて東近江市役所の撮影に向かう。
八日市駅。2階の一部が近江鉄道ミュージアムになっている。
駅からまっすぐ東へ1kmちょっと行くと東近江市役所である。周辺はゆったり整備されている官庁街となっている。
東近江市役所は1977年に八日市市役所として竣工し、公共建築百選に選ばれている。2005年に合併で東近江市が誕生したが、
そのままずっと市役所として使われている。今回15年ぶりに訪れたけど、まったく変わらない姿である(→2010.1.10)。
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L: 向かいの滋賀県東近江合同庁舎から撮影した東近江市役所の本館。やっぱり幅が広くてカメラの視野に収まらない。
C: 角度を変えて眺めてみる。 R: 近づいて市役所の碑と一緒に撮影。八日市の名前が表舞台から消えてもう20年か。
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L: 車寄せ。独特なデザインである。 C: 玄関。低くて圧迫感がある。 R: 抜けて西側ファサードを眺める。
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L: 東側を眺める。 C: ファサードをクローズアップ。15年前にもやったな。 R: 裏にまわって背面を眺める。
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L: 同じく背面を今度は南西から。 C: 西側の側面。 R: 西隣にある西友八日市店の駐車場から見た東近江市役所本館。本館は15年前とまったく変わらないが、東隣には新館がくっついた。こちらは徳岡設計の設計で、2014年の竣工である。
特徴的な本館のデザインに合わせる意識はまったくなく、ガラスを主体にした現代風。後ろ側は無骨でなかなか極端。
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L: 東近江市役所の新館。北から見たところ。 C: 北東から。 R: 東側から全体を眺めたところ。
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L: 高層部分をクローズアップ。「祝J3レイラック滋賀FC」の文字が誇らしげである。 R: 南東から。撮影を終えると八日市駅まで戻るが、駅前の交番は留守なのであった。しょうがないのでそのまま彦根行きの列車を待つ。
ただ待っているのも芸がないので、2階にある近江鉄道ミュージアムにお邪魔する。入場無料なのがたいへんありがたい。
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L: 近江鉄道ミュージアムの入口にはマスコットの「駅長がちゃこん」。なぜキツネ?
C: 運転席BOX。記念撮影スポット。 R: 近江鉄道の車両や駅舎を写真で紹介する一角。
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L: 近江鉄道の沿革をはじめとする各種説明。 C: 近江鉄道のタブレット。穴の形が丸や四角や三角で、見ていて楽しい。
R: とにかく往年のいろいろな道具を置いている。全体的にあっさりめで、どちらかというと子ども向けの展示という印象。
沿線の特産品。ひこにゃんとか日野椀とか信楽焼とか、よく考えたらなかなか個性派。
跨線橋でホームに向かうが、レイラック滋賀FCのJリーグ入り(→2025.12.15)を記念するポスターが貼ってあった。
いや本当にめでたい。夏の帰省のスケジュールと合えばいいが、そうでなくてもぜひ早めに観戦したいものだ。
あらためてレイラック滋賀FCはJリーグ入会おめでとうございます。
彦根駅に到着すると、さっそく駅前の交番で財布について問い合わせる。そしたらなんと財布はすでに拾得済みであり、
中身はすべて無事である模様。しかも拾ってくださった方はお礼の権利を放棄されたそうで、なんだか申し訳ない。
さすが神国JAPAN、天皇を中心とする神の国だけある。というか、滋賀県がさすがなのだ! 三方よし!
滋賀県の方はひたすらフレンドリーで親切という印象があるが(→2010.1.9/2015.8.9)、それが揺るぎないものとなった。
財布を落とした現場は草津市役所の西側だったそうで、現時点では近くの交番にあるという。でももう遅い時間なので、
明日、草津警察署に移したところを取りに行くことに。全力でお礼を言うと、本日宿泊予定の大垣へと移動する。
道中ずっと「あああああ〜〜〜〜〜」と唸って虚脱状態になる僕なのであった。滋賀県民の皆様、ありがとうございます!
『大カプコン展』(→2025.5.31)が東京にやってきたよ!ということで、CREATIVE MUSEUM TOKYOに行ってきた。
展示は基本的には大阪のときと一緒だが、会場はやや狭め。とりあえず大阪で注目しなかった部分について写真を貼る。
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L: 『バルガス』のポスター。1984年5月、すべてはここから始まったのだ。
C: 『戦場の狼』と『魔界村』。 R:『1943』と『ストリートファイター』。
北米版『MEGAMAN』のカートリッジ。まったく別のゲームにしか見えない。
あらためて「ドット絵時代の創意工夫」に着目する。ロックマンの描き方については大阪のログ(→2025.5.31)を参照。
そのときにきちんとクローズアップしなかった色数制限についてお勉強。3色のパレットを用意してドット絵を描くのだが、
ロックマンの顔と体で別のパレットを使っている。全体ではパレット4つまでしか使えないので、残りは2つとなってしまう。
そのパレットも輪郭の黒と目などで白の2色を優先するので、実質的に敵キャラは1色で塗っている感じになるわけだ。
まったく違和感なく遊んでいたが、きちんと立体感が出たデザインになっているということだ。これは職人芸すぎる。
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L: 1画面は横256ドット×縦240ドットで、タイル状のパーツを配置して背景をつくる。それと別にキャラクターの層がある。
C: 3色のパレットを4つ用意し、うち2つをロックマンにあてる。残りのパレット2つと合わせた12色でキャラクターを表現。
R: 敵キャラクターに使われているパレット。こうして見ると白と黒以外のほぼ1色で塗っている感じ。凄まじい職人芸である。ドット絵の話が終わっちゃうとモチベーションがダダ下がりになってしまうのが面倒くさいおっさん全開で申し訳ないが、
これはもうしょうがないのである。内容は大阪のときとほぼ同じだったので、そっちのログを参照されたし(→2025.5.31)。
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L: プロジェクションマッピングの3Dモデルは春麗もあったので、今回はきちんと撮影しておいたよ。
R: 「モンスターハンター 超立体図鑑」は要するに、画面上に存在するキャラクターの影を投影しているってことみたい。最後の「FINAL ROUND 受け継がれるカプコンらしさ」では、大阪にはなかった作品があったので撮影しておく。
90年代半ばから現代に通じる「カプコンらしさ」が確立されたように思うが、格闘ゲームのマッチョ表現が影響大な感触。
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L: 『ロックマンX』。SFCということで気合い十分。 C: 『ストリートファイターZERO』。この頃になると興味ないなあ。
R: 『ヴァンパイア』よりモリガン様をクローズアップしてみる。ああモリガンかなり好きさ! ぐちゃぐちゃにされたいさ!さて、大いに興奮したのが『ファイナルファイト』のデザイン画である。企画段階の絵はだいぶラフだったようで、
知っている完成した絵との違いがかなり興味深い。アクションもパターンを意識したつくり方がなされているのがわかる。
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L: 『ファイナルファイト』のタイトル画面。 C: 囚われたジェシカ。 R: 元絵はかなり濃ゆい顔で少々びっくり。
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L: キャラクターセレクトの絵もだいぶ違う。ガイなんて謎の修正が入って無精ヒゲのおっさんではないか。
C: コーディのアクション。懐かしいシルエット。 R: 宙返りのアクションも絵をそのまま回転させているわけだ。
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L,C: ハガーの絵は独特なシルエットが本当に面白い。よくこういうキャラクターを思いついたものだと感心する。
R: ハガーのさまざまなアクション。ハガーは特に上半身の動きに力が入っているようだ。カプコンマッチョの源流か?
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L: ガイの回転蹴り。 C: ポイズン/ロキシー。実はニューハーフという設定には、さすがアメリカと震えたぜ。
R: めちゃくちゃ丁寧に描かれていて見応えのあるダムド。プレイヤーが最初に戦うボスだから力が入っているのか。最後にさまざまなゲームから少しずつコラージュするような感じでまとめ。『キャプテンコマンドー』のアメコミ調が、
そんなのあったなーと懐かしい。企画書とデザイン画は永遠に見ていられるので、他のゲームもどんどん出してほしい。
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L: 『キャプテンコマンドー』。 R: 『CAPCOM Friendly Club』創刊のイラスト。以上でおしまいである。大阪から名古屋、鳥取と巡回しているうちにグッズがだんだんと充実してきているようで、
今回はロックマン関連のものをちょいと購入。どうせなら『大ロックマン展』をやってくれればええんよね。
そして東京ならではなのが、ミュージアムに併設されているカフェのコラボメニュー。せっかくなのでいただいた。
「ロックマンvsイエローデビル カレー」である。よく考えたらこういうコラボカフェで注文するの、初めてかもしれない。
で、お味のほどは独特のスパイシーさがあるものの、ゲームのイエローデビルほど辛口ではないのであった。
分裂するイエローデビルのパーツを唐揚げで表現。考えた人に敬意を表していただいた。
年末とはいえ平日だったからか、思っていたよりずっと空いていた。『大ロックマン展』ならもっと混むんでないかい?
クリスマスにはシャケを食う!
緊急保護者会お疲れ様でした。ひとこと言わせてくれ! みんな被害者!
今シーズンのアニメは本当にひどくて、まあ僕がテキトーにピックアップしているせいかもしれないが、
それにしても本当にひどくて、見ていて心の底から時間のムダだなあと呆れてしまうものばっかりである。
特に設定から話の筋までクソ・オヴ・クソなのが、もうタイトルからして悪ふざけでしかないのだが、
『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』。
むしろどれだけひどいんだろうと興味本位のヒドいもの見たさで見てみたら、本当にとことんヒドかったわけでして。
いったいどういう性格をしていたらこういう話を書いたりこういう話を好んだりするのやら。疑問しかない。しかし冷静になってみると、このアニメ、まさに声優さんの腕の見せどころなのである。
とことんヒドいキャラクターだからこそ、それに合わせて演じきる。とことんヒドい話だからこそ、それに合わせて演じきる。
そういう目で見てみると、一周まわって面白くなってくる。最低な作品も、演じる側としては最高のやり甲斐となるわけだ。
『ニュー・シネマ・パラダイス』。20年前にDVDで見たとき(そっちは完全版)の感想はこちら(→2005.10.21)。
意地悪く言えばこの映画は「映画おたくの自己弁護の究極形」ではあるのだが、狂えるものがあるということは、
幸せなことなのである。極限まで狂うことができた者が手にする栄光で物語を締めるのは正しいので、文句はない。
田舎と恋愛は決意を鈍らせる。それもまた真実である。だから文句はない。相変わらず尺は長くも端的だなあと思う。そんな具合にこの映画はいろいろストレートなのである。そしてエンニオ=モリコーネの音楽といい、
ラテン系のおっさんたちの演技といい、やっぱり全力のストレートで殴ってくる。素直にノックアウトされればよいのだ。
昨年(→2024.12.22)に引き続き、リョーシさんが上京してのM-1グランプリ鑑賞会である。
が、せっかく集まるのだからその前にも何かやろうぜということで(M-1を予選から見るのは疲れるのでナシで)、
意見を集約したところ国立競技場(→2023.9.24)で開催中のリアル脱出ゲーム「国立競技場からの脱出」に決定。
(マサルは「『果てしなきスカーレット』を観てなんとか褒めて好意的な感想を言い合う遊び」を提案したが却下。)
そしてみやもりの娘さんがぜひ脱出したいということで参加、マサルは用事があったのを思いだして不参加、
結局おっさん3人+娘さんの4人でチャレンジとなった。なお、リョーシさんはこの手のゲームは初めての模様。
「隈研吾の国立競技場からの脱出でザハ案に戻る!」とか言いながらゲームスタートするわれわれ(言うのは主に僕)。
僕はイヴェントスタッフで食いつないだ時期があるので、 スタッフの皆さんお疲れ様です、とひたすら思うのであった。
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L: スタート地点はVIPエリアだと。障子が海外の勘違いした和風っぽさ満載。 C: 1階スタンドから眺めるトラックとフィールド。
R: リアル脱出ゲームは「クリスマスワンダーランド 2025in国立競技場」の一環で、北側にはSASUKEの「そり立つ壁」があった。さて謎解き開始。僕は暗号系の問題には強い方と自負しているが(有名人のサイン色紙の解読をさんざんやらされるのだ)、
それ以上にそそっかしい性格であるため、渡されたアイテムをまず吟味するという習慣がない。そして注意事項も読まない。
そういう人の話を聞かないタイプは結局詰まるようにできているのである。解ける問題と解けない問題の落差が激しくて。
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L: まずは1階コンコースで情報収集。その後、スタンドに出て大型ヴィジョンの映像を見て答える問題も。おじさん目が悪いの。
C: スタンドに着席して謎解き。注意事項を守って座らないとわからない問題があり、落ち着きのない僕は苦戦するのであった。
R: 謎解きだけでなく、国立競技場のふだん入れない箇所を見ることができるのが売りなのだ。バックヤードは楽しいねえ。
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L: 室内練習場では椅子取りゲーム的に「だるまさんがころんだ」で謎解き。動いてしまうと審判のホイッスルが鳴らされる。
C,R: かわいくてどっちの写真にするか選べなかったので2枚とも貼っちゃう。娘さんが楽しそうで何よりですよホントに。
バックヤードたーのしー!
みやもりの娘さんは謎解きに慣れているようで、猛スピードで解読したり絶対的に詰まって悶えたりしている僕を尻目に、
着実なペースで解き進める。こちらはもう、頭やわらかいなーと感心するしかない。そしてみやもりは完全に娘さん任せで、
テキトーさに磨きがかかっている印象である。まあそれはそれで子どもの自主性を重んじる理想的な父親像なのは確かだが。
一方で謎解きにまったく慣れていないリョーシさんは苦戦。やっぱり謎解きゲームには特有の文法があると思うのである。
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L: 再び謎解きポイント。当方、やはり暗号解読問題はスイスイ解けるが、アイテムが絡むと轟沈。みやもりの娘さん頭やわこいね。
C: メインエントランス(ANDONホール)。照明は隈研吾によるデザインだとさ。 R: 謎解きに取り組む親子の麗しい姿。メインエントランスの謎をクリアすると選手控室へ移動。制限時間は2分だが、中を見学できる貴重な機会ということで、
まずは激写から入る私なのであった。正解数で次の体験が少々変わるのだが、慣れないリョーシさんは1問落としてしまい、
ウォームアップエリアでのPKゲームがサッカーボールではなくラグビーボールになってしまった。厳しいハンデですなあ。
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L: 選手控室では制限時間2分間の2択クイズ。 C: 選手控室内の洗面・浴室。 R: クイズに解答中のお三方。
全員無事にゴールを決めてメインエントランスに戻る。
メインエントランスでもう一度謎を解くといよいよラストミッション。国立競技場のトラックに出て10分間で4つ謎を解く。
遠くにあるヒントの方がわかりやすいという工夫があるのだが、これが実は次の問題のヒントにもなっていてなるほどと。
テキトーに素早く済ませようとする僕は謎解き特有の文法にしっかり引っかかるのであった。何度やっても学ばないねえ。
正解を聞いた後だと「問題文はまあそういう表現になるかあ」と理解はできるのだが、ノーヒントだとなかなかつらい。
ここが謎解きへの慣れがいちばん出る部分だと思う。そんなわけで僕とリョーシさんがトラック上で悶えまくっている間に、
みやもり親子は脱出に成功。まあ最後の最後で暗号解読してちょっと貢献できたから僕は満足である。おめでとう!
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L: 最後は10分間で4つの謎を解くのだが、ついに国立競技場のトラックに出る。すっかり空が暗くなっちゃったね。
C: 脱出成功の証明書をもらう娘さん。よかったよかった。 R: ゴール地点で記念に撮影なのだ。お疲れ様でした。
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L: 妖しいお店の写真みたいになっちゃっている敗者その1。 R: 非常に態度の悪い敗者その2。思いのほか時間がかかってしまい、少々慌て気味で現地解散。楽しゅうございました。またみんなで遊びましょう。
◇
独身コンビはJRを素早く乗り換えて渋谷へ移動。日曜の渋谷の人混みに大いに閉口しつつ東急フードショーに突撃し、
リョーシさんが用意してくれたデパート商品券でデパ地下グルメを買い込む。ふだんスーパーの値引き惣菜ばかりだと、
デパ地下グルメが旨そうでたまらん。僕はとにかくデパ地下おこわが食いたくてたまらなかったので、ゲットしてむせび泣く。
4人分の弁当を買って揚げ物を買い足すと、急いで東横線に乗ってレンタル会議室のある学芸大学へと向かうのであった。会場に一番乗りしたのはえんだうさんで、さっそくTVをつけてM-1グランプリ鑑賞会がスタート。前置きが長いおかげで、
マサルも無事に到着できた。これで独身カルテットが集結である。日本の少子高齢化を全力で促進してすいませんね。
そして目の前に広がるのは、他人の金で用意されたゴージャスな晩メシ。マサルは「これ最高ですね!」と繰り返す。
(僕は午前中に映画を観たので、そのときに買い込んでおいたポップコーンを提供。謎解き中もずっと持ち歩いていた。)
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L: 今年もレンタル会議室を借りて鑑賞会である。後ろの真空ジェシカ・川北氏がたいへん絶妙な映り具合なのだ。
C: マサルも登場してQRコード兄弟(→2025.11.8/2025.12.8)が無事に爆誕。(どっちも撮影はえんだうさん)
R: デパ地下弁当&揚げ物(+オレのポップコーン)を前に興奮を隠せないわれわれ。他人の金で食うメシは旨い!弁当を食べ終わったタイミングで漫才が始まる。今年の採点は以下のとおりとなったのであった。
| みやもり | びゅく仙 | マサル | リョーシ | ニシマッキー | えんだう | |
| ヤーレンズ | 94 | 90 | 89 | 92 | 95 | 93 |
| めぞん | 88 | 84 | 92 | 90 | 91 | 91 |
| カナメストーン | 84 | 79 | 88 | 86 | 85 | 89 |
| エバース | 96 | 90 | 93 | 91 | 97 | 95 |
| 真空ジェシカ | 91 | 87 | 87 | 88 | 92 | 90 |
| ヨネダ2000 | 92 | 79 | 83 | 88 | 85 | 91 |
| たくろう | 91 | 85 | 88 | 85 | 92 | 88 |
| ドンデコルテ | 89 | 90 | 92 | 94 | 96 | 92 |
| 豪快キャプテン | 87 | 84 | 88 | 91 | 88 | 90 |
| ママタルト | 85 | 80 | 85 | 89 | 87 | 88 |
| ★決勝 | エバース | ドンデコルテ | ドンデコルテ | ドンデコルテ | ドンデコルテ | ドンデコルテ |
では、びゅくびゅくネットワーク(われわれのSMS)上の感想をピックアップしてまとめてみる。
みやもりは、ヤーレンズは楢原氏がオカマ?キャラを脱却して見やすくなったとのこと。
エバースは点数高くしておけばよかったと。たくろうはなだぎ武、カナメストーンはMOROHAがチラつくそうだ。
2回見るとドンデコルテとヨネダ2000が面白さアップ(のような気がする)だとさ。
われわれの中でドンデコルテが圧勝したのは、ネタが世代+知的レヴェル的にわれわれにドンピシャだった、との指摘。マサルは「やはり優勝はドンデコルテだと思う!」としつつ「たくろう、けなしすぎるのも良くないよ! 老害ムーブ!」と、
僕を窘めるのであった。すいませんね、当方ここんとこ毎年イライラしてて。リョーシさんは、決勝にも点をつけるならドンデコルテ94、エバース90、たくろう91という評価になるそうだ。
たくろうのネタはボクシング団体名を出しておいて階級が違うところに違和感があってボケが頭に入らなかったとのこと。
なお、リョーシさんは去年から推しのドンデコルテ(→2024.12.22)のネタに1本目も2本目も泣くほど大笑いしていたよ。ニシマッキーは、ドンデコルテとたくろうは今年取れなかったら来年は慣れられて面白さが落ちて無理だろう、とのこと。
エバースは来年がんばってほしいと。M-1は当日の爆発力(客ウケ)を審査員も見ていて、連続で出たからといっても、
優勝しやすくはないと指摘。ドンデコルテの面白さがわかったので、賞レースにこだわりすぎず露出増を期待とのこと。では僕の感想。今年はヤーレンズに基準として90点をつけたら、全体的に低くなってしまった。予選はやや不発の大会。
僕にとって90点以上は特別で、それこそこないだの「THE MANZAI」レヴェルの漫才のためにとっておきたいのである。
決勝はドンデコルテとエバースで本当に迷いに迷ったけど、エバースは来年も見てえという理由でドンデコルテに1票。
たくろうの優勝はまったく理解ができない。無茶振りはハライチと同系統で、つまらなくはないが優勝するほどではない。
最近のM-1は優勝候補レヴェルの実力者が参加を辞退しているが、たくろうが優勝しちゃう現状を見るとなんだか納得。
自分たちの強みをきちんと理解しているコンビであれば、M-1の不安定なくせに影響の大きすぎる評価は迷惑なだけだろう。
ニシマッキーは「爆発力」と表現しているが、僕はそんなもん会場の客が催眠商法に引っかかっているだけだと思っていて、
審査員も自分で判断ができずそれに乗っかってしまっていて、みんなで布団買って喜んでいるようにしか見えないのだ。
決勝戦に進出する9組は香盤表を意識して選ばれているが、予選も決勝も登場順は劇場の舞台と違ってほぼ運任せである。
客側はその不確定要素に惑わされることなく、面白さをきちんと評価できるだけの落ち着きや知性が必要でしょう、と思う。
没後45年ということでヒッチコックの特集上映をやっているので観てきたよ。トリを飾るのは『サイコ』(→2005.10.27)。
ヒッチコックは過大評価ではないか、と思いはじめている僕だが(→2025.12.14)、『サイコ』はやはりまあ名作だろう。
絶対的に凄いのは3点で、ソール=バスのオープニングと、バーナード=ハーマンの音楽と、締め方の上手さ。そのおかげ。
ストーリーテリングは正直やっぱり下手。ところがこの作品については、その「先の読めなさ」が効果的に作用している。
逆を言えばヒッチコックは、どうなる?どうなる?という観客の興味を引っ張るサスペンスが巧み、ということになる。テーマは当時としては斬新すぎるもので、今では広く理解されている事象だから、間違いなくそこは評価すべきポイントだ。
でもヒッチコックの進め方は、物語のテーマ(目的)に対してサスペンスという手段が主張しすぎる感じがしてしまう。
バランスよく釣り合わないのだ。『サイコ』はそのバランスの悪さすら全体の不安感に寄与していて、うまくハマったなと。でもやっぱり、この作品はデザインと音楽が完璧に融合したオープニングに尽きるんだよなあ。
フィリップ=K=ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。SFを読みたくなって、未読の有名な作品をチョイス。
映画『ブレードランナー』(→2003.11.4)の原作としても知られているが、特にそっちは気にせず読み進めていく。訳者のあとがきを読んでようやく納得がいったのだが、この小説は確かに厳密にはSFではないと思うのである。
SFというよりも、単純に未来を舞台にして人間性を問うてみた文学と捉える方がしっくりくる。でも、中途半端感がある。
この小説はヒロイックな話をやりたいのではなく、人間とアンドロイドの区別があやふやになったレヴェルでの人間性、
そこを問いたいのである。感情移入する能力こそが人間を人間たらしめる、そう言いたいのである。それはたいへん正しい。
この点については、この小説が文学として優れているのは間違いない。しかしSFという枠組みに乗っかっている以上、
守らなければならない厳密さがあるはずだ。そこが疎かになっている。でもそれを文学だからと曖昧にするのは卑怯だろう。個人的に最も引っかかったのが、アンドロイドたちの関係性である。同じ宇宙船に乗って地球に来たはずなのに、
ガーランドはポロコフと会っていないことになっている。でも部下のフィル・レッシュはポロコフに一度会っている。
さらに後でプリスがポロコフとガーランドは仲間と言っている。まずこの点でまったく辻褄が合わなくて、ひどく混乱した。
また、もうひとつの警察の存在も謎である。主人公がまったく関知していない別の警察が存在しうるとは考えられないが、
フィル・レッシュが人間である以上、そっちの警察も本物となるはずだ。あるいはフィル・レッシュが特別な例として、
アンドロイドだらけのニセ警察があるのなら、そこで全面戦争になるはずだ。でもそうなっていない。ワケがわからない。
おまけに最後にはマーサーまで出てきてもうめちゃくちゃ。論理的な正しさがなけりゃSFではないだろと思うのだが。しかしながらこの作品の鋭さは確かだ。宗教が縦の信仰だけでなく、共感という横のつながりとして機能しているから残る、
その点はたいへんお見事である。また人間性の表現として、本物の動物への愛情を中心に持ってきているのもすばらしい。
アンドロイドかどうかの判断で、言語による齟齬をチラつかせるのも興味深い。やはり文学としての問題意識は一級品だ。
作者は物語本体の完成度よりも、描きたいテーマを優先しているのだ。でもその結果、SFに対しても文学に対しても中途半端、
そんな仕上がりとなってしまっている。SFと文学のどちらを向いても、この作品は徹底してやりきれていないのだ。
SFとしての世界観が見事だからとか、文学としての問題意識が鋭いからとか、そういう言い訳で許してはならないだろう。
本当に優れた作品なら両立できているはずだ。SFの古典扱いされているのが疑問である。ただただ惜しい作品、という印象。
『大怪獣ガメラ』。角川シネマ有楽町で「昭和ガメラ映画祭」をやっていたのだが、スケジュールがことごとく合わず、
なんとか観ることができたのが最終日のシリーズ第一作目だけ。まあ元祖の作品を映画館で観られるのはありがたいのだ。
恥ずかしながら僕は今回がガメラ初体験ということで、期待で大いに胸を膨らませつつ席に着くのであった。東宝の偉大なる『ゴジラ』(→2014.7.11)の公開が1954年。以来、特撮の分野は円谷英二(→2023.12.24)の独擅場。
そこに『ゴジラ』から遅れること11年、永田ラッパ率いる大映が全力で怪獣映画をやろうと企画されたのがガメラである。
実際、『大怪獣ガメラ』の特撮からはかなりの気合いを感じる。このアングルはかっこいい!と思う場面が多々あり、
モノクロなのも迫力という面でプラス。一方で見えてはいけない線が見えてしまっている場面もあり、差が激しい印象。
特撮と同様に気になってしまうのは、今となっては昭和感満載な、背景となる空間の細部。当時のモダンがいとおしい。気合いの特撮とは対照的に、ストーリーは雑そのもの。ツッコミどころが多くてガメラ並みにひっくり返ってしまいそう。
そもそもガメラが何をしたいのかぜんぜんわからず観ていて悩むが、まあ怪獣だからそんなもんかと開き直るしかない。
主演の船越英二がセリフを不自然に区切るのも、どうしても気になってしまう。上官に殴られるぞ(→2025.8.6)。
そして持ち味を発揮する左卜全がさすが。脳内で勝手に『老人と子供のポルカ』が流れだすのであった。いいかげんすぎるストーリーからすると、この映画が大ヒットしたという事実が不思議でならない。
でも特撮で納得のいく映像をつくるためにものすごく努力しているのは伝わってくる。ヒットの理由はそこなのかなと思う。
フィクションを現実にする努力の価値は永遠なのだ。おそらく、試行錯誤している特撮の現場をドキュメンタリーにしたら、
それがいちばん面白い作品になるはずだ。ゴジラ先輩の背中を追いつつ奮闘するスタッフの映画。そっちをぜひ観たい。
『ダーク・スター』。ジョン=カーペンター監督の伝説のデビュー作とのこと。
後に『エイリアン』(→2020.5.5)の脚本を書くダン=オバノンと組んだ、予算6万ドルのSF映画。最初、この映画が何をしたいのかわからず当惑。SFなのはいいとして、SFという枠で何をやりたいのか。
ホラーなのか、ヒューマンドラマなのか、風刺なのか。方向性がわからず観ていて困る時間がだいぶ続いたが、
明らかにビーチボールなエイリアンが出てきてようやく、やりたいのがコメディなのだとわかったのであった。
それなら最初からそうわかるようにやってくれないと、時間がもったいない。コメディなのにテンポが悪いのが難点だ。
「我思う故に我あり」とか「光あれ」とか、終盤には切れ味の鋭いギャグがどんどん出てくるのにもったいない。
序盤からもっと振り切ったバカバカしさを詰め込んでいれば、作品の評価は飛躍的に高まったと思うのだが。
やたらとマジメなコンピューターとか、変に自我を持った20号爆弾とか、匂いが漂ってくるほどに男くさい宇宙船とか、
独特な世界観は一見の価値ありか。その独特さをもうちょっと転がせばギャグがあふれ出したはず。もったいない。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がIMAXでリヴァイヴァル上映されているので観てきたよ。
冒頭がたいへんアメリカで、何十年かぶりに僕が小学生だった頃の古き良きアメリカに全力でブン殴られた気分。
1980年代アメリカのハリウッド娯楽映画全盛期は、やっぱり特別なものがあると思う。決して単なるノスタルジーではない、
確かな何かがあるのだ。80年代になって日本映画が信じられないほど薄っぺらくなっていった一方で(→2025.5.19)、
アメリカは軽さを感じさせるがショウビジネスの蓄積があるからか、エンタメとしての精度はまったく失われていない。
90年代に入ってゆっくりと輝きを失っていくが、その直前には職人芸としてのエンタメが頂点を迎えている(→2020.4.12)。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はその流れの中で、間違いなく歴史に残る傑作だ、ということを再認識させられた。まず、脚本がとんでもなく上手い。考えられる伏線をとことん盛り込んでおり、ガジェットもたいへん絶妙。
タイムトラヴェルで想定されるいちばんの問題を巧みに描いていて、それについての見せ方もわからせ方も文句なしだ。
役者もみんないいし、年齢をコントロールするメイクなどもがんばっている。CGの時代ではないのでSFXバリバリで、
だからこそ感じられるリアリティがたまらない。そしてクライマックスにおけるハラハラドキドキの引っ張り方は、
スピルバーグ直伝じゃないかと思われる(→2025.1.20)。本当に、何から何までよくできているのだ。まいりました。さて今回じっくり観て特徴的だと感じたのが、カメラの前で演技する演劇的な見せ方。これが実はめちゃくちゃ上手い。
役者がものすごく自然に動いて、最終的にはスクリーンの右側と左側で互いに向かい合って会話するのである。
かなり徹底しており、物語をスムーズに展開させる大きな要因となっている。『ターミネーター』の逆(→2025.10.7)。
あっちはあっちで正解だし、こっちはこっちで正解。そういう細部に神が宿っているから、80年代ハリウッドは偉大なのか。いやしかし、あらためてじっくり観て、こんなに面白かったとは……。終わってしばらく席から動けなかったほどシビれた。
こうなりゃ『2』もぜひIMAXで観てみたい。恥ずかしながら『3』はまだ見たことがないので、これもぜひ劇場で観てみたい。
千葉がJ1復帰だそうでおめでとうございます。ついに現存オリジナル10がJ1に揃う日が来たか。
前に千葉については、特にサポーターについてはいろいろ辛口で書いたけど(→2011.8.21/2012.7.8/2012.11.23)、
小林慶行監督が就任してからは選手がひたむきにプレーしている感触で(→2023.2.25/2023.9.3)、印象は悪くない。
最近の試合をぜんぜん観ていないので偉そうなことは言えないが、昇格も当然の良い雰囲気なんだろうな、と思っている。
もう20年も経つんだから、オシムの呪縛に囚われることなく、のびのびとがんばっていただきたい。宮崎がJ2昇格だそうでおめでとうございます。わりと最近J3に上がってきたばかりのクラブに先を越されるとは、
長野パルセイロは何をやっているのやら。なんとかして来年には宮崎でホームゲーム観戦をしたいものである。
新しくなった西都市役所・小林市役所・日南市役所とセットで訪れてやるのである。チキン南蛮食いてえ。滋賀がついにJリーグ入りということでおめでとうございます。沼津は残念だけど、勝負ごとだからしょうがない。
こちらは運がよければ帰省のタイミングで観戦することができるので、そうなるとありがたい。今から楽しみなのだ。
没後45年ということでヒッチコックの特集上映をやっているので観てきたよ。第2弾は『めまい』(→2005.7.21)。
つまらん話は20年経ってもやっぱりつまらんのであった。ヒッチコックはおそらく、ミステリ/ホラーと見せかけて、
そこからの悲劇にもっていく意外性を狙っているのだろう。でもやっていることが極端だから客はついていけない。
ラストの雑さもひどい。先週の『裏窓』もそうだったが(→2025.12.5)、ヒッチコックはストーリーテリングがヘタクソ。
主人公をめぐる一人称視点と、客が強いられる三人称視点の区別がついていないのだ。正直、最低に近いレヴェルである。オープニングのCGとカメラワークしか褒めるところがない。ヒッチコックは過大評価ではないか、と思いはじめている。
来年2月で閉店が決まっているマルイシティ横浜で『いのまたむつみ回顧展』を開催中なので歯医者のついでに見てきたよ。
アニメファンでもなければラノベファンでもないしゲームもやらないので正直これまでお世話になることはなかったが、
いい機会なので勉強させてもらおうと興味津々で会場に乗り込む。が、土日は日時指定のチケットを事前購入という罠。
その場でスマホで手続きしようとしてもネット接続が悪い悪い。どうにかすぐ次の時間帯で入場できたからよかったけど。
でも物販より先に作品を鑑賞する場合、会計用の袋を持って見てまわる仕組みは大いに疑問なのであった。おかしくね?では感想。今回は特に手描きの作品を展示することにこだわったそうだが、やはり現物の説得力は凄まじいものがある。
フランス製・100%コットンのアルシュ紙に水彩で描いているのだが、同じ色の濃淡で塗り分けるセンスに圧倒される。
また油絵ベースなのか、あえて表面に凹凸つくるなどの工夫も印象的。アニメーターとしてキャリアをスタートしたからか、
あえて背景を空白にして、あるいは濃淡でボケを演出し、キャラクターに焦点を絞ってインパクトを与える作風が効いている。
展示は『プラレス3四郎』『幻夢戦記レダ』から始まり、昭和から平成に入っていくあの1980年代の懐かしい匂いでいっぱい。
特にレダの陽子はいかにも80年代の美少女キャラクターの王道。90年代には『サイバーフォーミュラ』のイラストが出てきて、
典型的なキャラ絵である以上にもともとの絵としての上手さが全開となってくる印象。少し斜めのアングルなどで窺える。
この90年代に確立された切れ味がすごくて、線画に色が入ったものはすごく締まって見える。やはりアニメーターだからか。
仕事しすぎな気もするが、時代の要請に的確に応えている作品群は見応えがある。手描きの愉悦を存分に味わうのであった。
特徴としてはやはり女の子の目がデカいのだが、決してそれだけではないのもわかる。作品によって使い分けているようで、
正統派のアニメ系美少女を求められる機会が多かったので、結果的にそういう絵が多くなっている、ということだろう。
真正面からだとデカい目が離れる傾向はあるが、日本のカワイイ文化の主流に連なった正統性をあらためて理解した。
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L: 入口の看板を撮影したものをトリミング。こちらは『幻夢戦記レダ』。いやー80年代の美少女キャラクターの王道だわー。
C: 『Moon&Rose』。 R: 初公開だという『Papillon』。入場特典でこのイラストのクリアファイルをもらったよ。さて、『ドラゴンクエスト』関連では、鳥山明のキャラクターデザインをいのまたむつみが再解釈しているのがまた面白い。
特にマーニャとミネアの美人さんな仕上がりにはさすがと唸ってしまった。しかしキャラクターデザインの仕事が多いためか、
オリジナルキャラのグッズが弱いのが切ないところ。森本美由紀(→2023.6.4)やマツオヒロミ(→2024.4.29)みたいに、
つくれば絶対に需要はあるはずなのだが。平成という時代を切り開いた、正統派アニメ系美少女の王道中の王道なのだから。
サントリー美術館『NEGORO 根来 ─ 赤と黒のうるし』。大阪市立美術館からの巡回展である。
公式サイトによると「根來寺で生産された朱漆塗漆器を『根来塗』、根來寺内で生産された漆器の様式を継承した漆器、
または黒漆に朱漆を重ね塗りする技法そのものを『根来』と称しています」とのこと。これだと「根来塗」は過去形となる。
でも紀州漆器協同組合のサイトでは、根来寺(→2023.2.18)の僧侶がつくった什器を起源とする塗物が「根来塗」とのこと。
黒漆で下塗りしてから表面に朱塗りを施したが、未熟練の僧侶がつくったため、使っていると朱塗りが摩滅して黒漆が露出。
でもそれがかえって趣深いということで人気になった。やがて1585(天正13)年、豊臣秀吉が根来寺に攻め込むと、
逃げた僧侶が全国に散って漆器の技術を伝えた。そうして朱塗りの漆器に対する「根来」という呼び方が定着したそうだ。残念なことに、以上の経緯がすっきりわかる内容ではなかった。わりとただ漆器を並べるだけの内容に終始していた。
展示されていたものは国指定重要文化財クラスのものがゴロゴロしており、見応えはある。仏具や寺の食事関連の什器が多く、
時期としては鎌倉末期から室町時代が多い。漆器が彫刻に頼れない工芸であるからか、シンプルで大胆な装飾性が面白い。
そうして先達の手法が固まったところで、江戸時代から安定して生産されてきたのか、今も残る美品が増えてきた模様。
そんなわけで、歴史的に朱塗りの漆器がどのように珍重されてきたかは窺える内容。でも肝心の根来の定義が曖昧なせいで、
各品がいわゆる「根来塗」の中で、どのように位置づけられるのかがわからない。まだまだ研究の余地があるってことか。
ガイナックスの破産整理が終わったというニュース。破産から1年半(→2024.6.7)、ついに完全消滅である。
さて今回話題になっているのは、旧経営陣に対する庵野氏からの直接的な批判。読んでいてたいへんつらい。
個人的には特に山賀氏が庵野氏からここまで厳しいコメントで絶縁宣言されてしまったのはショックである。
島本和彦『アオイホノオ』(→2024.1.30)でガイナックス側の話がさっぱり出なくなったのも、この件の影響だろうか。
「描けない」山賀氏がどのようにリヴェンジしたのかたいへん気になっていたのだが、詳細を知ることができないうえに、
庵野氏に対してやらかした不義理の方ばっかりが注目されてしまって本当に残念。もう作品を素直に楽しめない……。
なんせ山賀氏はあの『トップをねらえ!』(→2012.12.7)の脚本担当だし(後半は庵野氏のやりたい放題だったらしいが)、
『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』でも脚本を書いている。「ポケ戦」はプラモもさんざんつくったし、
わざわざCDを借りてテーマ曲の『いつか空に届いて』をiPodに入れているくらいに好きな作品なのだ。がっくりだよ。機会があればあらためて『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(→2010.7.11)を見て、ガイナックスに思いを馳せたいものだ。
昨日の夜に青森県東方沖で地震が発生、最大震度が6強で津波もあったということで、深夜のTVは大騒ぎなのであった。
仕事があるからいつまでもニュースを見て起きているわけにもいかないので、日付が変わってから切り上げて寝たけど、
そんな自分の姿勢に「豊かで安全な都会から衰退する地方の災害を眺めている構図」を感じて少々自己嫌悪になる。
そしてまたもうひとつ、「こういった地震をいつまで他人ごとという感触で見ていられるのかな」という思いもある。
自らすすんで苦行に走ることで被災者と同じように苦しみを共有して理解した気分になろうとは思わないけど、
なんかこう、もうちょっと、痛みに対して敏感でありたいとは思う。自分で気づかないうちに傲慢になっていないか、と思う。
前にログで紹介した(→2025.11.8)、マサル考案のQRコードTシャツ(⇒こちら)が届いたよ。
ちゃんとUnited AthleのTシャツで感心。
よく考えたらこれ、自分でデザインしたTシャツを自分で買えるってことか。一点物としては、悪くない値段だ。
それなら三味線抱えるマサル(→2007.5.4)のTシャツつくりたいんだけど。姉歯祭りの公式Tシャツにしようぜ。
三井記念美術館の『国宝 熊野御幸記と藤原定家の書 ―茶道具・かるた・歌仙絵とともに―』を見てきたのでレヴュー。
今回の主人公は藤原定家。ご存知のとおり『小倉百人一首』の撰者であり、書の世界でも人気者(→2025.2.3)。
定家は18歳の1180(治承4)年から74歳の1235(嘉禎元)年まで56年間にわたって日記をつけており(『明月記』)、
このうち1201(建仁元)年に後鳥羽上皇の熊野参詣に随行した部分が『熊野御幸記(ごこうき)』となっている。
定家に私淑した小堀遠州関連のアイテムも展示しつつ、三井家に伝わった定家の書をたっぷりと公開。
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L: 今回も展示室4は撮影OK。まずは定家の画像から。伝 藤原信実『藤原定家画像 和歌色紙形』。
C: 照高院宮道晃法親王『藤原定家像 道晃法親王自画賛』。 R: 土佐光芳『藤原定家像』。私的な日記ということで、『熊野御幸記』はだいぶメモ書き感が強い。用意した紙が途中で足りなくなってしまい、
裏側にまわって記録をつけていたとのこと。定家はもともと病弱だったが、旅行中に体調を崩して苦労したらしい。
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L: 藤原定家『熊野御幸記』の冒頭。 C: 中盤。 R: 端っこ。定家40歳の書としての規準作だそうだ。関連して後鳥羽上皇の書や、三井記念美術館では初公開となる『大嘗会巻』も展示。歴史上の人物の筆跡が目の前にある、
というのはなんとも不思議な気分である。しかし定家の書は鎌倉時代の人だからか、やはりちょっとゴツい印象がする。
平安らしいかなもいけるのだが、メモ書きのような場面での書を見ると貴族の時代の字という感じはあまりしない。
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L: 後鳥羽上皇『後鳥羽院和歌懐紙「花有歓色」』。1200(正治2)年に書かれたもの。承久の乱まであと21年。
C,R: 藤原定家『大嘗会巻』。藤原実資の日記『小右記』から、1012(長和元)年の大嘗会の記録を写したもの。
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L:『百人一首かるた』。絵は山口素絢、文字は鈴木内匠。 C: 天智天皇と持統天皇。 R: 姫が並んで壮観である。
定家に私淑した小堀遠州『小堀遠州筆消息(堀式部宛)』。
正面ケースには円山応挙の『若松図屏風』。応挙はさまざまな松図を描いているが、ここで描かれているのはだいぶ幼い松で、
応挙の松図としては比較的珍しいそうだ。正月をまたぐ企画展ということで縁起のよいこのチョイスとなったのだろう。
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L: 円山応挙『若松図屏風』。 C: 左隻。 R: 右隻。
左隻の松の一部をクローズアップ。
小堀遠州もクローズアップするのはいいが、モダンな挽家字形(→2024.5.21)が撮影できないのは残念でございますね。
没後45年ということでヒッチコックの特集上映をやっているので観てきたよ。第1弾は『裏窓』(→2005.7.8)。
20年前(!)のログではかなり好意的に書いているけど、あらためて映画館で観てみると、そこまで傑作ではないなと。
暗転がやたらと多いし、犯人側の行動と主人公側の行動が噛み合わないので、ストーリーテリングに正直だいぶ難がある。
設定は変則的な安楽椅子探偵だが、そのわりには謎解きが雑なのだ。舞台空間の限定は面白いけど、効果としてイマイチ。
基本的にはグレース=ケリーを堪能する映画である。改心した悪役令嬢みたいなグレース=ケリーに翻弄されたいのだ。ご近所の皆さんのキャラクターがいいので、むしろそっちを強調する方が物語が魅力的になったのではないか。
われわれがスクリーン越しに映画を観ているのと同様、ジェームズ=ステュアートはレンズ越しにご近所を眺めている。
つまり主体と客体が隔絶しているわけだ。主体に影響を与える存在は、グレース=ケリーとステラおばさんだけ。
この構造をぶち破って客体が主体側に入り込んでこない限り、生きたドラマにはならないのではないか。そう思えた。
クライマックスでは犯人が部屋に入ってくるが、そこでのやりとりももっさりしており迫力不足。まだまだ練る余地がある。結局、物語の締め方が巧いので評価がやたらと高くなっている気がする。まずジェームズ=ステュアートのギプスを映し、
彼が寝たのを確かめたグレース=ケリーが雪山の本からファッション雑誌に持ち替える、このコンボが絶妙ってだけでは。
本屋に行ったらW.ギブスンの『カウント・ゼロ』と『モナリザ・オーヴァドライヴ』の文庫が復刊していてびっくり。
ここに来てスプロール三部作(→2005.1.8/2005.1.14/2005.1.26)が新版となって出て、盛り上がっているみたいで。
さらに来年には『クローム襲撃』(→2005.4.14)も続くそうで。そうなるとあらためて読み直したいなあと思えてくる。
あの世界観をあの文体をあの量を読むんだったら、一気にいかないといけない。毎朝ちまちまではスピード感がないのだ。
没入(ジャック・イン)しないとつまんないのである。来年どこかで用(や)ってやろうじゃないの。楽しみが増えたぜ。
泉屋博古館東京でやっている『もてなす美―能と茶のつどい』を見てきたのでレヴュー。
住友コレクションの能装束は100点ほどあるそうで、今回はなんと19年ぶりの公開となるそうだ。
撮影OKなのは展示室1のみだが、それでも十分すぎるほどに能の恐ろしい世界が窺える充実した内容なのであった。
『白色尉(はくしきじょう)』。能面楽しい(→2024.1.20/2024.5.12/2025.9.7)。
先月には国立歴史民俗博物館で着物の世界を堪能したが(→2025.11.17)、こちらも粋を凝らした装飾のオンパレード。
まずは厚板。もともと厚板とは中国から輸入した厚手の織物のことで、厚い板を芯として畳まれていたことに由来する。
室町時代に大名が私貿易によって中国裂を手に入れ、これを能役者に与えてつくらせた装束を厚板と呼ぶようになった。
厚板は武将・神・鬼神など男性的なシテ(主役)を演じる際に用いられ、雲や龍など強さを感じさせる文様が好まれた。
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L: 『白紫段海松貝四菱唐花丸模様厚板』。 C: 紫地には四ツ目菱と唐花。 R: 白地には海松貝と海老。刺繍が凄い。
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L: 『紅萌黄段花菱亀甲繫桐波丸模様厚板』。 R: 綾地を紅と萌黄で染め分けて花菱亀甲紋を散りばめ、桐と波の丸を刺繍。
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L: 『茶地変蜀江模様厚板』。 R: 蜀江模様は八角形と四角形を組み合わせたもので、その中に刺繍で龍を入れている。
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L:『紅白浅葱段松原霞波模様縫箔』。 R: 繻子地を紅・浅葱・白に染め分け、浅葱の段には銀の摺箔で波を描く。唐織もやはり中国から由来する名前が付いているが、こちらは厚板とは対照的に女性や風雅な武将の役が使用するため、
蝶・草花・扇など華やかな文様が好まれた。そのようにデザインが多様化したのは江戸時代以降のことだそうだ。
厚板も唐織も表着(うわぎ)の下に着込む着付(きつけ)として用いられる装束であり、袖は小袖となっている。
どれも染め分けのグラデーションが見事で、もう何がどうなっているのやら。技術の粋とは恐ろしい世界である。
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L: 『紅地牡丹蝶方勝模様唐織』。 R: 紅綾地に牡丹・蝶・方勝を色違いで規則的に並べている。
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L: 『紅地二重菱繋蝶花熨斗模様唐織』。 C: 綾地に平金糸で唐花入りの二重菱を施し、菊と燕子花の花熨斗と蝶を刺繍。
R: 『紅茶段卍字繋鉄線藤模様唐織』。平金糸で卍字繋を施し、紅地の部分には藤、茶地の部分には鉄線を刺繍している。
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L: 『紅白萌黄段青海波笹梅枝垂桜模様唐織』。 R: 綾地に平金糸で青海波、色糸で梅と枝垂桜を表現している。
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L: 『紅白萌黄段菊唐草菊波模様唐織』。 R: 染め分けの技術に圧倒される。刺繍も法則性を持ったデザインとなっている。狩衣はいちばん上に着る装束である表着の一種。もともとはその名のとおり鷹狩りなどで用いられた衣装であり、
動きやすいことから平安時代以降の公家の普段着となった。確かに蹴鞠のときに着ているイメージがあるような。
明治以降は神職の衣装でおなじみ。能では男役に用いられ、裏地のある袷(あわせ)、ない単(ひとえ)の区別がある。
袷は神など威厳のある役、単は優雅な貴人などの役に用いられる。柄が単色となる分、シンプルな文様が際立つ。
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L: 『紺地若松笹模様袷狩衣』。紺繻子地に平金糸で若松と笹をあしらっている。紺に金色が実に締まって映える。
C: 笹をクローズアップ。ドット絵の世界だ。 R: 『紫地霞若松模様袷狩衣』。こちらは紫繻子地に霞と若松。
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L: 『白地松青海波模様袷狩衣』。 C: 白繻子地の全体に平金糸で青海波をあしらい、ところどころに松の木を配置。
R: 『萌黄地枝垂柳模様単狩衣』。こちらは袷ではなく、裏地をつけない単仕立てとなっているので少し透けている。
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L: 『紺地桐鳳凰模様袷狩衣』。こちらは綾織の生地で仕立ててある。 C: 平金糸による桐と鳳凰。うーんドット絵。
R: 『紺地唐花七宝繋模様袷法被』。紺繻子地に平金糸と黄・薄紫の色糸を織り込んであり、唐花入りの七宝繋としている。袖なしで羽織る側次(そばつぎ)、法被とセットで穿く袴の半切も展示されており、能装束の奥の深さに目が眩む。
果てしなき模様のデザインに圧倒されて言葉がない。そしてそれを実現するドット絵のセンスがまた凄まじい。
芸術性あふれる布製品というとインドの綿製品もすばらしかったが(→2023.4.15/2023.10.22/2025.9.28)、
能装束の多様な意匠と手法もまた格別なものがある(大奥の歌舞伎衣装もフォトジェニックだった →2025.9.7)。
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L: 『萌黄地亀甲繋向鶴菱模様側次』。 C: 『紅地山道龍丸模様半切』。 R: 『紺地唐花立鼓雲菱千切模様半切』。
平金糸による金襴で描かれた柄を拡大。見事なドット絵でございますね。
保存状態が全体的によくてうれしい。展示室2には1921(大正10)年に住友春翠が新調した能装束があり、今も色鮮やか。
展示の後半は春翠の茶道具をクローズアップ。春翠は自分がいいと思ったものをかなり柔軟に茶会の席で披露したようで、
殷代の青銅器(花入とした →2023.2.23)から当時最高の職人による新作まで、実に多彩なラインナップなのであった。
個人的に惹かれたのは香合で、かわいいし巧みだし、見ていて本当に楽しい。香合だけの展覧会もあったら面白そうだ。
ホールには中国・清代に乳白色の玉でつくられた『白玉簋形香炉』。
能装束に茶道具と、見蕩れてしまう名品が目白押し。しかし「春翠はおいくら出したのか」と考えてしまうと冷や汗が出る。
えらく評判がいいようなので、『落下の王国』4Kデジタルリマスター版を観てみた。2008年公開のファンタジー映画。
景色に話が負けている。肝心の話がつまらなけりゃ、どんなにきれいな場所で撮ってもダメなのだ。
結局のところロケありきで、目的と手段を履き違えているのである。映像として美しくても、本質をはずれた作品は醜い。
いつも書いているようにミステリは嫌いなのだが(→2005.8.24/2006.3.31/2006.5.19/2008.12.5/2012.7.10/2025.7.4)、
綾辻行人『十角館の殺人』がたいへんな傑作という評判を聞いていたので、素直な心で読んでみたのであった。
なんでも世間では、すべてがひっくり返る「あの1行」が衝撃的とのこと。どこで出てくるのかワクワクしつつ読む。結論から言うとですね、きちんと面白かったです。まあ面白かったというか、よくつくったなあと感心する気持ちか。
ほとんど嫌悪感を抱かなかったのは、内容が犯罪と謎解きというミステリの目的にきちんと収まっているからだと思う。
よけいな社会的な事象を抱え込まず、純粋なミステリの娯楽として割り切っている分、現実を歪める要素が少ないのがいい。
ただ、僕にあまりにもミステリのセンスが欠けているせいで、ミステリ大好きっ子の皆様が受けたほどの衝撃は得られず。
そりゃあ無理もないのだ。アガサとポウとエラリイの名前は知っているけど作品は読んだことない、そんな程度なんだから。
ヴァン=ダインについても20個の規則を設定した人、という認識でしかない。それ以外は、そういう作家がいるんだなーと。
「江南(かわみなみ)」さんが「コナン」になるのはわかるが、「守須(もりす)」で「モーリス=ルブラン」が出てこない。
今回、感想をネットでチェックする中で、『名探偵コナン』の毛利蘭がモーリス=ルブランだと初めて知ったくらいでして。
そんな程度の人間には、この作品をきちんと楽しむ資格はないのである。世の中、知識のない奴が悪いのである。というわけで、「あの1行」についても僕の反応は「……誤植?」という実にお粗末なものなのであった。
エピローグで出てくる壜についても完全に忘れていて、戻って戻ってプロローグまで戻ってやっと思いだす、そんな脳みそ。
自分は本当にミステリに興味がないのだ、ということを思い知らされた。おーすごいすごい、程度の感動で申し訳ない。
一点、ミステリ研究会のその他のモブメンバーに知られないように仲良し集団だけで出かけるのがいちばん大変じゃねえか、
そういう思いがないことはないけど、些事を突っつくのは野暮な気もするのである。まあ作者さんはお疲れ様でした。さて先日の芸術鑑賞的なイヴェント後に学年の先生方で飲み会があり、そのお店にテーブルマジックをする方がいた。
目の前で披露されるマジックに「おおー」となったのだが、学生時代にテーブルマジックを見破る修行をした先生がいて、
タネがことごとくわかるとのこと。で、相手がタネをわかってしまった場合にはチップをもらわない慣習があるとのこと。
それを聞いて僕は、実はマジックに素直にだまされる方が幸せなんじゃないかと思った。「おおー」とチップをあげる方が、
テーブルマジックにかけてきた努力に正当な対価を支払う方が、実際にはみんな幸せなんじゃないのと思ったのである。この作品について、ミステリ界の常識がないと100%楽しめない点をマニアのタコツボだと批判することは可能だろう。
でもそこは素直に「おーすごいすごい」でいいと思ったわけだ。ミステリ界の常識がなくても十分だまされて納得できるので。
われながら丸くなったもんですかね。まあもはやミステリとの相性を改善する気のない、半ば諦めの境地とも言えそうだが。